光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第二一話

「おいおいマジかよ……それすら知らないのはヤバいを通り越して普通に怖えよ。ってかずっと気になってたならさっさと聞いてくれ……」

 

「……裏社会とは無縁の出自とは聞いていたが、まさかそこまでとはね。傭兵稼業において無知は自他の死を招く、それがいつか牙を剥かないことを祈ってるよ」

 

「何か当たり前みたいな感じだったから、『さては素人だなお前』って思われるのが嫌だったし……」

 

「まあでも、つい半月ほど前までは日雇いの作業員やってた人間に裏社会のイロハを全部知っておけと言うのも中々に酷だよね。よし、マダム・スミス期待の新人さんに特別サービスだ、傭兵の等級について解説してあげるよ」

 

 聞くところは仕事の話じゃなくてそんな事かよと思わずツッコミを入れたかった二人だが、陳は動ずることなくアシハラ特有の傭兵格付け基準について話し始めた。裏社会どころかこの世の道理すら理解できていない自称傭兵連中に比べたら可愛いものでしかないのだ。

 アシハラで活躍する傭兵の格は、大抵の場合七つのランクに分けられる。下からレッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、インディゴ、ヴァイオレットの順であり、当たり前の話だが後者になるほど戦力価値は高くなり、人数は少なくなる。傭兵人口の過半を占める下二つ、特にレッド級は数合わせの雑兵扱いされることも少なくないが、イエロー級からは同業者だけならず依頼相手からも一目置かれる立派な戦力として扱われ、さらに二階級上がってブルー級以上となると名実ともに一流の精兵ばかりだ。

 そんな風にアシハラで活躍する傭兵たちの格付けを行なっているのは、『アシハラ・マーセナリーズ・ランキング』というダークネット上に存在する製作者不明の一サイトなのだが、その評価能力は極めて正確と評するのが適切である。毎週日曜日の夜に更新される格付けは市内各地の勢力やフィクサーどころか、自前で事実上の軍隊を有している大企業ですら委託時に考慮するほとだ。

 しかし唯一にして最大の問題はそのランクを調査及び発表している団体が何者なのか一切不明なことで、名だたるメガコーポやギャング集団、そして不安と怒りを覚えた傭兵たちが協力して正体を特定しようと多大な時間と資金を何度も費やしたのだが、その試みが実を結んだことは一度たりともない。

 そのため彼らの正体は各地区のフィクサー達や企業、ギャングたちが人を出し合った極秘の委員会であるといった風聞が時おり流れており、傭兵のランクどころか依頼の量や内容までが決められるため自分たちはボードゲームの駒でしかないなどといった、支離滅裂にして意味不明な陰謀論までまことしやかに噂されることもある。 

 

「……後半はちょっと脇道に逸れたけど、傭兵の格付けは大体こんな具合さ。新人さんのキャッチアップは比較的遅いみたいから今週末の更新で初登場するだろう二人はレッド級だけど、まあ評価欄に『期待の新星』とか『今後の有力株』とかはつけられてるかもしれない」

 

「マジかよ……三〇にもなって期待の新星かぁ。遅咲きって言えば聞こえはいいかもしれないけど……」 

 

「いいじゃねえか拓郎は。こっちはもうすぐ三八になるってのにそれなんだから、他人から見るとイタいおっさんでしかないぞ」

 

「まあ傭兵界隈は実力主義だから年齢とか関係ないし、そういう人もちらほらいるからね……社畜人生に嫌気が差して脱サラで武器買って傭兵始めましたって人もいるよ。十中八九最初の依頼で怖気づいて逃げ出すか死んじゃうんだけど。それに比べたら二人は幸先のいいスタートを切ってると思う」

 

 それでも格付けの信頼性が極めて高いことに変わりはないため、出所は不明のまま何十年も使われ続けているうちに今では◯◯級という言葉で通じるようになっている。例えよくわからないものであっても自分たちにとって有益無害なら何だって使う。それがアシハラだけならずこの企業が支配する人類社会の流儀であった。

 

「なるほど……聞くと意外とシンプルなんだな。でも虹の色って七色だったっけ……」

 

「……それについて疑問を呈したい気持ちは分かるけど、僕がこの界隈に足を踏み入れた時からそうだったし、大先輩のマダム・スミスも『アタシがフィクサーの前に傭兵やってた頃からこれだったのよ』だと言ってたんだよね……」

