光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
第三二話
アシハラの北端に位置し、数年前にオープンしたばかりである最新の統合リゾート地区、ペニンシュラ・オブ・プレジャー。その中にある数十もの巨大なギャンブル施設には市内だけでなく世界中からスリルと一発逆転を求めて数多の人々が押し寄せ、毎日数多の悲喜こもごもを生み出している。
「ぎ、ぎゃぼーん! 欲をかいたらバーストしてしまいました……」
依頼の報酬を受け取り、二人の仲間と共にそこへと繰り出した拓郎はそこの中でも中間グレードのカジノでブラックジャックに興じている。この卓のプレイヤーは四人だが既に一人は二一点を超えてバーストし、もう一人はバーストを恐れたのか追加でカードを引かず現状維持のステイを選択しているため行動権を残しているのは彼含めて二人だ。
「……あっやべ、9だ! やっちまった、くそぅ!」
行動順が先であった左隣の男は欲をかきすぎて追加でヒットを選択した結果バーストし撃沈、行動権の残るプレイヤーは拓郎だけとなった。
現在の彼の手札は6と2の札で八点であり、一枚引いただけでバーストする確率は皆無である。とはいえディーラーの前に置かれた二枚のうち7の札が公開されており、それでいて追加でヒット──もう一枚引くことをしなかった。ならば伏せられている札はAか絵札、もしくは10なので点数は一七か一八であり、追加で引かないのではなくルール上引けないのだと予想できる。
「ヒットだ」
このままでは絶対に勝てないため、彼はそう宣言すると右手で軽く机の縁を叩き、ディーラーから追加で一枚受け取った。
「4か……これはある意味ではチャンスかもしれない」
彼に与えられたのは4の札であり、これで三枚合わせて一二点となる。テーブルに置かれているディーラーの札から予想せずとも、ここから更に札を引かねば必ず勝負に敗れてしまう。だから、躊躇うことなくもう一度引くことにした。
「もう一度ヒットだ」
この状態からバーストする確率は三種類の絵札と10の札を引いた時、単純計算で約三一パーセントであり、一九点以上になって確実に勝てる確率は約二三パーセント。これだけでもやや分の悪い賭けであるが、しかしやらねば勝率ゼロなので勝負に出ている。残る四六パーセントを引いた時は次の点数次第で考えようと決めて、まずは一枚引こうとしたのだ。
「さあ来……わぁ、あ……!」
しかし幸運の女神とは実に気まぐれな存在であり、今の今になって拓郎を嘲笑うかのように見放した。次に受け取ったカードはなんと10の札であり、先の三枚と合計すると二二点となるため、彼は哀れな先客二人と同じくバーストの憂き目を見ることになった。
結局この勝負は最初に一九点でステイしたまま勝負に出た客の一人勝ちとなり、一七点であったディーラーから賭けた額の倍のチップを受け取るとウキウキで席を立っている。
「せっかく、せっかく勝ってたのに……こんなのってないぜ」
勝負に負けたため無情にも回収されていく二五〇〇〇クレジット分のチップ。平均的な下層労働者の月収を上回るそれがたった数分で水泡と帰した現実をまだ受け入れられない拓郎は、その様子を虚ろな目で見送りフラフラと離れるしかなかった。
「ど、どど、どうしてだよおおおおぉぉぉぉぉぉ! あそこは9の札を引いて二一点を揃えてカッコよく二・五倍の払い戻しを受け取れる場面じゃないのかよ……」
「ったく、人様の趣味にケチつけるのは好きじゃないが、手っ取り早く増やしたいからって都合のいい想像を根拠にしてオールインばっかりするのはいい加減止めとけ。せっかく競馬やパチスロで膨らませた利益ごと種銭がパーじゃねえか」
そんなことを相棒に愚痴ろうとしたものの、一足先にカジノ区域から出ていたファンによる厳しくも真っ当な指摘を受けて更に落ち込んでいる。どうせチマチマした額を何回に分けてやるよりもという思考で全額突っ込みがちなのは彼の悪癖であり、なまじそれで上手くいく時が少なからずあるため中々改められないようだ。
「じゃあそういうファンはどうなんだよ。昼過ぎにはバカラで三〇〇〇クレジットくらい負けたって聞いてたけど、あれから盛り返せたのか?」
「ああ、ばっちりさ。さっきルーレットで大勝ちして今日の負け分取り返した上に五〇〇〇〇クレジットくらい儲けたぞ。ベットボタンを押し間違えて全部0の目に突っ込んだらたまたまハマってびっくりしただけだがな。俺もそうだけど、他の客もディーラーまでもみんなして口をあんぐりと開けてマヌケ面してたのが笑えたぜ」
