光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「ふう、一時はどうなることかと思った……流石ファン、土壇場なのに凄い機転が利くな」
「まあ前の仕事柄な。いろいろ小手先の策で上手くやってきたことはあったが、まさかこんなとこでも応用が利くとは思わなんだ」
夜間の住宅地ならば迷惑であろう轟音を響かせながらサウスポート地区を時速三五キロ程で走るモバイル・アンビュランス。その運転席ではようやく虎口を脱して一息ついた三人がしばしの休息をとっており、得物の残弾確認や再装填をしてからリラックスしている。しかし回収ポイントを設定すればあとは搭載されたAIの運転に身を任せるだけでいいとは思っておらず、ほぼ確実に追っ手がやってくると踏んでいた。
世界各地に拠点や前哨基地を持つ大きな組織が大して有名でもない少人数の傭兵による奇襲を受けた挙げ句、高価な品物であるモバイル・アンビュランスを盗まれた
上に大口の取引先の重役を人質にされてしまった。面目丸潰れの上に泣き寝入りを選ぶかと言われたら、そうだと言えるお気楽な人間は極僅かだろうし、仮にそんな考えを持っているならば裏社会で生きるのに致命的なまでに向いていない。
「しかし、何でアラートが作動したんだろうな……誰も警備兵にもカメラにも見つかってないのに」
「あーしのせいじゃないと思うケド……あの酒臭いお爺ちゃんがギャーギャー騒いでたし、その後になんかやらかしたのかもね」
「だとしたらとんだ迷惑なジジイだが、あれで主任ってことは中々のやり手かよ。世の中ってとことん不公平だよな、あんなんが超高級車のレストアをする技術や知識を持ってるなんて……あれだけでヘタなコーポの社員より真っ当でいい生活ができるのに」
まだ警戒は怠れないとはいえ、そんなしょうもない軽口をたたく位にリラックスできているのは確かであり、大きな組織から厳重に守られているターゲットを奪い取ることに成功した興奮もあっておしゃべりに興じている。いくら仕事中とはいえ、ずっと肩ひじ張っていてはいざというときに疲れ切ってしまい本来のパフォーマンスを発揮できなくなるからだ。
「とりあえず、交代で監視しよう……」
「よっし、まずはミキモトから休め。ずっと監視システムのハッキングで働き詰めだったからな」
「おっけー、ちょっと疲れたからグダるね……」
それから数分ほど最低限の監視だけしながら自動操縦に身を任せていると、不意に一台の真っ黒なワンボックスカーが進路上に割り込んできた。走行しているのはサウスポート地区の端であまり人が住んでいない区域であるため街灯も疎らであり、その上十字路からいきなり飛び出してきたため発見が遅れてしまったのだ。
「ヤバい、事故る!」
このままだと無関係な人を巻き込んで事故を起こしてしまう。そう思った拓郎は自動運転を解除して急ブレーキを踏み込もうとしたが、それをファンは止めた上で脇から脚を伸ばして思い切りアクセルを踏み込んだ。
「……止めるな拓郎、コイツは追っ手だ!!」
彼の優秀な視力は目前に飛び出してきたワンボックスカーから身を乗り出した男の手にアサルトライフルが握られているのを捉えており、いかに小銃弾を容易く跳ね返す防弾アクリル製のフロントとはいえ、わざわざ撃たれるのも腹立たしいため轢き潰そうとしたのだ。
一時的に自動操縦を切り、パワーアシストの付いたハンドルを少し切ってやれば動く病院は恐るべき威力を持つ質量弾へと早変わりし、自らの一割もない重量と皆無に等しい運動エネルギーで止めようと目論んだ愚か者に相応しい結末を与えている。
「二人とも、手すりに掴まれ!」
「うわっ!?」
「ひゃあ!」
