光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第四二話

「なっ……見つかったか!?」

 

「引っ込め拓郎、警備兵が大量に来る!」

 

「え、何々!? 何で警報が作動してるん!? アラートとかの方には触ってないじゃん……」

 

 余りに唐突な出来事に固まってしまった拓郎をファンは物陰に引っ張り込み、間一髪で発見を免れている。相手は警報の鳴った場所へと急行しておりあまり他のことを見ていないのだが、それでも見つかりやすい所に顔を出していたのは迂闊であった。

 血走った目が銃口と共に姿を現すかと思いきや、五人以上の警備兵は特に捜索を始めるでもなくまっすぐザニドのオフィスへと殺到している。当たり前のことだが、この男はただの飲んだくれではなく旧世紀の車輌をレストアするプロフェッショナルであり、この前哨基地にいる警備兵全てよりも遥かに貴重で価値のある人員なのだ。

 

「おい、大丈夫か!? 敵の数や武装は覚えてるか、どの方面に逃げてったとかは見たか?」

 

「ワシは無事じゃがカギが、カギが無くなったんじゃあ! ワシの大事な可愛い牡牛、あの黒い巨体のカギが起きたらどこにもないッ!」

 

「……はあ、モバイル・アンビュランスの鍵のことか……それでエマージェンシーコールを押した、と。なるほど、それでどんな奴に盗られたんだ?」

 

「いいや、起きたら無かったんじゃよ! きっとワシに愛想を尽かして逃げたか、誰か不埒者に盗まれたに違いない!!」

 

「おいマジかよ、勘弁してくれ……てかアンタ、また酔い潰れて寝てたろ。こんなに酒瓶を散らかして……もしかして起きた拍子にその辺とかに落っことしたんじゃないか? アルコール臭い床とかぐちゃぐちゃに散らかった机とかは確認したのか?」

 

「ワシがないったら無いんじゃ! お前さん達ははようこの辺りを探してこんかいこの愚図のオタンチン!」

 

「ったく、無茶苦茶な御仁だよホント……何でこんなイカれた飲んだくれに神様とやらは神業じみた職人芸を与えてくれやがったんだ……」

 

 明けっ放しにされたドアの向こうからオフィスで繰り広げられる酷い漫才じみたやりとりが丸聞こえのため三人は苦笑せざるをえないが、ひとしきりリアルタイム狂言を堪能した後に新たな方針に従って動き始めている。

 

「ガレージや倉庫の方には無さそうだし、あっちの事務所とかある方を見るべきじゃねえか? 強行突破は確実性に欠けるし最後の手段にしておきたい」

 

 しかし敵地のど真ん中で人さまのゴタゴタを聞いて油断があったのだろう。皆から少し遅れて地下の宿舎からやってきたねぼすけな警備兵が皆にバレないよう抜き足差し足と言わんばかりに気付かなかった。そして至近距離で鉢合わせ、あわや衝突といったところで目が合った。合ってしまったのだ。

 

「あっ……!」

 

 侵入者発見。驚愕に満ちた顔をした警備兵が息を吸い込みその言葉を発する前に拓郎のサブマシンガンが火を噴いた。毎分三〇〇発という低レートで大口径拳銃弾を放つ。現地採用の下っ端に防弾装備を渡すほど組織の上層部は慈悲深くなく、ちょうど五発放たれた一一ミリ弾は機関部が動作する音だけを残して三メートル足らずの空間を亜音速で飛翔し、まるでミシン針が布地を縫い付けるかのように犠牲者の肉体へと突き刺さった。

 声帯、気管、そして心臓。幸運も──犠牲者からすれば不幸なのだが──相まって生命活動と発声に必要な部位を的確に破壊したことで何一つアクションを起こせぬまま敵兵は命を落とし、コンクリートの敷かれた床に崩れ落ちる。

 さあ、これで後戻りのできないタイムリミットが始まった。せめてもの隠蔽工作として死体を目立たない位置に投げ捨てておき、床に投げ出されたアサルトライフルとポケットから転がり出た予備の弾倉一つをむんずと掴んだ。敵が警戒態勢に入った今、この先で正面切っての銃撃戦を余儀なくされるかもしれない。余計な銃器を持つのは重量が嵩むため避けたいのだが、そこは比較的荷物が少ないファンに持ってもらうことで解決した。

