光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第二章──仮
第一九話


『……残り一〇〇メートル、二頭による最後の攻防! 先頭はソラノプロキオン逃げ切れるか、一番人気のホシノデミウルゴスが迫っているぞ! このまま交わせるか!?』

 

「いけーっ、差せ、差せーッ!! 頼むホシノデミウルゴス、俺の一五〇〇〇クレジットがかかってるんだぞ!」

 

『……かわすか、かわさないか、今ゴール! 一着は四番人気のソラノプロキオン、最後にしっかり突き放して逃げ切った! 二着は惜しくも届かなかったホシノデミウルゴスです、三着は……』

 

「ああ、うあああ……俺の、俺の馬券が……ッッ!!」

 

 

 綺羅びやかなネオンとホログラムによって昼夜を問わず輝き続ける海上都市アシハラ。そんな現代文明の粋といえる街の最北にある統合リゾート地区『ペニンシュラ・オブ・プレジャー』のほぼ中心部にあるアシハラ競馬場の満員になった観客席の片隅で、赤間拓郎はへなへなと膝から崩れ落ちている。

 その原因はつい十数秒前に決着のついたこの日のメインレースであり、前回の反省を踏まえた彼は元手とカジノで勝ち取った利益を合わせた一五〇〇〇クレジット分の単勝馬券をオンライン購入していた。しかし彼の賭けた馬は最後に伸び切らず二着に終わったため、勝てば二・三倍になって返ってくるはずの馬券は無情にも価値のない電子データと化したのだ。

 

「あーあ、『また』やっちまったな。昨日からカジノでチマチマ稼いだ分どころか元手まで全額パーになっちまったぞ」

 

 その横では彼の相棒と言えるファン・マクダニエルがだから言わんこっちゃないと口にしたげな顔をして呆れており、言外にもうやめてくれという意思を込めて溜息を吐いた。

 実のところ、あの日この場所で借金過多でマークされていた拓郎を捕らえて引き渡したのは彼であり、全く同じ過ちを繰り返させないように色々口出しをしている。とはいえ今は頼りになる味方であるため、せっかく乗りかかった船が旧世紀のタイタニック号よろしくあっさり沈まないようにしっかりと見張っているのだ。

 

「今回こそは勝てると思ったのに……! 一番人気の単勝だし、この馬だって前走も前々走も似た距離で一着取ってたからイケると思ったんだよ」

 

「なーに言ってんだ、ギャンブルなんて水物だしそれでも胴元が儲かるようになってんだ。競馬は生ものオン生ものだからたまにおかしな配当が出て話題になるけど、基本的には他のギャンブルと同じだぞ」

 

「こうなったら手持ちの金を元手にして最終レースで……いや、少額なら借りても大丈夫か……?」

 

「おいバカ、社会的地位もマトモな資産もない俺たちにカネを貸してくれるとこなんて百パーセントロクでもない。利子を増やされて別の借金取りにしょっぴかれるのが関の山だ」

 

 どうやら勝手に改造されたにも関わらず余り懲りていない様子の拓郎にもう一度大きな溜息を吐いたファンだが、流石にこれ以上やるつもりはないようで安堵している。

 

「そんなこと言うならファンだって昨日はコールガールを二人も呼んでお楽しみしてたじゃんか。だらしない顔してホテルの部屋に連れ込んでるのばっちり見てたからな」

 

「ばっ!? やや、やめろこんな公共の場で人様のその……夜の生活を暴露するのは! はいはい、やめやめ、この話はしまいだ! 向こうで報酬の話もあるしさっさと戻るぞ!」

 

 そんなちょっとしたコントじみたやりとりこそあれど、二日間に渡るお休みはこれでお開きとなり、競馬場から直通している地下鉄駅へと向かっている。本当なら車で移動したいが、初めての依頼を終えたばかりの駆け出し傭兵にとって新車どころかまともな中古車すら中々贅沢な買い物であるため、今は公共交通機関を使わざるを得ない。

 地下鉄の車内では浮き出るホログラム広告に混じってニュース映像も流れてきており、大半はやれ◯◯社の支社が反企業主義者によって爆破されたことで株が何パーセント下がっただの、地球上の聞いたこともないような場所で起こっている希少資源を巡る企業間の戦争だの、タカマガハラ社によって土星の衛星タイタンに有機物採掘基地が開設されただの、彼らとは全く関係ない事項に満たされている。たまに他国の芸能界のスキャンダルや無意味だが楽しみと安らぎを得られるエンターテイメントが混じるが、二人の関心を引くものはあまりない。