ファンが叫んだ瞬間、前方不注意のまま歩いていて誰かにぶつかったかのような衝撃が三人を襲うが、それはモバイル・アンビュランスの前面に搭載された対衝撃バンパーやプラスチール装甲板によって大幅に緩和されたものである。その証拠と言わんばかりにもう一方の当事者であるワンボックスカーは、まるで癇癪を起こした幼子に放り投げられたミニカーのように一〇メートル近く宙を舞ってからその倍以上の距離を転がっていき、人が寄り付かなくなって久しい廃墟のブロック塀にめり込んで半ば崩落させてようやく止まった。
ひどい有様になってしまったが、車内の人間も負けず劣らず悲惨な目に遭っている。助手席側から身を乗り出していた男は凄まじい運動エネルギーによって痛みや苦しみを感じることすらなく血肉の霧と化したが、中にいた者は全員が全身を強打して恐怖と苦痛に満ちた数秒を過ごした後に落命していた。
ついでに逃げ遅れた不幸な浮浪者が飛んできた二トン近い鉄塊に巻き込まれてそのまま真っ赤にすり下ろされてしまったが、誰一人としてそれを認識していない。命のやりとりをしている最中に無関係な人間のことを案じられるほどこの街は優しくないのだ。
「やれ、殺れ! 俺たちをコケにして生きて帰れると思うなよバカ共め!」
乗せるスペースがないという理由で人質のタナカを敷地の入り口に捨てていったため、彼らが攻撃できない理由が消滅しており、散々いいようにやられた鬱憤を晴らすべく突撃をかけてきたのだ。
彼らは密輸組織と名乗ってはいるが事実上のギャングみたいなものであり、各地に巣食う有力な組織のように舐められたら即殺すをモットーとする武闘派ではないものの、大口の取引を邪魔された挙げ句上客を人質に取られて逃げ遂せたのをむざむざ見逃すほど意気地なしではない。
バイクや乗用車に乗った警備兵や非番の構成員からなる追撃部隊が、汚名返上を懸けて前哨基地から出発している。メンツに泥どころか糞を塗りたくった不届者をみすみす逃せば、組織自体が鼎の軽重を問われる事態となるからだ。
それ故に押取り刀ながら追撃をかけ、自分たちの財産に手を出す者はどういった末路を辿るかを知らしめるべく、中〜大型のバイクやバンタイプ総勢一七輌に三五名の戦闘員が前哨基地を飛び出し必死に捜索している。
「あいつらの敵討ちだ! 乗ってた車ごと轢き殺す腐れ外道どもめ、タダじゃ済まさねぇぞ!!」
確かにヘタな戦車並の重量を誇るこの車輌さ一番槍の車を四名の乗員ごと粉砕していたが、彼らは血肉の粗挽きと化す寸前に最低限の役割は果たしていた。迫りくる最期を認識しながらも無線で対象の位置を通報することに成功しており、それをもとに本隊が向かっている。
そんな命を賭した情報を受け取った彼らは凄まじい衝撃と轟音と共に消息を絶った勇敢さに報いるべく猛追を始めた。彼らにとっては同じ釜ならぬ同じ缶の飯を食って過ごした仲間であり、そんな気のいい連中を惨殺した奴らを野放しにするほど寛容ではない。
「クソっあの車の奴ら、死ぬ間際に通報してたのか!」
「ギャングみたいな組織なのに、随分と勤勉で仕事熱心な奴ららしいぞ。まるでコーポだな」
後方から距離を詰めつつ包囲しようと迫りながら発砲を繰り返す敵に対してファンが舌打ちする。後ろから聞こえるバチバチという弾丸が弾き返される音は実害が無くても不愉快であり、焦燥感を掻き立てていた。
医療機器が詰まった区画は限定的ながら一五ミリ機関銃弾にも耐えうる重装甲を持っており、脆弱とされる運転席の窓やタイヤですら生身の歩兵が装備できる大半の小火器を寄せ付けない強靭さを遺憾無く発揮している。単なる軍用車輌としか聞いていなかった面々の中には、ヘタな装甲車やメックよりも優れた防御力に呆然とする者すらいた。
しかし万一にも69番街との関係を露呈させてはならないため、回収ポイントに向かう前にしっかり追っ手を撒くなり皆殺しにするなりして追われていない状態で到達するのが絶対条件として設定されている。
