光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「はぁークッソ、カードで二五〇〇クレジット分も負けたせいで臨時の警備に駆り出されちまった……アイツ絶対イカサマしてるだろあれ」
「まあまあそう怒るなって、臨時ボーナス出るんだからこれ終わったら北のカジノにでも遊びに行こうぜ。パーッとな」
「いやでもよ、当日飛び込みじゃなくてせめて数日前にアポイントくらい取ってくれよって思うわけ。割とデケェ会社の社長さんだって言うんだからよぉ」
「あー……思いついたら即実行のタイプはベンチャー上がりのエグゼクティブに多いからな……うっ、地獄のコーポ時代を思い出して吐きそオエェッ!」
どこか冷たさと湿度を感じた地階を抜けて一階へと侵入した三人は後方警戒をファンが担当し、カメラの位置把握とハッキングをアリサが試みる間に拓郎物陰から周辺状況の確認を行なっていた。階段周辺にカメラが設置されていないことは確認しているが、下手にうろついて見つかってはいけないからだ。
そんな中で聞こえてくるのは二階へ上がる別の階段を警備している警備兵たちの愚痴であり、口を滑らせて有益な情報を吐かないかと耳をそばだてた拓郎だが、協力者の言っていた大口のクライアントという情報の整合性が取れたことを除けば、できれば聞きたくない音と背中をさする音だけが収穫であった。
更なる情報を得て行動に移したいのは山々であるが、無闇やたらに物陰から体を出すと発見していないカメラに捕捉される可能性があり、そうなれば高確率で仕事どころか人生が終わってしまう。だから拓郎は一瞬だけアリサの方を向いて進捗を尋ねるが、左手の指を忙しなく動かしながら画面を睨む彼女の表情は険しい。
「……ミキモト、カメラの方はどうだ?」
「ちょーい待ち、流石に一筋縄じゃいかないっぽい。システム周りはかなり頑丈なプロテクトが……もうっ、知ってるセキュリティホールは全部塞がってる」
いかにギャングじみた犯罪組織とはいえ、社会的に影響力のある人物や企業とも取引があるため信用やセキュリティを重んじる姿勢は強く、そこらのギャングや無法者とは違いセキュリティ面の問題を放っておくようなヘマはしない。商売敵によって情報を抜かれて大損害を受けた上に一網打尽、という最悪の事態を防ぐべく、ハード及びソフトの両面において出来る限りの対策をしているのだ。
アリサが苦戦する中で何の進展もないまま三〇秒、一分、二分が経つに連れて徐々に焦りが心を蝕んでおり、このまま先に進めないのではないか、いつ見張りの兵がやってきて追い立てられるかと気が気でなくなってしまいつつある。
いっそもう一度地下に戻って警備室を破壊し、それから遭遇した警備兵を片っ端から撃ち殺しながら進む方がむしろ上手くいくのではないか。拓郎の心中にはそんな狂った構想が芽生え始めており、昼前に新調したばかりのサブマシンガンを握る手が思わず強張っている。
「……いっそ、一気に殺るべきか?」
今なら近くにいるのはしょうもないバカ話をしてる二人だけ。カメラの配置によっては隠密を保ったままいけそうだし、さっさとやっちまうべきだろう。そんな短絡した思考のまま少し血走った目で物陰からサブマシンガンの銃口を覗かせようとした。
「……あ、ガバみっけ。システム自体は固いけどカメラ本体はほぼそのまま手付かずじゃんね、ラッキー」
しかしメガコーポの本社ビルや物好きの富裕層が暮らすスペースコロニーといった最高レベルのセキュリティを誇る施設に比べればここのセキュリティなど児戯のようなものでしかなく、知らないまま残されていた脆弱性が見つかってしまえばそれまでだ。
一度カメラを支配してしまえばジャンカーズの掃討時に見つけたテクニックでシステムそのものに侵入するのはさして難しくなく、いきなり最奥部に侵入されたことで殆どの防備をスルーしてしまったため、アリサの予想より遥かにすんなりと侵入に成功している。
電気系のネットワークは独立しているためそこから汚染することはできなかったが、カメラと映像記録を掌握したことで好き勝手弄くれるようになったのは大きな進歩であった。
「はい、これでカメラシステム乗っ取りかんりょーです。警備室からのアラートは無効化しといたし、カメラの位置と映る範囲を送っとくね」
アリサがそう言ってから一秒も経たないうちに端末の画面に表示されたマップにカメラの位置と監視範囲が赤色で追加され、青色の矢印が目的の車輌があると推測される地点までの最短ルートを指し示す。無論、新たに入力されたデータも考慮したものなので気を付けるのは人の目と騙すカメラの切り替えだけだ。
