光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
そうしてファンと合流して向かった先は69番街の政治的及び文化的中枢である『ウキヨエ』。この時間帯は閉店中であり、妖しさとけばけばしさを併せ持つネオン看板も消灯していてキャストやスタッフの殆どもいないのだが、ここはマダム・スミスの拠点でもあるため裏口は空いているし、当番の警備スタッフは二四時間態勢で常駐していた。
今回は顔見知りのクリスでも69番街と関わるきっかけとなったショウコでもなく初めて見る顔に出迎えられたが、まるで二人がVIPであるかのように扱われて少し困惑している。二人はすっかり69番街防衛戦の英雄として知られていることに若干の誇らしさと照れくささとを覚えながらも、事務所のある二階へと上がっていった。
「あら、いらっしゃい。この時間だし軽めの昼食を用意してもらったから食べながら話しましょう」
二人を呼んだ張本人であるマダム・スミスは既にいつもの格好のまま事務所にいて、彼らが扉をノックする前に扉を開けて顔を出すと自ら招き入れている。こういった立場の人間には大抵の場合付き人や側仕えといった存在がいるものだが、当の本人がそういった権威の誇示を好まないため一人で出迎えることも少なくない。
しかしそれでは小粒とはいえ一勢力の支配者たる威厳を示せないのでクリスがさも側仕えのように振る舞うことも少なくないのだが、味方かつ一員に近い判定を受けている二人に対してそのような虚飾をする必要などないと判断されたのだ。
「こんにちは、マダム・スミス」
「いつもお世話になっておりますマダム」
事務所内は何度か入った時のままであったが、質素ながらも素材と造りの良さが分かるテーブルには様々な飲み物用のカップの他に巡回警備任務の時に何度も食べたことのあるサンドイッチが入ったバスケットが置かれており、作られてから殆ど時間が経っていないのか最初に会談した時と全く同じ飲み物からは湯気が上がっている。
「まずはこれを言わせてちょうだい、依頼達成おめでとう。チンの坊やから話は聞かせてもらってるわ、向こうで廃ビルにたむろしてた独立系ギャングを蹴散らしたって。あの子はちょっとやりすぎたかなって思ってたみたいだけど大丈夫だったようね、あと依頼の達成を確認したって連絡がこっちにもきてたわよ」
少し早めの昼食を兼ねた会談ではまずスミスが二人の依頼達成を祝うことから始まり、リップサービスが乗っていない掛け値なしの賛辞を送った。仕方がないこととはいえ社交の場では虚飾や世辞がものをいうのが古来よりお決まりだが、69番街の支配者の中では二人の扱いは身内よりであり取り繕わなくてもよい対象なのだ。
「新入りのミキモトって子がハッキングで防衛システムを止めてくれたからかなり楽に終わらせられただけで、俺はそんな大したことをしてない」
「ありゃ向こうからしたら反則そのものってくらいの活躍でした。俺たちは少ない生き残りをとっちめただけです」
昨日の仕事に関しては大半がアリサの活躍だと思っている二人にとってそんな賛辞はこそばゆかったものの、実際に彼女一人では依頼を達成できない。例えハッキングで大多数を一方的に殲滅したとしてもそれは成功条件を満たしておらず、実際にクリアリングして安全を確保する必要があるが、直接戦闘能力がからっきしに近い彼女にそれを期待するのは酷だろう。
だから陳もスミスも拓郎とファンをしっかり評価していると直接言われてしまえば反論など不可能であり素直に賛辞を受け入れるしかない。仕事というのは個々人の働きではなくチーム全体で評価されるものなのだ。
「いいえ、アナタ達も立派に活躍してるじゃない。仕事も丁寧な方で絶対いると思った取りこぼしの一つもないってベタ褒めしてたわ……あと『午後一時までには支払い保障済デジタル小切手で報酬を送るから確認してほしい』とも言っていたわ。こういう細かなことに手抜かりがないのはあの子のいいところよ」
それに、会談に臨むべく端末の通知をマナーモードに切り替えた後に陳から連絡が来ていたらしい。スミスの次の一言でそれを知らされた二人は後でメッセージ欄を確認してから早めに返信しておこうと脳内のやることリストに追加すると、注意を目の前の人物に向け直した。
