光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「油断禁物ってとこだな拓郎。確かにニューロンブースターの使い方は慣れてるが、結果的にスキを衝かれる形になったな」
「確かに……今までは運が良かったのかもしれない。それ頼りじゃない戦い方もしっかり学ばないと、今度は心臓を刺されるかも」
あわやといった事態に見舞われつつも、立ちはだかる敵を返り討ちにした拓郎とファンは軽く周囲を警戒しながら家探しを始めている。
対象は軽自動車と一階の店舗スペースであり、その他のフロアは拠点として用いられているかどうかの確認に留まる。根城にしていた不良たちは一人を除いてぐうの音も出ないほどに叩きのめしたとはいえ、起き上がって逃亡や逆襲を試みる可能性が考えられるからだ。
まずは泡を吹いて倒れている少年から軽自動車の鍵を奪い取り、後部の荷物を積むスペースから不良たちの私物らしき雑貨を押収していく。拓郎とファンのいずれも好まないデザインであったため無造作に路上へと投げ捨てられることとなったが、敗者の財産を好きに扱うことは勝者に許された特権であるし、何より文句を言える者は近くにいない。
車内で特段価値のあるものは一〇〇〇〇〇クレジット分の支払い承認済みデジタル小切手や数百クレジットが入った私物の端末複数くらいであり、そのうち不良たちが持ち主である端末からはクレジットをネコババして二人で山分けしている。流石に明らかな戦利品をくすねる度胸はなかったが、犯人の私物を漁って事件に無関係な小金をちょろまかすことに躊躇いはない。
二人は思わぬ臨時収入に表情筋を緩ませながらも足早に廃ビルの一階にあるテナント部分へと向かい、残党の可能性を考慮して慎重に制圧にかかるも、人はもういない。さらに数分かけた上で敵兵が先ほど奇襲を仕掛けてきた少年で打ち止めだと確信すると本格的に家探しを再開した。
外からある程度見えている店舗スペースこそ殆ど手が加えられていないが、外から見えない部屋には十以上のマットレスやキャンプ用品めいた折り畳み式の椅子と机が置かれていたり、水が流れないために使えないトイレには大量の簡易トイレや消臭剤が積まれていたりと明らかにある程度の人数の居住を想定した改装がなされている。快適性は見るからに低いが、一時的な住まいとしては必要十分な機能を有していた。
「で、この重そうなケースは……銃!? このケースも、こっちにも銃が入ってる……!」
「こっちには大量の弾薬が詰まってる。6.5ミリ弾に5ミリ弾が一五〇〇発ずつと、このケースには12ゲージ散弾が八箱に柄つき手榴弾が五〇個……ちょっとした武器庫レベルの数だな」
それより二人が一番驚いたのは、数十挺もの銃器と数千発に及ぶ各種弾薬が元々倉庫だったと思しき部屋に仕舞われていたことであり、ご丁寧に専用の鍵付きケースまで用意されている。モノがモノであるだけに流石に全て施錠されていたが、こんな奪われ方は誰も想定していなかったのか近くの机に放り出されている電子キーがあれば全て開けることができた。
「危なかった……あいつらが全員この銃器で武装してたらかなりヤバかったけど、何で使わなかったんだろ」
拓郎はただ大量の銃器と弾薬の存在に驚き何故自分との戦いに持ち出さなかったのかと疑問に思うだけであったが、ファンは寂れた風俗街には場違いも甚だしい量のの武器弾薬が放つ異様さときな臭さに気付いている。
「……ただの不良学生じゃなくて絶対デカい組織の下働きだろこいつら。手榴弾以外は市内の銃砲店でも出回ってる銃と弾薬ばかりだが、そこらのチンピラとか木っ端の連中が簡単に用意できる物量じゃない……!」
「そんなにヤバいのか。でもアシハラはそこそこ銃社会だって聞いてるし、銃とか弾も割と安いんじゃないのか?」
「それはそうなんだが、じゃあ例えばこの初心者向けのコンパクトなライフル。スポーツ射撃用で俺の使ってるやつの小型版みたいな型式なんだけど、これ一挺でいくらすると思うか?」
「いや、分からない。日本だと銃規制が割と強いしそもそも金持ちの道楽だったから、こっちに来るまで民営の射撃場でしか触ったことなかったし」
