光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第一〇話

 端末を届ける要員がやってくるまでは件の軽自動車の監視を続けているが、やはり側面窓全てがスモークガラスに換装されているのは不審感を煽っているようにしか見えず、それに対する疑念は一段と強まった。

 

「ファンに聞きたいんだけど、やっぱりアシハラでもスモークガラスって印象は悪いのか?」

 

「一般的な乗用車を配達に使う個人運送業者がプライバシー保護のために使ってることもあるが、まあ黒塗りの車とセットで何かしら車内にやましいモノやコトがあるだろうってイメージだな。そこは日本とあまり変わらないと思うぞ」

 

 スモークガラスのせいで不審さ満点の軽自動車を視界に捉えつつ拓郎は相棒に尋ねている。車内が全く見えないのは怪しいという概念がアシハラでも通用するかどうか心配だったようだが、それは杞憂であることに安堵した。

 仮にプライバシー概念が日本とは大きく異なり、スモークガラスに対する意見が肯定的であったとしたらどうしようかと思っていたのだが、そこは生まれ故郷と大して変わらないという返事に安心した。これで心置きなくあの車を不審車両として追いかけられるからだ。

 

「なあ、スモークガラスなんてしてても怪しまれることのない車なんてあるんだろうか」

 

「まあ、してるのは大抵やましい何かを隠してる奴らだからな。怪しまれないのは配達トラックを除けば、大体アシハラ市警(ACPD)の護送車とか企業のコンボイにいる護衛の武装バンとか権力側の車なんだが……しっ、誰か出てきた。静かに」

 

 そんな軽い雑談をしていると、不意にファンが異変に気付いて口を閉じる。それとほぼ同時に彼の視線の先にある第六ゆうぐれハイツの一室のドアが開くと、いかにもチンピラか愚連隊ですといった風体をした三人の男女が現れ、露骨に周囲を確認しながら停車している軽自動車へと早歩きで向かっている。これだけでも怪しさ満点であり呼び止めたい気持ちが湧き上がってきたが、現在は距離を置いた上での監視を指示されているため塀の隙間からじっと覗いていた。

 

「念のため写真を撮って住人かどうか照合してもらいたいが……拓郎にインストールされてるサイバネ機器に動画撮影機能付きのサイバーアイはあったか?」

 

「いや、ばっちい白衣のジジイの説明を信じる限り、サイバーアイ自体がない。サイバネ機器四つのうちニューロンブースター以外は不良品掴まされてたみたいだし、人さまを改造するのに資金を相当ケチってたみたいだ」

 

『……くそっ、端末が届いてないのが惜しい。引き続き監視と情報収集を続けるんだ。当直は既にそちらに向かわせた』

 

 そして三人が乗り込むと、電気自動車にはつきものであるモーターの駆動音を響かせながら走り去っている。この型式は学生でも半年から八ヶ月ほどバイトをすれば新車や状態良好の中古を買えるほどに安価だが、当然ながらモーターや駆動系は大していいものを使っていないため電気自動車にしてはうるさいという側面もあった。

 とはいえ現代社会の主流であるバイオ合成燃料車に比べれば圧倒的に静かであるため、泥のように眠る住人たちを起こすことはない。傍若無人に騒音でもまき散らしていればもう少し発見が早かったかもしれないが、軽自動車かつ電気自動車という静粛性に優れた組み合わせは図らずとも発覚を遅らせていた。

 

「あっちは……69番街の奥か。出入り口は他にないって話だけど……秘密の抜け穴みたいなのが作られてたりするんだろうか」

 

「まあ確かにあってもおかしくはないが、人の一人や二人なら封鎖の隙間から入れてもおかしくはないにしろ、流石に軽自動車を密かに運び込むのは無理だろ」

 

『……あり得ない話じゃない。端末を受け取って、対象が出てきた部屋番号を記録し次第追跡してくれ。その三人が再び姿を現したら接触を試みてほしい。もちろん、危なくなったらすぐ離脱して構わない』

 

 そうして軽自動車が視界から消えたことを確認してからブロック塀の陰から顔を出した二人は、三人が出てきたのはハイツの103号室であることを記録してから走り去った方へ歩いていく。空室扱いになっているはずなのにあんなゾロゾロと人が出てくるのは何かおかしいとは思ったものの、今は不審な車を追いかけるのが優先事項であるため記録のみに留めている。

 