「思ったよりも少ないけど、それでも車輌用のガレージには二つもつけられてるのか。かなり面倒だな」
「あとはカメラの動画をAIに取り込ませて生成したニセモノの映像を向こうに送り付ければ早々見破られないよ! ま、コンピュータの処理能力の都合で一度に二個のカメラまでしか騙せないけど……」
「それでも短時間だけ騙すなら充分だ、このまま進もう」
なるべくカメラに映る範囲を避けて進み、どうしても通らねばならない時だけはアリサによるフェイク映像への差し替えによって警戒をすり抜け、徐々に車輌の保管場所へと近付いていく。一度だけ巡回中の警備兵が接近してきたが、どうにも警戒心が足りておらず周囲に向ける注意が散漫なこともあって、僅かな異変に気付くこともなく通り過ぎていた。
そうして無造作に置かれた陳列棚やロッカーのせいで狭く薄暗い屋内を空き巣じみた挙動で進み、何とかガレージに到達した拓郎たちであったが、複数のLEDライトが辺りを照らす中で一〇名前後の作業員が一心不乱に自らの仕事に邁進している様はメガコーポによる管理と搾取が横行する表の社会よりも活気や誇りに満ちているようにも見えた。
「おい、品番16-Aのエンジンはこれじゃない! そっちは17-Cのヤツだ、万一にも間違えたらお前だけじゃなくて俺たちの首が飛ぶぞ! 二台ともコーポのお偉いさんが欲しがってるやつだってことを忘れるな!!」
「そこの新人、その二つは赤系だけど全く別の塗料だから絶対に混ぜるなよ。ちなみに左手に持ってるのはヴァーミリオン、右手のはワインレッドだ。缶の横のラベルを見る癖をつけるんだ」
そこにあるのは高級車というより旧世紀のヴィンテージカーと言うべき車がほとんどであり、機能性を最優先された現代の無機質なデザインとは一線を画する美しさと気品に溢れている。
仮にこの光景を目の当たりにしたのが旧世紀自動車マニアであったら、その場で昇天しかねないほどに喜ぶだろう。二〇世紀を代表する自動車メーカーが満を持して送り出したスポーツカーは今や正規の生産者はなく、古い遺構から発掘された現品をレストアしたものか、レプリカが少数生産されるくらいでしかないのだから。
そんな有様のため状態良好な個体はクレジット換算で数千万どころか億、十億、時に百億近い値で取引されることもあり、支配者階級の車好きの間では所有することが社会的ステータスとされている。自宅のガレージでコレクションしたりサーキットで走らせ見せびらかしたりと用途は様々だが、要するに高価な玩具でしかない。
「あんなにライトを点けてるのか、人もいるし見つかるからあんまり近付けないぞ」
だが、失われた時代の自動車に大して興味のない三人からすれば単に『何か高く売れそうな車』でしかない。余裕があればついでに一台くらい失敬して臨時収入にしたいなとは思ったが、人数も練度も足りていない今は諦めざるを得ないので、早々に興味を失っている。
そんなことよりも彼らが奪うべき目的の車輌は、艶消しの黒に塗装された大型トラックじみた見た目をしたのが普通サイズの自動車に混じっているのだからとても分かりやすい。
軍用車輌であると主張する武骨だが実用本位なデザイン、フルサイズのライフル弾を弾く上にパンクしても一定距離を走ることが出来る直径二メートルオーバーの超硬化ソリッドタイヤ、そして、中に搭載した医療機器を十全に動かすために搭載された最新の自己完結式核融合電池。まさに動く病院の名が相応しい重車輌であり、企業傘下の大病院並の設備を何処ででも動かすことが出来る。
「あれがモバイル・アンビュランスだな。さっさと奪って逃げたいんだが……」
「……あの車とバイクが邪魔くせえな、軽自動車くらいのサイズだしコイツで踏み潰すなり跳ね飛ばしてくか」
潜入開始からまもなく一〇分が経過しようという頃にようやく目的の車輌を見つけたことで再び士気の上がる三人であったが、今すぐ運転席に飛びついたとしても辿り着くまでに作業員に見つかることは明らかであり、別のアプローチを見つけねば近寄ることすらままならない。
一瞬だけ
「どうにかしてアイツらをガレージから退かさないと、一生辿り着けない」
「とにかく今は実情に合うよう計画を修正するぞ。車の奪取までとトンズラこくための逃走プラン、この二本立てだ」