だから結局のところ、この肉食獣の群れじみた連中は自力で排除するしかない。そんな厳しい現実に思い至った拓郎は左側の窓を開けるとサブマシンガンの銃身を車外に突き出し、ガソリンエンジンの排気音を響かせながら迫る中型バイクに跨った二人へと向ける。
「おい、死にたくなかったらさっさと尻尾を巻いて逃げろ! どうなっても俺は知らないからな!」
そんな相手側からしたら余りにも自己中心的かつ無責任過ぎる叫びと共に引き金を引き、僅かな作動音と薬莢を車外にばら撒きながら銃弾を放つ。拓郎を支える乗り物が巨体のためで殆ど揺れず、なおかつかつ敵との相対速度がそう大きくないため、カーチェイス時の銃撃戦に慣れていない彼であっても一マガジン丸ごと撃ち切れば二発の命中弾を得られた。
「ぐぅぇっ」
スロットルを握る右手と無防備な腹部に一一ミリ弾を受けたバイクの運転手は潰れたカエルじみた奇怪な叫び声をあげ、もんどり打ってバイクから落ちる。後ろに乗っていた銃手もワンテンポ遅れてバランスを崩し、横倒しになったまま路地を滑っていくバイクと運命を共にしたことでつかの間の休みが訪れた。
反対側からは拳銃やマシンピストルといった車上でも取り回しがよく片手で扱える武装によってしきりに狙われていたが、威力も貫通力も全く足りておらず装甲板に火花を散らすだけに終わる。そちら側の防御を行うファンは防弾アクリル製のパワーウインドウを上手く利用した戦いをしており、隠し玉である貴重なアサルトライフルを温存したままバイクの先鋒部隊を撃退していた。
「ぺっ、もう来るなよ!」
「んなこと言ってもどうせまた来るぞ、早くリロードしとけ」
「うへぇ、ヤバいかも……後ろから一〇台くらい車が来てるよ!」
しかしその後ろからすぐ追い付いてきた、スポーツタイプの四輪駆動車やカスタマイズされたセダンに乗り込んだ本隊の登場は、三人を大いに絶望させている。
操縦者が丸出しのバイクとは違い、ある程度の剛性を持って作られた車体を丸ごと破壊するパワーなど普通の小火器にはない。それがマシンピストルやサブマシンガンから放たれる拳銃弾ならなおさらであり、余程当たりどころがよくない限り普通の自動車を止めるのにも苦労する。
それでも巧みな射撃によって一台のエンジンブロックを破壊し走行不能に陥れ、それによって後続に回避を強要して数台のペースを乱したが、撃ち漏らした車輌から一斉に放たれたサブマシンガンやアサルトライフルの弾丸は驟雨か雹かのように窓を間断なく打ち付け、さしもの防弾アクリルにも少しだけヒビが入り始める。
拓郎もファンも上手いこと引っ込んだため怪我はないが、再び顔と銃身を出して応戦しようという気概を揺るがすには充分すぎる弾幕だ。
「っと、危ない! 火力が……マンパワーが違いすぎる!」
「そりゃそうだろうよ、散々メンツを潰されて奴さんカンカンだからな!」
銃撃戦を繰り広げながら貧民街じみた地区を走り抜けたモバイル・アンビュランスは間もなくニューヨシハラ地区へと差し掛かろうとしており、それは目的までのルートの半分近くへと差し掛かったことを意味している。
仮にモバイル・アンビュランスが単なる逃走手段でしかなかったならば、その巨体と重量、そして歩兵用小火器を封殺する防御力を十全に活かした直接攻撃、すなわち体当たりを何度も食らわせてやるのが一番手っ取り早く威力も銃弾なんか目じゃないほど高いのだが、そんなことをすればいかに強靭な車体を持つこの車自体は走行に支障がなくても、内部のデリケートな機器が無事である保証はない。
そもそも拓郎たちの仕事は内部の医療機器をなるべく良い状態のまま運ぶことであって、小癪にも追撃の銃弾を浴びせてくる組織の追っ手をいたぶったり皆殺しにすることではないのだ。
「自動運転じゃ振り切れない! でもこんな特大車輌なんて俺たちの誰にも扱えないのがもどかしい!」