「ヴィジラント1001及び1002に端末を届けに来た。こっちが1001用で、そっちが1002用のだ。間違えるなよ」

 

 そこで当直の自警団員から中古の型落ち品ながらようやく個人端末を受け取った二人は手早く最低限の初期登録だけ済ませると手早く追跡を再開している。一秒ごとに痕跡や記憶は薄れていくものであり、少しでも確実に見つけたいからだ。

 それでも一度は見失ったため追加で十分と少しは探し回る羽目になったが、元々この区画はさして広くない上に午前中のように不審者と遭遇することもなかったため、69番街内でも隅の方にある名前すらも忘れ去られた雑居ビルの前で再発見している。

 

「……あれだ!」

 

 そこは数年前にテナントも居住者もいなくなった廃墟であり当然ながら各種ライフラインは全て止まっているため、浮浪者や根無し草が一晩雨風を凌ぐくらいならともかく長期的な定住には適していない。トイレや洗面すら外部から水を持ち込まねば不可能な状態で暮らせるのは、余程タフな人間か衛生観念の緩い者くらいであろう。

 だが、現実には複数人が一階に出入りしており、先ほどの軽自動車から何かを降ろしたり逆に載せたりと忙しなく動き回っている。いずれも先日拓郎が路地裏でぶちのめしたチンピラより若く、十代半ばとしか思えない男女ばかりであるため何とも現実感に欠ける光景ではあったが、廃墟の前に車を止めて荷物を積んだり降ろしたりしている時点で不審な行動であることに変わりはない。

 

「何か段ボール箱を幾つも積み降ろししてるけど、あれは密輸でもしてるのか……」

 

「……詳しくは分からんが何か変だ。普通はチンピラ未満のクソガキ共が、小粒とはいえ縄張り持ちの勢力に忍び込んで何か仕掛けられるとは思えん」

 

 再び移動されると再発見はより困難になりそうなので、とりあえず何枚か証拠写真を撮ってから車の周りにいる連中に接触してみよう。そう思って物陰から出て不用意に近付いたその時であった。

 

「げっ、自警団のヤローだ。こんな朝っぱらに来やがるのかよ!」

 

 軽自動車の後部を開けて荷下ろしをしていた少年がたまたま拓郎とファンに気付き、慌ててビル内へと駆けていく。どうせ接触することに変わりないのだからと構わず端末で写真を撮っていく拓郎はどこか堂々としているように見えており、脅威に感じた少年はすぐさま増援を引き連れて戻ると軽自動車に近付かせないようぞろぞろと押し寄せた。

 

「キムラのアニキ、みんな、大変だ! 自警団のアホどもがやってきたぞ!」

 

「へっ、落ち目の木っ端勢力なんか怖かねぇぜ! しかもたった二人ときた!」

 

「おい、何写真撮ってんだよ! さっさとどっか行きやがれ!」

 

「俺らは見せもんじゃねーぞテメーこの野郎!!」

 

「あんまりナメた真似してっとブチ殺すぞオカマ野郎のイヌっころめが!」

 

 その数は六人であり、銃器こそ持っていないがメリケンサック、スイッチナイフ、鉄パイプといった典型的な不良学生の武器を振りかざしながら凄む姿は一般人が見たら震え上がる光景だが、狂人との殺し合いを制したことのある拓郎からすれば恐怖など微塵も感じなかった。

 

『こちらCP、ヴィジラント1001、1002、大丈夫か!? そこそこの数に囲まれているみたいだが』

 

「大丈夫、いざとなったらこれくらい蹴散らせる。だから端末で映像を送るぞ」

 

 相手がニューロンブースターを持っていなければ容易に制圧できる相手であるし、今はファンという頼もしい味方もいる。そう確信しているからこそ余裕綽々といった感じを隠そうともしないし、何なら胸ポケットに入れた端末のカメラから映像を指揮所に送ることまでやってのけるほどだ。

 

『チンピラというより……不良学生? 何でウチの区画内の廃墟に屯してクルマなんか乗り回してるんだ……何がしたいのか分からない。武勇伝に泊つけるにしても、もうちょっとマシな手段があるだろ……』

 

 通信の向こう側ではクリスも予想外の光景に困惑しており、そこらのチンピラや愚連隊なら即座に排除を指示しようとしたのだが、まさか十代半ばの少年少女が安っぽい武器を手に精いっぱい粋がっている様に戸惑いを隠せていない。

