光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「に、に、にく……肉を……くれ……腹が、へった……」
そうしてヒトの肉を求めた巨漢は、最終的には三〇近い銃創とほぼ同数の打撲痕を体に刻まれ、周囲を血や各種体液で汚してからその言葉を最期にチェーンソーを手放して事切れた。やっとこさ難敵を打ち倒した二人はすっかり疲労困憊しており、どちらも息が上がっている。
「ようやくやったんだ……これで外に出られる。でも、借金取りなのに何で見逃してくれるんだ?」
「社員としてはともかく、俺個人としてはお前はどうでもいいんだ。見ての通り、腐肉食らいのきったねぇ野良犬どもに本社兼アジトを滅茶苦茶にされたからな。俺たち『モーモー債権回収会社』はもうおしまいだ、どこへなりと行ってくれ。この不始末の責任を取るのは代表とか偉いさんだけだし」
拓郎も何故借金取りである男が捕まえようとしないのかが疑問であったが、当の本人に清々しい表情でそう言われてしまえば、脱出が第一目標である彼は何も言い返せなかった。
それに友情を感じたとは言えなくても呉越同舟を体験したことで敵意はすっかり薄まっており、疲労もあってもはや争うのも億劫だと感じさせている。わざわざ敵意のない人物に殴りかかるほど彼は暇でも好戦的でもないのだ。
「……ありがとう。つい数十分前まで敵だった人に言うのは何だか新鮮な気分だ」
「気にするな、こんなのアシハラじゃよくあることだ。あと一つ忠告だが、もうギャンブルで借金こさえるなよ。俺たちみたいにチンケな委託業者ならともかく、ギャングとズブズブな取り立て屋は規模もやり口もヤバいからな」
競馬場で全財産を失い崩れ落ちてからおよそ五五時間半、無性に誰かと話したい欲が溜まっていたためつい会話が弾む。相手が自分を勝手に改造した勢力の人間であることは理解していたが、そのお陰で窮地を脱せた上に共に戦ったため棚上げすることにしたようだ。
「人さまを勝手に改造して男娼にするよりヤバいって、例えばどんな目に遭うんだ?」
「俺が昔なじみから聞いた限りだと、麻酔なしでカネになる臓器を抜かれるのは序の口で、悪趣味な金持ち向けのリアルタイム拷問ショーに出演させられたり……噂レベルだが、どこかにある人間牧場で未来永劫家畜にされることもあるらしい」
「何それ怖い……」
「じゃあ本当に必要な時以外カネを借りるな。アシハラでの自衛策はこれに尽きる。断言するが、この街の金貸しにロクなヤツはいない。後ろ盾がギャングであれ、企業であれな」
迫る脅威を排除して緊張が解けたのか、そんな軽口を叩きながら歩く二人。だが、彼らには更なる脅威が迫っていた。これだけ派手な戦闘をしていれば要らぬ関心を引いてしまうのも当然で、戦利品及び死体漁りをしていたスカヴィードッグスの一隊と鉢合わせしてしまい、また追われることになってしまったのだ。
「ま、まずい! 逃げるぞ!」
「いたぞぉ、いたぞおぉぉぉぉ!」
「殺せ、奪え、食え!」
「新鮮な肉だぞ、肉!」
再び追われることになった拓郎だが、今度はかつて敵であった借金取りと共に逃げている。この期に及んで言い争いや仲間割れをするほど両者は愚かではなく、後ろからまばらに飛んでくる銃弾や石礫に当たらないことを祈りながら共に出口へ向かって走っていた。
そのうち何発かは体や服を掠め、皮膚越しに熱や風圧を感じる度に死が頭を過ぎる。それでも走れば走るほど地上と自由が近付くため、尽きそうな体力と気力を振り絞って足を動かした。
あと少し、あと一〇〇メートルくらい走れば地上へ続く出入り口がある。そこまで逃げ切れば自由が待っているんだ。自らに何度もそう言い聞かせ、乳酸が溜まりつつある筋肉を叱咤して走り続けている。
「何でまだあんなにいやがるんだ……!」
「ダメだ、ここまでか……!」
だが、二人が辿り着いた先で見たのは絶望であった。出口へ向かう通路からやってきたのは、スカヴィードッグスの本隊と言うべき集団。実のところ彼らは慌てて進撃してきた別の指揮系統にある『群れ』であり、厳密に言えば後ろから迫り来る連中の味方とは言い難い存在なのだが、所属もしていなければ交戦経験が豊富ではない拓郎にそんな内部事情など分からない。