「……正解は二五五〇〇クレジットだ。典型的なアシハラの下層労働者の平均月収は約一八五〇〇クレジットだから一般人でも早々買えないし、増してや定期的な収入も社会的な信用もないチンピラや不良連中ごときがそんな高価なものをバンバン買えるはずがないんだ」
それでも銃器という馴染みの薄いトピックであるためいまいちピンと来ない拓郎であったが、ファンの順を追った説明を聞いて段々と事の重大さを理解し始めていた。今回の事案は69番街を衰退しつつある木っ端勢力と見くびった跳ねっ返りの不良集団による下克上ではなく、まだ見ぬ一定以上の規模を有する組織が実行犯たちに援助をした可能性が高くなっている。
つまりこの拠点を陥落させたからといって攻撃が終わるわけではなく、逆に狡猾さと苛烈さを増した正体不明の敵による策謀がこの区画に何度でも襲いかかるという最悪の予想が頭の中に浮かび上がり、拓郎は身震いした。このままでは自分たちもこの区画側の人間として見られ、一緒くたに殺られてしまうのではないかと。
「これ、本格的にまずくないか……? 背後にいる組織はある程度の資金力があるはずだから、これ以上の攻撃がまたやってくるってことになるぞ」
「まあとりあえずCPに報告だ。俺たちは所詮傭兵、契約に基づいて仕事をしてクレジットを貰うだけでいい。あまりクライアントの込み入った事情に深入りし過ぎてもロクなことはないぞ」
それでもファンは裏社会を知る者として冷静さを維持しようと努めたが、戦利品漁りを終えて長ドスを握っている死体を検めた時に、懐からこぼれ落ちた紙の封書を見た瞬間露骨に顔を歪めている。
その内容自体は『制御しやすそうな不良集団かチンピラのグループに接近し、支援や組織への所属を餌に使い捨て可能な手先へと改造。69番街に潜入して前哨基地を築き、支配権奪取の準備をせよ』という、裏社会では割とよく見かける命令であったのだが、書面の最後に署名代わりに押印された代紋が歴戦の彼をも静かに震えさせた。
牙を剥き出しにして裂けんばかりの大口で叫ぶ鬼と背後で燃え盛る炎を象った黄金の紋が示すのは、アシハラ七大ギャング集団の一つにして今なお最大勢力を誇る組織、鬼哭衆である。つまり、この文書の作成者がギャングの象徴を勝手に使う極度の命知らずか新手の自殺志願者でもない限り、背後にこの極めて狡猾で危険なギャングが控えていることが確定してしまったのだ。
「き、鬼哭衆かよ……! シノギにも縄張りにも恵まれた業界最大手が何でこんな寂れた僻地みたいな場所に首を突っ込んでくるんだ……!? こんな衰退まっしぐらの地区の、さらに片隅にあるような所だぞ」
「ゴミ拾いしてた夢の町でも『絶対に喧嘩を売るな』ってみんなが口を揃えて言ってたあの鬼哭衆が……?」
鬼哭衆という組織は二〇世紀後半に最盛期を迎えた日本の暴力団に類似した文化と組織構造を持っており、街の黎明期から存在する古参でありながら幾度もの改革を経て熾烈な生存競争を生き抜いた上で勢力を維持発展させている。二〇八七年現在では一部のメガコーポを差し置いて『アシハラで絶対に喧嘩を売ってはいけない相手トップ一〇』にランクインしており、その強さと恐ろしさを如実に示していた。
十数ものフロント企業と数多の傘下組織や店舗からの上納を受ける資金力、軍隊めいた統率と優れた装備が織りなす戦闘力、そして社会の各層に潜む多数の協力者や専属のネットランニング部隊によって支えられる情報力。そのいずれもが69番街やその自警団とは隔絶したものであり、支配力の強化や他のギャング集団及び縄張りに手を出す不埒なチンピラとの抗争に用いられている。
「せっかく仕事を得て早々だが、いつでも尻尾巻いて逃げ出せる準備はしといた方がいいな……ケツ持ちは精々中小のギャング組織くらいかと思ったが、それの何十倍もヤバい相手だなんて普通は想定できん」
「でもそれだとマダム・スミスとか69番街を裏切ることにならないのか? 確かに非正規雇用契約みたいなものだけど」
「それでいいのさ。言っちゃ悪いが、傭兵にとってクライアントとの関係は依頼の遂行と対価の支払いだけで、契約外のことまで気にした挙げ句沈む泥舟から逃げ遅れて心中する義理はないからな」
