光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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アナザーサイド二

「クソっ、あと一分もか。こんな薄暗くて蒸し暑いとこにいると、本当に気が狂いそうだ……」

 

 草木も眠る丑三つ時。仕立てのよいスーツ姿には決して似合うとは言い難い下水道の点検用通路に隠れている五〇目前の男、アンドレイ・ヴォローシロフは僅かな明かりの中、恐怖と焦燥によって血走った目で古めかしいゼンマイ式の腕時計をじっと見つめていた。数年前にアンティーク趣味が高じて購入したものであり実用性など考えていなかったが、訳あって全てのデジタル機器を封印した今となっては現在時刻を知る唯一の手段である。

 

「あと四五秒……四〇……」

 

 彼はアシハラにて鎬を削る七大ギャングが一つ、『クラースヌイ』の上級幹部として辣腕を振るい、大いに私服を肥やして我が世の春を満喫したのだが、とうとう横領や味方への妨害が露呈するに至り粛清を逃れ新天地で新たな人生を始めるべく、この街から去ることを決めたのだ。

 しかし馴染みのブローカーが手配していた逃がし屋は組織に捕捉されて音信不通となり、徐々に狭まる包囲網は彼の神経を不用意に刺激している。構成員を家族(ファミリー)と見なすギャング組織は裏切りに対して極めて厳しく、余程の稀な例外を除いてその末路は一つしかない。すなわち、死だ。それも、そこに辿り着くまでに筆舌に尽くしがたい苦痛を伴うことが殆どである。何らかの理由で組織に隔意を持つ構成員に対して、何かやらかせばお前もこうなるぞというプレッシャーを与え抑止するためだ。

 

「二五……二〇……!」

 

 そんな中で藁にも縋る思いで頼ったのは、かつて交流のあった元フィクサーの情報屋。然るべきカネと少しの時間さえあれば軍用の超小型核兵器(ミニニューク)すら調達できると豪語する彼女を通じて紹介されたのが、インディゴ級傭兵のタチバナである。

 長らく裏社会に身を置いていた彼もその名前や華々しい実績は何度も聞いたことがあり、信用に値すると判断した彼は自らの逃避行のエスコート役として指名することに二つ返事で賛成したのだ。

 もちろん腕の立つ傭兵を雇うには相応の対価が求められるのだが、自らの命には代えられないため持ち逃げする私財から前金を支払っている。インディゴ級傭兵を雇う相場の六倍半となればそれなりに痛い出費なのだが、その異様なまでの達成率と顧客満足度、そして今回の依頼の危険性を考えれば妥当と言える額であった。

 

「三……二……ゼロ時。本当に来てくれるのか……?」

 

 そして秒針が真上に到達し、数時間前にゼンマイを巻いたばかりの腕時計がちょうど真夜中を指し示した瞬間『それ』は何の前触れもなく聞こえた。

 

「ヒィッ!」

 

 気配一つ悟らせることもなかったため思わず飛び上がってしまったが、いきなり間近で鳴ったその靴音をアンドレイは知っている。明らかにわざと聞こえるように鳴らしている時の音であり、組織の手から逃れたなどと勘違いしている愚か者に人生最後のサプライズをお届けする時に用いる驚かせ方だ。

 

「おい、だ、誰だ! 歴代ロシアの統治者に共通する法則は!?」

 

 それでも神経が摩耗していた彼は苛立ちと恐怖の混じった感情を剥き出しにして靴音がした暗闇に対して誰何し、合言葉の返答を迫る。その右手にはこれまたアンティークな趣の旧世紀製リボルバーが握られており、事前に決めた合言葉が三秒以内に返ってこなければ容赦なく発砲するつもりであった。

 

「案内役を務めるタチバナだ。その質問の答えは『ハゲとフサフサが交互になる』でいいな?」

 

 しかし一秒と経たずに暗闇の先から明瞭かつ正確な返答が返され、一瞬遅れて闇の中から彼と同じくらいの背丈の人物が姿を現す。真っ黒な外套と顔の下半分を覆う面頬、そして見えているだけで二種類もの長物銃器。目元と肌及び髪の色から日系の人物だと推測していたが、瞳や肌の色など腕のいい医者(ドク)と数十万クレジットほどあればどうとでもなる世の中で、そんな外見情報を過信することは避けていた。

 

「ああ、確かに本物だな……! 本当に助かった。今日はよろしく頼むよ」

 

 アンドレイにとって何より大切なのは、目の前に現れた男が味方であるという事実だけ。敵がメガコーポであれ七大ギャングであれ、適切な対価さえ支払えば仕事を確実にこなしてくれる超一流の傭兵が助力してくれる。そんな事実が絶望の淵にあった彼を照らす希望の光として勇気付けていた。

 とはいえタチバナもこんなリスキーな依頼を好き好んで受けたわけではない。現在では二人しかおらず直近の活動も確認できないヴァイオレット級に代わり、事実上の最上級傭兵から見ても破格の報酬を提示されたこともあるが、彼の持つある情報を欲したため首を縦に振ったのだ。