午後一〇時を過ぎても未だ熱量で希少な車のレストアに励む者たちで賑わうガレージの端にある片隅の暗がりに潜んで見つからずにいるが、目的の車輌を目の前にして三人は立ち往生を余儀なくされている。確かに警備兵自体は少ないが、それでもここまで人が密集していれば気にするべき視線が多すぎてまともに動けないのだ。
「まず目的の車を奪うことだが、それには暗号キーが必要だ。鍵は個体ごとに全く違うらしいが、一台しかないから間違えないだろう」
「どこにあるのか分からないのがイヤだけど、何とか見つけなきゃ話になんないし……カメラから覗いちゃう?」
「次に脱出路の確保だが、車に乗って逃げることになるから。最悪の場合、作業員含めて進路上にあるモノ全て撥ね飛ばせばいいが……この一〇メートル足らずの短い直線で邪魔者を轢き潰しながらシャッターを破るのは、ちょいと危なっかしい賭けになりそうだ」
「どこかに開閉用の装置か一括して制御できるシステムがあるはずだけど、上手いこと見つけなきゃ」
事前の想定通りとはいえ難解な状況を切り抜けるべく小声で計画を立てていく三人であったが、二階への階段がある方向から複数の足音が近付いてくるとなれば、自然に口を閉じて耳を澄ませ、手に持った武器を構えている。幸いにも階段のある事務所風のエリアからも作業員の集団からも距離のある暗がりであり、もし見つかったらそのままくたばってもらうのが好都合だからだ。
「……ああ、あのデカブツ早く退かねえかな、アレがあるだけで六台分くらいのスペース取っててマジ邪魔なんだよな。ただでさえ納車ペースに若干の遅れが出てて、こないだなんてクライアントに詰められてたのに」
「しょうがないだろ、アレを欲しがってるサハラの独裁者サマが相場の二〇倍出すって言ったから支部長がノリノリだし、ザニドのヤツもご機嫌なんだよ。まあでも三日後には向こうに送り出すっていうから、じきにここもスッキリするぜ」
最初に足音が聞こえてから一〇秒ほど経つと見回りに来た警備兵の無警戒な雑談が聞こえてきて、世界規模で展開する密輸組織とはいえ現地調達が主である故に下っ端の兵の質はそこまででもないなとファンは思っていたが、その直後に彼の考えを補強する爆弾発言が飛び出している。
「てか整備も修理も必要ないならせめて別棟の第二ガレージに置いてほしい……いらん死角ができるわ作業効率が落ちるわでこっちまで余計な仕事が増えるし散々だよほんと」
「なら整備主任のザニドにそう言ってみるか? あのデカブツが死ぬほど邪魔でどかしたいからキーを貸してくれって。それかアイツのデスクからこっそり借りてもいいけど、三徹明けのヤツにバレたらしこたまド突き回されるぞ……確実にな」
「ヒェッおっかねえ……でも他の作業員も何人か邪魔って言ってたしなぁ。どかしたいけど……って」
「ウソウソ、冗談に決まってんだろ! あ、ド突き回されるのは本当だから今言ったことをやるのはやめとけよ、マジで」
周りにそんな軽口を叩きながら二階へ続く階段の方へ戻っていく二人の警備兵であったが、とんでもない機密漏洩をやらかしていた。どこにあるか全く見当もついていなかったモバイル・アンビュランスの暗号キーのありかを、よりによって不埒な侵入者の近くで話してしまったのだ。
尤も、全く痕跡を残さずに複数人が忍び込んでいることを常に想定しろというのは酷な話であり、そこは彼らの失態とは言い難い。それでも侵入者に重要な情報を与えてしまったことに変わりはないが。
「へっ、コイツはいいことを聞いた。ザニドってヤツのデスクにお目当ての鍵があるらしい。方向も分かったことだし早いとこ拝借しに行こうぜ」
おまけに指を差して会話していたため方向まで判明しており、知らぬ間にオウンゴールを決めてしまった迂闊な警備兵たちのお陰で次の小目標を決めることができた
三人はまたもやアリサのハッキング能力を用いてこそ泥めいた移動を行う。
誰にも察知されることなく『主任オフィス』と油性ペンで乱暴に書かれたアクリル製のプレートがかかった部屋の前に到達した三人は改めて得物を構えると、慎重に扉を開けて室内へと踏み込んだ。非戦闘員とはいえ、騒がれるようなら永遠に黙らせなければ逆に自分たちが危険に晒される。それを理解しているからこそ、いつでも引き金を引けるようにして突入したのだ。
「ウソだろオイ、死んで……ない、か……」
「……いーや、酒飲んで寝てるだけ。見て、ビミョーに体が動いてるし」
