光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
そうして迎えた翌日も午前九時から巡回任務が待っており、この日は気味が悪いほど平穏であった。不審者も敵性勢力の前哨基地も見つかることはなく、昼前にたまたま近くを通りかかったと思しき下っ端サラリーマン風の男性が『ヨンの24hダイナー』で慌ただしく昼食を摂っていたくらいである。
昨日は良くも悪くも盛りだくさんな一日であったため、本音を言えば何もない退屈な一日を二人は欲していたが、いざそうなってしまうと安寧よりも刺激を欲してしまっていた。それでも昨日みたいな厄介イベントのフルコースよりは遥かにマシなので文句も言わずルート4に定められた通りに69番街を回っていく。
「とりあえずこれで鬼爆組が諦めてくれればいいんだけど……この場所に執着する理由なんて無さそうなのに」
「残念だがそれはない。今日明日ではないにしろ、手を変え品を変えこの町への攻撃を続けてくるだろうよ。手先を攻撃しただけとはいえ連中のメンツを潰したことに変わりはないからな」
そんな雑談が飛び出すほどに緊張感はなく、梅雨の事時期としては湿度も抑えめで不快指数が低いこともあってすっかり散歩気分になっており、薄日の差す摂氏三〇度の気温の中を軽い足取りで歩いていく。
無論、昨日見つけてしまった鬼哭衆の代紋という特級の危険物が脳裏から完全に離れた瞬間などなく、こうして暢気に巡回している間にも次なる一手を準備しているのではないかと疑っている。基地の設営に関わっていた不良グループは、連絡する間も与えないままに一人残らず捕獲もしくは殺害しているため情報は漏れていないはずだが、相手が相手だけに用心するに越したことはないのだ。
「この情報が漏れるのはいつくらいになるんだろうな……」
「捕まえた奴らを解放してからか、何かおかしいと思ってケツ持ちの構成員が忍び込んでくるか。まあ遅くても明後日くらいには把握するだろうよ」
そんな話をしながら平穏無事という言葉がぴったりな午前を過ごした二人は、昨日と同じく昼過ぎになると『ヨンの24hダイナー』でまかないを貰い、手早く食べてから午後の巡回へと繰り出していく。
昨日は大体これくらいの時間に不審車両を見かけたなだの、銃砲店かと見紛うばかりに積まれた銃と弾薬を見てびっくりしたのはこのくらいだっただの、傭兵基準ながら他愛もない話で盛り上がっている様はアシハラの裏社会では珍しくなく、午後も決まった巡回ルートを回りながら他愛ないおしゃべりに興じていた。警戒は怠らなかったものの、何も分かっていない昨日の今日で再び仕掛けてくるほど無謀な連中はいなかったため二日目はうって変って何事もなく終わっている。
『こちらCP、終業時刻のお知らせだ。お疲れ様、ヴィジラント1001及び1002。今日は残業も追加報酬もないが、共有すべき情報があるから少しだけ詰め所に残って聞いてくれ』
仕事の終わりを告げる通信を聞いて二人が詰め所前に戻ると、昨日よりは幾ばくかマシな状態にながら新しい傷やアザが増えたキムラが路上に転がされており、きっと尋問時に舐めた態度を取って何発か殴られたんだろうなと推測している。この状態でもなお反抗的というほかない目で人を睨みつけられる不屈の精神は称賛に値するが、それが余計な傷や痛みを増やしており、拓郎にボコボコにされた上で丸一日近く厳しい尋問を受けたことですっかりボロボロになっていた。
「クソっ、お前ら俺様に好き勝手やりやがって……69番街の支配を奪ったらテメェら全員死ぬまでサンドバッグにしてやるからな!!」
それでも拓郎やクリスたち自警団に悪態をつく元気だけは残っていたようで、そう吐き捨ててから全力で走り去ろうとするが、それを見ていた自警団員の一人に足を引っ掛けられて派手にすっ転び、顔面からアスファルトにダイブして生傷をいくつか増やす羽目になった。
「今足引っ掛けたクソ野郎、何度も死ぬ寸前まで痛めつけてやるから覚悟しとけよ……!」