そんなごもっともな指摘に対してじゃあお前はどうなんだと返してみた拓郎だが、まさかそこまで大勝ちしてるとは思ってもみなかった。自分がコツコツ勝ちを積み上げたものをたった一度の勝負で引っくり返されている時に、まさか相棒が負け分を精算するどころか一発大逆転に成功しているなんて思いもしなかったようだ。
「は? え? 何で大儲けしてるのに黙ってるんだよ……それで勝つ秘訣とか何かない? 何か細かいことでもいいから教えてくれよ」
文字通りの大逆転を果たしたファンに藁にもすがるような気持ちで尋ねる拓郎であったが、そんな必勝法があるなら彼だって知りたいくらいであった。幾つかのギャンブルには数学的に還元率を最大に限りなく近付ける動き方があるとは小耳に挟んでいたが、それとて誰もが喉から手が出るほどに求める必勝法からは程遠いシロモノでしかない。
「うーん、まあ俺の場合、日頃の行いがいいからとしか言いようがないかもな。んじゃ俺は儲けたカネでちょっと遊んでくるから。宿にはまた明日の昼過ぎ以降に帰ってくるからよろしくな!」
こんな風に手に入れた泡銭は今日のお楽しみに使ってやろう。そう決めていたファンはなおも救いを求めるかのようにすがりつく拓郎に適当なことを言ってあしらうと、そのまま喜色満面という言葉が相応しい爽やかな表情でスキップでもせんばかりに娼館が並ぶ通りへと去っていく。彼の言う『遊んでくる』の意味を瞬時に理解してしまった拓郎は、この状態になったら何か緊急事態にでもならない限り連絡しても出ないことを悟って大きな溜息を吐いた。
「はあ……またスッちゃった。今日こそ地下鉄で帰るつもりじゃなかったんだけどな」
まったく、どうして自分は最終的にギャンブルで勝てないのだろうか。拓郎はそんなことを思いつつも日が完全に没してからしばらくした頃に69番街に程近い拠点の宿へと撤退している。本当は大勝ちした後に送迎タクシーでも使って帰りたかったが、現実は地下鉄で同じようにギャンブルで素寒貧になった敗北者たちや仕事帰りの下っ端サラリーマン連中と強制的に押しくらまんじゅうをする羽目になった。
いかにもやっつけ仕事で気温だけ下げましたと言わんばかりの地下鉄構内及び車内の空気は湿気と人の臭いにあふれており、それがまた不快感を上乗せしている。本来なら蒸発して乾くはずの汗が肌の上に残り、他人のそれが触れることもあるため気持ち悪さは天井知らずだ。
「あーもう、帰ったら真っ先にシャワー浴びなきゃ……何か臭いまで移されたっぽいし、公共交通機関の中でも無人バスと並んで口コミの評判がゴミなのも納得だわ」
ぎゅう詰めの車内に広がる人の海をどうにかかき分けてニューヨシハラ駅で降りた彼は、拠点としている69番街から近い宿までを不快指数百超えの外気に包まれながらとぼとぼと歩いている。それがまた敗北感を増幅させ余計に悔しさを募らせていた。
「あ、お帰りー……およ、ファンさんは? 一緒にカジノ行ってきたんじゃないの?」
少し前から拓郎たち以外の宿泊客がいなくなった寂れた安宿のロビーには暇を持て余した寝間着姿のアリサがおり、経年劣化のせいか何をモチーフにしたのかさっぱり分からなくなっている壁面のレリーフをなぞって遊んでいる。
端から見ればスタイルの良い美人が一体何をやっているのかと言いたくなる光景だが、サイバー空間を己の戦場とする彼女にとって端末からネットに接続するのはあまり暇つぶしにならず、他人から見れば理解不能な行動の方が心が安らぐのだ。
「……ファンはカジノでアホみたいに大勝ちしたからって『遊びに』行ったよ。明日一杯までは休みだから、そこでハッスルして昼過ぎには帰ってくるんじゃないかな」
「あー……やっぱりスケベなヒトだったねー。ま、別に他人にメーワクかけず自分のお金で遊ぶならあーし的はオッケーよ。友達の中にはそーいうのフケツとかキショいとかいう子もいるけど、個人の自由なんだから別にいいじゃんね」
彼女は二人で出かけたはずなのに一人で戻ってきた拓郎に理由を尋ねるも、回答を聞くと色々納得したような表情で何度か首を縦に振っている。普段は豊富な知識と射撃技術で頼りになる彼は少々特殊な性癖を持っていることをこの間の一件で二人とも知っているが、別に自分たちの害にならないため不干渉を貫いているのだ。
「でさ、チーム名どうしようね。『ドレッドスウォーム』とか『トランセンデンス』みたいにバッチリキマる名前を考えなきゃ」
「あー……そういや全く考えてなかった。休みも明日までだし早く考えないと。また笑われるのは嫌だ」
