光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
午後九時二〇分、集合場所である地下駐車場へと向かうと『ビフレスト運送』という社名と虹でできた橋のロゴマークが描かれた二輛の中型トラックが待機しており、その周囲には一〇人ほどが集まっている。
しかしそのいずれもが全く隠すことなく得物や各種ガジェットを携行している上にただならぬ雰囲気を放っており、この集団がこれから一緒に仕事をする傭兵たちであることは明らかだ。
もう既に半分ほどは来てるだろうか。そんなことを考えながら拓郎たちもその集団へと近付いていくと、向こうの人々も三人が同業者で今回の仕事仲間だと気付いたようで、軽く頭を下げたり意味ありげに目配せをしてくる。それに合わせて三人も一礼しながらその輪に混ざろうとした。
するとやや色黒で二メートルはありそうな重装備の巨漢がのっしのっしと肩を怒らせながら大股で三人のもとへと歩いてくると、どこか胡散臭げな視線で見下ろしながら威圧的に口を開く。
「……あん? 何か見たことも聞いたこともない顔が混じってるみたいだが、お前さんらもこの『仕事』のクチか? 別の仕事と勘違いしてねぇか?」
「いや、実は俺たちもそうなんだよ。これからよろしくな」
よく響く低い声でいきなり難癖をつける意図しか見えない挑発的な物言いに困惑して咄嗟に言葉が出なかった拓郎に代わり、裏社会に長くいたファンが意図を見抜いて堂々と答えている。上下関係をつけて優位に立つべくいきなり威圧的な挨拶をするのはチンピラやギャングだけでなく傭兵業界でも変わらず、こうやって事前に格付けをしておこうと考える者は決して少なくない。
察せられる雰囲気からして明らかに格上の相手ではあったが、それでも対等に挨拶したのは言外に『お前のような奴の風下に立つ気はない』と伝える意味もあり、それを察した相手は露骨に顔をしかめている。顔も名前も知らない格下相手に毅然とした──要するに彼視点でナメた対応をされたことで、自身のプライドを大きく傷付けられたと感じたのだ。
「はっ、無名のニュービー共のくせに威勢はいいんだな。まあフィクサー直々のご指名を受けてるからには全くの役立たずではないんだろうが……精々俺たち『ドレッドスウォーム』の足を引っ張ってくれるなよ。それだけだ」
それでもここにどんな理由でいかなる人が集まっているかをきちんと理解しているためそれ以上突っかかってくることはなかったが、腹いせとばかりに捨て台詞を吐いてから仲間のいる方に戻っていく。
どこか三下めいた態度と行動ではあったが、鍛錬を怠っていないであろう筋骨隆々の肉体と見せつけるように装着された複数のサイバネ機器、そしてメイン武器であろう大口径の散弾銃がそこらのチンピラや口だけは達者な連中との格の違いを感じさせていた。
「……いきなりなんなのあの人、クッソ感じ悪くてキライ。絶対ろくでなしのクズに決まってるし」
そんな友好的とはいえないやりとりを見ていたアリサが露骨に嫌そうな顔をして先ほどの巨漢の悪口を囁くも、そんな事には慣れっこであるファンは全く動じも怯えもしていない。こんな非友好的な挨拶などダースどころかグロス単位で交わした経験があり、そのまま捕り物や銃撃戦に発展した例も三桁は経験しているのでいちいち怖がれといわれても無理な相談であった。
「ミキモトや拓郎からしたら信じられないかもしれんが、傭兵ってのはあんなご機嫌な性格のヤツがゴロゴロいるのさ。あれは多分大口叩くだけの実力も備えてるタイプだろうが、素人に毛が生えた程度の連中も多い。それにこの場で厄介事を起こさない理性はあるようで助かった」
「……この先あれみたいな奴と一緒に仕事をすることもあるんだろうか。一回や二回とは言わず、何十回も会うのはちょっと嫌かもしれない」
「まあ両手両足の指を全て合わせても足りない数はそうなるだろうよきっと。こればかりはさっさと慣れろ、裏社会なんてマトモに生きられない人間ばかりがやってくるんだからな。嫌なら等級を上げるなり知名度を上げるなりしてナメられないようにするしかない。傭兵ってのは実力社会だからそれが一番手っ取り早いはずだ」
「……てことは、あーし傭兵仲間ガチャを初回SSR二枚抜きしてたんだ。実力はあってもあんなのと一緒に仕事するのはマジでイヤだし」
