光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第四七話

 無論そんな末路を辿る気はさらさらないため、日の入りまでに待ち伏せポイントを下見して大まかな作戦を練った三人は、一旦ニューヨシハラに戻ってからいつもより少しだけ豪華な夕食を摂り、必ずや生きて帰る決意を新たにする。とにかく金欠だった初期も初期ならともかく、この食事が最後の晩餐となる可能性は低くないため士気を高めるためにも必要な儀式であった。

 腹ごしらえを終えて少し仮眠をとり、日付が変わった直後にいよいよ襲撃地点へと足を踏み入れ、予想される進行方向から最も発見されにくい物陰に潜んでただその時を待つことにした。

 そして日付が変わった午前〇時二八分。サウスポート地区でも人気の殆どない丁字路。配置についた三人は武装の最終確認を行い、数分後に迫る戦いに備えて神経を集中させている。

 

「……よし、作戦を再確認するぞ。まず俺がグレネードで先頭車輌を破壊する。そしたらトラックと後ろの車輌から慌てて警備兵が降りてくるだろうから、ミキモトは最後尾の車輌をハックして混乱させてやれ。余裕があったら通信もジャミングしてくれると嬉しい、目当ての物を奪ったら即撤退する予定だが、増援は来ないさへうが嬉しいからな」

 

「クルマだと事前に型式まで分かってれば一〇秒くらいで侵入できるからね……ま、無線リンクと増設したあーしのパワーで」

 

「それと、降車してくる敵兵は多くても六人までだろうから、拓郎のニューロンブースターで余計な反撃の隙を与えずに殲滅する……それでもなお生き残りがいたら俺が始末する。拓郎もそれで大丈夫だな?」

 

「了解、そのまま一気に押し込んで全滅させてみせる」

 

 そんなやり取りを終えて再び〇時三〇分を指した瞬間、夏の夜の粘つくような湿った空気を震わす複数の大出力電動機の音が徐々に迫り、戦いの時間が刻々と近付いていることを知らせている。朽ちかけたあばら家の柵に身を潜め、冷静に機を窺う三人の手には緊張のあまり汗がにじんでいた。

 

「よし、情報通り先頭車輌が見えてきた……!」

 

 ターゲットとなるヘリテージ・アイアンワークス社の車列は強力なヘッドライトと機関銃と同軸のサーチライトで夜の闇を切り裂きながら、襲撃者を警戒しつつ時速三〇キロ前後で接近してきた。ストリートに屯するそこらのチンピラや愚連隊程度なら近付くことすら躊躇する武装勢力だが、恐れ知らずの腕利き傭兵チームや企業が支配するこの澱んだ世界に怒る反企業主義者にとっては中々に手頃な獲物である。

 

「へっ、目的地が近いからって随分と暢気なことで。ほら、何だ……灯台モトクラシーとか言うやつだな」

 

「たぶんそれ灯台下暗しと大正デモクラシーが混じってると思うなあーし……」

 

 しょうもない軽口にツッコミを入れられ一瞬だけ閉口するファンであったが、すぐに気を取り直してやってくる車輌へと意識を向け直している。

 

「まあそうとも言う……コホン。恨むなら俺たちじゃなくて、アホな上司とか会社を恨むんだな!」

 

 車列が規定のポイントに達した瞬間、ファンはそんな哄笑と共に愛用のライフルの下に装着したグレネードランチャーを構え、先頭車輌の未来位置に向けて撃ち出した。世のため人のためなどと綺麗事なんて言うつもりはない。見知らぬ人よ、どうか俺たちの栄達と明日の糧のためにここでくたばってくれ。

 そんな自己本位極まりない願いと共に秒速一〇〇メートル弱で放たれた四五ミリ榴弾は綺麗な放物線を描いて二〇メートルほどを飛翔し、先頭をいく機関銃座付きのピックアップトラックの下へと吸い込まれるように入りこむと、アスファルトにぶつかった瞬間に触発信管を作動させて内蔵された炸薬に秘められたエネルギーを解放した。

 どかん。そんな漫画めいた擬音が似合いそうな爆発と共に先頭車輌は車体下部を破壊されてから一メートルほど浮き上がり、前への推進力を失いきらないまま右へと横転する。バッテリーが発火したのか被弾した箇所から火の手が上がり、そのまま機関銃の弾薬にも火が回った。

