光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第五五話

 そんな騒乱の地となった69番街の近傍、銃火と絶叫が響く闇の中を密かに進む二〇近い人影。それは鬼爆組が今の今まで温存してきた正規組員による虎の子の主力であり、敵対組織の襲撃など万一の事態に備え事務所に待機する副将含む十名の留守居部隊を除いた組の全兵力でもある。それを率いるのは組長であるサンキチロウ・ハマダその人で、この乾坤一擲の大作戦に全てを懸けていることが強く伝わる布陣だ。

 ここ二ヵ月近くずっと苦杯を舐めさせられてきた相手がてんやわんやの大混乱に陥っている様はこの上なく愉快な光景であり、思わず口角が上がっている。しかしこれは計画の第一段階が成功したに過ぎず、本当に肝心なのはここからであった。

 

「気味悪いほどに狙い通りや。散々襲撃を退けられたんであんまり期待しとらんかったけど、まさかここまで効くとは思わなんだ……」

 

「連中が油断してたのも大きいかと。我々が真に余力が無く襲撃を打ち切ったことで、向こうもまた追加で襲撃の余地は低しと考えたのでしょうな」

 

 そう、この大兵力を69番街の入口付近に待機させておき、機を見て突入させるつもりなのだ。その標的がスカヴィードッグスになるか、はたまた69番街の兵力も含まれるのかは組長の胸先三寸で決まる。念のためスカヴィードッグスとの繋ぎとなった組員は留守居部隊へと回してあり、不都合なことを知らないでいるように仕組まれていた。

 

「さあ機を見計らって入口付近の詰め所へと進軍せよ、そこで責任者を呼んで以前話した条件と引き換えにケダモノ共の掃討の助力を申し出る。それで相手側が呑めば一番よし、もし呑まねば……その時は銃火を向ける相手が増えるだけだ」

 

「大人しく従ってくれればいいのですが……今まで頑強に抵抗し、襲撃を退けてきた勢力がそう易々と頭を垂れるでしょうか」

 

「そしたら作戦通りワシらの力を見せつけるだけや。詰め所を占拠して、城下の盟を誓わせる。それでも従わん言うなら敵の本丸……『ウキヨエ』を攻め落とすまでよ。流石にそん時は留守居部隊から何人か引き抜かなアカンけどな」

 

 とはいえ鬼爆組とてスケジュール上の見た目ほど余裕があるわけではない。彼岸までに支配せよと大親分直々に期限を切られているためあまり悠長な行動はできない上に、着々と経済力と軍事力を高めていく69番街を野放しにしていると勝ち目がなくなってしまう。

 おまけに以前から活躍するマダム・スミス直属と思しき精鋭部隊に加え、他所から流れ込んできた腕利きの傭兵チームまで加勢してきたとなれば負けるのは必定である。それにかつて衰退と滅びの定めを半ば受け入れていたはずの支配者は守護者として再び覚醒し、かつての名声を用いてまで防備を整えていた。

 

「勝てますかね……我々。雑兵は蹴散らせても秘蔵っ子を倒せなければ、千日手からの最悪ジリ貧になります」

 

「勝てる……ちゅうより絶対に勝つで。鬼哭衆……いや、鬼爆組を舐め腐った奴らにゃお仕置きが必要なんや。それも、とびっきりキッツいんがな……!」

 

 だからこそ、戦局の天秤が向こう側へと傾き切る前に大博打を打ったのだ。スカヴィードッグスという鬼哭衆本部ですら忌み嫌う特級の劇物を投入し、敵ご自慢の防備をかき乱した上でそこに勝機を見出す。

 その副作用としてしばらくの間来客の減少、すなわち収益の減少が見込まれたが、何も得るものがないまま敗れ去るよりはいいとして許容している。全ては、鬼哭衆という厳しい競争社会の中でこの組を生き残らせ、更なる高みへと導くためだ。

 

「さあ、行くで皆! 自警団気取りの奴っちゃ等にやくざ者の怖さをタップリ教えたるで!」

 

「「「「おぉーッ!!」」」」

 

 鬼爆組主力部隊は闇と豪雨に紛れて密かに、しかし確かに歩みを進めていく。その先にかつて夢見た栄光と栄達に満ちた未来、そして出自だけで自分たちを不当に侮り蔑んできた者たちの破滅があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メインストリートであるレインボー通りから一本奥の通り。そこにいるスカヴィードッグスとはヒトの言葉が話せて二足歩行するだけの獣畜生の集まりであり、あたかもヒトのように見えるがもはや人間とはいえないメンタルをしている。

 とはいえ一員となってからまだ日が浅かったり、本能に飲み込まれきっていない者は作戦指揮など理性的な判断ができるのだが、そんな幸運なのか不幸なのか分からない存在は数えるほどしかいない。

