光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「とはいえ、何を話そうか……」
あの不可解なサイトの話題から離れるべく代わりのトピックを探す拓郎だが、アリサとは仕事に関することならよく話していても、完全な雑談というものをあまりしたことがないことに気付いた。
ファンとは同性ということもあり共にカジノへ行くくらいに打ち解けているのだが、彼女はあくまで仕事仲間でありという意識が強い。社畜や下層労働者として暮らしていた身としては、年頃の女性が喜ぶような話題についての知識がほぼ無いため雑談のハードルはそこそこ高かったのだ。
「そうだ、拓郎さんはサイバネ機器とかって興味あったりするん? もしよかったらカタログ送ったげるよ?」
するとそんな空気を察したのか、アリサの方から違う話題を振ってきた。傭兵にとってそのジャンルは雑談と言えるのか微妙なラインであったが、今はとにかく別の話題が欲しかったためそれに便乗している。
「興味ある……っていうかもう既に一つ入ってる。ニューロンブースターってのが」
それに隠していてもいずれ判明することなので、この際だからと話題作りのために自らの切り札にして戦闘能力の過半を占めるニューロンブースターのことを話すことにした。
正確にはインストールしたというより強制的に埋め込まれたというべきであり、それ以外は借金取りたちが機能不全の不良品を掴まされたこともあって、現状全く動作していない。それがいいことなのかどうかは分からなかったが、少なくともボタン一つで呼吸以外何もできなくなる隷属インプラントが機能していないのは確実であった。
「ええっ!? あんなキケンなやつに適応できたの……?」
神経伝達を異常に加速させるニューロンブースターは極めて強力なサイバネ機器だが、その分だけ負担も大きい。実時間にしてたった数秒ながら脳みそ始め全身の神経系に多大な負荷をかけるため、同じ機種であっても使い勝手は個人個人の適性によって大きく変わるのだ。
一回の発動でほとんど前後不覚に陥る者が大半だが数回連続して用いてもケロッとしている者もおり、拓郎は後者に該当している。そんなことをサラッと言うものだからアリサは驚いてしまったが、その直後更に驚愕すべき言葉が目の前の男から放たれた。
「て、適応……? よく分かんないけど多分大丈夫だと思う。短時間に連続して使うとちょっと頭痛がするけど、ちゃんと間を空けて使えば平気かな」
「ウソ……適性とか適応とか知らずに使ってるのはヤバいって!」
「いや、その……これはニューロンブースター強そう! 超加速で俺最強! これで成り上がりライフは大成功間違いない! ってノリで買って入れたから、あんまり詳しいこと考えずに使ってた」
「た、拓郎さんは別の意味でもヤバいヒトだった……! 傭兵界隈はヘンな人が多いって聞いてたけど、アレを何となくで使うのはなかなかいないよ……」
チームリーダーがニューロンブースターのような強力なサイバネ機器をノリとフィーリングだけで使っていたという事実を知った瞬間、アリサはあまりの衝撃で一秒ほど放心していた。
とはいえ余計な勘ぐりや心配を避けるべく、拓郎もそこだけは真実をぼかしている。自分の運命の分かれ道となったあの日からもう一ヶ月近く経ったとはいえ、自らの恥ずべき大失態を知人相手に笑い話にできるほどの時間ではないからだ。
あの時の彼はまだ傭兵ではなく十万クレジット近い債務を抱えた下層労働者に過ぎず、残りの人生が悲惨なものになるのだと絶望している頃である。まさか一ヶ月後には二人の仲間に恵まれ新進気鋭の傭兵として紹介されるなんて夢にも思わなかったのだ。
だからこそ彼は今ある充実した人生が当たり前のものではなく、自らの手で掴み取ったものだということをしっかりと理解しており、この街の頂点に立つという夢物語のような目標に近付くためにも、サイバネ機器による自らの強化は必須であった。
「あーしもこないだの依頼でお金溜まったし、サイバー戦用の追加インプラントとか眼底に照準用の神経リンク入れよっかなって」
「ミキモトも何か武器を買うのか? 別にハッキング能力だけでも充分お釣りが来ると思うけど」
「現状ネットワークとかサイバー空間抜きだと殆ど役立たずになるけど、そんなの何かイヤじゃん? だからスマートピストルの一つでも持とっかなーって。ほら、あーしら人数少ないし」
