銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜 作:パラレル・ゲーマー
数日後。
西日本の山あいに位置する、とある地方の小さな集落。
かつては村の鎮守として、人々の厚い信仰を集めていたその神社は、今や時代の波に完全に飲み込まれようとしていた。
過疎化と少子高齢化。氏子の減少。そして老朽化した社殿の維持管理費の捻出が事実上不可能となり、近隣の大きな神社へと『合祀(ごうし)』されることが決定していた。
数週間後には、重機が入ってこの建物自体が完全に取り壊される予定になっている。
境内には苔むした石段が続き、風化した狛犬が静かに参道を見守っている。
朽ちかけた社務所と、色褪せた本殿。……だが、落ち葉は綺麗に掃き清められており、最後の宮司とわずかに残った氏子たちによって、ギリギリまで手入れ(敬意)が保たれていることが分かった。
その静かな神社の前に。
黒塗りのバンと、特殊な機材を積んだワゴン車からなる、ものものしい車列が到着した。
『宗教文化財の保全に関する政府特別調査チーム』。
表向きはそういう名目になっているが、その実態は、首相官邸直轄の【既存技術外事象評価セル】の現地派遣部隊であった。
車から降り立ったのは、スーツ姿の沖田室長。
背後には、科学技術担当の幹部、文化庁の文化財保護担当官、非破壊分析の最新機材を抱えた技術者たち、そして万が一に備えたSAT(特殊急襲部隊)出身の私服警備要員たち。
さらに、今回の『情報源』である月刊ムーの三神編集長も、いつもより少しだけ真面目な顔をして同行していた。
「ようこそ、遠いところまでお越しくださいました」
出迎えた年老いた宮司は、政府の役人たちを前にして、明らかに緊張した面持ちで深く頭を下げた。横には、地元の氏子代表の老人と、自治体の担当者も同席している。
沖田は、冷徹な官僚の顔を崩し、極めて丁寧な所作で頭を下げ返した。
「本日は、急な申し出にもかかわらず、多大なるご協力をいただき、誠にありがとうございます。
……今回、御神体を政府が『お預かり』するという形になりますが。目的は、あくまで国の責任における【保全と調査】のためです。決して、信仰の対象としての扱いを軽んじたり、損なったりするような真似はいたしません」
宮司は、複雑な表情を浮かべて息を吐いた。
「正直に申し上げれば。……代々守ってきた御神体を国に引き渡すことには、不安はあります。
ですが、この社も、もうこれ以上は維持できません。近々行われる合祀の際に、御神体も一緒に移す予定ではおりました。
……しかし。あの『古文書の言い伝え』の件もあり……ただの古い箱として他の神様と一緒に並べておくのは、どうにも危ういのではないかと、私どももずっと恐れを抱いておりました」
「ご懸念はもっともです」
文化庁の担当官が、プロの顔で補足する。
「御神体としての歴史的尊厳を保ちつつ、政府の専用施設において、最高レベルのセキュリティのもとで記録・保全いたします。ご安心ください」
三神編集長も、宮司に向かって軽く頭を下げた。
「……よくぞ、今まで残しておいてくださいました。
こういう由緒ある(厄介な)ものは、時代の流れの中で、何気ない形で散逸したり、失われてしまうことが多いんです」
宮司は、少しだけ救われたような顔をした。
「私どもも、あれが一体『何』なのかは、全く分かりません。
ただ、代々……『決して開けてはならぬ』『夜に見てはならぬ』とだけ、厳しく伝わっておりました」
「夜に、ですか?」
沖田が、その特定の条件に反応する。
「はい」
宮司は、声を落として言った。
「夜、この箱の『光』を見る者は。……【星の夢】を見る、と」
宮司の言葉に、同行した政府チームの面々が、静かに視線を交わした。
特撮番組の『星見炉』の元ネタと思われる、精神干渉の可能性。
「ご案内いたします」
宮司に先導され、一行は拝殿の奥、立ち入りを禁じられた小さな保管室(本殿の奥の院)へと進んだ。
空気が、明確に変わった。
古い木の匂いと、線香の残り香。そして、何百年も人の手が入っていない密室特有の、冷たく淀んだ冷気。
木製の重い扉が開かれる。
部屋の中央にある祭壇には、古い注連縄が張られ、真っ白な布が掛けられていた。
その下にあるのは、古びた桐箱。