 

「出来の悪いシューティングゲームの敵みたいだ、植え込みの陰やらから不規則に飛び出してくるなんて!」

 

「これがゲームだったらどれだけ良かったことか……まぁコイツらを気兼ねなく撃てるゲームなら一定の需要は出そうだ」

 

 故に一旦戦いの主導権を握れば一般的な構成員相手に対して優位を取ることはさして難しくなく、意外と素早い以外にさしたる取り柄のない上に単純な挙動で武器を振り回すだけの連中を撃つ射的大会と化していた。日本の縁日の屋台にある射的と違うのは、使用する弾は全て実弾であり標的が生物学的には人間であることだけだ。

 そうして数分ほどの緩慢とした戦闘の末、この通りに侵入したスカヴィードッグスの大半が駆逐されると、建物に籠り防戦一方であった住人たちも形勢逆転だと言わんばかりに得物を手にして打って出ており、今まで散々好き放題したお返しとして算を乱して狼狽える残党を包囲して袋叩きにしていく。いかな連中が狂気という言葉を体現したかのような存在とはいえ、一人に対して一〇人ほどで殴りかかられては形無しであった。

 

「今だ、逃げ込んだ奴らを狩れ!」

 

「今こそ逃がしてなるものか、根切りじゃ、根切じゃああっ!」

 

「ヒェッ……ここの人たち、何かストレスでも溜まってたのか? 凄い熱意で逃げた連中を追い回してるけど」

 

「いや、違ぇ。アイツらを殺したくてうずうずしてるんだ。元々スカヴィードッグスの被害者で、溜まりに溜まった憎悪が爆発したってのが正解みたいだな」

 

 住人たちのやや血なまぐさい一面を見てしまったものの、正当防衛であるため何も言えない。通りに面した店舗や住居の少なからずが被害を受けており、装飾が破壊されている程度ならまだマシであり、窓やドアが破壊され目に付くものを略奪されたと思しき店舗も複数ある。

 おまけに路上には一〇近い人体が転がっており、誰が生きているのか死んでいるのかは豪雨もあって遠目から判別がつけ難いのだが、まさか住人に被害が皆無だなどという楽観的に過ぎる予想はできなかった。

 

「見ろ『チーム拓郎』だ、俺たちの守護神が来たぞ! ざまあみろ腐れ野良犬野郎どもめ、お前たちはもう終わりだ!!」

 

「マダム・スミス万歳! 『チーム拓郎』万歳! 69番街に栄光あれ!!」

 

 しかし69番街側の士気は拓郎たちの到着によって一気に上がっており、護身用の拳銃から即席の打撃武器を振りかざして勇者を歓迎し、更なる追撃を試みる始末である。今や69番街で三人を知らぬ者などおらず、その噂はここに留まることなく徐々にニューヨシハラ地区や他地区でも耳聡い者たちの所へと流れ始めていた。

 無論、噂は所詮噂であるため幾ばくか尾ひれがついたまま伝播していくのだが、それが一層彼らの武勇を盛り立てている。そんなご当地の英雄(ヒーロー)が、町のピンチに駆け付けて卑劣な敵を散々に蹴散らした。彼らにとってはそれだけで万の援軍を得たような気分になっている。

 

『こちらCP、ヴィジラント1001……いや、『チーム拓郎』応答せよ! 状況はどうなっている!?』

 

「あー、あー、ちゃんと聞こえてる。レインボー通りの一本奥……そうだそうだ、ハーモニー通りだ。ハーモニー通りから敵を叩き出した。細かい部分は捜索中だが、とりあえず新しい銃声や悲鳴は今のところ聞こえてこない」

 

『ああよかった、断続的に銃声が聞こえていたから苦戦しているのかと心配した』

 

 ここで詰め所からの通信が来ていることに気付いた拓郎は周辺警戒を二人に任せると慌てて応答し、現状の報告と次の指示を要求している。単なる指示待ちとは違い、一手一手が非常に大きな意味を持つ局面において彼らのような『大駒』は動かし方一つで盤面を引っくり返す可能性を秘めている。それをしっかりと認識しているからこそ、俯瞰できる立場からの最適な動き方を求めているのだ。

 

「それで、ハーモニー通りの残敵掃討を手伝うべきか、レインボー通りの加勢に向かう方がいいのか指示を頼む」

 

『……レインボー通りには『ドレッドスウォーム』はじめ約一〇名の自警団員が応戦中、『ウキヨエ』及びドクター・カノのクリニックを拠点として防備を固めて迎撃に徹している。しばらくはそちらの残敵を炙り出してくれ。君たちにとっては取るに足らない相手でも、普通の住人にとっては脅威になる奴らだ』

 

「了解、こちらはしばらくハーモニー通りをクリアしていく」

 