 

「……ん? 何か音がしたような……」

 

 しかし減音器(サプレッサー)は発砲音を殆ど打ち消してくれるが、犠牲者が倒れたり装備品が地面と接触する時の音まで吸収する魔法の品物ではない。出会い頭に蜂の巣にされた哀れな犠牲者が持っていた支給品の安っぽいアサルトライフルが、迅速で理不尽な死を贈られた持ち主の無念を嘆くかのようにガチャンと鈍い音を出して異変を知らせている。

 

「誰かが急ぐときに蹴飛ばした何かが倒れたんじゃないか? この辺はいらないものとかを処分するまで一時的に積み上げてるとこだし、そういうのは割と雑に積んであることが多いから衝撃で倒れたのかもしれん」

 

「あー……そうかもな。まあ散らかしてたら嫌だし後で一応確認しておくか。これで放ったらかしにして誰かが蹴躓いて、まかり間違って何か大切な商品とかを壊したりしたら絶対に大目玉を食らうしな」

 

 そんな亡者の呪詛が籠もったかのような音によって、二名の警備兵の好ましからざる関心を引いてしまう。おまけにザニドの事情聴取に付き合いながらも警戒を怠らない者は現地採用ではなく下層ながら組織の正式な構成員であり、現地組と比べれば向上心も職務への熱意も段違いだ。

 

「くそっ、撃ったのが裏目に出たか……!」

 

「いや、あの場だと撃つしかないぜ……さもなきゃこっちが死んでたんだ」

 

 一難去ってまた一難。不運な警備兵を排除したと思ったらおかわりを呼び寄せてしまったことに拓郎は歯噛みした。ファンの言う通りあの場面で撃たねば一巻の終わりであったため選択肢がなかったが、それでも状況は確実に悪化していくためもしもを考えてしまう。

 

「……場所を変えるぞ。この場にいたら挟み撃ちを食らう。一旦ガラ空きになった事務所の方に潜む」

 

 とにかく今は、これ以上存在が露呈するのを避けるべきだ。追い立てられるかのように奥の事務所の方へと向かって、予想外の出会いが待ち受けている。

 

「さあ、行け! 見なかったことにしておく。次はこうもいかないかもしれんからな」

 

 それ何と最初に出会った内通者であり、今度は顔を覚えていたため発砲しかけることもなかったが、まさか二度も助けられるとは思わなかった拓郎たちは軽く頭を下げて通り過ぎ、二階へ通じる階段を登ろうとした。とにかくシャッターの制御を行える装置を探し、上手いこと警戒を潜り抜けて目的の車輌を奪わねばならないからだ。

 だが、彼らの順調な進撃もここまでであった。応接室付近の警備をしていた二人が一体何の騒ぎかと二階から降りてきてしまい、急いでおり事前の確認をしていなかった三人とばったり鉢合わせてしまったからだ。

 

「なっ、誰だお前……!?」

 

「撃て、躊躇うな!」

 

「いきなりで悪いが、俺たちのために死んでくれ!」

 

 出会い頭の遭遇に敵は狼狽えてしまい反応が遅れたが、既に戦闘態勢に入っている三人は全く動じていない。今度は拓郎のサブマシンガンだけではなくファンのマシンピストルも火を噴いて銃弾を吐き出し、不幸な二人を生命体からタンパク質の塊へと変えている。短いタップの射撃とはいえ、上半身全体に五発か六発も当たればサイバネを全くインストールしていないヒト一人を絶命させるには充分である。

 

「おい、向こうに誰かいるぞ……! っ、また物音がした、今度は事務所のある方だ!」

 

 とはいえ警戒している最中に撃てば存在の露呈は免れない。発砲音は聞こえずとも撃たれた敵が崩れ落ちる時の物音は聞こえるため、余計に注目を集めてしまい。

 それでも予備の弾倉を一つだけくすねて逃げたのだが、その十数秒後には物音の発生源を捜索していた一人が物言わぬ骸となった同僚の姿を目にしてしまう。

 

