銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第78話 砂漠の客人

 アラブ首長国連邦(UAE)、ドバイ国際空港。

 

 熱気を孕んだ重い風が、タラップを降りる一行の肌を撫でた。

 

 日米合同評価チームの到着。

 しかし、それは通常の外交使節団が受けるような、華やかな歓迎のそれとは全く異なっていた。

 空港の広大なターミナルの一部は完全に物理封鎖されており、一般客の視界を遮るように巨大なパーテーションが張り巡らされている。UAE政府専用の導線には、最新のタクティカルギアで完全武装した特殊警察がずらりと並び、黒塗りの防弾SUVの車列が静かに待機していた。

 

 日本側の代表として降り立った沖田室長は、サングラスの奥で周囲の警戒態勢を鋭く観察した。

 背後には、科学技術担当、外務省中東担当、危機管理担当、通訳、そして最小限に絞られた自衛隊の護衛要員が続く。

 

 少し遅れて、同じ機体からアメリカ側のメンバーが降りてくる。

 国務省の中東担当と、技術安全保障の専門家たち。彼らもまた、普段の圧倒的な軍事力を誇示するような態度を意図的に押し隠し、あくまで「技術的助言を行う文官」としての控えめな装いを徹底していた。

 

(三神編集長がいれば、この異様な空気も、気の抜けた冗談の一つで中和してくれたのだろうが)

 沖田は、国内で別件の調査に奔走しているあの男の不在を、ほんの少しだけ口惜しく思った。便利な男は、本当に必要な時にはいないものだ。

 

 UAE側の態度は、極めて丁重であった。だが、その底には隠しきれない強い「警戒感」が張り詰めている。

 日本に対する警戒ではない。アメリカに対する警戒だ。

 

 万象器の封印を主導し、「所有しない・使用しない」という理性を示した日本は、国際社会において現在、最も『安全な調整役(仲介者)』として信用を得ている。

 だからこそ、UAEは日本を受け入れた。そしてアメリカは、その日本の信用に『便乗(寄生)』する形で、辛うじてこの国境の門を潜り抜けることができたのだ。

 

「ようこそ、ドバイへ」

 

 VIP専用のラウンジの入り口で、一人の若い男が一行を出迎えた。

 純白の伝統的な民族衣装(カンドゥーラ)に身を包んだ、精悍な顔立ちの青年。

 アミール・アル=マクトゥーム王子。

 

 彼は、ドバイの未来都市計画、AI導入、宇宙開発、そして次世代の都市インフラのすべてを統括する若き王族であり、今回の日米チームの受け入れを主導した中心人物であった。

 伝統的な衣装の袖口から最新型のスマートウォッチが覗き、手元の極薄のタブレットには、刻一刻と変化するドバイの都市管理データが流れている。伝統と最先端のテクノロジーを、身を以て体現しているような男だった。

 

「日本政府の、迅速な対応に感謝します」

 アミール王子は、沖田の手を力強く握り、そして、少し離れた位置に立つアメリカの代表団にも視線を向けた。

「そして、アメリカ合衆国の皆様も」

 

 アミール王子は、少しだけ間を置き、沖田の目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「ロンドンでの万象器の件。……世界は、日本の『判断』を見ました」

 王子の声は、静かだが確かな熱を帯びていた。

「圧倒的な力を目の前にした時に、ただ獣のように奪い合うのではなく……自らの理性で一歩退く(封印する)ことのできる、あなた方の意見を聞きたい。だから、我々はあなた方を招いたのです」

 

「……過分なお言葉です」

 沖田は、表情を変えずに応じた。

「我々は、UAEの主権を最大限に尊重します。今回の我々の目的は、あくまで『現象の確認』と『安全性の評価』のみです。……勝手な接収、技術の強要、あるいは軍事的な介入を前提とするものでは、決してありません」

 

 アミール王子は、その沖田の言葉に、小さく、しかし深く頷いた。

 

「その言葉を、聞きたかった」

 

 王子の背後で、アメリカの国務省担当が、顔に出さないようにわずかに苦笑した。

 アメリカの意図(本音)は完全に見透かされている。だが、表面上のルールさえ守れば、このゲームは進められる。

 

「では、ご案内しましょう」

 アミール王子は、自ら先導して防弾車列へと向かった。

 

 車は、空港を抜け、ドバイの煌びやかな中心街を避けるようにして、郊外の巨大な開発区域へと向かって走り出した。

 