『CP了解、一段落したらまた連絡してくれ。こちらも状況が変われば連絡する』

 

 拓郎たちは住人の助けを借りて、散り散りに逃げ隠れたスカヴィードッグスの残党を一人ずつ引きずり出しては確実に『処理』していた。当たり前の話だが、ここは69番街であり地の利は味方側にある。どこに何があるか、どこをどう進めば近道になるかをよく知っている相手を前に、いかに知性や理性を代償にケダモノじみた本能や直感を得ていたとしても不利は否めない。

 平穏な生活を乱され隣人を傷付けられて怒り狂った住人たちの情け容赦ない反撃によって一人また一人と路地へと引きずり出され、直視に堪えぬ凄惨なリンチにかけられていく。その過程で何人かが反撃により手傷を負うも、一度振りかざされた復讐の拳は留まることを知らないのだ。

 とはいえ雨ざらしの路地に転がる人体は住人の方が多く、その中には理不尽にも命を奪われてしまった者だって複数いる。そのことを思えばやりすぎを非難しようとも思えなかった。

 

「へっ、薄汚え野良犬共め。タップリと今までのお返しをさせてもらうからなぁ!?」

 

「いけーっ、殺せえぇっ!」

 

 普段の柔和な笑みや穏やかな態度からは全く想像できない残虐性に拓郎たちは恐怖したが、それはスカヴィードッグスに対して日頃から感じている恐怖の裏返しである。彼らは基本的に弱者であり、アシハラのストリートにおけるヒエラルキーは底辺に近く、この箱庭のような小さな地域でマダム・スミスの庇護を受けていなければそこらの路地裏に転がっていた者も少なくないため、この場所への愛着はスミス以上に強い。

 だからこそ、自らの故郷にして終の棲家に土足で踏み入ってきた無作法な輩を許すことなど絶対にできなかった。それに今の彼らには荒事を生業とする傭兵たちと自警団という暴力装置があり、算を乱して逃げ惑う今こそ逆襲の好機とばかりに襲いかかったのだ。

 

「これで三年前に殺された弟の仇は取れた!」

 

「そら痛いか、苦しいか!? アンタたちが遊び半分で嬲りものにした私の姉貴もこんな気持ちだっただろうよ!」

 

 捕らえられた構成員は普段大して使っていないであろう脳みそをフル回転させて必死に命乞いをするも、やらかした所業が所業のため例外なく最後まで聞かれずに処刑されていく。その上スカヴィードッグスとは即ち街のパブリックエネミーであり、事実上アシハラの法体系の外に位置する存在であると位置付けられていた。

 とどのつまり、彼らにアシハラの市法規は適用されない。企業やギャングによる抗争が当たり前に存在するこんな街でさえ法制上は人を殺めると殺人罪が成立するのだが、単にスカヴィードッグスの構成員を殺害しても『法律上ヒトではない』ため加害者が罪に問われることは決してないのだ。

 

「これ、一応だけど止めた方がいいか……? 捕虜の虐殺じゃないのか?」

 

「いや、やめとけ。コイツらは全然減らないとはいえ、どの勢力から見ても隣人として居て嬉しい存在じゃないことは確かだ。死ねば死ぬだけみんなが枕を高くして寝れる存在なんだし、住人たちの好きにさせとけばいい」

 

「そりゃーあんなけ好き放題やっといて、今さら命だけは助けてくれーっなんてムシのよすぎる話、誰も聞かないっしょ。当然の報いってワケだし」

 

 余りにも常軌を逸した光景に絶句した拓郎は思わず目を背けてしまう。むしろそれに動じていないファンやアリサすらも異質な存在に見えてしまったが、どこであっても最低限の治安は保たれている日本とそれすらないアシハラの違いからくる価値観の違いによるものだ。

 彼らは厳重に警備された橋を隔てた先にある隣国と比べて治安と貧富の差が凄まじく、大半の人間が生きるために必死であり餓死や殺人の犠牲が当たり前のように存在する一つの『国』に生きている。そのため敵対者に対して慈悲など必要ないという考え方が主流であり、特に仇敵に対しては目を覆いたくなるような仕打ちが当たり前になっているのだ。

 

『こちらCP、この番号は『チーム拓郎』か。そちらの状況を教えてくれ』

 

「……ハーモニー通りのスカヴィードッグス掃討が完了した。次の指示を頼む」

 

 だからこそ、そんな光景を忘れたいがために拓郎は詰め所の司令部へと連絡を入れた。他ごとに集中している間はこの異様な現実から目を逸らし忘れていられるからだ。この一ヶ月半と少しで敵を殺害することに全く躊躇がなくなった彼と言えど、彼のメンタルは一方的な虐殺や処刑を直視して平然としているほどこの街の流儀に適応しきっていない。

