光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第一七話

「ぐ、うぅっ!?」

 

「な、痛いやろ、ほら痛いやろ! 俺たちも散々痛い思いしたんや、お前さんにもタップリ味わってもらうで!」

 

「おうおう、さっきまでの威勢はどうした自警団のにいちゃんよう! もっともっと楽しく遊ぼうぜぇ!」

 

 右頬と左腕に走る鋭い痛みに思わず苦悶の声を漏らしてしまった拓郎を、態勢を立て直しながら嗤う二人。彼らとて至近距離から九ミリ弾を複数食らった痛みと衝撃は抜けていないし、出血量も些少とは言い難いのだがその程度は幾度かの抗争で慣れっこである。胴体や腕から血をボタボタと垂らしながら獰猛な笑みで迫る様は拓郎にとって恐怖そのものであり、思わずたじろいでしまった。

 更に悪いことに用意していた残り二挺の拳銃は今の揉み合いでどこかに行っており、彼に残された武器はベルトとズボンの間に差していたドスのみである。それを抜き放って打ち合おうとするが、ニューロンブースター無しかつ武器を持った近接戦闘に関しては実戦経験豊富な組員側に分があった。

 二人相手に二度三度と打ち合ったまではよかったものの、体勢の崩れを衝かれて得物を弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。不利な態勢に追いやられたものの、たった二人を相手に切り札であるニューロンブースターを切るか否か。その判断が遅れたことで致命的な隙を晒し、起動する間もなく羽交い締めにされてしまった。

 

「あ、クソっ、離せ! この、この!」

 

「ゲヘヘ、コソコソうろついてたネズミ野郎もこうなっちまえば形無しだな! さあカルロの仇討ちだ」

 

「まあ寂しがらなくてもいいぜ、他の奴らも直に連れていってやるからな! 感謝しろよ!」

 

 拓郎は太い腕で拘束されたまま窓際へと連れて行かれ、抑えつけられた姿を晒される。それは彼らが徐々に弱まりつつある豪雨の中でもなるべく自警団側に見えやすいようにと『配慮』した結果であり、乾坤一擲か破れかぶれであろう作戦の末路を見せつける意図があった。

 鬼爆組から見ても隠密作戦は確かに有効であり、三人を討ち取った──実際は一階で密かに用を足していた者を含め四人だ──上に二階の防御体制を大混乱に陥れて、兵力を分散させられたために銃撃戦で劣勢に追いやられ、複数人が討ち取られている。もう少し気付くのが遅ければ自分たち含めあと一部屋二部屋は追加で全滅していただろうとすら思っていた。

 だからこそ、戦局挽回を狙った作戦は無様にも失敗したことを知らしめ、敵の戦意を挫くべく公開処刑じみた殺害を行うつもりである。とはいえ折からの豪雨でろくに見えていないことは承知しており、誰か一人でも目撃して戦意喪失してくれれば儲けもの程度にしか期待していない。

 極論すれば、排除さえできれば最低限の目的を達成できる。それでも敵対者への威圧を行いたがるのはそういったことを是とする組織文化に染まった思考の為せる業であり、自分たちの威信を汚した相手に対する制裁の意味も含まれていた。

 

「ほら、晴れてなくて残念だな! せっかくお前さんの最期を生中継してやれなく……」

 

 だが、そんな余りにも舐めきったショーじみた真似をしたことで彼らは勝ちを逃してしまった。勝ち誇った顔でなおも足掻く拓郎の心臓にドスを突き刺そうとした組員の側頭部が甲高い発砲音と共にザクロのように弾ける。

 一般人なら震え上がる邪悪な笑みを顔に張り付けたまま言葉を最後まで発することなく、被害者となった彼は何が起きたかすら理解する猶予すら与えられずに体から力が抜けていき、ドスを持つどころか立つことすらままならなくなって床へと倒れた。

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 意識の遥か外よりやってきた、余りにも唐突すぎる致命的な一撃。それは拓郎と羽交い締めを続けている組員の双方を呆然とさせ、これは夢幻なのかと思わせる。未だ続く銃撃戦で誰も彼もが撃ち返すのに夢中になっていた所でいきなり頭を吹き飛ばされたのだから驚くなという方が無理であった。

 201号室内で生き残っていた二人には分からなかったがその正体はファンによる狙いすました一撃であり、未だ毎時三〇ミリ以上の豪雨による視界不良と外れた時のリスクというプレッシャーに苛まれる中を、熟練の射撃技術と極めて良好な視力、そして偶然に彼を見つける天運で見事奇跡を引き寄せ大金星を挙げたのだ。