 

「ミスター・ヴォローシロフ、こちらの要求した前金の支払いを確認した。後は貴方をブローカーの待つ船にまで送り、残りの分を現金は指定のルートで振り込み、現物は指定の座標に届けてもらうだけだ」

 

「も、もちろんさ! だから頼むぞタチバナ、無事に俺を逃がしてくれよ!」

 

「必ずや。ただし一つだけ条件がある、密航業者に引き渡すまでは必ず俺の指示に従え。それが呑めないならこの依頼はナシだ。その時に前金はそのまま返してやる」

 

 元とはいえ七大ギャングの幹部に対してかなり不遜な物言いだが、彼の実力と実績は本来吐き出される文句や不満を脳内から口内に押し留めるだけの力を持っている。この仄暗い下水道──全くと言っていいほど道が分からない上に、どこに追手が潜んでいるか分からない──をお散歩気分で歩かれると困るため、最初に強く釘を差しておいたのだ。

 

「いやそれでいい……分かってるさ、オレはバカじゃないからな!」

 

「よし、なら今すぐ俺について歩け。そして止まれと言ったらすぐに止まれ」

 

「ああ、ちゃんと従うさ」

 

 若干食い気味の了承をもらったことを確認したタチバナは前任者の補佐をしていた情報屋から幾つかの非常用迂回路を記したデータをもらっており、一部電脳化した脳みそとそれに接続されたコプロセッサーに流し、脳内で幾つかのルートを作ってから再び歩き始めた。その速さは昼間に中心街を忙しなく行き交うコーポのサラリーマンと同等かそれ以上で、まるで夜行性の肉食獣のようである。

 しかしアンドレイは夜目の利かない普通の人間だ。いくつかサイバネ機器をインストールしてはいるが、タチバナのようにダース単位で様々なものを用いているわけではなく、眼球は生身のままである。

 

「おい、少し離れつつある。もしかして視覚センサに暗視機能はないのか?」

 

「す、すまない……オレの目は二つとも生身のままなんだ……それに夜目も効かなくて」

 

「いや、それは問題じゃない。俺のサイバーアイは暗視機能も持ってるし、音の反射でもある程度はマッピング出来てるぞ。だからお前は何も考えず、俺の後ろをついて歩けばいい」

 

 さも。タチバナの用いるサイバーアイは可視光線だけならず、ガンマ線や長波といった本来なら不可視の周波数の光すら視覚として捕捉でき、統合聴覚センサーは使用者の望む周波数の音を拾うなど朝飯前で、自らから発せられる音とその反射を利用した簡易的なエコーロケーションまでこなす。

 故に薄明かりの届かぬ暗闇を平然と照明無しで歩けるのであり、その様はアンドレイをして頼もしいという感情と同時に得体の知れぬ不気味さを感じさせていた。『クラースヌイ』にも何を考えているか読めないヒットマンは何人かいたが、彼の数メートル前をずんずんと進む男からはそれらとまた違う異質さが漂っている。

 くるりと振り返った手に銃やナイフが握られてやしないかという新たな不安に苛まれるが、もし彼が組織の放った刺客であるなら対面すらすることなく無様に死んでいるだろうと思い直して精神の平衡を保つことにした。

 

「数日前にはもっと下層の方でそこそこ規模の大きな紛争が起きたらしい。まあ貧民とかスカヴィードッグスとかの縄張り争いだろうが、残党がふらりと姿を現すかもしれない。油断するな」

 

「どうせ薄汚い腐肉漁りどもの内紛だろうさ、タチバナにとっちゃ楽勝だろう?」

 

「連中は文字通り腐肉を漁るからな。こちらも最大限警戒はしているが、自分がその肉になりたくなきゃよく耳を澄ませておくことだ」

 

 小声でそんな軽い雰囲気の会話をしつつ湿気った歩いていくこと一〇分ほど、下水の流れる音や水滴が落ちる音に混じって不審な足音を探知したタチバナはそっと足を止め、後ろからついてくるアンドレイに小声で指示を出す。

 

「……止まれ、足音だ。恐らくお客さんで、五……いや、一〇はいるぞ」

 

「やっぱり地下にもいたか……! 連中は裏切り者にも、それに加担する奴にも容赦しないぞ」

 

「そりゃそうだろうよ、家族(ファミリー)を裏切ったんだから。まあ死ぬのは俺たちじゃなくて向こうだ、お前は後ろから連中が惨めにくたばる音でも聞いてろ」

 

 それが無関係な浮浪者ではないと判断した理由は、消しきれない中途半端な歩き方をしているからである。本人たちは必死に抜き足差し足をしているつもりなのだろうが、テクノロジーの力で人外の聴力を引き出した上で豊富な実践経験から判断できる彼からすれば単なるお笑い種でしかない。

 