「確かに、ほぼ生身の三人だと手が足りないのはこの間で思い知らされたな……」
現状の仮称チーム拓郎が克服すべき課題、それは火力と対応力の不足である。メックという大きな脅威に直面した際にチームの総力を挙げても撃破できない現実はそれをまざまざと見せ付けていた。あの時は自分たちより経験も火力も上のチーム二つによる援護があったため、アリサのハッキング攻撃を食らわせることで無事に無力化したのだが、本来は囮になる役割もチーム内で完結せねばならない。
とはいえ現段階で傭兵社会でのツテも名声も充分とは言い難いこのチームに新たにメンバーを増やすのは中々に難しいことであり、信用が置けてチームに足りない人材を確保できる確率はかなり低い。無論、マダム・スミスや陳に泣きつけば一人くらい用立ててくれそうではあるのだが、それはどうしても足りない時の非常手段にして最終手段であり、わざわざ自分から借りを増やす行動を取る必要はないと考えている。
「今んトコ特にめぼしい依頼も無さそーだし、スミスのオバちゃんに言ってサイバネ機器入れるために一日追加で休み貰おっかな」
「スミスのオバちゃんって……まあマダム・スミスならそれくらいなら許してくれそうではあるけど」
ならば一人あたりの火力やスキルを増やしていこうという考えはごく自然なものであり、それに応えてくれるのが世界各地の大小様々な企業から発売される置換・挿入型心体強化サイバネティクス、通称サイバネ機器である。下層労働者でも数ヶ月給与を貯めれば買える安物から軍用規格品を凌ぐスペックとそれ相応の対価を要する超高級品まで、様々なグレードや目的のものが街のあちらこちらで売られているのだ。
例を挙げるなら、ゴリラを上回る腕力とプロピアニスト並の繊細さを両立する義腕、照準補助や赤外線暗視モード、短時間の録画といった便利な機能を搭載した多用途サイバーアイ、背部の抗堪性を高め神経反射速度を僅かに上げる強化型脊椎。そんな現代科学の粋を集めた最新モデルは一般人どころか駆け出しどころか軌道に乗ってきた中堅傭兵でもおいそれと手が出ないほどに高価だが、身体能力を強化したり隠し武器を仕込んだり様々な特殊機能を有している。一つ一つの効果はさして大きくないのかもしれないが、その僅かな積み重ねが土壇場で生死の差を分けることもあるのだ。
「それで想定外のメックの件で、陳さんも追加報酬の名目で結構くれたからな……何個か付けてみようかと思ったんだ」
「んじゃ拓郎さんの端末に最新版のカタログ送っとくねー……お、新規お友達紹介割貰えた。ラッキー」
ピロンという小気味よい音と共に端末へと送られてくる数テラバイト級の大容量カタログに今度は拓郎が驚く番であったが、一二八ペタバイトもある内部ストレージからすれば微々たるものであり、サイバネティクスの世界へと足を踏み入れた。
「思ってたよりも色々あるんだ……へえ、皮膚下装甲って最低グレードだと意外と安いのな。胴体部だけならたった四〇〇〇〇クレジットで五ミリの複合繊維の膜が表皮と真皮の間に出来るのか」
グレードは不明だが、何度か長ドスの斬撃を阻まれ苦戦させられたシロモノがこんな手軽に手に入るなんて。『在庫処分セール中につき最大三五パーセントオフ実施中!』というチープなロゴのすぐ下に表示されていた皮膚下装甲の商品説明に書かれている概要を読み込んだ拓郎はその手軽さにまた驚いている。
尤も、四〇〇〇〇クレジットというのは一般人だけならず駆け出し傭兵から見ても気軽に支払える金額ではないのだが、ギリギリながら高難度依頼を複数回こなした彼にとってはそこまで痛くない出費だ。特に敵の致命的な一撃が戦闘や退避を続行できるほどの負傷で収まる──つまり命を繋ぐ代価と思えば中々にお値打ちですらあった。
「他にも凝固アクセラレーターとかリフレックスブースターとかも欲しいけど……凄く高っ!? 八五〇〇〇と一七七〇〇〇もするのかよ。サイバーアイは……良さげなのはあるけど目玉を取るのは怖いからやめとこう」
「うぅーん、有線式汎用接続ポートも欲しいケド、今の予算だと一つ前のUNICOM7.0規格になっちゃうじゃん……内蔵ファイアウォールを後回しにしようかな……いや、神経リンクは外せないし……」
寂れた安宿のロビーにて、拓郎とアリサは己を強化してくれるサイバネティクスの世界へと入り浸る。裏社会の中でも傭兵の世界がどういうものかを改めて思い知った二人は、生き残りたくば強くならなければならないという強迫観念に近い思考を有しており、資金に余裕が出来たこともあってサイバネ機器のインストールを現実的に考えていた。
