光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第二三話

 そうして再び件の廃ビルの近くまでやってきた三人は、最後の準備としてアジトを守るために設置された警戒システムが乗っ取られたままになっているかを確認している。少なくとも十以上の構成員を相手にするため、最低でもタレットによる奇襲が無ければ勝負にならないからだ。

 

「どうだ、そのまま突入できそうか?」

 

「うん、バッチリ。ハックされたことにも気付いてないカンジだからそのままイケる」

 

 アジトへと侵入する直前でアリサがあらかじめ設けていたバックドアからシステムに再度侵入し、タレットを始め警戒システムの制御権を改めて奪い取る。夕方の時とは違いバックドアを経由するため、ものの十数秒でローカルネット上にある全てが彼女の支配下に置かれてしまった。

 そうなれば突入難易度は大幅に下がり、気分は敵の厳重警戒された拠点に忍び込むスパイではなく立ち入り禁止を言い渡された物置に忍び込む子どものようですらあった。

 それでも確認されただけで一〇人以上の敵がいるのは懸念事項であったが、各所に置かれたタレットがそれを打ち消している。構成員とほぼ同数設置されたそれらは今や破壊すべき敵ではなく頼もしい味方であり、彼女の指先一つで外敵に向けられるはずの破壊力を存分に撃ち込めるのだ。

 

「それじゃ行こう……奴らがハッキングに気付く可能性はゼロじゃないしな」

 

 拓郎のその言葉と共に三人は廃ビルへと踏み込み奥へ進み始める。既にタレットはアリサの制御下にあるため撃ってくることはなく、あたかも誰もいないかのように通常モードで銃口のある首を扇風機のように振って警戒を続けていた。その脇を通る時こそいきなり撃ってきやしないかと少しだけ緊張したが、誰もいない受付の椅子でウィンウィンという控えめな電動式の駆動音を響かせるだけだ。

 既にジャンカーズの陣地に仕掛けられた警戒システムは陥落していることを知っているのは三人だけだが、時間が経つに連れて工作が露呈する可能性が高まってしまう。そのためすぐにタレットを起動させてもよかったのだが、騒ぎを起こす前になるべく前進しておきたかったので後にしている。

 そうして壊れかけたものをあり合わせの材料で修理した跡が見え見えな階段から一人が降りてくるのが見えた。どうにも酒に酔っているようで赤ら顔を隠そうともせずしゃっくりをしながら呂律の回らない舌で何事かを呟いており、どうにか聞き取れた単語からこの酔っ払いがトイレへと向かうのだと辛うじて理解できた。

 

「……あれで見張りとか世も末だな。いや、普通のストリートにいるギャング共なんて大抵こんなもんか……?」

 

「いいや、見張りがベロベロに酔ってるのがバレたら普通にリンチものだぞ。見張りがそんな体たらくだと周りからナメられるからな」

 

 そんな様を見て、借金取りの拠点から脱出した時も最初にトイレで酔っ払いを殴り倒したことから始まったなどと場に合わぬ回顧をした拓郎だが、正確にはその前に自らを人体改造しようとしたヤブ医者をニューロンブースターを用いて殴り倒している。自らの身を顧みないギャンブルが原因とはいえ、あまり思い出したくないことであるためその辺りはもう済んだことと割り切っていた。

 

「よし、やってくる。闇討ちは得意だからな」

 

 トイレらしき場所に入ったのを確認した拓郎は息を殺そっと後を追って近付くと、水の通っていない小便器へ気持ちよさそうに用を足している構成員の一人の頭に向かって思い切り鉄パイプを振り下ろした。

 

「んもっ!」

 

 頭蓋骨がへこむ程の一撃を食らった酔漢は奇怪な断末魔と共に崩れ落ち、ボクッという鈍い音と体が陶器製の小便器にぶつかり割れる音が一階だけならず二階にまで響いた。普通の潜入任務ならこれは致命的な失敗だが、今回は存在が露呈しても問題ないためそのまま進撃を続けている。

 

「な、なんだ!? 誰かがまたやらかしたのか!」

 

「違う、多分敵だ! 中に敵がいるぞ!」

 

「受付に置いたタレットはどうした、まさかクローキングを使ってきやがったか!?」

 

 流石に不自然な打撲音が響けば敵襲を疑われても仕方なく、時おり聞こえる話し声とだけが支配していたアジトが俄に騒がしくなり、徐々に話し声や足音、そしてが増えていく。

 