 不幸中の幸いか一人だけは半ば投げ出される形で何とか脱出に成功したが、残る三人は燃え盛る車内に取り残されそのまま焼かれるという惨たらしい末路を辿ることになった。尤も、爆発の衝撃で三人のうち二人は死亡しており、生きながらに火葬されているのは一人だけだが、その地獄の悪魔の如き断末魔は人気のない丁字路に虚しく響く。

 

『クソ、襲撃だ! 先頭車輌がやられた!! 見張りは何処を見てやがった!?』

 

『また反企業のクズ共なのかよ!? 先月だけで襲撃が二回もあったってのに!』

 

『見た感じ周囲に地雷が撒かれてるかもしれん、総員警戒せよ、しかしみだりに動くな!』

 

『とにかく支社に増援要請だ! ここからなら一〇分もあれば来れるはず』

 

 急停止したトラックともう一台の護衛からはぞろぞろと警備兵が降車し、アサルトライフルやサブマシンガンを構えて不埒者を見つけようとするも、よく考えられた待ち伏せを食らって逃げるように飛び出たためか成果は上がらない。

 

「へっへん、増援なんて呼ばせてあげないから! おらっ、あーしマークⅡのサイバー攻撃能力を見せてやんよ!」

 

 おまけにそれを予想していたアリサは爆発の直前からハッキングの準備を開始しており、俄に通信が増えたことを確認してから。型式さえ分かっていれば大して防護されていない機器の脆弱性を衝くのは容易いことであり、あっという間に通信機器どころか二台の車輌はアリサの支配下に置かれてしまった。

 

『通信が、通信が繋がりません! 正副予備、全ての周波数が塞がれています!!』

 

『タレットもダウンしました! 一切の操作を受け付けていません!』

 

『何ッ、ジャミングだと!? 奴らこんなちっぽけな輸送車列(コンボイ)相手にどれだけの戦力を回してきやがった!』

 

『いいから迎撃しろ、このままだと大切な積み荷が奪われてしまう!』

 

「よし、今なら一気にやれる! 行くぞ!」

 

 混乱していることが明らかな叫びを聞きながら、拓郎は久々にニューロンブースターを起動した。視界から色彩が抜け落ち、同時に周囲の速度が落ちていく奇妙な感覚は何度体験しても慣れないものだが、それでも短時間で多数の敵兵を葬り去るならこれが一番手っ取り早いというのが彼の感覚である。

 隠れ場所から飛び出すなり全速力で走ると唖然としたまま押っ取り刀でトラックの助手席から降りてきた警備兵の口蓋を延髄までドスで貫き、頭を足蹴にして強引に引き抜いた。いかに防御を固めていようとも無防備な部位とは存在し、そこを的確に狙えば一撃で死に至らしめることができる。

 無論、拓郎は剣術の達人ではないためリアルタイムにその部位をピンポイントで狙うことはできないが、自分だけがほぼ一方的に動ける状態でなら容易くその弱点を衝けた。

 

「もう同じヘマはしないぞ! どうせ首元には皮膚下装甲があるんだろうからな!」

 

 そんな拓郎の勇ましいのかそうでないのか分からない叫びは正鵠を射ており、降りてきた警備兵たちはいずれも皮膚下装甲を含む複数のサイバネ機器をインストールしていた。いずれも身体機能を強化したり射撃の照準を補正するものであり、現在の装備の三人がまともに戦うとなれば、負けないにせよかなり苦戦を強いられるであろう。

 だが、ニューロンブースター持ちにかかればこの通り。敵に同様の装備がない限り、機会こそ限られるが戦場を左右するほどの力を有している。今回の場合は手慣れた手つきで次々と敵兵を屠り、被害者に自らが何者かの手にかかって死んだことすら悟らせない。

 

「本当に、無知ってのは良くないよな……」

 

 そんな拓郎を誠から教えてもらった皮膚下装甲の弱点。それは体が動かせなくなっては本末転倒であるため、関節部分や大きく曲がる部分は装甲が薄いか無いことである。例え全ての部位で銃弾を弾き返したいと思っていても、現行の技術では不可能なのだ。