「……アイツはやっぱりキライだけど、あの名前がダサいってことだけは同意してる」
「そ、そこまで言うのかよ……!?」
しかしファンの性癖のことなんかよりも大切なのはチーム名である。これは先日の指名依頼で露呈した問題であり、その場では『チーム拓郎』という余りにも安直でネーミングセンスの欠片も感じられない仮名を用いる羽目になったが、こちらを露骨に敵視していたカルロスにすらもっとマシな名前を使えと言われてしまう始末であった。
何とか無事に依頼を終えたのはいいが、流石にそんなみっともない名称を使い続けるわけにもいかないので時たま何かいい名前を考えてはいるのだが、中々にいい案が思いつかないのである。
「『デンジャラスキラーズ』とか?」
「うわ、めっちゃダサいし序盤で退場するサンシタのチンピラみたいでイヤかも」
「なら『ザ・アベンジャーズ』はどうだ?」
「アベンジャーって……誰に復讐するつもりなのさ。そもそも読み方間違ってるし。てか、さっきからカッコよさそうな語呂をテキトーに出してない?」
「ええと、じゃあ『夜露死苦』とか『仏恥義理』とか……」
「もうただの暴走族じゃんそれ! 本人たちも意味分かってないか恥ずかしく思ってそうなゴロなのに……」
しかし拓郎のネーミングセンスは相変わらず微妙なようで、アリサは思わず何度もツッコミを入れると整った顔でしかめ面を作ってしまう。同時に人は何かしらの欠点があるとは聞いているが、こうも特定方向だけに酷いことになるなんてと天を仰いだ。
そういう年頃の中学生が考えたようにしか思えない名称の数々からまともなものは出ないと察した彼女は、これ以上とんでもないアイデアを聞かされる前に自分が考えた案を披露することにした。
「じゃあさ、『エッジランナーズ』とかどーよ? ギリギリを攻めてくカンジがよくない?」
「えぇー……俺のネーミングセンスと大して変わりないじゃん、却下で」
しかし拓郎の琴線には響かなかったようですげなく却下されていた。自分が真面目に考えた案をことごとく却下されたお返しもあったが、彼のネーミングセンスはどこか常人とはズレておりアリサの案が酷くダサく聞こえていたのだ。
「あー、ひっど! 拓郎さんよりは一万倍……一億倍はマシだからね!」
「……あの日から思ってたけど、俺のネーミングセンスって、そんなに酷いのか?」
「うん、真っ昼間に中心街をフラフラ歩いてるサラリーマンをテキトーに捕まえて名前考えてもらった方が絶対マシなものになると思うよ?」
「ひ、ひどい!?」
意趣返しも含んでいたがそこまではっきりと言われてしまい、少しだけ落ち込む拓郎。確かにあの時は即興で考えねばならなかったと言い訳ができたが、ゆっくり考えられる現在ですらろくな候補が出せないのだから当然ではある。
カルロス曰くチーム名とは店舗でいうところの看板であり、決しておろそかにしてはならないものだという。いかに美味しいカレーを出す店であっても名前が『うんこ屋』では客が寄り付かないのと同じであり、通常の経済原則とは異なる法則が支配する傭兵社会であっても、適切な名前は自身のマーケティングやブランディングに必須なのだ。
「中々いい案が出てこないな……」
「ぶぅ、何か不満だけどこれはチーム全体のことだし、ファンさんも交えて話したほうがいいかも」
この件はまた明日三人で改めて話し合った方がいいだろう。そんな結論に至った二人は特にすることもないため、ロビーの端に置いてある古びた自動販売機で何か飲み物でも買おうと席を立とうとした。
「ああーっ! 拓郎さん大変、見て! これ見て!!」
その瞬間、つまらなさそうに端末の画面を見ていたアリサがいきなり驚きの声をあげた。
「うわっ!? 何だよミキモト、いきなり騒いで……」
必要性がないのに耳の近くで大声を出されてびっくりした拓郎はアリサに抗議しようとするも、その面前に端末の画面がぐい、と近付けられる。
「これが傭兵情報サイトなのは分かるけど……」
「あーしたちの名前が載ってる! しかも、トップページに!」
彼女が開いていたのは『アシハラ・マーセナリーズ・ランキング』というダークネット上に存在する製作者不明のサイトであり、拓郎も陳からその名前だけは聞いている。運営者不明ながらその実力評価の信憑性は異様なまでに高く、傭兵を雇う立場ながら自前の情報網を有するメガコーポ群ですらも信用できるデータソースとして扱っていることためそれを疑う者はほとんどいない。