「し、し、死んでる……! 侵入者だ、侵入者がいるぞ! 外敵処理プロトコルI1Aに則って捜索、発見し次第対処せよ!」

 

 とうとう死体が見つかってしまったために厳戒態勢へと移行し、再び屋内に耳障りな警報音が鳴り響き、今までは『いるかもしれない』であったのが『いる前提』で動くようになるため警戒は一層厳しくなった。

 こうなるなら使い捨て前提でアサルトライフル本体も奪ってこればよかったと拓郎は少なからず後悔したが、地下からやってきたりガレージへと集まってきた警備兵が二人一組になって怪しいところを片っ端からチェックしていくためそのまま二階へ逃げるしかなかった。

 これは万事休すか。そんな諦めに近い言葉が脳裏を過ったその時、拓郎の端末に奇妙なメッセージが届く。そもそも仕事中はあらゆる通知を無音かつ無振動に設定しているはずだが、器用なことに一瞬だけバイブレーションをして通知を寄越すという離れ業までやってのけていた。

 

「あれ、ちゃんと設定したはずなのにな……」

 

「で、誰からだよ。この間のエリヤちゃん……じゃねえな。協力者X……?」

 

『二階の応接室2へと向かえ』

 

 ただそれだけのメッセージと、『協力者X』という差出人というかなり不気味なものであったが、徐々に袋のネズミとなりつつある三人にとっては味方かもしれない存在の登場に縋るしかない。既に既知の出入り口は厳戒態勢の警備兵たちによって封鎖され、ているため藁にも縋る気持ちでメッセージの指示に従って応接室のある角へと向かう。

 その瞬間に再び拓郎の端末が一瞬だけ震え、次のメッセージを受信した。

 

『そこの重役を人質にして脱出しろ。交渉役及び双方の護衛は排除済みであり安全だ』

 

 その半ば予言めいた内容と、先ほどと同じ『協力者X』という差出人に一瞬戸惑ったが、ここまで来たらやるしかないという覚悟は同じであったため、三人とも武器を構えて応接室2へと踏み込んだ。

 

「……うわっ!? な、何だねキミ達は!」

 

 そこにあったのは血まみれで台無しになった応接室に転がる七つの死体と、その中で呆然としている小柄な中年男性。やや肥満げで嫌味そうな顔つきはいかにも悪辣な企業(コーポ)の重役といった風体であり、成金趣味めいた服装や金銀宝石の目立つ装飾品が本来の意図に反してこの哀れな男を矮小に見せている。

 どうやら自分たちが到着する前にひと悶着あったらしく、外に続く足跡もないため生存者はこの偉そうな男だけのようだ。そう判断した拓郎はメッセージの指示通りに男の腕を掴み、肉体労働で鍛えた腕力で無理やり引きずり出した。

 

「いいか、俺たちの言うことを聞け。さもなきゃそこで転がってるこいつらみたいになるぞ」

 

 いきなり正体不明の武装集団が目の前に現れたことで狼狽を強める男に、拓郎は冷徹な眼差しを向けたままサブマシンガンを突き付け、熱は引いているが僅かに硝煙の臭いが残る銃口を厚い脂肪に覆われた頬にぐいと押し付けた。

 

「わ、私を誰だと思ってるんだ! ココノエ・バイオテック社の専務理事にして取締役会会員、タロウ・タナカだぞ、お前たちみたいなサンシタ未満のクズなんぞ、片手間で存在ごと抹消できる権力を持ってるんだぞ!」

 

 それにしてもうるさい奴だと拓郎だけならずファンやアリサも思っており、小悪党めいた悪態を機関銃の如く絶え間なく垂れ流し続ける様はある意味感心するほどであったが、それが要らぬ注意を引き付けかねないため、ファンが追加でアサルトライフルの銃口を向けると露骨に怯えて口を閉じ、顔を真っ青にして震え始めた。

 

「……ちょっと黙ってろお前」

 

「おひぃ! ぼ、暴力反対! 無意味な戦争など何一つ利益は生まんぞ!」

 