 

 拓郎の予想外な質問によって滞在時間が延びてしまったが、仕事の話も無事にまとまっていることもあり長居する必要性がないため二人は礼を言って部屋から出ようとしたが、扉を出る寸前に用事を思い出した陳によって引き留められた。

 何か大切なことを忘れていたのかと聞いていれば、追加の人員が欲しくないかというセールストークじみた内容であり、二人だけでは何かと不自由だと思っていた彼らも再び真剣に話を聞く態勢に戻っている。

 

「そうだ、思い出した。ものは相談なんだけど……君たちのチームにハッカーが欲しくない? 傭兵志願で依頼を受けたいって言ってる子がいるんだけど、どうにもハッキングと機械工作特化で正面戦闘はからっきしだから今は保留してるんだよね」

 

「え、ネットウォッチャーじゃなくてハッカー? 他人の電子機器に侵入してデータを改竄したり機器に悪さをしたりする方の奴?」

 

「そう、そのハッカーで合ってる。それに、次の相手は機械やテックが大好きなジャンカーズだ。さっきも言ったけど複数のタレットや防御兵器相手に正面から殴り合うのは君たちでもかなり分が悪い。だからこれも奇妙な縁ってことでお願いしてもいいかな?」

 

 確かに彼が言う通り、二人は正面戦闘を得意としておりその能力は廃ホテルでの戦いで証明されているが、それ以外の搦め手を行う能力や技術は決して高くない。ファンの方は長距離狙撃はもちろん捜索・追跡といった探偵の真似事も多少ならできるため低いというと誤解を招くのだが、拓郎の方はもともと一般人であり戦闘能力の大半をニューロンブースターに頼っている上に戦闘以外で役立つ技能を殆ど持っていないのだ。

 そんな正面戦闘特化のチームだが無名に近く単純な依頼しかこない現在ならともかく、今後も正面から殴り倒すだけの一芸でやっていけるほどアシハラの裏社会は甘い場所でないことは理解している。本来傭兵というのは得意分野の異なる三〜五人でチームを組むことが多く、各々の長所を活かし短所を補い合って様々な仕事をこなしていくものだ。

 しかしそこには信頼性という大きな問題が常に立ちはだかっている。つまるところコイツはちゃんと使える人材なのか、仮に窮地に陥った時にコロッと敵に寝返ったり見捨てて逃げ出さないかという懸念はメンバーを募るチームのリーダーを悩ませる問題であり、適当に選んだが最後、全然使えなかった挙げ句土壇場で裏切られ逃げられたという喜劇めいた悲劇は枚挙にいとまがない。

 

「それはいいんだけど腕前がどうなのか気になるし、何より信頼できるかどうかなんだよなあ」

 

「うん、確かに一理あるね……警戒心を持つのはいいことだけど、もしよかったらこの仕事の間だけでもチームに加えてもらいたい。彼女の腕前と信頼性は僕が保証する、イースタンファクトリーの陳の名前でね」

 

 流石にポッと出の人間をチームに加入させることの危険性は理解していた拓郎はその申し出に難色を示したが、ファンは地区の表社会と裏社会を繋ぐ者であるフィクサーが明確に保証している意味をすぐに理解していた。

 

「俺はお試しで一緒に仕事してみるのもいいと思うぜ、ノリやウマが合えばそのまま本加入でもいいし、あんまりって感じなら今回限りの縁ってことで。まかり間違って裏切ったり酷いトチり方したら推薦してくれた人の顔に泥を塗ることになるから、そこは安心していい」

 

「まあ、俺なんかよりずっと裏社会の事情に詳しいファンが大丈夫だっていうなら……」

 

 拓郎もその意味をさりげなく解説されたことで拒否から消極的な了承に意見を変えている。フィクサーが推薦するということは人材の質に自信を持っていることの表れであり、こう言われてしまった以上あまり意固地になって拒むのは紹介した彼のメンツを潰してしまうことに気付いたのだ。

 

「感謝する。あと、こちらから無理言ってお願いしてるんだから紹介料なんて取らないよ。彼女なら二階の半個室式ラウンジで待ってもらっているから、声をかけてこれを渡せばいいよ。それだけで僕の意図は通じるから」

 