「出番だぞタチバナ、きっちり後腐れなくどうにかしてくれ!」

 

「心配するな。雑魚は何人集まっても雑魚だ、すぐ進路を啓開するから余計な真似はしてくれるな」

 

 ゴソゴソと光届かぬ闇の中を蠢きながら近付いてくるのはアンドレイを追ってきた『クラースヌイ』の構成員三名であり、全員が閉所でも取り回しのいいサブマシンガンとフラッシュライトを持って、忌々しい裏切り者を捕らえるか血の海に沈めるべく血眼で探している。金星を挙げた者、それに貢献した者は多額の賞金を得て、将来の栄達を約束されるとなれば草の根掻き分けでも探し出そうとするだろう。

 しかしターゲットに新手の護衛、それも常人の意識の外から探知し攻撃までできる危険人物に見つかっていたのが運の尽きであった。

 

「特に恨みはないが……まあ、浄化槽で肥料のもとにでもなってくれ」

 

 タチバナは減音器(サプレッサー)付きの拳銃を外套の内ポケットから取り出すと、サイバーアイが入手した赤外線データと聴覚センサーからの音響データから敵の位置を、頭部に照準を合わせると精密機械めいた正確さで位置をずらしながら三回引き金を引いた。

 プシュ、という炭酸飲料から気が抜けたような音と共に一四ミリインパクトエクスプレス弾が三回放たれ、恐ろしく正確な照準のもと亜音速で湿気に満ちた下水の空気を押しのけながら十数メートルを音もなく飛翔していく。

 彼に発見された不幸な三人の追手は一撃で脳髄を吹き飛ばされ、何に襲われたのかすら理解することもなく儚い人生を終えている。彼らとて無策で仄暗い地下へ降り立ったわけではなく、全員がフラッシュライトを装備してた上で対象からの奇襲を防ぐべく胴体に皮膚下装甲をインストールしていたのだが、今回は流石に相手が悪すぎたのだ。

 実時間一秒未満で音もなく三人の命を一方的に奪う様はホラーの怪物じみているが、彼は超常の異能を振るうエイリアンでも遺伝子実験の末に生まれた怪物でもない。ただ最先端のテクノロジーを用いたガジェットと天性のセンス、そして傭兵として培った豊富な経験を用いて容赦なく敵を葬り去っているだけなのだ。

 

「怖いくらいの手際は見事というほかないが……タチバナはギャングが怖くないのか? こんな所を見られたら一巻の終わりだ、苦痛に満ちた死を与えられるまで永遠に命を狙われ続けるんだぞ」

 

 証拠品もろとも死体を流れる下水に平然と蹴り落としていく様は、人生の大半をギャングの構成員として過ごし、敵味方から『血も涙もない冷血漢』とまで言われた男ですら絶句するほどに手慣れている。確かに水路の先はやがて港湾に附属する大型の浄化槽に行き着くため合理的な処理方法と言えるが、単なる傭兵にしてはギャングの暗部めいた汚れ仕事に躊躇いが無さすぎると感じて思わず尋ねてしまったのだ。

 

「怖くねえよ、コーポやギャングが怖くて傭兵稼業なんぞ出来るか。殺しに来るってなら何度だって受けて立つし、あんまりにも鬱陶しいと思ったら拠点や上長ごと叩き潰す……それだけだ」

 

「ウソだろおい……ま、まぁ、タチバナほどの傭兵がそう言うなら……そうなのかもな」

 

 傭兵タチバナの恐ろしいまでの実績は知っていたし、当代最強クラスとも言われる戦闘能力の片鱗は今しがた自身の目で見たばかりであったが、それを公言する精神力にも驚愕している。それどころか声色に含まれる微かな感情に恐怖や動揺は全く感じられず、どちらかといえば不愉快さしかない。

 そう、彼は仕事中に立ちはだかる敵など基本的に不快害虫程度にしか思っていないのだ。そしてそんな言葉が単なる強がりやハッタリでないことはすぐ証明されることになる。

 

「七大ギャングが一つの幹部がトンズラこく瀬戸際ってのに、暗視ゴーグルとか対人レーダー持ちを出さないとか夜戦舐めてんのか」

 

「暗視ゴーグルはともかく対人レーダーはバリバリの軍用装備だろうに……ギャングでも普通はんなもん持ち出さないんだよなぁ」

 

「だが視界の利かない下水道。それとも『クラースヌイ』は本気でコイツを探す気がないってのか?」

 

 遭遇したのがツーマンセルだろうがスリーマンセルだろうが、死神のような存在にとって大した違いはなく、存在すら気付かせることなく淡々と処理していく。流石にここまで人員を大量に始末すると、アンドレイを追っている『クラースヌイ』の追跡部隊も何か尋常ならざる事態が起きていると気付いたが、まさかアシハラでもほぼ最上位の傭兵が敵側の護衛にいるとは思っていない。

