光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「やっぱサイバーパンクっぽい小説はファンタジーに比べたら少ないなぁ……せや! なら自分で書いたろ!」
という安直な発想かつ見切り発車で書き始めたのが本作です。
それでもよろしければどうぞお読みください。
第一話
「あれ、ここは……」
目が覚めたら見知らぬ天井であった。お世辞にも綺麗とは言い難い天井で揺れながら明滅する古臭い蛍光灯のみがあり、微かに残るアルコール臭が鼻腔を刺激する。
念のために酒は飲んでいなかったのに、この状況は一体何なんだろうか。大負けしてそのまま気を失ったあげく医務室に運ばれでもしたのだろうか。男、赤間拓郎は己の記憶を辿り始めた。
自身が覚えている最後の記憶は、アシハラ競馬場のメインレースで高倍率の穴馬を軸にした馬連に全財産を賭けた挙げ句、予想が外れたショックで崩れ落ちたこと。勝てば約二五〇〇倍になって返ってくるはずであった五枚の馬券は哀れにも無価値な紙切れと化し、飛び交う野次や罵声と同じく競馬場を彩る品のない紙吹雪に成り果てたのだ。
「くそっ、あいつのせいで万馬券が紙くずになっちまった……思い出したら腹立ってきた」
プルアンドプッシュ、先月
借金取りはひとたび返済期限を過ぎると行う苛烈な取り立てと過酷な延滞金によって人々に恐れられている。恐れをなして逃げたとて街の中に逃げ場はほぼないし、追っ手の届かない外へ逃げようと目論んでも出入境管理局に潜んだ協力者ネットワークによって逃さない。
だからこそ、さっさとこんな埃と消毒臭い場所からおさらばしたかった。また適当な日雇い労働で一週間ほど働いて種銭を作り、今度はカジノでジャックポットを当てる。それ以外に加速度的に膨れ上がり続ける借金を返す方法などないからだ。
「……早く逃げなきゃ。やかましい借金取りに捕まったら何をされるか分からないからな」
しかし、その意に反して身体は全くといっていいほど動かない。代わりにガチャガチャという鈍い音が八畳ほどの部屋に響き、手首と足首、そして首筋に冷たい感覚が伝わってくる。
「え、何で俺、拘束されて……しかも裸にされてる」
身体に力を込めているのに、身動き一つ取れやしない。その事実に驚愕し改めて四肢た彼の視界に映るのは、自らの手足を寝台に固定する金属製の重く頑丈な枷と拘束ベルト。そう、全裸に剥かれた上で一分の動く隙もなく仰向け状態で固定されていることに彼はようやく気付いたのだ。
まさかここは競馬場の医務室ではなく借金取りどもの拠点で、自分は崩れ落ちた後に捕まってしまったのかもしれない。そう考え始めると徐々に背筋に冷や汗と脂汗が浮かぶ。
借金取り、特にギャング集団と繋がりの深い者たちが行う『返済』の方法は無慈悲にして極めて効率的だ。初めてかつごく少額ならば数日間から一週間ほどの下働きで許してもらえる場合もあるが、大抵の場合は多重債務者かつ短期間で返せない額であるため、逆らえないよういろいろと改造されたり臓器を抜かれた上で娼館に売り飛ばされる。
酷いケースだと選ばれた超富裕層のエンターテイメントであるデスゲームに参加させられたり、人類社会を支配するメガコーポの非道な研究に用いる実験動物代わりとして売り飛ばされることもあるのだという。
アシハラという企業支配の象徴たる街において、返済義務を果たさない債務者に人権など必要ない。日本では冗談めいて使われる言葉でも、この資本主義社会の理想像とも呼ばれる都市では文字通りの意味を持つ。すなわち自分も遠からずそんな末路を辿ることは容易に想像がついた。
とにかく、どうにかしてこの場から逃れないと。殆ど不可能だと分かっていながらも、己に待ち受けるであろう現実を受け入れないために無意味な抗いを続けていたが、無為に暴れたところで枷が外れることはない。