宮司が静かに祝詞を上げ、一礼してから、白い布と桐箱の蓋をゆっくりと外した。
さらにその中には、黒い絹の布に包まれた『何か』が鎮座している。
宮司が、震える手で、その黒い布を剥ぎ取った。
「…………」
その場にいた全員が、完全に言葉を失い、息を呑んだ。
そこにあったのは。……確かに、【箱】だった。
だが。それは、木でも、石でも、金属でもなかった。
一辺が三十センチほどの、立方体に近い形状。角はわずかに丸みを帯びている。
表面は、深い黒のようにも、濃紺のようにも見えるが……見る角度を変えるたびに、表面の色彩が、まるで『夜空の星々』のように、キラキラと微細に瞬いているのだ。
そして、何より異様なのは。
その星の光は、箱の「表面」に描かれているのではない。
箱の【内部】……あり得ないほどの深い【奥行き】を持った空間の中に、無数の青白い光点が浮かび上がり、ゆっくりと明滅しているように見えるのだ。
まるで。……『夜空(宇宙)そのもの』を切り取って、そのまま立方体のゼリーの中に固めてしまったような、圧倒的な質感。
「……こりゃあ」
科学技術担当の幹部が、メガネをズリ下げながら、呆然と呟いた。
「……【星空を、ぶちまけたような箱】ですね」
「確かに。これを見つけたら、そりゃあ『御神体』として祀り上げますわな」
防衛省の担当者も、その美しさと不気味さに圧倒されて同意する。
三神編集長は、いつもの軽口を叩く余裕を少しだけ失い、真剣な顔で箱を覗き込んでいた。
「……見た目が、どう見ても『地球外のやつ』ですねえ……」
「全員、絶対に素手で不用意に触れないでください」
沖田が、冷静さを取り戻して鋭く指示を飛ばす。
御神体は、宮司の同意を得た上で、清浄な布越しに慎重に持ち上げられ、保管室の隣に急遽設営された『簡易分析スペース』の台の上へと移動された。
「……おかしいですね」
移動作業を行った技術者が、首を傾げる。
「見た目のサイズの割に、異常に【軽い】です。いや……持つ角度によって、重さが変わっているような感覚があります」
「重量計に乗せます」
科学技術担当が、精密な電子秤の上に箱を置いた。
デジタル表示の数値が、激しく揺れ動く。
『3.2kg』……『0.8kg』……『5.5kg』……『3.2kg』。
「……測定値が、全く安定しません」
科学技術担当が、機器の故障を疑ってコンソールを叩く。「まるで、箱の中の『質量』が常に変動しているか、あるいは地球の重力場の影響を部分的にキャンセルしているかのようです」
「周辺の電磁波は?」
沖田が問う。
「微弱なノイズは発生していますが、通常の電波や放射線のパターンとは全く異なります」
技術者が、スペクトルアナライザーの画面を睨む。
「まるで……箱の中の『星空の光点』の明滅に同期して、ノイズの波形が変化しているようにも見えます」
「まさに、『星を映す匣』、ですか」
三神が、古文書の記述を思い出しながら言った。
「非破壊分析を開始します」
科学技術担当の号令で、持ち込まれたありとあらゆる最新の分析機材が、次々と御神体に向けられた。
可視光スペクトル測定。赤外線測定。紫外線照射。放射線測定。磁場測定。超音波探査。X線透過。表面温度測定。微弱電流反応。そして、化学成分分析用の表面スキャン。
一時間後。
科学技術担当の幹部は、すべてのアウトプットされたデータを見つめながら。……完全に、頭を抱えていた。
「……まるで、分かりません」
「分からない、というのは?」
沖田が、冷徹に結果を急かす。
「『地球の物質として分析できない』、という意味です」
科学技術担当は、疲労困憊した顔で説明を始めた。
「少なくとも、これは通常の鉱物でも、金属でも、樹脂でも、セラミックでもありません。……表面の材質を特定するスキャンが、すべて【測定不能(エラー)】を返してきます。
X線を照射しても、透過しないどころか、反射すらしない。完全に光が『消滅』します。
赤外線で測定すると、箱の温度は周囲の室温と完全に一致しているのに……可視光カメラで見ると、内部は明らかに『青白く発光』している。熱を伴わない光です。
放射線はほぼゼロ。磁場も異常に弱い」
技術幹部は、さらに絶望的な報告を続ける。
「そして……超音波を当てた結果ですが。
戻ってくる波形(反射音)が、あり得ないほど【遅延】しています」
