光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「……五分前にちゃんと揃ったわね。さあ『チーム拓郎』のみんな、仕事の時間よ。アタシにとっては久しぶりだけど、69番街としては初めての大仕事になるから今回はクリスじゃなくてアタシが直接指揮を執るわ。そこんところよろしくネ」
上弦より少しだけ満ちた月に照らされる水上都市アシハラ。数多のヒトと照明により形作られる光輝と賑わいに満ちた中心街から数キロ離れた寂れた区画の中にポツンと存在する69番街の裏口にいたのは、この小さくも区画の支配者たるマダム・スミス。いつものように客の前に出るためのパーティ用ドレスではなく女物のフォーマルな装いに身を包んでいる。
「さ、こっちのクルマに乗った乗った。少し慌ただしくなるけど、時間がないからブリーフィングは移動しながら行うわ」
スミスが指差す先に鎮座していたのは寂れた路地裏には似つかわしくない厳つい見た目をした大型の四輪駆動式SUVであり、街中を我が物顔で走る企業のコンボイの護衛としてルーフに遠隔操作式の機関銃を取り付けたものが比較的よく見られる車種だ。
車に詳しくないため具体的な車種や性能など拓郎には全く分からなかったが、今日一日乗っていた軽自動車とは比較にならない造りの良さと、暗がりの中でぱっと見ただけでもお値段が高そうなことはすぐに理解していた。
「クリス、車を出して。何か無い限りルートはさっき決めた通りでお願い」
「承知しました、マダム」
三人が後列の座席に乗り込みドアを閉めたことを確認するや否や助手席に座るスミスは運転席のクリスに発進するよう命じ、彼がアクセルを踏み込むとコンピューターでシンクロ制御された二基の大出力モーターが生み出すトルクにものを言わせて加速。狭苦しい裏路地から一分もしないうちにニューヨシハラをはじめアシハラを南北に縦断する片側八車線を誇る大通りへと出る。
そこから道なりに北へと二キロと少し走ればそこはアシハラの中心街であり、林立する高さ五〇〇メートルを超える企業所有のビル群からは煌々とした明かりが漏れていた。天に突き刺すかの如く建ち並ぶ摩天楼の壁面からは、所狭しという言葉が相応しいほどにホログラムで構成された立体デジタル広告が溢れ出し、大音量で流れる複数のCMソングと社歌、人気音楽グループの最新ナンバーなどが混じり合いビルの壁面に反射したりで単なる雑音と化し、防音処理された車体を貫通して耳を揺らしている。
「ここが中心街、アシハラの心臓部ね。パット見はとても華やかで『これぞ未来都市よ!』って澄ましたカンジをしてるけど、実態は知っての通り……外から聞こえてくる音の集合体みたいなものよ。キレイに取り繕われた薄皮をひん剥けば
「そんな街だからこそ、傭兵なんて危なっかしい商売が出来る……と」
「そうよ。アタシも前はフィクサーなんてカッコつけた呼ばれ方してたけど、結局やってるのはヒトの不幸や揉め事に付け込んで甘い汁を吸ってるだけでしかないわ」
自分たちも傭兵として実績と栄誉を積み重ねていけば、いつかあんな不夜城めいた極超高層ビルの最上階にある華やかな場所へいけるのだろうか。遥か高みから下々を睥睨する、常識を越えた金持ちやメガコーポの経営者一族、そして重役どものような特権階級の仲間入りを果たして贅沢三昧な生活が出来るんだろうか。拓郎はアシハラの栄華の象徴といえる光景をマジックミラー加工をされた防弾ガラス越しに見上げると一つの想像をした。
最高位のヴァイオレット級にまで上り詰め、一生かけても使い切れぬ莫大な富とアシハラの外にまで轟く比類なき栄誉を得た自分。高級住宅街の中でも最上級の物件の最上階に住まい、労働者の生涯年収の何倍もする豪奢な服に身を包み、一食で一〇万クレジット以上する至高の料理を毎食口にし、金にモノを言わせて調達した好みの美男美女を何人も侍らせる。
「うーん……何かいまいちしっくりこないな」
そんな様々な媒体で描かれる大富豪のテンプレートめいた生き方をする自分を想像してみるも、どうにもしっくり来ずに霧散してしまった。しかもこんな刹那的な稼業をしていて、そもそも自分はちゃんと何年も傭兵生活をしたまま生き残れるのかとすら拓郎は思ってしまう。
「……元フィクサーとして正直に言うわ、アナタには才能がある。まだ荒削りで未熟なのは否定しないけれど、それでもこの街で伝説を残した先人みたいにその名を刻み付ける素質の片鱗はもう見えている」