「おっ、ようやく起きたかの。被験体187号くん」
そんな悪あがきを数分ほど続けていると、直球で失礼な言葉と共に立て付けが悪そうなドアを軋ませながら部屋に入ってきたのは、ヨレヨレで所々染みが付いた不潔な白衣を着た醜い老人。異なる刺激臭を放つ複数の薬品の臭いが漂い鼻腔に届いたことで不快さが一気に増し、思わず顔をしかめてしまう。彼とて大して身だしなみを気にするような人柄ではなかったが、目の前の老人からは見た目と臭いの二点において常軌を逸していた。
「おい、あんたは誰なんだ!? それに俺は何で犯罪者みたいにベッドに拘束されてるんだ、これからどうするつもりなんだ、教えてくれ!」
それでも目覚めてから初めて見つけた人間であるため拓郎は現在の状況の説明を求めるも、老人はさも話が聞こえていないかのように振る舞い、ニヤニヤと薄気味悪く不吉な笑みを浮かべながら彼が拘束されている寝台の脇に立った。
「君を捕まえた借金取りから聞いたぞ、一発逆転のために有り金全部を人気薄の三連単に突っ込んたそうじゃな。惜しかったとは思うが……プルアンドプッシュの逆噴射で全部パーになったようじゃの。わしはしっかり勝ったがな。アマツサンミョウくんありがとう」
「ちくしょう、やっぱり俺の近くに借金取りの野郎がいたのか……」
そのまま哀れみと蔑みの入り混じった表情で見下ろしながら彼の失敗を淡々と述べる様は腹立たしかったが、内容は紛れもない事実であるため口を噤むしかない。終わりなき過酷な労働が続く日々を潤す気晴らしとしてギャンブルを楽しむはずが、気づけば酷く負け続けた悔しさに任せておよそ十万クレジットの借金──しかもいわゆる闇金と呼ばれる業者から借りてまで競馬にのめり込んでしまったのは彼自身の落ち度なのだ。
そこでも負けが込み返済できないと気付いたことで、最後は一発逆転と称して上半期最後の大レースに有り金全部突っ込んで外し無一文になり、気付けばどこか分からない場所で惨めな姿を晒している。もしあのまま勝っていれば借金を一括返済した上で小さな事業を始める元手まで手に入ったのだが、現実は非情であった。
「で、俺をこれからどうする気だ!?」
「端的に言えば、お主はこれから奴隷として売られるんじゃ。男娼兼護衛として使えるようにわしが改造したからの。ああ、お主の体に入れたサイバネ機器は一つを除いてゴミ捨て場で拾ってきた型落ち品じゃし、改造費はタダにしておくから安心せい……それにモツは無事じゃ。向こうさんから抜かんといてと頼まれたからの」
「……は? 勝手に俺の体に何してくれてんだこのジジイ!? しかも奴隷にされるなんて……」
「まあ、奴隷は比喩じゃがそれに等しい扱いじゃからのう。まあ理不尽に命を奪われることは……多分ないじゃろ」
お世辞にも清潔とは言い難い男から発せられた突拍子もない言葉に、拓郎はしばし口をぽかんと開けて黙り込んでしまう。メガコーポが支配する人類社会においても表面上奴隷制度はないが、事実上そういった立場に落とされ苦役を課されるものが少なからずいる事実を知らない人間からすれば、全く意味がわからない。
「ある程度顔立ちも整っていて、肉体労働で培ったガタイもある。それならモツを抜いたりモルモットにするよりも有効に使えるからの。捕まえた債務者をいかに価値ある商品にするかを考えるのもわしら借金取りの仕事じゃ」
しかしその老人は拓郎の反応など一切気にすることなく言葉を続けている。話したいことを勝手気ままかつ一方的に喋りまくる姿は社会性の不足を疑う光景だが、実際はそうではなく呼び方からして目の前で拘束されている彼を人間として見ていないだけだ。
