光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「じゃあ、俺はそのフィクサーの依頼を受けてみる。でも行方不明者の方は……」
「……依頼者が言うのもヘンだけど、それはアタシに任せて。アナタはもし手掛かりを見つけたら教えてくれればいい、依頼は失敗じゃなくて継続扱いにしておくから」
だから拓郎はスミスの言に乗って件のフィクサーの依頼を受けてみることにした。今は後援者たる69番街と支配者のマダム・スミスにお世話になりっぱなしであるが、この街の頂点に立ち新たな伝説を作るためには他の地区でも依頼をこなして回って自身の実力を知らしめねばならない。
しかし元が日本の社畜でありストリートや裏社会の人間ではないため、そもそもどうやってフィクサーと接触するのかすら知らなかった拓郎だが、信頼できる保証人の推薦によって向こうから依頼付きでアポを取ってきてくれたのは渡りに船であった。
「ありがとうマダム・スミス、何から何までお世話してくれて」
「なにお別れみたいなこと言っているの、今回はアナタにとってもアタシにも、そしてアチラさまにも利がある三方良しな提案をしてあげただけよ……そんな丁寧にお礼を言われるほどのことじゃないわ」
向こうにも利益があるとはいえ、よくしてもらった恩はいつか必ず返さなければ。そんな気持ちも新たにしてスミスとの会談を終え、宿で一晩ぐっすりと眠って英気を養った拓郎とファンが向かったのは、アシハラの東端に位置するイースタンファクトリー地区。
その名の通り地区全体が様々な種類の工場やコンビナート、そして一棟あたり一万近い労働者たちが暮らす画一的で退屈な見た目のメガ高層団地で構成された無機質な工業地帯であり、各種工作機械や精製プラントは定期メンテナンスの期間を除くと常に稼働しておりアシハラの第二次産業の大部分を支えている。
待ち合わせ時間は午前九時であるため既に日は南東の空にあり、何十本もそびえ立つ煙突から吐き出される白い煙と合わさって暑さが増してくるかのような気分になっていた。ただでさえ日本と同じ気候であるアシハラの夏は念願の梅雨明けを迎えたことで、降雨量は減ったにも関わらず蒸し暑さはむしろ酷くなっている。
「やっぱり外は蒸し暑いな……地下鉄もただ冷やすだけで除湿が効いてないから凄いジメジメしてる。ここじゃ水と電気だけは有り余ってるんだから、それくらい追加でしてくれたっていいのに」
「そりゃいくら電気代がタダ同然だからって、大して生産性に寄与しない連中を快適にしてやるために電力を使うよりも、企業ビルの地下にある大量のサーバー群の冷却に協力した方が街にとってよっぽど利益になるからな」
待ち合わせ時刻の五分前に指定された場所へと辿り着いたこともあってか心理的には幾ばくか余裕があったものの、軽口で時間を潰している。地下鉄車内はお世辞にも快適とは言い難く、汗が殆ど乾かない湿度地獄と化していたため、こんな話でもしていないと腹が立って仕方なかったのだ。
「ずっと思ってたけどアシハラの公共交通機関は何もかもが酷い。バスも地下鉄も運賃高いクセに遅いし一時間あたりの本数が少ないし快適とは言い難い。タクシーはタクシーで運転手の質がバラバラ過ぎてサービスとは言えない」
「ったく贅沢なヤツだ、そんな高い理想がかなうのは多分日本の大都市だけだぞ……でも、こっちの無人巡回バスに関しては街で育った俺でも酷いと思うし擁護できないか。制御AIだか認識プロトコルだかが粗悪品らしくて、バス停の目の前で待ってても乗車待ちと認識されずに止まらないって話はよく聞くしな」
気がつけば九時になっており、アシハラの公共交通機関に対して文句を垂れる彼らのもとへやってきたのは、工業地帯にはあまり似つかわしくない外観をした一台のセダンタイプの高級車。拓郎は大して車に興味がなく、ファンも知識があるのは大衆車の方であるためさして気にもしなかったが、仮に自動車マニアが見れば一目で分かる希少な車だ。
しかし車好きでない二人にそんな魅力は伝わらず、何か高そうな車だとしか思っていない。それでも高級車であることをすぐ理解させるに足りる気品を持ち合わせたボディに、古き良き内燃式エンジンの鼓動と馬力の強さを感じさせる排気音を響かせながらやってくると、二人のいる路肩から一メートルの場所でぴたりと止まった。