そんな不安を察したのか、スミスはサングラス越しに優しげな目で彼を見ながら自らの心情を伝えている。本来ならばそれは褒められた行為ではないが、かなりの確率で彼が生き残れないことを理解しているため今のうちに伝えることにした。
フィクサーを引退しすっかり丸くなったスミスは、久方ぶりに得た安寧に溺れて一歩を踏み出すことすら恐れるようになっていたが、廃ホテルにおける拓郎の奮闘によって理不尽に抗うこととがむしゃらに突き進むことの大切さを改めて教えられ、戦士としての自覚を取り戻したのだ。
「だからまずはこの仕事を全力でやってきなさい。アナタ、いえ、アナタたちならもっと高みへと羽ばたいていけるのだから」
だから、感謝の意を込めた激励として彼に率直な気持ちを伝えている。人は幾つになっても誰からでも学べるし変われる。これだから人生というヤツは面白いし飽きないのだとスミスは思いつつ、そろそろ自分も彼らのために今できることを始めようと決めた。
「……さて、ガラじゃないことも言ったことだし手短にブリーフィングを始めましょう。アナタたちの端末に目的地の略図を送ったから、それを見ながら話を聞いてちょうだい」
その後はしばしアシハラの中心部の賑わいに見とれていた三人だが、スミスの言葉で一斉に端末をチェックして立体地図を表示した。空気中の電子を揺らす僅かな音と共に目的地の地図が浮かび上がり、いよいよ自分たちも更なる躍進に繋がる一歩を踏み出したのだと改めて噛みしめている。
「……組織内部の協力者から貰った情報では、目的のモバイル・アンビュランスが置いてあるのは一階の車庫よ。でも軍用の装甲車以上に高価な商品なのは向こうも分かってるみたいで、奥に置いた上でしっかりと警備してるみたいね。だから外に出して走らせるためには、警備システムを何とかした上で進路にある邪魔な車を何台かどけるなり壊すなりする必要があるわ」
解説に合わせて端末に表示されるホログラムの地図が想定される位置を赤く点滅して示す。そこは車庫の中でもかなり奥まった場所であり、一階の作業室やなど、人通りの多い部屋に近い。人目につかずに行動するのは中々大変な仕事になりそうだと感じている。恐らく監視カメラも備わっており、慎重な行動が要求されることは間違いない。
「アナタたちの侵入地点は拠点近くの下水道で、五〇メートルほど離れたとこにある地下鉄工事現場の作業用昇降路から下水管理通路に移動して、そこから地図に表示したルートで忍び込みなさい。残念ながら機密保持の都合で地下の正確な地図は渡されていないけれど、各所に案内板が張られてるからそれを見ながら動けば大丈夫とのことよ」
相変わらずホログラムによる立体地図は便利だという感想を抱いている間にもブリーフィングは進んでいき、同時に乗っている車も渋滞しがちな中心街を抜けて右折し、陳のいるイースタンファクトリー地区の方へと走り始めた。もちろん彼に用もなく会うためではなく、目的地に向けて遠回りのルートで走っているだけであるが。
「もちろん、依頼遂行に必要ならどれだけ敵を排除しても構わないのだけれど、交戦はなるべく最小限度でお願いするわ。別に密輸組織の人間のことを心配してるわけじゃなくて、アナタたちの生存のためよ……アサルトライフルやサブマシンガンを装備した警備兵一〇人以上と真正面から撃ち合って勝てる力はまだ無いのだから」
真正面から戦うなという忠告に三人は反抗することなく頷いている。今回の作戦目的は敵警備兵の殲滅ではなく車輌の奪取であり、余計なことをする暇も余力も今の彼らにはない。
仮にタチバナなら余裕綽々といった具合で捻じ伏せるだろう。それどころか、警備兵どころかそこにいる敵や警戒システムを全滅させてから悠々と目的のものを回収するに違いない。拓郎はそんなこと脳裏で考える余裕くらいは持っていたが、時間が惜しいとばかりに次の説明が始まっている。
「そしてモバイル・アンビュランスを奪ったら追っ手を蹴散らしてから一目散に回収ポイントまで走り抜けなさい。ほぼ確実に追っ手は来るでしょうけど、あの車輌は装甲車レベルの防御力があるみたいだから、人間が持てる銃器や手榴弾くらいなら気にする必要はないと思うわ。ただしグレネードランチャーや対装甲ロケットといった爆発物にはくれぐれも注意するのよ。一番大事なのは車そのものより中の医療機器、それを忘れないで」
そして仮に敵がどんなに愚かであっても、目標の車を動かし勝手に車庫を開ければ流石に気付いて追っ手を差し向けてくることは想像に難くない。そうなれば必然的にカーチェイスを行う羽目になり、その間に追撃を排除した上で身を隠し、追跡を振り切った上で回収ポイントへ向かわねばならなくなる。