アシハラの裏事情に疎い拓郎でもその名を知っているギャングの最大手たる鬼哭衆と、縄張りを持つ勢力としては最小に近い69番街。この二者が真正面からぶつかれば一体どうなるのか。仮に道行く人にこれを問いかければ、百人が百人とも鬼哭衆の圧勝だと答えるだろう。
当たり前だ、片や傘下組織を含めた総構成員が一〇〇〇〇人近いと言われ数多の資金源と支配領域を持つ巨大組織と、片や根こそぎかき集めても二〇人に満たない自警団しか持たない零細組織。そもそも勝負にならないという表現のほうが適切だ。
だからこそ、ファンは裏切りにも聞こえるような提案を拓郎に行っている。端から見れば誠意のない態度にしか見えないが、自らに責任のない要因で敗色濃厚となり、報酬どころか自らの命までも危ないとなれば容赦なく契約を切ったり戦闘中に逃げ出すことも少なくない。傭兵稼業は命あっての物種。中世ヨーロッパ時代どころか太古の昔から続くこの伝統は数千年以上経った今もなお確かに根付いているのだ。
「こちらヴィジラント1002、敵集団の排除を完了し、拠点を制圧した。現在地は……一四番地の名称不明な三階建ての廃ビル。いたのは不良学生らしき集団七名で六名を無力化、一人を射殺。こちらに被害は無し。拠点や車輌に大量の物資、重要そうな封書を手に入れた。内容は報告時に伝える」
『……了解した。今度は非番も起こして四名を応援に回す。現場の処理が一段落したらまた終業時刻まで規定ルートの巡回を続けてくれ』
「ヴィジラント1002了解、警戒を続けながら待機する」
そんなことをおくびにも出さずファンは通信を入れて拠点の制圧を報告し、流れるように警戒態勢に入ると言って拓郎が叩きのめした不良から金になりそうなものを剥いでいる。証拠となる前哨基地の物資をくすねるのは後が怖いが、倒した不良から身包みを剥いで小遣い稼ぎをすることには躊躇いがない辺り、やはり彼もアシハラの裏社会で生き続けてきた者としての精神を持っていた。
そうして一〇分ほど経ってからやってきた四名の自警団員と協力して押収品と捕らえた不良たちを詰め所まで運ぶ。中でも銃器と弾薬が多すぎるため追加でオート三輪に乗った団員を二人も呼び寄せる羽目になったが、強引に起こされて不満を隠さなかった彼らも積み上がった戦利品の山を見て仰天することになった。
前哨基地から奪取したものの中で金銭的価値があるのは、比較的状態のいい軽自動車一台と五万ほどのクレジットに幾ばくかの安っぽい軽食とスナック菓子、そして大量の銃と弾薬。ギャング集団の前哨基地でも襲撃したのかと言わんばかりの戦利品が、押っ取り刀で応援に駆け付けた正規の自警団員を唖然とさせた。
あまり人が住んでいないため目が届きにくい奥の方とはいえ、自分たちの故郷にこんな物騒な拠点を構えられていたという事実に驚きと怒りを感じていたし、外部委託の傭兵の活躍がなければ発見も阻止もままならなかったことに無力感も覚えている。誰よりもこの区画のことを知り尽くしていると自負していた自警団員だが、やはり夜間の警備だけでは抑止力に限界があったのだ。
とはいえ、これらの物資を無傷で鹵獲できたのは69番街側にとっても大きな収穫であり、慢性的な物資及び資金不足に悩まされ団員の手弁当が半ば常態化しつつあった自警団にとっては干天の慈雨に等しい。客が来てナンボの地域に根ざした風俗街であるため常日頃から団員にライフルや散弾銃を持たせるわけにはいかないが、拳銃程度なら威圧感を出すことなく隠し持てるし、いざ有事となればそれらを手に侵略者と撃ち合えるようになったのだから。
戦利品の回収や捕虜の連行、そして死体の処理が一段落したところで二人は現場を離れ、再び巡回ルート通りの警備任務へ戻っている。とはいえ不審者を見ることもなく平和そのものであったためか、順路を回る二人の話題は、つい先ほどの前哨基地襲撃についてばかりだ。
『よし、終業時刻だ。二人ともお疲れ様、初日から凄まじくハードな勤務になったけどその分追加報酬が出る。報告をまとめて詰め所まで来てくれ』
