光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

3 / 15
第三話

「頼むから大人しくしてろ、余計なマネは……」

 

 借金取りの男は心底面倒くさそうに腰のホルスターから拳銃を抜こうとしたが、それが拓郎の中に残っていた殺人に対する最後の躊躇を取り払ってしまった。

 

「誰がアホだ、二回も言いやがって!!」

 

 想定より遥かに早く見つかってしまったことに対する焦りと、デリカシーの欠片もない言葉に対する怒り。向こうが想定外の事態に困惑しながらも武器を構えるより早く二連式のデリンジャーをズボンのポケットから抜くと、今さら後戻りは出来ぬとばかりに躊躇なく引き金を引いた。

 全長一〇センチと少しの小さな拳銃から放たれた六・五ミリハイマグナム弾は音速を僅かに超える速度でおよそ三メートル半を飛翔すると心臓に程近い部位に命中し、口径の割に大きな運動量で肉とその先にある肺を穿つ。悪いことに弾頭は低品質な合金でできており、命中するなり変形したまま進んで余計に傷口を広げていた。

 

「あぐぁぁっ!」

 

 取り立て業務中の装備ならともかく、ラフな一枚着しか着ていない今の彼にとって比較的小口径の弾丸一発でもそれは致命的だ。人体というものは脆く、その中でも皮膚と脂肪、骨格に守られている内臓は特に脆弱であり、至近距離とはいえ小口径の拳銃弾でも容易に貫通を許してしまう。

 無論、皮膚下装甲をはじめ外見上の変化を生じさせず追加の防御を提供するものや、循環器系や消化器系の器官を置換・強化するサイバネ機器もあるが、義手義足系に比べて購入及び装着費用が遥かに高くつく。それでも身の安全のために大枚叩いて強化肺をインストールしておけば、この一撃も軽症で済んだだろう。痛みと出血は避けられないが、肺に穴が空き呼吸が苦しくなることはなかった。

 だが彼はそんな高級なサイバネ機器を入れていなかった。正確に言えばそんな金銭的余裕がなかったのだが、こうなってしまえば過程など関係ない。ただ、命に関わるダメージを負ってしまった事実だけが残る。

 

「まだ倒れないのか、もう一発!」

 

 それでも倒れず胸の出血箇所を抑えてよろめく男に対して再び引き金が引かれ、次の弾丸は腹部を撃ち抜いている。興奮剤じみた薬物や痛覚を遮断・軽減するサイバネ機器の助けもなく、無防備な肺と腹部を撃たれたまま平然と行動できる人間は殆どいない。体に空いた箇所の穴からドクドクと血や体液を垂れ流しながら後ろに倒れ、急速に苦痛を伴う死へと誘われつつあった。

 

「お、何だ何だ!? またどっかのバカが酔った勢いでロシアンルーレットでもやらかしたのか?」

 

「んなわけあるか、それならこないだのジョンみたいに一発でお陀仏や!」

 

「なら敵襲、敵襲だ! 恐らくあの野良犬どもが入り込んでやがる、カネのニオイを嗅ぎつけたに違いない!」

 

「いかん、転がってる酔っ払い共も全員起こせ! きったねえ腐肉漁りが来やがったぞ、この間殺られたロニーとイブラヒムの敵討ちだ!」

 

 一瞬の判断と少しの幸運を味方につけて差し迫った脅威を排除した拓郎であったが、一発だけならともかく銃声が二度も続けて響けば何か尋常ならざることが起きていますと声高に宣言しているようなもので、このフロアで異変が起きていることに気付いた。

 それでもなお立ち上がれぬ程に泥酔し夢の世界から戻ってこれない者も数名いたが、それでも二〇名近くが押っ取り刀ながら徐々に集結し、仲間を撃った不埒者に復讐すべく殺気を滾らせながら捜索を始めている。

 

「ヤバい、ヤバい、ヤバい! 捕まったら確実に殺される……咄嗟に撃ったらまさか二発とも胴体に直撃するなんて」

 

