光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
そうしてマダム・スミスと契約を結び、晴れて傭兵としての第一歩を踏み出すことに成功した二人は厚意で用意してもらった69番街に近い安宿へと移動し、そこを当座の拠点とした。そこは一汁一菜ながら和食の朝食が出る宿であり、久しぶりにマトモな食事にありついたことで二人は士気を大きく上げている。いかに携帯保存食が最新の栄養学や生物科学に基づいた完璧な成分配合がなされているとはいえ、味の酷いものを食べ続けることは精神衛生上よくなかったのだ。
「勤務時間帯は午前九時から午後五時で、ハードな仕事じゃないけど……いかにも住人ですってテイで一般人の格好してた方が相手も油断するんじゃないか?」
「俺もそう思うが、コイツは不審者や背後にいるかもしれない連中に対する威嚇や意思表示になる。お前たちのことはちゃんと見張ってるぞってな……まあ真相はマダム・スミスのみぞ知るってとこだ」
勤務時間まであと一〇分ほどいったところで、貸与された自警団の所属を示す法被めいた薄手の上着に袖を通し、外部委託要員である証の腕章を着けて宿を出た二人は警備業務の起点となる69番街の出入り口へと向かう。まさか初日から遅刻するわけにはいかないからだ。
巡回業務は午前九時にそこを出発し、指定されたルートを進んで不審者や不審物がないかを探す。休憩時間は含まれていないが、内規として一時間あたり五分の小休止が許可されており、その時に軽く飲食をしたり用を足したりできるのだ。尤も、区画内に公衆トイレは一つしかなく、それも様々な事情によってあまり近寄りたくない状態で放置されているのだが。
「何かほんとに人がいないというか、あれだけいた人はどこに行ったんだ……」
「視覚的にもそうだし、人の気配が全くない。本当にここは歓楽街なのか……? いくら何でも妙だぞ」
まもなく午前九時だというのに梅雨のためか余り明るくない空の下にある69番街はどこか陰鬱な雰囲気をたたえており、確かな人の営みや活気を感じられた夜間とは大違いであった。『ウキヨエ』のあるメインストリートにすら人っ子一人いないばかりかゴミや吐瀉物が一つも落ちていない様はゴーストタウンそのもので、建物や看板の年季もあって余計に得も言われぬ気味悪さを醸し出す。
もしや一昨日や昨日の出来事は全て自分たちにとって都合のよい夢幻であり、助けた少女やマダム・スミスといった人物も本当は幻覚で、実際にはとうに無人となった廃墟街をぶらついているだけではないのか。幸先よく傭兵稼業を始めたはずが、二人して悲惨な結末を辿るホラー作品の登場人物になってしまったのではないか。そんな不吉な想像が徐々に脳を侵食し始めたその時、二人以外の声が聞こえたことで拓郎の思考を現実に引き戻している。
『……よし、こちらCP。二人とも定刻通り配置についたな。今日の順路はルート2になる。改めて説明するが、基本はルート通りに巡回するだけだ。もし何かあったらこの無線機で報告してくれ。自警団の当直から順に叩き起こして可及的速やかに援軍に向かわせる』
貸与されたインカム型無線機から聞こえるのは、昨日マダム・スミスとの会談前に案内役を務めていたクリスの声。初対面時に比べて声色も口調も明らかに柔らかくなっているのもあるが、何より昨日の出来事はちゃんと全て現実であったのだと二人を安堵させていた。
『そうそう、そちらのコールサインはヴィジラント1001及び1002だ。無用の混乱を避けるためにどっちが1001か今のうちに決めてくれ』
「俺がアンタについていくと言った以上、チームのボスはアンタだ。どっちがどっちでも文句はない」
「わかった、じゃあ俺が1001で、ファンが1002で頼む」
『了解した、アカマが1001、マクダニエルが1002だな。今後はコールサインで呼ぶからそのつもりでよろしく』
「「了解」」
