光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

24 / 27
第二二話

「……で、この先が件の廃ビルがある区画か。本当にこの一カ所だけ工事が止まってるんだな。何だか異質だし不気味だ」

 

「機械狂いのギャングじゃなくて、チープなスプラッタ映画のバケモノとかジャパニーズホラーのオバケでも出そうな雰囲気だぞ……ここだけ明らかに空気が少し違う。ほら、よく言うだろうよ。オバケが近くにいる時は異常に冷えるって」

 

「へぇー、スケベオジ……じゃなくてファンさんはオバケなんて信じてるんだ。あんなの局地的なエントロピー処理の異常に伴う電磁的生体記録の再生現象だって、一昨年の『フューチャーサイエンス』にウケる論文が出てたのにね」

 

「『フューチャーサイエンス』ってミキモトが読んでる雑誌なのかよそれ、こっわ……俺が見たら数ページでそのまま寝るか頭から熱が出そうだ」

 

 午後五時半と言えど、夏至からさして経っていないとなればまだ日は高い。梅雨明けの蒸し暑さと西の空を橙に染めながらも未だ地表を熱する太陽によって気温は摂氏三五度以上を維持しており、熱せられたアスファルトから放たれる熱気もあって地表温度は五〇度近くあった。

 アリサを加えて三人組となった拓郎のチームは、そんな猛暑の中をしょうもない雑談をしながらイースタンファクトリー地区を歩いており、地下鉄駅から歩くことおよそ十分ほどで目的の区画へと到達している。この地区で十数年前から進む再開発はいよいよ大詰めであり、開発が終わっていない区画を探したほうが早いだろう。

 三人が歩く護岸のすぐ側では新たな陸地となるべき場所の埋め立てが大小十数隻の特殊な船舶を用いて急ピッチで行われており、三人がいる所から数十メートルほど先には再開発で建設された新しい様式の工場や労働者用のメガ高層団地が迫っている。アシハラという街が独自の権力を持つ前から存在する古びた様相の工業地帯は、今まさに最新の技術と理論を用いたハイテクへと変貌しつつあるのだ。

 しかしこの区画だけが時の流れに取り残されたかの如く古く低いビルやひび割れた団地の廃墟が残存しており、建設会社のロゴと名称が入ったショベルカーやダンプトラックといった工事車両が真新しい状態のまま放置されているため、不気味さに拍車をかけている。

 無論、この光景は廃ビルを根城として周辺を荒し回る技術マニアな異色のギャング『ジャンカーズ』の仕業と考えられており、地下に潜む正体不明の怪物や積年の恨み骨髄な幽霊を相手にするわけではない。他の多くのギャング集団と同じくらい無慈悲な連中だが、銃で撃ったり刃物で斬りつければちゃんと血が出るし殺せる普通の人間の集まりだ。

 

「ここらはもう多分奴らの縄張りだ、何が起きてもおかしくない……拓郎は武器とニューロンブースターの準備だけはしっかり頼むぞ」

 

「……やっぱりビミョーに電波が出てる。電器屋さんで売ってるタレットとか監視カメラの周波数に近いけど、なーんか別のがちょっと混じってるカンジ」

 

 実弾が装填されたライフルを手に敵の監視を警戒するファンが最後尾を固め、電子偵察用装備を追加搭載した汎用ドローンの制御装置を手にしたアリサがその前を歩く。そこに条件付きながら近接戦闘に長けた拓郎が前線をカバーするという陣形で行動してきたが、今のところジャンカーズが根城にしているというビルからの反応は皆無である。

 こんな怪しげな三人組がいかにも敵情視察か威力偵察ですと言わんばかりの格好で拠点に近付きつつあるというのに、警告や銃撃の一つすら飛んでこない。それがまた言いようのない不気味さを醸し出していた。

 それでも既に収穫は得ており、どうにも廃墟に近い根城を要塞化している防衛システムの一部がワイヤレス制御式であることが電波観測の結果から判明している。それでも周波数だけで使用している機種を特定するのは難しいようで、アリサはハッキング用の端末を睨みながらうんうんと唸っていた。

 

「んー……カメラもタレットもセキュリティの穴が分かってたらいけるっしょ。家庭用の電化製品にそんなガチのプロテクトなんてムダだしさ」

 

「まあそうだよな、そんな上手い話は……え?」

 