「現在のドバイの状況を、ご説明します」

 広々とした車内で、アミール王子がタブレットを操作し、モニターに現地の情報を展開した。

 

「工事現場の周辺は、すでに我が国の軍と警察によって完全な物理封鎖を完了しています。……ですが、作業員や近隣の住民が撮影した動画が、すでにSNSを通じて世界中に拡散しており、事態の完全な隠蔽は不可能です」

 

 モニターには、砂漠に浮かぶ『存在しない都市』の映像と、それに熱狂する世界中のネットの反応が流れている。

 

「あの幻影都市は、現在までに複数回、出現と消失を繰り返しています」

 王子の顔が、少しだけ険しくなる。

「出現するたびに、周辺の気温が異常低下し、局地的な湿度が上昇。さらに、軽度の電磁ノイズが観測されています。現場上空を飛行するドローンの画像認識システムにも、一時的な障害(エラー)が発生しました。……単なる光の屈折(蜃気楼)ではありません」

 

「世界中の観光客や、動画配信者(ストリーマー)たちが、現地へ向かおうとしていると聞いていますが」

 沖田が、群衆コントロールの懸念を口にする。

 

「ええ。『あの幻影を見れば成功する』『都市に祈れば金運が上がる』などという、馬鹿げたオカルトの噂が広がり、一部の狂信的な宗教団体や、アーティファクトの恩恵を信じる投資家たちまでが動き出しています」

 アミール王子は、忌々しげに息を吐いた。

「物理的な封鎖はできます。……しかし、人間の欲望(噂)は封鎖できません」

 

「万象器の時と、全く同じですね」

 沖田は、冷徹に言った。

「人は、それが『危険な爆弾』かもしれないと確定する前に。……『自分だけは得をしたい』という底無しの欲望に突き動かされて、火の中へ飛び込んでいく生き物です」

 

「ドバイは、世界中に『夢(欲望)』を売ることで成長してきた都市です」

 アミール王子は、車窓の向こうにそびえ立つ、世界一高い超高層ビル(ブルジュ・ハリファ)を横目で見ながら、自嘲気味に呟いた。

「だからこそ……その夢が、制御不能な形で暴走した時の恐ろしさを、我々は誰よりも知っている」

 

 車列は、現在のドバイの華やかなビル群を抜け、視界が完全に砂の色に支配される境界線へと差し掛かった。

 

 ドバイ郊外の巨大開発区域。

 そこは、新時代の地下交通網、超冷却インフラ、巨大なデータセンター、そして太陽光の反射塔(ミラータワー)や海水淡水化のパイプラインなど、未来のドバイを支えるための次世代インフラが、一極に集中して建設されている途方もない規模の工事現場だった。

 

 現場の周囲は、迷彩柄の装甲車とUAE軍の兵士たちによって、何重にも囲まれている。

 だが、その遥か後方の砂丘には、カメラを構えた報道陣の車列や、スマホを掲げる野次馬たちの姿が、蟻の群れのように点在していた。

 

「……完全な封鎖には、程遠い状態ですね」

 沖田が、車の窓からその光景を見て指摘した。

 

「ここは砂漠です、ミスター・オキタ」

 アミール王子は、苦々しい顔で言った。

「すべてを隠し通すには、あまりにも広すぎる。……だが、完全に開放して見せるには、あまりにも危険すぎるのです」

 

 車から降り立ち、現地の仮設テントで初期の状況説明を受けていた、その時だった。

 

「……あれを」

 

 日本側の科学技術担当が、テントの外を指差し、息を呑んだ。

 

 夕暮れが近づき、空がオレンジ色から深い青へとグラデーションを変えていく砂漠の地平線の向こう。

 そこに、光の柱が、音もなく立ち上がり始めていた。

 

 最初は、ただの熱気による揺らぎ(蜃気楼)のように見えた。

 しかし、数秒、数十秒と経つにつれて、その光の集合体は、明確な『輪郭』と『質量』を持ったビジョンへと形を変えていった。

 

 存在しない都市の幻影。

 

 それは、現在のドバイの景観によく似ていた。だが、明らかに違う。

 ガラス張りの超高層ビルの間を、青白い光を帯びた水路が縫うように流れ、建物を繋ぐように、半透明の空中回廊が幾重にも交差している。砂漠の上に浮かぶ、あり得ないほどの緑豊かな空中庭園。そして、夕陽の光を吸い込んで輝く、現実の工事現場にはまだ建っていないはずの、巨大な太陽光反射塔の姿。

 