 自分はとんでもない悪手をやらかしたのかもしれない。そんな可能性に思い至った拓郎は殆ど反射的に下の階へと逃げ出した。折角手に入れたデリンジャーは早速弾切れとなり、小さく軽いという特性が仇となって鈍器としては扱えない。

 本当なら撃った男の懐を漁って武器弾薬を手に入れたかったが、足早に駆けてくる複数人の足音と話し声が聞こえたのでやむなく撤退している。誰だって鉄パイプ一本だけで銃器を装備しているであろう複数の相手と戦いたくなかった。

 それでもニューロンブースターが前回と同じように使えれば勝ち目はあるが、切り札ばかりを頼りにしたくないというのが彼の本音である。相手が同じものを使ったり対策をとってこないとも限らないのも一因だが、そもそも初回の発動時も電流を流されたことによるエラーかバグみたいな挙動であったため、二度と使えない可能性もあるからだ。

 それに、姿さえ見せなければ不毛なかくれんぼを強要できる。圧倒的な不利の中でそこに微かな勝機を見出すしかないことを理解している彼は、去り際に少し聞こえた言葉をしっかり捉えていた。

 

「さっき聞こえた野良犬って、スカヴィードッグスのことか。俺をあんなヒト未満のケダモノと一緒にしてほしくないな……でも、出会い頭に殺したのは同じか」

 

 野良犬どもこと、スカヴィードッグス。実際に遭遇したことはないため又聞きレベルの情報しか持っていないが、狂気という言葉が相応しく誰であろうと奇襲と数の暴力を頼りに襲いかかるため、無軌道で無慈悲な略奪者の集団として街の裏社会を牛耳る七大ギャングすら恐れている。

 無論、発砲の犯人はそんな人の形をした獣と称すべき危険な連中ではなく破れかぶれで逃げ回る高額債務者に過ぎない拓郎なのだが、アシハラの大部分において何の脈絡もなく銃声や悲鳴が聞こえてきたらまずこの危険集団を疑うほどに跋扈している。だからこそ彼の凶行は悪いほうに誤解され、本来向けられるべき程度よりも遥かに大きな敵意を向けられるに至ったのだ。

 

「……いいか虱潰しに探せ、基本的に少人数のグループに分かれてるから各個撃破を徹底しろ。奴ら数は多いけど統制などないに等しい、酷い時は戦利品の分け前争いで殺し合うからな」

 

 身を隠すのは、最も適切だと多数のものが雑然と置かれた物置部屋。確かに棚のすき間や物が殆ど入っていないロッカーなど隠れ場所は多くあるが、階段と廊下を封鎖された上で徹底的に捜索されてしまえばいつか見つかってしまう。結果として一人殺してしまったようなので、捕まれば恐らく生きて帰れないだろうと。

 

「……これは? ダクトだけどしゃがめば俺でも入れそうだ」

 

 そんな最悪の結果を想像して震えた彼が棚の陰に見つけたのは、通風口。一般家庭のようなものではなく大規模な施設が用いる、一メートル四方の点検用入口を薄い穴あきの鉄板が塞いでいる。その先からは微かに冷たい風が継続的に吹いており、行き止まりではなくどこかに繋がっているのだと確信できた。

 だからこそ棚をどけてから少しの隙間に指を差し込み、全力で引っ張っている。いかに優れた隠し通路でも開いていなければ単なる行き止まりであり、どう転んでも彼の人生は終わりを迎えるだろう。

 

「頼む、開いてくれ……じゃないと俺は殺されるか奴隷として売り飛ばされるんだから」

 

 焦燥感からか無機物に対してまで懇願をした彼の期待が裏切られることはなく、ガタンという音と共に鉄板は枠から外れて彼に逃げ道を提供する。そこは日常的に人が通行することを想定していないため暗闇が支配しているが、捕まってし死ぬかそれより酷い目に遭うくらいなら手探りでどこに繋がっているのかすら分からない行くほうが遥かにマシな選択であった。

 

「急げ、急げ……」

 