 コーポの幹部クラス以上や大株主といった現代の支配者階層は、人類の寄り付かぬ辺境や崩壊した旧世紀の都市遺構の探検に身命を捧げる変わり者でもない限り、命の危機に遭遇することは殆どない。故にこうやって野蛮な剥き身の暴力に晒されると、大抵の場合恐怖のあまり萎縮したり無様に泣き喚くことしかできないのだ。

 

「よーし、とりあえず肉の盾確保ってとこか。実際のところ、そこらの拳銃弾とかライフルでも五ミリ弾くらいの小さいやつなら防げそうだぞ。皮膚下装甲とかも入ってりゃワンチャン六・五ミリもイケそうか?」

 

 タナカの肥満体をペチペチと叩きながら

 そうして準備を整えた所にようやく十数人の警備兵が二階へと殺到し、各々の武装を構えて応接室を取り囲むように布陣する。

 

「いたぞ、侵入者だ! 蜂の巣にしてやれ!」

 

「イヤ待て、これはまずいぞ。タナカ殿が人質に取られている!!」

 

「オイ何でだ、交渉役にお互いの護衛もいたはずでは!?」

 

「……あの様子じゃ多分全員殺られてるだろうよ。こいつら只者じゃないぞ、気を付けろ!」

 

 しかし銃口の列を作って包囲態勢を敷いた警備兵たちの視界に映ったのは、どこか共通点の無さそうな男女の三人組であり、銀行強盗が被っていそうな目出し帽(バラクラバ)を被り、中央に陣取るガタイのいい男がタナカのこめかみに向けて拳銃を突き付けている姿であった。

 

「おい間抜けどもめ、コイツがどうなってもいいのか! 少しでもおかしなマネをしたらな、コイツの頭にどデカい風穴空けてやるからな!! せっかくお招きしたお偉いさんをむざむざ殺されたってなったら、俺たちを全員殺してもお前たちの評判はダダ下がりだろうなぁ! 特にココノエ・バイオテックの偉いさんは何て言うだろうな!」

 

「た、たっ、助けてくれぇ! 殺されるぅぅ! このイカれたサイコ集団に攫われてバラバラにされてしまうっ! 嫌だ、私は美味しくないぞ、食べるならそこに転がってる役立たずでも食べててくれ!」

 

 目鼻口から様々な液体を垂らしながら狂乱するタナカの姿は警備兵から見ても見苦しいことこの上なく、過半の本音ではさっさと死んでほしいとすら思っているが、それでもこれは仕事であり、万一にでも彼が死傷すると解雇なんぞ屁みたいに思えるほど恐ろしい罰が待っているため警戒を強めることしかできない。

 現地採用か組織の末端構成員かの違いはあれどいくらでも替えのきく警備兵が一ダースと少しと、メガコーポ系列、しかも最大勢力のタカマガハラに属する有力な子会社の重役。どちらが命の価値として大きく優先的に保護されるべきかと言われれば、迷うことなく後者であると言えるのだ。

 社会的地位や保有資産額の大きさによって命の価値が変わるのかどうかは、メガコーポが国家に代わって台頭する前の旧世紀でもある程度言われていたことだが、アシハラという企業支配の象徴じみた街においてそれは残酷なまでに顕著である。

 

「おら、コイツを生かしたいならさっさとそこをどけ! さもなきゃ腕や脚が穴だらけになっちまうぞ!」

 

「おい、何やってるこの木偶の坊ども! 早くこのイカれたテロリストを倒して私を助けんか!」

 

 完全に恐慌状態に陥ったタナカは味方である警備兵すら唾を飛ばしながら罵倒する醜態を晒し。理不尽に罵られた警備兵たちも隙をうかがって発砲するチャンスを見定めてはいるのだが、如何せん三人は手慣れた強盗団のように人質を盾として用いるばかりか複数の射線に入るよう動くため、撃つに撃てないのだ。

 仮に同士討ちならまだ笑い事で済ませられるが、まかり間違ってタナカを撃ってしまったら大変なことになる。生死を問わず当事者は存在そのものを抹消され、この前哨基地の責任者や幹部も揃って責任を取らされることになるだろう。それ以上に、ココノエ・バイオテックというタカマガハラ社系列の有力企業から睨まれて取引が無くなり、組織に少なからぬ損失をもたらすのだ。

 