「……光学的な映像だけではありません」

 アメリカ側の技術安全保障担当が、手元の測定機器を睨みつけながら、震える声で報告した。

「熱分布のセンサーにも、明確な反応(低下)があります! 湿度の数値も、異常な速度で上昇している!」

 

「幻影が、物理的な環境(気象)を強制的に書き換えている……!?」

 沖田が、目を細めてその巨大な光の都市を見上げる。

 

「これが、三度目です」

 アミール王子は、幻影都市を見つめたまま、静かに言った。

「出現するたびに……少しずつ、輪郭がはっきりと、より具体的になっている」

 

 その神秘的で恐ろしい光景から目を離せない一行に向かって。

 アミール王子は、この視察の最大の目的である『真実』を、ここで初めて明かした。

 

「……皆様に、見ていただきたいものがあります」

 

 王子は、沖田たちに向き直った。

「実は。この幻影が出現する数日前に。……この地下の掘削現場で、ある『奇妙な物体』が発見されているのです」

 

「……アーティファクト、ですか」

 沖田の目が、スッと細められる。

 

「我々は、そう考えています」

 王子は深く頷いた。

「ですが、我々はそれに『一切触れていません』。周囲をシールドで囲い、完全な隔離状態を保っています」

 

「賢明な判断です」

 アメリカの国務省担当が、安堵したように言った。

「未知の装置に対して、不用意な接触は最悪の結果を招く」

 

「ええ。ロンドンでの、万象器の教訓がありますからね」

 王子は、皮肉な笑みを浮かべた。

「圧倒的な力を見つけたからといって、最初にするべきことは『触って自分のものにすること』ではない。……我々も、それを学んだのです」

 

 日本側とアメリカ側のメンバーは、互いに視線を交わした。

 UAEは、ただのオイルマネーで膨れ上がった成金国家ではない。彼らは、アーティファクト時代のルールを、血を流さずに正確に学習している。

 

「ご案内しましょう」

 

 アミール王子に先導され、一行は工事現場の巨大な地下区画へと足を踏み入れた。

 

 地下何十メートルも掘り進められた、コンクリートの匂いがする無機質な空間。

 だが、その奥深く。トンネルの壁面には、自然の砂岩や地層とは明らかに異なる、黒く鈍い光を放つ奇妙な『珪砂層』がむき出しになっていた。

 人工物のように規則正しい格子状のパターンを描いているが、完全な金属でもなく、石でもない、見たこともない材質。

 

 その通路の最奥部に、UAE軍が設置した仮設の隔離フィールド(透明なシールドと無数のセンサー群)があった。

 

「あれです」

 

 アミール王子が指差した先。

 隔離シールドの向こう側、半分ほど砂に埋もれた状態の床面に、その『物体』は存在していた。

 

 アーティファクトは、想像していたような巨大なものではなかった。

 大きさは、人間の掌より少し大きい程度。

 漆黒の多面体の形状をしているが、見る角度や、視線を移すたびに、表面の幾何学的な面が、まるで呼吸をするように無限に変化(再構成)しているように錯覚させられる。

 

 本体の周囲の床には、精密な回路のような幾何学模様が放射状に刻まれており、本体そのものからは、脈動するような青白い光が微かに漏れ出していた。

 

 そして。

 その漆黒の多面体から、一定のインターバルを置いて、静かな、しかしはっきりとした【音声】が流れ続けていた。

 

 最初は、完璧な発音のアラビア語。

 次に、流暢な英語。

 その繰り返し。

 

『――所定の位置に、配置してください』

 

『“Please place the unit in the designated position.”』

 

『――現在、待機モードです』

 

『“Current status: standby mode.”』

 

『――所定の鍵が、必要です』

 

『“Authorized key required.”』

 

『――所定の鍵を、入力してください』

 

『“Please input the designated key.”』

 

「……っ!」

 その音声を聞いた瞬間、日本側もアメリカ側のメンバーも、一斉に息を呑み、肌に粟を生じた。

 

 古代の遺跡の奥深くで、地球外のテクノロジーが、現代の地球の言語を使って、明確な意思を持って人間に「語りかけて」いるのだ。

 

「この音声は、数時間前から全く同じトーンで繰り返されています」

 UAEの科学顧問が、怯えたような声で説明した。

「音量も、内容も変わりません。近づくと、アラビア語と英語の順番が入れ替わることはありましたが、それ以上の物理的な反応はありませんでした」

 

「……日本語は、試しましたか?」

 日本の科学技術担当が、思わず問う。

 