「お前たちがマダム・スミスの言っていたタクロウ・アカマとファン・マクダニエルだな? 我が主の命で迎えに来た、早く乗れ」
二人の目の前で停車した車の運転席から顔を出したのは、厳つさを感じさせる分厚いサングラスを着用したコーカソイド系の男性。仕立てのよいスーツ越しにでも分かる全身が角ばった彼が有無を言わせない雰囲気を乗せて言うと同時に後部ドアが自動で開かれる。どうやらこれがスミスの言っていた向こうからのお迎えらしいとすぐに悟った二人は、言葉を返すことなく直ちに後部座席に座った。
「よし、車を出す。およそ十分で到着する予定だ、しばらく休憩しておくといい」
二人がきちんと座ったことを確認するなりドアが閉まって車が動き出し、ほどほどの加減速をしながら存外空いている車道を走り抜けていく。二人にとって不可解なことに窓ガラスが一切なく外の景色は全く見えない上に、フロント部分を始めが本来窓があるはずの所には装甲とは違う金属板がはめ込まれており、どう考えても外が見える隙間もなければ外部の映像を出力するモニターも見当たらなかった。
しかし車は他の車や構造物にぶつかることはなく、それどころかさもクリアな視界があるかのようにスイスイと進んでいる。直進だけではなく旋回も極めてスムーズであり、初心者ドライバーのような覚束ない運転とは程遠い。
「何も見えてないはずなのに平気で運転してるのか……!? もしかして、このドライバーは超能力の透視で外を見てるとか?」
そんな一見すると人間離れしている凄技を見せられた拓郎はこの世に超能力なんてオカルトが実在するのかと邪推していたが、場馴れしているファンはすぐにタネを見抜いている。何せこの型式の装置を搭載している車輌を見る度に、借金取りをしていた時代に何度も苦労させられた苦い思い出が蘇るのだから当然のことだ。
「いや、違う。このタイプは見たことあるぞ、『
それは五年前に実用化されたばかりの比較的新しい技術であり、装備するために同型の新車がもう一台以上買える金額を要するが、ガラスという脆弱な部品を使わないことで車の対弾性や乗員の生存性は著しく向上する。
当然ながら型落ちの中古車ですら是非を問うほど高い買い物になる駆け出し傭兵からすれば途方もない贅沢品であるため、彼が知らないのも当然であった。
「ファンは凄いよな、色々な知識があってそれをサッと思い出せるんだから。どうやって身につけたのか知りたいよ」
「まあ、そら借金取りなんてけったいな仕事を十数年もしてれば嫌でも色んな経験が積めるぞ。例えば自分が捕まえた後に売っ払われた哀れな債務者と娼館でばったり再会したり、返済を拒んで立てこもったヤツの部屋に仕掛けられた大量のトラップの推定総額が借金の倍以上あったり……」
「う、うわ。生々しい話ばっかりで何か嫌だな……また時間がある時にでも聞くよ」
そんな知識の源は一体どこなんだろうか。疑問に思った拓郎はさりげなく持ち上げて聞き出してみようとしたが、いざ口を開けば何やら闇が深そうな話ばかりが飛び出してくるのに面食らい黙ってしまったため、しばし静寂が車内を支配していた。
とはいえ車に乗っている時間はドライバーが最初に言った通り十分ほどであり、微妙な空気が流れる車内にそう長くいたわけではない。車がゆっくりと止まり、次にドアが開くとそこには百台以上の車が止まれそうなサイズの地下駐車場が広がっている。
「降りた後は私についてこい。我が主は既にお待ちだ」
そこは地下なだけあってどこかジメッとした感覚は残りながらも、直射日光が当たらないだけで外とは比べ物にならないほど──少なくとも変に気温だけ下げた地下鉄の車内や駅構内よりは快適だ──涼しかったため、緊張こそあれど足取りは自然と軽くなった。
そのまま先導する男に続いてドアをくぐると『ウキヨエ』の従業員用通路じみた場所に出ており、少し遠くからは重低音を目一杯きかせたアップテンポの音楽と人々の歓声が漏れ聞こえてくる。平日の朝っぱらから踊り狂っているとは随分お暇なことでと言わんばかりに拓郎は少しだけ恨めしげな視線を向けてから、ここが何なのかを男に尋ねていた。
「ここは……クラブなのか?」