そんな束の間の安心もそこそこに、事前の指示に従いルート2の通りに歩いていく。夜が稼ぎ時のは歓楽街の常とはいえ、午前九時過ぎにも関わらず人の気配が殆どしないのは不気味であり、幽霊だのスピリチュアルだのといった超自然的存在など信じていない二人だが、五百万以上の人口を誇る巨大水上都市なのにも関わらずこの区画だけ人と全く出くわさないことに多少の恐怖を感じていた。
『……ニューヨシハラやペニンシュラ・オブ・プレジャーの大通りに店を構えるバカでかいとこの所属を除きゃ、歓楽街のキャストは程度の差こそあれど大体こんな感じだ。みんな夜の間に死ぬ気で稼いで、それで朝から昼下がりまでは死んだように寝てる。そうやって明日を生きるために日銭を稼ぐのが我々アシハラの性産業従事者の日常なのさ』
そんな二人の独り言じみた呟きをインカムが拾っていたのか、CPことクリスが口を挟む。いかにマダム・スミスに認められた傭兵とはいえ69番街の大半にとっては未だ部外者に等しい存在でしかない。故に例え相手に悪意が一切なくとも、何も知らない外部の人間に好き勝手言われるのはどうにまいい気がしなかったのだ。
「……何かその、すみません。勝手にゴーストタウンとかホラー作品の序盤みたいだとか思ってしまって」
『……いいさ。こっちの事情に余計な口を挟まず静かに聞いてくれるだけで傭兵としちゃ上出来も上出来だよ。でも俺たちには同情も憐憫もいらない。そんな一クレジットにもならないことをするくらいなら、客として来てたくさんカネを落としてくれる方が断然嬉しい』
何だか微妙な雰囲気になってしまったまま歩みを進めていく二人であったが、午前一一時を過ぎて少しした頃に、突如として寂しげながら平穏な時間は終わりを告げる。
「すみませーん、少しお尋ねしたいんですけど」
そんなどこか間の抜けていて上ずった声が後ろから聞こえた瞬間、すわ白昼堂々幽霊のお出ましかと二人は思わず飛び上がりそうになったが、振り返ってみれば単なる一人の人間であり、格好から仕草まで全身から無害ですよと言いたげな雰囲気を発している。それがかえって怪しさを感じさせるのだが、そこに気づくほど目の前の相手は賢くなさそうであった。
間違いない。こいつがマダム・スミスが言ってた奴の一人だろう。二人して自警団の服装をしてる相手にも関わらず平気で話しかけてくるなんて、よほど胆が据わってるのか単にバカなだけなのか。そんな想像をしていた拓郎は、一昨日チンピラから奪った粗末な拳銃をいつでも抜けるようにしながらも、友好的な態度を装って注意を怠らないまま歩み寄っていく。
「……俺が記録兼バックアップに回る。今回は拓郎が接触してくれ」
「わかった、もしもの時は思いっ切り頭をぶち抜いてほしい」
後衛を任せられる人物がいるのは頼もしいという期待と、相手が何をしてくるのか分からないという不安。そんな緊張にも似た感情を押し殺しつつ、拓郎は件の人物にマニュアル通り自警団らしく声をかけた。
「ん、どうかしたのか? ここは歓楽街だし今の時間帯はどこもかしこもやってないぞ。やってるのは出入り口付近にある『ヨンの24hダイナー』くらいだが……」
「いや、その、『ベストコレクト』のアジフ様宛に配達を頼まれまして……」
拓郎より一回り以上年上と思しき男は特に驚いたような素振りも見せず、卑屈としか言いようのない笑みと共に今ではすっかり珍しくなった古式ゆかしい風呂敷包みを二人に見せる。見るからに怪しい風体とシチュエーションではあるのだが、流石にそれだけでクロだと断定して追い払ったり詰所へしょっぴくわけにもいかないため、平和裏に会話を続けている。無論、拓郎の後方ではファンが記録を取りつつも、いつでもライフルの銃口を向けられる臨戦態勢のまま待機しているが。
「あー……『ベストコレクト』はそこの通りを左に曲がって右側に見えてくる二丁目ビルB棟の二階だ。今は確か……営業時間外だし看板が出てないはずだから、きちんと表札とボックスナンバーを確認するように」