「遅延していると、何が問題なのですか?」
文化庁の担当が問う。
「一辺三十センチの箱に超音波を当てて、反射が戻ってくるまでの時間が……計算上、【数キロメートル先の壁に当たって跳ね返ってきた】のと同じタイムラグになっているんです。
……つまり。この箱の『内部の空間』は。……外見のサイズよりも、遥かに【広い(深い)】ということです」
「四次元ポケット、というやつですか」
三神が、面白そうに言う。
「内部構造が、外見と全く一致していません。どう見ても異常(物理法則の無視)です」
科学技術担当は、さじを投げた。
「分解は……当然できないな」
防衛省の担当が、箱の表面に継ぎ目やネジ穴が一切ないことを確認して言う。
「はい。非破壊の範囲で、極低出力での【強度チェック】のみ行います」
宮司側には事前に「傷をつけない範囲で行う」と了承を得ている。
微細な金属針による表面硬度測定。……傷一つつかない。
工業用のダイヤモンド圧子を押し当てる。……箱は無傷で、逆にダイヤモンドの先端の方が欠けた。
極低出力のレーザーを照射する。……表面で吸収されたのか、異空間に逸らされたのか、全く反応なし。
微小衝撃試験、超音波振動、局所的な熱変化。
すべて、完全に【無反応】だった。
「……異次元の硬さです」
科学技術担当が、冷や汗を流しながら後ずさった。
「万力で潰そうが、爆薬で吹っ飛ばそうが、傷一つつく気がしません」
「……アメリカが手に入れた『アポロン・ソード(ライトセーバー)』なら、切れると思いますか?」
防衛省の担当者が、悪魔のような好奇心を口にする。
「やめてください!」
科学技術担当が、悲鳴のように即座に否定した。
「仮に切れたとしても、絶対に試すべきではありません! この中に閉じ込められている『未知の質量や空間』が、一気に外界に解放されたらどうなるか、全く計算できません! 研究所ごと消滅しますよ!」
「分解不能、破壊困難、材質不明、内部空間異常」
沖田が、これまでの結果を冷徹に羅列する。
「……間違いなく、【本物のアーティファクト】と見てよいでしょう」
「大当たり、ですね」
三神が、ニヤリと笑う。
「問題は、これが『何の当たり(何の機能)』なのかが、全く分からないことですがね」
官僚の一人が、ぼやく。
「そこが、面白いんじゃないですか」と三神。
「面白くはありません」と沖田が即座に切り捨てる。
分析を終えた一行は、次に、この御神体の『最大の機能』であると伝承されている現象に期待を向けた。
もしかすると。
特撮番組の『星見炉』のように、この箱の上空に星空の映像が浮かび上がるのではないか。
あるいは、見つめているだけで、過去や未来の戦場を見せるのではないか。
だが。
何時間待っても、何も起きなかった。
箱の内部に、星空のような青白い光の粒は明滅している。
しかし、それはただ、静かに揺れているだけ。ホログラムを投影する気配も、音声を発する気配もない。
「……伝承では、『夜に青白く光り、夢を見せる』とあります」
沖田が、腕時計を確認して言った。
「現時点では、内部の可視発光以外に、明確な反応(出力)はありませんね」
科学技術担当が、モニターを見ながら首を振る。
「まあ、今はまだ真っ昼間ですからね」
三神が、窓の外の太陽を指差す。
「伝承でも、『夜』と限定されていましたね」
文化庁の担当が、古文書の記述を思い出す。
「条件を変えましょう」
沖田が、決断を下す。
「本日はこのまま待機し。……【夜間観察】を行います」
宮司が、少し不安そうに沖田を見た。
「……夜にこの箱の光を見る者は、『星の夢(天の戦)』を見ると、代々伝わっております。どうか、お気をつけください」
「それ(精神干渉の有無)も、重要な検証項目として確認します」
沖田は、冷徹に答えた。「ただし、スタッフの安全確保を最優先で」
その夜。
山の上の神社の境内は、虫の音すら聞こえない深い静寂に包まれていた。
簡易分析スペースの中央に安置された、御神体の箱。
テント内の照明が、完全に落とされた。
箱の内部の星空は、暗闇の中で、昼間よりも少しだけはっきりと、青白く美しく輝いていた。
深い奥行きの中に浮かぶ無数の光。まるで、本当に小さな宇宙を箱の中に閉じ込めたかのような、神秘的な光景。
一行は、数名のグループに分かれ、交代で箱の観察を続けた。