それでも抗うためにニューロンブースターを起動しようと頭の中で何度も起動と唱えるも、視界は何も変わらない。神経系の過剰な摩耗を防ぐべく設定されたクールタイム中なのだが、まともな説明すら受けていない彼はそんなことは知らなかった。
ああ、今度こそおしまいだ。前後から挟まれた上に、開けた場所でなくともニューロンブースター無しに奇策だけでどうにかなる数ではない。拓郎は遅くても数秒後に訪れるであろう確実な死を予感し、少しでも精神的な苦痛を和らげるべく静かに目を閉じようとした。
「……あれ? 俺生きて……」
「撃たれ、て……ない? な、何が……!?」
だがその直後、まるで疾風か閃光が走り抜けたような衝撃が彼を襲う。僅かコンマ数秒の間に見ている光景は一変し、覆しようのないはずの絶望は希望へと塗り替えられた。正面の一一人の首が同時に宙を舞い、後ろにいた七人は身体の各所にエネルギー兵器特有の焼け焦げができた状態で一斉に崩れ落ちる。
結果的に前後から挟み撃ちしようとした二〇名近い敵が、一瞬で皆殺しにされた。何も知らなければ非現実的な要素である魔法なり怪奇現象なりを疑うのだろうが、敵の身に何が起きたのかを彼はよく『知って』いた。何故なら彼にも強制的に与えられた力であり、つい先ほどもそれを用いて危地を脱したのだから。
「まさか、犯人はニューロンブースター持ち……!?」
「御名答。一発で見破ったことから中々腕の立つ同業者だと思ったが……この街でそういった詮索は無粋か。すまない、忘れてくれ」
そんな呆然とした拓郎の呟きに反応したのは、全く聞き覚えのない声。借金取りではなく、かといって周りで無惨な最期を迎えたスカヴィードッグスの死体でもないため、この場にいないはずの誰かであることしか分からない。そんな姿の見えない乱入者の存在に二人の緊張は再び高まった。
自分たちでは到底かなわない敵をただ一撃で葬り去る相手に対して無駄な抵抗なのは分かっているが、それでもただでやられてやるわけにはいかない。そんなつもりで周囲に目を光らせるも、声の主らしき存在は全く見当たらなかった。
「二人してなに見当違いの方向見てるんだ、俺はこっちだぞ」
「「う、うわぁ!」」
その直後、若干呆れ気味の声が後ろから響き、驚きのあまり飛び上がった拓郎の後ろにいたのは一人の男であった。拓郎より少し背の低い彼は黒とグレーの多いモノトーン調の外套を纏い、左手には返り血一つ付着しておらず妖しくきらめく刀身の長剣を持っている。
明らかに只者ではない雰囲気を放つ人物の顔はフードや鼻から頬を覆い隠す装甲によって殆ど隠れており、僅かに見える目元からは最先端のサイバーアイが二人を値踏みするように見据えていた。
「分かってたことだが、二人とも腐れ野良犬どもじゃないな……特有の穢れた雰囲気がしないから分かる」
悪臭じゃなくて穢れた雰囲気って何なんだ。目の前にいる男から唐突に放たれたよくわからない言葉に困惑する拓郎だったが、まず彼が聞きたいのはいきなり現れた彼が誰なのか、そして自分たちに害なす存在であるかどうかであった。
とは言っても、面と向かって平和的に会話が可能な時点で敵対者でないと感じている。仮に自分たちに対して害意があるならば、周囲に転がっている連中と同じく既に首と胴体が泣き別れしているはずなのは理解していたが、それでもきちんと聞いておきたかったのだ。
「で、あんたは誰なんだ? スカヴィードッグスを蹴散らしてくれたのは感謝してるけど、こんな絶妙なタイミングで現れるなんて何か怪しい……」
「おいお前、命の恩人にナメた口きくのはヤバいって……! 多分俺とお前が一〇セットいても為す術なく瞬殺される強さだぞ……!」
結果的に助けてもらったにも関わらず、非礼と取られても仕方のない言葉を発する拓郎を借金取りの男が慌てて遮る。共に戦った仲とはいえ、まだ本質的には他人である彼の失言一つで機嫌を損ねられ、まとめて打ち首にされるのは御免被りたいのだ。