 唯一強い興味を示したのはニューヨシハラ地区内における原因不明の海水噴出事故であり、一部地下フロアだけならず地上階にまで海水があふれ出したことで周辺まで被害を受けたこともあったが、何より自分たちが根城にしている地区での出来事であるためホロディスプレイを注視していた。

 

『……四日前に発生し、死者及び重傷者こそ出なかったものの設備に少なからぬ被害を出したニューヨシハラ西部の高級リゾート施設『パラディーソ』地下の海水噴出事故は、未だ原因不明のままです。日本の専門家の見解では、開発初期に造成された埋め立て地盤の劣化が原因の可能性が高いとのことで、当該地区にお住まい又は勤務先のあるアシハラ市民の皆様は足下に注意して外出をしてください……』

 

「うわ、怖いよな地下からの海水噴出って。ここみたいな人工島だと、いざって時に北の橋か船ぐらいしかまともな逃げ場がないし」

 

「……まあ、そうだな。それに地盤が緩んでるとしたら本当にヤバいだろうよ」

 

 最寄りの陸地である日本本土とは片側六車線ずつの道路と複線の連絡鉄道、それに各種パイプラインを擁する全長六〇キロメートル近い超巨大連絡橋で接続されているとはいえ、人工島なので海に囲まれているという事実は変わらない。そのどこか間を含んだようなファンの答えに少しだけ引っ掛かりを覚えたが、特に思い当たることはないためそのまま中空に浮かぶニュース映像を見続けている。

 それよりも、未だに69番街での戦闘が全くニュースになってないことに驚いていた。双方合わせて三〇挺以上の銃器が昼前の街で好き放題に撃ちまくられたにも関わらず、彼の知る限りでアシハラ市警が現場検証のためにやってきたり事情聴取をした様子は一切ない。

 正確に言えば『自らの間接的なスポンサーであるメガコーポや大企業、その要人に関することには積極的だが、その他のことは内部事情次第で適当になりがち』であり、今回の銃撃戦にもそれが適用されたため大した事案として扱われていなかった。仮にお忍びで通っていたコーポ経営陣もしくはその一族が流れ弾に当たって死亡したり意識不明の重態になっていたとしたら、事件発生から十分もしないうちに完全武装した数十人の警官隊が複数台の装甲車で現場まですっ飛んでくるだろう。

 そんなアシハラ市警の呆れた内情など全く知らない日本出身の拓郎からすれば、それでいいのかと思うような事情で事実上お咎めなしとなったことなど知らないほうが幸せに生きられることは間違いない。

 

『ご乗車ありがとうございました、ニューヨシハラ、ニューヨシハラです。お出口は右側です……』

 

 ニュースに集中していた二人はそんなアナウンスに弾かれるようにして地下鉄から降り改札を通り抜けると、69番街の政治及び経済的中心地である『ウキヨエ』へ向かうべく南北を縦貫する大通りから離れていく。段々とビルが古くなり高さも低くなっていくばかりか明かりの量も減っていく様は寂寥感を覚えさせているも、それこそが目的地へと近付いている証であった。

 歓楽街とは思えぬ古ぼけて廃墟と化したビルが立ち並ぶ一画の中に紛れるようにして存在するのが69番街であり、彼がそこの住人と共に守り抜いた場所である。午後五時半であり一部の店は営業を始めており、メインストリートであるレインボー横丁には既に十数人の客が歩いていた。

 あの日共に戦った自警団員と軽い挨拶を交わしつつ中心地にある『ウキヨエ』へと足を運び、妖しい雰囲気を醸し出すピンクとも紫ともつかないネオンサインが輝く正面から武骨で古めかしさが目立つ裏手へと回る。

 

「あっ、赤間さん! お久しぶりです」

 

「久しぶり。今日はお休みなのか?」

 

「いいえ、今日はホールのキャストが急病で欠勤してしまいまして……代役として入りました」

 

 初めて訪れた時とは違い半分顔パスで従業員用出入り口を通れば、69番街との縁のきっかけとなったショウコが二人を出迎えている。久し振りに会って話した気がしたが、よくよく考えれると初めて顔を合わせてからまだ二週間ほどしか経っていないことに気付いて改めて驚いてしまった。