「ちょっと性急過ぎたかな……ミキモト、タレットを頼む」

 

「うし、やっちゃいますか! それじゃ、ほいーっと」

 

 そんな軽い言葉と共に行われたのは、アリサによるコマンド送信。既に制御下にあるタレットの敵味方認識を歪めるもので、写真で登録した三人以外を攻撃するよう強制的に設定を変更している。

 

 

「ぎゃあああぁぁぁ! う、撃たれたぁ!」

 

「た、タレットが暴走してやがる、誰だ直したって言ってたポンコツ野郎は! 終わったら八つ裂きに……ごべら!」

 

「俺たちはハッキング攻撃を受けているッ! さ、探せ、犯人は絶対に近くにいるぞッ!!」

 

 

 プログラムにすればたった数十文字。それがシステムに送られただけで侵入者の存在にいきり立っていたジャンカーズ陣営は阿鼻叫喚の巷に巻き込まれる。自らを守り侵入者を蜂の巣にするはずのタレットが何の前触れなく主人へと牙を剥き、一基あたり毎分数百発の銃弾を連続して吐き出す危険物へと成り果てたことで戦う前から総崩れとなったのだ。

 幸運であったり勘の冴える数人は初撃をかわし安全な場所へ潜り込めたのだが、残る過半は無抵抗なまま撃たれたり主人に反逆した機械を破壊しようと試みて失敗したりと見る見るうちに数を減らしていく。仮に回収した中古のロボット兵も修復が終わっていたら更なる恐怖が待ち受けていたのだろうが、それが無かろうとこのならず者たちにろくな結末が訪れないのは確かであった。

 ある程度経験のある傭兵複数を容易く撃破できる機械化陣地が、一瞬で自らを殺すための罠になった。そんな現実を冷静に受け入れられる人物はおらず、安全な物陰で震えたり個々人で何とか抵抗を目論むのが精一杯である。

 

「おぉー、メッチャ効いてる効いてる。くず鉄ヤローめざまみろ! あーしの欲しかったレアものジャンクを奪った罪は重いかんな!」

 

「とにかく今のうちだ、一気に攻め込むぞ!」

 

 そんな盛大な味方撃ちが繰り広げられる中を三人は足音を潜めることもせず、アリサ特製の立体ホログラムマップを参考に奥へ奥へと進んでいく。タレットも警戒システムも彼らを味方だと認識しているため全く作動せず、逆にジャンカーズが接近すると発砲したり警報を鳴らして知らせてくれるため周辺警戒は最低限で済んだ。

 徐々に減っていく悲鳴と怒号、無慈悲に、そして機械的に響く連続した発射音。静寂を切り裂き塗り潰す複数の音によって彼らの気配は隠されてしまい、壁一枚を隔てているだけでも気付かれない。

 そんな中で二基のタレットから十数発もの銃弾を浴びせられて半壊した骸が転がっていたり、暴走を止めようとして相討ちになった現場に出くわした時はアリサも傭兵という職業の現実を垣間見て少しだけ青い顔をしていたが、すぐに立ち直ると端末で残る敵の位置を把握して二人に指示を出した。

 

「左の部屋に一人隠れてるよ!」

 

「よっしゃ任せろ」

 

「突き当たりにもう一人!」

 

「こっちは俺が行く」

 

 そんな中で平然と突入してくる拓郎らは、突然の事態に竦み上がったジャンカーズからすれば手練れの傭兵にしか見えない。タレットの暴走による自滅は彼らが手早く始末しているようにしか考えられず、刻々と迫る自らの最期を虚しく待つことしかできなかった。

 それでも何とかこの暴走した機械と傭兵を止めようとした所にいきなり現れたため虚を衝かれ、生き残っていた二人も短時間で処理されていた。無謀にも物陰から飛び出し銃口を向けようとした者はファンのライフルによって脳天と心臓にフルサイズのライフル弾を叩き込まれて昇天し、身を潜めることでどうにか生き残りを図ろうとした者は拓郎が鉄パイプで殴り付けて無力化している。

 

「うわ、鉄パイプの威力エグ。生のアタマなら絶対かち割れそうじゃん」

 

「まあ社畜時代は結構力仕事が多かったし、こっちにきてしばらくは『夢の街』でゴミ拾いして必死に生計立ててたからな。俺の数少ない取り柄の一つだ」

 

「え、エゲツなー……」

 