 それでも既に二ダース以上の構成員が迷宮じみた下水道の中で不自然に消息を絶っているため、地上で粛清作戦の指揮を執る側近候補は何としてでも裏切り者を始末するか捕らえてボスの前に突き出さねばならなかった。

 捕らえた逃がし屋を『インタビュー』して得られた情報をもとに、予測される密航業者とのランデブー地点周辺を囲むように警戒線を張っているのだが、こうしている間にもまた下水道を巡回する一組が何の音沙汰もなく、短くも苦しげな断末魔を最後に消息を絶っている。

 

 

「……下水道はここまでだな。これ以上は浄水場の領域に入って面倒になるから、地上で移動するぞ。ルートは幾つかある」

 

「分かった、ここまで来たら見つからずに行きたいものだ」

 

 そんな地上で目的地付近に陣取る敵方の事情など知る由もないタチバナたちはマップに従って下水道から地上へと戻る。そこはイースタンファクトリー地区のコンビナートに隣接する中規模な埠頭の近くであり、目的の場所までは一キロ弱にまで迫っていた。

 

「下水道内で三〇は殺ったのにまだ同じくらいいるのか……どんだけお前のことを殺したいんだよ」

 

「……さっきも言ったが、ファミリーは裏切り者に決して容赦しない。幹部クラスになれば、例え追手が何ダース倒されようとも追跡は続く。だからオレはアンドレイ・ヴォローシロフとしての全てを捨ててやり直さなきゃいけないし、そもそも新しい人生のためにこの街から出ること事態が至難の業なんだ」

 

 しかし目的地周辺ということもあって警戒は厳しく、港湾作業員の服装こそしているが、明らかにカタギではない雰囲気を放つ人間が真夜中の廃品置き場だというのにウロウロしている。

 しかし、タチバナにかかればその程度障害にすらならなかった。減音器(サプレッサー)付きの拳銃で、大型のコンバットナイフで、時にその辺にあったボロボロの延長コードで、港湾の警備員に扮しきれていない構成員を始末しつつ、旧世紀のリボルバーをお守り代わりに握りしめたアンドレイと共に進んでいく。

 既に殺害数は四〇を超えて五〇の大台が見えてきており、海に蹴落とせない死体は仕事が終わるまで見つからないよう適当に隠蔽しつつ目的地まで静かに、しかし迅速に移動していた。

 

「……あそこか。どの船かはお前が知っているならいい。そこまで案内しろ」

 

 密航業者が潜伏しているのはコンビナートに隣接する貨物船やタンカーが出入りする区域ではなく、タグボートや水先案内艇をはじめ雑多な小舟艇が多数停泊する中心部から少し離れた桟橋であり、廃油回収船に扮している。タンク内の廃油(スラッジ)に紛れて一旦は日本領の房総島へ行き、そこにある宇宙空港から亜弾道輸送機で地球の裏側までひとっ飛びするつもりなのだ。

 

「よし、今のうちだ。一気に突っ込もう!」

 

「おい待て! 開けた場所に走るな!」

 

 しかし、逃げ込めるゴールが肉眼で見えたことでアンドレイは逸ってしまった。ようやくこの地獄から逃げ出せる。ろくに睡眠すら取れないどころか、確実に狭まる包囲網と迫りくる死に怯える日々からオサラバできる。いかなギャング組織の元上級幹部といえど連日の緊張とそれに伴う心身の疲労から生み出された願望に抗えず、疲労によるシワや隈が残る顔を歓喜の笑みで歪めて走り出したのだ。

 

「……ッ、危ない!」

 

 これはいけない。そう直感したタチバナはアンドレイの首根っこを掴むと、人工高密度筋繊維とアダマント合金製骨格によって大幅に強化された脚力にものを言わせ、手近な錆びたコンテナの陰に飛びこんだ。そこから一瞬遅れて彼が本来いたであろう場所を数十の弾丸が通過し、コンクリート製の護岸や水面を虚しく叩いている。彼が助けなければ、今ごろ蜂の巣となり人生をやり直す夢は水泡に帰していたのは言うまでもない。

 

「何をしてる愚か者め、急に自殺願望でも生えてきたのかと思ったぞ」

 

「すまないタチバナ……ここから出られると思ってしまったら、つい気が逸って……」

 

 強引に引っ張りこまれた衝撃と多数の銃声で何とか正気に戻ったアンドレイは反射的にタチバナへと謝罪するが、これは大きな失態であった。ついに始末すべき対象を単独で見つけたことで気を大きくした敵の親玉が、車輌用電動機が放つ甲高い駆動音と共に姿を現したのだ。

 

 

『ここのところネズミみたいにコソコソとしてたと思ったらようやく姿を現したな、アンドレイ・ヴォローシロフ!! 先々代に先代、そして当代のボスに散々目を掛けていただいたというのに、恩を仇で返しやがった穢らわしい裏切り者め! お前みたいなクズは東京湾で魚の餌になるのがお似合いだ!!』

 