 鳩尾より少し下、胸部と腹部の境目こそ極めて薄いか全く防護されていない部分であり、そこへ向かって刃を横向きにしてねじ込めば何度も味わった硬いプレートの感覚ではなく、柔らかい肉や臓器をズタズタに引き裂く感触が合金製の刃越しに伝わってくる。

 そのまま引き抜けば腹部大動脈を傷付けたこともあって本来なら凄まじい量の血が勢いよく吹き出してくるはずだが、神経伝達速度が大幅に上昇している拓郎から見れば去り際にようやく何かが傷から溢れ出してきたなといった具合だ。

 

「すごい……リフレックスブースターはこれの発動時間まで伸ばしてくれるのか」

 

 そうしてサイバネ機器の搭載によって少しだけ伸びた発動時間で六人を惨たらしく、しかし迅速に葬り去った拓郎は、再び色彩が戻った視界のあちこちで耐え難い苦痛と死に至る出血によってもがき苦しみ、陸に打ち上げられた魚のようにジタバタしながら最期を迎える敵を静かに見送った。

 その様を見た彼は痛覚を変換したり無効化する機器はないのかと感じたが、それを用いるのは特殊工作部隊や重装突撃兵といった一部の精鋭やエリートだけである。

痛覚を消すのは一見すると大きなメリットに見えるのだが、体が発する異常のサインを無理やり打ち消しているのだから相応にリスクを伴う。

 ある兵士は戦闘が終わって初めて片腕片脚が吹き飛んでいることに気付き、またある傭兵は匍匐状態から立ち上がろうとするまで上半身と下半身が泣き別れしたことに気付かなかった。そんなフィクションじみた実話が残っているとなればいかな企業でも正規採用はできない。正規の戦闘員というのは幹部養成コースに次ぐエリート職であり、育成や装備品のコストもあるためそう安々と死なれては困るのだ。

 

「な、何だ今の……ま、まさか、ニューロンブースター持ちか……ぐわぁっ!」

 

「戦場でよそ見は厳禁だぞ、腐れコーポの狗め」

 

 拓郎に気付かれていなかったが故に不可解で虐殺の瞬間を目の当たりにした生き残りだが、そこから一秒もしないうちに側頭部に綺麗な赤い花が咲く。ファンのライフルから放たれたフルサイズの八ミリライフル弾は炎上する先頭車輌から生き延びた不幸な兵を正確に撃ち抜き、襲撃者の正体すら知らないままに絶命させたのだ。

 

「よし、これで脅威は無力化した。目的のブツだけ頂いて逃げるぞ!」

 

 そうして横転し炎上するテクニカルと機能不全に陥った二台の車輌、そして七つの亡骸が転がる。遠隔操作式の機関銃も人がいなければ形無しなので当座の脅威は去ったといってよく、そうなれば襲撃現場に長居する理由などないため三人は無防備なトラックへと近付いた。

 

「よし積み荷だ積み荷、目当てのヤツだけ頂いて他のやつはその辺に散らしとけ。欲深い奴らが集って容疑者候補を分散させてくれるからな」

 

 ファンの指示に従い、防弾のためか分厚い鋼製になっている他は標準的なトラックと同等の施錠を破るとそこにはケースに収められた灰褐色のインゴットが大量に積まれており、もしこれが全部金や白金(プラチナ)なら一夜にして大金持ちなのにと三人を残念がらせている。ファンやアリサはこれは一体何なんだと首を傾げたが、スクラップ拾いで生計を立てた経験のある拓郎だけは正確な種類まで分からずとも何らかの精密産業用の合金であることを見抜いていた。

 

「ケース、ケース……欲しいのはスーツケース、と。まさかこのインゴット入りのケースを全部退けなきゃいけないのか……?」

 

「いや、あった、あれがターゲットだ! 確保ォ!」

 

 そんなインゴットまみれの荷台貨物室の片隅にちょこんと置かれている、一見すると出張に赴く企業のサラリーマンが持っていそうなスーツケースを引ったくるようにたぐり寄せた拓郎は、何とか一ケースくらい持ち帰れないかと思案するも、重量物を運ぶ足がない事実に気付いき残念そうにしている。

 

「よぅし、本当は臨時ボーナスも欲しかったけど、さっさとずらかるぞ。ケースは持っていくのがキツそうか? 出来る限り持ち帰りたいが……」

 