脳波計、心拍モニター、眼球運動のセンサー、体温計を装着した状態で、箱の光を見つめる。
「夢を見る」という伝承を検証するため、数名の志願スタッフが、箱の置かれた部屋の隣のスペースで実際に仮眠を取る実験も行われた。
(万が一の精神的なショックや発狂に備え、鎮静剤を持った医療班も完全待機している)
しかし――。
何も、起きなかった。
青白い光は、確かにそこにある。
だが、箱から映像(ホログラム)が飛び出してくることはなかった。
そして、箱の光を見つめたまま仮眠を取ったスタッフたちも、うなされたり、異星の戦いの夢を見たりすることは一切なく、ただ健やかに朝まで眠り続けた。
翌朝。
「……異常なし」
医療担当が、仮眠スタッフのバイタルデータを提出する。
「脳波にも、PTSDに似た精神的ストレスの痕跡も、全く見られません」
「技術的なデータとしては」
科学技術担当が報告する。
「夜間になったことで、箱の内部の【発光強度】が約一・二パーセント上がった程度です。外部への電磁波の放出や、空間の歪みは一切観測されませんでした」
仮眠を取ったスタッフの一人も、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……すいません。ただの、普通の実家で犬と遊ぶ夢しか見ませんでした」
「つまり。……何も起きなかった、ということですね」
沖田が、肩透かしを食らったような結果に、少しだけ拍子抜けした顔で確認した。
「うーん」
三神編集長も、腕を組んで箱を睨みつける。
「ちょっと、よく分かりませんね」
朝の光の中で行われた、現地での総括会議。
御神体は、材質的にも物理的にも、間違いなく本物のアーティファクトだ。
だが、機能しない。動かない。
考えられる可能性が、ホワイトボードに書き出された。
仮説1:【性質を失っている】
長期間の放置、信仰環境(祭り)の変化、あるいは内部的な損傷などにより、すでにアーティファクトとしての機能(エネルギー)が失われた、ただの『残骸』である可能性。
「御神体としての保管環境は、決して良かったとは言えませんからね」
文化庁担当が言う。
「木箱に入れられていたとはいえ、高い湿度、激しい温度変化、社殿の劣化による影響は避けられません」
「ただし、物体自体に劣化やサビ、損傷の痕跡は一切見えません」
科学技術担当が反論する。
仮説2:【エネルギー切れ】
御神体は稼働に必要なエネルギーを使い果たしており、現在はただ『低出力待機状態(スリープ)』にあるだけ。
「あり得ます」と科学技術担当。
「内部の星の明滅(発光)はあるので、完全に機能が停止(死んで)しているわけではない。しかし、映像の投影や、人間の脳への精神干渉を行うための莫大なエネルギーが足りていない可能性があります」
仮説3:【起動条件の未達】
時間、場所、祭祀のやり方、星の配置、観測者の血統、特定の言葉、あるいは神事など……何らかの『条件』が揃っていないため、起動しない。
「昔の言い伝えでは、毎晩光ったわけではなく、『特定の時期(日)』にだけ強く光ったという話もあるそうです」
宮司が、記憶を辿りながら補足する。
「それ、非常に重要かもしれませんね」
三神がメモを取る。
仮説4:【意図的に沈黙している】
アーティファクト側が、まだ情報開示の『時ではない』と自ら判断し、人間を無視している。
「ミラージュ・コアのように、言葉で丁寧に案内してくれる対話型のシステムではありませんが」
沖田が、警戒を解かずに言う。
「アーティファクト自体に、アクセスする人間を『選別』する機能(AI)が備わっている可能性は否定できません」
「見る者(資格)を選ぶ箱、というのは、伝承やオカルト的にも非常によくあるパターンですからね」
三神も同意する。
沖田は、ホワイトボードの文字を見つめ、決断を下した。
「……現在の科学分析(物理的アプローチ)だけでは、これ以上は限界があります。
……総理の許可を取り。出雲の『神職チーム』に、協力を依頼しましょう」
翌日。
出雲の『魂の庭』関連の事案で、以前に政府と協力し、すでに既存技術外事象(アーティファクト)への接触経験を持つ、神職・巫女・祭事担当の特別チームが、ヘリコプターで現地に到着した。
