光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第四章 リターンマッチ
第四五話


 一週間前より69番街にて正式に営業を開始した『鹿野クリニック』。レインボー通りにあったテナントが入っていなかった三階建ての雑居ビルを人海戦術で改装しておひ、唯一の医療施設として期待が高まっている。

 当初はこの区画で暮らす住人への医療サービス提供が目的であったのだが、周辺に点在する住人や来訪者に対する医療拠点となる施設へ拡張することが決まったため第二期工事が始まっており、奥にある空き地ではプレハブの病室や画像診断室、宿直室といった追加施設が急ピッチで組み立てられていた。

 

「クソっ、三回続けて目無しだ! オラみんなに五〇〇クレジット分だ、持ってけドロボー」

 

「はい五〇〇クレジットごちそうさまでーす……ありゃ、お二人さんは次のシフトも近いし次のアカマさん親の回で最後かな?」

 

 現在は午後二時を過ぎて診察が終わり、現在は予約来院者の対応を行なっているクリニック一階の冷房が効いた待合室には、四人の男女が車座になっていた。当たり前だが彼ら彼女らは診察待ちの患者ではなく傭兵であり、工事の手伝いやクリニックの警備をこなした後の休憩時間で涼むためここにたむろしている。

 車座の中心にあるのは伝統的な製法で作られた古式ゆかしい日本製の丼と、三つのサイコロ。そう、この連中はあろうことかクリニックの中でチンチロに興じているのだ。無論、診察の妨げにならないよう休み時間にやっているため、今のところ誰も文句は言えない。

 

「よし、ようやく俺が親だ……最後の勝負だけど運気が来てるみたいだし、ここで一気に儲けを増やすぞ!」

 

 そんな一見すると不届き者でしかない連中の正体は、プレハブを設営していた二人の傭兵と拓郎、そしてたまたま近くに立ち寄ったエリヤの四人。そんな刹那に生きる者たちが集まっておっ始めるのはギャンブルであり、どこからか持ってきた丼とサイコロを待合室の座敷に置いてチンチロが始まっている。

 そうして勝ったり負けたりしながら一時間近くを賑やかに過ごし、シフトもあるのでそろそろお開きにしようと思っていた。診療所の拡張工事はまだまだ終わりそうになく、例え単純作業のみであっても人手は常に足りないためサボりは厳禁だ。

 

「なぁアニキ、最後だしドーンと二〇〇〇クレジット張りませんか?」

 

「いいじゃん、やってやろうじゃないか!」

 

 拓郎の損得勘定は一時間の攻防の中で一進一退を繰り返しており、前々回の勝負でようやく収支をプラスに持っていけたことで波に乗ろうとしている。前回得た報酬に比べればはした金に過ぎないが、それでも勝って終わるのと負けて終わるのでは爽快感が違うし、どうせ勝つなら大きく勝って終わりたかったのだ。

 

「さあ、ここでゾロ目を出して綺麗に終わりたいけど……さあ行けっ!」

 

 ここで久々の勝ちを頂くとしよう。そんな取らぬ狸の皮算用を立てていた拓郎は些か調子に乗っており、勢いとテンションに任せてサイコロをやや乱暴に投下した。

 

「あ」

 

 しかし些か勢いのつきすぎたサイコロは激しく丼の中を跳ね回るだけに飽き足らず、無情にも二つが丼から勢いよく飛び出していく。これはションベンと呼ばれる現象であり、無条件で負けとなった上に賭けたコマと同じ額を全員に支払わなければならないのだ。

 

「ど、どうして……こんな時に!」

 

 しかも調子に乗って二〇〇〇クレジットの張りを承認してしまったため、三人合計で六〇〇〇クレジットを支払わなければならない。稼いでいた拓郎にとって大した痛手ではないが、それでもせっかくプラスになった収支がまたもマイナスになってしまったのは悲しかったようだ。

 

「アカマの兄貴、ションベンゴチになりまっす!」

 

「まあションベンはよくあることッス、また時間があったらやりましょうぜ」

 

「ちょっと男子ぃ〜、ここに可愛い女の子がいるのにションベンションベン連呼するのはよくないですよー」

 

「お前が一番連呼してるやろがい!」

 

