光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第四八話

「……前も思ったけど、タチバナさんって本当に人間なんだろうか。どこかの企業が作った戦闘用のサイボーグって可能性もありそうじゃないか?」

 

「いいや、多分人間……だと思う。最低でも全身の過半……いや、下手すりゃ七割か八割くらいをサイバネ化してるんじゃねえかな」

 

「うっわ、マジヤバじゃんねそれ。置換率が五割超えると色々弊害が出るって言われてんのに……」

 

 重大な情報をもたらしたタチバナが去っていき、その余りに人間離れした挙動に三人は唖然とするしかなかった。中でも先端技術に詳しいアリサの驚きようは凄まじく、褐色の瞳は驚愕に染まっている。

 サイバネ機器による人体の置き換えや強化が当たり前となったこの時代においても、全身を義体化させた所謂サイボーグは殆ど存在しない。四肢のうち一つ二つ、臓器の二つ三つくらいなら完全に取り替えても全く問題ないのだが、置換率が五割を超える辺りから様々な異常が急増していることが統計的に明らかになっているからだ。

 脳が義肢を認識しなくなったり、逆に義肢側からのフィードバック信号によって脳及び神経系に異常を引き起こす。ひどい場合には断続的な幻肢痛や精神疾患の発症といった日常生活に重い支障をきたすほどの障害を受けてしまうことだって珍しくない。

 未だに原因は判明していないが、ある学説では免疫系の静かな暴走だとも言われ、別の研究者曰く脳の認識異常だと言う。確かなことは人体の置換率を半分未満にしておく限り、そういった症状が殆ど発現しないことだけだ。

 

「とにかく、話は後にしよう。気になる情報も手に入ったし、今は依頼を終わらせなきゃ」

 

 それにせっかくボーナスもあると言ってくれたので、向こうへの義理として何ケースかは持っていこう。ハッキングで機能不全にしただけで物理的には無傷である護衛車輌の空いたシートに三ケースを積み込むと、煙を立ち上らせて燃え盛るテクニカルとまだ温かい七つの亡骸を残して走り去っていく。

 耳聡いスカベンジャーが徐々に集まり始め、到着報告がいつまで経っても届かないどころか音信不通になったことを訝しんだ捜索部隊を派遣したことで、新たな戦いが始まりそうな予感を孕んでいた。しかし目的の物を手にした彼らにとってもう無関係な場所であり、追手と鉢合わせしないように速やかに離脱したのだ。

 

 

「……よし、弊社の依頼を受けた『チーム拓郎』だな。まずは目的のブツをこちらに渡せ。これはマストの要件だから、無かったら話にならないぞ」

 

 そうして一〇分近く走行し、指定された集合ポイントである貸しコンテナヤードへと向かうと、そこには二台の黒塗りされた大型のSUVが停車しており、シワ一つないスーツを着こなしたチューブアロイ社の渉外担当官と、サングラスを装着しアサルトライフルを装備した護衛の戦闘員六名が待機している。その目つきは揃って鋭く、三人を侮ってこそいないが慎重かつ冷徹に値踏みしているのは明らかであった。

 

「これだ、確認してくれ」

 

 拓郎は男の指示に従って、前に進み出てきた護衛の一人にスーツケースを手渡した。それはすぐさま担当官のもとに運ばれて開かれ、中身が検められる。傭兵の中には相反する依頼の二重取りを狙って偽物を掴ませようとする不逞の輩も一定数は混じっており、対策としてその場で中身を確認しているのだ。

 そういった裏切り行為は、信頼という得難い割にすぐ失われてしまう扱いがたい資産を目減りさせてしまう愚行なのだが、それがいかに重篤なことかを知る者はさして多くない。

 その日暮らしに近い最下層の傭兵からすればちょっとした追加ボーナス程度にしか考えていないが、傭兵稼業は信頼関係が少なからず付きまとう業界である。古い童話の蝙蝠めいたことばかりしている自称策士の連中は、どんなに頑張ったところで体のいい鉄砲玉より先には進めない。なぜなら信の置けない輩に大切な依頼を任せたくなどないのだから。

 

「……確かに受領した。依頼は成功だ。それで、追加の積荷はあるか?」

 