「どの口でほざくか腰巾着のヤノフ、何年も前から散々オレを蹴落とすために動き回ってたクセに! 今さらそんな綺麗事を宣うのかクソ野郎め、てめぇこそ魔女の婆さんに呪われちまえ!!」

 

 捕らえた逃がし屋を絞って得た情報をもとに待ち伏せしていた追跡部隊の本隊はしっかりアンドレイが来ることを予期しており、最後の最後で捕捉できて安堵していた。流石にタチバナが護衛として随伴し、捜索部隊の大半を血祭りに挙げてしまうなんて事態は知らないのだが、既に引き連れていた兵力の半数以上を失っているため相当優秀な護衛を雇ったのだろうと推測している。

 それでも他に姿が見えないことからヤノフは己の優位を確信しており、ルーフに防盾付きの機関銃を据え付けた大型のSUVから罵声を浴びせていた。流石に多数の構成員を音もなく消したと思しき狙撃を警戒しているのか、防盾の後ろから大口を叩く姿は中々にみっともないのだが、下水道の捜索を担当した構成員の大半が戻ってこないばかりか何の情報も得られないとなれば警戒しないほうがおかしいのだ。

 

『それにまた性懲りもなく傭兵だか逃がし屋だかを雇ったみたいだが、惨たらしく死ぬ運命のお前に最期まで付き合わせて可哀想だと思わんのかね!』

 

「へっ、今回雇ったのはそこらの酒場で赤ら顔になってクダ巻きながら妄想を吐き散らすしか能のない十把一絡げの傭兵じゃねえぞ。お前達が『クラースヌイ』の一員だと知ってる上で顔色一つ変えず五〇以上も殺した特級のヤベーやつだ、死にたくなきゃさっさと退きな!」

 

『ほざけ! ならその傭兵諸共海の養分にしてくれる、やれお前たち! この裏切り者を殺せぇッ!!』

 

 そんな罵声の応酬の最中でタチバナは二つの準備を進めており、一つは展開した敵の数と配置を見抜いては独自に優先度をつけていく。もう一つは通信機器全般を対象としたハッキング攻撃であり、携行している弾薬の関係上、大量に増援が来ると弾切れを起こし敵の武器を奪いながら戦う事態を防ぐためだ。

 流石に幹部クラスが乗る車や個人端末はサイバー攻撃対策もある程度はされていたが、軍用規格品であったり最先端の放たれる悪意あるプログラムとマルウェアの波には抗えない。余裕があるなら構成員のサイバネ機器にも仕掛けたかったが、生憎ながらインプラント式のため同時攻撃能力はそこまでなく増援と通話の妨害と車輌の暴走に注力している。

 

「ヤバい二〇人以上いるぞ、助けてくれ!」

 

「そこから一歩も出るな、確実に処理していく」

 

 戦場の狂気に似合わぬ冷静な声と共にタチバナが構えたのはバトルライフルと呼ばれる銃器であり、フルサイズの八ミリ弾を用いるため一般的なアサルトライフルに比べて威力と貫通力に優れている。その分反動も強いのでフルオート射撃はおまけか緊急時の弾幕展開くらいだが、彼の射撃能力からすればセミオート射撃で十分だ。

 

「おぐぁっ!」

 

「うぅっ!」

 

「怯むな、怯むなぁっ! ぶえぇッ」

 

 機関銃含む火線が飛んできた方向を検知し、複数の要素から大まかに測距して脅威度の高い順に反撃の銃弾を叩き込む。人間の神業と言うより高性能なタレットじみた方法で構成員を次々と排除していく様は、敵だけではなく護衛対象であるアンドレイすら恐怖させていた。

 仮に彼が敵方に雇われていたら、自分は敵の姿を見ることなく地獄に叩き落とされていたか、それより酷い目に遭わされていたに違いない。そんな恐ろしいもしもの可能性を想像して一瞬だけ震えてしまったが、現実の彼は味方であり契約した仕事をこなすべく淡々と目に付いた敵から処分している。

 

「ああチクショウ、本部にコールが繋がらない! EMPでも食らったのか!?」

 

「慌てるな、敵は一人か二人だ! リロードの隙をついて仕掛けろ!」

 

 しかし再装填のために射撃が止んだことを察し、不用意にも肉薄しようと試みた。火線の量からどうやら裏切り者の護衛は一人か二人であると踏み、一気に距離を詰めて押し潰すことを目論んでいる。

 既に五人が死亡、二人が戦闘不能になり、今しがた機関銃を操作していた構成員が防盾の隙間から眉間を撃ち抜かれ、真紅の花を咲かせていたこともあって射撃戦では分が悪いとすら感じていた。

 しかしタチバナが持ち込んだ二つ目のメイン武器の餌食になりに行くのと同じであった。背丈ほどもあるそれは二七ミリという大口径を誇る散弾銃であり、戦闘機に搭載される機関砲並みの銃口から放たれる弾丸は何であっても容易く人体を破壊する危険物と化す。

