光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第一五話

 現場へと近付いてくるに連れて、雨音の中に銃声や怒号、悲鳴、絶叫といった戦場には付きものの音色が徐々に耳に届くようになり、いよいよ戦いの時が近付いていることを嫌でも認識させている。今まで拓郎が遭遇した敵とは違い、銃火器を積極的に使ってくるため接近してニューロンブースター起動からの急接近でゴリ押し戦法は使えない。よしんば無理をして数人を倒したところで、突出したところを残りの敵から集中射撃を食らって無縁仏の仲間入りをしてしまうからだ。

 

「他の団員やマダム直属傭兵の二人はまだなのかよ!? このままだと俺たちまでやられちまうぞ!」

 

「泣き言はいいからつべこべ言わずに撃ち続けろ、お前が今使ってるライフルも弾もその傭兵が分捕ってきたやつなんだぞ!」

 

「ヴィジラント1004被弾! 誰か、衛生兵! 衛生兵はいないのか!?」

 

 ライフルで武装した自警団三名と必死の形相で拳銃を撃ちまくる傭兵一人が簡素なバリケードを盾に一〇人以上からの射撃を何とか引き付けており、その脇では傭兵らしき男と自警団員が横たわっていて腹から血を流しながら必死に助けを求めている。まるで昔見た戦争映画さながらの光景だと場違いにも思ってしまったが、これは紛れもない現実であり二人は刻一刻と死に近付いているのだ。

 徐々に弱まっているとはいえ毎時四〇ミリ近い豪雨だからまだマシであったが、仮に晴れていたら辺り一帯は血と硝煙の臭いで酷いことになっていただろう。そんな中でも二つの勢力による抗争は収まることなく、逆に激しさを増そうとしていた。

 

『CPよりヴィジラント1001及び1002、まだ着かないのか!? 戦況に余裕がない、急いでくれ!』

 

「もう到着した!」

 

「目的地に到達した、援護を開始する」

 

 押されっぱなしの戦況故にクリスの悲鳴じみた確認がインカムからノイズ混じりで響くが、ちょうど到着の一報を入れようとしたところなのでもう着いたと伝えつつ戦場へと飛び込む。

 現在時刻は午前十一時過ぎであり本来なら区画全体が眠っている時間なのだが、いかに豪雨のフィルターがあるとはいえメインストリート近くで派手な銃撃戦が始まれば異変を感じる者は少なくなく、物音を聞きつけて十数人の男女が遠巻きに眺めている。

 命のやりとり、しかも敵の侵略に対する防衛戦すら物見遊山感覚の娯楽にするのかと拓郎は呆れているが、アシハラとはそういう場所であることを失念していた。自分たちの命や財産に被害が及ばないのであれば、抗争ですら見世物になる。まだまだ日本で暮らしていた感覚の抜けきらない彼から見れば異様な光景であった。

 

『よし、これでまたしばらくは保つな……ライフルを持った自警団員二人を送り出した……おお、また一人召集に応じてくれたので、準備が整い次第そちらに派遣する。かなり無茶振を言っている自覚はあるが……何とか耐えてくれ』

 

 それでも増援の手配をしているという朗報を伝えると、クリスの声色も幾ばくかは和らいでいる。やはら不利な状況にて戦いを強いられることに対して思うところがあったのだ。

 

「戦力の逐次投入か……自警団の特性上仕方のないこととはいえ、戦術として下策も下策だな」

 

 てんでバラバラのタイミングでやってくるであろう増援をファンはあっさりと評したが、自警団自体が従業員の血縁や有志の住人だったりするため仕方のないことではある。69番街はギャングではなく性的マイノリティや行き場のない人間が寄り集まってできた場所であるため、一度勢力としてまとまった後は場末の無鉄砲なチンピラを蹴散らせる程度の自衛戦力を持ってさえいればよかったのだ。

 まさかこんな活気を失いつつある地区の寂れた一区画に最大手のギャング集団が目をつけるなんてつい一週間前までは夢にも思っていないので、まともに撃ち合いのできる団員なんて片手で数えるほどしかいない。そこそこの銃社会であるこの街において珍しく治安維持には基本的に銃は必要なく、精々数丁の拳銃と腕っ節があれば大丈夫だったのだから。

 しかしもう戦いは始まっており後戻りはできず、大切なものを守りたいならば戦って勝つしかない。

 

「くそっ、奴ら高所から撃ち下ろしてきてる……」

 