 安物かつ耐用期限を大幅に過ぎて劣化したものとはいえ、ヘルメットを叩き割る一撃を食らわせたことでアリサに少しだけ引かれる一幕もあったが、ジャンカーズのアジトを無傷で制圧した三人は道中で転がっていた死体の数に驚いている。

 彼らが二人の生き残りに遭遇する前に屍を晒していた構成員の数は見ただけで十を超えており、仮に何の策もないまま正面からやりあえば確実に全滅していただろうことは想像に難くない。

 個々人の武装こそそこらの銃砲店で売っている比較的リーズナブルなものが多いが、それでも散弾銃と短機関銃が一挺ずつ見つかったのには皆肝を冷やしている。どちらも屋内という閉所では無類の威力を発揮する小火器であり、これを持たれた状態で部屋に立て籠もられると拓郎たちでは突破する術が殆どなくなってしまうのだ。

 タレットや警備システムの存在も合わせると、大した装備もない駆け出しの傭兵が二人もしくは三人で相手をしていい数ではない。無論、手慣れたイエローやグリーン級なら少人数でも手間取らない内容であり、それ以上の等級ともなれば単独で難なく片付けることができるのだが、今の彼らにそれを求めるのは余りに酷であった。

 

「最悪の場合だと、陳さんはこれを二人でやれって言う話になったんだよな……ハッキング無しとか無理ゲーだってこんなの。九割がたどころか絶対に死んでる」

 

「……俺たち、結構危険視されてるんか? 廃ホテルの戦いは半ダースくらいの味方がいたから首尾よく制圧できたわけであって、二人だけで乗り込んで一〇人以上の敵を瞬く間に皆殺しにしたわけじゃないんだが……まさか、な」

 

「まーまーそれは多分ナシっしょ。仮にそうだったら無関係なあーしまで一緒に殺されるってことじゃん、ヒドくないそれ? 陳さんは何の悪さもしてないのにそんなエグいことするようなヒトじゃないと思うよ」

 

 ひょっとして自分たちは陳にハメられたのかもしれない。最初からこちらを謀殺する気満々で高難度の依頼を回し、もし成功すれば素知らぬ顔で労い報酬を渡してくるのだろう。当分は使える駒として使い倒した後、用済みとなれば容赦なく始末しにかかる。そんな恐ろしい可能性が拓郎の頭を支配しつつあった。

 無論、真実は彼の疑念とは全く異なっている。『あの』マダム・スミスが珍しく上機嫌で話したという点が過大評価を引き起こしたことが原因であり、フィクサーとしては珍しく実力の推測ミスをしてしまったことで起きてしまった。スミスは陳の前で二人の活躍を絶賛し『とてもレッド級とは思えない』とは言ったが、格付けもない新人故に乏しい情報の結果として彼はそれを『新人ながら既にオレンジ〜イエロー級になりたてくらいの実力』と解釈してしまい、今回のようなことになっている。

 当然ながら意図的に信頼を裏切ったりといった不義理を働けば相応の報復こそ与えるが、余程切羽詰まった事情でもない限りフィクサーである彼の側から特定の傭兵を害する必要性はない。寧ろ依頼人から持ち込まれた仕事の難易度や情報を分析して適切な傭兵に回すのは仲介者としての腕の見せ所なのだが、スミスのお墨付きの実力を見たかったとはいえ、十把一絡げの雑兵とは違うレベルの者に任せたかった仕事を回してしまっただけだ。

 

「まぁ、とは言ってもよっぽど込み入った事情でもなきゃフィクサーが傭兵に危害を加えるなんてことはないだろうし……」

 

「本当だよな、それは本当だなファン!? 何もしてないのに殺されるとか絶対に嫌だからな、そしたら化けて出て毎晩あいつの夢枕に立って取り憑いてやる!」

 

「……まあちょっと落ち着け拓郎。もう知ってると思うが、傭兵もフィクサーも信用が商売の仕事だ。知らないうちにあの男の大事な利権でも侵害していたとかでない限り、無辜の傭兵を使い捨て同然の仕打ちをしてたらフィクサーなんて続けられるわけがない。そんな馬鹿なことをしてたらいかに隠蔽してもどこかで必ずボロは出るし、そんな嫌な雰囲気を察して自然と依頼人も傭兵も離れてくに決まってる」

 

「まあ、言われてみれば……確かに。でも流石にこれは酷くないか?」

 

「うん、まあ……うん。傭兵の仕事事情について詳しいわけじゃないが、初仕事を終えたばかりの駆け出しに投げていい案件じゃないのは理解できる」

 