しかも言っていることは至極まともで店舗名も実在するため余計に慎重な対応が要求され、拓郎の神経を摩耗させる。いくら警備とはいえ、横柄で傲慢なメガコーポ連中の保安部隊とは違って不審者だと思ったらとりあえず撃つなり殴るなりしていいわけではないのだ。
もしかしたら、豹変した相手の内ポケットからナイフやデリンジャーみたいな小型の仕込み武器が出てくるかもしれない。そんな恐怖と緊張に抗いながらの仕事であったが、幸いにもそんな事態は起こらないまま会話は平和裏に終わっている。
「ありがとうございます、こちら少ないですがせめてものお礼です」
決してスマートでもわかりやすくもない案内ではあったが、男はいたく喜んだ顔をすると二三回ほど頭を下げてから何枚かの硬貨を拓郎に握らせ、教えられた方向へと足早に歩き去っていった。
「拓郎、これって……」
「日本の五銭と一銭硬貨だ。端末同士でクレジット渡した方が早いのに……って、俺もファンも端末持ってないから受け取れないのか」
「……向こうはそんな事情なんて知らないはずなのに、何故さも当たり前のように国家発行通貨、それも現金なんか渡してきやがるんだ。単に持ち合わせがないだけなのか、何かやましい事情でもあるんだろうか?」
その正体は日本国が発行する硬貨であり、五銭玉が一枚と一銭玉が二枚であったが、なぜこの街の支払いでクレジットではなく国家発行の貨幣を選んだのかが不可解であった。
クレジットという企業主導の共通電子通貨によるキャッシュレス化が進んだこのアシハラにおいて、一市民として普通に生きている限り国家発行の現金通貨を見る機会はそう多くない。
一部の浮浪者ですら所有している個人端末にはクレジットによるウォシュレット機能が標準装備されており、日々のちょっとした買い物から公共料金や税金の支払い、果ては株や事業への投資までこなせるため、国家発行の貨幣など国外の家族や友人知人への送金にしか使うことがないからだ。
無論、紙くず同然かそれ未満の価値しかないイーストコースト・ドルや第三連邦ユーロとは違い、クレジットと並んで現代人類社会の基軸通貨たる日本円のため、アシハラでも一部の観光客向け店舗ではそのまま使える上に謝礼として渡しても嫌がられることはまずないが、事前情報のせいで余計に怪しさが増している。
「それにしても、道一つ聞くのにもお金がいるんだなアシハラって。改めて考えると凄まじいよな」
「治安のいい日本だと無償が当たり前だろうが、ここでそんなナメた態度取ったら最悪叩き殺されるからな。よっぽどの聖人か変人でもない限り、最低でも嫌な顔はされるぞ」
ちょっと道を尋ねるのにすらチップが必要だなんて世知辛い世の中だ。日本国という人類社会で最も恵まれた場所の一つで生まれ育った者の感覚が抜けきれていない拓郎はつい愚痴をこぼしてしまうも、寧ろそれが当たり前でないことをトラブルなく知れるのはありがたいことだと分かっている。
途中で背後を振り返れば、配達を終えたのであろう先ほどの男が出入り口の方向へと向かっていく様子が見え、ひとまずクロではなさそうだと胸をなで下ろしている。血も涙もないスカヴィードッグスのような獣じみた連中相手ならともかく、顔の知った相手を平然と殺傷できるほど拓郎も戦いや殺しに慣れているわけではなく、出来ることなら流れる血の量は少ない方がいいとさえ思っているのだ。
「CP、CP、こちらヴィジラント1001だ。不審者らしき人物に遭遇して会話を終えた、事前報告にあった通りの会話内容のまま。その人物は尾行するか?」
『了解、迅速な報告に感謝する。勘付かれるとまずいので尾行は不要だ。レポートは業務終了時に受け取るから、簡潔でいいのでまとめておいてくれると助かるし、出来に応じて追加報酬は検討させてもらう。ヴィジラント1001及び1002は引き続き巡回業務を継続せよ』
