サッカー、しますわよ【ウマ娘×イナズマイレブン】 作:ローマ市民兼インド村住人
帝国は準決勝で負けました
side:Natsumi
秋葉名戸戦の翌日。快勝して決勝戦へと駒を進めた雷門中だが、帝国学園は敗北。これには監督も予想外だった────というより、あの人は自チームの強化に専念していたせいで出場校の分析を一切行っていない。
雷門の強みを押し付ける方針で取り組んできていたのだ。そんな彼女が、試合終了後に雷門中の校舎にある視聴覚室に泊まり、夜通し映像を見ていたらしい。
それまでは女子サッカーで何度も日本一を取ってきた強豪校だったらしい。しかし、この地区には帝国学園がいる上に男子と女子では体格差が────この話はやめておこう。私たちの監督は、壁山くんより巨体の選手をタックルで骨折させたことがあるみたいなので。
で、どうして監督が急に対戦校の分析を始めたのか。語ってないけど、理由は1つしかない。少し調べれば誰でも分かること。
──────私はパパに頼まれて、監督を起こしに視聴覚室へと向かっていた。辿り着けば、微かに声が聞こえる。映像の音が漏れているのかもしれない。
「失礼します」
『なんと、史上初の親子連覇達成ー!!』
扉を開けると、明らかにサッカーの実況ではない音声が流れていた。プロジェクターに映っている映像が、確信へと至るきっかけにもなった。
俗に言う、騎手だろうか。馬に乗った人が右手を挙げて喜んでいる様子が映し出されている。それを、監督は椅子に腰掛けて見ていた。
「監督、おはようございます」
私が声をかけると、彼女はビクッと跳ね上がってこちらを見る。
「あ、あら、おはよう。わざわざ起こしに来てくれたのかしら?」
動揺が隠し切れていない。見られたくなかったモノを見られてしまったかのような、そういう類の焦りが垣間見える。
「はい。まさか、競馬を見ていたとは思いませんでしたが」
「……一応、目白学院の試合映像も見たわよ。女子サッカーでブイブイ言わしていた時代も含めて、大方は目を通しました」
「ならいいでしょう、お父様には言わないでおきます。ところで、おにぎりを作ってきたのですが、いりますか?」
私は、手に持っていた手提げバッグからタッパーを出す。ツナマヨ・鮭・梅の3種類のおにぎりが入っている。
「いただくわ」
そう言って、監督はタッパーを開けて真ん中のおにぎりを取る。ラップを剥がして「いただきます」と一口。
すると、一瞬固まった。……もしかして、お口に合わなかったのかしら?
と思ったのだが、彼女はバクバクと一気に食い尽くして1個目を完食した。その間に一言も発さなかったし、表情も変わらなかったので、美味しかったのかどうかは分からない。
味の感想を聞こうとしたところで、監督が先に口を開く。
「雷門家は塩ではなく砂糖を入れるのね。でも、朝に食べるにしてはちょっと甘過ぎるわ」
「えっ? 砂糖?」
私の困惑を横目に、2個目を取り出して食べ始めた。今度は口を付けていない部分をこちらに向けて、「あーん」と差し出してくる。
それを噛めば、確かに塩ではなく、気持ち悪い感じの味覚が舌を刺激する。私が塩と砂糖を間違えたことは事実だった。
「ご、ごめんなさい。こんな初歩的なミスをするなんて……」
頭を下げて謝ると、監督は全く気にしていない素振りで返事をする。
「なんだ、ミスだったのね。間違えないようにラベルで分別するといいわよ」
「そうします」
よくよく考えたら、さっきのは皮肉だと思ったのだけど、表情的にそうではないらしい。
「梅とは合うわね。酸味と甘味がちょうどいい感じになっているわ。あと、競馬の話は口外禁止で」
「……塩と砂糖を間違えた話も口外禁止でお願いします」
こうして、私たちの中で公約が結ばれた。……あの人が競馬を嗜むのは物凄く意外だった。
★☆
放課後、サッカー部員たちは視聴覚室に集まっていた。プロジェクターを使うわけではないが、全員を椅子に座らせた方が説明しがいがある、という照奈の謎理論が理由だ。
「目白学院は、世にも珍しい徹底的なポゼッションサッカーよ」
「ポゼッションサッカー?」
初めて聞く単語に円堂が首を傾げる。サッカーにおいては常識レベルだが、プロの試合を見ていないと知らないかもしれない。そう割り切った照奈は、呆れることなく説明する。
「要は短いパスで攻めていくスタイルね。ロングパスとかよりも相手に奪われる可能性が少ないけど、ミスれない上に攻撃に時間が掛かるから、相手は準備がしやすいのよ」
「なんだか弱そうに見えるでヤンス」
「それに、去年までの目白学院はポゼッションをやっていない。にもかかわらず、今年は運用して帝国を破った。何かカラクリがあるとしか思えない」
栗松の感想に豪炎寺が補足しながら疑念を唱える。サッカーはミスをなくすスポーツであり、パスを重ねていくごとに当然ながらミスの確率は上がる。