 しかしそんな三人の背後に音もなく忍び寄る人影が一つ。蒸し暑い夜だというのに漆黒の外套を纏い、疎らな街灯や炎による明るさを厭うように。

 

「……よう、久しぶりだな、二人は下水道処理場跡以来か。元気そうで何よりだ」

 

 背後から三人の耳朶に響くのは、聞き覚えのある声。生体から発せられているにも関わらず恐ろしく無機質ではあるが、微かに喜びの感情が含まれていた。

 

「おい、誰だお前は……ん!?」

 

 振り返ってみれば、彼が生きている限り絶対に忘れもしないであろう鮮烈な記憶が蘇る。借金取りから逃げる際にスカヴィードッグスの集団に包囲され万事休すと思ったまさにその時、閃光のような猛攻で包囲する一団を瞬く間に全滅させた恐るべき戦闘マシンというべき存在がいる。

 そう、インディゴ級の筆頭格にしてヴァイオレット級への昇格が最有力視されている最強クラスの傭兵、タチバナが三人がいる場所から僅か数メートル離れたところで無防備そうに右手を軽く挙げていたのだ。

 

「た、タチバナ……さん! い、いつの間に!? てか、何で」

 

「いや、今日はオフの日だったが近くでいきなり爆発音がしたから来てみたんだ。そしたら中々愉快なことになってるじゃんか」

 

 音も気配もなく真後ろに現れたことで三人とも心臓が縮み上がるような思いをしていたが、面識のある二人は彼が誰彼構わず血の海に沈める頭のおかしな危険人物ではないと知っているため、正体を認識するとホッと胸をなで下ろしていた。

 

「それにしても……タクロウ・アカマとファン・マクダニエル、僅か一ヶ月でオレンジ級になったばかりか、他チームとの共同作戦とはいえ指名依頼までこなしてみせた。傭兵のコミュニティだとどこもかしこもお前たちの噂で持ちきりだぞ、どこの溜まり場にも姿を見せないアイツらは一体何者なんだってな」

 

 それに命の恩人にして最強格の先達からの純粋な賛辞を受けて、未だ戦地にいるというのにすっかり頬が緩んでいる。ほぼ全ての傭兵を有象無象と切って捨てられるタチバナに名前を覚えてもらえるくらいには有名になったんだと、二人は少し舞い上がっていた。自分たちのやってきたことは着実に実を結んでいるのだと、

 

「それと、アリサ・ミキモト……か。ハッカーの身でメックに肉薄し撹乱コマンドを送り込むとは中々に豪胆な者だ。その行動には賛否が出るだろうが、俺は悪くないと思うぞ」

 

 だがアリサだけは違った。顔の大部分は金属製の面頬で隠され、二つの眼は人の眼を精巧に模したサイバーアイに置き換えられていたが、どこか見覚えのあるような顔立ちに見えてしまい彼女の頭の中に強いモヤモヤを残している。

 つい半年前までは女子高生であったアリサ自身と、最低でも数年は傭兵として活躍しているタチバナ。あまりに立場の違う両者に面識などあるはずないと頭では分かっているはずなのに、彼女の本能は思い出せと必死に警鐘を鳴らしていた。

 

「……二人とも面識があるのか?」

 

「あーしはタチバナさんなんて絶対に知らないはずなのに……なーんか見たことあるようなキブンでモヤモヤするんだよね」

 

「……いや、俺も知らん。まあ世の中には三人くらい似てる人がいるとは言うし、他人の空似だろうよ」

 

 それでも思い出せなかったため、アリサはきっと他人の空似だというタチバナの意見に同意している。彼女の高校時代の交遊録にちょっと危険な火遊びを好む友達は何人かいるが、本来の意味でここまで危険な雰囲気を放つ男性は知らない。

 

「おっと、さっさと本題に入ろう。トラックにある余った積み荷を俺に譲ってくれないか? そのプサイ合金はちょっと入り用でな、何十キロか欲しいんだ」

 

 タチバナの見えない口から飛び出したのは驚くべき提案であり、何と積み荷を有償で貰いたいという。三人にはプサイ合金が何かは分からなかったが、とにかく実力行使で奪われないだけアシハラにおいて有情であった。

 

「ああ、別にそっちの目当てのブツを横から盗ろうってわけじゃない。チタニウム系の軽量合金は精密なサイバネ機器の製造に必要不可欠だからな、別の所に良い値で売りつけてやるのさ」