 身を屈めて通風口に飛び込んだ拓郎はやや大柄な身体を窮屈そうに曲げて何とか身体の向きを変えると、なるべく自然に見えるよう棚を戻してから急いで鉄板を戻している。力任せにに外したせいか固定用のツメが一本折れてしまい、外れそうになるため古い石灰の詰まった袋で外側から押さえるように配置した。

 探偵のような調査と追跡のプロ相手ならまず見抜かれてしまう擬装であり、彼としてもこのどこへ続いているのか分からない通気口を辿っていくための時間稼ぎとしか思っていない。だからこそ真っ暗で狭い道を躊躇いなく前へ進んでいき、自由を取り戻すための歩みを踏み出し続けるのだ。

 

「おい、ここにもいないのか……!? 地下三階の部屋はこれで最後だぞ。胡散臭いヤブ医者の寝室にも、イワンコフが裸でゲロまみれになってた浴室にもいなかったのに」

 

「全くわからんが、あのイカれた野良犬どもなら物陰から武器を構えてるかも知れん。隣の部屋でのびてたヤブ医者のジジイは運良く生きてたけど油断するなよ、何の理由が無くても出会い頭に発砲するクソ共が相手なんだ」

 

「で、どさくさに紛れて脱走したっぽい改造男娼はどうする? 危険度的には野良犬どもより後に回した方がいいと思うが」

 

「いや、そっちも同時に探すんだ。どうせ体を改造されたことすら知らないだろうが、逃げられたら大損こく上に店に違約金払わないといかんくなるしな……そっちはなるべく殺すなよ」

 

 表面上は元通りに見える偽装工作を終えてからおよそ一〇秒。何も知らない追手は三人がかりで物置部屋へと押し入り、二人が武器を構えた状態で残る一人がヒトの隠れられそうな場所を一つ一つ丁寧に調べている。いつ何時殺意に満ちた牙が自らの喉元に迫り来るか分からない状況での捜索は緊張に満ちており効率も悪いのだが、階段近くで事切れていた仲間の二の舞になりたくなければ慎重に慎重を重ねるほかなかった。

 とにかく仲間を撃ち殺した奴を見つけて報いを受けさせる。そしてどうにか逃げ出した債務者を捕まえ、二度と変なことを思いつかないよう程々に痛めつける。そんな二つの目的を持って捜索を続ける三人であったが、当然通風口を見つけない限りお目当ての人物は見つからない。

 そもそもこの借金取りの根城自体が、上下水道の一括管制に伴い廃止された地下管理事務所を拝借したものであり、拠点化する際に必要なものを運び込んだり間取りを調べたくらいしかしていない。当然ながら通風口やダクトなど正規の通路ではないそれをろくに調べているはずもなく、まさかそんな所を通って包囲を逃れたことなど考えつきもしなかった。

 だからこそ彼は容赦ない追撃を受けることなく姿をくらませている。相変わらず階段付近や最下階は厳戒態勢を敷いていたが、既にそのフロアにいないことなど知らないままに目を光らせていた。

 

「……それにしても腹が減った。よく考えたら、丸二日も何も食べてないんだから当たり前か」

 

 とりあえず追っ手を振り切った拓郎は幾つもの分岐を越えてダクトの上り勾配を辿っていたのだが、突如として鳴り響く自らの腹の音に少し驚いている。一歩を踏み出した時の床が軋む音や遠くから微かに聞こえる絶叫らしき声しか聞こえない真っ暗な世界でそれは実際よりも遥かに大きく感じられ、もしや誰かに聞こえていないかと疑ってしまうほどだ。

 

「そういえば、最後に食ったのは競馬場のやっすい焼きそばだな」

 

 全財産が紙くずに変貌する十数分前、メインレース前の景気付けに大盛りの焼きそばを買って食べている。合成タンパク源を携帯用汎用フードプリンターに入れて麺や具材を生成し、安くて無駄に味が濃いソースをかけただけのよくあるジャンクフードだが、何故か印象に残っていた。

 

「ここは……食料の保管庫みたいだ。誰もいませんように」

 