「試していません」

 

「我々が遠隔から、他の言語サンプル(中国語やロシア語)を送れば、反応の変化を見られる可能性がありますが」

 アメリカ側の技術担当が、実験を提案する。

 

「やめてください」

 沖田が、即座に、鋭い声でそれを制止した。

「不用意な入力(コンタクト)は避けるべきです。相手が『鍵を入力しろ』と明確に要求している以上、適当な言語データの送信すらも『不正な入力(ハッキング)』としてシステムに処理される可能性があります」

 

 アミール王子が深く頷いた。

「だからこそ、あなた方を呼んだのです。我々の手には負えない」

 

「……ケンドール博士に繋いでくれ」

 アメリカ側の国務省担当が、通信兵に指示を出した。

 

 すぐさま専用の量子暗号回線が開き、大型の防爆タブレットの画面に、セレスティアル・ウォッチの科学主任、ケンドール博士の姿が映し出された。

 彼の背後には、本部地下の解析室の複数のモニターが並び、現地の音声波形、スペクトル解析、熱分布、電磁ノイズ、アーティファクトの外形スキャンデータ、そして幻影都市の映像が、凄まじい速度でリアルタイム処理されているのが見える。

 

「……映像とセンサーの生データ、すべて受け取りました」

 ケンドール博士は、挨拶もそこそこに、極めて落ち着いた、プロフェッショナルな声で結論から口にした。

 

「まず、安心してください」

 ケンドールは、眼鏡を押し上げながら言った。

「現時点の解析において。……このアーティファクトが、直ちに【破壊的な危険(無差別な攻撃)】を引き起こす可能性は、極めて低いと判断します」

 

 その明確な言葉に、現地のテントにいたUAE側のスタッフたちから、ホッと安堵の息が漏れた。

 

「信じて、よいのですね?」

 UAEの科学顧問が、すがるように問う。「本当に、危険な兵器ではないと?」

 

 ケンドール博士は、即答はしなかった。

 一拍の、重い間を置いた。その沈黙が、逆に彼の科学者としての『信頼性』を裏付けていた。

 

「『危険ではない』、と言っているのではありません」

 ケンドールは、厳格なトーンで訂正した。

「『直ちに無差別破壊を開始するような類(カテゴリー)のシステムではない』、と言っているのです。……この違いは、極めて重要です」

 

 現地の空気が、再び引き締まる。

 

「危険な(攻撃的な)アーティファクトには、いくつかの明確な特徴があります」

 ケンドールは、セレスティアル・ウォッチが長年蓄積してきたプロファイリングの知識を開陳した。

「第一に、警告なしに周囲の環境や人体へ直接作用すること。第二に、使用者の認証を求めず、周囲のエネルギーを吸い上げて自動起動すること。第三に、制御不能なまま周辺環境を不可逆に破壊し続けること。第四に、人間の精神に干渉し、観測者を誘引して接触を強制させること。

 ……現時点で、この黒い多面体は、そのどれにも該当しません」

 

 画面に、先ほどのアーティファクトの音声ログ(波形データ)が表示される。

 

「これは、攻撃のカウントダウンではありません。……【案内(ナビゲーション)】です」

 ケンドールは断言した。

「命令でも、脅迫でもなく、案内です。さらに、自らが『待機モード(スタンバイ)』であることを、親切にも自己申告している。所定の位置と、鍵を要求している。

 ……これは、システムを安全に起動させるための、極めて正規の『安全手順(プロトコル)』の一部と見るべきです」

 

「しかし、博士」

 沖田が、論理的な矛盾を突いた。

「現に、あの巨大な幻影都市を出力し、周辺の気象環境を書き換えています。それは十分な『危険(異常な出力)』ではないのですか?」

 

「危険性はあります。ですが、それは『破壊』を目的とした出力ではない」

 ケンドールは、冷静に反論した。

「むしろ。……待機状態にあるシステムが、周囲の都市条件(インフラの状況)を検出し、自らの機能を最適化するための『低出力の自己位置確認』、あるいは管理者に対する【誘導表示(プレゼンテーション)】を出している可能性が高いのです」

 

「誘導表示……?」

 日本の科学技術担当が、首を傾げる。

 

「はい」

 ケンドールが頷く。

「あの幻影都市は、このアーティファクトが完全に起動した際の『完成形の青写真(未来図)』かもしれません。あるいは、この装置が本来配置されるべき『正しい都市の構造』を、ホログラムとして外界に示している。

