光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
勤務初日に波乱万丈が起きたきり平穏で退屈ともとれる日々を過ごしているが、拓郎の日課は変わらない。午前九時から午後五時までの巡回任務をこなしては日当を受け取り、日々の宿代やシャワーの利用料を差し引いてから口座に回す。これを繰り返すことで徐々に蓄財を進めており、仕事開始から一週間が経過したことで残高が三〇〇〇クレジットを超えていた。
予想収支は一ヶ月あたりおよそ一二〇〇〇クレジットのプラスとなり、アシハラの典型的な下層労働者の数倍は稼いでいることになる。いざとなれば命を張る仕事であるため当たり前と言えばそうなのだが、やはり自分の頑張りの結果が明確に額面で見えると気分がいいようだ。
「三〇六七クレジット……多重下請けの暗黒労働とか夢の町でのゴミ拾いでこれだけ貯めようとしたら一体どれだけの時間がかかってたんだろう」
そうして朝食を終えて支度をしている最中に、口座管理アプリに表示される預金残高を眺めてニヤニヤしていると不意に端末が震える。そういえば昨日は無性に眠たかったらマナーモードを解除せずに寝てしまったなどと思いながらも拓郎は通知欄を確認した。
『始業時間前に連絡を寄越して申し訳ないが、ヴィジラント1001及び1002には今日からしばらく特別任務を言い渡す。日中の巡回業務は別で雇ったレッド級の傭兵三名が実行するため気にしなくていい。詳細は詰め所で話すので、八時四〇分までに集合せよ』
見ればメッセージアプリにクリスからの伝言が届いており、内容は今日から巡回ではなく別の任務を頼みたいというものである。特別任務とは何かは一言も記されておらず、対面でのみ話すべき理由があるのだろうと察している。彼がファンの方を見ればどうやら同じ内容のメッセージが送られていたようで、こんな朝っぱらから一体何なんだと言わんばかりに互いに肩をすくめた。
「特別任務って何だろうな……巡回よりも大切そうなことだけど、何をさせられるんだろう」
「最近は見かけないものの、この間の鬼哭衆絡みの可能性は低くない。アレは半分偶発的な戦闘だったが、二人で拠点へのカチコミはごめんだぜ。二人でギャングの拠点に乗り込むなんて正気の沙汰じゃねえ」
まさか新しく見つかった拠点への襲撃とかやらされないだろうな。そんなファンの言葉に拓郎も頷き、最低限除湿された建物内から七月に入ったとは思えぬ冷え込みと凄まじい湿気、そしてバケツを引っくり返したかのような大雨に苛まれるアシハラへと繰り出し、詰め所へ向かって歩いていった。
「おはようヴィジラント1001及び1002、日本の気象庁があと数日で梅雨明けするって言っていたが、本当かと疑いたくなるくらいの酷い雨だな。建物の中からでも雨音がハッキリ聞こえてくるくらいだ」
久方ぶりの土砂降りの中を歩いて向かった詰め所では目の下に薄い隈ができていたクリスが待っており、その近くの机には眠そうに目をこすりながら大型のタブレット端末を睨む二人の自警団員がいる。どうやら徹夜で何かをしていたらしく、机に展開されたホログラム式の立体地図の脇にコーヒーとエナジードリンクの缶が十数個置いてあるのが妙に生々しさを感じさせた。
自警団の指揮というのも大変なんだなと他人事のような気楽さで詰め所で人の動きをを眺めていた拓郎であったが、彼らを悩ます厄介事への対策を押し付けられる可能性を失念している。名指しで特別任務と言ってきた以上、彼らがそれを担当する確率は極めて高いのだ。
「立ち話もなんだし、こっちに座ってくれ。色々と説明したいことがあるからな」
二人して入り口付近に突っ立っていると邪魔になるため、簡素な間仕切りで区切られた休憩スペースへと入っていく。巨漢のクリスが座るとパイプ椅子がミシミシと軋み、二人の注意を逸らした。流石にまずいと思ったのか、傍らに立てかけてあった専用らしき頑丈そうな椅子へと座り代えている。