 こうして全ての終わったため精算していく。この建物を診療所へと改装する際の整理整頓で発掘された古いポーカーチップで損得分をカウントしていたため、精算はすぐに済んだ。

 

「チクショウ、トータルでマイナス三五〇〇かよ……最後の最後で油断してたらやらかした……!」

 

「イェーイ、最後の最後でプラス一〇〇〇! これでしばらく晩飯のおかずを一品増やせるぞ!」

 

「プラスマイナスゼロだ……せっかく借金を返したばかりなのに、また負債を食らうのはゴメンだぜ」

 

「いやーやっちゃいましたねぇアカマさん、まあ私はちゃっかり二〇〇〇プラス確保しましたけど」

 

 二名のレッド級傭兵は遅めの昼休憩が終わり次の警備シフトへ入るため、待合室には二人だけが残された。たまたま訪れただけのエリヤは一日暇であるが、拓郎は午前シフトのみで午後からはこの診療所に用事があった。

 前回の大仕事の翌日に注文していたサイバネ機器がようやく全て届いたため、今日インストールしてもらうのだ。無論、機器の代金と施術料は決して安くないが、これからも傭兵としてただ生を繋ぐだけでなく成り上がっていくためには必要な投資である。

 

「とほほ……サイバネ機器の代金と施術料で結構な額が飛んでいくのに、三五〇〇クレジットも負けてしまった……」

 

「おっとぉー? 『チーム拓郎』は何か大きなヤマを成功させたって聞きましたよ。その対価に結構な額の報酬を得たって。それなら高々四ケタクレジットなんてはした金じゃあありませんかー」

 

「詳しくは言えないけど、まあ大体合ってる。でも三五〇〇クレジットって日当四日分より多いんだよな」

 

「まあ我々人さまに言えないグレーな仕事をやってるわけですし、その分たっぷり貰える」

 

 流石にいきなり全身の過半を置き換えて戦闘サイボーグまっしぐらになったりはしない。傭兵とはあくまで夢のセレブライフを送るために採用した手段であり、健康な手足や臓器を置き換えてまで一部の戦闘狂(バトルジャンキー)のように動ける限り戦っていたいなんて微塵も思っていないからだ。

 

「それで話は変わるけど、アカマさんに見てほしいニュースがありまして」

 

 エリヤはニュースサイトが表示された端末を拓郎に見せている。正直なところ企業絡みのニュースなんて自分とは関係ないだろうと思っていたが、そこにでかでかと踊るタイトルを見て仰天した。

 

『財閥連合常任専務、ジョン・ロビンソン・アノウ氏の失踪から五日経っても未だ見つからず、生存は絶望的? 船上パーティー帰りのフライングカーを撃墜したのは近海に潜む海賊たちか!? 今なお周辺海域で捜索を続ける沿岸警備隊の七月三一日午後八時の公式会見動画はコチラから』

 

「うわ、あれまだ見つかってないのか……流石に死んでるんじゃないか?」

 

 よく見れば財閥連合と敵対しているタカマガハラ系のニュースサイトであるためどこまで信憑性があるのかは疑問だが、それでも衝撃的な内容には興味が湧いたため続きを読み進めていく。

 

『……五日前の七月二七日午後一一時〇七分、ジョン・ロビンソン・アノウ氏(51)の乗ったフライングカーが予定時刻を大幅に過ぎても到着しないことを不審に思った使用人がアシハラ沿岸警備隊に通報したことで発覚、翌二八日午前二時一三分にアシハラより約一〇〇キロメートル離れた海上にて不時着水している状態で発見された……』

 

「ここらはもう見たことあるから……読み飛ばして、と」

 

『……なお、今回のフライングカー襲撃に関与したと思しき一三名の容疑者をこれまでに逮捕し、連日取り調べを行なっているものの有力な供述は得られておらず、八月一日午前二時三〇分時点でも死体や遺留品の一つも発見されていないため捜査は難航している。アシハラ市警(ACPD)及び沿岸警備隊はどんな些細な情報でもいいので是非と情報提供を呼びかけている。発見や捜査の進展に資する情報提供者には、最大で一〇〇万クレジットが与えられる……』

 