やらずに土壇場で後悔しながら死ぬくらいなら、やって金欠に悩む方がいい。
そんな有意義な時間を終わらせたのは、月の光も大通りを人工の光もあまり届かぬ細い路地を覆う夜闇に響いた一発の銃声であった。特段の防弾性も遮音性も持たない窓ガラス越しに響くそれは平穏な夜という幻想を一瞬にして叩き壊し、ここがアシハラの中でも寂れた地区、それも半ばゴーストタウン化しつつあるエリアであることを二人に思い出させている。
「……え?」
「じ、銃声!?」
とはいえ実戦経験があるため瞬時に警戒態勢に入った二人だが、その後も数回発砲音が鳴り響いているため頑丈そうな柱の陰へと避難した。
宿のある場所はニューヨシハラ地区のなかでも69番街のほど近くであり、周囲は半ば廃墟と化していて疎らに人が住むだけの割に治安は決して悪くない。いかな傍若無人なチンピラや木っ端ギャングといえど、歩いて数分もしない所にマダム・スミスが治めるコミュニティがある場所で好き勝手暴れることをよしとするほど愚かな奴は殆どいないのだ。
そんな場所でいきなり銃声が響いた。下手人はそんなことすらも考えられない余程の命知らずか、そんなことなど気にも留めなくていい連中であるかの二択であり、ここ一ヶ月近くの経験から判断すると後者である可能性が高かった。
「鬼爆組の奴らか……!?」
「キバク……起爆? たまに腐れコーポどもは皆殺しだーって叫びながら街中で自爆するヤバい爆弾魔の集団なの?」
「いや、この近くで依頼を受けた時に戦ったギャングだよ。鬼哭衆の三次団体らしいけど、どうにも本部から冷遇されててマトモに扱ってもらえてないらしい」
「ふーん、なら安心……鬼哭衆!? うえぇ、やっぱりこの人たち頭のネジが何本か外れてる……」
ここ二週間くらいは比較的大人しくしていたらしいが、再び攻勢をかけてくるほどにまで戦力を回復していたのか。拓郎がそんなことを思いつつアリサに想定される敵の概要を伝えるとドン引きされてしまったが、それでも敵は敵に違いないので容赦しないつもりであった。
「とにかく装備を整えてから様子を見に行く。ミキモトはヤバそうなら連絡するから増援を呼んでほしい」
「う、うん! ちゃんと待ってるから!」
しかし二人ともほぼ丸腰であり、そのまま行くのは自殺行為に等しいため一度部屋に戻って装備を整えてから拓郎だけが現地に向かう。いかにニューロンブースターがあるとはいえ、数も装備も分からない敵を相手に流石にアリサを守りながら戦える自信はなかったからだ。
部屋に戻って自警団の上着を羽織り、長ドスと拳銃の予備弾倉を手にすると宿の外へと飛び出し、微かに叫び声が聞こえる方へと走っていく。
数分も走ればゴーストタウンかと見紛うほどの裏路地にいつもの静寂さはなく、代わりに複数の男女から発せられる怒号と悲鳴じみた弁明が錆びついた遊具が物悲しさを感じさせる小さな公園に響いていた。
「……あれだけ客がいてカネが無ェってのはどういう了見してんだテメーッ、あんまナメたこと言ってるとモツ抜いて風呂に沈めちまうぞ!」
「こんなガラクタみたいなとこで
「ほ、ほんとに稼ぎが無いんだよぉ! そもそもそんなに利子が高いなんて聞いてないし、法に反してるんだから契約として成り立ってないって言ってるじゃんか!」
債務者は契約条件が法に反しているため無効だと騒ぎ立てているが、しかし取り立てる側としてはそんなことなど関係ない。いかに条件が法に触れていたとしても一度契約を交わしたのだから借りたものを返せと迫っている。
「そんな言い訳を聞くのはもう三回目なんだよこっちはアァ! どんなゴミみたいな条件でもなぁ、一旦借りたんならきっちり耳揃えて返さんかいこのアホダラ!」
「まあモツで払うかカラダで払うかくらいは選ばせてやるよ! ほら、ええと……選択の自由ってヤツだ!」
「嫌だぁ、誰か助けてくれぇぇ……!!」
よく見れば小柄な男がフェンスの脇に転がっており、一目見るだけでガラが悪いと分かる男がそれを掴んで持ち上げると罵声とともに激しく揺さぶっていた。
ファンも借金取り出身と言っていたし、自分と出会う前はひょっとしたらこんなことをしていたのかもしれない。いつもは飄々としている相棒のあり得たかもしれない過去を想像した拓郎は少しだけ胸の奥が痛くなるような感覚を無視して声をかける。
「おい、何をしてるんだ。ここは69番街のすぐ近くだぞ、近所迷惑だし静かにしろ」
