光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
マダム・スミスとの会談があった翌日から三日は69番街の巡回警備や不審者捜索を行なって日銭を稼ぎながらアリサの到着を待ち、合流した後も一日は同じ仕事で消費したのだが、その夜にようやく待ち望んだ変化が起こっている。
『次の依頼について話したいので翌朝九時にまたあの場所に来られるだろうか。至急可否を返信願いたい』
という陳からの簡潔なメッセージが拓郎の端末に届き、決断を迫られている。もちろん大金と名声を手に入れるチャンスをみすみす逃す拓郎とファンではないのだが、現在のチームは三人構成であり多数決だからと一方的に決めるのは躊躇われたため、その場にいなかったアリサの了承を得てから承諾の返信を送っている。
すると数分もしないうちに、
『翌朝八時半に指定座標へ車を回すので、それに乗って来てほしい』
という返事が返ってきたので、すぐにでも出られるよう支度をしてから早めに就寝している。せっかくやってきた指名依頼なのに前日に夜更かしして寝坊し、積み上げた信頼もろともおじゃんになりました、では悔やんでも悔やみきれないからだ。
その翌朝、いつもより少しだけ早く起きて多めに朝食を食べてから宿を出発し、ニューヨシハラを縦貫する大通りから一本脇道に入った通りで少し待っていると陳が差し回した車が数分ほどで到着し、三人を乗せるとイースタンファクトリーにある陳の娯楽施設へと走り出す。
日の出の時点ですら気温が三〇度前後に達する七月中旬の酷暑の中でも、企業に仕えるサラリーマンたちは太陽光とそれに加熱されたアスファルトの双方に苛まれ体中から汗を噴き出しながらも職場へと急ぐが、三人はそんな様を冷房の効いた車内からモニター越しに見ながら快適な車の旅を満喫していた。
中心街を避けて走ったため渋滞に巻き込まれることもなく、およそ二〇分ほどのドライブの果てに施設へ着けば、前回と同じくドライバーのジャンによる案内で関係者以外立入禁止の区画へと案内され、地下二階と思しきフロアへと降りていく。
「我が主よ、彼らをお連れ致しました」
「おっジャンか、お仕事ご苦労さま……やあ、君たちは四日ぶりだね。今回はちょっと訳あってこっちの部屋に案内させてもらったよ。ささ、どうぞ遠慮なく入って」
しかし案内されたのは前回入った中華王朝の宮廷じみた贅を凝らした部屋ではなく、床も壁も天井も、果ては照明まで真っ白な一〇畳ほどの部屋である。質素というより殺風景といった方が正しい表現になるであろうこの場所にあるのは、高さが低めのテーブルを囲むように置かれた三つの三人掛けソファーと前回見たものより一回り大きい立体ホログラム投影機くらいであり、そのギャップが異質さを際立たせていた。
「ここからは他の人に聞かれたくない話だから、この部屋を使わせてもらうよ。ちょっとばかし不便だけど、そんなに時間はかからないから我慢してね」
陳の言葉通りこの部屋は機密保持を最大の目的とした特別な設計がなされており、二〇八七年時点で人類に可能な殆ど全ての手段による情報の窃取を妨げることができる。電磁波を遮断する高規格EMシールドや内部からの振動を打ち消す高流動性ゲル層といった特殊な機構で僅かたりとも情報を与えないよう綿密に構築されているのだ。
入室時にあまりの壁の分厚さに驚く拓郎とアリサに、そこに尋常じゃない仕掛けが施されていると瞬時に見抜いたファン。後ろ暗い世界で生きてきた年季の賜物というべき直感は当たっており、偏執的なまでに施された情報漏洩を防ぐための仕掛けは今この瞬間も役目を果たし続けている。
「……さて、これで準備は整ったね。改めて君たちへの依頼を説明すると、スカヴィードッグスの掃討作戦に参加してもらう。まあでもこれくらいはマダム・スミスから聞いてるかな……そこまでは伝えておいたからね」
三人が中央のソファーに、陳が左隣のソファーに座るとジャンの手によって重たい扉がゆっくりと閉じられ、ドスンという重苦しい音と共にこの部屋は完全な密室となる。大容量二次電池という自前の電源すら備えたこの部屋は最大一六時間の連続滞在を可能としており、独自の配管をトイレや簡易キッチンの装備によって長時間の密談にも対応しているのだ。