見下していた連中に捕まり尋問された挙げ句ここまでコケにされたことにキムラは内心で怒り狂っているが、ここで命を落としてはたまらないと大人しく捨て台詞を吐いて逃げ出している。いつの間にか自分たちを一瞬で蹴散らした危険な相手がいることに気付いており、また同じことを今やられてしまえばせっかく助かった命も危うくなるからだ。
喧嘩で地位を築き、輝かしい勝利も惨めな敗北も同じように味わってきたキムラにとって一敗地に塗れるのはよくあることであり、いつかリベンジしてやればいいと自らに言い聞かせて自らのアジトがある方へとよろめきながら歩いていく。
そうして逃げ出した彼を普通の服に着替えた自警団員の一人が密かにつけ始めるのを見送ると、詰め所へ入ってクリスを待とうとしたが、一分も経たないうちに放送ブースめいた指揮所から巨体にドアをくぐらせながら姿を現している。
「今日もご苦労さまだヴィジラント1001及び1002。ついさっきまで不死身のキムラとやらを尋問していてな。いくつか役立ちそうな情報を吐いてくれたからお家に帰してやるところだ……尾行付きだけど」
「あれ、他の下っ端はどうなったんだ?」
「ああ、他の連中は有益な情報を持ってないから今朝には叩き出した。ロクな情報を持ってないのに養うのはメシ代がもったいない」
クリス曰く解放したのはキムラが最後であり、拓郎がノックアウトした手下たちはそのまま解放したようだが、人質とかにして交渉や要求を突きつけてもいいのではないか。拓郎はふと胸中に湧き上がってきた素朴な疑問を口にしている。
「捕虜にして身代金なり他の要求とかしなくていいのか? せっかくボコボコにして捕まえたのにもったいないと思うけど」
「無駄だぞ、不良グループはそんなまとまったカネなんて持ってないし、ケツ持ちもよっぽどの理由がなきゃ手先の身代金なんて払わない。今回なら……まあキムラでギリギリ考慮される程度で、他のやつは完全に使い捨てだろうからな」
しかし裏社会とは無情な場所であり、取り戻したい価値がなければ容易く切り捨てられてしまう。酷いケースだと『そんな奴は知らん』と存在すら否定され、居場所すら失われてしまうことも少なからずあった。だからこそ自警団は一片の慈悲として一晩経ったら解放してやったのだが、それを理解していないのは拓郎だけである。
「まあそんな三下どもの話はいいとして、奴らが吐いた情報を共有していこう」
軽く咳払いしたクリスの一言によって用済みとなった不良集団の話は流され、本題に入った。キムラ曰く、彼が率いる不良グループの後ろ盾となったのは鬼哭衆全体や直参の組織、直系の二次団体ではなく、その傘下として所属する末席に近い三次団体『鬼爆組』の独断であること。キムラ率いるグループはそこへの加入を報酬として前哨基地の建設及び襲撃任務に参加したこと。そして鬼爆組は四〇名ほどの組員を抱え、ハマダと呼ばれる男が親分を務めている典型的な傘下組織の一つであること。
鬼哭衆というくくりではなく三次団体──しかも『業績』が行き詰まり、覚えがめでたいとは言い難い末席団体だけであるという事実を知って、詰め所の皆は露骨に胸を撫で下ろしている。一万人もの大軍と戦うのは無謀を通り越して自殺行為だが、四〇人ほどだけならばまだ勝機が見えるからだ。
それでも対決が危うい選択であることに変わりはなく、何かの拍子に上位団体や鬼哭衆の本部が介入してくる可能性は常につきまとっているため油断は禁物である。
「また新しい情報が入り次第共有する。ヴィジラント1001及び1002は引き続き巡回任務をこなしてくれ。兵力も巡回密度も足りてないのは分かっているが……今は二人だけが頼りなんだ、頼む」
だからこそ今は偶然ながら大戦果を挙げた傭兵二人に縋るしかないし、ほぼ確実に悪化するであろう局面を乗り切るために傭兵の増員も考慮に入れねばならない。そんな自分たちだけでは居場所一つ守れない苦悩が滲むクリスの言葉を背に、拓郎は少なからぬ同情を覚えながら詰め所を後にしている。
ファンに言われた通り、傭兵がクライアントの事情に過剰に入れ込んではならないことは理解しているが、それでも理不尽な理由で自らの居場所を壊されそうな69番街の住人たちを可哀想に思ってしまった。だから、この依頼くらいはきちんとこなしたい。拓郎はそんなことを考えつつ拠点としている宿へと戻っていった。