「……狂犬駆除のためアシハラ市に雇われた傭兵だ。どうしても固有名詞をつけたいなら『タチバナ』とでも呼んでくれ。もちろん偽名だがな」
だが彼が危惧した事態は起きず、簡潔ながら礼儀正しくタチバナと名乗った男は長剣を右腰に鞘に戻すと軽く一礼をする。しかしサイバーアイは一見すると生来のものにしか見えない耳と同じく油断なく周囲を窺っており、こんな時でも警戒を怠らない様にプロフェッショナルの所作を感じていた。
だが、借金取りの男の態度は露骨に変わっている。口調も明らかにへりくだり、ともすればサインの一つでも貰いかねない勢いだ。その様はまるで昔見たプロスポーツ選手に憧れる少年のようであり、少しだけ微笑ましく思えた。
「た、タチバナ……さん!? インディゴ級の傭兵じゃ……じゃないですか! いやーお会いできて光栄っす、『疾雷』の二つ名持ちに」
「タチバナって人は傭兵の中じゃ有名人なのか? てか、インディゴ級とか『疾雷』って何なんだ?」
「ああ、ゴホン……まあ街の裏社会に詳しくないなら傭兵の等級とかも知らないだろうが、一言で表すなら『一流の傭兵』だな。それも超が二つくらいつくほどの」
その名を聞くなりとても興奮し口調まで変わる借金取りの気持ちは、単なる債務者でしかない拓郎には全く分からなかったが、どうやらアンダーグラウンドな世界ではかなり名の知られたらしい存在であることは理解している。
目の前の人物が名前を騙っている可能性も考えられたが、あの見事で一方的な殺戮を見せられた身としては恐らく本物だと踏んでいた。仮に偽物だとしてもその実力は本物であり、無為に刺激するのは得策ではない。
「さっきはその、ええと、生意気な口をきいてすみませんでした」
ひょっとしたら自分はとんでもない大物に失礼を働いたのかもしれない。生存本能とすっかりすり減った良心に従って彼は謝罪とともに頭を下げており、それを見たタチバナは少し驚きこそすれど、怒ることも呆れることもなく軽く手を振っている。
「何やかんや騒がれるようになった身とはいえ所詮は俺も日陰者だし多分同業者だろう、気にする必要などない……おっと失礼、依頼主から通信だ。少し外すぞ」
しかし通信が入ると再びプロの傭兵らしい表情へと戻り、右耳に付けたインカムで応答している。しかしどうにも慣れていないのか音量が大きいようで、少し離れた二人でもさして苦労することなく聞き取れていた。
『HQよりタチバナ、応答せよ。作戦進捗はどうだ?』
「こちらタチバナ、敵本隊らしき集団を撃滅して被害者らしき人員を二人保護した。これより施設内部へと進入し、残存部隊を殲滅しつつ生存者を捜索する」
『HQ了解、被害者は解放してもらって構わないが、三分後に旧物資搬入口と下水通用口の二方向より特殊部隊を突入させるのでそれまでに退避させてほしい。当然だが貴官に味方識別はついている、引き続き遠慮なく暴れてくれ』
「タチバナ了解、任務を続行する。アウト」
漏れ聞こえた通信の内容は作戦の進捗を尋ねるものであり、それに対する返答も順調という言葉をやや希釈しただけ。これがプロの傭兵なのかと、二人はその一挙手一投足に刮目していた。
「……というわけで、だ。依頼主曰く三分後に特殊部隊が突入してくるから、その前にさっさと出てくれ。出口はこっち、この階段を上った先のハッチが外に繋がっている」
無論、タチバナは二人に聞こえているだろうと思っており、話の流れは理解しているものとして再び口を開く。そこには口調こそ穏やかながら有無を言わせぬ圧があり、拓郎も大人しく従った。無理に逆らったところで何も得るものはないからだ。二人は去り際に改めて礼を述べようとするも、そんなものいらないと固辞されている。
「礼はいい。市から追加報酬含めてたっぷりせしめるつもりだからな。では、気をつけて」
そうして拓郎と借金取りの男はスカヴィードッグスの残党を殲滅すると言って奥へと進むタチバナと別れ、外に続くハッチを開ける。開きませんなんてアクシデントはないが、錆びついているのかキィキィと耳障りな音を立てながら開き、外の蒸し暑い空気が流れ込んできた。