 さすがに遠隔ハッキングともなれば、よほど無防備な標的でもない限り事前にネットワークもしくはデバイスの脆弱性を理解しておくか、バックドアやスパイウェアを仕込んでおくといった下処理がほぼ必須なのだが、彼女は準備している際に映像から機種を特定しており、そこから侵入に使えそうな脆弱性の調査も既に行なっている。

 

「だってあーし、拠点があそこだから失敗した傭兵さんのサイバーアイに残ってた映像見せてもらってたし。あのビルの中にあるのはユナイテッド・ホームディフェンス社のWLT700、その五ミリ弾仕様の初期モデル。どこのお家にも一つ二つ置いてある丸っこくてカワイイやつね」

 

「えっ、もう分かってたの!? じゃあメッセージアプリで一言くらい入れといてくれてもいいじゃないか」

 

 そんな大事なことが分かってたなら、メッセージアプリのグループで一言くらい連絡してくれてもいいのに。軽い気持ちでついそんなことを言ってしまった拓郎であったが、当然ながら反応は芳しくない。

 

「……そんな大事な情報を公共の電波に乗せるほどバカじゃないって。もしかしてあーしバカだと思われてます?」

 

 そんな軽率な言葉に技術者にしてハッカーであるアリサは露骨に顔をしかめた。彼女からすればこの二人のセキュリティ概念は耐え難いというより許し難いとしか言いようがない。日常の他愛ない会話ならともかく、仕事に関わる重要な情報をメッセージアプリで共有しようという発想自体が彼女にとって禁忌そのもので、三〇年以上生きてるのに一体どんな教育を受けてきたんだと小一時間ほど問い詰めてやりたいと思い始めていた。

 このオジサンたち、本当に大丈夫かなぁ。彼女はそんな一抹の不安を抱きながらも、まさかフィクサーがあれだけ太鼓判を押した相手が全くの無能ではないだろうと

思うようにして、とりあえず意識を目の前の仕事に集中させている。

 

「……よっし見っけた。こいつにウイルスを送り込んで、っと」

 

 一応死角になる場所へと退避してから始めたのだが、既に機種もその脆弱性も分かっているためか制御系への侵入は容易く行われ、適当に選んだ一基のタレットが哀れにも犠牲となる。送り込まれたコンピューターウイルスによって制御プログラムが秘密裏に書き換えられ、最優先命令が制御端末ではなく彼女の打つコマンドに変更された

 

「はーい、タレット三号機? の制御乗っ取りかんりょーでーす。今はそこを起点に他のタレットとかコンソールにも汚染を広げてるんでちょい待ちね」

 

 制御を乗っ取られたタレットは見た目で判別などできず、いざ撃ち合いとなった瞬間にコマンドを送れば不埒者ではなく本来の持ち主を狙うようになる。しかも三人以外の侵入者には正規のプログラム通りきちんと反応して射撃するため、余計にタチが悪い。

 既に乗っ取られたタレットはシステム全体にウイルスを送り込むべく制御端末へと偽のリクエストを何度か送っており、まんまと引っかかった端末側はアクセスを許可してしまったがそれが終わりの始まりであった。

 電波に乗ってやってきたウイルスによってネットワークの制御権は徐々に、しかし確実に書き換えられた上に次の侵入を容易にするバックドアが作られ、アリサの端末にネットワーク内の情報が送られていく。駆け出し傭兵にとって厄介極まりなかった機械仕掛けの陣地は、今や彼女の指先一つで無力化することも裏切らせることもできるのだ。

 

「で、どーするよ? 思ったよりヨユーだったから今からガツンと仕掛けちゃう?」

 

「いや、敵の出入りとか内部構造をカメラでモニタリングした方がよさそうだ。前任の傭兵の映像は後で見せてもらうとして、タレットや警戒システムを使って奇襲や挟み撃ちまでしてくるような奴らだ。念には念を入れた方がいい」

 

 あまりの容易さにそのまま殴り込むことを提案する彼女だが、そこは口にし難い性癖を持つドスケベではなく経験豊富な先達として、ファンはきっぱりと撤退を言い出している。確かに防衛システムがほぼ無力化されたことで戦力は大幅にダウンしているが、待ち伏せスポットや敵兵の数などは殆ど分かっていない。

 そこを踏まえず功に逸って突撃をかませば、陳の話に出てきた傭兵たちを再現するだけになってしまう。

 

