光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第五四話

 あんなに青々と晴れていた空であったが、六時半を過ぎる頃には西の空から真っ黒な雲がやってきて、七時を回るくらいには時間あたり二〇ミリを超える土砂降りとなり、アシハラ全域に大量の淡水を落としていた。淡水など莫大な電力による濾過装置によって事実上無限に得られるのだが、月々の水道代の支払いにすら困るスラムの貧困層にとっては字義通りの慈雨である。

 とはいえ大半の住人にとっては傘で視界が狭まり服も濡れてしまうため鬱陶しいだけであり、屋根のないところを歩いている人々を目的地へと少しだけ歩みを早めさせる要素に過ぎないのだが。

 

「うわ、結構な土砂降りだ。さっきまでポツポツ程度しか降ってなかったのに……次の巡回八時半からだし、それまでに止まないかな」

 

「おーい、これから巡回に出るやつは防水スプレーかけてけよー、俺なんかこの一分で靴から上着までビショビショになっちまった」

 

「濡れた靴下とかはそのまま室内に干すんじゃないよ! せっかくちょっとはマシになってきたたってのに」

 

 詰所にも無数に降り注ぐ雨粒が屋根や窓をひっきりなしに叩く音が響き、その中で一〇名ほどの自警団員が警戒の任にあたっていた。こんな酷い土砂降りの中でも癒やしや快楽を求めにやってくる人の数は途絶えることはなく、むしろ土曜日の夜であるため昨日よりも若干増えている気配すらある。

 過日に発生したチンピラや愚連隊による襲撃に関しては、歓楽街であれば大なり小なりそういった事は起こるためさしたるマイナス要素とはならず、その悉くを退けたという評判はむしろ安心要素としてプラスに作用していた。

 

「いきなり降ってきたな……しかもすごい雨量」

 

「まあ詰め所に来る前には真っ黒になった積乱雲が西の空にできてたしな。にわか雨だといいが……」

 

 二階の仮眠室で待機している拓郎たちも耳朶を打つ雨音にはげんなりしており、もし救援要請が発せられたならこの豪雨の中を駆けつけねばならないと思うと、少しだけ怠け心が顔を出している。支給品の雨合羽はあるのだが、それを着ていると動きが制限されるため余り好きになれなかった。

 ニューロンブースターによる超高速の近接戦闘を主なダメージ源とする彼にとって雨合羽との相性は悪いが、こんな土砂降りの中を傘も雨合羽も無しに動けばものの数秒で濡れ鼠になるのは必定である。無名の傭兵であった頃ならともかく、69番街の守りの要として周辺に認知されつつある身としては、あまりおかしなことはできなかった。

 

「こんな酷い雨を見ると、廃ホテルでの戦いを思い出すよな……俺たちが本格的に傭兵として動くようになれたきっかけになった」

 

「いや、あの時はヒヤヒヤしたぞ。相棒が一人で鬼爆組のアジトになってるホテルに乗り込んで暴れ回るわ、お前を鷲掴みにしてる敵のドタマを視界不良の中で狙撃する羽目になるわ、心臓がもう一つ欲しいと思ったねマジで」

 

 とはいえ土砂降りも決して悪いことばかりではない。圧倒的な劣勢の中で奇跡的な大逆転勝利を掴んだ廃ホテルの戦いを想起して、あの出来事からまだ二ヵ月も経っていないという事実に驚くこともできるからだ。

 人生の瀬戸際であった脱出行から数えればようやく四〇日を超えたところであったが、そこからの旅路はまるで半年分以上あるものだと誤解してしまうほどに濃密である。

 そんな自らがまだいない時の話をアリサは興味深そうに聞いており、時おり相槌を打ったり驚いていたりと様々な表情を見せていた。特に廃ホテルの戦いの件では驚愕と呆れが入り混じったため息を吐くほどだ。

 

『こちらヴィジラント27、第三簡易宿泊所前で客同士のトラブルの模様と通報があった。これより現場に急行し対処する』

 

 当然ながら仮眠室にも通報と対処の通信は届いているのだが、単なる客同士のトラブルに拓郎やカルロス率いる傭兵部隊を出せば過剰兵力となるため、現地に最も近い自警団員が対処すべく向かっている。彼らだって拳銃や警棒で武装しているし、非武装の一般人相手なら自身の腕っ節と合わせて大抵は対処できるから問題はないのだ。