「それで俺たちに頼みたい仕事ってのは……?」
そんな気の抜けるような場面に遭遇しつつも出された安物の合成缶コーヒーを飲み、チープな苦味と甘味料が作り出す酷い味に顔をしかめつつも拓郎はクリスへと尋ねる。これで椅子が壊れたらコントの一場面さながらだが、彼がここに来たのは漫才をやるためではなく仕事の話をするためであり、そんな笑いを取るアクシデントなんぞ求めていないのだ。
「二人に頼みたい仕事は、行方不明者の捜索だ。一昨日と昨日、そして今日の未明。合計五人が行方を眩ませたまま連絡もつかない上にメッセージアプリでも既読にならない……特に一昨日失踪した人は真面目な性格で無断欠勤も丸一日以上未読なんて有り得ないから余計に心配なんだと」
無論そんなことはクリスも分かっており、やはり自分専用の椅子は尻の座りと安定感が違うと感じながらも二人に依頼内容を説明し始めている。一分一秒を争う状態とまでは言えないが、探し始めるのは少しでも早いほうがいい。故に雑談無しで用件を素早く伝えていく。
「この仕事は忍耐強さと大胆さが要求されるし、何よりある程度の信頼関係が必要となる。だから初見かつ普通のレッド級には任せられないし、かといって治安維持の観点から自警団員を何人も捜索に回すわけにもいかない。その点、新人ながら巡回業務と前哨基地破壊で実績のあるお前たち二人なら状況を好転させられる可能性があると思ったんだ」
前哨基地破壊時の一報から警戒度を引き上げたままにしているため、自警団には徐々に疲労が溜まりつつあっておいそれと動かせない。そもそも稼ぎ時の夜に警備を行うのが本来の仕事である彼らが日中に稼働していることが異常なのであって、そう長く続けられない。だからこそ二人にこの話を持ちかけたのだ。
「依頼を受けてくれたなら、団員たちが聞き込んだ行方不明者たちの背格好や最後に目撃された場所など情報を渡すし、新しい有力情報が入ったらすぐに共有する」
当然ながら、クリスは目的達成のためならできる範囲での支援を惜しむことはない。仮に鬼哭衆による攻撃ではなかったとしても、そうと分かるだけで少なからぬ収穫となるからだ。
「このことはマダムに報告した上で裁可を頂いているので、新たな攻撃の可能性が否定できない以上君たちに任せたい。敵拠点を攻略した腕前を信じて、仕事の危険度は上がるため報酬にも色をつける。基本時給は元の二割増し、行方不明者を見つけた日はそこからさらに五割増し、敵勢力との戦闘時には更にボーナスを弾もう。だから……この仕事を受けてもらえないだろうか」
しばらくしてクリスは話し終えると、立場が上にも関わらず軽く一礼した。前にファンが拓郎に言ったように依頼者と傭兵の関係とは至ってドライなもので、何らかの拘束力を有する事前契約がない限り誰に依頼するかを決めるのは依頼者側の自由であるし、それを受けるも拒むも傭兵側の自由である。
とはいえ、彼ら二人は実績など殆どない新米傭兵であることに変わりはない。伝説の元フィクサー、マダム・スミスとの面識を持ち、実戦経験を経て生き残ったというアドバンテージこそ有しているが、最下級の中では優れているといった具合である。この混沌とした街のレジェンドたる最上位の傭兵やフィクサーからすれば、所詮片手間に始末できる無名の雑兵に過ぎないのだ。
しかし、彼は相手は自らより格下である駆け出しの傭兵にも関わらず、礼を以てお願いした。一週間の働きだけでまだ確定はできないが、初日から完成に近付いていた鬼哭衆の前哨基地を叩き潰し、多数の戦利品と共に恐るべき陰謀に気付かせてくれた功績がある。
無論、たった一週間の付き合いであるため全面的な信頼とまではいかないが、これまでの勤務態度や実績を鑑みるに信頼に値する存在だと思わせた。
「前も言ったけど、チームのボスは拓郎だ。俺はその指示に従うだけさ」
「わかった……クリスさん、俺はこの依頼を受けるよ」