充分離れたことを確認してからインカムで報告を挟みつつ、昼は69番街唯一の二四時間営業店舗である『ヨンの24hダイナー』でまかないの分厚いハムサンドを貰って頬張りながら警備任務を続行する。不審者と遭遇したのはただ一度であり、朝夕に一度ずつくらいなら退屈しないし悪くない仕事だとその時であった。
「止まれ拓郎。何かが変だ」
先行していたファンが身ぶりと小声で警告する。拓郎はそんな危険なものなんてあるのかと訝しんだが、それを目にした瞬間警戒を強めている。
「一体何だよ……ってあれは……!」
そこに止まっていたのは、つや消しの真っ黒な塗装が嫌でも目を引く軽自動車。テサン工業製の安価なモデルであり、アシハラでも庶民や個人デリバリー業者の足として大通りから裏路地までちょくちょく見かける型式なのだが、この場においては大きな違和感を覚えてしまう。
何故なら69番街内部において車が通ることは全くといっていいほどなく、精々が電付──電動機付自転車かオート三輪をたまに見かける程度であるからだ。マダム・スミスが自動車の通行を禁じたわけではないが、こんな一区画内で自動車はオーバースペックであるため住人が車を持つことはまずない。
ではなぜ軽自動車がこんな所にあるのか。拓郎は急いでインカムの通話を起動し、クリスを呼び出した。
「こちらヴィジラント1001、第六ゆうぐれハイツ前で不審車両を発見した。真っ黒な塗装の軽自動車で……メーカーや型式まではちょっと……え、ファンは分かるのか。俺より詳細な報告が出来る相方に一旦変わる」
しかしメーカーや細かいことまでは分からなかったため、そこは車に詳しいファンに任せることになってしまったが、これこそがチームの利点である。足りないものを別の者の知識や才能で補い、依頼の遂行をより確実なものにしたりよりよい成果を挙げることが出来るのだから。
「こちらヴィジラント1002、1001に代わり報告を続けるぞ。恐らくテサン工業のホバSP-Kシリーズで、ドアのガラスがスモークガラスに換装されているようだ。ナンバープレートはこれから確認する」
『け、軽自動車……!? 了解、もし付近に所有者らしき人物がいたら接触してくれ。所属も意図も分からない状態だ、極力敵対は避けろ。あと、可能な限り写真を撮っておいてほしい。ナンバープレート付きで』
「……すまない。言い忘れてたけど俺たち端末を紛失したままこの街で暮らしててな。日雇いとかは物理スティックでもらってたから忘れてた」
『……嘘だろ!? 数世代前の型落ちタイプなら一部の浮浪者でも持ってるのにか……』
軽自動車の存在にはクリスも驚いた。不審者出没の報を受けて出入り口はしっかり監視されており、それ以前でも自分たち以外の軽自動車なんかが通れば話題に上がるはずである。この傭兵二人が虚言を弄している可能性すら考えたが、仮にそうならわざわざ相方に詳細を報告させる必要などなく、聞かれるまで『〇〇で〇〇な軽自動車を見かけた』の一言で済ませてしまえばいいのだから。
それより二人が個人端末を持っていないことにより一層驚いたのだが、殆ど常識じみたことである上に基本的には根無し草に近い傭兵相手とはいえ、先に聞いておかなかったのは失策だったと今さらながらに指揮所で頭を抱えている。無論その様は二人からは見えず、端末越しにブツブツという呟きしか聞こえないのだが。
「今のところ周辺に人はいない。待機か接触を続けるか指示を出してほしい」
『……分かった。至急中古の端末二つを届けさせる。第六ゆうぐれハイツ付近に人を急行させるから、それまでは近辺で監視を兼ねて待機してくれ。くれぐれも無理はするなよ』
それにしてもこの軽自動車、かなり厄ネタなのでは。拓郎はそんなことを思いつつも、端末が届くまでの間はだいぶ劣化しているブロック塀の隙間から怪しげな軽自動車を見張り、僅かな情報も漏らさないようにと目を光らせていた。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。