指名依頼をすっぽかすような愚か者は現れず三分前には全員が揃っており、時間になって腹心のジャンが現れた時に普段の依頼も低等級の傭兵もこうあってほしいと思わせている。
「よし、全員集まってるな……傭兵たち、仕事の時間の始まりだ。これから待機ポイントへと向かうので、事前に決められた班ごとにトラックに乗車しろ。A班はこっちの車輌、B班はあっちだ、絶対に間違えるなよ」
そんな感情を全く感じさせない彼の一声で集まった傭兵たちはすぐさまおしゃべりを止めてキビキビと動き出し、チームごとに該当するトラックへと乗り込んでいく。そこに見えるのは培ってきた技術と経験に対する自負とプロ意識の高さであり、先ほど不愉快な絡み方をしてきた重装備の巨漢も例外ではない。
「拓郎さん、あーしたちも乗らなきゃ!」
「そ、そうだった……」
そんな様を半ば呆けたように見ていたが、アリサの言葉で我に返った拓郎は慌ててA班に割り当てられたトラックへと乗り込み、荷台に取り付けられた簡素なステンレス製のロングシートに腰掛けようとした。恐ろしく座り心地の悪いなどと心の中で悪態をついていたが、そんなことなど頭から吹っ飛んで行ってしまう光景が荷台に広がっていたのだ。
「げっ、アイツらと同じ車かよ……」
「まぁこれも経験、だな」
「うへぇ、カンベンしてよもーっ」
運転席に近い側の席に座っていたのは先ほど突っかかってきた巨漢を中心とした四人組であり、その間に紫髪の女性が率いる五人組がいるため安易に何かしてくるとは思いたくはなかったが、それでも第一印象が最悪な人物と一緒に車に揺られて目的地まで行かねばならないのは嬉しくないハプニングである。
『よし、では出発する。こちらの到着時刻はおよそ二五分後だ、一〇分後に最終ブリーフィングを行うのでそれまでは自由にしていて構わない』
そして拓郎たち含む三つのチームが乗り込んだトラックを運転するのは何とジャンであり、いつも送迎に用いるセダンタイプの車とは何もかもが違うにも関わらず、軽快な動作で地下駐車場から発進すると華麗なハンドル捌きですいすいと道路を走っていく。
元々人を載せて動かす想定をしていない場所に無理やり据え付けたロングシートの座り心地は最悪の一言に尽きるが、それなのに大して揺れず吐き気や目まいを催さないのは彼の見事なドライビングテクニックの賜物だ。
『……アカマたち、聞こえているか? 我が主からの伝言を伝えるためにかけさせてもらった』
それでも耐えていると端末に着信があり、それを受けるとジャンの声が聞こえてくる。運転中なのに何してるんだと拓郎は思ってしまったが、卓越したドライバーらしいし大丈夫だろうと思うことにしている。
「問題ない、ばっちり聞こえてる。そういえばB班のトラックを担当するドライバーの姿を見なかったけど、どんな人なんだ? ジャンさんみたいに陳さんの部下なのか?」
そこで出発前から気になっていたことを思わず聞いてしまったが、返ってきたのは素っ気なくも安心感のある回答。
『いや、我が主の配下とは違う者だが、そちらも念には念を入れて運転と荒事双方において腕が確かな者を雇っている。お前たちが心配することではない』
「そうなのか、わかった」
それを聞いて安心したのも束の間、頭の中からすっかり抜けていたことを呼び覚ます言葉が端末から響いた。
『……そうだ、我が主からの伝言を伝えなくては。そろそろお前たち三人のチーム名を決めておけ。固有名詞がないとチーム単位の話をする際にすごく呼びづらいと仰っていた、なので今回限りの仮称でもいいから降りるまでに決めておくように』
「……わかった。なるべく早く決める」
『決まったら速やかに報告しろ。チーム名は看板みたいなものだからな、無いというのは誰にとっても不便極まりないものだ』
通話が切れた後で、そんなものを決めなければいけないのかと拓郎は若干面倒くさく思っていたが、どんな名前がいいのかも分からないためどうせなら他のチームの人にも意見を仰いでみようかと思っていた。
ただ、車内の空気はお世辞にも良好とは言い難い。お互い知り合いらしいチームのリーダー同士が一触即発と言わんばかりの言い合いを始めており、その声が車内に響いているからだ。これが幌を被せただけのタイプではなく最初から箱型の荷台が備え付けられたタイプでよかったなどと現実逃避をするかのように考えていた。
