光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「こらっ泥棒め、俺たちは69番街自警団だ! 抵抗は無駄だぞ、神妙にしてお縄につけ!」
「ただの空き巣犯だろうが、お前にインタビューしたいことが幾つかある。当たり前だが拒否権はないぞ」
それは空き巣犯にとって青天の霹靂と言うべき遭遇であった。寂れて警戒が薄い場所ならどこでもターゲットにするその男はとある人物に69番街という安全度の高い『狩り場』を紹介され、おまけに複数の『安全度の高いターゲット』まで教えてもらったのだ。
不夜城めいた街でビッグになって、貧しい祖国に暮らす家族に仕送りでもしてやろうとやってきたまでは良かったが、待っていたのは一日の半分以上を劣悪な環境で辛い労働に費やしてなお最底辺に近い生活である。仕送りどころか日々の生活に苦慮する有様で精神を摩耗し、半ばヤケクソでより楽な生き方をしてやろうと思い立った彼は泥棒稼業を始めている。
ビギナーズラックも相まって十数件の新たな『仕事』は順調であり、やはり自分は裏社会で生きるべきだったのだと思い上がった末に見知らぬ誰かから仕事について声をかけられたことで、すっかり慢心しきってていたのだ。
その結果がこれである。思っていたより実入りの少ない部屋に落胆しつつも次に指定されたターゲットを求めてアパートを出た瞬間、69番街自警団の法被めいた制服を着た二人組に出くわしてしまったのだ。
「ちくしょう、ツイてねぇぜ……! 何で自警団がこんなところにいるんだよ!」
「絶対に逃がさないぞ盗人め!」
「ちょっと運が悪かったみたいだが、まあこれも運命だと思って諦めろ」
虚を衝かれた上に正面を塞がれたそれでも逃げようとしたが無駄な足掻きであった。実入りが少なかった分様々なものを風呂敷に詰め込んだせいで重さと体積がいつもより嵩んでおり、彼の機動力を大きく制限している。そこに身軽な二人に飛びかかられ、抵抗むなしくびしょ濡れのコンクリートに倒され組み伏せられた。
仮に戦利品を詰めた風呂敷を捨てていればどうにか逃げられたかもしれないが、せっかく手に入れた獲物を手放す選択肢なんて取れるはずもなく、男の判断の誤りを揶揄るかのように彼の傍らへと転がった。風呂敷はつい先日買った防水仕様の頑丈な生地で中の物品を風雨やある程度の衝撃から保護してくれるが、こうして持ち主が捕まってしまえば全く意味がない。
「おら、捕まえたぞこの泥棒め! 詰め所に連行してやるからな」
「くそっ、放せ、放せってんだよ……! もう使う必要のない部屋のものだから実質公共物みたいなモンじゃないか!」
空き巣犯はじたばたという最後の悪あがきと共に捨て台詞を吐き散らすも、それが藪蛇になってしまった。
「もう使う必要のない部屋……妙な話だな。何故さもそうであるかのように言うんだ? この部屋は夜逃げした部屋じゃなくてまだ人が住んでいるんだが……おかしいなぁ?」
「えっ、いや、あの……だって、話を持ちかけてきた人がそう言ってたし……」
仮に彼が単なる空き巣犯ならばその部屋が行方不明者が使っていた部屋だと知っているはずはなく、単に入りやすそうな部屋を物色してたと言うだろう。しかしそんな物言いをするということは、その事実を何らかの形で知っていた可能性が極めて高い。
「おっと、コイツは何か色々知ってそうだしさっさと引っ立てよう。言い訳とか愚痴も詰め所で聞いてくれるらしい」
「ここら一帯がピリピリしてる時に盗みを働いて捕まったのが運の尽きだな。大人しくしてた方が身のためだぞ? さもないと、ちょーっと痛い目や怖い目に遭ってもらうかもな」
「ヒィッ……!」
二人がかりで押さえつけられた盗人は最後の悪あがきとしてじたばたしてみたものの、拓郎はともかく人を取り押さえる経験が豊富なファンにかかれば無駄な抵抗もいいところである。余計な一言のせいで単なる不埒な空き巣犯から何か手がかりを持っている可能性のある重要参考人へと望まぬランクアップを果たしてしまった。
「CP、こちらヴィジラント1001。空き巣犯を現行犯逮捕した。最初の行方不明者の部屋から出てきた上に何やら意味深なことを言っていた」