彼らは、通常の宗教関係者とは違い、世界がすでに狂っている(オカルトが現実である)ことを深く理解しているプロフェッショナルたちだ。
神職の代表である初老の男が、簡易分析スペースの中央に安置された御神体の前に、静かに正座した。
背後には、若い巫女が控える。
神職代表は、深く息を吐き、静かに目を閉じた。
科学のノイズが消え、室内の空気が、ピンと張り詰めた清浄なものに変わる。
数分後。
神職代表は、ゆっくりと目を開けた。
「……うーん」
「何か、分かりますか」
沖田が、静かに問う。
「……力を、感じませんね」
神職代表は、少し困ったように首を捻った。
「力を感じない?」
科学技術担当が、意外そうな顔をする。
「少なくとも。……魂の庭や、出雲の神域で感じたような、空間そのものが開かれているような圧倒的な『場の気配(プレッシャー)』は、この箱からは感じられません」
神職代表は、箱を見つめたまま言った。
「かといって、人を呪ったり、精神を喰らったりするような『悪いもの(邪気)』という感じもしません。
……ただ。眠っている、というのとも少し違う」
神職代表は、言葉を探すように少し考え込んだ。
「……まだ、【こちらを見ていない】。という感覚です」
三神編集長が、その言葉に興味深そうに反応した。
「こちらを見ていない?」
「ええ」
神職代表は頷く。
「我々が、こうして必死に箱(向こう)を見つめているだけで。……向こう側からは、まだ我々を『見返して(認識して)』いない。……そんな、完全な【一方通行(沈黙)】の感覚です」
背後に控えていた巫女が、小さく手を挙げた。
「あの……少し、私も見てもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
沖田が場所を譲る。
巫女は箱の前に進み出た。
文化庁の担当者が、巫女のために、古文書の翻刻文を静かに読み上げた。
「地方神社に伝わる御神体。古文書での名は、“星を映す匣”。
……『夜、蓋なき箱より青白き光漏れ、異国ならぬ異星の戦を映す。これを見る者、夢にて天の戦を語る』」
神職代表が、深く頷く。
「夢を見させる、ですか」
巫女は、青白く星が瞬く箱の内部を、じっと見つめ続けた。
「……今は、夢を見せるような強い気配(波長)はありません」
巫女は、静かに答えた。
「でも……この箱が『壊れている(死んでいる)』という感じもしません」
「では、なぜ何の反応もしないのでしょう」
沖田が、最も知りたい理由を問う。
巫女は、少し困ったような、申し訳なさそうな顔をして、自身の直感(霊的インスピレーション)を口にした。
「本当に、ただの私の『感』ですが……。
……まだ、その【時(タイミング)】ではない。
ということなのかもしれません」
室内が、静まり返った。
三神編集長が、少しだけ面白そうに笑った。
「……また、そういう『焦らしてくる』タイプですか」
「現場の指揮官としては、電源を入れればすぐ動く『分かりやすい起動ボタン』が欲しいところですがね」
沖田が、皮肉げにため息をついた。
官邸地下の矢崎総理へ、専用回線での現地報告が行われた。
『御神体は、間違いなく異常物体(アーティファクト)です』
通信越しに、沖田が冷徹に総括する。
『非破壊分析では材質不明。内部空間異常の可能性大。強度は地球技術の範囲外。分解不能。
……ですが、伝承にある「映像投影・夢干渉」の機能は、現時点では全く発現していません。
出雲の神職チームの見立てでは、力を感じない、あるいは「まだその時ではない(起動条件を満たしていない)」とのことです』
「……正体不明、ということですね」
総理の声が、少し重くなる。
『はい』
沖田は肯定する。
『ただし、アーティファクトである可能性は極めて高い(九十九パーセント以上)と判断します』
総理は、少しの間、沈黙して考えていた。
「では……【政府預かり】としましょう」
総理は、最終的な決断を下した。
「神社側には、正式に『国家による保全と調査のため』と説明し、同意書を取ってください。
宗教的儀礼は最大限に尊重し、傷つけないこと。保管施設は、既存技術外事象評価セルの直接の管理下に置きます。
……正体や起動条件が分かるまで、無理な物理的刺激(破壊や分解の試み)は固く禁じます」
『承知しました』
沖田室長は、通信を切ると、テントの外で待っていた宮司の元へと向かった。
