光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第二四話

 スカヴィードッグス。アシハラでは社会そのものに対する敵として扱われ、同胞以外を見つけると見境なく襲いかかって犠牲者の一切合切を奪い取っていく極めて残忍な略奪者集団であるが、実のところ外部との非敵対的交流が皆無というわけではない。

 完全にヒトの形をした獣の群れと化した一派は別としても、一団を養う武器や食料、その他生活物資を略奪やスカベンジングだけで得るのは中々難しいという現実があるため、大抵の小集団は近隣にいる部外者との交易を細々と行なっているのだ。

 そんなリスキーながら可能性を秘めたビジネスを担っているのが、裏社会の中でも変人扱いされていたり何らかの理由で爪弾きにされたりと奇怪な連中である。その無謀さと得られる潜在的な利益の大きさから冒険商人と揶揄されることも多い彼らは、理性と知性を有している向こう側の交渉役と言葉を交わして何とか合意へと持っていき、不可思議だが魅力的な交易を行なっていた。

 無論、その交渉は一応マトモに話を聞く気だけはあるギャングや企業に比べると桁外れに難易度が高い。理性と知性を有した交渉役といえど、あくまで『トチ狂ってるケダモノじみた連中の中では』という但し書きが必ず付いており、交渉の決裂がそのまま人生の終わりを告げる弔鐘となることは決して珍しくない。酷い時には冒険商人自体が生死を問わずに連中のご馳走もしくは次なる交易の商品となってしまうのだ。

 しかし数々の犠牲を積み上げても今に至るまでそんな危険な試みが続けられるのは、ひとえに危険を冒すだけの利益が得られるからである。致死量僅か数十マイクログラムの神経毒からラグビーボールサイズの超小型核爆弾まで多種多様な禁制品が揃うブラックマーケットですら入手が難しい素材──法もへったくれもない世紀末めいた蛮地ならともかく、曲がりなりに法も秩序もある場所での大規模な人身売買は例えメガコーポであっても常に少なからぬリスクを伴う──を入手するのに最適となれば尚更だ。

 

 

 

「マジかよ、あんな下らん噂が本当だったなんてな。でもバレたら街全体から爪弾きなのによくやるよ」

 

 ファンも長らく裏社会に身を置いている立場であるためこの話自体はよく知っていたが、あまりにも信憑性が低く単なる噂や都市伝説程度の話だと思ってろくに信じていなかったため、まさかその確度を高める物的証拠が見つかるとは思ってもおらず大いに驚いている。

 やれ短機関銃と弾薬と引き換えに新鮮な人の心臓を手に入れただの、貢ぎ物で上手く機嫌を取ったら失われた黒魔術の秘奥を教えてくれただのといった眉唾ものの風聞ばかり聞いていた彼からすれば、単なる都市伝説や陰謀論の類ではなくなったのだからその驚きもひとしおだ。

 

「これを持ってフィクサーの所に垂れ込めば追加で依頼が貰えるかも知れないし、雀の涙程度だけど礼金辺りは出るかもな」

 

 しかしそこから自分たちの利益になることをすぐさま考えつくあたり彼もまた立派な裏社会の住人であり、脳内では何をどうすれば恨みや顰蹙を買うリスクを最小限にしつつ最大の利益を引き出せるかを考えている。借金取りから傭兵に転身した彼はそういった機微にも敏いため、ある意味では純真といえる拓郎のサポートとしてうってつけであったのだ。

 

「だが……あの陳で大丈夫なのか? 拓郎にはああ言った手前あまり矛盾した行動を取りたくはないが、俺たちの等級に合わない仕事を回されたし、ちょっとは疑ってかかった方が良さそうだな。まさかあの腐れ野良犬どもに与してることはないだろうが」

 

 しかし拓郎の言っていたことがどこか引っかかっていたファンはその疑念を心の奥底に置いて忘れないようにすると、来た道を戻って二人がいる最奥の部屋に戻るなり相棒の拓郎に戦利品漁りの具合を聞いている。傭兵界隈において戦利品とは話を振る取っ掛かりとして優秀なことこの上なく、初対面の相手と打ち解けるにも同じチームメンバーとの軽口にも使える話題なのだ。

 

「それで拓郎、そっちの首尾はどうだ?」

 