 周辺の気温低下や湿度の上昇は、そのメインシステム(気象制御など)の機能の一部が、テスト的に漏れ出しているだけでしょう」

 

「つまり、これは……ドバイを攻撃しているのではなく」

 アミール王子が、希望と畏怖の混じった声で呟く。

 

「ええ。都市の管理者に対して、『自分をここに置きなさい』と、自らの価値を示して【プレゼン】している可能性があります」

 

 ケンドールのその斬新な、しかし極めて説得力のある仮説に、日米のチームメンバーも、UAE側も、深く感心したように息を吐いた。

 

「さらに重要なのは、アラビア語と英語で案内しているという事実です」

 ケンドールは、分析を深める。

「これは、決して偶然ではありません」

 

「翻訳機能が備わっているということでしょうか?」とUAE科学顧問。

 

「おそらく」

 ケンドールは同意する。

「少なくとも、このアーティファクトは、地球上の知的生命体が理解できる言語を瞬時に解析し、対話する高度な機能を持っています。

 ……もし、これが単なる『破壊(地球の消滅)』だけを目的とした装置なら、わざわざ現地の言葉で警告を発するような、無駄な機能は必要ありません。

 つまり、これは……【地球人が使うこと】、あるいは【地球人に発見され、管理されること】を、最初から想定して設計されているのです」

 

「……それも、この地域の現在の主要言語と、国際共通語を的確に優先して選択している」

 沖田が、その知性の高さに戦慄する。

 

「断定はできませんが。このシステムは、現代の地球の言語状況(ネットワーク)を読み取り、現在の利用者に合わせてインターフェースを最適化している。……それは、驚異的な適応機能です」

 

 そして、ケンドール博士は、今回のミッションの最大の『壁』について言及した。

 

「『Authorized key required.(所定の鍵が必要です)』」

 ケンドールは、その音声ログを強調した。

「鍵が必要であるということは……裏を返せば、『すぐには起動できない(させない)』ということです。

 これは、明確な【制限】です。そして高度なアーティファクトにおいて、制限はしばしば、未熟な種族による暴走を防ぐための【安全対策(フェイルセーフ)】として機能します」

 

「……もし、その鍵がないまま放置すれば、どうなるのです?」

 UAE側の警備責任者が、不安げに問う。

 

「おそらく、何も起きません」

 ケンドールは淡々と答えた。

「あるいは、数百年でも、このまま待機状態(案内)を続けるだけです。

 ……ただし。鍵を持たない者が、無理に動かそうとしたり、こじ開けようとした場合は別です」

 

 ケンドールの声が、一段階重くなる。

「強制的な移動、物理的な破壊の試み、パスワードの誤入力の繰り返し、あるいは認証の偽装(ハッキング)は、絶対に避けてください。

 安全装置が解除され、システムが『敵対的侵入』と判断して【防衛モード(攻撃)】へと移行する危険性があります」

 

 現地の地下空間にいる全員が、無意識に黒いアーティファクトから一歩、距離を取った。

 

「つまり……この装置を安全に停止させる、あるいは正しい制御下に置くためには」

 アミール王子が、覚悟を決めた顔で言う。

「どうしても、その『鍵』を探し出す必要がある、ということですね」

 

「はい」

 ケンドールは頷いた。「このアーティファクトの次のフェーズへ進むためには、鍵の入手が絶対条件です」

 

「しかし博士」

 日本の科学技術担当が問う。「鍵とは、具体的にどのようなものでしょうか。物理的な金属の鍵ですか?」

 

「分かりません」

 ケンドールは正直に首を横に振った。「可能性は、無数にあります」

 

 ケンドールは、モニターに予測される『鍵のカテゴリー』を展開した。

 

 ・物理的な認証具(多面体に合致するパーツ、特殊な石、金属片、古い護符など)

 ・遺伝的認証(特定の家系のDNA、古代の部族、王族の血統)

 ・言語的パスフレーズ(古い伝承に隠された言葉、誓約、特定の『名前』)

 ・環境(場所)そのもの(要求通り『所定の位置』に配置すること自体が、起動のトリガーとなる)

 ・特定の都市条件のクリア(交通量、人口、水資源の需要、交易量などのデータが一定値に達すること)

 ・【これら複数の要素の複合認証】

 