 

「っよし、離せこのデカブツ!」

 

 そんな絶好のチャンスを逃すほど拓郎は愚鈍ではなく、呆気に取られて緩んでいた拘束を振り解くと顔面に思い切り肘鉄を叩き込み、そのまま裏拳で反対側の頬も思い切り殴り付ける。

 

「がっふぉ!」

 

 流石に顔面にまで皮膚下装甲を張り巡らせる資金的余裕はなく、筋骨の質量とその動きが織りなす運動エネルギーをもろに食らって大きくよろめいている。頬骨をかち割るほどの威力を持つ上に無防備な頬に一撃を二度も入れられたことで少なからぬ隙が生まれ、床に転がっていたドスを拾うまでの時間を稼いだ。

 

「ッ……やりやがったなこの野郎!! 五体満足で死ねると思うんじゃねぇぞ!」

 

 少しながら顔を変形させられ、久方ぶりに感じた激痛と屈辱で怒り狂った組員は激情の赴くままに持っていた得物を拓郎目掛けて振り回すが、先程とは違って一人な上に滅茶苦茶に突いたり切るだけでは狭い室内でも対象を捉えることはなく、白銀の刃が虚空を切るだけだ。

 それでも大男が振り回す刃物が危険なことに変わりないが、理性もへったくれもない動きのためとても見切りやすい。

 

「っ、このっ、ちょこまかと鬱陶しい!」

 

「んなこと知ったこっちゃない、どぉっせえぃ!」

 

 大振りの隙をついてドスを構え、そのまま刃先を先頭にして大きく踏み込んだ。勢いのままに振るわれた刃が拓郎の右肩を切り裂くが、傷が浅かったこともあって痛みに負けず突き進み、勢いを失わなかった刃先は防護されていない男の首を貫き喉も頸動脈もお構いなしに引き裂いていった。

 

「ごぽごぼ、ごっぷ……ごぼっ!」

 

 瞬く間に気管や喉に鮮血が溢れ出し、内外への大量出血とそれによる窒息によって声にならない声が漏れ出る。何とかして血を止め息を吸おうともがくせいか、端から見れば地上で溺れているかのようで不気味なことこの上ないが、何とか生き長らえようと必死に抑えている。

 しかしその程度で深い刺し傷から溢れ出る血が止まるはずもなく、自らのドスを手放し両手で首を押さえてもなお命を保つことは適わず、そのまま先に頭を吹き飛ばされた相方の後を追った。

 

「ハァッ、ハァッ、いつつ……本当に死ぬかと思った……」

 

 そして全ての敵が自らの血の池に沈んだままピクリとも動かなくなったのを確認したことで、今までアドレナリンの過剰分泌で気付かなかった疲労と痛みがようやく彼の脳に届くようになり、壁紙がすっかり剥がれてコンクリート剥き出しの壁に力無くもたれかかる。

 

「あぁ……めっちゃ切られてる、すんごい痛い……血、止めなきゃ」

 

 三カ所の切創からは今なお血が流れ出ているが、いずれも命に別状があるほどではない。しかし殺意を持った相手に斬りつけられる経験は生まれて初めてであるため精神的負担は明らかに大きく、学生の喧嘩じみた殴り合いとは全く違う負担を強いている。確かにアシハラの裏路地だと喧嘩感覚で起こる抗争や殺し合いなどありふれた話だが、実際にそれを経験するまではその重みをあまり理解していなかったのだ。

 

「誰か来た……いや敵、じゃない。自警団だ……!」

 

 心身の疲労を癒すべくそのまま体を休めていた拓郎だが、断続的に響いていた銃声が段々と疎らになり、階段のほうからドタドタと複数の足音が聞こえてくる。一瞬だけ上階からの増援かと身構えたが、よく聞けばそれは階下から響いており、その数は徐々に増えていく。一階にいる敵の数より明らかに多いためすぐに味方がやってきたのだと判断がついた。

 

「ようやく正面玄関と一階を突破できた、このまま侵略者を三階まで押し込めろ!」

 

「この戦いのMVPを死なせるな! タクロウ・アカマ、あの傭兵がいなければ我々は確実に押し負けていた、何としても生きて帰らせるんだ」

 

「二階はいても三人か四人だ、一気に押し込んで素手ゴロでブチのめしたれ!」

 

 よくよく、彼と同じ制服を着てライフルや拾った拳銃、そして様々な近接武器を手に持つ自警団の面々であり、未制圧であった右側の二室を掃討するべく駆け込むと、今まで不得意な射撃戦を強いられてきた鬱憤を晴らすかのようにお得意の近接戦闘に持ち込んで叩きのめしている。