「さっすがドスケ……ファンさん、元借金取りだけあってしっかりしてる。んじゃネットワークにバックドアだけ仕掛けたし、サッサとズラかろうよっ」

 

「誰がドスケベだ、そろそろひっぱたくぞコラ」

 

 そうしてジャンカーズの拠点にあるタレットとカメラの制御システムを掌握したことを確認すると、いかにも見つかりませんでしたと言わんばかりの無能さと怯懦を装ってビルから離れていく。それが向こうから見られているか否かは関係なく、そう見てほしいためにやっているのだ。

 そうしてしばらく廃ビル区画の近くをふらついた後は、イースタンファクトリーから少し出た所にあるカラオケボックスに入って作戦会議を始めることにした。地区内だと敵の内通者や協力者がいる可能性が高いため、地区の外にある上に騒がしい場所であるここなら露呈しないだろうという確信を持って場所を選んでいる。

 問題は敵地を偵察した帰りであるため全員が装備を持ったままなことだが、一般人の武器やドローン類所持が厳しく規制されている日本国内とは違い、アシハラの店舗にはあからさまに物々しい武器やガジェット、そして違法な物品を見せつけてさえいなければ大抵そのまま入れるため、きちんと仕事道具だと分からないように覆えば何も問題はなかった。

 

『いけ、やっちまえ! ギャングなんて名乗ってるが、どうせ機械いじりしか能のない腐れギーク共だろうしな!』

 

『うわっ、前からタレットが!! ぐおぉっっ』

 

『う、撃たれた!? どこから……がぁっ!』

 

「……すげぇ、こいつら作戦のさの字もねぇな。全員アサルトライフルかサブマシンガン持ってるからって、敵の拠点に何の準備もせず正面から突撃はある意味すげえよ。本当にオレンジ級の姿かこれ?」

 

「寧ろあーしはレッド級なのにこんな冷静に作業してる二人にビックリだよ。ふつーのヤツらなんて酒飲んで寝てたり女とか男とか抱いてばっかりなのに」

 

 六人まで対応している個室の中で、アリサの持っている大型の薄型端末から映像を直接ストリーミングしてもらって映像をしっかりと確認していった。人気の高い曲を適当に何曲か流すカモフラージュを行った状態だが、全員が片耳にイヤホンを挿しているため音声はしっかりと聞こえている。

 尤も、重要なのは明らかに思考力の足りていない傭兵五人組が無様に壊滅する一部始終ではなく、映像に映っていたタレットの位置や挟み撃ちの銃弾の出所といった瞬間に映る情報だ。間抜けな傭兵がタレットと敵による十字砲火を浴びせられ、文字通り蜂の巣になるシーンを何度も見返す作業はお世辞にも気が進むとは言い難いが、この愚か者共と同じ轍を踏むという愚行は避けたいので必死に映像から二人で位置を推定していく。

 それを街頭で配られたチラシの裏に描いた大まかな見取り図に記入していき、安全地帯を探すのだ。とても地味な作業だが、映像の傭兵のような死に方をしたくないなら真面目にやるしかない。

 この作業の裏ではアリサがハッキングしたカメラやタレットを用いて陣地の概要図を作っており、注文したフライドポテトを片手で口に運びながらもう片手で忙しなく端末を触ったりメモに書き込んでいる。その表情は真剣そのもので、見た目だけで軽薄そうだと甘く見てはいけない人物だとすぐに分かる。

 

『うわぁぁぁぁぁ、撤退、撤た……おぐぅっ!』

 

『ああ、くそ、糞、クソッ! あの詐欺会社め、事前情報と全然違うじゃねえか……銃は持ってても戦い方を知らなさそうなヒョロガリばっかだって……! オレンジ級傭兵の俺様を舐め腐りやがって、後で営業所に殴り込んでやる……』

 

 そうして二人が一時間半ほど映像とにらめっこした末にやるべきことを終えた二人は、一度通しで映像を流している。記録者たちが勇気と無謀を履き違えた行動と言動で自らを徹底的に追い詰め続けた挙げ句戦闘中に責任をなすりつけ合った挙げ句、凄まじく幼稚な罵倒と惨めな悲鳴を上げつつ這々の体で逃げ出したところで映像は終わったため、拓郎は少なからぬ困惑に襲われていた。  

 建設会社に依頼された傭兵の一団には二人のオレンジ級がいたはずだが、それでこんな無謀というより自殺志願としか思えない戦い方をするのかが理解できなかったのだ。

 