 全盛期に比べれば影響力は激減したとはいえ一定の戦力や経済力を有する69番街に対して、路地裏でくだを巻く小規模なチンピラ集団や不良学生の集まりができることなど殆どないからだ。

 だからこそ、自警団の服を着た人間に対するこの不遜な態度は余計に奇妙であった。自警団という名の地域密着型ギャングに対して逃げるどころか積極的に喧嘩を売りに行くなんて普通は報復を恐れてやろうとしないからだ。

 考えられる理由としては、この集団のリーダーがそういった力関係も分からないほどに愚かなのか、または理解した上で下克上を目指す無鉄砲な野心家なのか、それとももっと大きな組織の後ろ盾を得て何か良からぬ目的のために活動しているのか。それがクリスとしては問題であった。

 

「どうするCP、こいつらを排除するか?」

 

『……一応警告はしてやってくれ。殴りかかってきたらそれまでだが、大人しく逃げ帰るならそっちの方がいいはずだ』

 

「分かった、ヴィジラント1001了解」

 

「ヴィジラント1002了解、1001を援護する」

 

 しかし拓郎から見れば、ニューロンブースターを起動してしまえば勝つ相手であることに変わりはない。ショウコを助けた時のチンピラより数だけは多いが、戦闘力は劣っている連中に対して気後れはしないし、実戦経験による慣れもあって彼は不敵な笑みで不良学生の一団を見据えていた。

 

「おい、こっちをシカトして無線で話しやがって。この俺様、不死身のキムラをナメてんのか!?」

 

 口々に怒鳴る不良たちを完全に無視してクリスとの通信をしていたことで不死身のキムラなるリーダー格の少年は怒り心頭であり、額に青筋を立てて拓郎に詰め寄るも、狂気に満ちた連中との殺し合いを経験している彼からすればちょっとしつけのなっていない犬が噛みついてきた程度にしか思っていない。

 だからこそ長身と恵体を用いて見下ろしながら睨み付けてやり、もしかしたらビビって逃げてくれないかなという淡い期待に縋ってみたが、寧ろ逆効果である。だからこそ彼は眼中にもないといった態度を取ってみたのだが、これは明らかに悪手であった。

 

「いや、普通に誰だよお前……さも知ってるのが当たり前みたいに言うけど、俺はお前の名前なんて一度も聞いたことないぞ」

 

「おい拓郎、それは余計に怒らせるだけだって……!」

 

 裏社会では頂点から底辺に至るまでメンツを重視することを知っているファンは慌てて止めようとしたが、世間知らずによる何気ないひと言によってキムラの小さくて脆い堪忍袋の緒は容易く切れてしまう。

 

「クソが、黙って下手に出てりゃつけ上がりやがって!! んじゃあテメェの体にイヤというほど俺様の名前を叩き込んでやるよこのクソ野郎!」

 

 黙っても下手にも出ていないのに中々酷い言い草だが、裏社会において人のメンツを傷付ける行為というのは概ね典型的な殺人と同等かそれ以上に罪深いこととされている。喧嘩に明け暮れ広めたはずの名前を知らない、聞いたことないなどと半笑いであしらわれることは宣戦布告も同然だ。

 

「自警団だか何だか知らねーけどよ、俺様にナメたマネしておいて生きて帰れると思ってんじゃねぇぞ!!」

 

 怒り狂ったキムラは腐っても不良の親玉らしく無駄の少ないメリケンサック付きのストレートを放ってきたが、喧嘩ならアシハラに来る前に何度か経験している拓郎は隙の少ないバックステップで華麗にかわすと手早くインカムの通話ボタンを押す。

 

「ヴィジラント1001、不良集団より攻撃を受けた。これからこの敵集団を排除する」

 

『CP了解、……って、数が多いぞ!?』

 

「ニューロンブースター、起動」

 

 手早くクリスにそう告げるなり、返事も聞かずにニューロンブースターを起動。モノトーンに染まる視界と遅くなる時の流れを感じながら打ち倒すべき敵集団をしっかりと見据え、遅めのスローモーションとなってもなお迫りくる不良学生たちに向かって走り寄ると容赦なく拳と脚をたたきつける。

 それは不死身のキムラ率いる不良の一団からすれば惨劇そのものとしか言えなかった。舐め腐った態度を取る自警団の二人組を総出で半殺しにして身包みを剥いでやる算段であったが、実際は彼らの方がサンドバッグになる運命であったのだ。

