光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第二五話

「ふぅーん……社畜だったんだ。日本ってメガコーポの本社が三つもあるからメッチャ豊かでヤバい金持ちばっか住んでる国だって聞いてたけど、生活が苦しい社畜も全然いるんだね」

 

「しゃ、社畜って……そりゃ沢山いる、というより金持ちより遥かに多い。それにあの時社畜だったのは事実だけど、今はもう違う。こっちの方が日々に刺激があって何十倍も稼げるんだ、今さらあんな酷い暮らしに戻る気は全くないよ」

 

「まあそうだよねー……教えてくれてありがとっ」

 

 そんな拓郎の答えに納得したのかそれ以上深掘りしてこなったアリサであったが、今度は彼が聞く番であった。いくらハッキングの才を有するとはいえ友人と繁華街を歩いていそうな雰囲気の女の子が、どうしてこんな殺伐としたけったいな世界に飛び込んだのか気になっている。

 

「それで、ミキモトは何で傭兵に? あのハッキングの腕があればある程度のところでも職を見つけるのは難しくないと思うけど……」

 

 それは本来なら軽い話題のはずであり、金のためや生活のため、金やモノといった何か欲しいものがあるといったありきたりで欲望を満たすためにやっているといった返答を期待していた拓郎だが、彼女から返ってきたのは全く予想していなかった答えであった。

 

「あーしは……人を探してるの。詳しくはまだちょっと言いたくないけど、どうしても見つけなきゃいけない人がいる。だから、そのためには傭兵として裏の世界に踏み出さなきゃって」

 

 彼の特に何も考えていなさそうな問いに対して飄々と返したアリサだが、口こそ笑っていても目と口調は真剣そのものであり、その妙に圧を感じる様にどこか重苦しさと決意の強さを感じ取っている。

 自分の人体改造実験未遂みたいに、きっと何か他人に立ち入られたくない複雑な事情でもあるんだろう。そう感じ取った拓郎は、自分の害になりそうにない限り個人的かつデリケートなことをあれこれ詮索するのはよそうと決め、さりげなく話題を変えることにした。それに、この街で成り上がり新たな伝説を作るだなんて中学生じみた夢を掲げているのが少しだけ恥ずかしく思えてきてしまったので、それを忘れるためにもさりげなく話題を逸らしたかったのだ。

 

「人探しのために傭兵になったのか。すごい覚悟だな。俺だったら多分……いや絶対に探偵を頼ってると思う」

 

「マジそれな。まあ陳さんにも『それなら傭兵になるんじゃくて探偵に相談した方がいい』って言われちゃったんだけど……って、何か湿っぽくなっちゃった。せっかくだし、もっと楽しい話しよ!」

 

 幸いなことにアリサも話題を変えたかったためこの話はここまでとなり、あとは毒にも薬もならない世間話が続く。二人とも大して面識のない人間との雑談が得意とは言い難いのだが、同じ傭兵でありチームの一員ということで一定程度は打ち解けており、しっかりコミュニケーションは取れていた。

 

 

「あんなこと言った後で悪いけど、台車借りてきたからどっちかは戦利品を運ぶの手伝ってくれ。もう一人は車の見張りで。よっぽどじゃなきゃ大丈夫だと思うけど、掃き溜めのベイエンドだからなここ。一応念のために頼む」

 

 二人がしばらく他愛ない話をしていると、二台の自走する台車を背後に従えたファンが運転席のドアを開けた。程よく冷やされた車内に流入する外の蒸し暑い空気が夏の夜であることを思い出させ、同時に今日はまだシャワーすら浴びていないことも思い出させている。

 外気が風となって入ってきたことで拓郎は自分がかなり臭ってるんじゃないかと今さらながら思い始めたが、二人も少なからず汗をかいているため実はおあいこだろうという希望的観測に縋っている。仮に汗臭くても今すぐ可能な対処法なんて何一つなく、ただだ臭うに任せるしかないのだから。

 

「んじゃ、あーしが手伝うね。やっぱりちょっとくらい体動かさないと」

 

「じゃあ俺が残ればいいや。よっぽど大人数でもなきゃ生き残るくらいはできるだろうし」

 

 結局、車には近接戦闘ができる拓郎が残ることになり、アリサはファンと一緒に後ろの荷物置きから戦利品を運び出しては台車へ積み込み、故買屋へと運び込んでいく。周囲に人も大して住んでいない寂れた裏路地に台車が多少デコボコしたアスファルトを進むゴロゴロという音が響くが、それを気にしたり咎める者はいない。