 とはいえ裏社会事情に詳しいファンの説明で多少落ち着きを取り戻したが、それでもレッド級への依頼と思えない高難度の仕事のせいで陳への不信感を募らせている。アリサのハッキングがなければこの仕事はほぼ確実に失敗しており、タレットと人数の多さからニューロンブースターを使った襲撃を行ったとしても少なからず負傷していただろうと思ったからだ。

 

「よし、そんなしみったれた話はおしまいにしてこのフロアを漁るぞ。俺は入り口辺りを見張りながら漁るから拓郎は奥の方をやってくれ、ミキモトはここで監視の継続を頼む」

 

「ああ、分かった」

 

「はいな、ちゃんと見張っとくね!」

 

 拓郎がやや神経質になっているためファンが経験者として次の指示を出し、勝者の権利である戦利品漁りを始めた。戦利品漁りは依頼に成功した傭兵に与えられる事実上の特権であり、事前の契約で禁止もしくは制限する条項が無い限り依頼の遂行に支障を来さない範囲内で認められるのが長年の不文律となっている。

 当然ながら彼も傭兵となったからには戦利品漁りを楽しみにしており、一部有益なアイテムを除いて売っ払うことで自らの密かな──つい半日ほど前に不幸にも二人の前で暴露されてしまったが──楽しみの資金源に充てるつもりなのだ。

 廃棄された機械類をサルベージして戦力化したり、サイバネ機器を収集する傾向のあるジャンカーズの根城ともなれば、中々にいいものが転がっているかもしれない。そんな期待と共に手近な所から収納を開けていったが、現実はそう都合よくいくものではなく、道中に転がっていた構成員の武器を除いて大したものが少ないためどんどん顔はしかめ面に近付いていく。

 

「しかしまぁ、どいつもこいつもやっすいハジキばっか持ってるんだな……これじゃ二束三文にしかならんじゃないか」

 

 未知のルートやカメラに引っかからなかった残党を警戒しつつも死体を漁っていく。安物の煙草や酒、粗悪な薬物といった嗜好品が少々、五年以上前の型落ち情報端末が数個といった程度であり、お世辞にもよいとは言い難い品質故に故買屋で売っても大した額にならないことを嘆いている。

 借金取りという因果な職業をしている都合上そういった店を利用することは多く、大体の相場は把握しているため想定売却額を脳内で素早く概算してしまう癖がついており、両手いっぱいに抱えた戦利品が一〇〇〇クレジット前後にしかならない現実にげんなりしていた。

 

「しゃーない、タレットでもバラして中の電子機器とかをジャンク屋に持ってくか……殆ど無傷で鹵獲できたから、広く流通してるヤツだしそう悪い値はつかんだろ」

 

 せっかく傭兵になったのに最初の現場はハズレだったか。そんな若干失礼なことを考えつつも拓郎たちのもとへ戻るべく踵を返そうとしたその時であった。

 

「……こいつ、まだ何か持ってるぞ」

 

 ふと足下を見やると先ほど懐を漁ったはいいが大した物品を持っていなかった死体があったのだが、妙な違和感を覚えじっくり目を凝らして見てみると探ったはずのポケットにまだ何か入っているのを見つけた。

 

「おっと、こんなのを見落としてたのか……」

 

 この集団の幹部か親玉らしき人物のズボンのポケットから僅かにはみ出していたそれを手に取り思い切り引き抜くも、それは何かのメモ用紙であった。現金のお札、できれば日本の二〇円札辺りを期待していたファンにとって落胆は大きかったが、金庫のロックやパスワードが書かれたメモの可能性もあるため一応目を通している。

 

「何だよ、ただの紙切れかよ……ん?」

 

 しかしそこに記されていたのは恐るべき事実であった。この街に住まう者なら最低でも見ただけで眉をひそめ、因縁がある者相手ならそのまま激昂しかねないことが記されている。

 

「え、スカヴィードッグスと……と、と、取引!?」

 

 そう、この機械狂いの集団は何を血迷ったのか、血も涙もないメガコーポ群や七大ギャングですら目を覆うほど血なまぐさい蛮行の数々で街の全ての勢力と敵対した挙げ句、見つけ次第無警告での先制攻撃すら黙認されている無慈悲で無謀な略奪者の集団『スカヴィードッグス』と交渉を持ち、物々交換を行うつもりであったのだ。

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