「いや違う、期間労働者向けの総合施設だが……それはいい。ともかくここから下りるぞ」
しかし先導するドライバーは何故か明確な返答を避けると今度は拍手が鳴り響いてきた方ではなく、更に下へと続く階段の方へと歩いていくとそのまま足早に降りていってしまう。二人も置いていかれないようついていくと、そこは従業員用通路ではなく明らかにVIPルームのような装いの廊下に繋がっており雰囲気も明らかに変わっているが、彼は迷いなく最奥の部屋の前へと歩いていくと呼び出し用のインターホンを鳴らしている。
「ボス、二人をお連れしました。本来の会談予定時刻より少し早いのですが、いかが致しましょう」
『ああ、いいよいいよ通しちゃって。どうせ今日は暇なんだし、何よりこっちが呼びつけた側だから無駄に待たせると失礼にあたるからね。二人にも、マダムにも』
「はっ、すぐにお通しします……ではお前たち、こちらだ」
そして短いやりとりの後に二人はすんなり部屋へと通されたのだが、目に入った光景は二人の度肝を抜くのに充分なインパクトを持っていた。
「おお、すごい……」
「何というか、これは……」
そこは中華王朝の王宮じみた豪奢な家具や精巧な民芸品、希少な絵画などで満たされていて、そこの中心部に置かれた西洋アンティーク調の机と玉座めいた椅子、そして机を挟んで置かれたオーガニックレザー製のソファが場違いにしか見えない空間となっている。
そんな空間で二人を品定めしているのは、人好きのしそうなアルカイックスマイルを浮かべた少し恰幅のいい東アジア系の男性。ただ日本で生まれ育った拓郎は彼が日系人でないことにすぐ気付いている。
西欧で生まれたヨーロッパ系の人が国ごとの違いに容易く気付くように、他の地域の出身者からは東アジア系と一緒くたにされがちな彼らだって地域内の細かな違いは大体わかるのだ。
「やあ、はじめまして。ミスター・アカマにミスター・マクダニエル。レッド級相当ながらたった一度の仕事でマダム・スミスのお気に入りになった君たち二人にお会いできるなんて光栄だ」
一見すると人当たりのいい中華系のビジネスマンにしか見えない男は、二人の姿を見ると玉座から立ち上がって机の前まで来ると二人に握手を求めている。仮にこの場が数多のサラリーマンが生き来するアシハラ中心街の一角であったら、彼がアシハラ東端の地区で依頼者と傭兵を繋ぐ重要人物などとは夢にも思わないだろう。
「僕の名前は……陳(チン)でいい、まあ偽名だけど。仕事の斡旋に関しては困らないだろうから別にいいさ。こんな界隈の人だったらイースタンファクトリーの陳って言って通じないことはまあ……ないだろうし」
そんな陳の言葉に実はたった今知ったなんて口が裂けても言えなくなった拓郎と、まさかこんな大物がお出ましだなんて思っておらず内心ではパニック寸前になっているファン。フィクサーとのやりとりは通常の場合通話越しか代理人を通じて行うものであり、スミスの件は様々な要因が重なり合った結果としての例外だと認識していたため当惑は大きい。
そんな二者の反応を観察した彼は事前情報に間違いがなかったと満足していた。コネクションと情報収集能力が評価に直結するフィクサーとして情報の裏取りは必須であり、例えマダム・スミスが太鼓判を押した相手であったとしても例外はないのだ。
「俺は赤間拓郎。これからよろしく、ミスター・チン」
「ファン・マクダニエルです、よろしくお願いします」
「まあ、僕も廃ホテルの戦いの話とか聞きたいのは山々だけど、まずは早速仕事の話をしようか……まず二人に見てほしいのはこれだ」
二人を軽く試してみた後で挨拶と握手を終えた陳は上機嫌で席を勧め、着席したのを確認すると自分も再び玉座めいた椅子へ腰掛けるなり机の引き出しからホログラム投影機を取り出し、天板に置いてからスイッチを点ける。
すると上部のレンズから放たれた黄緑色の光が数秒の間にどこかの区画が形作られていき、その中のビルの一つが赤く変色した。ボロボロな様はどう見ても先日の銃撃戦の舞台となった廃ホテルと大差ない荒れ具合であり、ふと先週の記憶が蘇っている。
「なんか69番街の端っこにありそうな廃ビルだ……」
「おい、頼むから余計なこと言うなよほんとに」