「せっかくだし、お主の改造箇所でも教えといてやろう。ナイトライフを充実させてくれる快感増幅エディターに、過激なプレイを楽しんでもらうための痛覚トランスファー、それに旧式だがそれなりに使えるニューロンブースターじゃな。あ、後はボタン一つでお主を無力化できる強制隷属インプラントも。ああ心配はいらんよ、切開と縫合は部屋の端っこにあるオートドクポッドでやったから傷跡は全く残っとらん。安心して好き者どもに体を売って金と快楽を貪るとよい」
「いや、どこにも安心できる要素が無いんだが!?」
おまけに人を無断で改造した挙げ句嬉々としてそれを語る様は異常そのもので、何とも言えない恐怖が拓郎を支配しつつあった。
しかし、その全てが悪い報せではない。何気なく話した中にあったニューロンブースター、それが自らの体内に装着されている。起動すれば神経系が十数倍にまで加速され、短い間ながら異常なまでの行動力を得られるという極めて強力なテクノロジーの産物であり、その強さは各種メディアによって幾ばくか誇張された含め大衆に知られていた。
当然ながら強力な切り札には小さくない代償も伴っており、みだりに使えば過負荷に耐えかねた神経系が焼き切れてしまい文字通りの廃人に成り果てる。一時的に神経の伝達量と速度を無理やり上昇させるのだから当然の副作用だ。
だが、絶望という名の黒雲に覆われていた彼の心に一筋の希望を抱かせるには充分な代物であった。この枷が解かれ、ニューロンブースターの起動方法さえ分かればとりあえず脱走を試みられるからだ。その言葉が本当なのか気がかりではあったが、どこに何を埋め込んだとX線写真の画像付きで無邪気に語る様を見ていればそれが杞憂だと察している。
「喜ぶんじゃよ187号くん、お主の受け入れ先はニューヨシハラ随一の衆道娼館『菊ノ花』。そこらの娼館より客層も治安も遥かにいいぞ。上手く客を取った上で運が良ければ……そうじゃな、八一〇年ほどで解放されるはずで、その時には人生の再出発に困らないほどの蓄えは持っているじゃろう」
「ふ、ふざけるな! 人を、人権を何だと思ってるんだ!」
それでも娼館に売られるのは勘弁してほしい拓郎は必死に怒鳴り喚き散らすも、威勢のいい口調に反して相変わらず身体は全く動かない。老人からすればそれがまた滑稽であった。
「それを言えるのは社会契約──つまり借金返済を全うした者だけじゃな。つまり君にそれを言う資格はないのじゃ……少なくともこの街では」
逆にある意味では正論とも言える反撃にあって口を噤まざるを得なくなっている。
「さて、最後の仕上げじゃ。お主に焼き印を押さねばな……逃げ出しても一目で奴隷だと分かるようにの」
そんな言葉と共に老人が白衣のポケットから取り出したのは焼きごて。電熱式ながら熱伝導技術の進歩によりすぐに使える高性能な一品だが、本来は家畜の所有権を表すマークを付けるために用いるものである。そう、この老人は拓郎の体に奴隷の証として焼き印をするつもりなのだ。
「死ぬほど熱いし痛いじゃろうが、せいぜい数秒だし我慢せい。あ、これも無料サービスじゃから追加料金はかからんぞい。勘違いしてほしくないがこれはヒト用の特製コテじゃよ、ショック死されたら大損こくのはわしも同じよ」
俺は家畜じゃない。一人の人間だぞ。そんな無力な正論を叫びながら力一杯暴れもがくも、その程度で壊れるほど枷は脆くない。ガチャガチャという留め具が発する鈍い音が無情にも部屋に響き、赤熱したこてが迫りくる様は拓郎の絶望感を増幅させる。そう、彼は逃げられないのだ。
「や、やめろ! 待って、それだけは待ってください、お願いします!!」
「まあ天井のシミでも数えておれ、すぐに終わるでの」