傭兵稼業に携わる者たちにとって必須と言えるサイトは現代の目で見ると恐ろしく古めかしく、検索部やユーザーインターフェイスこそ最新のそれらと比べても遜色はないのだが、基本デザインは半世紀以上前の化石じみたものである。
そんなトップページを少し下にスクロールした所にあるのは三人の名前。おまけに『チーム拓郎』という、可能ならば誰にも知られたくなかった仮名までがバッチリと表示されており、画面を見ていた二人を唖然とさせていた。
「あぁーもーっ、どーせきっとアイツが情報を売ったに違いないし! メックの時にちょっと見直したと思ったけどやっぱナシ!!」
「いや、ミュラーさんは口は悪いけどそんなしょうもないことしなさそうだし、ひょっとしたらヴァルさんとか他のメンバーかもしれないだろ……」
それよりより関心を惹いたのはその後に続く記述であった。アシハラで活動する傭兵は原則として日本における虹の見え方に基づいた七つの階級によって分けられており、新人傭兵というのは余程のことがない限りレッド級の格付けから始まる。例え数分でこの街を半壊させられる能力を持った生ける戦略兵器であっても、過去の実績が無ければその原則からは逃れられない。
しかし、アリサの端末の画面に映る名前の横にはそんな常識を覆す文字が並んでいた。
「お、俺とファンが……オレンジ級!?」
「ウソでしょ……いきなり二人ともオレンジ級から始まってる!」
『期待の新人』欄にでかでかと三人の名前が載っているのは理解できるのだが、何とそのうちの二人、拓郎とファンはレッド級ではなく特例によりオレンジ級と記されており、おまけに『当サイトが注目する新人有力株!!』という余計な煽り文句まで添えられている。
「な、何でぇ……? 俺何かやっちゃったか?」
「……二人から聞いた話がホントなら充分ありえるかも。あーしもちょっと話盛ってるなーって思ってたけど、こうやって評価されてるの見ると嬉しいかも」
特例処理を行った理由は、『傭兵稼業開始直後、当サイトによるキャッチアップまでに受注した高難度依頼の度重なる成功』と記されている。確かに今まで受注した鬼爆組の前哨基地攻略戦、廃ホテルの戦い、ジャンカーズ掃討、そして指名依頼である地下という四つの仕事は一筋縄ではいかず、決して楽な戦いではなかった。それが評価されて嬉しいのは偽らざる本音であった。
「評価されてるのは嬉しいし、レッド級をすっ飛ばしていきなりオレンジ級になれたのはいいんだ。早く有名になって色々こなしたいからな」
「……でもさ拓郎さん、どうやってあーしたちを見てるのこの人? たち……ジャンカーズをぶっ飛ばしに行った時なんて他に誰もいなかったのに……いなかった、よね……?」
しかし、一つの疑問が彼の脳裏に浮かぶ。この前の指名依頼や野次馬が多数いた廃ホテルの戦いならともかく、ジャンカーズ掃討や前哨基地攻略戦なんて見ていた者は皆無であろうに、一体誰がこれを記録、分析、集計しているのだろうか。そんな当たり前だが誰も答えられない疑問が頭を過る。
もしや、この素性不明の集団のリサーチ力は人気のない廃墟にすら及んでおり、未知なる方法でじっと観察しているのだろうか。でも一体どうやって。そんな恐ろしい想像をしてしまった拓郎とアリサは背筋が冷えてしまい、思わず辺りを見回している。
真っ黒なスーツとサングラスを着こなした没個性の不審な人物が、近くの物陰から自分たちをじっと監視しているのではないかという妄想めいた考えが頭の中に染み出してきた。とはいえそんな都合のよい物陰など宿の中にも外にもなく、物理的に隠れられる場所などないと分かるとほっと胸を撫で下ろしている。
「そういえば、半世紀以上前からあるこのサイトの運営者は、メガコーポやギャングたちが何度か必死に探したけど遂に見つからなかったって陳さんが言ってたような……」
「それ、あーしも聞いたことある……ちょっと前に騒がれてたアシハラ裏社会の七不思議の中で、最後まで解明されなかった『傭兵情報サイトの運営者』ってヤツ。他のは勘違いだったり中堅コーポの陰謀だったって分かったんだけど、これは多分ホントにヤバいと思うよ」
「……よし、この話はもうやめとこう」
とりあえず、情報サイトについて変に深入りするのは金輪際よそう。依頼の細かな情報や私生活とかは晒されないようだし、ただ自分たちやライバル同業者たちの立ち位置を調べるための便利なツールとして割り切って使うことにしよう。そう固く心に決めた二人は、この有益だが奇妙なサイトのことを頭の中から押し出すべく、何か面白そうな他の話題を考え始めていた。