「あーあーもう、カルロスったらまたやったんだね。そんな今どきコテコテのチンピラでも滅多にやらない喧嘩の売り方してからに、しかもいいようにあしらわれて。今回はよくても貴重なニュービーが萎縮するって何度言ったら分かるんだい」
「……この程度で萎縮するような惰弱なカスなんぞいらねえよ。テメェも分かってるだろうが傭兵業界は生きるか死ぬかなんだ、逆に殺しに来るくらいのガッツがなきゃいけない。あと、こっちも何度目なのかわからねえがな、人さまを気安くファーストネームで呼ぶんじゃねえよヴァル。俺はテメェの子供でも恋人でも、ましてや弟子ですらねえんだ」
先ほど絡んできた巨漢もそれに相対する紫髪の女性も明らかな格上であることは間違いなく、その間に割って入れるほどの度胸はない。これからどうなってしまうのかと不安げな目で展開を見守ることしかできなかった。
「あー……その、ニュービーさん? コレに関しては気にしなくていいよ、二人とも知り合いだしいっつもああやって些細なことで言い合いになるのがお決まりのパターンだしね。こんな場で暴力沙汰にしないくらいの理性は二人とも持ってるから」
それを見かねた五人組のうちの一人が気を遣って声をかけてくれたため、何とか一息ついた拓郎たちは意識をそちらに集中させている。
「そ、そうなのか……腐れ縁みたいな?」
「そうそう、そんな感じらしいよ……あっと、せっかく会ったわけだし軽く自己紹介でもしときますか。私は傭兵チーム『トランセンデンス』所属のエリヤ。等級はオレンジで武器は見ての通りサブマシンガン、基本的には前衛としてガンガン前に出て積極的に敵とぶつかりにいくのが役割なんで、見かけたら頼っちゃってくださいな」
背負った大型のサブマシンガンを見せられながらあっけらかんとした自己紹介を受けた拓郎たち三人は、ようやくちゃんと話ができそうな人物に出会えたんだと安堵しており、せっかくだからこの機会にと交流を深めることにしている。それに誰かと話すことで前の方で続く言い合いから気を逸らす効果を期待していた。
「俺はこのチームのリーダー……? の赤間拓郎だ。恐らくレッド級で近接武器とピストルを使った近距離戦を得意としてる。指名依頼は初めてだけど全力で挑むのでよろしく頼む」
「彼のチームに所属するファン・マクダニエル。推定レッド級で一応はマークスマンの真似事が出来る。後方から主な役割だ、とりあえずこの作戦中だけでもよろしく」
「拓郎さんのチーム所属のアリサ・ミキモトでーす。多分レッド級……じゃないかな。ハッキングやドローンを使った偵察とか機械の修理とかが得意分野だよ。あ、銃器もふつーのヤツなら直せるからね」
まだチーム名を考えていなかったためどこかぎこちない自己紹介ではあったが、当の相手はそんな些細なことを気にする余裕を失わせるほどにインパクトのある言葉を受け取り、少なからず驚愕している。
「ぜ、全員レッド級、しかもニュービーですか……それで指名依頼を獲得したというのは……」
まさか全員がレッド級、しかも推定や多分といった言葉を付けているため傭兵稼業を始めて間もない新人であるエリヤはしばし絶句している。数秒間フリーズした後に気を取り直して傭兵格付けサイトで調べてみても該当する名前は存在せず、それがここ二〜三週間以内にデビューした本当の新人である確証を得させていた。
当然ながら偽名を用いた実力者という疑惑が頭の中に過ったが、実力だけならず名声や知名度が重要な商売道具となる傭兵業界において自ら名を偽る行為に殆どメリットはなく、寧ろ同業者だけならず依頼人やフィクサーからの悪評を買うおそれがあるため余程のことがない限りやろうとしない。
つまり、目の前にいるのはド新人ながら陳の信頼を獲得し、指名を受けるほどの実力を有している可能性が極めて高い。エリヤがそんな可能性に気付いていると、前の方で口論していた二人もようやく飽きたようで拓郎たちの方へと首を突っ込んできた。
「……おっとっと、真っ当に交流してる脇で二人して恥ずかしいところを見せてごめんよニュービー、あのバカ野郎がギャーギャーうるさいとアタシはついイラッときちまうタチでね。『トランセンデンス』のリーダーをしてるヴァルだ。晴れてグリーン級に昇格したところ。今回限りかもしれないけど、よろしく頼むよ!」
「……イエロー級傭兵にして『ドレッドスウォーム』のリーダー、カルロス・ミュラー。飾り立てた薄っぺらい言葉など無用、己の価値は戦場での手柄で示すことが傭兵の本懐だ。お前たちにもそれを期待する」
