光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第一八話

 その瞬間、今回の戦いは69番街側の勝利が決まった。敵味方合わせてもニューロンブースターを体内に搭載している者は拓郎ただ一人であり、動作時間中に彼を止められる者は一人とていない。同じ装置を抜きにして色彩を失った空間で孤独に走り抜け、好き勝手暴れ回る者を止められる術などほぼないのだから。

 ほぼ反射的に放たれた二発の拳銃弾すらもニューロンブースターによって加速した神経の中では静謐な室内を飛ぶ紙飛行機に等しく、易々とかわして本隊へと肉薄した。

 

「移動に少し時間を使ったけど、こうなればこっちのもんだ!」

 

 そこからはもはや虐殺と何ら変わりない。手にしたドスでゆったりと動いているように見える最寄りの敵から順に首筋を突いて回るだけの作業である。それでももっと多いと予測していた銃弾の回避と想定より長い距離の強引な接近で動作時間の三割ほどを消費したとしても、すれ違いざまに五人を突き殺すことに成功していた。

 鬼爆組からすれば姿の見えない通り魔に遭ったようなもので、いきなり五人の首から大量の鮮血が噴き出した上に他人を巻き込んで転げ落ちる様は悪夢と変わりない。つい一秒前には隣を走っていた味方が崩れ落ちる様は荒事に慣れた者たちですら恐怖させ、容易く士気を崩壊させる。

 味方の放つライフル弾に当たってはまずいため一旦は踊り場の上階よりにまで退避を強いられたものの、対処不可能な攻撃によっていきなり隊列が崩れ、将棋倒しのように他人を巻き込んで倒れていく様は爽快さと同時に恐ろしさを感じさせた。

 その上で一秒も経たない間に両陣営から放たれた二〇近い銃弾が階段ホールを飛び抜け、廃ホテルの薄汚れたコンクリート壁を穿ち、双方の人員複数に手傷を負わせることになった。自警団からすればただでさえ少ない人数の中で更に負傷者が増えるのは勘弁してほしかったが、この場限りで言えば敵を逃さないために許容される範囲の被害である。

 

「くそっ、くそおおおおぉぉっ!」

 

 そして鬼爆組側の指揮官というべき男は拓郎の攻撃とその余波、そして一秒に満たぬが熾烈な撃ち合いを奇跡的に無傷で生き延びた上で一階逃れようとしたものの、巡回途中に仲間を傷つけられ報復に燃える傭兵の怒り狂った猛射を受けて一階と二階を繋ぐ踊り場に転落。被弾場所が脛と腕であるため命に別状はないが、撃たれて足を踏み外した上に顔面を打ち付け継戦能力を失っている。

 それでもなお最後の一人は死んだふりでやり過ごして逃げようとしたが、借金取りとして鍛え上げられた熟練の観察眼でそれを見抜いていたファンの警棒による容赦ない一撃であっけなくダウンし、そのまま捕らえられた。

 

「やった、勝ったぞ! 俺たち本当に勝ったんだ!!」

 

「ざまあみろクソ野郎共め、私たちの住処に指一本たりとも触れさせてやるものか!」

 

 そうして三階から破れかぶれの突撃を試みた本隊も全員が死亡するか行動不能となったことで、戦場となった廃ホテルの支配を完全に69番街側が取り戻した。その事実を確認した瞬間、久しく人の出入りが無かった廃虚に勝利の歓声が響き渡り、かつての賑わいが戻ってきたかのような錯覚を与えている。

 先遣隊規模ながらギャングの一部隊を散々に撃ち破った。そんな実感が自警団員に勇気を与え、血も涙もない残酷な奴らとはいえ撃ったり切ったりすれば血が出るし苦しむ同じ人間であり、決して不死身の存在ではないことを今一度彼らに思い出させていた。

 しかし下部組織とはいえ七大ギャングがひとつに目を付けられてしまった事実に変わりはなく、これで騒動は終わるどころかそう遠くない未来にまた何かを仕掛けてくるだろうと思われている。彼らは狡猾で執念深く、余程のことがない限り狙った獲物を諦めるという選択はしないのだ。

 だが今はこの望外な勝利を祝い、その立役者となった傭兵たちを讃えている。仮に彼らがいなければ誰も知らない間に敵勢力の前哨基地が築かれ、そこから更なる攻撃が行われてこの区画は制圧されていたと考えると、その功はとても大きい。

 

「ほら拓郎、向こうでみんなが待ってるぜ? 街を守った英雄さんの凱旋をな」

 

「……わかってるよ、今行く」

 