 そう考えると、この二週間は今まで三〇年生きてきた中で一番濃い日々だったなと勝手に感慨深くなっていると、急に止まった背中をファンがぐいと押す。彼が立ち止まったのは二階へ続く階段の真ん前であり、どう見ても邪魔だからだ。

 

「何でいきなり階段の前で立ち止まるんだ……」

 

「いやだって、初めてここに来てからまだ二週間なんだなって思ったら……」

 

「いや、そうだけどな。それにそんな感傷はもっと年単位で帰ってきた実家とかに抱くもんじゃないのか?」

 

「それはそうなんだけど……」

 

 たった数秒くらい感傷に浸らせてくれてもいいじゃないかという弱々しい抗議は彼の放つ正論には勝てず、いとも容易く論破された拓郎はそのまま階段を上がっていく。 

 

「こんばんは、ヴィジラント1001及び1002。マダムは二人のことを大層称賛していたぞ……ヴィジラント1001及び1002が到着致しました」

 

「すぐに通してあげなさい、あと飲み物も忘れないように」

 

「はっ、すぐに」

 

 階段を上った先にはいつも通りスーツ姿で厳然とした雰囲気を放つクリスがおり、拓郎は扉の前に立つ彼に軽く挨拶をすると、飲み物の希望を伝えてからスミスの待つ事務所へと足を踏み入れた。

 

「こんばんはマダム」

 

「お招き頂き誠にありがとうございます、マダム」

 

「ハァイ、二人の英雄さん。ギャングの陰謀を二回も叩き潰した上にいっぱいの物資を持ち帰ってくれたことは、アタシだけじゃなくて自警団や住人のみんなも喜んでくれてたわよ」

 

 事務所ではいつも通りご機嫌な女物の服装をしたマダム・スミスが喜色を隠さずに二人を出迎え、自ら席を勧めている。それだけ、逆らう理由など何一つないため素直に席へ着いている。

 

「まずは腐れファッキンギャングどもをブチのめしたアナタたちにアタシからスペシャルボーナスをプレゼント! さあ、二人とも端末を出して」

 

 お尻の位置を直す間もなく放たれた言葉に従って二人が端末を机の上に出すと、スミスの端末からウォレットに大量のクレジットが送られていく。二日間のギャンブル休暇を終えてもまだ十万近いクレジットが拓郎の端末に残っていたが、あっという間に六桁に戻った上にどんどん増えていき、最終的には七桁になって少ししたところで止まった。

 

「一〇〇万クレジットずつの報酬金なんて……レッド級相当の傭兵なんかに渡してもいいのか? 行方不明者は一人も見つかってないのに……」

 

「誰も気付けなかった敵の秘密基地を二回も破壊して、最後には立て籠もるギャングの一団を蹴散らした。アナタたちはどう低く見てもオレンジ級……いえ、イエロー級の働きをしたわ。そのファンタスティックな働きに報いさせて頂戴」

 

 それは間違っても新米傭兵が受けられる依頼一回分として渡される金額ではなく、残高を二度見した。アシハラの平均的な下層労働者の月収がだいたい一八〇〇〇クレジットであり、およそ八年半分に相当する。一週間で二回は命をかけた戦いをしたとはいえ、それだけで受け取れるような額だとは思えなかった。

 

「あ、ありがとうマダム・スミス……」

 

 しかしスミスから見れば最下層のレッド級相当で雇った傭兵がまさかの大金星を挙げたため、当然与えられるべき対価を支払ったのだと思っている。もちろん純粋な感謝の気持ちも多分に含まれているのだが、それだけでやっていけるほど傭兵の世界は甘くないことは長年の経験でよく分かっているので、あえてビジネスライクに接していた。

 

「それでマダム、連中の動向は? また何か良からぬことを仕掛けていますか?」

 

「そうねぇ……ウチを襲ったのは鬼爆組って組織だったけど、組員の一割以上を失ったからか今のところ大人しいわよ。何か仕掛けてきてる兆候もないけれど……あら、飲み物が来た」

 

 ファンが敵である、その時クリスが三人分の飲み物を運んできたため会話は一時中断となり、カップに入った液体が放つ香りだけがしばし部屋を支配している。それはまるで遥かに格上のギャング集団に手痛い損害を与えて勝利した彼らを祝福しているかのように甘美な時間であった。