 キムラはコンマ数秒で顔面に七発もパンチを叩き込まれてアスファルトに倒れ込み、雑多な武器を手に加勢しようとした取り巻きたちは何が何だか分からないままに一人による殴る蹴るの超高速で暴行を受け、前触れなく襲いかかる激しい痛みに悶絶しながら崩れ落ちることになる。

 ニューロンブースターという『ズル』ができる者にとって装備も練度も劣悪な雑兵とは単なる的であり、周囲からは瞬間移動した拓郎と路上でのたうち回る不良たちという奇怪な光景が出現したように見えているのだ。

 この蹂躙劇の目撃者となったファンは改めて敵ではなくてよかったと思うと同時に、ニューロンブースター頼りの戦法に僅かな危機感を覚えている。確かに極めて強力かつ同様の装備を持たないことには対抗が困難な戦術ではあるが、いつか同等の装備を持った相手と戦う時にアドバンテージのない状態での戦闘を強いられたり、再起動までのクールダウンを狙われてしまえばあっさりと倒されてしまうのではないかと考えたのだ。

 

「よし、ニューロンブースターがあれば敵が六人でも怖くない……時間切れまでまだ余裕があったし、これならもうちょっと一人当たりに時間を割いてもよさそう……」

 

 ニューロンブースターさえあれば両手で数えられる程度の雑兵なら大して怖くないし、素の状態でもタイマンなら早々負けやしない。あとは閉所で囲まれたりさえしなければ酷いことにはならないだろう。そんな慢心が拓郎を徐々に蝕んでいた。借金取りと狂犬が跋扈する廃棄施設から逃れ、悪行を働いたチンピラを叩きのめし、今こうして不良どもにお灸を据えてやったのだ。そんな些か過剰な自信は油断へと繋がり、ファンの危惧は現実のものとなってしまう。

 

「拓郎、後ろだッ!」

 

 危険を知らせる相棒の鋭い声に思わず後ろを向く拓郎。そこには殺気立った目を彼に向けながらむき出しの長ドスを手に迫りくる少年の姿があり、考えるより先に生存本能に任せて強引に飛び退いた。

 

「うぉッ、危ない! 何してくれんだ!」

 

 警告もあったためすんでのところで鈍く煌めく刃をかわしたが、脇を掠めた鋼鉄の冷たさと殺意を隠そうとしない双眸はスカヴィードッグスとの戦いぶりに感じた死の恐怖を彼の脳裏に焼き付ける。あれのようにタガの外れた狂気や嗜虐性こそ感じないが、殺意の他に強い怒りと憎しみが見えていた。

 

「よくも舎弟たちを殺ってくれたな! 敵討ちだ、死ねぇっ!!」

 

「殺してない! ただ半殺しにしただけだから、タコ殴りにしただけだって! だからステイ、ステイ!!」

 

 血を流したまま路上でピクリとも動かない仲間たちを見れば普通は殺されたと考えるのが自然であったが、経験に乏しい拓郎は敵の感情を逆撫でするような言動を吐いている。それが一層怒りを増幅させ、攻撃の手を激しくさせた。

 

「ふざけてんじゃねえぞ、誰の舎弟に手出したか分かってんのか!」

 

「ま、待てって! 話せば分かる!」

 

「六人殺っといてそんな呆けた理屈が通るか、問答無用!」

 

 このままではいつかめった刺しにされてしまう。何度も何度も白刃を間一髪でかわし続けるうちにそんな恐怖が脳裡に刻まれつつあったその時だった。

 何の前触れもなくぐらりと揺れた少年の頭部から赤い液体が勢いよく噴き出し、一瞬遅れた銃声と共に体が糸を切られた傀儡のようにアスファルトへと崩れ落ちる。そこから徐々に、しかし確実に広がる赤黒い染みが何が起きたのかをはっきりと示していた。

 

「……ニューロンブースターは確かに心強いが、図らずしも効果切れを狙ってくる奴もいるだろうな」

 

 思わず銃声のした方向を見れば、ファンがいつになく真剣な表情で銃口から微かに硝煙を漂わせるライフルを構えていた。そう、彼のライフルから放たれた援護射撃は見事に長ドスを手に拓郎を刺し殺そうとした少年の側頭部を見事に撃ち貫き、命を代償として花のような模様をくっきりと刻んだのだ。




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