とはいえ拓郎たちと『クーリエ・インターナショナル』による追撃戦は膠着状態に陥りつつある。どちらも戦局を変えうる決定打に欠けているため当然の帰結なのだが、当の本人たちはそれでは困る。拓郎たちはしつこい追っ手を振り切って回収ポイントへ向かわねばならないし、組織としては商品を掠め取った盗人に血の制裁を与えた上でそれを取り返さねばならないからだ。
断続的に降り注ぐ制圧射撃、徐々にヒビの増えていく防弾アクリル製の窓、それに比して高まっていく焦燥感。打つ手なしという現実が少しずつ、しかし確実に精神を蝕んでいく。
「陳のとこの車みたいなシステムがついてれば……ミキモト、車のハッキングはできないか!? このままじゃ近いうちに窓が割られそうだ!」
「そんないきなり言われてもムリだって!? いつもチャカチャカやってたのは相手のタネとか脆弱性が割れてるからで、未知の相手にはそこそこ時間がかかるの!」
「でもやらないといつかハチの巣にされるぞ! 無差別にばらまけば」
「そんなことしたらこの車もおじゃんになるかもしれないよ! 」
打開策としてハッキングのことなど素人知識でしか知らない拓郎が無茶振りをかまし、それをアリサが諌めるという光景が見られた。
しかし彼女も状況が悪化していることはよく理解している。味方で火力を出せるのは自分以外の二人だけに対して、残る敵は最低でも二〇人以上。そしてこの執拗な追っ手を振り切るなり殲滅するなりが勝利条件であり、一挺のアサルトライフルと一〇〇発にも満たない弾が増えたところで、せいぜい二台か三台を追い払えるくらいでしかない。
だから、半ばヤケになって攻撃を始めている。無理だ無理だと言い続ければ依頼失敗か死ぬかの運命が待ち構えているならば、生き残って成功する可能性に賭けて行動したほうがいい。それをメックとの戦いで学んでいた彼女はやらずに後悔するよりやって後悔するよりほうがマシだと思い、手に入れたばかりの悪辣なマルウェアを半径一〇〇メートルにある全ての車輌へとばらまいた。
「……あーもう、どーなっても知らん! えいっ、もうどーにかなーれ!!」
そんな投げやり気味なアリサの言葉とは裏腹に、ネットワーク通信機能を探知して解き放たれたマルウェアは凶悪な性能を有しており、しっかりと追撃部隊だけに甚大な被害をもたらしている。
現代において自動車は電動式、内燃機関式を問わず電子機器を組み込まれていないものなど殆どない。カーナビやエアコンといった補助的なものから自動運転のように車の制御を行うものまで様々だが、大なり小なり制御系を担っている。そして大半はデータリンクという形で外部とのネットワーク通信機能を有しているため、そこから侵入し悪さをしてやるのは、専門知識を持っている者ならさほど難しくはない。
流石に幹部級や支部長、VIPを乗せるような専用車には防弾装甲と共にある程度サイバー攻撃に対する対策もなされているのだが、どちらも替えの利く下っ端が乗る一般車輌にそんな贅沢な装備は一切ついていないのだ。
無論、半径一〇〇メートル内に位置する車輌へと無差別に放ったため三人が乗るモバイル・アンビュランスの制御系にもマルウェアは侵食しようとしたが、最新の軍用規格と同等のセキュリティシステムの前に表層の表層でせき止められ、そのコンマ数秒後にはさっぱりと駆逐されている。
「あっ、止まれ! この、ブレーキが効かない! やばい川に突っ込むぞ」
「ああっつうぅぅい! おい窓、窓開けろッッ! エアコンがイカれやがったぞ!! ぅおあっぢぃ!」
「おいバカ止めろ、何でそこで止まる……ぐぶぇっっ!」
アリサによってマルウェアをばら撒かれた車輌群はすぐに様々な不具合を人為的に作り出し、ある車輌はアクセル全開にしてニューヨシハラとの境目となっている人工川に飛び込ませ、別の車輌はエアコンからエンジンの排熱をそのまま放出させて運転どころではなくする。