あくまで厳重な警戒がなされた保管庫へと盗みに入ったのは正体不明の武装集団であり、まさかそれが69番街の手の者であるなどと露呈してはならないのだ。
「最後に警備の通常シフトなのだけど、夜間は一階のメインフロアに作業員と警備兵がそれぞれ一〇人ほどが起きていて、その他重要な部屋の前に何人か門番が立ってるくらいとのことよ。報酬は完全成功で一人あたり一三〇万クレジット……何か質問は?」
「だ、大丈夫……特にないかな」
やや駆け足ながら伝えるべきことを一通り話し終えたスミスは三人を見やる。傭兵三人組は一三〇万クレジットという破格の報酬に思わず息と生唾を呑んだが、慌てて返事をした。平均的な下層労働者の五年分の収入よりも多い大金がポンと一括で払われる。そんな事実が当たり前のように伝えられたことで少しだけ浮ついていたのだ。
「特に無いのなら、ブリーフィングはこれでおしまい。後は到着までリラックスよ……五分とちょっとで着くわ」
スモークガラス越しに景色を眺めているうちに車は徐々に減速していき、やや古い型式の街灯が疎らに闇を照らす人気のない路地に停車する。ちらっと見えたナビの情報によればここはニューヨシハラより更に南、六〇万トン級の超巨大タンカーすら同時に何隻も入港できる大規模な埠頭と複数の多層物流拠点によって構成されるアシハラの最南端にして海の玄関口、サザンポート地区の倉庫街の程近くであった。
何故か一旦北に向かってから再び目的地へと向かったようだが、一体何のためなんだろうか。拓郎はその意味を聞いてみたかったが、作戦開始時刻まであと七分しかないため素直に車を降りている。今すべきことは目の前の依頼を確実にこなすことであり、後でもいいことを悠長に聞くことではないからだ。
「さあ、アナタたち全員が目的を達して無事に帰ってくることを祈ってるわ。グッドラック『チーム拓郎』!」
「「「あっ」」」
完全武装した三人を降ろすなり猛スピードでその場を去っていくスミスのSUVを見送ったが、そこで改めてチーム名を決めていない事実を突き付けられている。
「……帰ったらちゃんとチーム名を考えなきゃな」
「それはそうだがよ……いくら人気が無いったってこの姿が見つかると危険人物扱いされる、すぐ下水に行くぞ」
しかし今はそんなことを考えるなという意味を含んだファンの一言で、二人は彼の先導で人っ子一人いない路地の工事現場へと忍び込むと、設置された簡素な昇降機で地下へと下りていく。ガタンガタンと少し揺れたり軋みながら動く様子は拓郎とアリサに不安を抱かせていたが、乗り慣れているファンからすれば大したことはない。
「うっわ、メッチャガタガタ揺れてる! コレ壊れてない? それとも安全意識ガバガバなん!?」
「工事現場のエレベーターなんてこんなもんさ。ミキモトはともかく、拓郎は乗ったことないのか?」
「底辺労働といっても、ほとんど夢の町でゴミ拾いしてただけだから……」
「ああ、そっちのクチか。確かにそれなら体が鍛えられてるのも納得だな」
数十秒ほどかけて降りた先にある工事現場には造りかけの地下鉄路線が広がっており、剥き出しのコンクリートや資材置き場作業用に用いる電動トロッコやがしまわれず放置されていた。建設会社に正規雇用されている従業員ならともかく、アシハラの底辺で調達できる日雇いの作業員に日当と無関係な作業を期待するのは間違っている。
「こいつで遊ぶと中々面白いんだがな……今は仕事中だし遠慮しとくか」
メディア作品に登場するような形をしたトロッコをどこか懐かしげに見やるファンであったが、今はそん監視体制など皆無な工事現場を抜けて下水道と、蒸し暑い上に臭いという二重の地獄に耐えねばならない。嗅覚が過敏な人なら数分と経たずに耐え難い苦痛に苛まれるし、一般人でもありとあらゆる悪臭の混じった奇怪で不愉快極まりない臭いが鼻腔にこべりつくため涙が出そうになるほどだ。
「うおえぇっ、メックと戦った時はこんなヒドい臭いしなかったのに……」
「こないだのアレは地下通路でこっちは下水そのものだからな。でも吐きそうなほどくっせぇ、もう早く出たいぜ」
そんな苦痛に耐えつつも地図の誘導通りに下水通路を数分歩けば何もない通路に出たが、外側にドアノブがないため非常脱出用の扉にしか見えない。しかしこの目立たない扉こそが『クーリエ・インターナショナル』のアジトに繋がる入り口であり、その構造故に警戒が緩くなりがちなウィークポイントであった。