「やった、地上だ……二日ぶりに戻ってこれた……!」
「散々見飽きたはずの光景がこんなに恋しくなるとはな……」
ハッチから出て最初に見えてきたのは、三日前に見たのと比べて何も変わり映えしないアシハラの夜景。それは新天地で一旗揚げるべくやってきてからおよそ半年ほど毎晩のように見慣れたものでありながら、今の拓郎が心の底から待ち望んでいた景色であった。
中心街にそびえ立つ八〇〇メートル級の超々高層ビル群に夜闇も星の輝きも退ける無数の3Dホログラフィック広告、人類社会を支配する超巨大コングロマリット、通称メガコーポたちのロゴマーク、そして光輝に満ちたメインストリートを往来する無数のヒトとクルマ。見飽きたばかりか煩わしいとすら思い始めていたそれらが今は何より日常に戻ってきたのだと実感させている。
そこに下弦より幾ばくか欠けた月が地上への帰還を祝福するように現代の不夜城とその片隅に立つ拓郎を照らしており、寒さと湿気を含むため本来はあまり好きではない南からの潮風すらも心地よいと思っていた。
「また一からやり直しか……初めてこの街に来た時と同じだな」
そんな時、拓郎の心に一つの欲望が芽生える。ビッグになりたいという野望は初めてアシハラの地を踏んだ半年前と変わっていないが、今回の経験を経てこれまでとはやり方を変えると決めていた。前のように事業を立ち上げるのではなく、一人の傭兵としてこの欲望と陰謀が渦巻く洋上の大都市で仕事を重ね、いつの日か頂点に登り詰めてやるのだと。
半ば偶然ながらニューロンブースターという、戦闘面で大きなアドバンテージをもたらすサイバネ機器を与えられたことである程度は戦えるようになっており、それ無しでも雑兵相手なら充分勝てることも分かっている。
もし仮に武運つたなく志半ばで斃れたとしても、借金のカタに自由を奪われ体を売り続ける日々を送るよりは絶対にいい。人類社会のほぼ全てをメガコーポたちが支配するこの世界において、生き方と死に方を自分で決められる人生はとてつもなく貴重なものなのだ。
「なってやる……俺だって、いつかはこんな路地裏から見上げるんじゃなくて、キラキラした高層ビルの上で金持ちどもみたいに贅の限りを尽くした生活を送るんだ」
「なるほど、それがお前の夢だったんだな……モノは相談なんだが……しばらく連れ立って行動しないか? たった今住所不定の無職になったおっさんと組んで、傭兵の真似事でもやる気はないか?」
おまけに借金取りの男も乗り気であり、そうであるならば当面の間は組んでやっていくのも悪くないと思っている。裏社会のことなど殆ど知らない拓郎にとって彼はコンビの相手として最適な存在であるのだ。
「いいね、毎日毎日ゴミの山からスクラップを探して端金にする毎日よりは楽しそうだ」
あっという間に意気投合した二人だが、そこでほぼ同時にあることに気付いた。そう、お互いのことを何も知らないのだと。正確には借金取りが拓郎の名前を知っているのだが、これから共に一旗揚げようというならそれだけではいけないと思ったのだ。
「そっちは知ってると思うけど、俺の名前は赤間拓郎。元日雇い労働者で今は無職の三〇歳だ、これからよろしく。それで、そっちの名前は?」
「そういや今まで借金取りって言われたまま名乗る機会が無かったな。ファン・マクダニエル、強欲な金貸しに顎で使われてたろくでなしその2ってとこさ、いつまで同じ道を歩けるか分からないけどよろしくな」
こうして改めて互いに名乗った二人は固い握手を交わし、栄達への道を共に歩むことを誓う。そして目指す未来が少しでもよいものになるという期待を胸に抱きながら、星々の輝きすらかき消すほどに人工の光に満ちた夜空を見上げた。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。
これで序章が終わりましたが、明日に閑話を投稿してその次からようやく第一章が始まりますのでよろしくお願いします。