『こちらCP、見つけたものが空き巣犯……って不明者の居宅に侵入していたのか。了解した、また当直の団員を送るので犯人を確保しておいてくれ。意味深な言動についての尋問はこちらでやりたいが、団員が到着するまでなら多少していても大丈夫だ』
ファンが後ろ手に手錠をかけている間に拓郎がクリスへの報告を行い、新たな指示を受け取っている。こんな荒天でも相変わらず便利に使われる当直の自警団員には同情したが、少しでも捜査が進展する可能性を秘めた対象を取り調べるべく、アパートの屋根がある場所まで引っ張っていった。法被の面影がある制服は防水仕様でありある程度までなら濡れても冷たくないが、屋根があるなら濡れないに越したことはないからだ。
「さて、雨天の中でもインタビューの時間だ。もし嘘をついてたらもっと酷いことになるから、正直に答える方が俺たちもお前も得をするぞ」
「し、知らねぇ! 俺は何も知らねえよ! ただ風俗の姉ちゃんだから金持ってるって教えてもらっただけなんだ、だから助けてくれ!」
「それはお前さんの態度次第だな。こっちの質問に誠意を持って真実を答えてくれるなら情状酌量の要請も吝かじゃないが、そうやってずっと知らぬ存ぜぬを決め込むつもりなら……こっちにも考えがあるぞ」
拓郎が周囲を警戒する中、借金取りの仕事で荒事や尋問に慣れているファンが担当する。彼はライフルの他にも近接戦闘用に店売りの安い拳銃と伸縮式の特殊警棒を持っており、それらをこれ見よがしに弄くることで空き巣犯の恐怖を煽っていた。望まずして犯罪者となった彼もまた裏社会の人間であり、目の前にいる人物が逆らってはいけない対象であることをすぐに察してしまう。
だからこそ空き巣犯は何とか解放してもらおうとペラペラしゃべり始めるが、そんな稚拙な手口は同じ裏社会でより長く生きてきた人間から見れば丸わかりであり通用しない。
「分かった、分かったって、ちゃんと話す! だから頼むどうか殺さないでくれ、祖国にいる貧しい家族が俺の仕送りを待ってるんだ……!」
「んな犯罪者の事情なんて俺たちには知ったこっちゃない、白状するのかしないのかの二択だ……で、その人物ってのはどんな奴だ。素直に吐いたら情状酌量の余地ありって口添えしてやる。まあこっちにも別ルートで情報の真偽を確認する手段はあるから、もし嘘やデタラメを言ってたら……」
「ひいっ、正直に話します! だから助けてください、お願いします!」
実のところファンの言葉には誇張やハッタリも混ざっているのだが、裏社会の住人とはいえどこにでもいるしがない盗人の一人でしかない空き巣犯は、目の前で拳銃に弾を込める男が放つ威圧感と凄みにすっかり気圧され怯えている。仮に嘘偽りを言ったりはぐらかしたりすればその銃口がこっちに向いて自分の眉間に風穴が空くかもしれないと震え上がってしまったのだ。
だから空き巣犯はあの日出会った見知らぬ男を売ることに決めた。その時の会話を思い出した上で、死を目の前にしたことでクリアになった思考でよくよく考えてみれば、自分のことを一人前の盗人ではなく『不都合な何かを隠滅するための捨て駒』として利用していただけなのだと気付き、段々と怒りと悲しみが胸中を満たした末にオーバーフローしたのか変な高揚感を覚えている。
「もういっそ知ってることを全部話すんで、人を騙したあのスカしたヤツもブッ飛ばすなりブタ箱にブチ込むなり好きに痛めつけちゃってください! 唆したヤツは何一つ苦しまないのに俺だけこんな目に遭うのは間違ってると思います!!」
「……拓郎、これが盗っ人猛々しいってやつか?」
「ちょっと違う気がするけど、言いたいことは大体分かったよ」
二人からすれば先ほどまで死の恐怖に顔を歪めていた人物が、いきなり若干焦点の合わない目で乾いた笑みを浮かべながらそんなことを口走るため、二人は何らかの危険な薬物を使用しているのではと疑ってしまったが、尋問に対して協力的になることはいいことなので黙っている。
それでも証言の一部または全部がアル中もしくはヤク中のたわ言である可能性が否定できないので、拓郎は一応『アルコールもしくは違法薬物乱用の疑いアリ、余裕があれば検査求む』と申し送り事項に記載しておくことにした。