「君たちにやってほしい仕事は……イースタンファクトリー地区北東部に巣食うスカヴィードッグスの撃破及び拠点の破壊。正確にはその地下に根城を作ってるんだけどまあそこはどうでもいい、どこにあってもやることは変わらないからね」
扉が閉まったことを確認した陳は説明を始めながら端末からホログラム投影機のスイッチを入れ、何度か画面をタッチする。すると空中に幾重にも複雑に入り組んだ立体的な空間が鮮明に浮かび上がり、数秒ほどかけて今回の作戦に関係する一部区域だけにズームしていった。
「よし……これが作戦区域になる北東部の地下空間……の概略図だね。この四日間で可能な限り調べはしたんだけど、相手に悟られないよう急ごしらえの仕事だから細かい隘路に抜けや漏れがある可能性は決して低くない。地図にない脇道にはくれぐれも注意してほしい」
そう注意喚起する彼の説明通り、アシハラには地下空間が多い。日本国の領海から少し離れた海域、旧観音崎沖のおよそ五〇キロに築かれた人工島であるこの街は、当初から限られたスペースを最大限に有効活用するべく地下の積極的な利用が推奨されている。
しかし、無秩序とも言うべき島や人口の拡大の中で徐々に利用されなくなって放棄されたり、作ったのはいいが何らかの理由で使われないまま放置された場所は意外と多い。そんな理由で行政からも忘れ去られた空間には訳あって地上に住めなくなった貧民やホームレス、安全な根城を欲する犯罪者たち、一般人の犠牲など微塵も気にしない過激な反企業主義者、そしてこの街に居場所などないスカヴィードッグスといった地上世界のはみ出し者たちが隠れ潜んでいるのだ。
その規模は最大で五万人以上とも言われ、地下の住人たちによる複数のコミュニティが共存したり対立したりと地上世界とさして変わらないことを繰り返している。そこに暮らす殆どの人々に正式な戸籍がないという『利点』を見いだした企業やギャングの尖兵が密かに入り込むことで状況は常に混沌としているのが実情だ。
「で、この作戦区域内には二つの集団が住み着いていることが確認されている。確かここと……この場所だね。便宜上地表に近い方をA、深いほうにいる方をBと呼ばせてもらう」
そんな説明と共に集団がいる場所が赤く光り、見たことも使ったこともあるのにも関わらずおお、と歓声をあげる三人。立体ホログラム投影機は大きくなった分順当に性能も上がっており、解像度はとても高い。アリサの端末に付属しているものや、宮殿めいた部屋にあった小型のものとは明らかに違う精度で描写される地下空間は手を伸ばせば触れそうだと思ってしまうほどだ。
「連中は普段なら二〇〜三〇人くらいの集団ごとに移動してるし、互いが商売敵みたいなものだから集団ごとの仲はかなり悪いはずなんだけど……どういう風の吹き回しか、相争うどころか協調する素振りすら見せているらしい」
「あのケダモノ連中がですか……!? そんな知能が残ってたなんて驚きですね」
しかし説明が続く中でそんなところに見とれている暇などなく、その中で聞き捨てならない情報が飛び出したためファンがつい驚きの声をあげた。自分の属する集団のメンバー以外は全て外敵か獲物と見なす性質上他の集団と平和裏に共存することすら極めて困難であり、大抵の場合は血で血を洗う争いが始まる。そもそもスカヴィードッグスとは人間性すら投げ捨て目の前の何かに食らいつくだけの畜生に成り果てた無法者たちに与えられた蔑称であり、特定の勢力や集団を指す単語ではないのだ。
そんな連中が互いに争わないどころか協力しあっているとなれば、何か異常事態が起きている可能性を考慮するのが自然な流れである。『仲間』同士で協力せねばならないほど悪い状況下に置かれているのか、はたまた遊牧民の大族長のような複数集団を束ねられるカリスマ的指導者による支配が始まったのか。