 そんなお祭り騒ぎの中心人物になってしまった拓郎は困惑しつつも素直に受け入れ、共に喜んでいた。今回の一件で多少なりとも知名度は上がるのは確実であり、69番街及びマダム・スミスからの特別報酬も期待できる。

 この街で頂点を掴むという夢見た場所までは未だ遠くとも、この一週間で確実に前進した。この調子で進めていけば、いつの日か夢を現実にできるかもしれない。そんな儚くも美しい未来予想図を頭に描きながら、彼は熱狂のただ中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多のネオンとホログラムに彩られた不夜城めいた洋上に浮かぶ街、アシハラの南端にあるサウスポート地区の貨客両用の港湾地域に隣接した倉庫街。そこから少し離れた場所に立つ七階建ての鉄筋コンクリート造ビルが目立つ敷地には『有限会社モモタロウ国際通商』という小ぢんまりとした看板が入口の門に銘打たれており、傍目には港湾地区にありがちな大小様々な運送会社や貿易会社の一つにしか見えないだろう。

 しかしそれは世を憚る仮の姿でしかなく、本当はアシハラ七大ギャング集団が一つ『鬼哭衆』の本部である。大型トレーラーや軍用の装甲車による体当たりにも耐えうる特殊合金製のゲートに軍用の榴弾砲か対戦車ミサイルの直撃でもない限り破れない正面ドア、各所に潜むタレットと呼ばれる自動式の機関銃、そして警備員の装いを纏った完全武装の戦闘員といった防備が施され、この街を根城とする他のギャングや身の程をわきまえない不届者たちから守っているのだ。

 

 

「……で、ハマダよ。監査部から報告のあった69番街での件、何か申開きはあるかね?」

 

「……ありません大親分」

 

「それと、断りなく鬼哭衆本部の代紋を用いたこと。これは規則第二二条二項に違反する可能性が極めて高い。こちらの件で何か異議申し立てはあるか?」

 

「……そちらについてもありません」

 

 そんな幾重もの防備で厳重に守られた鬼哭衆本部ビル三階の中央会議室で開かれているのは、本部の幹部格及び直系団体の親分格が参加する月例幹部会。黄金色に輝く代紋が輝くゆったりとした門袴を身に着けた当代の大親分が上座に鎮座し、円状に組まれた机を囲んで座るスーツ姿の幹部たちが先月の報告と来月の展望を語り、同時に鬼哭衆としての指示命令を伝達する場である。

 そして、その中心の固い床にて無様にも正座させられ平伏しているのは、本来なら参加資格がないはずの三次団体である『鬼爆組』の組長ハマダ。普段の傲慢にすら見える態度は、周りを囲む自らより格上の相手ばかりのせいですっかり鳴りを潜め、これから我が身に降りかかるであろう罰を想像して萎縮するばかりか小刻みに震えてすらいた。

 それもそのはず、今の議題は定例報告と来月の全体目標の共有ではなく彼の問題行動に対する査問であり、本部付きの監査部の調査によって突き付けられた複数の証拠によって圧倒的劣勢となった彼は何らかの処罰──彼らが言うところの『ケジメ』だ──を受ける可能性が極めて高い。

 

「今回の議題に上がったハマダさんの故意による報連相の途絶及び本部代紋の無許可使用、これは重大なケジメ案件では?」

 

「そうだ、ハマダさんはケジメをつけるべきだ! 配下や傘下組織にはすぐケジメをつけさせるならば、自らが過ちを犯した際も率先して実践してみせるべきだろう!」

 

「とにかくケジメだ、ケジメせよッ! 綱紀粛正にはケジメが一番である!」

 

 彼を取り囲む鬼哭衆の幹部級組員たちから浴びせられる侮蔑と非難の入り混じった視線と、昨今では滅多に見なくなった厳罰を求める声。誰一人として味方のいない空気にハマダは怒りと屈辱、そしてケジメに対する恐怖で気が狂いそうになっていたが、やらかしの結末が結末なだけに何一つ言い返せないため余計にプライドを傷つけている。

 もともと自らを嘲笑い蔑んだ者たちを見返し蹴落とすべく秘密裏に69番街奪取作戦を進めていたのだが、結果は大失敗。二度に渡る前哨基地建設任務は散々な結末に終わったばかりか、なけなしの金を叩いて調達した物資を丸々奪われたり少なくない組員と手先となる外部組織を失うだけで、自らの組織に少なくないダメージを与えただけとなってしまったのだ。