「……そいつとは一度だけベイエンドの東端で会ったんだけど、訳ありな人向けのきったないアパートとか掘っ立て小屋が立ち並ぶ区画なのにかっちりしたスーツを着て、ボンネットに金色の小さなマークの飾りを付けた黒塗りのゴツい車に乗ってたんだ。それで通り過ぎようとしたら『君のことは知っている。その光る才能に是非とも投資したい』って呼び止められて、今回の仕事を持ちかけられた」
「……ほう、そのまま続けろ」
「で、二つ返事でオッケーしたら、69番街に『安全度の高いターゲット』が複数あるから君の仕事ぶりを見せてもらいたいって言われて、ここに忍び込んだってわけさ。結果はこの通り、一発目からお縄になっちゃったが」
そんなテンションのままに空き巣犯がいきさつを語っていくと、二人は固唾をのむ。裏取りができない以上は目の前で半ばまくしたてるように口を動かす男の一概に信じるべきではないのだが、それでもこの供述は二人に衝撃を与えるものであり、場合によっては停滞しかない行方不明者捜索に大きく貢献する可能性もあるのだから当然だ。
「これ思ったんだけど、この車に付いてた小さな模様って……多分鬼哭衆の代紋だよな」
「コイツの供述が信用に値すると仮定した場合ならそうだろう。これも69番街に対する攻撃の一環ってところか……予想外の方向からの搦め手も使ってくるとは、あれでメンツを潰したのが相当効いてるらしい」
一見無関係そうに見える事件の犯人から自分たちが追っている事件の手掛かりが出てくる。推理小説の謎解きかよと拓郎は脳内でツッコミを入れつつも、つぶさに記録していった。
そうやって情報を集めていると、確保報告から十数分ほど経ったところで眠たげな目をしたレインコート姿の当直の団員がやってきて、拘束された空き巣犯を回収していく。その際に温かい缶コーヒーの差し入れを持ってきてもらったため、一息つくべくアパートの二階へ続く階段に座って缶を開ける。自販機で買ってきてから数十分ほどは経っているためか若干ぬるくなってはいたが、湿気の中に少しだけ肌寒さを感じる日にはありがたいものであった。
「空き巣を捕まえたと思ったら、実はソイツも行方不明事件に関係してるかもしれない……朝っぱらから土砂降りだから気分が落ち込んでるだけかもしれないけど、何か余計な事件ばっかり起きてないかこの街って」
「アシハラなんて外から見りゃ綺麗で華やかな街に見えるが、一歩路地裏に踏み込めばこんなもんさ。腐れメガコーポ共のお膝下の中心街とか、金持ち連中がこぞって住む高級住宅街を除きゃだがな。犯罪があんまりにも多いから表立って人死にを出したりわざわざお巡りの前で悪いことをやらない限り、ろくに報道もされないしブタ箱行きになることもない」
一週間前には鬼哭衆傘下の組織が手先を使って前哨基地を建設していたと思えば、次は不可解な連続行方不明事件。69番街は何かよくないものに憑かれていたり呪われているのではと思った拓郎だが、こんな科学万能の時代に非科学的な事象などありえないとすぐに否定した。
軌道太陽光発電や低温核融合炉群が毎日のように増え続ける膨大な電力需要を満たし、人類が軌道上や月面だけならず資源や植民地を求めて火星や小惑星帯にまで手を伸ばしている時代にも関わらず、幽霊やUMAたち、宇宙人、そして神といったかつて人々が信じていた──今でも信じている人はある程度いる──超自然的存在は全く確認されていない。いたらいたで面白そうだとは思ったが、もしそうであったら今とは全く異なった社会が築かれていたのだろうと推測している。
そんな世界で今の人生よりマシな生き方ができる保証はないので、世界が変わることは望んでいない。傭兵稼業は始めたばかりだが、最低限生きていく以上に稼ぎを得られるし、何次下請けかも分からない零細企業で永遠に暗黒労働しているよりも遥かに楽しくて張り合いのある毎日を過ごせているのだから。
「よし、そろそろ仕事に戻ろう。もう十分以上休憩したことだし」
「俺たちは空き巣を捕まえて不確実ながら鬼哭衆に繋がる証言を引き出したんだ、多少サボっててもバチは当たらないさ」