アシハラの中で最も貧しい地区、ベイエンド。市の南西部に位置するこの場所は、その名が示す通り貨客両用の埠頭があり運送業と港湾労働者を中心とした強い経済で大いに賑わったのだが、人工島の拡張が進んだ結果として埠頭が埋め立てられたことで主たる産業を失い、そこから僅か数年で市内の最貧地区へと転落している。
今では安価で容易に代替可能という都合のいい労働力を求めて中小企業が工場や作業場を次々と進出させており、地区の住民の殆どが一日一四時間かそれ以上という過酷な日雇い労働で何とか生を繋ぐ地獄と化していた。そんな酷い環境であるが故にまともに学校へ通う子どもなど殆どおらず、児童の殆どが不登校だったり何かしらの犯罪に手を染めている。
そんなアシハラ基準ですらマトモといえない地区は事実上行政から見捨てられており、安くて容易に代替可能な労働力という企業の利権の都合もあっていつになるか分からない再開発の時まで顧みられることはないだろう。
「ボブさんほんとに、ほんとにすんませんでしたっ! 悪いのは全部俺様なんです、子分は何も悪くないんす! だからもう一度だけ、もう一度だけチャンスをください!」
「ナメてんじゃねえぞ、コラ! ウチの傘下に入りたいクセにガキの遣い一つすらマトモにこなせないとか、いい根性してんじゃねーかオイ」
そんな暴力と貧困が支配する地区の一角にある、本来の持ち主に捨て置かれたままの廃工場を占拠した根城では、威圧的な怒鳴り声と共に折檻が行われていた。かつて流れ作業用の機械が置かれていたスペースでは十数人の少年少女が汚れたコンクリート床で震えながら土下座を続けており、その先では不死身のキムラと呼ばれた少年がボブと呼ばれたガタイのいいスーツ姿の男性に何発も打擲されている。
その理由は至って単純であり、キムラ率いる集団が『ガキの遣い』に失敗したからだ。正確に言えば69番街における前哨基地設営と、そこを拠点とした無差別襲撃作戦であり、本来なら今頃は廃ビルを拠点として追加の兵力を送り込み第二段階へと移行していたはずである。
だが、作戦は想定外の要因で失敗した。不注意な巡回中の自警団員に見つかった挙げ句、たった二人だと侮って交戦を始めたらニューロンブースター持ちの団員に一瞬で叩きのめされ、おまけに連絡役となる若い組員をピンポイントで殺されている。考えうる限り最悪に近い惨敗であり、せっかく監視の目を掻い潜って運び込んだ物資の行方は分からなかったが、敵に奪われたと見るのが自然であった。
「それでまたチャンスを下さいだなんて虫が良すぎる、悪いと思ってんならまず自分からケジメつけてみろやこのボケナスが!」
それでいて余りにも虫の良い言動をしたためボブの逆鱗に触れ、こうして殴る蹴るの暴行を受けている。もう十数年もの間日陰者として、極道として生きる彼にとって目の前で土下座する連中の考えは余りにも甘すぎる上に自己本位の姿勢が強い。そんな事情もあって裏社会流の責任の取り方を分からせるため『教育』をしていたのだ。
「おいボブ、その辺にしとき。コイツらにはまだ使い道があるんやから、あまりやりすぎるんはアカンで」
「し、しかしコイツはうちの有望な若い衆を見殺しにした上で約五十万クレジット分の物資をおじゃんにしやがったんですよ!? 組員だったら即刻ケジメ案件なのに、この期に及んでまたチャンスが欲しいなどと寝言を言う始末で……」
「確かに若い衆を殺られたんは業腹やし、組にとって五十万クレジットの損失は決して軽くはない。せやけどあいつとて一六やから組で生きることの意味も理解してたし、いきなり小さくないヤマを単独で任せたこっちにも瑕疵はあるから、一度くらい許したってや。ほら、悪化しないうちに消毒したりな」
「う、ういっす……よしお前ら、ハマダの親分に感謝しろよ。親分のお言葉がなかったら全員にケジメさせるつもりだったんだからな」
しかしこの場にいる正規の組員の中でハマダの親分と呼ばれた人物の一言によってケジメという名の折檻は唐突に終わり、顔面を腫らし倒れたままのキムラは弱々しく呻く。内心は理不尽な折檻による屈辱と怒りに満ちていたが、それを表に出せば単純な死より恐ろしい目に遭ってしまうため全力で隠し通していた。