 初めてこの事件が報道された四日前と殆ど変わらない内容だが、注目すべきはそこではない。メガコーポと呼ばれる企業は自社の重役に対する害意に対して過剰なまでのリソースを割いて対抗することを知っている人間からすれば、今回の事件は余りに手際が悪すぎることが怪しいのだ。

 

「どうですアカマさん、めっちゃキナ臭くないですか? 七大メガコーポが一つの重役、特権階級の乗った空飛ぶ車が墜落して乗っていた人は行方不明になった専務以外全員殺されてたんですって。おまけに五日目になっても犯人の『は』の字も分からないなんて、こんなのぜーったいタカマガハラとかLJCとかの特殊工作部隊がやったに決まってますよ!」

 

 アリサとはまた違ったベクトルで綺麗な顔や細身な体を近付け、鼻息荒く自説を語るエリヤ。メックと戦った時はあまり余裕がなくて見ていなかったが、意外と美人だなという感想を抱いている。

 ただ、そんなセンセーショナルなニュースは拓郎たちにとって有り難い話であった。モバイル・アンビュランス強盗の事件はそこそこ人の目のある街中で派手な銃撃戦をやらかしたこともあって、事件から数日経ってもなお報道されていた。流石に正体を特定されてはいなかったが、別の大事件によって自分たちの仕業である事件の注目度が下がるのはよいことである。

 それに大手密輸組織である『クーリエ・インターナショナル』と事を構えたのも必要に迫られてのことであり、別段恨みがあったわけではない。この街にしっかりと根を張る勢力と敵対してもいいことなど皆無であり、ただ面倒と絶命の危険性を増やすだけでしかないのだから。

 

「しかし企業同士の争いって本当に怖いな……勤務時間外の重役を狙った暗殺まで起こるなんて」

 

「まーメガコーポなんて大層な異名貰ってる割には地球上どころか月や軌道上でもドンパチ賑やかにやってますし? それくらい挨拶やジャブみたいなもんだってヴァルのおばさ……お姉さんが前に言ってたよ」

 

「宇宙に出てまで争ってるのかメガコーポって。太陽系に覇を唱えるのは俺だーっみたいな感じで戦争をしてるのか?」

 

「いやいや、核融合発電には重水素とかヘリウム3とかが必要じゃないですか。ほら、月面コロニーの目玉商品。それに地球上だと採掘量や地域が限られる希少金属(レアメタル)や希土類元素(レアアース)だって小惑星やその先に手付かずで眠ってるとなれば、誰だって欲しくなっちゃうんですよ」

 

 エリヤの説明によって世知辛い宇宙の事情を知ったところで一階の最奥にある手術室の扉が開き、そこからアリサが出てくる。拓郎よりサイバネ機器のインストールを行なっており、先ほどのチンチロ勝負は順番を待つ彼の暇つぶしの一環でもあった。例によってファンは腕が完治するなりまたもや北部の娼館へと遊びに行っており、そろそろ向こうを出てくる頃ではないかと拓郎は思っていたが、アリサの施術が終わる方が早かった。

 

「お、拓郎さんにエリヤさんじゃん。お先に失礼っ! あーしは一足先に色々テストしてるから!」

 

「そういえば結局ミキモトは何を着けたんだ? 殆ど見た目は変わってないけど」

 

「だってゴッツいアームとかぶっといレッグとかつけてないし、見た目はぜーんぜん変わってないよ。眼底にスマートリンクを埋め込んで、ハッキング用の接続ケーブルを左手に着けて……あとは個人用ファイアウォールと対電サージ回路かな」

 

 彼女は自らの得意分野であるハッキングやネットワーク関連の技能を強化するものを重点的に装備しており、外観こそ殆ど変わっていないものの侵入能力や敵の対ハッキング防御能力が少なからず向上しており、左手から前腕にかけて埋め込まれたユニバーサルケーブルによって有線接続して直接攻撃することもできるようになっている。

 

「タクロウ・アカマさん、準備が終わったよ。いつでも施術に入れる」

 

 彼女が出てきてから一分ほどすると、ドクター・カノこと鹿野誠が手術室から顔を出し、ついにその時が来たことを告げる。旧世紀の病院を題材とした医療ドラマにありがちな執刀医のように疲弊した様子はなく、けろりとした様子で拓郎に視線を向けていた。