加えて、ポゼッションサッカーは自陣から攻撃を組み立てるため、ディフェンダーの技術も求められる。だが、目白学院はそれをやってのけたのだ。
「あそこって小中高一貫校だから、基本的に面子が固定されるでしょう? だから、組織的なプレーは向いているのよ。お互いがお互いをよく知っている状態でサッカーをするわけだし」
試合映像を見た結果、照奈はある程度の結論を出した。練習している光景を見ないことには100%確定できるわけではないが、大体そんな感じだろうと。
「そして何より────」
照奈が、目白学院躍進の最大の要因である事柄を言い出そうとしたところで、夏未が右手を挙げて答えた。
「監督の
「正解。彼女が最後のピースだったのでしょう」
「道理で、監督が泊まり込みで試合映像を見るわけです。フィジカルは雷門の方が強くても、戦術面で上回る可能性がある。帝国が負けたように」
「あとは────」
照奈は手元に置いてあった紙を磁石で黒板に貼る。誰かが思わず、「綺麗な人だ……」と零すほどの美貌を誇る女性。
「
「なるほど。ポゼッションの欠点を圧倒的な個人技で補っているのか。帝国が抑えきれないということは、雷門のDF陣でも怪しいな」
目白学院の強さが鮮明になったところで、深く頷く豪炎寺。しかし、彼の発言によってプレッシャーが圧し掛かるのは壁山・少林・半田・栗松の4人だ。
「それに、短期間でフィジカルを強化するのも無理がある────というわけで、対策を授けましょう」
「流石は監督ッス!」
そこに差し伸べられる救いの手。DF陣は期待の眼差しで照奈を見つめる。
「影野くんが河平来緒をマークし続けるのよ」
そう言われた瞬間、皆の視線が一斉に影野に集まる。
「俺がですか」
「ええ、ああいう女って陰気な男が嫌いなの。ひたすら粘着し続けることでストレスを溜めさせれば、勝手にミスをしてくれるわ」
「監督、物凄い悪口を言っていませんか?」
影野が気にしていることを容赦なく言い放つ照奈に対して、マックスがツッコミを入れる。"陰気な男"というのは一般的に悪口であり、言われて喜ぶ者はいない。
「別にディスってないわよ。今の雷門のフォーメーションは4-4-2で、5バックは過剰だし3バックにするわけにもいかない。となれば、中盤の1人をマンマークに割くのが綺麗な形になるの。で、影野くんにはシュート技を教えていないから、代わりにマークの技術を授けるわ」
「……つまり監督は、俺に重要な役割をやらせるということですね」
だが、影野はやる気に満ち溢れている。
「そうよ。貴方がミスをしたらチームの失点に繋がる可能性がある。でも、河平来緒を完封すれば、間違いなく目白学院戦のMVPになると思うわよ」
相手のエースを抑え込む────勝敗に大きく影響する役割。それは、存在感を示すことを意味しており、彼のモチベーションを上げるには十分な理由だった。
★☆
「疲れた……」
「……」
練習終了後、コートの真ん中でぶっ倒れている円堂と影野。
マークの技術を授けると照奈は言ったものの、彼女がマークをしたことは一度もない。そのせいか、過去一ハードなメニューをやる羽目になってしまった。ついでに円堂も。
──────そのメニューとは、"照奈に対してのマンマークディフェンス"である。
影野はまず、相手の背中に手を添えることを教えられた。そうすることで、相手の動きに対して敏感になり、即座に対応しやすくなる。
手が教えてくれる。となれば、どこに視線を向けるかは自由だ。基本的に誰がボールを持っているかを見ておいた方がいいが。
しかし、マンマークは相当な体力を消耗する。実力者を相手取る以上、より神経を使うし、素早い動きについて行かなければならない。
その相手が照奈ならば猶更だ。
敵陣コートを縦横無尽に動き回る照奈、全くついて行けない影野。異次元のシュートをゴールに叩き込まれる円堂。
この2人の疲労度は、他の部員の数倍以上に溜まっていた。
「オレたち、試合前日までずっとコレだろうな……」
「……そうだね。でも、ずっとボールを見ていたのに、監督がどこに行くかは分かるようになった。手って重要なんだね」
「多分、この先ずっと使える技術だと思うし、忘れないようにしていこうぜ」
「うん」
来緒が女子選手だから、同性の自分をマークさせた方が本番でも躊躇しなくなるはず、という意図も含まれていたものの、手を添えることの重要性さえ分かれば、相手が自分でも問題ない。
照奈がそう考えた練習の効果は、初日でも十分な効果を発揮していた。
「おいおい、まだ倒れてるのか?」
既にユニフォームから制服に着替えた風丸が、2人の下へやって来る。
「疲れて立てないんだよ」「俺も立てない」
「まあ、オレもそっち側なら立ててなさそうだな。ところで影野、監督の背中はどうだった? いい匂いが漂ってきただろう?」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら揶揄う風丸。前髪で隠れているので、影野の表情は分からないが、照れているわけではなさそうだ。照れる気力すらないと言うべきだろうか。