 目的の物が間違いなく本物であることを確認した担当官は僅かに視線の鋭さを緩め、追加条件であるプサイ合金のケースの有無を問うている。あればいいくらいにしか思っていないのか、視線も口調も変わらない事務的な調子で淡々と告げていた。

 

「三ケースだけ運んできた。申し訳ないけど、この車だとそう多くは積めなかったんだ」

 

「ほう、三ケース分だけか……まあいい、アレは有れば有るだけ助かるものだ。キログラム辺り一六〇〇クレジットで買い取ろう」

 

「うわっ、金持ってる企業のくせにすごいケチだな……」

 

「おい、小声でも滅多なことは言うなよ……!」

 

 相場の倍で買っていった傭兵のタチバナに比べ、相場の半値で買い叩こうとする企業の器の小ささと強欲さに思わず小声で悪態をついてしまったが、それが聞こえていなかったのか例え聞こえていても相手にする価値すらないと判断したのかは定かでないが反応はない。ただ二人の護衛が機械的にケースを受け取り、手持ち式の機械による検品の後にSUVの後部荷台へと載せていくだけだ。

 残る四人の護衛は銃口こそ向けていないながらも拓郎たちをあからさまに警戒しており、仮に何かやらかしたなら即座に蜂の巣にしてやろうと一挙手一投足に目を光らせている。企業に仕える彼らの任務は渉外担当官の護衛と傭兵によって奪取された積み荷の回収であり、それを妨げる存在に対しては誰であろうと一切の容赦をしないのだ。

 

「こちらも六〇キログラム分確かに受領した。報酬は明後日までにフィクサーを通し指定口座へとまとめて振り込むので楽しみにしておくように、では解散だ」

 

 そうして拓郎たちが持ってきたプサイ合金をケースごと引き渡したことで依頼は終わり、チューブアロイ社の担当官は手短にそう告げると二台の車に分乗して迅速に去っていく。ロクに整備されていない街灯が不規則に明滅する薄暗い路地には拓郎たち三人と奪い取ったテクニカルだけとなり、西太平洋から吹く生暖かい海風が戦いで汗ばんだ首をねっとりと撫でつけていた。

 

「さ、帰ろっか。もう一時だよ……ふぁーあ……」

 

「いや、戦いの後すぐに眠くなるのは一種の才能だろ……普通はアドレナリンがドバドバでしばらく目が冴えるってのに」

 

 依頼を完了させ帰路についたところで、アリサが大あくびをかまして車内の空気を緩んだものにしていた。バスを用いて移動した行きとは違い、帰りはヘリテージ社から分捕ったテクニカルに乗って気ままに家路を行くだけであり、緊張が解けて疲労と眠気が出てきたこともあって路地裏をゆっくりと走っている。欠点としては側面のドア部分に社章がでかでかと描かれているため目立つことこの上なく、襲撃の露呈を防ぐためにも大通りを使えないことであった。

 とはいえいかな愚かで向こう見ずなチンピラや身の丈に合わぬ野心を持つ愚連隊と言えど、社章が描かれている上に機関銃を搭載した車輌を好き好んで襲撃しようと考える命知らずはそういない。毎分六〇〇発に及ぶ八ミリライフル弾の掃射を食らえば、非装甲の人体などズタズタに引き裂かれてしまうからだ。

 

「……んぅ、ねえ拓郎さん、あのクルマ怪しくない?」

 

「確かに。でも二、三回曲がればいなくなるだろ……多分」

 

 しかしアリサの言葉に釣られてふと後ろを見やると、一台の真っ黒で高級そうなセダンが付かず離れずのポジションを維持したまま後ろをついてきている。つい一分前には存在しなかったはずの車であり、最初はたまたま同じ道を通っているだけで何度か曲がるうちに離れていくと思って放置していたが、何分もピッタリ後ろについたまま追いかけてこればこれが異常事態であると気付いている。

 

「もしかしてだけど……つけられてるっぽい?」

 

「……多分。だが、人気のない路地でこの距離なのに撃ったり体当たりしてこないのは妙だな……」

 

 すわ、ヘリテージ社の報復か。直前に遂行した依頼三人はまず今回襲撃した相手からの報復を疑っている。運悪くハッキング前に情報が漏れており、たまたまやってきた増援もしくは偵察部隊と鉢合わせしてしまったと思ったが、それにしては一切の直接攻撃をしてこないのは奇妙な話であった。報復ならばターゲットを見つけた瞬間に最大火力を叩き込むなり人為的な追突事故を起こすなりといったアクションを起こしてくるはずなのだから。