 しかしそうなると、待機中の人員は襲撃がない限り暇になってしまう。拓郎とファンは非番の団員や傭兵たちと少額のクレジットを賭けた陣取りゲームで遊んでいるし、アリサは端末とハッキング用コンピュータを繋げて何やらうんうんと唸っていた。本来なら色々とまずいのだが、増援要請にすぐ対応できる限り他ごとをして過ごすことは黙認──実質的には公認と何ら変わらないが──されているのだ。

 時おり何処其処でどんなトラブルがあったという状況報告が耳に入っており、詰め所の二階には至って平穏な時間が流れている。下の階からは時おり団員が出入りする音や留置場に入れられる者の悪態が聞こえてくるが、それらは日常に分類されるため誰も気にしない。

 

『こちらヴィジラント04、喧嘩にしては流血が激しいとの通報あり。すぐさま対処に向かう』

 

『こちらヴィジラント11、同行者が行方不明という通報に対処する、必要に応じて当該エリアへ増派を求む』

 

『こちらヴィジラント22、二丁目北付近で変な格好をした数人が暴れて物を壊している、至急増援を請う!』

 

 しかしある瞬間を境にしてトラブル報告が急増し、現場にいる人員だけでは捌ききれないため待機している団員も招集がかかり、最低限の待機警戒要員を残して次々と現場へと向かっていく。それは偶然と言うには余りにも作為を感じさせる頻度であり、ひょっとして悪意ある存在が裏で糸を引いているのではと思わせるほどだ。

 

「すまん、勝負はいったん保留で! ヴィジラント13、現場に急行する!」

 

「おう、このまま盤を置いとくから帰ってきたらまた続きやるぞ、逃げんなよ!」

 

「オレはオメーに一〇〇クレジットの貸しがあるんだ、つまらんことでケガしてお流れにすんなよ。もしそうなったら病室まで取り立てに行ってやるからな!」

 

「あーはいはい、ちゃっちゃと解決してすぐ戻ってくるさ!」

 

 拓郎たちと卓を囲んでいた団員も対応に向かうべく雨が降りしきる夜の69番街へと飛び出していってしまい、勝負はお預けになっている。戦況も損得状況も概ね互角であり、身元もしっかりしていて返済が滞る可能性もほぼゼロのため皆快く送り出したのだ。

 とはいえせっかくの楽しみをお預けにされてしまったことには変わりなく、仕方がないので各々が好きなことをしてゆったりと流れる時間を潰していたのだが、ヴィジラント13が仮眠室を飛び出してしばらく経った頃に入った一つの通信がそんな弛緩した空気を突き破っている。

 

『こちら、ヴィジラント23、緊急事態……ヤバい……コイツらイカれて……おぐっ!!』

 

 先程までとは明らかに違う、命の危機という言葉が最も適切と言える通信が彼らの耳へと届く。今までは緊迫した雰囲気ではあったもののまだ状況報告の部類に収まっており、解決したという報告も途切れることなく届いているためあからさまな異常とは見なせなかった。

 だが、この通信は誰がどう聞いても断末魔でしかなく、途切れ途切れの言葉の裏では複数の何かが常人には聞き取れぬ雄叫びをあげていたり、何か硬いものを叩いた時の甲高い金属音が断続的に響いている。69番街のメインストリートであるレインボー通りでは時たまちんどん屋が練り歩くが、今回のような恐ろしく禍々しい音を出すことは決してない。彼らの仕事は地域を盛り上げることで、恐怖をまき散らすことではないのだ。

 通信越しだというのに本能的な嫌悪感と恐怖心を駆り立て、今すぐスピーカーの電源を落とし耳を塞いでしまいたいという衝動が押し寄せるも、大切な情報を聞き逃してはいけないため耐えた。彼は69番街の安全を守る傭兵であり、その任を全うせねばならないという使命感が音量調節スイッチを回させなかったのだ。

 

『クリスよりヴィジラント各員に緊急通達、69番街内に敵の大規模浸透部隊の存在を確認した! 待機要員以外はレシーバーを常時オンにして出動しろ、悪辣な侵略者からこの町と人々を守るんだ!』