しかしザニドと思しき中年男性は自らの机に突っ伏しており、傍らには彼の顔よりも長い安焼酎の瓶が幾つか転がっていて、数メートル離れていても容易に分かるほどの強いアルコール臭を漂わせている。もしやこの男は痛飲の末に急性アルコール中毒でポックリ逝ってしまったのではと疑ったが、緩慢ながら胸部が上下している様を見て生きていることを確認するとすぐに興味を失った。
よくよく見れば大きないびきを生み出す鼻は顔と同じく真っ赤になっており、ガレージの車輌の整備を任されているはずであるこの男がオフィスで眠りこけている理由を大体理解している。
「アル中なのか三徹明けのせいなのか……その両方だろうな、きっと」
「まあ何だってもいいが、ぐっすりと寝てるんだしさっさと鍵だけ借りてくぞ。ただし永遠にって前置きがつくがな」
連日の長時間労働による疲労とストレス解消のための深酒によって昏睡状態に陥っていたザニドは三人の侵入者を前にしても起きることはなく、多少乱暴に机を漁っても全く反応しない。
幸いにもお目当ての暗号キーは酒瓶の横に無造作に置かれており、遠目からでは従来の鍵のように見えるのだが、複雑な凹凸面から発せられる複数の周波数の電波を鍵穴側の受信器がしっかりキャッチし、登録されたパターンと一致することで初めて物理錠として機能するようになるのだ。
そんな現代科学を惜しげなく用いたハイテクの産物を拓郎はさっと拾い上げると、服のポケットに大切にしまってからそっと机から離れている。鍵さえ手に入ればこの部屋に用はなく、いつ起きるか分からない敵がいる部屋に長居する理由など皆無であるからだ。
「これで鍵は手に入れたから、後はどうにかそこの作業員を退かしてシャッターを開ける手段を確保すればいいな」
二つの目標のうち、まず一つを達成したことでまず安堵する三人。最悪の場合、これを使って装甲車並の防御力を持つ運転席に飛び込むことでとりあえずの命は繋げるという安心感がある。その上どうなるかは分からずとも、そのままアクセルを踏んでシャッターに突撃する選択肢が取れるのは大きかった。
「……最悪の場合は何人か轢き逃げしていくことになるけど、背に腹は代えられない。依頼を優先しなきゃ」
「傭兵になってまだ一月だってのに、もう覚悟ガンギマリかよ。初仕事で殺しを避けようとしてた頃とは大違いだな」
既に無辜の作業員を轢殺すること前提で動き始めている拓郎を見たファンは一瞬だけヒヤリとしたが、すぐに必要なことだと自らを納得させている。借金取り時代でもいざという時の殺しにも躊躇しなかった彼であったが、それでも対象は抵抗を止めない債務者や彼らに雇われた傭兵やチンピラであったため良心の呵責は殆どなかった。
アシハラではよく起こる『不慮の事故』であり、例えそんな結末に終わっても大抵の場合は負債の回収ができたし、理由はどうあれ自分を殺そうとしてくる奴だからだ。
「ほんとスゲェよ拓郎は……」
しかし作業しているのは大半が『カタギ』の分類に入る人間である。裏社会のことも知らず、ただ日銭を得るべく働いているだけの彼らを手に掛けるのはあまり好きではない。ファンは無意味な殺生や残虐行為を楽しむ
「ん、何か言ったか?」
「いや、何でもねえ。さあ、ミキモトもカメラから覗き見してくれてるし、俺たちもしっかりやるぞ」
とにかく今は脱出経路の確保に注力しよう。そう思って人の気配がないことを物陰から抜け出ようとしたその時、隠密状態という脆い前提は先ほど足を踏み入れた場所からの叫び声と共に一瞬にして崩れ去ってしまった。
「……な、ない、無いぞぉ! 俺の、あの巨大な牡牛みたいなあの子の、鍵がないぃっ!! ああぁっ!」
三人は全く知る由もないことだが、何と酔い潰れて昏睡していたはずのザニドがいきなり起き上がると、我が子より大切にしていたモバイル・アンビュランスの暗号キーが無くなっていたことを理解し、抑えようのない怒りと悲しみに呑まれてしまった彼は何の躊躇いもなく警報ボタンを押してしまったのだ。
予測不可能な飲んだくれのせいで一瞬にして拓郎たちの計画はぶち壊しとなり、三人は侵入者の存在を知らせる警報音が鳴り響く屋内の隅っこで、一体何をしくじって見つかったのかと必死に頭を働かせる羽目になっている。
暗号キーを拝借した部屋に向けて複数名の警備兵がドタドタと靴音を響かせながら走っていき、地下の宿舎で仮眠していたり遊びに興じていた非番の兵が押取り刀で地上階へと雪崩込んできた様を物陰から見ていた拓郎は、順調に進んでいたはずの計画が自らの知らぬ原因で全て水泡に帰したことを否応なしに理解させられた。