 無論、戦果が皆無とはいえない。敵の防衛戦力である自警団を一時的に行動不能にした上に、69番街側が複数の傭兵を雇っていたことを確定させ、未確定ながらニューロンブースターを装着した者が敵側にいるなど新たに判明したことも戦果とは言えるだろう。

 しかし鬼爆組が被った損害に対して余りにも採算が取れておらず、戦力及び軍資金の回復にはかなりの時間がかかってしまう。勇ましい名を持つ組の実態は月々の上納金回収にすら苦労する組織でしかなく、武力の減退が支配力の減退に繋がりやすい。下手を打てば今月の上納金ノルマすら危ういことになりかねず、ケジメや破門といった更なるペナルティを招くおそれすらあった。

 

「くそぅ、どいつもこいつも人ごとだと思ってからに……」

 

 当然ながら自らの組員や資金の損失はギャングの抗争や工作ならよくある話のため、今回の議題には含まれておらず規則違反によるお咎めも一切ないが、それだけ大きな犠牲や損失を出しておいて大敗したという事実は他の組による嘲笑の対象となっている。

 彼らの常識では同じギャングの一団や企業の保安部隊に負けたのならともかく、烏合の衆に等しい弱小勢力の自警団と無名の傭兵の混成部隊に敗れるのは恥晒し以外の何物でもない。それも含めてケジメを強く求められているのだ。

 

「……皆の衆よ、一旦静まれ」

 

 段々とヒートアップし始めた会議室の空気を静めたのは、奥の上座に敷かれた畳に座る大親分の一言。若い時は血で血を洗う抗争も冷徹な金勘定や資金源の拡大もこなす組のエリートとして出世街道を駆け上がり、四半世紀に渡って最高指導者の座に君臨し続ける伝説的な人物の呼びかけによって、会議の場から処刑場へと変わり始めていた空気が変わり、喧騒はぴたりと静まり返る。

 

「……ここで縮こまっておるサンキチロウ・ハマダは重大な規則違反を犯したのは事実じゃ。しかしながら裏切りや横領ではなく、我らの大目標である『ニューヨシハラ地区の掌握』に愚直なまでに邁進した結果であるのもまた事実。情状酌量の余地が生まれる可能性がある故、弁明があるなら何か言うてみい」

 

「は、はい! 恐れながら申し上げますと……」

 

 こうなっては仕方ないと、ハマダは包み隠さず全てを明らかにした。功を挙げて自らの率いる組の格を上げたかったこと、外れの区画とはいえニューヨシハラの一画に自らの『領土』を築いて鬼哭衆全体の更なる勢力拡大の礎とする計画への貢献、そして本来なら計算から省いていいはずの無名の傭兵五人。それらのせいで二度に渡って大敗を喫したため、可及的速やかに特定し報いを与える予定であること。

 

「……最後に、も、申し訳ありません大親分ッ、このような組の威信を毀損する事態になってしまったことを深くお詫びし、一度だけ挽回の機会を頂きたいと存じまする……」

 

 弁明を許されたハマダは自らの罪を軽くするチャンスとばかりに必死に説明したのだが、途中の言い訳臭さが全く隠せていないために他の出席者からは非難轟々であった。仮に今回の失敗を自身がやらかしたのだとしても、この場においてはもう少し殊勝な態度を取るだろうと思わせている。おまけに鬼爆組は三次団体としても新参の類であり、元を辿ればストリートを分別なく荒らし回って金品をせしめていた無頼者集団であったことから余計に印象を悪くしていた。

 

「何が今さら大親分に申し訳ありませんじゃこのアホダラ! 長々と女々しい言い訳ばかりしおって!」

 

「そっちの組どころかウチ全体のメンツに泥どころか糞塗りたくっといて、それで済まされると思うとんのかボンクラァ!」

 

「悪いと思とるんやたら早よ指詰めんかいゴラァ!! すんません言うて土下座するだけなら、カタギの皆さんどころか学校入る前のガキンチョでもできるわボケナス!」

 

 自らを囲む格上の存在によって一斉に詰られケジメを要求される様は屈辱的なもので、顔が真っ赤になっている。いかに鬼哭衆が掟を重視するギャングとはいえ実力社会の一面も持っているため、仮にハマダが同等以上の犠牲を出したとしても69番街の掌握に成功して縄張りを増やしていたならば、抜け駆けの罪は無視されその功を評価されていただろう。

 しかし彼は失敗した。それも素人に毛が生えた程度の自警団と無名の傭兵五人によって計画は阻まれ、参加兵力の全てと搬入した物資を奪われるという結末を迎えたことで組のメンツは丸潰れとなり、上部組織である鬼哭衆の看板を汚したのだ。