 その間は正面を照らすレンタカーのヘッドライトと疎らな上に頻繁に明滅する頼りない街灯だけを頼りに、良からぬ輩が現れないか目を凝らして見張っていた。とはいえ裏社会御用達の故買屋に対して何か害を為そうという愚か者は殆どいない。いてもスカヴィードッグスのような最低限の道理すら通らない狂人と獣の集まりか、いわゆる『無敵の人』くらいなのだが、逆にそれらに遭遇したらしたでほぼ確実に面倒なことが起きるだろう。

 

「頼む……もう今日は宿に帰りたいんだ。ユニットバスでゆったりくつろいでから寝たいんだ、どうか何も起きないでくれ……」

 

 ふと口をついて出た彼の期待通り戦利品の運び出しと算定の間に何も起こることはなく、運び終えたアリサがまず車内に戻ってきて暑い暑いと騒ぐため冷房を少し強め、あまり容量の大きくないバッテリーが上がらないかだけ気をつけながら間断なく目を光らせ続けた。

 つい二時間ほど前までは廃ビルを根城とするジャンカーズを奇策で叩きのめしていたというのに、油断は禁物とはいえ今は冷房の効いた車内でくつろぐ余裕すらある。そんな状況の移り変わりと、今後それが日常となることに思わず苦笑してしまう拓郎であった。

 

「……おう、戻ったぞ。戦利品の査定額が出た」

 

 そこから更に十数分も経った頃に査定が終わったためファンが算定見積書と買取証明書を持ってきている。今回の売却額にあまり納得いっていないのかやや渋い顔をしており、そんな顰め面を隠そうともせず二人に二枚の書類を見せている。

 算定見積書には戦利品全ての目録と査定額が記されており、買取証明書にはそこから拓郎が要求した九ミリ弾一〇〇発分が引かれた分の額が示されていた。

 

「戦利品は全部合わせて三六三五四クレジットになった。これを三で割ると、一人あたり一二一一八クレジットになる……か。シケてるな、というよりあのどケチめ。自動算定AI……しかも的確に最安値をつけることで悪名高いガオディエン製のやつなんか導入しやがって」

 

 あれだけ必死に掻き集め、汗水垂らして苦労して運んできたのに三六三五四クレジットにしかならないのかと不満そうな顔をしていた拓郎とファンだが、そもそもそこらに屯する独立系ギャングのアジトを襲撃したところで得られる戦利品の総額は今回の二割にも満たないケースが殆どだ。

 今回の結果は未完成のロボット兵のために用意されたと見られる高規格かつ良好な状態の電子部品が高く査定されたことに起因する。つまり極めて運が良かったのだが、最初の依頼で傭兵的な金銭感覚を狂わされてしまったために少ないと感じている。

 

「いや、多めにバイトしてる学生の一ヶ月分ほぼ同じだし! ゼイタクしないふつーの一人暮らしなら一ヶ月と少しくらい生きていける額だし」

 

「うん、まあ……そう、少ないのかな? こっちに来てからマトモなところで働いたことないから、給料の相場とか全然分からないんだ」

 

「う、ウソでしょ……マトモだと思ってた拓郎さんも結構アレなヒトだったの……」

 

 最初の依頼の報酬として一〇〇万クレジット──平均月収の五年分に近い額を貰ったせいか、金銭感覚がそこそこ狂っている二人に思わずツッコミを入れるアリサ。決して豊かとは言えない生活の中でお金の大切さを知っている彼女からすれば、たかがそれだけといった感じでため息を吐く様が全く理解できなかった。

 

「まあそれはそれとして、さあ分配の時間だ。一人一二一一八クレジット、拓郎だけは九ミリ弾一〇〇発分だけ引いた一一九一八クレジットな」

 

 そんな彼女のぼやきを聞き流しつつ円柱形のクレジットスティックを取り出し、そこから三人の端末へとクレジットを流し込んでいく。転送作業中にネオンサインじみて七色に光る意味は特にないのだが、初めて見る者の目を楽しませる効果はあった。

 

「よし、確かに一一九一八クレジットと九ミリ弾一〇〇発は受け取った」

 

「あーしの分もおっけーでーす。これでお家賃は大丈夫だし、新しい機材買う分の貯蓄に回そっと」

 

「うっし、これでとりあえず仕事は終わりだな! 依頼報酬の分は受け取ったらまたこちらから連絡するとして、じゃあ本日はここで解散だ。お疲れ様」

 