仮に後者だとすれば地下世界どころか地上にすら災厄──強大な指導者のもと微塵たりとも死を恐れぬ獣の群れが解き放たれ、好き放題に死と破壊を撒き散らす。そうなれば再開発どころではなくなってしまい、投入された億単位のクレジットが水の泡となった上に関連各社の株価は一気に数パーセントから一〇パーセントは下がるだろう。その巨大な経済的損失こそアシハラが、そして支配者たるメガコーポが最も恐れる事態なのだ。
「だからこそ、そんな未来を防ぐべく君たちも含めて六つのチームが多方向から同時に襲撃をかけることで、連携することも別の集団に知らせることもさせず、一気呵成に奴らを葬り去る。これが作戦の概要になるけど、ここまでで何か質問はあるかな?」
こうして数分かけて作戦の概要を話し終えた陳は神妙な面持ちで聞いていた三人の顔を見渡しながら尋ね、疑問点や質問がないかを確認している。ボタンの掛け違いで齟齬をきたし作戦そのものが破綻した例は古来より枚挙に暇がないため、重要な依頼においては必ずブリーフィング時に確認をとるようにしているのだ。
「今のところ特にないかな」
「俺も大丈夫です」
「あーしも! おバカだけどちゃんと聞いてるし」
「なら問題ないね……でも、もし疑問に思ったらいつでも遠慮なく質問してくれて構わないけど、続けて詳細を話していこう。君たち三人には地表に近いA集団を相手取ってもらう。ここのポイント3で作戦開始時刻まで待機し、始まったら二つの傭兵チームと協同してA班を構成して攻撃し、スカヴィードッグスを蹴散らすんだ」
三人から大丈夫だと言われたことで判断した陳は説明を再開し、それに合わせてホログラムで表示されていた地下の概略図がA集団の潜伏する地点とその周辺だけが見えるように拡大され、同時にA集団の文字の上に『26〜32』と予測された人数が表示された。一体どんな手段を用いて計算しているのか拓郎とファンには分からなかったが、アリサは直近の偵察で入手したデータと過去の類似した集団との交戦経験といった要素をAIに入力して判断させたのではないかと推測している。
「知ってるかもしれないけど、連中の武装は大抵の場合粗末な近接武器かサタデーナイトスペシャルだが、たまにどこからか分捕ってきたサブマシンガンとかアサルトライフルを持ってる奴もいるから念のため用心しておこう」
彼らは数こそ多いのだが、彼らは食い詰めた者が寄り集まった略奪者集団であるため、一人一人はさして強いとは言えず武装も概ね貧弱の一言に尽きるが、時たま討伐しにきた傭兵やギャングを返り討ちにした上で武器弾薬を奪い取っている強者が混じっているため決して油断はできない。
それに他にも味方がいるとはいえ、一〇人前後の兵力で相手側に地の利のある場所で倍以上の敵を相手取るのは中々に骨が折れる仕事になりそうだと感じている。おまけに地下といういざという時に逃げ隠れしやすい場所であり、取り逃しやそれに気付かないという事態が起こりそうなのは明らかだ。
「とにかく一人も逃さない勢いで攻めて攻めて攻めまくればいいのか……」
「一応自分の身は案じてほしいけど、基本的にその認識で間違ってないよ。というよりそうしてくれると周辺住民も安心するんだ。群れからはぐれた獣は弱いけど、生きるためなら何をしでかすか分からないからね……」
そんな悪条件の中で敵陣を強襲するなら相応の見返りは欲しい。そんなことを三人は思い始めており、そんな些細な変化にも陳は気付いていた。
「そして、みんなが気になる報酬は一人あたり基本二〇万クレジット。殺害したスカヴィードッグス構成員一人につきチーム毎に一〇〇〇クレジットを支給するし、運良く指名手配されたお尋ね者が混じっていたらアシハラ当局から追加で懸賞金に応じたクレジットが追加で支払われる。戦利品の確保は作戦終了後なら許可するから、それまでは我慢してほしい」
傭兵にとって最も肝心なのは報酬なのだが、最低でも一人あたり二〇万クレジットという大金を提示された三人は思わず生唾を飲み込んだ。三〇万クレジットを見た後では少なく思えてしまうが、あれは想定外が幾つも重なった結果であり例外中の例外である。行方不明者を捜索していたらたまたま銃撃戦に遭遇し、その場の勢いで参戦した挙げ句味方と協同して敵多数が籠る拠点を制圧する。