 今回は通常の散弾だが、標準的な一二ゲージに比べて口径が大きい分内部に収まっている子弾の数も多い。そんなものが命中すればどうなるかは、遮蔽という戦場の守り神の庇護を不用意に離れてしまった三人の愚か者によって証明された。

 

「ぎゃあああっ!」

 

「う、腕がァァァ!」

 

「あ、脚が、脚がないなった……」

 

 胴体への致命傷は皮膚下装甲で防いだとしても、ろくに防御されていない四肢を──低グレードの義手義足も同じだ──ズタズタに引き裂かれてしまえば戦力として価値を失う。グレードの低いものだと胴体でもいわゆるトルソー部分しか保護してくれない製品もあり、その場合は下腹部も穴だらけになるだろう。

 元は腕や脚であった、骨と内部組織が剥き出しになり赤黒く彩られた肉塊はある意味で普通の死体よりもグロテスクであり、見た者の継戦意欲を削いでいく。集団心理により死を恐れることはなくても、下手に射程に入ればこうなるという惨たらしい様を見せつけられれば肉薄を躊躇ってしまうのだ。

 

「あの一団は鬱陶しいな……」 

 

 それでも未だ数の優勢を保つ彼らは複数方向からタチバナのいる廃コンテナへと銃火を浴びせており、心底鬱陶しいと感じたタチバナは秘密兵器を用いることを決めた。

 

「邪魔だ、これでも食らってろ」

 

 バトルライフルに装着されたアンダーバレル式の四五ミリグレネードランチャーから放たれるのは、高い粘性を持つ混合化学燃料とテルミット式の発火剤が詰まった焼夷弾。それを比較的状態が良好なコンテナに立てこもる一団へ向けて撃ち込み、風雨に晒され劣化した木材や様々なゴミと共に火炙りにしていた。

 とはいえまだまだ敵の数は一〇名以上いるため、半ば朽ちたフォークリフトを遮蔽にし、バトルライフルと散弾銃を自在に使い分けて数的優位を削っていく。ただでさえ暴走車輌で混乱した戦場に正確無比な射撃によって一方的に討ち取られていく。

 焼夷弾を撃ち込んだ簡易陣地には着弾以降注意を一切向けなかったが、その方向を見ずとも数十メートル離れた彼のところまで届いた僅かな、そして本能的に嫌悪感を覚える異臭を含んだ熱気が、そこに立てこもっていた連中の末路を端的に示していた。

 

「クソっ、クソっ、クソっ! お、俺たちは何と戦ってるんだ!? 魔女の婆さんが召喚した悪魔じゃないのか!?」

 

「誰だ哀れな負け犬の処刑なんて言ったバカは! ヤバい腕の護衛がいるじゃねぇか!!」

 

「チクショウ、無事に帰ったら情報部門の奴らを殺してやる……そんな情報も掴めなかったクソ野郎どもも血の海に沈めてやる!」

 

 増援も呼べず、正体不明の敵によって蹂躙される一方となったことで士気は完全に崩壊。敵を倒すためではなく理不尽なまでの強さを持つ生き延びるために撃ちまくる姿は、常日頃から忌み嫌い公然と侮蔑するスカヴィードッグスと大差なく、一人また一人と討ち取られていく。

 

「七大ギャングの戦闘部隊がこの体たらくか……先代が見たら何を思うだろうな」

 

 そしてヤノフと呼ばれた追跡部隊のリーダーは今際の際に悟ってしまった。自らを闇に葬るべく迫り来る凄腕の正体は、裏社会をインディゴ級傭兵のタチバナであることを。持ち逃げした金から惜しみなく支払い、絶望的な逃避行を成功させるための切り札として隠していたのだと。

 

「た、タチバナ……!? 貴様、こんなことしてタダで済むと……!!」

 

 思わずいつもの脅し文句が口からこぼれてしまうが、彼の脳裏に過ったのは功を逸り下調べをきちんと行わなかった不手際。仮に事前に分かっていれば、部隊の数を増やすなり何倍もの金で裏切りを誘発したりと対策が取れたのではないかと悔やんでいる。尤も、一度契約したら依頼者側から裏切らない限り決して裏切らない彼相手に、そのような調略は全くもって無駄骨なのだが。

 

「はい、正解。百点満点だが気付くのが遅過ぎたな」

 

 しかしヤノフの運命は変わらない。そんな軽い言葉と共に人間離れした膂力で振るわれる強化プラスチール製のコンバットナイフは、真皮層の下にある薄いキチン質製の装甲ごと彼の喉を深々と切り裂き、気道も頸動脈も一緒くたになんの意味もない管へと変えていた。

 

「ごっ、ぱぁっ……!」

 

 脳に血液が巡らず呼吸もできない人間にできることなど皆無である。全く反応しない端末が手からずり落ち、不可逆的に薄れゆく意識のなかで決して届かぬ罵詈雑言を浴びせることしかできない。

 