「アァん、誰だテメー関係ねえ奴は……チッ、あそこの自警団かよ。しまったな、余計なのまで巻き込んじまったか」
声をかけられたリーダー格の男はたまたま通りかかった一般人かと思って威圧しようとしたが、自警団の制服である法被のような上着を来た拓郎を見ると、露骨に嫌そうな顔をして吐き捨てた。まさかすぐ近くにある勢力の構成員に絡まれるとは思っておらず、想定外の事態に少し焦りを感じ始めた。
彼らは借金取りの真似事をして金を得るベイエンド出身の木っ端ギャングであり、その親玉は他地区の無関係な人間にいきなり暴力を振るわないほどの知性と理性は有している。だからこそ、ここ最近魔法のように息を吹き返しつつある69番街と敵対するのを避けようとしていた。
「でもよ自警団の兄ちゃん、確かに人んちの近くで騒いだのは俺らが悪かったけど、文句を言うならそこでメソメソしてるコイツに言ってくれよ。コイツがちょこまかとここまで逃げて来なけりゃ、俺たちもこんなとこまで来て金返せって怒鳴ったりしなくて済んだんだからさ」
だからこそ彼は自分たちはただ正当な金の取り立てをしているだけだと言い張り、責任を拓郎ではなく債務者と思しき男に押し付けることで穏当に不干渉を引き出そうとしている。
組織に属している上に見かけ倒しではない相手のメンツを潰すことなくこの場を引いてもらう。それは裏社会では必須に近い処世術であり、格上相手に目的を達成するためには必要なことである。何も知らない者から見れば理不尽な暴力だけで成り立っているように見えるギャングの世界にも、不文律や慣習、タブーといったものは意外と多く存在しているのだ。
「……さっき銃声が複数聞こえたのは気のせいじゃなさそうだけど、借金の取り立てに発砲は必要なのか?」
だがそんな裏社会の駆け引きにあまり詳しくない拓郎からすれば関係ない。仮に正当な借金の取り立てであろうとも、69番街の目と鼻の先で自衛でもないのに理由なく数回も発砲したというのは、敵対行為と捉えても文句は出ないのだ。
「いや、その……何だ、銃が暴発しちまったというか……」
「一回ならともかく時間差で三回も暴発するのは危なっかしいとは思わないのか? 捕まえて引っ立てるだけなら一回で十分じゃないのか?」
それに今回の発砲問題となれば裏社会目線で見ても非があるのは追手側であり、リーダーもそれを理解しているからこそ強硬な手段に出られない。仮にここで拓郎を叩きのめしたならば69番街にマークされてしまう。そうなれば自分たちの『ビジネス』に悪影響を及ぼす可能性が高かった。
「アニキ、やっぱりこいつごとやっちゃいましょうぜ! 俺たちの邪魔すんならこんな木っ端連中ぶっ飛ばせばいいんすよ!」
「バカやめろ、余計なこと言うんじゃねえ。ちょっと前に不死身のキムラとか抜かしてイキってたボス猿気取りのガキだって、ここにちょっかいかけて子分共々酷くボコられたんだからな」
そんなリーダーの気苦労を全く理解しておらず、痺れを切らした部下が額に青筋を立てていきり立つも、リーダーの男はそれをすぐに止めた。69番街をマダム・スミスが支配するギャングと見立てた場合、組織としての格は69番街の方がずっと上であり、ここで面倒事を起こすといらぬ報復を呼び起こす可能性がある。大きな組織の後ろ盾があるならともかく、彼らはアシハラに何十とある独立系の小集団のため、いくら名前を出して威圧したところでギャング同士の典型的な挨拶にしかならないからだ。
適当に大きな組織の名前を勝手に使って威圧するハッタリも考えたが、もし相手に後ろ盾がいて、それが自分たちが名を騙った組織であったら本当に目も当てられない事態であり、物理的にも社会的にも死を迎えるしかない。
「チっ、しゃーない。今日は自警団の兄ちゃんのメンツに免じて引いたるわ、俺たちは69番街に喧嘩を売る意図なんて無いからな。そこんとこよろしく頼んますぜ」
「よかったなぁチビ野郎、たまたま自警団の人間が近くにいて。でも一週間で借金返さないとオフィスかお前さんを差し押さえちまうよ、精々頑張ってちょうだい!」
そうして五人の男女は少なからず不満を募らせながらも踵を返してベイエンドの方向へと歩いていく。誰かを殺傷することに喜びや生きがいを感じているサイコではないため、拓郎はその背を警戒こそしつつも害意がなく本当にその場から立ち去ったことを確認すると路上に倒れた小柄な男の様子を調べるべく、小走りで近付いてから慎重に声をかけた。