 

「だから先ほども静まれと言った。沙汰は今から儂が下す故に他の者は口出し無用」

 

 大親分と呼ばれた老人はハマダの保身丸出しな言い訳に再びわめき出す出席者を静かに、しかし強く一喝すると、再び視線を彼に戻す。向けられた漆黒の瞳に怒りはこもっていないが、少なからぬ失望は含まれていた。それでも見捨てられていないことは理解させる塩梅であり、彼を震わせた。

 

「それでも他の組が(はかりごと)や矢銭の調達に傾倒して明確な動きを見せない中、迅速に動いたことは評価している。故にこの度の失態は許す」

 

「「「「えっ……!?」」」」

 

「あ、ありがたき幸せ……! 大親分の慈悲に感謝を」

 

 それでも大親分からすれば拙速に過ぎる上に稚拙な作戦とはいえど、各勢力が鎬を削り始めた激戦区に進出しようという意志や行動力は評価されている。傘下組織の身内への対抗意識からか、ニューヨシハラへの進出競争にやや出遅れていた鬼哭衆にとって悪いことではなかった。これで曲がりなりにも拠点を構えられていれば、ハマダの望む立身出世に大きく利するはずだったのだが。

 

「しかし、またの失敗は許さぬ。しばしの猶予を与える故、次こそは必ず成功させよ。それに仕事であちら側に与しただけの傭兵など今は捨て置け、一時の復讐心で目標を見誤るでないぞ」

 

「は、ははぁっ!」

 

「よし、では励め。特例として今月の上納金は免除するので、しっかりと準備した上で秋の彼岸までに69番街なる区画を掌握することじゃな。さすればお主の願いを叶えてもよい」

 

「あ、ありがとうございます……! このサンキチロウ・ハマダ、寛大な御慈悲に報いられるよう努力致します……」

 

 結果として大多数に不満の残る沙汰であったが最高指導者たる大親分に言われてはどうしようもないため、他の者は次の議題である『ニューヨシハラ地区掌握計画』に移ろうとしていた。

 しかし、ある直参組員の持っている端末が大音量で着信を告げる。原則として幹部会中はあらゆる通信機器の電源を切ることを求められるが、例外として業務用の端末を起動しておくことは許されている。敵対組織の襲撃や『ガサ入れ』のタレコミなど、一刻を争う事態を迅速に把握して対処するために必要だからだ。

 

「緊急用の回線だ、失礼……何だ、どうした。今は幹部会の最中だぞ」

 

 端末の持ち主である組員は大親分に一礼してから席を立ち、部屋の端で通話を取った。しかし相手はそんな事情など知らないとばかりに焦りを隠せず、喉が張り裂けんばかりの大音声で必死に緊急事態を告げている。

 

『幹部会中に失礼仕ります! 緊急、緊急事態です! 『アンダー』に賊が侵入、施設機能を破壊された上に支配人のアズラエル・ユージン氏以下基幹要員全員が討ち死に致しました! こちらの派遣戦力も警備兵力も既に全滅……おい、や、やめろ、お前、何をしてるのか、やめ……うあああぁっ!』

 

 そして伝えるべきことを言い切る寸前に人工内耳とスピーカーの双方に悲鳴と断末魔が響き、何か有機物が潰れる嫌な音、そしてガチャンという無機質な衝撃を最後に通話は途絶えた。まるで下手なホラー映画の一シーンのような一幕に幹部会の空気は凍りつく。

 そう、鬼哭衆の直接的な傘下ではないものの、数年前から大規模な業務提携をしているニューヨシハラ西部の違法な地下賭博闘技場『アンダー』が正体不明の侵入者によって襲撃され機能不全に陥り、施設の運営を行う上層部が連絡役含めて軒並み殺されてしまったのだ。ダイイングメッセージじみた通話から事実を読み解けぬ愚か者はこの場に存在しない。

 

「……誠に申し訳ありませんが事後対応のため中座させて頂きます。では、御免!」

 

 自分のシノギが何者かによって破壊された。苦々しい事実を理解した『アンダー』担当の組員は、大親分含めた参加者に深々と一礼をすると全速力で部屋を後にして車庫にある自らの車へと向かう。バタンと扉が閉まった後には、直前に響いた恐ろしげな断末魔がもたらした不穏な空気と不揃いなざわめきが色濃く残されていた。




お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。

ここで第一章は終わりであり、翌日(2026年6月18日)にまた番外編を投稿してから通常通りの日程で第一九話を投稿します。
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