「ったく、ギャング組織に属してる奴はどいつもこいつも二言目に同じ事を言う……レッドやオレンジ級ならともかく、俺に言うか普通?」

 

「……普通はグリーンとかブルーみたいな一流でも、たかが依頼一つのために七大ギャングに対して正面から中指おっ立てることしないんだぞ」

 

「見られない、知られないさえ守れば問題ない」

 

 こうしてたった一人で本隊までも壊滅させたタチバナは、恐怖と苦悶に満ちた表情を浮かべたまま広がりつつある血の海に沈むヤノフを何の感慨もない目で見やると、返り血に塗れた刃を心底煩わしそうに振ってから鞘に収めている。後できちんと手入れをしてやる必要はあるが、今はこれで十分であるからだ。

 

「それより、ちょっと派手に暴れ過ぎた。お前の望み通り早くずらかるぞ」

 

 邪魔者は一人残らず始末したとなっては、ここに長居する理由はない。そんな至極当然の判断をしたタチバナは辺りに散らばる死体をどこか複雑そうに見ていたアンドレイを連れて桟橋へと走り、目的の船の前に立った。

 

「……合言葉は?」

 

「……王様のケツは桃尻」

 

「よし、今回のカスタマー様だな。しっかし、えらい派手にドンパチしとったな……なんじゃあのバケモンみたいな傭兵は」

 

 しかしいかにコンビナートや工場群から外れた桟橋の近くとはいえ、何度か炎が何条もの煙が上がっていればいずれ消防や警察がやってくるのは必定である。それはタチバナだけでなくアンドレイや彼を新天地へ運ぶ密航業者も同じ考えであり、一刻も早くこの場を離れようとしていた。

 

「ありがとうタチバナ、お陰でオレは生きてこの街を出られる……今まで真っ当じゃない生き方してたけど、生きてるって素晴らしいことなんだって改めて気付かされた」

 

「礼はいい、ただ契約を履行したまでだ。約束通り現金は三日後までに、現物分は七日後までに指定のルートで渡してくれ。さもなきゃちょっと然るべき所に色々タレコミをしなきゃならなくなるからな」

 

「わ、分かってる、明日にでも振り込ませるさ。せっかく拾った命だ、なのに君を怒らせて落っことすヘマをしたくないからな」

 

 それでも密航業者の船に乗り、複数の隠し場所のある廃油タンクのある区画へと降りていく直前に、アンドレイはタチバナにロシア式の最敬礼を行っている。所詮は金銭による契約の産物に過ぎないが、それでも一度は完全に閉じたはずの命運を切り開いた凄腕の戦士に対する敬意と感謝は伝えておきかったのだ。

 

「……まあ、元気でな。せめて報酬を振り込むまではちゃんと生きろよ。じゃなきゃタダ働きになるからな」

 

「ハッ、抜かせ。せっかく拾った命なんだ、精々長生きしてやるさ」

 

 こうして単体で合計一〇〇人近い構成員を始末するという離れ業を成し遂げた上で依頼を達成したタチバナは、遠くから複数のサイレン音が接近してくるのを確認すると再び闇に溶け込むかのように姿をくらましている。

 後に残されたのは恐るべき殺戮の跡だけであり、彼がアシハラの光輝の影にできた夜闇へと消えてから十数分後に到着したアシハラ市警(ACPD)の警官たちは滅多に遭遇しない凄惨な有り様に震え、青ざめた顔で未知なる大量殺人犯の存在を署に報告した。いかに被害者がギャングの構成員のみだとしても、ただ単一陣営の死体のみが一方的に転がっているなんて通常の抗争ではあり得ないのだから。

 

 

 そうして『イースタンファクトリー工業港の惨劇』とまで呼ばれた事件だが、街にとって殆ど損害がないためろくな捜査もされず、突発的な大量殺人事件として迷宮入りしている。やれどこかのメガコーポの特殊工作部隊の仕業だの、今まで犠牲者たちの亡霊の仕業だのと騒がれることになるが、真実に辿り着いたものは皆無だ。

 そんな自らのやったことが意外に影響を及ぼさない事実に満足したタチバナはアンドレイから報酬が届くのを待っていたが、仕事が終わってから二日後に複数のダミー会社や個人名義を経由して現金報酬がタチバナ名義の口座に届いており、一週間以内には現物支給の報酬も指定した場所に配達されている。

 

「……おお。素晴らしい」

 

 その中でも目を引くのは、超小型核兵器(ミニニューク)。長足の進歩を遂げた核融合技術を用いて小型の迫撃砲弾サイズに収めたTNT火薬一キロトン級の威力を誇る、自由と無法を半ば履き違えているアシハラですら御禁制の品──単純所持でも即時処刑されるほどの危険物だ。彼としてはもっと大威力の出せる最新兵器、反物質爆弾が欲しかったのだが、流石にそれはサイズ上無理と言われたためこちらで妥協している。