 

「よう、無事でよかったぜ拓郎。あの時はホントにヒヤヒヤしたぞ」

 

 そして敵失もあるとはいえ絶体絶命のピンチに陥った彼を救い出す奇跡的な一撃を放った張本人であるファン・マクダニエルも最後尾から来ており、さも生きているのが当たり前かのような口調で彼に声をかけていた。

 

「もしやとは思ったけど、やっぱりあの狙撃はファンのだったのか……! 本当にありがとう、あれがなかったら俺は確実に殺されてたんだ」

 

「気にすんな、せっかく。それに鬼哭衆の連中にはちょいと昔の恨みがあってな、やられた団体とは対象が違うが今日はいい機会になったさ……おっと、割と血が出てるな。この部屋は汚いから隣の部屋で処置するぞ」

 

 余裕綽々であった組員が絶対的な優位を得て油断したせいで、彼の命を救った英雄はそれを誇ることも鼻にかけることもせずに、いつもと同じ調子で語りかけている。緊張が解け力が抜け切っている時には、見知らぬ人の肩肘張った気遣いよりもよく知った人の気楽な会話の方が何倍もありがたいのだ。

 

「それで、戦況は……? 自警団がここにいるってことは味方が勝ってるはずだけど」

 

「マジかよ、自分の傷よりそっちを気にするのか。まあ、今は入り口を守ってた二人を排除して一階部分を占拠したとこだ……この調子だともう終わるな」

 

 既に自警団対鬼爆組及び手下の不良グループの戦いは自警団側に天秤が傾いており、一階は完全に占拠され二階も制圧間近。残る敵の領域は三階のみで、上に続く階段付近では傭兵三人組の中で唯一軽傷で戦闘が続けられた男が凄まじい形相で上階を睨み付けている。

 廊下でそんな現状を確認すると比較的綺麗なままの202号室へと移り、処置をするための道具を取り出しながらファンが現在の状況を共有し始めた。

 

「ここまでで見た鬼哭衆と手下の不良グループの死体は合わせて一二、捕縛したえ生存者は八……窓から見えた連中の数から見るに、どんなに悲観的な仮定で多めに見積もっても残り半分はいない。恐らく一〇から一二人程度だ」

 

「自警団が割と減らしてくれてたんだな。それで、まだ外から銃声が聞こえるけど、自警団にしては何か数が多くないか?」

 

「ああ、そうだった説明してなかった。拓郎が突入してすぐくらいに住人の中から志願者が出たんだ、有り体に言えば義勇兵ってやつさ」

 

「……そうなのか。あんな呑気な顔してたのに」

 

 彼がまだ撃ち合いをしている頃には一人もいなかった住民による義勇兵。最初の方は物見遊山みたいなことをしてたのに、最初から勇気を出して参戦してくれてたらもっと簡単かつ被害が少なく勝てたのではないか。どこか冷淡さを含んだファンの言葉を聞いてそんな考えが拓郎の頭の中を過ぎるが、今は自らの血で汚れた床に座り、ただ彼の応急処置を黙って受けることにした。

 

「さ、安物だけど包帯の前に簡易止血剤を塗っとく。借金取り時代にくすねてきた古いやつだから割と痛いし結構滲みるがそこは気張ってくれ」

 

「あぁっ、し、じみるっ! あこれやばいやつあだだだだだ!」

 

 そんな処置に伴う痛みで奇声じみた悲鳴を上げている間にも自警団のメンバーたちは二階の制圧を終え、敵の本丸である三階を目指す準備を整えている。外からは自警団と義勇兵の混成部隊が豊富な武器弾薬を用い絶え間なく銃撃戦を仕掛けることで休憩できる時間を奪い、どちら優位かを喧伝していた。

 鬼爆組からすれば今度こそ露呈せずに強固な拠点を築いたはずが、完成直前でまたもや傭兵に見つかって存在が露呈するわ別の傭兵の奇策で防備が半壊するわと踏んだり蹴ったりである。この場所を基点にして69番街全体に圧力をかけ支配を広げていくつもりが、今や最上階に追い詰められた挙げ句命運は風前の灯と化していた。

 おまけに他を出し抜くべく本部や上位団体には黙って事を進めているため、おいそれと組や鬼哭衆の威光にも縋れない。仮にこれまで築き上げてきたもの含む全てを投げ捨てて泣きつけば満足いくだけの支援を受けられるだろうが、それでは自分たちの功績にならない上に掟破りの咎でケジメが待っている。例え裏社会に生きる者であっても組織人である以上、報連相は極めて大切なことなのだ。