 じっと後をつけてくるだけでも薄気味悪いことに変わりはないため一気に引き離すべく増速しようとしたが、それは果たせずに終わっている。

 

「ま、前からも黒塗りの高級車!」

 

「ヤバいぞ、ブレーキ踏めっ!」

 

「クソ、何だってんだよ一体!!」

 

 まるで彼らの行動を先読みしていたかのように、十数メートル先の交差点から突如として飛び出してくるもう一台の車。それは拓郎たちの進路を完全に防ぐように車体を少しだけ傾けて止まり、進路を塞いだ。機関銃を搭載したピックアップトラックも決して小さな車ではないのだが、普通のセダンタイプより確実に一回り以上大きいそれ相手では無理やり突破できるかは怪しいところである。

 狭い路地で前後を挟んで無理やり停車させるのは間違いなく敵対行為であり、遠隔操作式の機関銃で先制攻撃を仕掛けてもよかったのだが、ゼロ距離射撃は余程のことがない限りやりたうなかった。いかにライフルと同じ八ミリ弾とはいえ、装甲など皆無な車輌では破壊した敵車輌の破片でこちらも傷付く可能性が高いからだ。

 それに、直前にタチバナから受けた忠告を思い出したため短絡的な攻撃を自制している。一般的な傭兵コミュニティを知らないため実感があまりなかったが、名前が売れるにつれて予期せぬ接触は加速度的に増加していくものだ。

 当然ながら彼らにとって好意的とは言い難い存在も『知り合い』には含まれており、今回のハプニングもそういった輩が引き起こしている。正確には鬼哭衆という因縁めいた繋がりがあるのだが、そんなことなどタチバナに言われるまで半ば頭から抜け落ちていた三人からすれば晴天の霹靂でしかなかった。

 

「ヘリテージ・アイアンワークスの兵隊か、それとも未知の敵とか……」

 

「企業もギャングもようやく名前が聞かれ出した傭兵相手にこんな大掛かりなことをするほど暇じゃないはずなんだが」

 

「でも実際に来てるよ! 戦うにしても話し合うにしても早く決めなきゃ!!」

 

 とはいえ残された時間はあまりに少ない。既に前後を不明勢力によって挟まれており、スモークガラスの嵌ったドアを開けてスーツ姿でガタイのいい男たちが何人も外に出てきている。あからさまに武器を携帯してこそいないが、腕や脚のいずれかをサイバネ化している者が殆どであり、戦闘力という面では決して侮れない。

 三人はとにかくありったけの武装を準備すると、来たるべき襲撃を生き延びるべく覚悟を決めている。ないよりはマシ程度とはいえ、非装甲車輌としてはぶ厚めのドアや防弾ガラスに囲まれていた方が生存率は高まるからだ。 

 

「若様、得体の知れない輩の前に姿を出すのは危険です! 奴らは三次団体の鬼爆組相手とはいえ、少人数で現地勢力を掌握して大打撃を与えた油断ならない連中なのですよ!」

 

「アホか君、正体不明のベールを剥がすには面と向かってお喋りするのが一番や。それにこっちは一応本部の精鋭を八人も連れてきたんや、よしんば向こうさんが怒ってドンパチ始めてもまさか遅れは取らへんやろ?」

 

「ま、まぁそうですが……しかし若様には万一という事態は決して許されませんので」

 

「それに三下が勝手に振り回しとっただけとはいえ、このアシハラで鬼哭の代紋を全く恐れへんおもろい奴のツラを一度見てみたいと思うとる」

 

「……承知いたしました。しかし、某も同席させてください。万一の時は我が身が盾となりますので」

 

「噂を聞いとる限り、連中はそこまでバカやないと思うけどなぁ……まあええわ、行くで」

 

 だが黒塗りの高級車から続々と降りてきた厳つい連中は前座でしかない。そんな気の抜けたような会話と共に後ろ側の車から降りてきた二人組こそが謎の集団のリーダー格で、渋い顔をした中年と二十代半ばくらいの男が降りてくるとコツコツと靴音を寂しい路地に響かせながら拓郎たちへと近付いていく。