「よし、そのまま来い!」

 

「ヤバいですよ隊長、こうなったらノースゲートのデポから増援を回してもらいましょう。現行の戦力で侵入者の殲滅とタナカ様の救助の両立はほぼ不可能です」

 

「おいバカやめろ! そしたらタナカ殿は助かるけどそれだけだ。俺もお前もむざむざ侵入を許した挙げ句VIPを人質に取られた上に自力解決すら出来なかった無能として仲良く太平洋で永遠にダイビングするハメになるぞ!」

 

 そのままジタバタと虚しい抵抗を試みるタナカを引きずり、付かず離れずの距離を維持しながら追ってくる警備兵の一群を引き連れて階段を下りていき、再びガレージへと押し入る。

 

「おらおらそこを退けボンクラ共、コイツの頭がザクロみてーに吹っ飛ぶ様を見たくなきゃ、さっさと道を空けてシャッターも開けろ! さもなきゃこのデカブツでぶっ壊しちまうからな!」

 

 タナカを締め上げる役割をファンに任せ、拓郎は減音器(サプレッサー)のない拳銃に持ち帰ると何発か天井に向けて発砲し、非常事態でもなお作業を継続していた数名の作業員を追い散らしている。そこには追加で三名の警備兵がいたが、人質に取られているのが自分たちの仲間ではなく遥かに価値の高いVIPであることに気付くと算を乱してしまった。

 いかに組織の人間とはいえ、まさか小勢相手にここまで引っ掻き回されるとは思っていなかったためか、対応は後手後手になりがちで精彩を欠いている。おまけにVIPの人質を取られているとなれば、打つ手なしといったところだ。

 

「おい、早く乗れデブ……ダメだ、これ三人乗りだからかなり窮屈になるし突っかえる。ハンドルが回せなくなりそうだ」

 

「デブじゃないぞ、私はタナカだ!」

 

 そのまま暗号キーを差し込んでドアを開けるとまずアリサが乗り込んで左へと詰め、サブマシンガンを構え余計なことを考えないよう睨みを利かせた状態でファンが脂肪たっぷりの背中にマシンピストルを突き付けてタナカに乗るよう促すが、その突き出た腹のせいで突っかえてしまい乗れない。

 仕方がないので右側のドアは明けっ放しにして、片手で襟首を掴んだままエンジンを起動している。徐々にシャッターが開いており、隙を見計らって一気に脱出する腹積もりだ。

 

「んじゃあな、あばよ! このモバイル・アンビュランスは俺たちが貰ってくぜ!!」

 

 そして異様に長く感じられた数十秒の後にシャッターが完全に開ききった瞬間、ファンは左手でハンドルを握り右手でタナカの襟首を離さずアクセルを踏み込み、蒸し暑い空気が支配する夏のアシハラへと飛び出していく。

 

「やっべ、俺こんな特大車輌の運転したことないぞ。拓郎とミキモトはあるか?」

 

「俺は中型までだ、こんなバケモノ触ったことすらない」

 

「そもそもあーしは仮免すらまだだよ!? 絶対事故っちゃうって!」

 

 そこでようやく自分ではこの怪物じみたマシンを制御することができないと気付いたファンは、二人も似たようなものであると知って一瞬顔を青ざめさせたが、ダッシュボードに『自動運転』と書かれたボタンを見つけたため慌てて押していた。

 

『自動運転モード、起動します。目的地を入力してください』

 

 そんな無機質な人工音声と共に自動運転へと切り替えたことで制御不能からの自爆という間抜けな最期から逃れた三人は、敷地の入り口付近で用済みになったタナカの襟首を放して無理やり降ろすとそのまま加速するに任せて走り去っていく。

 

「あぁあだだぁっ!! あんちくしょうめ、この企業の顔たる私を雑に扱ったな!! 何をしてる役立たずども、アイツらを早く殺せ、絶対に生かして帰すなっ!!」

 

 後に残されたのは汚れたアスファルトに転がされコーポ重役とは思えぬ惨めな有様となったタナカの負け犬じみた遠吠えと、ようやく人質という重すぎる軛から解放されて追跡しようと重い腰を上げた警備兵たちだけであった。

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