 

「それじゃあ私はしばらくここで寝かせてもらいますね。ちゃんと夜診の前には起きてトンズラするのでお構いなくー」

 

「はいどう……いや、ちょっと待って!? アカマさんのお知り合いらしいけど、ここは休憩所でも宿泊所でもないよ!」

 

「まぁまぁそうカッカしないでくださいな。今度ここでサイバネ機器のインストール。近い未来のお客ですよ」

 

「うーん……それならいい、のか……な?」

 

 一度は咎める誠であったが将来の客と言われてはあまり強く出られない。それが何処の馬の骨ともしれぬ自称傭兵ならともかく、傭兵情報サイトにも掲載されている腕利きチームの一員で自身もオレンジ級と認定されているとなれば傷病の治療だけならずサイバネ機器のインストールの需要も見込めるからだ。

 

「うわぁ、凄いなこれ。病院のサイトでしか見たことのない機械だ……」

 

「これがあればどんなヤブ医者だって手術も処置もお手のもの、日本企業連盟製の最高級自動医療機械、通称オートドクさ」

 

 エリヤを背に誠へ合図をして手術室へと入った拓郎が驚いたのは、モバイル・アンビュランスから取り外し手移設した全自動外科手術実行機、通称オートドクの存在感。これさえあれば大抵の手術は人の手を介することなく終わり、人間の医師は術前術後の処置や経過観察だけに注力すればよくなる優れものだ。

 しかもこれは企業が設置した大病院に置いてあるような最新型であり、施術時間も正確性も順当に進化している。高性能故の高い消費電力だけは如何ともしがたいが、この街の電気代は実質無料みたいなもののため短期的な運用コストはさして高くない。無論、緊急時のために大容量バッテリーと非常用ディーゼル発電機は地下の機械室に置いてあるが。

 

「じゃあ、今日の施術内容は事前の取り決め通り機能不全の機器三つの除去に加えて四つ……血液凝固アクセラレータ、リフレックスブースター、思考コプロセッサ、そしてグレードⅡ皮膚下装甲のインストールで問題ない?」

 

「ああ、それで頼むよ」

 

「じゃあ料金は事前に支払ってもらった分で足りてるから……あっちで服を脱いでから、このポッドに入って」

 

「意外と広いのな。まあ身長三メートル、体重四五四キログラムまで対応って書いてあるだけはあるか」

 

 ぱっと見では重厚そうな見た目に反して殆ど無音のまま蓋が閉まり、意外と広い内部にちょっとした驚きを感じていた。そんな幾つかの噴出口から消毒液が噴き出し、拓郎の体を洗い流していく。アルコールともイソジンとも違う未知の液体の噴出圧が強くて少し痛かったが、戦場での傷に比べれば屁みたいなものだ。

 

『じゃあ今から麻酔を流すから、ゆっくり息を吸って……吐いて……それを繰り返して』

 

 それが終わると、内部スピーカーから聞こえる誠の声に合わせて深呼吸を始める。気化した麻酔薬が体内に入っていくに連れて段々と意識が薄れていき、体の感覚も鈍くなっていくが、それでも完全にブラックアウトするまでそれを続けていた。

 

 

 

 

「うわぁ、これがアカマさんが言ってた不良品なのか。よくこんな出処の知れないどころか適当に消毒しただけっぽいものを体内に入れて平気だったよね彼……」

 

 オートドクに搭載された複数の精密単分子メスが指定された部位をマイクロメートル単位の正確さで切開していき、事前に撮影したCT映像で確認した物体をヒトでは出し得ない精度で摘出すると医療廃棄物としてポッド外へと送り出したのだが、それの酷さを一目見て理解してしまった誠は思わず一人呟いてしまった。

 サポート対象期間を過ぎた型落ち品なのはよくあることなので理解できるとしても、こんな状態の悪い──ゴミ捨て場で拾ってきてそのままインストールしたかのようなのは流石に想定外であり、数秒ほど唖然としている。

 サイバネティクスというのは今世紀後半で長足の進歩を遂げた分野であるが、全てが安全というわけではない。神経や筋骨に関係ない皮膚下装甲やコスメティックパーツ程度ならともかく、失われた四肢の代替となる義手義足や脳領域に関与するインプラント系は幻肢痛や脳機能の異変を引き起こす可能性があり、それ故に本来なら慎重なメンテナンスと丁寧なアフターケアを必要とするのだ。