「……そこはノーコメントとさせてもらうけど、表示されてるのが再開発の一環で古い建物を取り壊してる最中の区画で、赤く光ってるのは今回の仕事に関わる建物だね」
そんな有様を見た拓郎の口から思わずこぼれた言葉を陳はスルーし、さも聞こえなかったかのように話を続けた。リンクさせた端末を操作するとホログラムの投影範囲が一区画全体から目標のビルだけとなり、解像度が格段に上がる。
「で、三週間ほど前くらいからジャンカーズを自称するギャングがこの廃ビルを根城にし始めたらしい。詳しい日時は分かってないけど、連中の犯行履歴と被害者や目撃者の証言から大まかに割り出せたよ」
そんな彼の説明と共にホログラムで構成されたビルの横へ『ジャンカーズ』なる集団の基礎情報が表示され、続いて判明した範囲だけながら室内の構造が映し出されていく。二人は知らなかったが前任の傭兵が実際に赴いた際の視界データからスキャンして作成されているため、視界範囲ながらという但し書きがつくがその精度は極めて高い。
「それで今回君たちに頼みたい仕事は、廃ビル一棟を占拠している、ジャンカーズと名乗る頭のおかしい武装集団の排除だ……分かりやすく言えば、あの忌々しいスカヴィードッグスの亜種みたいな奴らの根城を潰してほしい。解体業者が入れずに困っているんだ」
おまけにタレットやセンサー式の警報といったギャングらしからぬハイテクなガジェットもしっかり再現されているため、至れり尽くせりという言葉が相応しいなどと拓郎は呑気にも考えていた。とはいえこのデータは甚大な被害を出した前任の傭兵チームの血によって得られたものであり、その事実を間もなく知ることになる。
「注意点として、ジャンカーズは機械とかサイバネ機器の扱いにも長けていて、再プログラミングした防御兵器や警戒システムを複数持ち込んでいる可能性があるね。五日前に正面突破を試みたオレンジ級とレッド級二人ずつの混成チームは、二基のタレットで足止めを食らった上に集中砲火を受けて一人しか生き残れなかったから」
さらりと注意点の後に恐ろしいことを言われて拓郎はヒヤリとした。だいたいでも内部構造が分かっているならば、無理やりニューロンブースターによる格闘戦に巻き込んで殲滅しまえばいいと思っていた矢先に言われたため、まるで自らの内心を読まれたかと思ったのだ。
「ああ、そうそう。それで報酬の話なんだけど……」
そうしてひと通りの説明を終えると間髪を入れず報酬に関する話を始めている。傭兵稼業において相手と一番揉めやすいのが報酬面の不備であり、この街の歴史を紐解けば、傭兵やフィクサーが破滅する原因の多くはそこを事前に納得できる形で明確にしておかなかった結果であることを彼は理解しているのだ。
故に傭兵たちには最低でも相場よりわずかばかりだが高く支払うことと簡潔かつ明確に説明することを徹底しており、大抵の常識的な相手とは有意義な合意点を見いだせる。そうした自負が彼の自信に繋がっていた。
「……さて、僕からはとりあえず以上だね。何か質問はあるかな? どんなに些細なことでも構わない、互いにある齟齬を無くしておくのは大切なことだから」
しかし、この時の陳は珍しくうっかりしていた。目の前にいる二人のうちノッポな方は裏社会出身ではないことをすっかり失念していたため、この仕事に関することではなく思いもよらない質問が飛んでくるとは全く考えていなかったのだ。
「……仕事のことは大丈夫だけど、この間から当たり前のように聞くレッド級とかオレンジ級とかって何なんだ? 何かの等級なのは分かるけど、この間廃ホテルで共闘した傭兵もレッド級って言われてもさっぱりわからなかったんだ」
「「……ええっ!?」」
そこまで深い位置ではないとはいえ裏社会にどっぷりと浸かった人生を送ってきたファンと、既に十年以上フィクサーを務めその流儀に慣れきっていた陳にとっては驚愕すべきことで、仮にいきなりニンジャがこの部屋に現れ手裏剣を乱射しヌンチャクを振り回し始めても今の発言よりは驚かないだろう。
傭兵として自らがどう評価されているかの基準を知らないなんてあり得ない。そんな意思のこもった視線で二人から見られてしまった拓郎は、自分は何かとんでもなくまずいことを聞いてしまったのかと徐々に焦り始めていた。