 しかし、立場も勢力も小さい傘下一つに限定されているとはいえ、69番街と鬼哭衆との抗争が始まったことに変わりはない。組織の慣習的によほどの事がない限り下部組織が始めたことに本部が首を突っ込まないが、それでも決して油断ならないというのが本音である。一度打ち負かしたからとギャングを甘く見た愚か者が長生きできるほどこの街は優しくできていないのだ。

 

「まァ、アッチもコッチも足りない尽くしね。もちろん、アタシも手は打っているのよ。アタシが生きてる限り、この小さな町をクソッタレのコーポやギャングどもになんて渡さないわ」

 

 無論、フィクサーとして長年活動してきたスミスはこの容赦ない侵略に対して無策ではなく、全力で抵抗するために様々な策を打ち出して実行している。私費による傭兵の雇用、鹵獲物資を用いた自警団の武装強化、二度に渡る侵入路となった地下ルートの探索と遮断などを始めたが、いかんせんヒトもカネも足りないため思うように進んでいない。

 そこで次なる一手として選ばれたのが、昔馴染みのコネクションを用いた計画である。未だ裏社会では伝説とされるその地位を活かしてニューヨシハラ地区の後継者や他地区のフィクサーと接触し、依頼と引き換えに物資や人員を上手いこと融通してもらおうというのだ。

 そんな人任せの計画は大抵成功しないのがこの街の特徴なのだが、スミスの人徳もしくはコネクションの為せる業か近隣地区を仕切る一人のフィクサーが名乗りを挙げ、ある条件さえ呑んでくれるならば自らが信頼する傭兵のチームを69番街へ送ったり、内密にだが鬼哭衆内部の情報収集に協力してもいいという返事があった。

 

「それで、アナタ達二人を貸してほしいというのが向こうさんの条件。正確には、二人に自分のとこの依頼をこなしてほしいとのことよ。初依頼でバッチリ生き残るどころかギャングと撃ち合って生き残ったラッキーボーイの幸運にあやかりたいって」

 

 だが、その条件として勝利の立役者となった拓郎とファンを借りたいと言われてしまった。確かに二人はどこかの勢力に所属しているわけではなく名目上はフリーランスの傭兵であるが、契約上はまだ69番街の巡回警備及び行方不明者捜索依頼を履行している最中である。

 スミスも例え一時的とはいえ手放したくないのは山々だが、猫の手も借りたい状況において他所から有力な増援が迎えられるならやむを得ないとは思っていた。一時にケチケチした結果として、いざ大事な時にジリ貧となって困るのは自分たちだからだ。

 

「それで、依頼の内容は?」

 

「残念だけど機密だから、受諾してくれた後にしか話せないって。こんなこと珍しくないから、傭兵として身を立てるなら慣れておくといいわ」

 

「承知しましたマダム」

 

 しかし、人前で話せない内容の依頼は法律的や倫理的にどうなのか。拓郎はそんな小さな疑問を抱いたが、ファンがごく自然に納得しているため裏社会では珍しいことではないのだろうと追及を止めている。そもそも傭兵自体が違法スレスレであったり違法なことを担う外部委託先であることを思い出し、一人で合点がついていた。

 

「アタシとしては受けてくれると助かるけど、無理強いはしないわ。休み前みたいに普通にこちらの依頼をこなしてもいいのよ……と言っても、こっちの方は手が足りてるから」

 

 それにスミスの言う通り、彼が巡回警備任務は先日の銃撃戦を契機に自警団へ志願した新兵数人と新たに雇い入れた傭兵一グループ、そして前回の戦いを経てもリタイアしなかった三人組の一人が手分けして実行しており、行方不明者捜索も外部の探偵やネットウォッチャーを雇ってアシハラ全体を物理及び電子の両方から捜索してもらっている。

 とはいえ行方不明者の捜索は唯一の例外を除いて進展が全くと言っていいほどになく、新たな手掛かりが見つかることもない。五人のうち最後に行方不明となった一人が四日前の深夜に唐突に姿を現したという報告を受けて唖然としたことは覚えているが、残る四人の足取りは未だに掴めずにいる。状況証拠によって鬼哭衆かその配下による犯行だと目星をつけてはいるものの、たまたまやってきた無関係な誘拐犯の可能性も捨てきれなかった。

 そして多くの傭兵は遺失物や行方不明者を捜索するスキルに長けておらず、探偵やネットウォッチャーといった追跡及び捜索の専門家ですら追えないならば、彼が調査を続けたところで見つかる可能性は無いに等しいと言えるだろう。故にそれに対して二人が言えることは何もなかった。 

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