「こっちは上々とまではいかないけど、ロボットや機械部品で良さそうなのを幾つか拾ってきたぞ。修復しかけのコンバットロイドもあったけど、重くて嵩張るから持って帰れないと思う」

 

 そんなファンの言葉に拓郎が振り向いて返事をしている。その手には新品に近い状態の基板やら未使用の部品があり、機械に関しては素人寄りである彼からしてもそこらに無造作に転がっているものとは一線を画す品質なのは明らかだ。

 自分の持っているゴミや安物とは大違いであり、この部品一つで自分が拾ってきたもの何個分くらいになるのかと一瞬だけ考えてしまったが、それでも売っ払うとはした金になるだけ何もないよりはマシだと言い聞かせている。大多数の傭兵チームにおいて仕事の報酬や戦利品は山分けが原則であり、特定の個人だけがハズレを押し付けられるわけではないのだ。

 

「やっぱそっちが当たりだったか。コイツら武器以外に殆どロクなもん持ってなかったから萎えそう」

 

「もーっ、あーしに監視させてる時に二人とも変なものばっか持ってきて……いったい何してんのさ。戦利品って言ってるけどぜんぶガラクタじゃん、基盤や電子回路に金とかレアメタルとか使われてるのは知ってるけど、ホント微々たる量しかないよ?」

 

「これが傭兵生活の醍醐味、戦利品漁りだ。まあ、俺も傭兵としてやるのは初めてなんだがな。それに今回はちょっとしょっぱかったからガラクタばかりだけど。監視は俺が代わるからミキモトもやるか?」

 

 一体何をしているのかと言いたげなジトッとした目線で二人を見るアリサに対してファンは堂々と答えるも、彼女の反応はあまり芳しくないどころか、信じられないものを見たような反応で目を見開くと首を激しく横に振る。殺しには抵抗や嫌悪感が無いのに、死体漁りや略奪に対して嫌な顔をするのは中々不思議な考え方だとファンだけでなく裏社会に飛び込んでから日の浅い拓郎すらもそう思っていた。

 

「や、やらないよ!? あーしがしたかったのは傭兵で、コレってただのゴミ拾いじゃん! しかもファンさんの持ってるコレ、絶対死体から盗ってきたっしょ!?」 

 

「安心してくれ、ゴミ拾いじゃなくて戦利品漁りだ。仕事を達成した傭兵たちに許される正当な権利かつ健全なお楽しみだって、元傭兵の旧友が言ってたからまあ大丈夫だろ。建設会社の人も不用品を片付けてくれて感謝してくれるしな」

 

「……悪い奴らのアジトまで来てヘンなガラクタ拾ってるより、そういう店でオギャッてる方が何万倍も健全だと思うなーあーしは」

 

「や、やめろぉ! その話を蒸し返すのは!」

 

 そんな不毛なやりとりこそあれど最終的には持てる限りの戦利品を抱え、警備システムを管轄する端末を物理・電子双方で強制シャットダウンした上でジャンカーズのアジトから撤退した三人はあまり人気のない道を歩いていたが、統一性が皆無な集団がこれまた統一性が皆無な物品をえっちらおっちら運ぶと流石に不審者だと怪しまれ通報されるおそれがあったため、端末から前払い式のレンタカーを借りて現地にまで呼び出している。そんな被害も発生していない些事でアシハラ市警が動くとは万に一つも思えなかったが、つまらないことで警察のお世話になりたくないとも思っていた。

 仕事の際は車を事前に調達しておくべきだという地味ながらも大切な教訓を得た彼らは、店舗から自動運転でやってきたその車に戦利品を詰め込むと午前中に地下から訪れた娯楽施設へ戻り、専用の古めかしいプリペイド式携帯電話でフィクサーの陳にアポイントメントを取る。

 何コールかの後に代わりで出た腹心のジャンに、仕事の完了を報告したいからと用件を告げ、本人に取り次いでほしいと頼むとものの数分で使いの者が現れ奥へと通された。要所を守る用心棒たちから一礼を受けつつ進み、目的の部屋へと入ると豪奢だが部屋の雰囲気とはミスマッチな西洋式机の向こうから油断ならない人物が口元に柔和な笑みを浮かべ片手を挙げて挨拶した。

 

「ファン・マクダニエルです。依頼された仕事は完了しました」

 

「ふむ、まさか今日中に終わらせてしまうとは。流石はマダム・スミスのお気に入りだね、仕事が早い。まあ今から人を遣って一応確認だけは取るけど、完了の確認がつき次第デジタル小切手をそちらに送付させてもらうよ」