拓郎としても仕事で貰えるお金が増えるのはやぶさかではなく、それでいて退屈な規定ルートの巡回ではなく能動的に動き回れる業務内となれば断る理由はない。それに、理不尽に襲われるここの住人に少なからず同情していたこともあって彼は依頼を受諾している。
「ありがとう、そう言ってくれて助かる……じゃあ、これが情報をまとめたファイルだ。有線通信で送るから各自端末を出してくれ」
そんな言葉にクリスは再び一礼するとズボンのポケットから自らの個人端末と太めのケーブルを取り出し、それを汎用コネクタへと接続するともう一方の端子を渡し繋ぐように言う。随分と前時代的な通信方法だと内心で思っていた拓郎だが、同じ技術水準で造られたものならば無線より有線通信の方が一秒あたりに送受信できるデータ量は圧倒的に多いことは知らない。
それでも依頼主の指示であるため自らの端末を取り出してケーブルで接続し、データを受け取っている。それが終われば次はファンの端末でも同じ手順でデータを受信した。
「よし、受け取れた。これが不明者別の証言で、こっちが……ところでクリスさん、監視カメラの映像とかはないのか? 事件捜査とかだと大体使ってるような感じがするけど……」
送信してもらったファイルを大まかに確認していた拓郎だが、映像記録が全くなく、画像も不明者の写真程度しかない。一区画の治安維持組織が警察じゃなくて自警団であるための限界なのか、それとも見せたくないのかと訝しんだ彼はクリスへと尋ねるが、返ってきたのは意外な答えであった。
「映像記録が欲しいのか……着眼点は良いがここに監視カメラなんか殆どないぞ。あるのは『ウキヨエ』の中と町の入口くらいだ……中心街や高級住宅街の大通りじゃないし、何より風俗街だからジロジロと見られるのは御免被りたい人が多いしな」
日本で生まれ育った拓郎にとって都市の治安とは優秀な警察組織と表面上は行儀の良い企業の保安部隊、そして無数の監視カメラによって守られるものである。ごく稀な例外を除き、犯行から二四時間以内に犯人が逮捕または無力化されるほどに良好な治安が保たれており、その決め手となるのが偏執的なまでに張り巡らされたカメラ網なのだ。
だが世界の大多数において公設の監視カメラとは安全と治安の証明ではなく抑圧と侵害の象徴であり、横暴なメガコーポの支配を支える目と見なされることが多かった。アシハラは日本のすぐ近くにあることもあって街の主要部には監視カメラが多数設置されているが、細い裏路地に入れば個人や企業が防犯用に取り付けたもの以外を見かけることは殆どない。
だからこそ裏路地や貧民街で犯罪が蔓延るのだが、殆どの場所がカメラや警報で覆われているため清潔で浮浪者や物乞い、チンピラの姿が殆ど見えない日本の街が例外なだけだ。
「……そうなのか、じゃあ探しに行ってくる。また何か見つけたら連絡するし、そちらでも何か分かったらすぐに教えてくれ」
「承知した。では頼んだぞヴィジラント1001及び1002」
そんな文化や意識の違いを感じつつも、現時点で集まっていた情報を受け取った二人は詰め所を後にして、一向に土砂降りが収まらず朝でも薄暗いままの69番街へと歩き出していく。一週間の勤務で多少の雨程度なら気にならなくなっていたが、毎時四〇ミリに迫る豪雨となれば話は別だ。誰かが上空で馬鹿でかい氷を溶かしたのかと言いたいほどの雨足によって視界は狭まり、聞こえるのは雨水が自分の体やアスファルト含む様々なモノに叩きつけられる音だけである。
「この土砂降りじゃあろくに捜査なんかできやしないぞ……視界が悪すぎるし小さな音だって拾えない。何なら貴重な痕跡も流されるかもしれない」
「まあ何かありげな場所を地道に回るしかないな。目撃証言に期待はできないから、まずは行方不明者たちの最終目撃地点に行って、そこから不審な点が無いか探してみるか」