「現在時刻は……一〇時一分。もう開いてるな、慎重に忍び込むぞ」
スミスの情報によれば、内部に潜む協力者がここの鍵を開けておいてくれるのは一〇時から五分間だけ。ならば立ち止まっている時間がもったいない。アリサは事前に教えられた通りに隠されたカバーを外し、そこに隠されていた掴みやすい取っ手を掴んでゆっくりと引っ張っていく。
全くと言っていいほどに使われていないはずの扉は殆ど音を立てることなく滑らかに開き、不快な金属音が響き渡ることを想定していた三人を拍子抜けさせていた。
「第一関門はすんなり突破出来たけど、ここからが本番だ。気合入れて集中してくぞ」
そうして思っていたより順調に前哨基地へと潜入を果たした三人であったが、中は予想より狭い空間となっていた。今どき珍しい白熱電球の明かりによって照らされる細い廊下の左右には幾つかのドアがあり、その先は左へと曲がる角になっている。
「どこのドアがどこに繋がってるかが分かればいいんだけど」
「しらみ潰し……は悪手だ。見つかるリスクが増えるから、」
時間が経つごとに状況は不利になっていくため、なるべく早く地上階へ向かう階段を探さねばならない。そう思って踏み出そうとした矢先、左側手前のドアがいきなり開くと中から一人の警備兵が特に警戒した様子もなく出てきたため、三人はもう見つかってしまったのかと焦ってしまった。
「! 初っ端からしくじったか……幸先悪い!」
交戦は最小限にと言われているが、依頼の邪魔になるなら容赦なく排除する。そんな確固たる意志を以て、何か敵対的なアクションを起こされる前に消すべく
「おい、撃つな! 味方だよ……マダムに頼まれたんだ。そしてさっさと行け、人に見られると中々マズいことになる」
その言葉と共にサブマシンガンから手を離し、目の前で両手を挙げる女が件の協力者らしい。そう理解した三人は慌てて銃口を降ろすと、軽く頭を下げてそっと脇を通り過ぎようとした。
「……今日はかなり大口のクライアントが急に大事な商談をしにきたご様子で、護衛ともども乗り込んできてる。そのせいで警備兵の大半は二階の応接室とか一階のVIP用出入口付近に張り付いてるが、平時より倍近くの数が多いる。他のとこは若干ツメが甘いけど、もし騒ぎを起こすとそいつらまで加勢してくるだろうからな」
「重要な情報だ……知らせてくれてありがとう」
おまけにさらりと有益な情報を教えてくれたため、仕事がやりやすくなったことに拓郎は敵地であることも忘れて礼を言うが、彼女はあくまでドライな協力者である立場を貫いている。
「礼ならマダムに言ってくれ。あとどうしても巡回を殺るってなった時には気をつけろ。うまく仕留めて隠しても、定時から何分も戻らなきゃ警戒されて捜索されるぞ、コイツらはそこらにのさばる盛りのついた自称ギャングとは違う」
こんな組織にまで協力者を持っているなんて、マダム・スミスはどれだけ顔が利くんだろうか。そんなことを考えつつ、可及的速やかに仕事を終わらせるべく上階に続く階段へと近付いていく拓郎たちであった。
「しっ、誰か下りてくる……!」
「こっち、ここに隠れよっ!」
その途中で鼻歌を歌いながらご機嫌な様子で階段を下りてくる警備兵を発見したが、特に邪魔にはならないため階段下に無造作に置かれた雑多な備品の物陰に潜んでやり過ごしている。無論、見つかったと判断したら容赦なく射殺すべく油断せずに武器を構えていたのだが、忍び込んだ不埒者に気付くことなくそのまま階段脇にある『仮眠室』と書かれた雑な作りのプレートが打ち付けられたドアの先へと消えていった。
「……よし、周辺に敵はいないな。しかしアイツ、面倒くさいことが起きてるのによくもまああんな上機嫌だったな」
「その厄介の元から離れられるなら嬉しいだろ? 多分そうなんじゃないか」
「地下に監視カメラはないみたい。一階と二階だけっぽいね……ハッキングできないか試してみてもいい?」
「うっし、ならガンガン行くぜ。仕事を終わらせない限り時間は敵のまんまだからな」
本当は制御室を襲撃して監視体制を破壊しておきたいが、それをやるとほぼ確実に奇襲が強襲に早変わりするため封印している。重要な場所であるため複数人が詰めているだろうし、よほど手際良く制圧しない限り襲撃が露呈した上に増援を呼ばれて依頼の失敗が確定するからだ。
ならば監視カメラの映像だけハックして場所を掴み、そこを避けるように通ればいい。そう考えた三人は一秒でも早く目的を達成すべく、一〇以上の警備兵と同数の作業員がいるであろう一階へ繋がる階段を慎重に上がっていった。