 

 古代中華王朝の宮殿かと思わせる一室で三人を出迎えた陳は明らかに上機嫌でありながら、人の機微を見るに長けたファンを以てしてもそれ以外の感情を読み取れない。聞いていた通り迅速に依頼を完了させてくれたことに満足しているだけなので当然だが、何か裏があるかもしれないと余計に勘ぐらせていた。

 

「それで、他に何か変わったことはなかった? 些細なことでもあれば是非教えてほしい。その情報が役立ったのなら、後日に相応の謝礼は払うよ」

 

 そんな目の前の人物の思考に気付いているかは定かではないが、そう聞かれてから一秒ほどは伝える利益とその危険性を天秤にかけて思考するも、後のことを考えて伝えることを決めた。確かに自分たちを危険視して謀殺を目論んだ可能性は否定しきれないが、確固たる証拠はなく時たま起こりうる情報と現実の乖離である可能性が高いと踏み今一度様子を見ると決めたのだ。

 ファンは拓郎に目配せして親玉らしい死体が持っていたメモを出させ、それを受け取ると陳に渡す。最初は特に、読み進めていくごとに柔和な雰囲気が削がれていった。

 

「メモ書きだけという乏しい物証ですが、このジャンカーズはスカヴィードッグスとの交渉を目的にしていた可能性があります」

 

「……ほうほう、これが事実なら由々しき事態だね。ジャンカーズは単に解体工事の邪魔をしてただけの連中だと思ってたけど、奴らと関わりがあるとなるとちょっと認識を改める必要がありそうだ」

 

 加えてファンの口からスカヴィードッグスという単語が出た瞬間、今まで上機嫌であった陳の雰囲気と目線が明らかに鋭くなる。無辜の人々へのコラテラルダメージを全く厭わない筋金入りの過激な反企業主義者ですらも、あの集団に対してだけは嫌悪感を露わにする。街の表も裏も知り尽くしたフィクサーからすれば、自分たちの仕事を邪魔する害獣でしかない。

 だからこそ、地区の顔役として連中の存在そのものを許してはならなかった。乏しい物証でも活動の形跡を見つけたらとりあえず調査し、もし根城を作っていれば徹底的に叩く。相手はファンタジー作品でいうところのゴブリンのような存在であり、住み着いた場所の近隣で無軌道に殺し、奪い、嬲ることを生業かつ無上の喜びとする畜生にも劣る忌まわしい連中であり、アシハラに住まう者の不倶戴天の敵なのだから。

 

「……なるほど。明らかにそちらの虚偽ではないだろうし、こちらで調査してみるよ。この情報の貢献次第では追加で謝礼を振り込むことがあると思う。ひょっとすると、これの関連で君たちにまた依頼を回すかもしれない」

 

「ありがとうございます、我々傭兵にとってはそれが一番嬉しいです」

 

「僕も将来有望な傭兵とのツテを作れて嬉しいよ。それで、彼女……ミキモト君はどうだったかな? 少なくとも仕事の邪魔にはならなかったと思うけど」

 

「はい、今回の依頼はミキモトなしには成功が覚束なかったのは事実です。それに自分と拓郎にはない専門スキルを持っていますので、正直これからのことを考えると是非うちに欲しい人材と言えます」

 

「なら良かった。君たちと彼女さえよければ是非組むといいよ。中々にいい素質を持っているからね」

 

 後にいくつかアリサについて言葉を交わしてから陳のもとを辞した三人は、駐車場に停めてあるレンタカーへと戻るとファンの行きつけである馴染みの故買屋へと向かう。本来なら二〇分もあれば走破できる距離なのだが、午後十時は過ぎ仕事終わりに夜の楽しみを求める人々が集うピークの時間であり渋滞に巻き込まれたために本来の三〇分以上もかかり、ベイエンド地区に程近い裏通りにある目的地へ辿り着いたのは午後十一時を回った後であった。

 そこにあるのは日本のありふれた地方都市の路地裏にありそうな佇まいの店舗。いかにも旧世紀後半にありそうな『質屋』といった雰囲気であり、三階建ての雑居ビルを丸々一棟使っているにも関わらず寂れていることもあって、急速に移ろいゆく時代に取り残された遺物といった風情が漂っている。