 

 そこに飛び込むのはクリスの警告であり、豪雨が支配するストリートに展開する69番街側兵力に最悪の事態を告げている。今までの防衛体制でも敵勢力による浸透工作は想定されていたが、それはあくまで諜報活動や秘密工作程度のものでしかなく、まさかここまで直接的かつ暴力的、おまけに大規模なシチュエーションは想定の範囲外であったのだ。

 

「総員出動、総員出動! 待機要員以外は至急ストリートにて敵部隊へ対処せよ! 応急班は傷病者の受け入れ及びトリアージの準備を急げ、通信班は指揮系統の維持に努めるんだ!!」

 

「行け、行け、行け! 俺たちには『チーム拓郎』がついている、帰る場所を何としてでも守り抜くぞ!」

 

 半ば悲鳴じみた通達に拓郎たちも慌てて装備を引っ掴んで外へ飛び出している。徐々に強まりゆく雨足のせいで聴覚があまり効かずとも複数方向から微かに悲鳴や怒号、そして断続的な銃声が聞こえるため、何か良からぬことが全域で起きていることだけは理解できた。

 

「兵力の多い我々が人通りの多いレインボー通りを行く。『チーム拓郎』は一本奥を捜索しろ」

 

 そんな中で冷静かつ勝手に戦区の割り当てまで始めるカルロスであったが、それに対していちいち噛み付くほど拓郎は暇ではない。上からの物言いに全く苛立たたないと言えば嘘になるが、その判断が適切なことはメックとの戦いの時によく理解しているのだ。

 

「分かった、気をつけろよ」

 

「ハッ、言うじゃねえか……お前たちこそ死ぬんじゃねえぞ。つまらん戦場だと侮り舐め腐った奴から死んでいくからな!」

 

 そんな言葉と共にカルロスたち『ドレッドスウォーム』は阿鼻叫喚の巷と化したレインボー通りへと突入してゆく。味方である自警団員と保護対象の民間人、そして未知なる敵が複雑に入り混じる姿は旧世紀末期に多発した市街戦を想起させるシチュエーションであり、普段なら賑やかなはずの通りは豪雨による視界不良も相まって一つの些細なミスが破滅的な結果に繋がる危険な戦場と化していた。

 しかし彼らは市街戦に適応した装備と高い練度を以て恐れずに進む。アシハラの傭兵チームの中でも上位という評判に恥じぬもので、早速物陰から襲いかかってきた二人を返り討ちにした上で歩みを一段と速めていた。

 

『クリスより全ヴィジラントに再び緊急通達! 敵は鬼爆組でも手下のゴロツキでもない、腐肉漁りどもが町に入り込んでいるぞ! まだ詰め所にいる者は武器庫から散弾銃とライフルを引っ張り出せ、ピストル一挺程度でどうにかなる連中じゃねえ!!』

 

 しかし悪いことは続くものであり、何とか生き延びた自警団員の証言によって襲撃者の正体があのスカヴィードッグスだと判明した瞬間、三人の顔色はでも分かる程に青くなる。既にチームとして一度交戦している相手だが、個々の強さはともかく出来ることなら今後顔も見たくないと強く思っていた連中である。

 

「嘘だろ、今来るのは敵の傭兵とか鬼爆組とかじゃないのか……!?」

 

「最悪だ……最低限の会話すら成り立たない分、ギャングとかチンピラよりもタチの悪い奴らが来やがった!」

 

「うげっ、とびっきりイヤーなヤツ……ジャンカーズのクズがかわいく見えてくるレベルでね」

 

 飢えという生物として始原の本能、やり場のない嫉妬や怒りという負の感情、そして失うものなど何一つないという安心。そんな三つの要素によって恐るべきモンスターと化した者たちは、常人ならまともに動けなくなるはずの手傷を負ってもなお平然と動けるほどの狂気を纏っている。

 そんな人類社会から爪弾きにされるほど狂いきった連中からすれば、この69番街はまさにご馳走の詰まった重箱でしかなく、隅々まで貪り喰らわねばむしろ無作法という常人には全くもって理解しがたい認識によって襲い来るのだ。

 

「そろそろ目的地だ……光は街灯と稲光しかない、注意しながら進もう」

 