「殺気が漂っていたよ」
否、照れるの"て"すら感じられない発言。彼の返答に風丸は苦笑い以外になかった。逆に、自分が指名されなくて良かったと安堵する。
「監督は"大人の女性"って感じがしないからな」
「だったら、どう感じるのかしら?」
後ろから声をかけられ、ビクッと飛び跳ねる風丸。振り向いた先に立っていたのは夏未だったが、照奈に聞かれたと勘違いして死を錯覚した。
「驚かすなよ……。まあ、"雲の上にいる人"って感じだ」
「ふーん、人柄的にはイメージと違って接しやすいように思えるけど。要は、ボールを持ったら違うってことでしょう?」
「いいや? そもそも、円堂たちが入部した時点で"世界一"を掲げている人だぞ。見えているモノがオレたちと全く違う」
喋ることすらあまりままならない円堂と影野の代わりに、風丸が夏未の質問に答えていく。
実のところ、時々垣間見える鬼教官要素が7割ほど入って"雲の上にいる人"という表現なのだが、当然ながら夏未は気付かない。尊敬の意味ではなく、単に人のやる所業だと思われていないのである。
未だ倒れている2人もなんとなく察知しており、彼女に勘付かれぬよう空を眺めていた。
「なるほど」
夏未は意味ありげに呟くも、3人が疑問に感じることはなかった。
★☆
──────照奈が一歩目を踏み出した瞬間、影野も踏み出す。だが、二歩目で置いて行かれる。彼女に追いつくため、彼は必死に走るも、間に合わずにパスを受け取られてゴールへ一直線。
昨日に引き続き、マンマークディフェンスはこれの繰り返しだ。影野の足が遅いのではなく、照奈の足があまりにも速過ぎるが故に起きている。
「はあ……はあ……」
地面に垂れる大量の汗、真夏の太陽、疲労が取れないまま迎えた翌日。ありとあらゆる要素が影野の負担となるが、彼は諦めていない。
「影野くん」
照奈に呼ばれて顔を上げると、スクイズボトルを差し出される。それを受け取って、水分を補給していく。
「次は私からボールを奪ってみなさい。ポイントは、相手が異性だからって躊躇しないこと。これは皆に言えるけど、仮にも決勝まで上がってきているのだから、多少強く当たっても大丈夫よ」
周りを見渡しながらアドバイスをする照奈だが、それに対して壁山がモジモジし始める。
「で、でも監督、女の子の……その……」
背中だけならまだしも、反則にならない程度で女性の身体に触れるとなると、やはり抵抗がある。壁山だけでなく、他の部員もそこを気にしていた。思春期だからね。
しかし、照奈はそんなことお構いなしにハッキリと言い放つ。
「そのぐらい向こうも承知でしょう。変態だと言われようが勝者が正義じゃない」
「レッテルを貼られるのは監督じゃなくてオレたちでヤンスよ」
「貼られたとして、どうなるのかしら。寧ろ、変に躊躇するから変態呼ばわりされるのであって、堂々と戦っていれば大丈夫よ。ついでに言えば、貴方たちなんて女の子に触れる機会すらないんだから、慣れるチャンスね」
「か、監督?」「ぐはっ!」
超ドストレートな悪口にダメージを受けるDF陣。特に、半田は効き過ぎて膝をついてしまった。
「全国に出るとなれば、多少は女の子も寄って来るでしょうけど、雷門中サッカー部は恋愛禁止なので。発覚したら、地獄の果てまで追いかけて処すわ」
「そんな! 酷いですよ監督!」
「少林寺くんには縁のない話だから、怒らなくてもいいと思うけど」
「あびゃっ!」
続いてダウンしたのは小林。分かりやすくダメージを受けてくれるので、照奈は少し調子に乗り始めている。
この女のタチが悪い部分は、恋愛願望がないために「監督もモテないですよね?」と返されても全く効かないこと。とはいえ、確実にモテる美貌なのはサッカー部を羨ましがる生徒たちから分かることなので、下手に言い返せない。
「監督たち、何話してるの?」
「さあな。ディフェンス面でボロクソ言ってるんじゃないのか」
ベンチで給水しながら、やり取りを眺めているマックスと染岡。内容は違うが、ボロクソに言われているのは合っていた。
「────そういえばさ、地区予選が終わったらオフあるんだっけ?」
「流石にあるだろ。監督もそこまで鬼じゃ……いや、どうだろうな。あって1日かもしれねェ」
「1日あれば十分だね。女の子にデート誘われ────」
とマックスが言いかけたところで、コート内にいる照奈の視線が彼に向けられた。まるで、獲物を見つけた獰猛な動物のような瞳で。
背筋が凍る。
逃げたくても恐怖で足が動かず、気が付けば照奈はボールを蹴っていた。
ドゴンッ! という凄まじい轟音と共に、マックスの顔1つ分横を通過する死の一閃。芝生の斜面にぶつかることで止まりはしたが、若干焦げていた。
「ボク、デート断ってくるよ」
「そうした方が命のためだな」