「なら俺は敵の牽制をする、拓郎は上手いこと銃撃戦に付き合いながら斬り込むチャンスを狙うんだ。まともに撃ち合ってたらこっちの戦力が先に枯渇する!」

 

 しかし戦況が膠着したままこちら側不利になりつつある。そう気付いたファンは素早く錆びついたポストの陰へ飛び込むと、愛用するライフルを構えて敵の陣取る廃ホテルへと数発撃ち込んでいる。豪雨に加えて風も吹いているという劣悪なコンディションのため初弾命中とはいかなかったが、敵の隠れる遮蔽に連続で当てることで牽制には役立った。

 一部を除いてライフルや散弾銃といった長物銃器の扱いに慣れていない自警団員とは明らかに違う精度の銃撃に、前線で攻防を繰り広げていた敵側の構成員は驚いている。今までは悪天候もあって被害が一発のまぐれ当たりだけであったのが、いきなり自らが潜む遮蔽の近くに何度も当てられたのだから肝が冷えた。

 

「やべえ、敵に増援が来たぞっ! 一人は明らかに手練れだ、注意しろ!」

 

「おいあんまり体を出すなガキども、特に頭! 敵地で穴の空いたアホ面晒して死にたないならな!」

 

 とはいえ新たな前線基地である三階建ての小さな廃ホテルを守るのはこの間の不良集団だけではなく、武器の扱いを体系的に学び抗争のやり方を知っている鬼爆組の構成員もいる。長射程のライフルを装備する自警団に対して、ほぼ全員が拳銃しか装備していないという欠点を数の優位と守備側という地の利を活かして打ち消すばかりか優位に立っていた。

 対する自警団側は鹵獲品のライフルで武装しているため装備的には圧倒的に有利だが、いかんせん頭数が全く足りないため制圧射撃というには程遠い散発的な発砲しかできず、徐々に不利になっている。それでもまともに当たれば高確率で大怪我を負うライフル弾を前にむざむざ体を晒す無謀な輩はおらず、照準が甘いことを差し引いても攻勢に出るのを防御側に躊躇わせていた。

 

「銃の扱いは苦手なんだけどな……」

 

 拓郎もサタデーナイトスペシャルと呼ばれる粗末な拳銃をホルスターから取り出して銃撃戦に参加し、放置された鉄製の建材を横倒しにした即席のバリケードへ飛び込みながら三発も撃ち込んだ。彼の真髄は中遠距離からの銃撃戦ではなくニューロンブースターを用いた近接戦闘であり、それを十全に活かすためにもまずは室内へと飛び込む必要がある。

 とはいえ車のない駐車場という視界の開けた場所を不用意に突進すれば、たちまちのうちにハチの巣にされてしまうだろう。ニューロンブースターを使えば容易く突破できるが、再使用可能になる前に肝心の室内戦で圧倒的な数を前に血祭りに上げられてしまうだけだ。

 だからこそ、慎重に機を窺うべきであった。拓郎とファンが加勢してどうにか敵の半分を確保しただけで劣勢である事実に変わりはなく、一歩間違えればようやく危機的状況を脱し始めた状況が再び悪化するリスクがある。故に拓郎は半ばお守り代わりに持っていた拳銃でひたすら廃ホテルの窓へと撃ち込むも、銃本体も弾の品質もよくない上に多少距離があるため狙った場所には全く当たらない。

 

「油断したな、このウスノロめが!」

 

「ぐあぁっ!」

 

 そんなお粗末な拓郎の射撃とは真反対に、ファンのライフルから放たれた一撃が功を焦って窓枠から身を乗り出した構成員の眉間を綺麗に射抜き、泣く子も黙るギャングの一員を物言わぬタンパク質の塊に変えている。余りにも見事な射撃に自警団側は沸き立ち、鬼爆組の面々は狙撃手もかくやと言わんばかりの腕前に恐怖した。

 殺し殺されは抗争の常でありある程度は覚悟できているとはいえ、数多の刀傷や銃創を受けて斃れるならともかく、たった一発の弾丸で何が起きたのかすら理解することなく冥府へ叩き込まれるのは勘弁してほしい。それが偽らざる本音であった。

 

「あの役立たずからオカマ野郎が傭兵を雇ってるとは聞いたが、レッド級とかオレンジ級とか無名の雑兵じゃないのか!?」

 

「いや、あれはレッド級の三人だって……」

 