 そんな言葉と共に陳から渡されたのは、少し煤けている以外は何の変哲もないアクセサリー。遺物や宝物の鑑定眼など微塵も持ち合わせていない拓郎やファンですら、そこらの露店や街中のディスカウントストアで数十クレジットも出せば買える安物だとすぐに理解できたが、何故こんなものを渡すのかと疑問に思っても口には出さない。

 

「これで本当に話は終わりかな。ジャン、彼女の所まで案内してあげて。じゃあよい報告を期待してるよ、ミスター・アカマとミスター・マクダニエル。マダム・スミスのお気に入りになった実力を是非こっちでも存分に発揮してほしい」

 

 

 そうして今度こそ陳との会談を終え、ジャンと呼ばれたドライバーの先導で先程とは別のルートで階段を上がって従業員用通路を歩いていくと、先日楽しんだカジノほどではないが華やかな装飾が二人を出迎える。やはりこの建物は彼が推測した通りクラブのような場所であり、来たときとは異なりスローテンポで腹の底に響いてくる重低音が特徴的な曲に観客は夢中になっていたが、今の二人の目的はそれでないため一旦メインホールの端へと引っ込むと階段で二階へ上がった。

 そこはフロアの一部が吹き抜けとなっており、その周りに四人が座れるテーブルと椅子のセットが置かれ、それぞれがある程度の厚みを持つ壁で隔てられている。いずれも階下のステージや客席を見下ろせる位置にあり、下の階と比べて一段と豪華になった内装もあって比較的高めの社会的地位を持つ人物たちが利用する場所なのだろうと一目で理解できた。

 

「ここだ。後はこちらの関与することではないため当人同士で話し合ってほしい、では私はここで失礼する」

 

 ジャンに案内されて辿り着いた半個室式のスペースが並ぶフロア、その一番奥にお目当ての人物はいた。転落防止用の柵に寄りかかり下階の盛り上がりをどこか冷めた目で見ている様は異質であり、崩して着た学生服から小麦色の肌を多めに露出させている様は、到底裏社会に生きる傭兵の卵と思えない。

 外見から冷徹さが溢れており何が起きても淡々と、しかし確実に任務を遂行しそうな女ハッカーを想像していた二人だが、目の前にいるのは中心街や繁華街で友達と騒ぎながら歩いていそうな若い女学生にしか見えなかった。それでもまさかフィクサーの腹心らしき人物が初歩的な人違いをするはずはないだろうと信じ、勇気を出して声をかけている。

 

「あー……君が、アリサさんでよかったか?」

 

「……およ、オジサン二人であーしに何か用? こんなカッコしてるか紛らわしくてゴメンけど、カラダ売るシュミなんてないから。ムラムラしてて一発シたいなら、あっつい外で健気に客待ちしてる子にクレジット握らせて好きなとこに連れ込めばいいじゃんね」

 

 しかし二人を認識するなり軽く睨んだ上に次々とトゲのある言葉を飛ばしてきたのには流石にびっくりしている。自分たちはまだ何もしていないのにこの言いようは流石にないだろうとは思ったが、きっと他の男にそうやって何回も誘われて心底辟易しているのだろうと察していた。

 

「いやいや、違う違う! 陳さんにこれを渡してくれって言われて、そうしたら分かるって」

 

 顔も名前も知らないアホ共のせいで、自分たちはクソみたいなナンパ野郎だと勘違いをされている。このままじゃ話どころじゃない。そう直感した拓郎は少女とも若い女性とも言えるくらいの年齢の相手に慌てて陳から預かったアクセサリーを取り出し手渡している。

 彼女は警戒しつつもそれを受け取ると、一瞬だけどこか遠い目をしながらもそれを愛おしそうに見ていたが、次の瞬間には露骨に敵意と緊張が和らぎ年相応の柔らかい表情へと変わっていた。

 

「……へぇー、このノッポなオジサンとスケベそうなオジサンが陳さんの言ってた傭兵なんだ。厳ついカッコもしてないし武器とかガジェットも持ってないから全っ然わかんなかったや、出会い頭にキツいこと言っちゃってゴメンね? こうでもしないと『クレジットあげるからホテル行こ』ってしつこいのが多くて」

 

「まあそれは災難だったな……でも、オジサンって……ハハ、三〇になったら日本でもオジサンだったなそういや……」

 

「す、スケベそうって……初対面なのに割と失礼なヤツだなマジで!?」

 