「……御神体は、通常の物品ではない可能性が極めて高いと判断いたしました」
沖田は、深く頭を下げて説明した。
「政府として、保全と調査のため、責任を持ってお預かりします。
ただし、信仰の対象としてのこれまでの扱いを軽んじることは決してありません。移送時には、出雲の神職の方々にも同行いただき、必要な祭祀もすべて行います」
宮司は、静かに、安堵と寂しさの入り混じった顔で頷いた。
「この社では、もう到底お守りできませんから……。
しかし、ただのガラクタとしてどこかの倉庫で埃を被って眠らせるよりは、国のお役に立てるのなら、きっと意味があるのでしょう」
「意味は、ありますよ」
横で聞いていた三神が、優しく声をかけた。
「まだ、それが何なのか『分からない』というだけです」
「そうですか」
宮司は、ホッとしたように微笑んだ。「では、どうか粗末に扱わないでやってください」
「もちろんです」
移送の準備が始まった。
御神体は、専用のジュラルミンケースに収められることになった。
ただし、単なる金属ケースではない。内部を清浄な絹の布で厚く覆い、振動、急激な温度変化、そして外部からの電磁波を完全に遮断する、政府特注のシールドケースだ。
ケースに収められる前。出雲の神職チームが、簡易的な祭祀(お祓い)を行った。
祝詞が読まれ、柏手が打たれる。
山あいの神社に、静かで清浄な空気が流れる。
御神体は、最後まで何も語らず、沈黙し続けていた。
しかし。
ケースの蓋が完全に閉められようとした、まさにその直前。
科学技術担当の幹部が、ハッとして目を瞬かせた。
箱の奥深く、深淵のような黒の中で。
内部の『星』の一つが、ほんのわずかに、しかし確かに……【移動(瞬き)】したように見えたのだ。
「……今」
科学技術担当が、声を漏らす。
「どうしました」
沖田が、鋭く振り返る。
「……いえ」
科学技術担当は、目をこすり、もう一度箱を見た。星の配置は、元に戻っているように見える。
「……見間違いかも、しれません。光の反射の加減で」
だが、三神編集長は、その科学者の呟きを聞き逃さなかった。
箱を見つめながら、静かに言う。
「見間違いでも、一応記録には残しておきましょう」
「全カメラの映像(ログ)を、完全に保存してロックしてください」
沖田が、すぐさま技術班に命じる。
夕暮れ時。
御神体を載せた政府の特殊車両が、ゆっくりと山道を下っていく。
古い神社は、数週間後には重機が入り、完全に取り壊される予定だ。
宮司は、誰もいなくなった境内に一人立ち、見えなくなるまで車列を見送っていた。
既存技術外事象評価セルの車列の中で。
沖田室長は、タブレットに表示された『報告書の仮題』を無表情に確認していた。
【星を映す匣:現地調査・一次報告】
分類欄:『未分類アーティファクト候補』
状態:『機能不明。起動条件不明』
備考:『文化投影(ホログラム)、および精神・夢干渉機能の可能性あり。継続監視を要す』
三神編集長が、窓の外の流れる山の景色を見ながら、ポツリと呟いた。
「……本物なのに、黙っている」
三神は、少しだけ忌々しそうに息を吐いた。
「こういう『沈黙するタイプ』が、一番厄介なんですよ。オカルト界隈でもね」
「万象器や、ドバイの都市核のように……分かりやすく動いて(暴れて)くれた方が、まだ我々としても対処(方針決定)がしやすいですか」
沖田が、皮肉を込めて聞く。
「ええ」
三神は、真顔で頷いた。
「黙っているものは……【いつ、どんな形で喋り出すか(牙を剥くか)】、全く予測がつきませんからね」
その頃。
厳重な護衛車両の荷台に乗せられた、専用シールドケースの中の暗闇で。
箱の内部に広がる星空が、ほんのわずかに、チカッと瞬いた。
誰も見ていない。
あるいは。……箱だけが、何か(どこか別の星の戦い)を、ジッと見つめている。
こうして日本政府は、『星を映す匣』という、自国で確保した初めての純粋なアーティファクトを手に入れた。
だが、その匣は何も語らず、夢も見せず、ただ沈黙したまま、深い内側に小さな星空を抱いているだけだった。
正体不明。起動条件不明。
それでも、確かなことが一つだけあった。
それは、間違いなく【地球のもの】ではなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!