「それはさっきド突いたヤツらだわアホ! 先週うちの前哨基地を襲ってバカどもを叩きのめした挙げ句、そこの物資を丸ごと奪ってきやがったクソヤローのことだよ!」

 

「くそ、ポストに隠れてるヤツに火力を集中しろ! さっきから正確に狙ってくるのは多分コイツだ!!」

 

 現場を指揮する兄貴分の指示によってファン目掛けて一〇を超える銃口が向けられ、一斉に火を噴く。彼自身は弾倉が空になった愛銃の再装填をするべくポストの背後に隠れていたため事なきを得たが、先ほどと比べて倍以上の拳銃弾が鉄製の箱を容赦なく打ち据えた。そんな状態で迂闊に顔を出せば高確率で先ほど葬った構成員の後を追うことになるため、どうしても精度の低い牽制射撃で注意を引き付けることしかできなくなっていた。

 だが、それは言ってしまえば他の自警団員や拓郎に対する注意が薄れたことを意味しており、別の団員に対する銃火は明らかに少なくなっている。目の前でつい数秒前まで元気にしていた仲間の眉間にいきなり風穴が空けばそうもなろうと言えばそれまでだが、ファンの働きは戦場で言えば狙撃手みたいなものでしかない。

 しかし生憎彼らは戦闘員ではあってもきちんとした訓練を受けた軍人の集団ではなかった。大国の軍隊や企業の保安部隊ならば何人かを選抜して対処にあたらせるのだが、大して脅威にならない自警団の射撃よりも的確な場所に飛んでくるファンの射撃の方を脅威と見なしたことで、銃口の大半が一人の隠れる錆びついたポストに集中してしまう。

 

「俺たちだって傭兵におんぶに抱っこってわけにはいかねぇ!」

 

 一人を狙う構図となり生まれた隙を自警団が利用しないはずはなく、やや無理をして乗り出していた構成員の胴体にライフル弾が命中し、もんどり打って二階の窓から転げ落ちる。ひび割れたコンクリート舗装に落下した後のダメージを含めても即死は免れたが、この戦いで今後戦力にならないのは明らかであった。

 ようやく自力で二人目を無力化したと士気が上がり、このままの勢いで徐々に押し返してやると意気込んだ自警団側であったが、元々数的不利を抱えている上に射撃の腕は一般的に劣っていることをすっかり忘れており、すぐさま代償を払うこととなる。

 

「オカマ野郎のなよっちい兵隊どもが、三人ばかし倒したくらいでナメてんじゃねぇぞ!」

 

「があっ!!」

 

「ヴィジラント09が撃たれた! 誰か応急手当を!」

 

「どきな、これくらい自分一人で下がれるさ!」

 

 立て籠もる一団の中で二人しかいないライフル持ちの一撃が、先ほど構成員に命中させた団員の肩を撃ち抜き後退させる。とりあえず太い動脈には当たらなかったため命に別状はないが69番街にとって不運なことに彼女は貴重な射撃経験者であり、ファン以外ではこの場で唯一まともな射撃を繰り出していた団員であるため戦力ダウンは免れなかった。

 

「やばいな。何か、何かないのか……お、ここの隙間が向こうまで通じてそうだな?」

 

 再び劣勢に追い込まれ始める様を見てこのままではまた押し負けてしまうため、何か戦局を引っくり返しうるモノがないかと探していたが、ふと廃ホテルの敷地の塀と隣の壊れかけたフェンスの間に大人が何とか一人通れそうな細道を見つけている。敵味方双方にマークされておらず、やや低めながら姿を隠せるブロック塀まであるため実に都合がいい。

 しかし劣勢を立て直すためとはいえ、ただでさえ少ない正面の戦線から抜けて裏口へと抜けるのはどうなのだろうかと拓郎は思ったが、今のように敵兵どころか窓にすら当たらない威嚇射撃を続けるよりは貢献できるだろうと踏んでいる。彼の射撃能力は低く、腕前で言えば横でライフルの扱いに難儀する自警団員とさして変わりないのだから。

 

「よし、行こう。連絡してる暇も惜しいし、バレたら奇襲どころじゃなくなる……」

 

 肝心の自警団側は待ちわびた増援が二人も来たことである程度士気が回復し、ファンの活躍で自らに向けられる銃火が一時的に減っていることもあって果敢に撃ち返している。その手つきは素人に毛が生えた程度から割と様になっている者までまちまちであったが、何とか膠着状態を保っており誰もが相手に釘付けになっている。

 