「あ、そうそう。本当はもう一つアナタ達に頼み事があったのよ。でもとあるブルー級の傭兵が昨日格安で請けて解決してくれたからそっちはナシ。本来の用件だけでよくなったわ」
「ブルー級って……一流を公言しても許されるしメガコーポや七大ギャングからも一目置かれる等級だったっけ。そんな強者ですら容易く値切ってコキ使えるなんて……」
「例え引退してもマダム・スミスの名は伊達じゃないってことだ。上位の傭兵でも特定のフィクサーとツテを持ちたいがために、自分から条件を下げてまで依頼を受けるのは別にありえない話じゃない」
「まぁ、二人ともそんなに持ち上げないで。安値といっても別のことでちゃんと対価は支払ったわよ。アレ……あの子もギブ・アンド・テイクが保たれていればきっちり動いてくれるしね」
別の対価を支払ったとはいえ、さも当たり前かのようにブルー級という名実ともに一流の傭兵を格安で動かしたと言い切る影響力。そんなことすらできる裏社会の大物が何故自分みたいな無名の新人に目を掛けているのか分からなくなる拓郎であったが、それが本人の口から語られることは恐らくない。
しかし彼はスミスがこぼした『アレ』という余りにも雑過ぎる言い方と、一瞬だけ見せたどこか複雑そうな表情で何か自分では決して知ることのできない事情があるのだろうと察している。
一方でファンは、できれば他の人に任せたかったが技量の問題でどうしてもその人物を頼らざるを得なかったのだろうと、かなり的を射た推測をしていた。この街に限らず実力者に変わり者が多いのは彼も重々承知しており、それが些細なものと思えるくらいに重宝する人物であれば、多少は目をつむる程の度量や寛容さが依頼人には必要になることも多い。
「あとはそのブルー級傭兵が仕事の報告がてらアナタ達に捜索を依頼していた行方不明者を一人連れて帰ってきたくらいかしらね……ほんとに何なのよアレ……じゃないわ、あの子」
「……本当に実力は一流なんですね。ブルー級でちょっと変わってる傭兵となると何人か候補は絞れますが」
「あら、それはトップシークレットよ。他人との契約関係や依頼に関係のない個人情報については原則明かせないわ……まあ彼は実力も実績も確かだし契約にも誠実なんだけど……中々ニッチな趣味というか、性癖を持ち合わせていて……」
何故かその傭兵に関して話すときはスミスには珍しく妙に歯切れの悪い言葉が続いていたが、こうやって機密に当たらない部分を気楽に他人へと話すあたり想像しているより悪い関係ではないのだろうなとも二人は推測していた。
そこからしばらくはサンドイッチをつまみながら近況報告のような話が続く。ほんの少しずつだが69番街全体の客足が伸びつつあることや、傭兵と自警団を用いたより効率的な警備体制の構築、フィクサー時代のコネによる情報網の再整備などであり、鬼哭衆に狙われるこの小さな自治領域を守るべくスミスが打ち出した様々な方策などを聞いていた。
廃ホテルの戦いで投入した戦力の大部分を失い組織に少なくないダメージを受けた鬼爆組であったが、69番街周辺で不審者の出没がちらほら確認されるようになるなど活動を再び活発化させていると推測されており、状況は決して予断を許さない。
だからこそ一度ならず二度までも不覚を取ったスミスは躊躇わず全力を出している。現役時代に山と積み上げたクレジットを出し惜しむこともなく擲ち、複数の傭兵チームを雇っては隅から隅まで定期的に巡回させて廃墟の拠点化を許さず、志願者が微増した自警団が不審者や不審物に目を光らせる。
短い期間でよくそんな人員を増やせたと二人は驚いたが、引退したとはいえ裏社会の大物というネームバリューは今なお健在であり、その栄光や富のおこぼれに与りたい者から信用できそうな者を選ぶことはスミスにとってさして難しくなかったのだ。
「あら、かなり話が逸れちゃったみたい。話を戻すとチンの坊やが依頼達成の連絡があった時に言ってたけのだけど、近いうちに新しい依頼をアナタ達宛に出すかもしれないって。よっぽど彼に気に入られたのね」
そうして二〇分ほど話した後に仕事のことへと話題が戻るのだが、屈託ない笑顔を浮かべたスミスの口から衝撃の言葉が放たれた。
「これってまさか……?」
「し、し、指名依頼……!?」
「そう、正解よ。まさかイエロー級どころかオレンジ級に上がる前なのに指名依頼を獲得しちゃうなんて……ただ紹介しただけなのだけれどアタシも鼻が高いわ」