 いつの間にか夜空には遠雷が轟き始め、星々を覆い隠した黒雲が時おり雷光によって不気味に照らされる様は今の状況を表しているかのようで不吉に思えてしまう。 そんな凶兆のような空に嫌な予感を覚えつつも、三人は一本奥の通りの端へと足を踏み入れた。そこはレインボー通りほどではないが普段から人の往来はあり、派手に遊ぶのではなくゆったりとした一時を過ごすためのバーやカフェ、それに簡易宿泊所が何軒か並んでいる。だが、今は普段通りの憩いの場ではなく修羅場と呼ぶのが相応しい有様であった。

 

「拓郎さん、見てアレ……!」

 

「……クソっ!」

 

 アリサが何かに気づいてそこで見てしまったのは、逃げそびれた客に襲いかかるスカヴィードッグスの構成員二人。血まみれになって路地に横たわり、なおも命乞いをする男を返り血に塗れた満面の笑みのまま血に塗れた鈍い刃物でとどめを刺そうとしている。

 

「やめろおォ!」

 

 そんな悲劇の直前を見てしまった拓郎は昼過ぎに買ったばかりのP-81をホルスターから引き抜き、素早く二連射した。今まで用いていた九ミリ拳銃とは明らかに違う威力に伴う反動はあったが、一〇メートル未満の近距離かつ事前に三〇発分ほど練習していたこともあって、初弾からしっかりと命中させている。

 

「ガアァッ!」

 

 本来は生身の人間という非装甲目標に対してやや過剰な威力を持つそれは獣のごとき連中を引っくり返すばかりか肩関節を周辺の肉もろとも抉りとり、近くを走る動脈ごと大腿骨を砕かれたことでろくに身動きが取れなくしたのだ。

 

「おい何処見てんだ、よそ見してるんじゃねえよ!」

 

 いきなり相方が倒れたことで固まってしまうもう一人に対して、ファンは容赦なく引き金を引き六・五ミリ弾を浴びせている。一歩間違えれば非戦闘員を誤射してしまう危険性があるが、守るべき対象は雨に濡れた路地に倒れているとなればその懸念は無いも同然であった。

 

「グエッッ!?」

 

 射撃入門にも使われる手頃なサイズの六・五ミリ中間弾を四発も食らった恐ろしい容貌の男は、奇怪な断末魔と共に後ろへと倒れ、そのままピクリとも動かなくなる。殺戮に伴う異様なまでの興奮と複数の危険薬物摂取によって痛覚などあってないようなものだが、流石に脳みそと心臓を破壊されてまで生きられる道理はない。

 

「これは酷い……こんなに刺されても助かったのは奇跡みたいな確率だ」

 

「いや違う、コイツらはわざと急所を外して被害者をいたぶってんだ。悪趣味にもほどがあるぜ……!」

 

 九死に一生を得た被害者の体には何箇所もの刺し傷があり、殆どが致命傷にならないよう意図して急所を避けているが、アスファルトを染める血の量からしてこのまま放置すれば失血死してしまう可能性は十分にある。

 

「おい、意識はあるか? あるなら返事をしてくれ!」

 

「……う、ぅ……」

 

 流石にそのまま放置していくわけにもいかないため、買ったばかりの応急処置用品でとりあえず止血していく。依頼内容には無いことのため後々の補填には期待できないが、それでも目の前で助かるはずの命を見殺しにしてこれからの寝覚めが悪くなるよりはマシだと思っていた。

 

「ここは危険地帯だ、『ウキヨエ』かカノのクリニックまで歩けそうか?」

 

「……」

 

 それと同時に声をかけてみるが、安堵のせいか気を失ってしまったようで反応はない。呼吸時の胸の動きで生存が確認できるものの、口から漏れるのは呻き声だけで動くなど以ての外であることは彼らにも容易に理解できた。

 

「まずい、このままだと前に進めない……どこか隠せそうな物陰や安全そうな建物はないか?」

 

「だが流石に見捨てていくのはちょっとアレだぞ……だがこの状況での戦力分散は伏兵に各個撃破される可能性が高い」

 

 このままでは生存者を見殺しにしてしまう。しかし早く行かねば他の生存者がスカヴィードッグスによって殺されてしまうだろう。この板挟みの状況は彼らだけてば

 