「特に、重視すべきは【地域伝承】です」

 ケンドールは、科学者でありながら、文化的なアプローチの重要性を指摘した。

「もしこのシステムが、はるか昔から地球人に使わせることを想定してこの地に残されていたのだとすれば。……彼ら(異星の存在)は、その鍵の在り処や、起動のための手がかりを、現地の人々の『神話』や『伝承』という形で、意図的に残している可能性が非常に高い」

 

 ケンドールは、アミール王子の顔を真っ直ぐに見た。

「王族に伝わる古い伝承、砂漠の部族の口伝、民話、あるいは宝物庫に眠る正体不明の遺物の由来。……それらを、最優先で洗い出してください」

 

 アミール王子の表情が、ハッと変わった。

 

 ケンドール博士との通信が一時的に切断される前。

 沖田が、アミール王子に向かって静かに尋ねた。

 

「王子。……今の博士の話を聞いて。何か、その『鍵』に心当たりはありますか?」

 沖田は、王子の目の奥の僅かな動揺を見逃していなかった。

「物理的な物でも、言葉でも、古い伝承でも構いません」

 

 アミール王子は、すぐには答えず、視線を床に落として少しの間沈黙した。

 

「……鍵そのものが何なのかは、分かりません」

 やがて、王子はゆっくりと顔を上げた。

「ですが。……『伝承』になら、心当たりがあります」

 

 日本側とアメリカ側のメンバーが、一斉に王子に注目した。

 

「我が家に、古くから伝わる話です」

 アミール王子は、遠い記憶の底を探るように、静かに語り始めた。

 

「……『砂嵐の夜、我らが祖先が、砂漠の客人(マイン)に出会った』という話。

 子供の頃は、ただの寝物語(おとぎ話)だとばかり思っていました。

 しかし……今のこの状況を前にしては、もはやおとぎ話として笑い飛ばすことはできません」

 

 画面の向こうで、ケンドール博士が鋭く反応した。

『その伝承を詳しく知っている人物は、現在生きていますか?』

 

「……います」

 アミール王子は頷いた。

「王族の遠縁にあたる、古い部族の口伝を誰よりもよく知る老人です。ドバイの中心部から少し離れた、古い屋敷に住んでいます」

 

『すぐに、その方に会いに行ってください』

 ケンドールは、即座に指示を下した。

『最優先事項です』

 

 通信を終了する前、ケンドール博士は現場のチームに対して、極めて的確でプロフェッショナルな『行動ガイドライン』を提示した。

 

「現時点での推奨事項をまとめます。

 一、アーティファクト本体には絶対に触れないこと。

 二、要求されている『所定の位置』が判明しても、勝手に配置しないこと。

 三、もし『鍵』らしき物を見つけても、即座に入力(使用)しないこと。

 四、本体周辺の音声、電磁波、熱、湿度、重力異常のデータを継続的に記録すること。

 五、幻影都市が出現した際の『環境変化の範囲』を正確にマッピングすること。

 六、そして何より、王族の伝承の確認を最優先とすること」

 

 ケンドールは、眼鏡の奥の目を光らせた。

「さらに、SNSのデマの抑制と、群衆のコントロールを徹底してください。……また、ロシア、中国、および非国家勢力(テロリストやブローカー)が、必ずこの混乱に乗じて接近してきます。最大限の警戒を」

 

 最後に、ケンドールは重々しく付け加えた。

「これは、直ちに爆発するような危険物ではない可能性が高い。

 ……ですが、決して『無害』ではありません。

 待機(スリープ)している機械ほど、起こし方を間違えた時に、最も恐ろしい牙を剥くものです。……どうか、慎重に進めてください」

 

 現地の一同は、そのケンドール博士の冷静で的確な分析に、深い信頼と安堵を覚えた。

 

「ケンドール博士」

 アミール王子が、画面に向かって深く頭を下げた。

「あなたが遠隔から冷静に分析してくれたおかげで、我々がパニックに陥らず、次の一手を整理することができました。心から感謝します」

 

「……私は、現地にいないからこそ、冷静でいられるだけですよ」

 ケンドールは、少しだけ自嘲気味に、しかしプロとしての矜持を持って答えた。

「この先、伝承から何を読み取り、どう判断するか。……究極の現地判断は、皆さんに任せます。武運を」

 

 通信が切れ、モニターが暗転した。

 

 一行は、アーティファクト本体を厳重な封鎖状態にしたまま、一時的に地下区画を離れることになった。

 科学の分析(データ)から、歴史の伝承(物語)へのシフト。

 

 ドバイ郊外から、さらに内陸の砂漠地帯へと向かう車列の中で。

 アミール王子は、隣に座る沖田に向かって、その伝承の断片を少しだけ語った。

 