 芝居がかって大仰に両手を挙げるばかりか掌を前に向けて敵意がないことをアピールする様は今し方の蛮行と合わせて皮肉を疑わせるが、少なくとも手に武器を持っていないことだけは確かであった。尤も、服の隙間に隠せる小型の武器や、それと類似した武装を内蔵する義肢は複数存在するためこれを以て非武装と決めつけるのは中々に危険な行為ではあるが。

 

「ちょい待って、俺ら敵やないで。ほら、丸腰や」

 

 どうやら今のところは戦いにならないらしい。そう判断した拓郎はテクニカルから降車し、続いて二人も降りると後をつけた挙げ句無理やり停車させた張本人の前まで歩いて相対している。傭兵稼業でナメられたら負け。そんな原則に従っていきなり挑発こそせずとも、余りにも非礼な行為を咎めるかのような視線で前にいる二人を見据えた。

 

「おお、ようやく会えて嬉しいわ。サンキチロウ某とかいう腐れポンコツがそちらさんにえらい粗相を働いたみたいでなぁ」

 

 しかし相手はそんなガンをつけるような真似を意にも介していない。存外に冷たい潮風が吹く中、金髪とピアスがあまり似合わぬ男は関西弁によく似た訛りを全く隠そうともせずこの緊張した空気に相応しくない軽薄な口調で喋りながら、不敵な笑みを浮かべてゆっくりと三人の方に歩いてくる。

 

「俺はナオト・コクソウイン。当代大親分の孫で鬼哭衆本部の若頭やっとるんや、どうぞよろしゅうな」

 

 そして親しい友人にでも話すかのような気軽さで自らの名を名乗った瞬間、三人の背筋を冷たいものが走った。目の前にいる書生風の格好をした若い男こそがアシハラ七大ギャングが一つにして最大勢力たる鬼哭衆、その次期トップ候補であり、彼の胸先三寸でようやく軌道に乗ってきた傭兵生活が台無しになる可能性が発生したのだから。

 

「ちょいと話しときたいことが有うてな、こうやって顔合わせてもうたっちゅう訳や」

 

「だからっていきなりつけ回した挙げ句無理やり停車させるのは無茶苦茶じゃないか?」

 

「若様がそうしたいと願われたのだから、当たり前の話だろうが! 問答無用で事務所まで来てもらっても良かったのだぞ!」

 

 拓郎による当然の指摘に対して付き人が吠えるが、未来の大親分は自分の話を邪魔されたことに不快感を覚えたのかギロリと一睨みしている。割と乱暴な手段ではあったが、喧嘩を売りに来たのではなく交渉をしに来ただけなのにそう露骨に威圧ばかりするのは三下の仕事だからだ。

 

「あのなぁ……今話しとるのは俺や。君は余計なこと言わんでええねん。まあ、せやな……いきなりそれは確かにやり過ぎやったなぁ。組を代表して謝罪するわ、ごめんちゃい」

 

 ナオト・コクソウインと名乗った男は配下の非礼を咎め、わざとらしく両手を合わせて謝罪の言葉を口にしている。素人目に見ても真面目に謝っているようには絶対に見えないが、それでも

 いかに傭兵稼業はメンツが大切といっても、流石に相手側が圧倒的優位な場でそれを馬鹿正直に指摘するわけにもいかず、許す仕草を見せるしかない。勇気と無謀は違うのだ。

 

「……ちょいと話が逸れたけど、今回は急ぎやし単刀直入に言うで。君ら、69番街から手ぇ引いてくれへん? 無論、タダでとは言わへん。今まで築いてきた信頼関係ブチ壊す可能性が低うないことやし、呑んでくれるんやったら相応の対価は支払うで。それかこちらの利益に収まる範囲なら仕事を手伝ったってもええ……どや、悪い話やあらへんやろ?」

 

 それは甘美な響きを持つ提案であった。強化されつつるとはいえ弱小派閥に過ぎない69番街と、七大ギャングの最大手の地位を不動のものとする鬼哭衆。後ろ盾として見ればどちらが優秀なのかなど、裏社会の住人でなくとも容易く理解できるだろう。

 地域密着型で支配者のコネクションが規格外とはいえ

、目も手もアシハラの外にまで及ぶ巨大ギャング組織となれば凡百の傭兵は一も二も無く飛びついてしまう。寄らば大樹の陰、例えしがらみが増えてしまうとしてもそっちを選択するという者は多い。