内容だけ見ればまかり間違っても初依頼のレッド級がこなす依頼ではなく、最低でもイエロー級、可能ならグリーン級をあてがうべき指名依頼級のものであり、その結果も鬼哭衆の策謀を打ち砕き69番街を崩壊の危機から救うという赫々たるものであったからこそ、マダム・スミスは感謝と謝罪の意味も込めて二人にあれだけの金銭を惜しげもなくポンと与えたのだ。
「……質問が無いならあとは集合に関する注意事項で終わりかな。作戦開始時刻は今夜の二三時ちょうどだけど、待機ポイントまで移動する都合上一時間半前には地下駐車場の裏口前に集合してほしい。その道中でA班を構成する他の傭兵チームとの顔合わせと最終確認を行うから、ここだけは時間厳守でお願いするよ」
それにしても、レッド級にしてはよく集中力が保ったものだ。典型的な同等級の傭兵を想像して、この半分も集中できなさそうな連中の顔を思い浮かべた陳は、やはりこの三人は低い等級で燻ぶらず更に飛躍できる素質があると感じている。過度に無鉄砲であったり臆病が過ぎる傭兵は片手の指の数の依頼をこなす間に命を落とすことが多いが、新人なのに既に冷静な判断力と果敢に攻める勇敢さ、そしてニューロンブースター頼りながら攻撃力を併せ持っているのは注目に値した。
彼らが単に他の有象無象より相対的に秀でているだけなのか、それとも真に一流の傭兵へと至る資格を持つ者なのかはこの仕事が明らかにしてくれるだろう。後者であることを期待しつつ、お得意のアルカイックスマイルで悟らせないままブリーフィングを終わらせにかかっている。
「二一時半集合だから、それまでは契約に反しない範囲で各々自由に行動してもらって大丈夫。準備を整えてもいいし、仮眠を取ったり腹ごしらえするのもいい。もし必要なら通常グレード限定だけどホテルの客室を貸し出すから」
だからこそ彼は将来への投資だと思って三人にちょっとしたサービスを提供した。相手は自らの依頼を一度こなしただけで能力は未知数であったが、ここで当たりを引けば将来の優秀な傭兵との繋がりを早めに深めておける。ならば千クレジット程度を追加でベットしてみるのも悪くない。そんな思惑のもとに部屋の一日利用権と施設内フードコートのクーポンを渡したのだ。
「こんなにもらっても……いいのか?」
「まあ僕からの前祝いだと思って受け取ってほしい。あ、これが報酬に含まれることはないから安心して。そんなボリスのヤツみたいにセコい真似はしないから」
そんな太っ腹な姿勢に驚いた三人であったが、お金の節約になるためありがたく頂戴している。何か意図があるとはいえ、ほんの一クレジットすらも無駄にできない新人傭兵としては嬉しいことであった。
「よし、まあこの位でいいかな。では解散しよう、ここでいい報告を楽しみに待っているから僕の期待に応えてほしい」
その言葉を最後にブリーフィングは終わり、幾重も仕掛けを施された分厚い壁に囲まれた部屋から出た三人はこれから一二時間弱もの間やるべきことが特にないため、陳に頼んで部屋を借りるとそこを一時的な拠点にして施設内で思い思いに過ごすことにした。
拓郎とファンは施設内にある射撃場で射撃技術の向上を図り、アリサはドローンを純粋な偵察型から攻撃も可能な仕様へと改造すべく部屋に籠もっている。使いこなす時間がないため今さら新しい武器やガジェットを買ったりすることはないが、それでも出来ることを全てやった上で夜の大仕事に備えようとしていた。
そうやって午前中の残りを有意義に過ごした三人は午後から三時間ほど仮眠をとり、付属のビュッフェで夕食を摂ってしばらく休憩している。そこから細々としたことで時間を潰していればすぐに二一時はやってきたため、まるで時の流れが急激に早まったかのように錯覚していたが、いよいよ一流への登龍門となる試練が始まるという高揚感によって不思議と緊張や不安は感じていない。
集合時刻の一五分前に貸し出された部屋を出て、集合場所である地下駐車場へと歩いていく。既に賽は投げられており後戻りすることは出来ないが、仮に出来たとしても誰一人としてしないだろう。最終目的こそ違えどその過程で富と名誉を求める必要があることに変わりはなく、一気に近付けるチャンスをみすみす逃すほど彼らは愚かでも臆病でもないのだから。