細かい制御を放棄したまま放ったため完全にランダムなのが玉に瑕だが、それでも大半の車輌に何らかの異常を発生させて追跡を断念させるほどのダメージを与えていた。
「……これ最初からやってたら死ぬほど楽だっただろうな……もっと早く思いつけばよかった!」
「まさかデカい組織の車がフツーにガバガバセキュリティだったなんて思わないって……」
深夜の交差点に滅茶苦茶な停め方をされた八台の車と、武装した人員が二〇人ほど慌てた様子でそれらを直そうとしている様は奇怪極まりないが、たまたまこの現場に遭遇した少数の住民はそっと踵を返すなりUターンしてその場から速やかに離れている。
そういったおかしなものには決して関わらず、万一見つけたら可及的速やかに退散する。旧世紀に散々流行ったオカルトや心霊への対策じみた話だが、その日を精一杯生きる無力な一般人がこのアシハラという街で身を守り明日を生きるためには大切な思考だ。
「これで一掃……なんて都合のいいことはないか」
「だがこれくらいなら何とかなりそうだ。さっきの弾幕に比べりゃカスそのものだ」
「もうっ、ストーカーみたいなオトコは嫌われちゃうよ。てかホントしつこいっ!」
それでも難を逃れた──それでも何かしらの被害は生じておりかなりギリギリなのだが──三台が執念深く追跡を続行しており、先ほどより疎らになった弾幕が車を襲う。しかし一〇台以上から放たれる凄まじさを味わった身としては屁みたいなものとは言えずとも、殺意の乗った銃弾は装甲に阻まれて火花を散らしたり防弾アクリルを叩くだけに終わっていた。
その切れ目に、隠し玉であるアサルトライフルを用いた反撃を行う。消音武器ではないが、カーチェイスの真っ最中に忍ぶ必要などなく、拳銃やサブマシンガンより一段高い威力の高い銃器ため遠慮なく使用している。
「食らえ!」
安物のアサルトライフルから放たれる六・五ミリ中間弾が右側より迫る車輌の非装甲ボンネットを容易く引き裂き、収められているエンジンを容赦なく破壊していく。フルオートで続けて放たれた弾丸が普通のガラス製である窓を叩き割り、身を乗り出して射撃していた構成員が胸部に被弾してそのまま路上へ転げ落ち、車自体もフラフラとバランスを崩していく。
「ぐうっ!」
だがここまで戦っておいて誰一人無傷というわけに
はいかなかった。崩れ落ちる敵のアサルトライフルから最後に放たれた五ミリ弾がファンの左腕を正確に貫いている。不幸中の幸いか重要な動脈を引き裂かず関節にダメージが入らなかったためそこまで重傷とはならなかったが、それでも飛び散る血と苦悶の呻きは他の二人の意識を一瞬だけ逸らさせた。
「ファン!? 大丈夫か!」
「っ……俺は大丈夫だ! 拓郎は左側の車を黙らせろ!」
被弾箇所から血を流しつつ気丈に振る舞うも痛いものは痛いらしく、運転席に備えられていた応急キットを取り出し、自由に動く右手で止血を試みている。貫通力の高いフルメタル・ジャケット弾は体組織を抜けているためそのまま塞げるが、もし体内に残ったままであったらやや面倒なことになってしまっただろう。
「分かってる! 当たり前のことだけど本当にしつこい奴らだ!」
それでもファンの激で運転席から撃ってくる別の車との銃撃戦に意識を戻し、小銃弾程度ではビクともしない防弾アクリルを盾にすることで何とか撃ち勝った拓郎は残る一台をどうしようかと悩んでいる。数的優位がない状態で火力勝負を挑むのは愚策だと踏んだ敵は、彼らの死角である真後ろにつけることで生き残りを図り、別拠点からの援軍を呼び付けようとしていた。
武器はどれを使っても届かないし、再度のハッキング攻撃を食らわせようにもある程度時間を空けねばならない状況をどうするべきか。いっそ無傷で自分が屋根に登って後ろの連中を撃つべきだろうか。そんな時にまたもや拓郎の端末にメッセージを受信した旨の通知が流れ、一瞬だけバイブレーションが作動した。