 

「でもまあ、思ってたより効きが早い……」

 

 ファンが持ってきた簡易止血剤なる黄緑色の軟膏は傷を瞬時に癒す効果がない上に痛覚に優しくなかったが、それでも流血は止まるし血小板の凝固を促進する成分が含まれているため効果は実感している。ちらりと掠れたラベルを見れば申し訳程度に鎮痛成分が入っているはずだが、それが全く感じられないのは残念なことであったが、何もないよりはいいため感謝こそすれど文句はなかった。

 そうして拓郎が多少なら戦闘に参加できるまでに様態を回復させていると、唐突に上階から大音声が聞こえてきた。廃ホテルの三階は未だ鬼爆組の占領下にある事実を思い出したが、聞こえてきたのは意外な内容である。

 

「クソが、こうなりゃ破れかぶれだ! このまま無様になぶり殺されるのを待つより打って出るぞ!!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 そう、万策尽きた末の自棄じみた突撃である。本来の計画は組の事務所で準備している補給物資持ちの第二陣が来るまでの籠城であったが、傭兵による想定外の攻撃で作戦を引っくり返された挙げ句、窓からは休む間もなく高威力のライフル弾を休む間もなく撃ちまくられ、下の階では包囲攻撃の準備が着々と整いつつある。そんな惨めな最期を迎えるくらいならいっそと攻勢に出たのだ。

 とはいえ彼らに残された策は、力押しの正面突破による脱出のみ。残存する戦力すべてを集中して二階及び一階にいる自警団側戦力を突破し、巧妙に隠された地下下水道への抜け道を用いて撤退。安全地帯まで逃げ延びた後に戦力を再建し、更なる増援を得て捲土重来を期すという計画だ。

 一見すると悪くない策のように見えるが高所及び閉所に籠る利を捨ててまで、犠牲が大きい割に成功率はさして高くない正面突破を挑まざるを得ない状況にまで追い込まれていることを端的に示している。

 ましてやニューロンブースターを持つ拓郎の前にむざむざ大人数で姿を見せるなど自殺行為もいいところだが、特に具体的な対策はなされていない。本部や金回りがよく武闘派な直系団体の戦闘員ならともかく、戦闘経験どころか実物すら見たことない者が殆どである貧乏三次団体の鬼爆組にそれを求めるのは些か酷ではあったが。

 

「ヴィジラント各員、奴らが来るぞ! 散々ナメ腐った真似をしてくれたクソ野郎のお通りだ、ここらで倍にして返してやれ!!」

 

「こちとら半世紀近くチンピラとかギャングの跳ねっ返り共と戦ってるんだ、今さら怖いもんなんぞあるかってんだ」

 

 上階から拳銃(チャカ)を構え二列になって降りてくる鬼爆組の構成員に対して、二階を制圧し終えた自警団側も警戒を促し手空きの団員を階段前に集めて迎撃態勢を取り始めた。室内戦故に取り回しこそ悪いが、当たれば高確率で大怪我を負わせるライフルをほぼ全員が装備しているため決して侮れない。

 

「多少は良くなったし、俺も参加するぞ」

 

「ウソだろ……まあ傷は三カ所全部合わせても軽傷だし血も止まったなら無理には止めないさ……ただ死ぬなよ」

 

 それに、止血を終えてとりあえず戦列に復帰できるようになった拓郎も、ファンが呆れて肩をすくめるのも気にせず置き去りのままの死体からドスを奪い取ると未だ痛みの残る身体に鞭打つ勢いで部屋を出た。敵は今まさに三階から降り始めたところで、自警団員が部屋から引っ張り出していた古ぼけた家具をバリケードにして狙いをつけており、あと十秒足らずで最後の戦いが幕を開けることは嫌でも理解できた。

 

「さあ、やるぞ。俺はビッグになるんだ……!」

 

 69番街の平和のため、依頼遂行のため、そして何より今後の自分の安寧のためこいつらはこの薄汚い廃墟でくたばってもらう。そんな無情で苛烈な決意をした彼は、決して広いとは言い難い階段を二列になって全速力で踊り場から駆け下りんとする鬼爆組が見える位置まで飛び出し、今まさに発砲しようとする敵味方が何かしら意味のある反応することもできないままニューロンブースターを起動。同じ装置を用いぬ限りほぼ抗えぬ一方的な殺戮を行うべく、灰色に染まる視界の中で拝借したドスを手に手近な敵へと勇躍飛び掛っていった。




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