ここで先ほどの巨漢の名前を知った三人であったが、そこで車内に設置されたスピーカーからジャンの声が聞こえてくる。それが最終ブリーフィングの始まりを告げる合図であり、完璧な運転を続けながらの手短な説明が始まった。
『……さて、いい具合に場も温まったようなので細かな作戦を手短に伝達する。今回の作戦は多方向からの同時攻撃がキモであって、言ってしまえば複数の小勢で多勢を包囲する形となる。故に敵に与しやすいと思われた時点で失敗したと同義であり、そんなことを考えさせる余裕などないくらいの攻撃で敵に打撃を与え続けねばならない……』
とはいえここで説明するのは襲撃直前の事だけであり、機密保持の観点から直前にしか伝えられない事項のみが扱われた。それ以外のことは事前に殆ど説明しているため、時間の無駄になってしまうからだ。
『『ドレッドスウォーム』は北の点検通路から続くポイント1、『トランセンデンス』は東の廃浄水槽脇のポイント2、そして……その、アカマたちのチームは南西の旧排水路に繋がるポイント3から襲撃をかける。同時襲撃を行う関係上、各チームのリーダーは地下に入る前に時計を一秒単位で合わせておけ。タイミングがズレると最悪の場合作戦が崩壊する』
あとは少人数で大人数を包囲殲滅するという作戦のコンセプト上、各チームの待ち伏せ位置だけは念入りに確認していた。数秒ごとにズレた多方面からの攻撃で、敵に狙いや本当の兵力を悟られることなく叩き潰す。それが崩れると全滅すらあり得るためしっかりと確認している。
『チームごとに待機ポイント及び敵勢力の想定居住ポイントまでを含んだ周辺の詳細図をリーダーの端末へ送る。各員よく頭に叩き込んでおけ、間違っても迷子になんかなるなよ。あんな不確実性の塊みたいな場所、いくら金を積まれたとしても我々は助けに行ってやれんからな』
そしてさらっと非情なことを伝えるジャンであったが、複雑怪奇な地下迷宮の中で入れ違いになるばかりか救出部隊が二次遭難を引き起こしてはたまらないため仕方のないことである。そのまま現地に放り出されたのならともかく、事前に作戦区域の大まかな通路を網羅したホログラム式3D立体概略図を渡してあるため、それで迷う方が悪いというドライながら合理的な判断だ。
『予定した作戦終了時刻は午前一時。トラック前に集合し簡単なデブリーフィングを行ったら解散とする。あちらに戻りたい者はトラックで運ぶし、現地解散の方が好都合な者はそのまま帰ってもらって構わない。では、質問が無ければブリーフィングは終了とする』
作戦の大部分は事前に説明されているため直前の簡単なブリーフィングは数分で終わり、車内は静寂と若干の緊張感が支配する場所に戻りつつあった。目的地までの行程も折り返しを過ぎており、今は誰もが間もなく始まる作戦に向けて集中しようとしている。
『ところでアカマ、間もなく目的地に着くがチーム名は決まったのか?』
しかし最後に思い出したかのようにチーム名の件をジャンに尋ねられ、拓郎の顔には露骨に焦りが浮かんでいる。そう、何分か考えてはみたものの何一つアイデアが浮かばなくてどうしようかと悩んでいる真っ最中だったのだ。
「……な、何も思いつかなかったから、仮称『チーム拓郎』でよろしく……」
『『チーム拓郎』……あ、ああ……り、了解した……』
結局、何一つとして案が浮かばない上に決まらないものはしょうがないので、ひとまず今回限りの仮称として『チーム拓郎』という何ともしまらない名前を用いることになった。そのセンスの酷さは折り紙付きで、ヴァルには思い切り大爆笑され、エリヤも申し訳なさそうな顔でこらえながら腹を抱えている。
「仮称だから仕方ないとは言え、チーム名は店でいう看板なんだからもうちょっとマシな名前をパッと思いつきやがれ」
終始仏頂面を崩さなかったカルロスですら耳にした瞬間フッと鼻で笑った上に、壊滅的なセンスに呆れ果てて思わず正論を吐く程だ。
『……まあ、私は別段止めないが……その、中々独特なネーミングセンスを……くくっ、してるのだな……』
チームの名前にこだわりのない上に彼が大嫌いなアリサですら後でちゃんとした名前をつけ直すべきだと思う程で、最低限マトモな名前だろうと思っていた命名者の拓郎は、無表情な仕事人モードのジャンにまで笑われたという厳然たる事実を突き付けられたため、目的地に到着するまでの数分間、ただ恥ずかしさのあまり縮こまることしかできなかった。