「子供の頃、祖父から何度も聞かされました」

 王子は、窓の外の流れる砂丘を見つめながら言った。

「何百年も昔。砂嵐の夜、我らが祖先の部族の長が、砂漠のど真ん中で道に迷った時のことです。

 ……その時、吹き荒れる砂の向こうから、『星のような目をした客人』が、音もなく現れたのだと」

 

「星のような目をした客人……」

 沖田が、その言葉を反芻する。

 

「客人は、迷える長に対して、水を求めることもなく、金を求めることもなく……ただ、この地の『未来の都』について語ったそうです」

 

 アミール王子は、ゆっくりと、予言のような言葉を紡いだ。

 

「『砂の上に塔が立ち。海から水を引き。空から数多の客が来る都』。……と」

 

 沖田と、同乗していたアメリカ側の担当者が、ハッとして顔を見合わせた。

 

 砂の上に塔が立ち。

 海から水を引き。

 空から客が来る都。

 

 それは。

 何百年も昔の伝承でありながら。巨大なブルジュ・ハリファ(塔)がそびえ立ち、人工の運河(水)が流れ、巨大な国際空港(空)に世界中から人々が集まる、まさに【現代のドバイの姿】そのものを、完璧に予言(描写)していたのだ。

 

 一行の乗った車列は、現代ドバイの煌びやかな高層ビル群とは対照的な、古き良きアラビアの面影を残す、土壁と中庭を持つ広大な古い屋敷へと到着した。

 

 香の甘い匂いと、乾いた砂の匂いが混ざり合う、静謐な空間。

 その奥の薄暗い部屋で、車椅子に深く腰掛けた老人が、静かに彼らを待ち受けていた。

 

 アミール王子の遠縁にあたり、この地域の古い部族の口伝を誰よりも正確に記憶している長老、サイード老。

 

 非常に年老いて、顔には深い皺が刻まれているが。その眼光は、猛禽類のように恐ろしいほど鋭く、澄み切っていた。

 

「サイード叔父上」

 アミール王子は、長老に対して深い敬意を払い、片膝をついて挨拶をした。

「突然の訪問をお許しください。……叔父上に、どうしてもお聞きしたいことがあります。我らが祖先に伝わる、『砂漠の客人』の伝承についてです」

 

 サイード老は、アミール王子の顔をじっと見つめ。

 それから、彼の背後に控える異国の人間たち――日本人の沖田、アメリカ人のエージェントたち――を、ゆっくりと、値踏みするように見回した。

 

 そして。

 老人は、しわがれた、しかし腹の底に響くような深い声で、ポツリと言った。

 

「……ついに」

 老人は、目を細めた。

「【砂の下のもの】が……目を、覚ましたか」

 

 その一言に、部屋にいた全員が息を呑んだ。

 老人は、ニュースを見るまでもなく、何が起きたのかを完全に理解していたのだ。

 

「……語ろう」

 

 サイード老は、静かに目を閉じ、遠い太古の記憶を呼び起こすように、口伝の物語を紡ぎ始めた。

 

 昔。

 まだこの地に、天を突くような高い塔も、世界を繋ぐ空港もなかった頃。

 

 ある部族の長が、猛烈な砂嵐の中で完全に方角を見失い、死を覚悟した。

 水も尽き、ラクダも倒れかけ、いよいよ砂に飲まれようとしたその夜。

 

 砂嵐の壁の中に、一本の『光る道』が現れた。

 その道の先に、人ならぬ異形の『客人』が立っていたという。

 

「客人は、我々と同じ砂漠の言葉を話した。だが、その響きは……明らかに人間(我々)のものではなかったそうだ」

 サイード老の声が、部屋に重く響く。

 

 客人は、死にかけた長に向かって、こう言った。

 

『この地は、今はただの流れる砂に過ぎぬ』

 

『だが。……いつか、海と砂と空を結ぶ、巨大な都が生まれるだろう』

 

『天を突く塔が立ち、鉄の鳥が空から舞い降り、世界中の民が市場に集う。

 ……その時。この地は、壁(国境)ではなく、世界を繋ぐ【道(ハブ)】になる』

 

『道を、支配するな』

『道を、閉ざすな』

『道を、守れ』

 

 老人は、ゆっくりと目を開けた。

 

「客人は、そう告げた後……長に、一つの『小さな黒い石』を渡したそうだ。

 それは、ただの石(鍵)ではない。……我々と彼らが交わした、【約束の印】だった」

 