 分配の確認まで終わったのはあと三〇分もすれば日付が変わってしまう頃であり、現状でやるべきことは残っていないためここで解散となったのだが、戦闘能力が一般人に毛が生えた程度の女性を治安の悪い裏路地に放り出して一人で帰すのは間接的な殺人と変わらないため、そのままアリサが仮の拠点としている陳が経営しているホテルまで送っていった。

 彼女としても本格的に拓郎のチームへ加わることに異存はなかったが、それに伴って借りていた部屋の引き払いと荷物の整理、そして賃料の精算をするのに最低でも一日から二日ほどかかるため一旦帰らねばならない。そういった準備が全て終わったらまた連絡すると約束してから別れていた。

 

「これで俺たちも無事に依頼を二つこなしたな、あと一つで晴れてニュービーからおさらばできるってもんだ」

 

「そうすれば少しずつ依頼も来るようになるし、多分レッド級からも脱却できる。夢に向かってまた一歩前進できた気がするよ」

 

「流石にレッド級脱出はまだだろうがな……あの格付けの連中がどうやって俺たちの活躍を把握してるかなんて皆目見当がつかないが、あれでも恐ろしく正確なことに変わりはない。でも、そうなってると嬉しいもんだが」

 

 日付が変わってから数十分ほど経った頃、二人きりに戻った車内ではすっかりだらけ依頼達成の喜びと疲労が混じった変なテンションでおしゃべりに興じている。借りた車は明日の朝に返却処理を行うとして、今はとにかく宿に帰って体を洗いそのまま寝てしまいたいという欲求に従って行動しているが、それでも高難度依頼を成功させた興奮は収まらず二人とも饒舌になっている。

 話題はアシハラだけならず人類社会の各地に根付く傭兵業界において共通する、『仕事を三度こなすまでは新人』という不文律のようなものへと移っていた。

 傍目から見れば頭の固い老人が好きそうなカビの生えた古臭い言い伝えでしかないが、実際に依頼を三つ成功させて生き延びた上でなおも傭兵稼業を続けることができるのは、新人の八割前後という長年に渡って維持されている冷徹な数字の上に成り立っている。あとの不幸な二割は仕事中に命を落とすか心が折れるかでこの道を諦め業界を去ってしまうのだ。

 

「今回はあんまり良いとこなかったけど、まあ新しいフィクサーの人と繋がりが持てたし依頼自体は成功したと思うし……全体としては良かったのかも」

 

「まあ、そう考えとけばいい。拓郎やミキモトの恩恵に与ってる俺が言うのもなんだが、普通の駆け出し傭兵はこんなド派手な仕事なんかしないからな。今はもう足を洗ってるが、俺の友人がやった最初の依頼は何か知ってるか? 飲食店の警備という名目の雑用だぜ。ゴミを出して、皿を洗って、時々どやされながら野菜を切って……ガキのバイトかよってボヤいてたのを覚えてる」

 

 その点、彼らは運に恵まれた上に幸先の良すぎるスタートダッシュを決めていた。偶然ながら元フィクサーの大物であるマダム・スミスと知己を得て依頼をこなし、そこからイースタンファクトリー地区の陳とも繋がりを得た上に高難度依頼も達成。仮に格付けサイトに新人賞があればほぼ間違いなく受賞できるほどの功績を叩き出している。

 先週の活躍を含めて、きっと来週辺りの『期待の新人』欄あたりに載っているのだろう。自らの名前が為した功績と共に広まっていくことを想像して何だかこそばゆく感じた拓郎だが、悪い気は全くしない。傭兵としてこの街で成り上がりの道を歩み続け、いつか頂点へと至るためには名声は必要不可欠な要素だからだ。

 当然ながら等級を上げて有名になってもいいことばかりではなく、下剋上狙いの野心家や出世頭を疎ましく思う者たちからの良からぬ注目をも浴びることになる。有名税という言葉は表の業界でもよく使われるが、傭兵の世界では不特定他者からの悪意や敵意は高確率で殺意になって飛んでくるため気が抜けなくなるのだ。

 

「ま、そいつはそこから地味でも死ぬ気で頑張ってイエロー級まで辿り着いたんだ。それを妬んだ自称ライバルと元チームメンバーに二回続けて殺されかけたのを機に引退して、今じゃウェストランドなんていい場所に探偵事務所を開いてる」

 

「自称ライバルはともかく元チームメンバーに殺されかけたって、一体何をやったんだその人は……? まさか不義理か戦利品の横領でもやらかしたのか?」

 