 

 それでも積み荷が欲しいと言われたため三人は一瞬だけ嫌な顔をしたが、直後の訂正で警戒心を解いている。万が一にも敵対したら一目散に逃げるしかないと思っていたが、平和的な解決に至ってホッとしていた。とはいえ、何故秘密である自分たちの目的を知っていたのかという疑問はついぞ解消されなかったが。

 

「どうしてタチバナさんは俺たちの目的を知ってるんだ……? こっそり依頼の話を聞いてたとか?」

 

「盗み聞きは俺のシュミじゃないが、アシハラには色々と耳目を張り巡らせてる。相手が余程ガチガチにセキュリティを固めてなきゃ、自然と情報は集まってくるんだ」

 

「ヒェッ恐ろしい……というより普通の傭兵だと、まずそういったコミュニティに顔を出して顔を覚えてもらったり小さな仕事を貰うのか?」

 

「まあ大体そんなところだ……というか、お前達の方が傭兵として奇特なのはきちんと認識すべきだな。いきなり地区のまとめ役……しかも『当たり』の二人にコネクションが出来て指名依頼まで貰えるなんて、宝くじの一等を当てるくらいの幸運だぞ」

 

 何故か少し呆れたような口調で軽く説教をされてしまったが、取引自体は三人とも異存はない。そもそも榴弾と銃弾一発ずつの弾薬費以外一切の費用もなしに得られたはいいが、大して持ち帰れないであろうインゴットを勝手に金を払って持っていくのだから、むしろ笑いが止まらない儲け話である。

 懸念点はタチバナが嘘を用いて目標のスーツケースを奪わないかであったが、彼に利害関係のない三人をわざわざ騙す必要などないし、もし本当に目当ての積み荷を奪いたいのならば存在を悟らせないまま斬り捨ててしまえばいいだけだと悟った拓郎はひとまず信用してみようと思った。

 

「八月一日時点でのプサイ合金相場はキログラムあたり三二三七クレジットだから、インゴット一つが一キロだとして、一つあたり六五〇〇クレジット支払うなら問題ないか?」

 

「そ、相場の二倍……? いやー流石当代最強の名高い傭兵! いよっ、超太っ腹、お大尽様! 腐れコーポ共ならなんやかんやと難癖をつけて値切るのに、まさか倍の値段で買い取ってくださるなんて!!」

 

「……そんなに褒めてもおだてても決めた額の金しか出さんぞ」

 

 媚びて損のない相手には媚びる。そんなファンの特技はこんな時にでも遺憾無く発揮されており、そういった歯の浮くような美辞麗句を基本的に好まないタチバナも苦笑交じりに受け取っている。

 

「いや、せっかく新進気鋭の傭兵サマからお褒めの言葉を頂いたのだから、こちらも礼をせねばな」

 

 しかしファンが戯れ混じりに放ったおべっかも全くの無駄ではなかったようで、コテコテの賛辞を聞いて少しだけ和らいでいた眼差しが真剣なものになり、表情を窺わせない面頬の下でそっと口を開いた。

 

「……鬼哭衆の本部がお前達の動向を探っている。事情や経緯はある程度把握しているが、少し派手に動きすぎだ。向こうもバカじゃないからすぐ敵対とはいかないし、69番街にちょっかいかけてる奴をどうしようと構わないが、本部の幹部連中のメンツだけは絶対に潰すな。十中八九ロクな目に遭わんぞ」

 

 それだけを言うとタチバナは二〇個入りのケース四つを軽々と背負い、ここにもう用は無いと言わんばかりに踵を返す。八〇キログラム以上の重荷を背負っているはずなのにそれを全く感じさせない足取りの軽さは三人を驚愕させていた。

 

「じゃあな、期待のルーキー達。きっとまたどこかで会うこともあるだろう」

 

 タチバナはそんな視線など気にすることなく、追加の言葉を最後に明らかに人間離れした凄まじい脚力で塀や建物の出っ張りを跳んで去っていく。最初の足場にした塀の高さは明らかに三メートル近きあったにも関わらず、まるで小さな水たまりを越えるかのような気楽さで跳躍するとそのままパルクールじみた動きで三人の視界から速やかに消え、街灯や広告の光では照らされぬ闇へと溶けるように消えていった。

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