そろそろ業務を再開しようと、溢れかけている共用のゴミ箱に空の缶を放り込んだのと同時にインカムからコールがあったため、こんな中途半端な時間に何の用事なのかと暢気な様子で構えていた二人であったが、待っていたのは鼓膜が千切れそうなほどの大音声であった。
「こちらヴィジラント1001、何か問題でも……」
『こちらCP、ヴィジラント1001及び1002聞こえてるか!? 緊急事態だ、巡回中のレッド級傭兵三名のチームが何者かと交戦を始めた。端末に座標を送ったから至急援護しろ! 遺憾だが不明者捜索は後回しで構わない!!』
余りにも声が大きすぎるためノイズが混じった状態で耳に飛び込んできたのは、声に明らかな焦燥が混じったクリスからの緊急連絡。通信先の背後では複数人がバタバタと慌ただしく動くような物音と、飛び交う指示や怒号が緊迫感を伝えている。昨日まで自分たちがしていた巡回業務を引き継いだのが苦境に立たされているレッド級傭兵であり、顔を合わせたことはなかったが今のところ味方であることに間違いはない。
これは明らかに依頼の範囲外だが、援護に向かうことに異論はなかった。契約で敵個人の持ち物は依頼の達成に関わる物以外なら全て戦利品として獲得できるため、危険性を度外視すれば臨時ボーナスが向こうからやってくるようなものである。
「ヴィジラント1001了解、すぐに向かう!」
「ヴィジラント1002了解、座標を確認し次第急行する」
『いつもすまない二人とも、特別報酬は高めにし……なっ、敵戦力は最低でも一〇人だと!? まずい、こちらも出せるだけ増援を出すんだ、非番も片っ端から叩き起──』
故に二つ返事で了承した二人であったが、慌てたような指示の途中で通信は切られ、二人の意識は現在地点である未だ強い雨に打たれているアパートの入口に引き戻される。つい先ほどまでどこか楽観的な消え失せ、重苦しい空気が立ち込め始めていた。
「……かなりヤバそうな話が聞こえてきたけど大丈夫かな」
「三人で一〇人以上を片付けるのはニューロンブースター込みでもキツいだろうな。自警団も増援で来るらしいし、三人が全滅する前に何とか加勢したいが……」
二桁に及ぶ敵戦力とはこんな小さな区画を攻めるのに随分と大盤振る舞いだなと思いつつも、拓郎は端末を取り出してメッセージアプリを開き、添付されたファイルを実行している。一刻を争う事態なのは先ほどの通信で分かっているため、ファイルを実行するコンマ数秒すらも惜しかった。
「ここは……レインボー横丁の端!? 数軒離れてるけど殆ど中心地みたいなとこじゃないか!」
「こりゃまずい、あんな場所にまたこそこそ拠点を築くなんて……奴さんら本気でここを叩き潰そうとしてるぞ。先週のヘマがよっぽど堪えたか、それとも本部にドヤされたか……」
開いたファイルが地図上に指し示した座標を見て二人は驚きを隠せなかった。そこは69番街の中心地である『ウキヨエ』からさして離れておらず、メインストリートの端に程近い場所であり、現場では少なからぬ混乱が起こっていることは想像に難くない。
敵の詳細な規模や武装の程度は不明だが、装備も経験も駆け出しの範疇である三人が三倍以上の敵を抑えられるとは思えず不安は大きくなっていく。無論、拓郎たちと三人は同じ陣営に雇われた傭兵というだけ関係であって面識もなければもない。仮に全滅したところでさして痛痒を感じないが、勝ち戦の勢いに乗るであろう敵が何をしてくるか分からないのは嫌であった。
「よし行こう、早くしないと死人がどんどん出そうだ!」
「はあ、一難去ってまた一難……か。ま、これこそアシハラの日常だよな。十年以上前からこうだったんだ、早々変わるはずもないか」
とにかく一秒でも早く現地に向かわねばという、二人は端末に送信された座標目掛けて降りしきる雨など構わずに走り出す。酷い荒天にも関わらず69番街を守る戦いの第二ラウンドは唐突に始まり、前回より多くの人が戦乱に巻き込まれようとしていた。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。