そうやって駄弁りながら巡回していたら、終業時刻である一七時を迎えたことで波乱に満ちた勤務初日はようやく終わりを告げ、二人は詰め所へと帰還した。本来ならそこでクリスに報告をして日当を受け取ったら解放されるはずなのだが、未だに自警団の詰め所兼指揮所にいる。余りにも報告及び対策を協議する事項が増えすぎたために、残業手当及び特別報酬を得ることを対価としてそのまま残業へ突入していたのだ。
「これが奴らが持っていた軽自動車で、ナンバーは写真に控えてある。拠点化されていた場所は一四番地の名称不明の廃ビルで……」
拓郎とファンは信頼の厚いベテランの団員数人とクリスを前に収集した証拠を提示し、どのような前哨基地が建設されていたのか、そしてどうやって攻略したのかを伝えていく。午前中の不審者情報が霞んでしまうほどの情報量に二人は辟易していたが、日当のほぼ倍に及ぶ追加報酬の魅力には抗えず引き受けていた。
当初は訝しげな表情を隠そうとしなかった団員たちだが、証拠を見せられる度にどんどん顔が青ざめていき、あと少しで事態が手遅れになっていた事実を知ってからは憔悴が酷くなっていた。
「で、これがガキ共と鬼哭衆との繋がりを示唆する封書だ。デカデカと代紋を入れてることを鑑みるに、そう大して隠すつもりはないんだろうよ」
そして最後の決め手は、拓郎を奇襲してファンに射殺された少年が持っていた古めかしい封書に描かれていた代紋。そこに描かれていたのは鬼哭衆のものであり、テーブルに置かれたそれに描かれた代紋を見た瞬間、歴戦の団員たちすら恐怖を隠せなくなってしまった。
自分たちは小粒な勢力であり大手に目を付けられることはないし、一応は実戦経験豊かな自警団員を揃えているため根無しのチンピラや愚連隊程度に遅れを取ることはない。そんな絶妙なバランスの上で上手く立ち回ることによって伏魔殿たるニューヨシハラを生き延びてきたという自負がたった一枚の紙切れによって無惨にも打ち砕かれ、呆然とする始末である。
「き、鬼哭衆、だと……!? 何だってあんな最大手がこんな辺鄙な所に……」
「俺たちがちょっかいかける訳なんてないし、きっとニューヨシハラ再開発の利権争いに巻き込まれたんだ……! じゃなきゃ説明がつかん!」
小さな自治区めいた場所が、メガコーポ以外で最も怒らせてはいけないギャング集団に目を付けられた。半ば本能に刻まれた恐怖の象徴である代紋と、封書の中身である『69番街における支配を奪い取れ』という揺るがぬ証拠があるため、嘘や妄言、勘違いだと現実逃避することすらかなわず絶望感が詰所を支配していった。
当然ながら鬼哭衆に対して敵への慈悲を期待するのは間違っており、戦闘員は裏切ったり一目散に逃げ出した者を除いて基本的には皆殺しにされ、捕らえられた重要人物は今後の支配に必要ないと判断されれば自ら死を乞い願うほどの責め苦を与えられる。飛び交う噂や数少ない生き残りからの証言から伝わる苛烈な方策は、生半可な覚悟や戦意を容赦なく挫いてしまうのだ。
「……傭兵の二人はよくやってくれた。極めて重要な事項なのでマダムに話は通しておくし、捕らえた不良のリーダーもこれから尋問してみる。今日はホテルに戻ってゆっくり休んでくれ、明日からも大変なことになりそうだからな」
そんな一言と共に午後九時過ぎにようやく解放された二人は疲労もあってすぐさま宿に戻っている。一日で本来の五日分以上を稼いだことと、クリスの口添えによるものか宿の夕食が少し豪華になっていたことだけが救いであった。傭兵稼業の楽しみの一つは、依頼完了後に増えた口座の残高を確認してニンマリとすること。拓郎は貰ったばかりの端末から口座アプリを確認して、ようやく成り上がりのスタートラインに立てた事実と共に決して多いとは言えない額面を数十秒ほど堪能している。
それでも心身の疲労からくる眠気に抗うことは難しく、シャワーを浴びた後は今日の出来事について話し合う間もなくベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまった。せめて、明日と明後日くらいは平穏無事な一日でありますようにという素朴な願いを、普段は微塵たりとも信じてすらいない神仏に対して祈りながら。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。