そして必死の懇願も虚しく、じゅう、という食肉を焼く時以外では聞きたくない音と共に焼きごてが拓郎の胸を焼く。凄まじい絶叫を出したはずが、実際には声にならない叫びと共に口をパクパクと動かしているだけになる。声帯を空気が通過できず、心臓の近くから発せられる痛みは快楽へ変わることなく彼を容赦なく責め苛み続けた。
「おや、快楽増幅エディタが不調のようじゃな。それに印もつかなんだ……やっぱり拾い物ではダメだったか。再設定のためにもういっぺん気絶させるかの、どの道隷属インプラントの設定も忘れとったし」
たっぷり三秒ほどコテを押し付けた上で失敗した老人は、快感増幅エディタが正常に作動していないことを察してベロリと汚れた舌を出すと、再び手術を行うため枷に付属するお仕置き用の電気ショック装置を起動させる。
正規の医療機関以外がマトモな麻酔を仕入れるには相応のカネとコネが必要なので、費用の節約をするためにスタンガンめいたものによる装置を製作したのが、長足の進歩を遂げたサイバネティクス技術による製品は多少の電流程度なら問題なく耐えるため気兼ねなく使えるのだ。
だが拓郎にとってはたまったものではない。ようやく熱による責め苦が終わったと思ったら、今度は電気責めが始まったのだから。
「おおぉぉぉぉああぁぁぁぁぁぁ!!」
体中を駆け巡る何かに肉を焼かれ抉られるかのような痛みと熱さによって意識が朦朧となり、今度こそ苦痛と絶望の中で意識を手放そうとしたその時だった。かすれていた拓郎の視界が何の前触れもなくクリアになった上でスローモーション映像を見ているかのようになり、色も若干ながらセピアかモノトーンめいたものへと変わっている。
痛みすらも置いてけぼりにしたかのように何も感じなくなり、飽和した痛覚の反応から解放されたことで周りを見る余裕を与えた。そしてよく見れば、首と手足を拘束していた重苦しい外観の枷が何故か外れている。理由は不明であったが、一つ確かなのは今や自由の身となったことだ。
だから、望外の幸運を目の当たりにした拓郎は一切迷わない。一〇倍以上の速度で胴体を縛る拘束ベルトを外すと寝台から跳ね起き、自らの体を玩具のようにいじくり回した老人へと飛びかかる。別段機敏な動きではないにも関わらず目の前の人物は全く反応できず口をぽかんと開けた間抜けな顔を晒していた。
すごい。十数年前に立体ホロ映画で見たみたいにニューロンブースターが発動してる。驚愕した表情のままほぼ動かない老人がみるみるうちに近付いてくる様でようやく確信を得た彼は、まず個人的な復讐に着手することにした。
「よくも人さまの体をオモチャにしてくれやがって! これでも食らいやがれ!!」
三下のチンピラめいた啖呵と共に繰り出されるのは、肉体労働で鍛えられた鉄拳。それはメキッという擬音が聞こえてきそうなクリーンヒットとなり、老人からすれば何が何だか分からないままに殴り飛ばされ、コンクリートの壁に叩き付けられている。
「これは何とか使えそうだ、貰ってくか」
そうして周囲が元の速度に戻った後にそのまま力無く倒れ伏す老人の体を漁るも、焼きごては叩き付けられた衝撃で折れてしまっていたため、代わりに部屋の隅に転がっていた短めの鉄パイプを拾い上げる。旧世紀のアメリカ程ではないにせよ銃社会といえるアシハラではやや心もとない武器だが、徒手空拳よりはマシなためしっかりと握りしめた。
「よし、行くぞ……こんなかび臭いとこなんて早く出ないと鼻がおかしくなりそうだ」
ムカつくジジイは殴り倒したけど、他の奴らもそのうち異変に気付く。その前にこの場所から逃げ出さなきゃ。次なる目標を決めた拓郎は自らが全裸なのも忘れてドアを開けると、ほんのり冷たく乾いた空気を感じながら本当の自由を取り戻すための第一歩を踏み出した。
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