 目の前にいるのは体目当てで寄ってくる人間ではなく、フィクサーの言っていた仲間候補である。そうだと分かったためではあったが、そこまであっさりと態度を変えたのには二人も驚くしか無かった。確かに自らより遥かに信頼度の高いフィクサーの紹介とはいえ、こうも変わるものなのかと思っている。

 

「陳さんから聞いてると思うけど、あーしはアリサ、アリサ・ミキモト。こーんなハデ目なナリですけど一応ハッキングと機械いじりが得意で、今はハッカーの真似事やってまーす」

 

 そんな拓郎の気も知らないままに、アリサはそう言うなり先ほどまでの態度が嘘のようにぺこりとお辞儀をした。そんなに身体目当てのしつこいナンパ野郎が嫌だったのかと訝しんだが、自分に置き換えてみたらしつこく抱かせろと言いながらつきまとってくる女に好印象を抱けないのと同じであった。

 

「でもな、本当にハッキングが強いのか? フィクサーを疑いたくはないんだが、その、何というかな……」

 

 それでも初対面で面と向かって『スケベそう』と言われたことがよほど不満なのか、フィクサーお墨付きの人材に向かって疑問の目を向けてしまうファンであったが、その瞬間彼女の人懐っこそうな笑みが挑発的なものへと変わる。

 

「ふーん、へぇ。んじゃあ早速実演したげるね。標的はそっちの……マクダニエルさんの個人端末っ」

 

 そう言うなり彼女はスカートのポケットから端末を取り出すと高速でフリックとタップを始め、カタカタと何かを打ち込み始めている。

 

「サイバー戦用の機器をインストールしてるとか大送信量の有線接続ならともかく、ありきたりな端末の無線通信でハッキングってそうそうお手軽にできるものじゃないだろうに……」

 

 そんな様子を拓郎は黙って、ファンはどこか疑わしげに見ていたのだが、一分も経たないうちに頭を上げた彼女はニヤリとするなり聞くも恐ろしいことを平然と口にしたのだ。

 

「領収書、ラグジュアリーヘルス『ガーデンオブエデン』、二〇八七年七月七日〇一時三六分。コールガール派遣一二〇分『クレイドル』コース一〇〇〇〇クレジット。延長一時間三五〇〇クレジット、哺乳瓶、おしゃぶり、前掛け三点セットレンタル代一〇〇クレジット……レビュー投稿も読んだげよっか?」

 

 それは昨日までの休暇で遊んでいたカジノに併設されている『そういう店』の明細書であり、それをニヤニヤしながら一言一句読み上げていく様は鬼畜の所業とも言える。図らずともやや人目に憚るであろう性癖を前触れもなく相方に暴露されたとあっては尚更だ。

 

「標準的なプロテクトだけだといつか『こう』なっちゃうから気をつけなー、にひひっ」

 

「ひ、ひ、一思いに殺してくれぇぇ……! こんな情報をバラマキされたらアシハラ中の笑い者になっちまう……!」

 

 ファンの方を見れば先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、顔を真っ青にして狼狽えている。69番街の騒動の裏に鬼哭衆の関与が判明してもなお冷静であった、裏社会における頼れる先達がこうまで慌てふためくものかという驚きと、人様の隠していた性癖なんぞ死ぬまで知りたくなかったという複雑な気持ちが拓郎の心中に渦巻いていた。

 

「ね、あーしの言ったことウソじゃないってわかったっしょ? あとやっぱりドスケベじゃん。人間なんてみんなドスケベなんだから別に隠さなくってもいいのに」

 

「外聞……! 外聞がヤバいんだって!!」

 

「……ねえ、俺はこういう時どんな反応すればいいんだ……?」

 

「うーん、笑えばいいと思うよ?」

 

「わ、笑い事じゃねえよ……!」

 

 

 こうして少し恐ろしい方法で自らの才能を証明したアリサを加えて三人となった拓郎のチームは、陳から請け負った依頼をこなし新たな一歩を踏み出した。しかし三人とも現状では準備が不十分であったため、連絡先を交換すると夕方に現場付近で再会することを約束して一旦別れている。

 うまく戦力を隠しているジャンカーズを確実に倒すためには、とにかく偵察をしなければならない。そこで何とか弱点を見つけ、それを衝いて行動しなければ前任の二の舞になってしまう。それだけは避けなければと思いながら、拓郎とファンは拠点にしている69番街の宿へと戻っていった。

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