人探しや証拠を見つけるのに適しているとは口が裂けても言えない天候だが、その程度で警察や救急が止まらないのと同じで仕事はこなさねばならない。良くも悪くも『隣国』である日本の労働文化を色濃く受け継いでいるこの街は意外と仕事に対して厳しいところがあるのだ。
それに事の真相が酩酊したまま69番街の外に出て警察のお世話になっているだけならよいのだが、ACPDことアシハラ市警はそんな対応はしないとファンは知っている。あの杓子定規な連中はコーポに対する犯罪捜査にしか関心がない奴だと彼は思っているが、犯罪も逮捕者も多すぎるため酔っ払いごときに貴重な留置所の一室を使えないというが正解だ。
「で、ここが最初に行方不明になったオリガさんの最終目撃地点、と」
「別の店に勤務してたキャストがこの角を左に曲がった彼女を見たのが最後で、それが一昨日の午前三時三〇分前後だ」
最初の被害者の最終目撃地点に着く頃には少しずつ強くなる風と鳴り始めた遠雷まで追加されたことで、コンディションは更に悪化している。雨こそ若干弱くなったが、その程度では慰めにもならない。
熱帯低気圧が強烈な台風になった挙げ句急速に接近しているなんて聞いてないぞこのポンコツ無能AIどもめ。昨夜や今朝に見た天気予報アプリを心の中でそう罵った拓郎だが、それでも端末に更なる情報を得るため現場を見ていく。
「自宅まではおよそ一五メートルで一本道……例え誘拐されたとしても、実行犯が隠れられる場所なんて皆無だ。よほどうまくやらない限り抵抗された跡があったり物音や悲鳴が聞こえたりするはずだ」
「となるとまた車を使ったのか? つっても貴重な軽自動車は先週に分捕ったばかりだし、性懲りもなくまた持ち込んだ可能性があるな……何故鬼哭衆みたいな大手がこんな旨味の少なそうな土地になぜ執着するんだ」
予想される失踪時刻が二日前の午前三時半過ぎということもあり、当然ながら現場を見ても何か捜索を進展させる情報が見つかることはなく、ただ風雨に晒されるだけである。
「ダメだ……やっぱり見つからない」
「まあダメだったな。晴れでも賭けなのにこんな荒れた天気じゃ当然か」
それでも何かないかとダメ元ながら被害者の居宅まで行ってみるも、新たな手がかりは何一つ見つからない。そもそも行った所で施錠されているため室内には入れないとなれば、得られるものは殆どないため次の被害者の最終目撃地点に向かおう。そう考えて踵を返そうとしたその時であった。
「待て拓郎……部屋から誰か出てくる。あの部屋は……行方不明者のとこだ、隠れるぞ」
不審な軽自動車とその主を見つけた時のようにファンが何かを目ざとく見つけ、拓郎と自らを物陰に隠している。
それと同時に部屋の主が失踪し固く閉ざされているはずの部屋の扉が軋む音を発しつつ不自然なほどゆっくりと開かれ、中からレインコートと頬かむり、マスクを着けた妙にキョロキョロと不審な挙動で周辺を警戒する男が現れた。その手には旧世紀の漫画かとツッコミを入れたくなる球形状に膨らんだ唐草模様の風呂敷が握られており、いかにも自分は泥棒ですと無言で主張しているかのようだ。
「空き巣の現行犯か……!」
何でこんな時に典型的な盗人が出てくるんだと拓郎は嘆いたが、ファンの考えは違った。例えあの泥棒が何者であろうとも件の部屋から出てきた以上は何らかの手がかりになる可能性があると考えており、泥棒を捕まえた上で尋問してやろうと目論んでいるのだ。
「……こうなりゃ破れかぶれだ、とにかくあの空き巣野郎をとっ捕まえて締め上げるぞ!」
「あ、ああ!」
やや勇み足ながらも二人は足音を立てないよう大きな雨音に紛れてブロック塀沿いにこっそりと進み、空き巣犯が出てくるであろう入口付近で様子を窺う。耳に集中力を注ぎ込み、耳朶を打つ強烈な雨音のなかに紛れる不用心な靴音が近付いてくるのを確認して息を潜め、そうして犯人がアパートの敷地から出る直前に二人は物陰から行方を塞ぐように飛び出した。
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