そう、指名依頼。読んで字のごとく特定の個人もしくはチームを指定して依頼される仕事のことであり、これを首尾よく達成することは自らやチームの価値を大きく引き上げるだけでなく受注したフィクサーや大元の依頼人からの覚えもめでたくなるため、傭兵としてアシハラで成り上がりを目論む多くの者が喉から手が出るほど求めている。
当然ながら、依頼人はこの人もしくはチームなら必ずや成功させてくれると信頼しているからこそ重要な仕事に指名を出すのであって、取り柄も実績も皆無かそれに近い無名の雑兵如きにポンポンとくれてやるほど安くも軽くもないのだ。それ故に特段の事情がない限り最低でもイエロー級、大抵はグリーン級以上の精鋭でしかお目にかかることはない。
つまり、今をときめく上位等級の傭兵たちは皆それを突破した者たちであり、彼らの仲間入りをしたいならば必ず乗り越えるべき試練であった。そんな登龍門と言うべき指名依頼が自分たちに向けられている。まだ可能性の段階ながら、自らの名を上げるまたとないチャンスの到来に拓郎の胸は高鳴った。
「新人の俺たちに指名依頼が……選ばれた理由は全く分からないけど、これが大きなチャンスだってことは分かる」
「マジかよ、もっともっと上に行ってからしかお目にかかれないと思ってたんだがな」
ここでしっかりと功績を上げたならば、スミスや陳だけでなく他の傭兵たちやその背後にいるフィクサー達、そしてアシハラ市の担当部局や建設会社といった大口の依頼者にまでその名を知らしめることができる。そうなれば名前を覚えてくれた他のフィクサーや依頼者が今後『信頼できる実力の傭兵』として大きな仕事を回してくれる可能性が確実に高まるのだ。
「是非、是非やらせてほしい! これで一気にのし上がってやれる……一気にオレンジ級まで行ってやるぞ」
一足飛びで名声を高めるチャンスの到来に、つい昨日に陳の依頼で高難度かつ相性の悪い仕事を任されてしまったことなど頭の片隅に追いやられ、この好機を逃すなど言わんばかりに飛びついた。彼はまだ知らなかったが指名依頼というのは相場よりも高い報酬が用意されているのか通例であり、最低でも普通の五割増、難度や依頼人との関係によっては二倍や三倍、それ以上になることも珍しくないと報酬面でも極めて好条件なのだ。
そんな前のめりが過ぎる様をファンは少し危なっかしげに、スミスは好意的に見ていたが、突然の指名依頼ですっかりやる気になっている将来の有望株の意欲を愚かにも削ぐことのないよう話を続けている。
「まぁまぁ、そんなに焦らないの……それで、予定されている依頼はスカヴィードッグスの掃討よ。どうにもイースタンファクトリーの地下に一定規模の野営地を作っている可能性が高いみたいで、再開発計画の妨げになるから排除してほしいらしいわ」
スカヴィードッグス。一般人なら聞いただけで震え上がるその忌まわしい名を呼ぶ時に、できるだけ平静を保とうとするその顔には隠そうとしても隠しきれないほどの嫌悪感が滲んでいて、改めてあのケダモノじみた連中が街の誰からも忌み嫌われる存在であることを二人とも理解した。拓郎も借金取りから逃げる際に一度交戦した経験があるため、その度し難さと恐ろしさは身を以て知っている。
数多の陰謀と策謀、そして欲望が渦巻いて動くため現代の魔都とも呼ばれるアシハラはメガコーポや七大ギャングを始め、大小様々な勢力が各地の縄張りや様々な利権を巡って常日頃から水面下で争いを続けているが、そんな血気盛んかつ狡猾な連中が揃いも揃って忌み嫌うどころか、見つけ次第排除することを推奨していた。
本来ならその性質故にあらゆる勢力から早々に袋叩きにされて消滅するところなのだが、メガコーポ群による支配の象徴、資本主義社会の極致とも言えるこの街で人生全てに絶望した者は、自ら命を絶つ代わりに最期の一花を咲かせると言わんばかりにこの忌むべき集団へと加わることが多いため、一向にその数が減ることはない。
「とにかく数が多いから複数の傭兵チームを動員する計画らしいけど、そのうちの一つにアナタ達が選ばれる……というより内定しているのよ。詳しくは聞いていないけれど、きっと戦ったことがある経験を買われて選ばれたのでしょう」
「……っ!?」
が、何気ないスミスの発言に拓郎は驚愕した。彼が覚えている限りで借金取りからの逃走をファン以外の誰かに話した記憶はなく、底知れぬ力を持つ元フィクサーとはいえ何で生存者の少ない地下空間での出来事まできっちり把握しているのだと恐怖を感じている。