 そんなことを思い出しつつ換気用のダクトや微かな光を辿った先は微かに食べ物の匂いがする部屋であり、先ほど同タイプの鉄板によって塞がれている。つまり、取り外せば出入りできるのだ。

 

「よい……しょっ、と!」

 

 反対方向からのためか先ほどより苦労して、十秒ほど思い切り押してようやく開いた。本来想定されていた側とは反対からの強い力によって固定用のツメがまたも壊れてしまうが、そんな些細なことは彼にとって知ったことではない。

 もう一度室内に人がいないことを確認すると素早く這い出て、棚に並んだ幾つか手に掴んだ。見つけたそれが例えあまり美味しくないと評判の安価な合成保存食であったとしても、今の拓郎にとっては得難いご馳走である。空腹は最高の調味料という言葉は、この資本主義の極致にある世界でも変わらず通用するのだ。

 

「お、おぉ……ご飯にありつける……!」

 

 そのまま食欲の赴くままに小さな個包装を破っては中にある薄茶色のレンガめいた一口サイズの塊を口に放り込んでいく。やっていることの本質はネズミと何ら変わりはないし、何度も食べてきたそれの味は相変わらず酷いはずだが、今自分はちゃんと生きているのだという確かな実感を得ていた。

 

「あぁ、美味い……! まさかコイツを食った感想でそんなことを言うとは夢にも思わなかった」

 

 食欲の赴くままに封を開け、食う。長期保存のために水分を抜き、必要カロリーを摂取するためにラードが練り込まれているため酷い味がするし喉も渇くが、それでも人間の三大欲求が一つに勝てるはずもなく、本能が命じるままに目の前の食料を口に放り込み、咀嚼し、飲み込んでいった。

 そうして腹を満たし、ペットボトル入りの飲料水をがぶ飲みして渇きも癒やした拓郎は脱出後に備えて個包装六つをポケットに入れている。これで一日二日くらいは飯に困らないだろうとウキウキでダクトへ戻ろうとしたその時であった。

 いきなり保管庫の扉が乱暴に開かれ、誰かが入ってきた。二日ぶりにご飯にありつけた喜びで警戒を緩めてしまった己の不覚を呪ったが、すぐに傍らに置いた鉄パイプを拾って構えている。相手も想定外の存在に一瞬だけ立ちすくんだが、彼が侵入者へと目を向けた瞬間、言いようのない怖気が全身を走り抜けた。

 

「……キヒッ」

 

 相対する生物は生物学的には間違いなくヒトなのだが、個体をそう呼びたくないと彼の理性が強い拒否反応を起こすほどの違和感を覚えていた。

 薬品とは異なるベクトルの不快さをもたらす、複合的な悪臭を放つ服なのか布切れなのか分からない粗末で汚い襤褸に身を包み、異様に伸びた体毛で顔を除くほぼ全身が包まれており、そして爛々と光っているかのように錯覚するほどの眼光で自らを凝視している。

 その時拓郎はようやくスカヴィードッグスが酷く忌み嫌われていた理由を理解した。確かに見目形は何とかヒトの範囲内に収まっているが、その目に地球の支配者たる知性や理性は一切見られず、もはや野生動物のような雰囲気を放っている。敵対的だが最低限まともな会話は可能な借金取りとは違い、話すら不可能なことは明らかだ。

 

「あの、借金取りじゃなさそうだけど……」

 

「……キヒヒ、新鮮な肉だァ!」

 

 それでも一縷の望みをかけて言葉を紡ぐも、返ってきたのは人とは思えない言葉と獲物を見つけた歓喜に彩られた笑顔。そう、拓郎は街の人々に忌み嫌われる狂気のアウトロー集団、スカヴィードッグスの構成員とばったり出会ってしまったのだ。

 そんな絶望的な局面であっても、腹を満たして生きる活力を得た彼は希望を捨てずヒトの形をした獣と相対する。全ては自由を取り戻すためであり、こんな湿気ったところでくたばれるかという強い意志のもと彼は鉄パイプと弾切れのデリンジャーを構え、数メートル先の敵目掛けて思いきり飛びかかった。




お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。