ハマダの言葉を実行するべく後ろで控えていた二人の組員がキムラを乱暴に起こすと、アルコール度数九六度を誇るスピリタスを顔面にぶっかけて強引に消毒し、酷い流血がないことを確認するとそのまま放置した。彼は確かに折檻をやめろとは言ったが、それは優しさではなく戦力が減るからといういたく現実的な理由であり、ボブの言う『ガキの遣い』すらこなせない惨めな役立たずに自分の立場を分からせてやりたいとは思っていたのだ。
「それでなキムラのにいちゃん、よぉく聞きや。さっきも言った通り、もう一度お前さんにチャンスをやるわ。69番街を手に入れるための大事な作戦や、後ろの奴らも耳の穴かっぽじってしっかり聞いとき」
作戦は本来行われるはずであった第二段階の焼き直しであり、本格的な侵攻作戦時までに完成させる予定であった地下トンネルを最優先で完成させて69番街への侵入路を確保し、別の場所に前哨基地を再構築。そこを拠点として住人たちをわざと露見するように拉致して挑発し、故意に抗争を誘発するのだ。
そうすれば小粒と言えど勢力として成り立つ側として領域への侵害に対して受けて立たないわけにはいかず、必然的に戦いが起きる。そこで基地に配置した戦力で攻め寄せる敵戦力を叩いてメンツを潰し、人質と引き換えに支配権及び金銭を要求する算段だ。
余りにも直接的かつ暴力的な攻撃は69番街の住人たち、そして顔役を務めるマダム・スミスを確実に激怒させるだろうが、そんなことは想定済みであり寧ろそれを狙ってすらいた。隠居して『箱庭作り』に精を出す余生を過ごしているとはいえ、伝説的なフィクサーと名高い大物を屈服させることは組の威信を劇的に高めることとなる。ハマダはそこまで見込んで作戦を立てているのだ。
「……まああの時の話を聞くに、学生崩れのチンピラ風情がオカマの兵隊どもとやりあうのはキツそうやし、ウチからも増援兼連絡役として一〇人出したる。これで話は終いや」
とはいえ、キムラ率いる不良グループの戦力が想定よりかなり下回っている上に、自警団員の中にニューロンブースター装着者がいる可能性が高いという情報を得ているため、組員からも監視を兼ねて増援を出すことを決めている。苦労して運び込んだライフルや散弾銃は弾ごと奪われてしまったが、元々全員長ドスと拳銃を持っているため戦闘力は低くない。
「というわけで、他のみんなも次の作戦には参加よろしゅうな。首尾よく終わったら晴れてこの『鬼爆組』の一員やさかい。しっかり気張りや」
有無を言わせぬ気迫でそれだけ言い残したハマダは三人の配下を連れて廃工場を後にしており、隙間風が吹く旧作業場には満身創痍のまま倒れているキムラと、土下座の体勢のまま顔だけを上げた彼の手下たちだけが残された。
手痛い敗北と圧倒的な力の差を前に絶望する彼らに拒否権など残されていない。許されているのは次なる作戦で手柄を立てて無事に組へと加入するか、逃げるなりまた失敗するなりでツケを文字通り『体で』払うか、それか無様にくたばるかの三択なので死に物狂いで戦うしかないのだ。
「……けっ、よう見とけよ日和見主義のボンクラ共、わしらの組が69番街に橋頭堡を築いて一気に地位を上げたるからな。本部が重要視するニューヨシハラ再開発への関与……このヤマを成功させれば二次……いや、直参にすらなれるかもしれん。そうすりゃ本部の幹部会にわしの名が連なる日だって遠くない……くくくっ、上がりを数えることしか能のない頭でっかち連中め覚悟しときや。わしを散々舐め腐りよったヤツら全員に吠え面かかせたるけんのう……!」
ハマダは組事務所へと戻る車の後部座席で邪悪な笑みを浮かべ、恐るべき計画を呟く。例え鬼哭衆における内輪揉めの一環であったとしても、辛うじて保たれた平和を享受する69番街に新たな火種が投げ込まれることに他ならず、一帯の再開発計画を巡って進む水面下の利権争いに更なる波紋を呼び起こすことは明らかであった。
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