 

「……残念だけど、俺は69番街やマダム・スミスを裏切るつもりなんてない。恩人の信頼を踏みにじるわけにはいかないんだ」

 

「傭兵稼業の独り立ちから今の今までそこまで面倒見て貰ったってのに、後ろ足で砂かける訳にはいかねぇ」

 

「流石のあーしもスミスのオバちゃんに唾吐くのはイヤだよ!?」

 

 だが、拓郎もファンもアリサも裏切るつもりなど毛頭ない。二人からすれば浮浪者同然であった、アリサも新参者だというのによくしてくれる。信義や仁義といった言葉に馴染みがなくとも、向けられた信頼に対して報いようという気持ちがあったからこそ、鬼哭衆という大勢力相手にも啖呵を切れたのだ。

 無論、吹けば飛ぶような木っ端勢力の準構成員が押しも押されもせぬ一大勢力相手に対して啖呵を切ることに恐怖がないわけではない。だが顧客との信頼関係を守れない傭兵などどこからも必要とされなくなるという危機感が彼らを突き動かしていた。

 

「お前達みたいな塵芥の輩に対して若様が慈悲をかけて下さっているというのに、何という無礼! 今すぐこの場で始末してやってもいいのだぞ!?」

 

「へぇ……あくまで69番街に仁義通すんか。ええやん、旧世紀の侠客みたいで大親分はきっと好きやろうし、一本筋の通った態度は俺も嫌いやないで。不確定な口約束一つでコロコロ態度を変える腐れコウモリ野郎よりよっぽど立派やね」

 

 三人の予想通りナオトの付き人は額に青筋立てて恫喝紛いの口撃をしてくるが、当の本人はさも当たり前かのようにケロッとしている。むしろ当初より好印象を持ったようにすら見えていた。

 

「若様!? 奴らは脅威となりうるどころか既に傘下の組に無視できぬ打撃を与えた敵ですよ、こちらに従わないならここで排除すべきだと愚考いたします!」

 

「何言うとんねんアホ、ウチの目的は『69番街の制圧と支配権の奪取』やない。ニューヨシハラ再開発に伴う利権再編の主導権確保や。それを理解しとらんからウチの者がみんなして出遅れとるねん。それに全面的に優位に立てたんなら、有象無象の小勢が一つ二つあったところで変わらんやろ」

 

 鬼哭衆は企業支配のお膝元である水上都市での暗躍に適応したギャング組織とはいえ、その文化的背景である旧世紀の暴力団やその源流となる任侠の気風を残している。組織の利益に背かない限り信義や仁義を重んじ、組織のメンツを潰すような失態に対しては『ケジメ』をつける。そんな文化を持つ組織で育ったナオト個人として、三人の芯の通った考え方は嫌いになれないのだ。

 

「まあ、あんまりメンツ潰されすぎるとウチの組としても色々対策を考えなアカンなるから、そこだけはちゃんと覚えといてや……あの早まったサンキチロウ某がどうなろうとこっちは知ったこっちゃないけど」

 

 それでも彼とて次期大親分の候補であり、個人の情と組織の利益を分けて考えることができる人間であるため必要な警告は与えている。個人的に好ましいと思っていても組織に害なす者を放置できないのもまた事実であり、いざとなれば叩き潰せねばならない。

 いかな冷徹なギャング組織とて狂った快楽殺人犯ばかりを抱えているわけではなく、それが最も好都合な時のため選択肢として保持しており、必要ならば遠慮なく用いるだけである。一部の血に飢えた輩という例外はあれど、大半の構成員は好き好んで人殺しをしているわけではないのだ。

 

「さ、これで言いたい事は全部やね。今すぐ結論出せとは言えへんけど、御三方ともちょい考えといてや。ほな、さいなら」

 

「若様のお慈悲、無駄にするな。身を以て我らの報復を体感したくないならば賢明な判断を下すべきだぞ」

 

 そう言うなりナオトは再び片手を挙げると仏頂面のままの付き人を連れて車へと戻り、それを見届けた八人の精鋭も眉一つ動かすことなく全員が乗車すると、二台の車は迅速に路地から去っていく。数十秒も経てば元の人通りのない寂しい路地へと戻っており、今し方起きた事が刹那の夢幻であったかのような錯覚すら感じさせていた。

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