「おい、そこにいるのは……『チーム拓郎』か! 良かった、助かった……この先にも複数の野良犬野郎(スカヴィードッグス)が暴れ回ってる。何とか二人は殺ったし一人は逃げ出したが、最後っ屁でガッツリ噛みつかれてこのザマだ……」

 

 三人がそんな悩みに直面していると、前方から自警団員が姿を現した。複数個所の噛み跡や傷から血をにじませていたが意識はしっかりとしており、右手には硝煙の臭いが明確な拳銃──しかもスライドが後ろに下がったままだ──がしっかり握られている。この先で戦い抜いてきたことは明らかで、恐らく負傷のために一時撤退を試みているのだろうと推測していた。

 

「この人を安全な場所……『ウキヨエ』かカノのクリニック、それか自警団の詰め所に運んでもらえないだろうか。俺達は町に入り込んだスカヴィードッグスの撃破を依頼されてるんだ」

 

 だからこそちょうどいい人材が現れたことに気付いた拓郎は要救助者の後送をお願いした。この混沌とした状況の中で単体の自警団員に出来ることは限られており、撤退するならば一緒に連れて行ってくれるだろうという希望的観測によるものである。

 

「承知した。この先にいる野良犬野郎の相手は頼んだぞ『チーム拓郎』! 頼む、俺たちの町を守ってくれ!」

 

 実際に彼の予想通り、その団員は一命を取り留めた客を肩で担ぐとレインボー通りの方へと歩いていく。拓郎の挙げた場所は確実に安全だという保障はないが、この地域の中では防備が整っている可能性が高そうな場所であった。

 

「ああ、任せてくれ。ここは俺たちの故郷みたいなものなんだ、あんな奴らにこれ以上踏みにじらせたりなんてしない」

 

 今や69番街はニューヨシハラ地区の奥まった場所にある隠れた歓楽街ではなく、小競り合いと言うには規模が大きすぎる戦闘の真っ只中にある危険地帯であり、何もかもを洗い流しそうなほどの豪雨のもと各所で散発的な銃撃戦が続いている。剣戟、銃声、悲鳴、怒号、そして断末魔。戦場をより悲惨に彩るそれら全ては空より降りしきる豪雨にかき乱されてあまり聞こえないが、今もそこかしこで血は流れ、死の数は増え続けていた。

 

「俺たちもこの通りを進もう! 早く住人を助けないとさっきみたいな人がまた出てくるかもしれない」

 

「どっから飛び出してくるか分からん、拓郎も気をつけろ。地下空洞の時とは勝手が違うぞ」

 

「アイツらは狂ってて怖いけど……こうなったら、やるしかないから」

 

 そんな悲劇を止めて被害の拡大を抑えるべく、三人は警戒を怠らずに進んでいく。暴動にはつきものの火災こそ豪雨に阻まれて皆無であったが、路上には既に複数の死体が転がっており、時間あたり二〇ミリを超える雨量でも短時間では洗い流さないほどの血が古いアスファルトを赤黒く染めている。

 

「ヒャッハアァー! アタマねじ切ってフットボールしてやるぜェ!」

 

「クソが、死ね異常者(サイコロ)どもめ!」

 

「おお新鮮な肉だァ! その肉全部寄越せ!!」

 

「そんなに肉が好きなら、テメェ自身が肉になるんだな!!」

 

 そんな通りを進むに連れて、新たな獲物を見つけたとばかりにスカヴィードッグスの構成員が血に塗れた刃物や鈍器を手に飛び出してくるが、血に飢えた獣程度の知性で襲いかかったところで油断なく警戒している三人を崩すことはできない。拓郎の新しい拳銃が、ファンのライフルが、そしてアリサのスマートピストルが火を噴いて、二足歩行する獣を汚れたタンパク質の塊へと変えていくだけだ。

 しかし一度染み付いた血と死の臭いは豪雨と硝煙を以てしても吹き払うことはできず、夜になってもなお続く蒸し暑さと合わさって独特かつ不快な臭気へと変わっている。生温かい風によって運ばれるそれは人の気分を多少なりとも落ち込ませるには十分なシロモノであり、三人の心に暗い影を落としていた。

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