実際には彼が決死の脱出を敢行するのとほぼ同時刻にアシハラ市警主導のスカヴィードッグス掃討作戦が行われており、それに参加したとある傭兵に様子を聞いた担当官から情報が流れ、巡りに巡ってスミスのもとに辿り着いただけなのだが、事情を知らなければそんな時から監視されていたかのように感じてしまうのも無理はない。
「え、な、何でそれを……」
「フフフっ、フィクサーってのはこういうものなのよ、ミスター・アカマ。例え武力がなくても、カネとコネを武器にして傭兵たちと渡り合うのよ。それにアナタの情報は何から何までお見通……あら、ごめんなさいね。少し怖がらせ過ぎちゃったかしら」
スミスとしてはあくまで場を和ませるちょっとした裏社会流ジョークのつもりだったのだが、隠しきれないほどに焦りを浮かべた拓郎を見て彼がつい一ヶ月前までは夢の町にてスクラップ漁りを生業とし、その前は日本の地方都市で社畜生活を送っていた一般人であることを思い出してすぐに訂正している。
本来のスミスならこんな些末なミスをしでかすことなどないのだが、この二人、とりわけ拓郎の前だと良くも悪くも調子を崩されてしまうことがあった。思いがけず期待の有望株であることに変わりはないのだが、あまりの活躍ぶりについ一般人出身であることを忘れてしまうのだ。
傭兵などという間違っても穏やかとは言えない稼業を選ぶ者は、望む望まないに関わらず生まれた頃からストリートに馴染んでいたり戦うことしか生き方を知らないといった境遇の者も少なくないが、彼は異国の下層労働者出身だ。その日暮らしに近い生活を送る者という点においては類似性を見出だせるが、それ以外は精神性も根本から異なるのは当然である。
「それじゃあ、飲み物もサンドイッチもなくなったお開きにしましょうか。アナタ達には期待しているわ」
そこから少し経つとマダム・スミスとの会談は和やかな雰囲気のまま終わりを告げ、指名依頼がどうなるか分かるまでは巡回警備や捜索依頼をこなすことを約束すると二人は事務所から出た。
「フフ、半月の間にあんないいオトコに育って……男子三日会わざれば刮目して見よとは聞くけど、やっぱりうちの主戦力として囲うのがもったいないくらいのポテンシャルを持ってるのね」
事務所で一人きりになったスミスは二人の成長を喜んでおり、このまま順調にいけば一角の傭兵になれると踏んでいる。とはいえ拓郎のチームは今でも69番街防衛戦力の主軸であり、万一の事態を考慮してあまり遠くに動かしたくない。確かに契約はまだ生きているが、お気に入りの人間に対してはどうしても情が滲み出てしまうのだ。
「……となると、あの子に鬼爆組の構成員を襲撃させようかしら……とても危険な仕事になるから首を縦に振ってくれるといいけれど」
ならば時間稼ぎとして、あの変わり者に依頼して戦力回復を妨害させようかしら。そう思い立ったスミスは依頼に必要な対価と露呈する確率及び想定しうるリスク、そして成功時に得られる時間的及び人員のアドバンテージが釣り合っているかをじっくり考え、それをするだけの価値があると判断したため実行すると決めた。
「もしもし、アタシよ。またアナタに依頼をしようかと思ってコールさせてもらったわ。報酬は弾むから、また『ウキヨエ』でお仕事の話をしましょう……」
二人が『ウキヨエ』から去ったことを確認したスミスは事務所である人物へとコールを送る。もはや猶予などなく、敵対者に慈悲を与える気など消え失せたため先ほどまでの柔和な笑みは影も形もなく、冷徹な元フィクサー、そして一勢力の首領としての力で外敵と戦おうとする戦士の顔をしていた。
「……そう、受けてくれるのね。じゃあまた、今夜の十時に」
もうあんな悲劇は二度と繰り返させない。通話相手から良い返事をもらったスミスのサングラスの奥に隠された黒い瞳には強い覚悟の炎が宿り、決して後戻り出来ない茨の道を進むことを決めている。
過去は決して変えられない。しかし、未だ定まらぬ未来を選ぶことならできる。ならば少しでも良い未来を掴むために今を全力で足掻こう。愚直なまでに栄光を追い求める拓郎を見て決意を新たにしたスミスは守るべきものが見える窓の方へと歩いていき、稼ぎ時である夜を迎えるため静かに眠る町並みを改めて目に焼き付けた。