 そして、客人は最後に、こう言い残して砂嵐の中へと消えたという。

 

『都が、砂の過酷さに打ち勝ち。……しかし、己の強欲に負けぬ時。

 砂の下の【核】は、目覚める』

 

『だが、核を正しく起こすためには。

 ……その印(石)を、【所定の場所】へと、返さねばならぬ』

 

「っ!」

 沖田とアミール王子が、同時にハッと息を飲んだ。

 

 所定の場所。

 それはまさに、数時間前に地下のアーティファクトが繰り返していた音声、『所定の位置に配置してください』という要求と、完璧に一致していた。

 

「……長老」

 沖田が、身を乗り出して、核心を問うた。

「その『黒い石(印)』は。……今、どこにあるのですか?」

 

 サイード老は、沖田の問いには直接答えず。

 ただ、静かにアミール王子の顔を見つめた。

 

「……王家の、宝物庫にある」

 老人は、重々しく告げた。

 

「ただし、それはただの石ではない。代々、砂漠の客人が残した『約束の印』として、決して持ち出すことを禁じられ、厳重に保管されてきたものだ」

 

 アミール王子の顔色が、サッと変わった。

 

「……まさか。……あれが」

 王子は、自分でも信じられないというように呟いた。

 

「お前も、幼い頃に見たことがあるはずだ」

 サイード老が、静かに頷く。

「深く黒く、それでいて……星の光を閉じ込めたような、多面の石。

 誰もその本当の価値も、使い道も知らず。ただ、古い約束の証としてだけ残されてきたものだ」

 

 日本側とアメリカ側のメンバーが、一斉に視線を交わした。

 黒い多面体の石。それは、ケンドール博士が予測した『物理的な認証キー』の条件に、これ以上ないほどピタリと合致していた。

 

(ついに、見つけた……!)

 誰もが、このアーティファクトの謎を解く『鍵』に辿り着いたと確信し、高揚感に包まれかけた。

 

 だが。

 サイード老は、最後に、彼らのその甘い期待を冷酷に打ち砕く、もう一つの重要な言葉を告げた。

 

「……だが。気をつけよ」

 

 老人の眼光が、再び猛禽類のように鋭く輝き、アミール王子と、異国の人間たちを射抜いた。

 

「砂漠の客人は、我々に『強大な力を与える』とは、一言も言わなかった。

 ……客人はただ、『道を守れ』と、そう言ったのだ」

 

 老人の声が、警告の鐘のように部屋に響き渡る。

 

「もし、その石を返す者が。……私欲に駆られ、その力で『道を支配しよう』とするならば。

 砂の下の核は、容赦なく、約束通りに【都市を守る】だろう」

 

「都市を……守る?」

 沖田が眉をひそめる。

 

「そうだ」

 サイード老は、恐ろしい予言を口にした。

 

「……都市を守護するために排除すべき【敵】が。……必ずしも、外から来る者(外敵)だけとは限らぬぞ」

 

 その言葉の真意を理解した瞬間、全員の背筋に氷のような悪寒が走った。

 

 ミラージュ・コア(幻影都市の核)は、無条件でUAE(ドバイ)の味方をしてくれる便利な道具ではない。

 都市を守るためならば。……もし、その鍵を手にしたドバイの支配者自身が「強欲に溺れた」と判断された場合。システムは、ドバイの支配者(王族)そのものを『都市の敵』とみなし、排除(攻撃)する可能性があるというのだ。

 

 アミール王子は、ギュッと拳を握りしめ、静かに立ち上がった。

 

「……宝物庫へ、向かいます」

 王子の顔には、もはや迷いはなかった。己の血筋と、都市の未来を懸けた覚悟が決まっていた。

 

「我々も同行し、鍵の形状を確認しましょう」

 沖田が、冷静にサポートを申し出る。

 

「……ケンドール博士へ、至急通信を。物理キーの可能性があると報告しろ」

 アメリカ側の担当者が、部下に素早く指示を飛ばす。

 

 砂漠の夜空に浮かぶ幻影は、単なる未来の都市の姿を見せて、人々を誘惑しているのではなかった。

 それは、太古の昔に交わされた『約束』を。そして、力に溺れることへの『警告』を、現代のドバイの空に思い出させていたのだ。

 

 鍵は、王族の宝物庫の暗闇の中で。

 何百年ものあいだ、ただ静かに、この【目覚めの時】が来るのを待ち続けていた。

 

 




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