 そこでようやく戦利品の分配の時間が始まり、張り詰めていた空気はすっかり緩んでいた。陳による仕事の判定こそ出ていないが、実質的な山場は既に終えているので問題はない。

 一般的な戦利品の分配方法は、まず売却時の総額を算定してから自分が欲しいものを皆に伝え、複数人で被らなければそのまま取得できるが重複したなら皆の前で双方が合意するまで話し合う。誰も欲しがらなかった残り物は全て換金した上で一人あたりの取得額が均等になるようクレジットを全員に受け取るのだ。

 

「さて、何か欲しいものはあるか? 俺は特にないから全額クレジットにするが。散弾銃もサブマシンガンもちょっとボロすぎる」

 

「俺も特にないからクレジットで。あ、九ミリ弾だけは一〇〇発くらい残して欲しいかも」

 

「あーしは……全部クレジットでいいや。戦利品だっていうから、もっとズラリと並んだ一〇〇円札の山とかトランクいっぱいに詰め込まれた金の延べ棒とか想像してたんだけどナー」

 

 とはいえ三人が欲しいと思えるような物品は殆どない。目玉商品が低品質かつ使い古された散弾銃と短機関銃になってしまうほどに質が低く、全くと言っていいほど見向きもされなかった。典型的な傭兵なら大いに喜ぶ酒や煙草、薬物といったありきたりな嗜好品は彼らにとって無価値も同然であり、そのまま売却が確定している。

 

「ミキモトは意外と現実主義なんだな……んじゃあ戦利品を換金してくるぞ。総額を三人で山分けで異議はないか?」

 

「大丈夫だ」

 

「異議なーし」

 

「よっし、行ってくるか。本当なら公正を期すために三人で行くべきだが……ここの店主はちょっとめんどくさい奴でな、特に一見さんがいると話がややこしくなる。だから二人は車の中で待っててくれ。査定額の見積書と買い取り額の証書は必ず見せた上で分配するから」

 

 拓郎が欲しがった九ミリ弾を除いて全て売却されることが決まり、二人の同意と委任を得たファンは端末で短く連絡を入れると車から降りて故買屋へと入っていく。

 信頼関係が強固な固定メンバーのチームならともかく、報酬関連を単独で処理するのは本来ならリーダーでもかなり危うい行為なのだが、拓郎とファンは前の依頼から組んでいるためその辺りの問題はなく、アリサはフィクサーに押し売りされたような形のため公平な配分がなされるならばそう強く出るつもりはない。

 そうして車内に取り残された拓郎とアリサであったが、気まずい沈黙が一畳にも満たない空間を支配している。彼らは仕事をこなすために一緒に行動しているだけであり、元々何かしらの接点があるわけではないため共通の話題も少ない。だからこそ仕事の話をしていたファンがいなくなると露骨に会話が減ってしまったのだ。

 

「……ね、拓郎さんは何で傭兵になったの? なーんかフンイキがいかにもアウトローです! ってカンジがしないし、中心街とかギガモールとかをスーツ着て歩いてるふつーのヒトっぽいから気になっちゃった」

 

 そんな数分続いた沈黙を破り会話の口火を切ったのはアリサであり、後部座席からずいっと体を乗り出して助手席で寛いでいた拓郎へと整った顔を遠慮なく近付けている。いきなり距離を詰めてくる様と口から飛び出た真を衝く言葉に彼は少なからずびっくりしたが、特に隠すべき内容ではないため素直に話し始めている。

 

「他の傭兵どもと大して変わらないよ、お金と名誉が欲しかったから傭兵になったんだ。日本のどこにでもあるクソの掃き溜めみたいな会社で来る日も来る日も最低賃金ギリギリで働き続ける惨めな毎日を死ぬまで続けるよりも、僅かなチャンスでもいいから掴んでこの街で成り上がって、絵に描いたようなウハウハな人生を手に入れたいって思っただけさ」

 

 本当はアシハラで人生の一発逆転を夢見たものの、実際には上手くいかないストレスからギャンブルにのめり込みすぎた挙げ句、男娼として改造された上で売り飛ばされそうになったところを逃げ出してきた時になりたいと思ったのだが、人に話すには余りにも恥ずかしい話であるためそこはさりげなく端折っている。いかに一度死にかけて吹っ切れた彼とて、守りたい秘密の一つはあるのだ。 

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