 復讐対象の一人は静止軌道上に浮かぶ一族所有のプライベートコロニーに滞在していることが多く、形振り構わず攻撃せざるを得なくなった時には適当な宇宙船をハイジャックした上でこれらを遠慮なく放り込むべく入手したのだ。

 

「流石はロシアン・マフィアの後継を自称するだけあるな。半分冗談だったのに、マジで核弾頭を仕入れてくれるとは」

 

 タチバナは複数の梱包材で万一が起こらぬよう厳重に封をされた三つの弾頭を愛おしげに眺めながら次の箱を開けるが、そこにはある意味で驚くべきものが同封されていた。

 

「で、これは……嘘だろオイ」

 

 それはアシハラ創設期から存在し、今では中心街の一等地に建つ六五階建てのビルを丸ごと店舗とする最高級娼館『摩天楼』のVIPパスであり、この街に住まう者でなくとも喉から何本も手が出るほどに欲しがるだろう。キャストは様々なタイプの美男美女揃い、人類が有史以前から今に至るまで思いついたありとあらゆる性癖やプレイに対応する、まさに快楽の宮殿というべき施設なのだ。

 無論、完全会員制及び紹介制のためツテのない者はそもそも入れないし、よしんば会員になったとしても一晩三〇万クレジットが最低ライン、人気の高いキャストと遊びたければ数百万、一番人気ともなれば一回で一千万以上ものカネが飛び交うため、庶民どころか大規模な投機で何度か勝機を掴んた程度の小成金ですらお断りされる真なる富豪のための場所だ。

 

『……根詰めてばっかりいないで、たまにはしっかり息抜きしろよ同志(カムラッド)。ちなみにコイツはきっちり『洗浄』してあるから安全だ。こんなクソみたいな世の中なんて楽しめるうちに楽しんでおけ』

 

「ああもう、何てもん送りつけてきやがるんだよアイツ……!」

 

 そんなメモ用紙の切れ端に書かれたメッセージと共に入っていたとはいえ、彼にとってこれは無用の長物になりそうであった。かつて六花の裸以外では興奮できないとまで言い切ったほどの愛は些かも失せておらず、露骨に嫌そうな顔をしている。それでもこれはあくまでアンドレイが報酬の一部ではなく自主的に寄越した『おまけ』であるため、引きつった笑みで許せたのだが。

 無論、アンドレイは愚か者ではない。彼が最も欲しがっていたものは別途用意している。

 

『コイツがお望みのデータだ。クソッタレのコーポ野郎に恥をかかせるなり、ケツを蹴り飛ばして海に蹴落とすなりご自由にどうぞ。オレはもうヤツと関係ないしな』

 

「……これだ。俺が求めていたものは。やはり腐っても元大幹部か」

 

 そこにあったのは、彼が首を求めて止まない『獲物』の一人に関する詳細な機密情報であった。七大メガコーポが一つにして日本を牛耳る三企業の一角、財閥連合の重役であり、数年もすれば取締役会の一員となる同世代の出世頭である。

 しかしそんな対外的な情報など彼にとっては心底どうでもいい。肝心なのは、愛する人の仇敵であることと、そいつを片付けるために必要な情報が含まれていることであった。

 

「……これでまた、ピースが埋まった。同時に次の獲物も決まった。ヤツだ、六花が酷い死に方をした元凶のゴミクズを始末できるとは……!」

 

 データチップに書き込まれていたデータ。それをひとしきり解読し、脳のメモリーへと複製したタチバナはわなわなと震え出す。ただしそれは敵の強大さに対する恐怖どではなく、憎みて余りある者へ復讐にして裁きを下せる歓喜に打ち震えているのだ。 

 

「ジョン・ロビンソン・アノウ……! 六花の可愛い喉を割いた腐れスカム野郎、そして凌辱の主導者め……罪を償う時が来たぞ!」

 

 本来なら持ち主の感情など宿らないはずのサイバーアイ越しですら狂気と偏執を感じさせ、傭兵の仕事時とは似ても似つかぬ激情を露わにする様は、彼を知っているほど本当に同一人物か疑ってしまうだろう。そんな矛盾した二面性を有する彼は一つの考えに囚われていた。

 アズラエルのように、いやそれよりも数倍は惨たらしく因果応報な最期をくれてやる。それこそが報われない六花の魂を弔う最善の方法だと固く信じている彼は、二度と会えぬ婚約者の苦しみを僅かなりとも味わわせるべく卓越した頭脳をフル回転させて最高のシチュエーションを作り上げていく。

 

「首を洗って待ってろよ社会ゴミ、お前の誕生日を命日に変えてやるからな……!!」

 

 憤怒と憎悪を宿す復讐の鬼は、新たな標的を打ち倒す道筋を見つけた。それはすなわちそう遠くないうちに新たな血と断末魔が流れることと同義であり、何人たりとも止めることは能わない。そして仇敵全てが苦痛に満ちた最期を迎えた時にのみ終わりを迎え、彼は墓前へと報告するであろう。

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