 

「サイバートキソーシスの兆候は……今のところ無い。まあでも一ヶ月二ヶ月くらいは要経過観察か選択的免疫調整剤を定期服用してもらったほうがいいかもしれない」

 

 一月以上に渡って作動しないどころか劣悪な状態のサイバネ機器を挿入されていた部位を念のためチェックしていたが、懸念されたサイバートキソーシスは発症しておらず彼を安堵させている。先日に急性症状が発生した二人は回復傾向にあるが、原因となった粗悪で耐用年数を超えたサイバネティクスは危険なためもう使えない上に、まだ完治したわけではない。

 しかし、何故彼の体にそんなものがあったのか。誠としては気になるところであったが、何も語らないあたりあまり触れてほしくない話題なのではないかと推測したので、一刻を争う事態にならない限り向こうから教えてくれるまで待とうと思っている。人のトラウマや逆鱗はどこにあるか分からないことはよく知っており、長い時間をかけて強固に築き上げたはずの信頼関係であっても些細な言葉一つで容易く崩壊した事例など枚挙にいとまがないからだ。

 

「……でも、取り出したモノを見ると何となく分かるような気がするけど、本人に言うのはよくないだろうしね」

 

 痛覚を別の感覚へと変換する痛覚トランスファー、特定の感覚を増幅する感覚増幅エディタ、そして強制隷属インプラント。これら三つが意味することを誠はすぐに理解してしまったが、口に出すのは止めておいた。拓郎には全身麻酔がかかっているため例え独り言がスピーカーに流れたとしても聞こえるはずはないのだが、それでも勝手な推測は不誠実だと言わんばかりに心の中で留めている。

 

「そこは向こうから招かれない限り踏み込んでいい領域じゃない。それに第一、元々僕の専門は消化器系だから心療内科医の真似事なんか出来ないし」

 

 今はとにかく、ビジネスとして依頼されたことを全力で遂行するだけ。三つのサイバネ機器を『廃棄品』と油性マジックで書かれた袋へと些か乱暴に突っ込んだ。解体してスクラップにすれば幾ばくかの金になるかもしれないが、マダム・スミスから給与を貰っている上に必要な備品や消耗品の支給を受けている身としては、そこまではした金に執着する必要性もなかった。

 

「それに何より今が一番生きてる、人の役に立っているって実感できてるんだ……」

 

 助けを必要とする人々、節度と理解を併せ持つ支援者

、そして資金調達先として有望な顧客たち。待ち受けていたはずの絶望的な未来を打ち破り、そんな縁を紡いでくれた拓郎には感謝してもしきれないし、同じ道を歩めることは幸せですら思っていた。

 しかし誠はいつか自分と彼らの道が分かたれる日が来るのだろうと考えている。誠自身は『医は仁術』を地でゆく腕利きの医師(ドク)であり、彼らは殺し殺されが当たり前の明日も知れぬ傭兵である。無茶苦茶なスケジュールで働いているわけでもなく、自身が見た傭兵の中でも等級に違わず実力はしっかりしている方だが、それでも必ず帰ってくるという保証はない。

 だから、そんな時が来るまでは自らの得意分野を活かして彼とその仲間たちをサポートしていこう。そんな決意をした誠はオートドクから発せられる施術完了を知らせるブザー音を聞くと、麻酔からの覚醒処置を施すべく立ち上がった。

 ここ四半世紀の技術的進歩で医療の自動化が一気に進み、ある程度の手術なら医師の手を借りることなく実行できるようになったご時世と言えど、人間にしかできないことは少なからず残っている。複数部位の施術に伴う全身麻酔は今なお医師の指示の下にしか使用できないし、何より術前術後のケアや相談は専門知識を持った人間相手でないと務まらない。

 

「さあ、僕の人生まだまだこれからだ。頑張るぞ……!」

 

 自分に出来ることは、目の前の患者一人一人に真摯に向き合うこと。そう己に言い聞かせた誠はオートドクのもとへと歩いていき、蓋の開放ボタンを押した。

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