「いいや、二回とも向こうの一方的な逆恨みさ。二回とも返り討ちにしたまではいいけど、仲間だった奴を自分で直接手にかけたのが相当に堪えたみたいでな。それで足を洗ったってわけだ」

 

 もしかしたら、自分も傭兵としてのキャリアを積んでいくうちにファンの旧友のような目に遭うかもしれない。何も害を与えていないにも関わらず一方的に敵視されて闇討ちされたり、嫉妬に駆られた仕事仲間が裏切ったりするのだろうか。自己本位の嫉妬と敵意を瞳に宿し、ライフルを構えて自らに迫り来るファンを想像した拓郎は少しだけげんなりしている。

 彼は事のいきさつやバックグラウンドを全く知らないため何か気の利いたことを言えないが、そういったことが決して珍しくないのはどこか諦念の感じられる口ぶりから何となく察していた。

 

「まあそんなアレコレはこれから嫌というほど見ることになる。慣れろ……とは言わんが覚悟はしといた方がいい」

 

「ああ、分かったよ……頑張る」

 

 それからはさっきまでの活気が嘘のような静寂に包まれたまま十分近く車を走らせると拠点となる宿であり、車を敷地内に適当に停めてから二人して疲労困憊なのを隠そうともせず裏口から入れてもらうと、重たい体にむち打ち階段を登る。二人とも二階の隣同士に部屋を取っているが、三階建てのバックパッカー向け安宿にエレベーターなどという贅沢品はないため部屋に入りたければ頑張るしかないのだ。

 

「んじゃまた明日な。明日には依頼の金も入るし、ミキモトがこっちに来るまではのんびりしてようぜ」

 

「ああ、明日からのことは明日に考えよう。それじゃおやすみ」

 

 そうして何とか自分の部屋に戻ると汗や埃で汚れた服を脱ぎ捨ててユニットバスへと駆け込んだ拓郎は一日の疲れを体の汚れと共に洗い流し、湯船に熱めの湯を溜めてゆっくりと浸かっている。今では当たり前になった習慣だが、社畜時代は時間の無さから大抵シャワーだけで済ませており時間を忘れて浸かれる日など月に一度か二度あればいい方であった。

 こんなところで傭兵稼業の良さを体感することになるとは思っていなかったが、疲れた体に残された僅かな体力を少しずつ、しかし確実に奪っていく。摂氏四二度の凝った筋肉を徐々にほぐしていく中で徐々に意識が薄れていき、そのまま全身が湯の中へと沈んでいくが、流石に鼻孔が浸かった時点で体が違和感に気付いて

 あわや浴槽で溺れる事態を回避すると急いで体を拭いて寝間着に変え、重い体を叱咤して何とかベッドまで辿り着くと疲労と眠気に誘われ倒れ込んだ姿勢のまま数秒としないうちに眠りについている。

 そんな彼が再び目覚めたのは朝九時半過ぎであり、それも端末がファンからのコールが何度も何度もけたたましく鳴り響いたことで叩き起こされたため気分は最悪であったが、通話越しに聞こえた一つの単語で不機嫌は吹き飛んだ。

 

『おはようさん、九時半になっても寝てるなんて昨日はよっぽど疲れてたんだな。それよりマダム・スミスが俺達を呼んでた。予定さえ合えば午前一一時にまた『ウキヨエ』の事務所で話をしたいって』

 

 マダム・スミス。恩人の名前を聞いた瞬間に眠気も一緒に吹き飛び、思考がクリーンになった。その者は69番街の支配者にして今なお影響力を保つ元大物フィクサーにして、二人の後援者と言える存在である。

 そんな大物が自分たちを急に呼び出して何の話をするのか全く分からないが、それでも行かないわけにはいかなかった。何処の馬の骨とも分からない人間に依頼を受けさせてくれたことを始め、今も保留扱いされているが事実上失敗した行方不明者捜索依頼など借りは幾つも残っているわけで、よもやすっぽかすなどという不義理は社会通念上だけでなく自分自身ですら許せない。

 

「……すぐ着替えて身だしなみも整える。十時半に宿の玄関で待ち合わせでいいか?」

 

『ああ、問題ないぞ。んじゃあまた後でな。遅れるなよ』

 

 また新しい依頼の話だったら助かるんだけど。拓郎はそんなことを考えつつ勤務時の正装である自警団の服に袖を通し、少し伸び始めていた髭を剃ることで新たな一日を始めることにした。

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