「この映像に出てくる傭兵たちは全員バカなのか!? 何の考えもなしに敵の本拠地に突撃するなんて正気とは思えない……実は後ろからスカヴィードッグスみたいなヤバい敵対勢力に追われてて、やむなくここに逃げ込んだら酷い目に遭ったとかじゃないのか」

 

「……いや、そのレベルの脳みそしかない奴らは結構いるぞ。アサルトライフルとかサブマシンガンみたいなフルオート火器を持っただけで自分が強くなったと勘違いするヤツ。まあ大抵次かその次辺りの依頼でしくじるなりくたばるなりするんだが」

 

 しかし裏社会の住人であるファンは傭兵になるバックグラウンドもある程度知っている。クライアントに対して武力を提供するこの仕事は、依頼さえ受けられるならば根無し草の食い詰め者がなることもできるため、実力か知識のどちらか、もしくはその両方が欠如している者は決して少なくない。そういった者の殆どは初仕事から遅くても三回目までに人知れず死ぬか厳しい現実に心が折れてしまうが、運良く何度も生き残った上に昇格まで果たしてしまう者もごくたまにいるのだ。

 

「コイツらは仲間を踏み台にしたか、よっぽど運良くのし上がってきただけなのかは分からんが、お友達になりたくない連中ランキングのトップ十にはいそうだ」

 

「俺も絶対に関わりたくない……一緒に依頼を受けたら絶対に捨て石にされそうだし、変にマウント取ってきそう」

 

 行動や言動にやや問題があるとはいえ、全く見知らぬ人間に憶測込みで痛罵される様は中々に哀れなものだが、大口を叩いた末に無様な負け方を晒した惨めな敗北者の扱いとしてはまだマシな方である。徹底した実力主義社会である傭兵界隈において、実力の伴わないビッグマウスほど忌み嫌われるものはないのだ。

 肝心の映像はフィクサーから提供してもらえたため、もう関わることがないのが救いだ。二人は醜態を映像という形で残されたオレンジ級傭兵のことを早速記憶から忘却の彼方に送り始めている。教訓を得られる失敗談以外に価値はなく、脳みその容量がもったいないと感じたのだ。

 

「二人ともー、情報を組み込んだマップができた! これでサッサと仕掛けられるくない?」

 

 自らの仕事をこなした二人が間抜けな傭兵を笑っていると、ハッキングしたデバイスや情報と格闘していたアリサが自らの端末にホログラムを投影して二人へと見せた。

 そこには敵拠点の簡易的な3Dマップが表示されており、カメラやタレットの光学センサーから得られた情報と端末から盗み出したデータがしっかりと反映されている。赤く表示された敵兵が二階の一室を動き回ったり、ネットワークの構造とそれに繋がる機器が表示されていたり懇切丁寧という言葉が相応しい作りであった。

 

「へっへん、どうよこれ。カメラがないトコは周りの画像をAIに読み込ませて補間したりしてるけど、まーそんなメッチャ間違ってるこたないと思うよ」

 

「見える範囲内なら行動が筒抜けになるのか、カメラやセンサー類があってセキュリティが弱い相手にしか使えないけど普通に恐ろしいよなこれ」

 

「でしょ! てわけで……お腹空いたしこのままご飯食べたらやっちゃおっか」

 

 これなら擬装でもされていない限り向こうの様子が手に取るように分かる状態で戦える。そんなアリサの力を見た二人はここで夕食を摂ることを決め、ランチプレートを注文している。本来なら明日の午後以降に襲撃を行う予定であったが、分析が想定以上にことで予定が繰り上がり、そんな時に腹に何か入れておかないと力が出ないため急遽追加したのだ。

 無論、満腹の状態で消化器官が傷付くと致命的な腹膜炎を引き起こしかねないのだが、それでも空腹を気にして戦うよりはいいので思い切り食べている。舌が肥えてなくとも合成食品だと分かる味だが、それでも塩や油分、濃い味付けというシンプルながら満足感のあるスナックメニューを何品か堪能している。仮に武運拙く死んでしまったら、もう何も味わえないのだから。

 そうして腹ごしらえを終えた三人はカラオケボックスを出ると再び件の廃ビルへと歩いて向かっていく。今度は偵察ではなく襲撃の本番であり、先ほどまでとは違いこれから命のやりとりが始まるという緊張感がどこか皆の顔を強張らせていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。