「とにかく急がなきゃ……多分そう長くは保たない」

 

 そんな隙をついて拓郎は銃撃の合間を見計らって急拵えの陣地から離れると全力で隘路に飛び込み、そのまま頭を屈めながら可能な限りの速さで廃ホテル目掛けて走っていく。

 とはいえ彼とて鋼のような神経で平然と進んだのではない。神様仏様、それっぽい何かでもいい。どうか、どうかあのギャング共が俺に気付きませんように。そんなことを心の中で唱えつつ、普段は信じないどころか頭の片隅で意識すらしていない神仏に縋りながら隘路を通っている様は中々に滑稽ではあった。

 しかしこの不信心者の願いを聞き届ける慈悲深い神格でもいたのか、はたまた単なる偶然かは分からないが、五感を鈍らせる風雨に紛れて廃ホテルの裏口への接近に成功したのは事実であり、すんなりと侵入できたことに彼自身も驚いている。

 今なお続く銃撃戦の激しさは増すことはあっても収まる気配はなく、戦局を変えるためにはニューロンブースターを持った自分が斬り込んで奇襲をかけ、敵を散々に蹴散らしてやる必要があると信じていた。

 

「……やるしかない。俺がここでしっちゃかめっちゃか暴れてあいつらの注意を引くしかないんだ」

 

 ただ、恐怖心がないかと言われると嘘になってしまう。相手は街の至る所に屯するチンピラとはあらゆる面で格の違う相手であり、この場で勝利したとしても彼らと敵対したことで様々な不利益を被る可能性が低くない。不幸中の幸いか、敵は本部所属でも直参でもない上に序列も地位も低い三次団体ではあったが、それでも何も知らない外部から見れば鬼哭衆の意思を代弁する存在に変わりなかった。

 

「いや、俺はこの街で成り上がるって決めたんだ。傭兵の頂点を目指すってのに、ギャングなんかに怯えてたら話にならない……」

 

 拓郎は決意を込めて両手で自らの頬を三度叩き、改めて気合を入れる。頑張れ拓郎、負けるな拓郎。そんな自らを鼓舞する陳腐な言葉を脳内で何度も再生し、にじみ出る弱気に負けそうな心に喝を入れた。

 過半が錆びついた裏口の鉄扉をそっと開いて屋内に滑り込み、銃弾の数発なら止められそうなそれを背にしたまま。フロント跡に続く廊下の電気がいくつか点いているため、自前のポータブル発電機を持ち込んだか停止した給電設備を復活させたことは確実だ。

 つまるところ、この場所は先週に襲撃したの場所と同じく長期的に拠点として用いることを想定して準備されている。先週にあれだけの物資を奪ったのに一週間で前以上の設備を用意できる資金力に彼は恐怖を感じたが、ならばまた奪ってやればいいと思い直して弱気を退ける。

 とにかく、伏兵に注意しつつ上へ上がるための階段を見つけよう。そんなことを考えつつ、拳銃を片手に裏口から最も近いところにある扉を開けた。

 

「げ、オカマの兵隊! どうやってここに……!」

 

 残念ながらそこはトイレであり、手を洗う構成員が一人だけいる。見られるとバツの悪い行為をしていたわけでもないのに飛び上がらんばかりに驚いているのは、一階から三階に別れて迎撃に勤しむ味方を差し置いて用を足していたからであり、ようやく腹痛が収まったと思ったら安全なはずの場所で敵と遭遇してしまったからだ。

 

「先週もつまみ出されたのに性懲りもなくやってきたお前たちをぶち殺しに来たぞ、覚悟しろ!」

 

 しかし拓郎の行動に迷いはなく、想定外の事態に直面し明らかに狼狽えて行動の遅れた構成員の頭に拳銃を突き付け、引き金に指をかける。サタデーナイトスペシャルはちゃんとした銃器に比べて精度も射程も劣るが、銃口を押し付けて撃てば確実に当たる。扱える弾丸の口径が小さく威力が低いという欠点も補えるため今回は一石二鳥であった。

 

「ま、まさか……お前が、例のイカれた傭兵か!?」

 

「そうだ、俺は赤間拓郎。これからこの街でビッグになる男だ!」

 

 自分たちの作戦を挫いた張本人が目の前にいる。そんな事実に驚愕の表情を浮かべる男であったが、拓郎はそんなことなど気にも留めることなく、回答になっていない宣言めいた言葉と共に迷いなく引き金を引いた。




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