 

『了解した……『ドレッドスウォーム』からの報告によれば、レインボー通りも掃討が進みつつある。敵残存兵力がいれば排除しつつ、臨時の防御拠点になっているドクター・カノのクリニックへと向かってくれ。そこで合流し、次の戦闘に備えて待機とのことだ』

 

「ヴィジラント1001……いや、『チーム拓郎』了解。すぐに向かう」

 

 そう言って通信を切った拓郎は二人に合図をするとメインストリートであるレインボー通りへと向かう。その途上で挙げた戦果は、劣勢を悟って逃走を図った一人の脳天に風穴を空けただけであり、そこからはライフルや散弾銃を構えた傭兵や自警団が油断なく目を光らせる安全地帯を進んでいくだけだ。『ウキヨエ』からクリニックまでの一帯は土嚢やその辺にあった廃材を用いた簡素な陣地によって保持されており、いつ不埒者が闇の中から飛び出してきてもいいように備えている。

 

「ああ、無事でよかった! 大丈夫だとは思ってたけど、アカマさんに何かあったらどうしようってずっと思ってたんだ……本当は恩人を出迎える時にはちゃんと手を止めるべきなんだろうけど、ここは野戦病院じみてきたからね」

 

「俺だって傭兵の端くれなんだ、自分の身くらい自分で守れるよ。それにプロの仕事の邪魔をするほどバカじゃない」

 

 臨時の病床として待合室にまで負傷者が寝転がり、ショウコという少女が血に塗れた白衣のままトリアージと処置を行なっていた。そんな中を鹿野誠は一人の患者の切創を縫合しながら三人を出迎えている。多数の患者を限られた時間で診ねばならないため麻酔は一切使っておらず、一針入れるごとに呻き声が上がるが彼は全く意に介さず淡々と手を動かしていた。

 

「やっぱりここは安全なんだな」

 

「ああ、マダム直々に指定された最優先の警備対象だからな。無事な人は『ウキヨエ』に避難した上で有志の人々が俺たちの手伝いをしてくれているんだ」

 

 傭兵と自警団が四人ずつで警備しているためクリニック内は安全だが酷い有様であり、待合室だけでも三〇人近い怪我人がそこかしこに敷かれたマットに座ったり寝転がったりしており、運搬などの単純作業を軽傷者が手伝っているほどだ。

 不幸中の幸いか医薬品が足りないなどということはないが、圧倒的に人手は足りていない。医者は誠一人、看護師としてマトモに使えるのは齢八〇の老婆だけで、付け焼き刃で医療の基礎知識を叩き込んだだけのショウコを動員してすら満足に回せないという末期的状況が続いている。

 

「カノ先生、トシコ婆様が二階病室のイザベルさんの様態が急変してますって!」

 

「分かった、すぐに行く! じゃあみんな頑張って、それにちゃんと生きて戻ってきてよ!」

 

 彼が見ている間にも、縫合と後処置を終えたというのに一段落する間もなく病状の悪化した患者を診るべく二階へ続く階段を駆け上がっていく。無資格の見習い看護師であるショウコはその姿を目で追うことすらせず、必死に軽傷者の処置を続けていた。

 当然ながら医療の素人に出る幕はなく、自分たちが怪我をしている訳でもなく、ただそう指示されたから来ただけであり居心地は決して良くはない。

 

『第三巡回部隊、東部低層団地地域にて敵残党三名を撃破! 引き続き第四部隊と連携して敵の捜索を続ける』

 

『こちら『ドレッドスウォーム』、アベニュー地帯で撤退中の敵本隊と交戦中だ。敵は指揮統制が全く取れておらず、寡兵でも徐々に押し戻しつつあり。後顧の憂いを減らすべく害獣どもは一匹でも多く仕留めておく』

 

 せめて治療の邪魔にならないよう壁に寄りかかってキャラメルを摘み、小休止を取っている間にもインカムには各地の部隊から通信が入っているが、いずれも朗報ばかりであり69番街各地で敵を打ち破ったという勇ましい報告ばかりである。

 奇襲を受けた当初こそ少なからぬ被害を出してしまったものの、戦術もなく装備も劣る連中に出来ることは無防備な場所を襲って人を殺し何かを奪うことだけであり、組織的な反撃を各所で受けてしまえば得意の人海戦術も型なしだ。

 おまけに相手が無防備な一般人や烏合の衆ならともかく、程度に差こそあれど荒事に慣れた傭兵や自警団員ともなれば勝ち目は殆どない。完全な奇襲に成功したなら話は別だが、そうでなければ余程人数差がない限り無様に蹴散らされるだけである。

 

「少し席を外していてすまない。通信を聞く限りだいぶ戦局は優勢になってきたようだな。マダムにお願いして増援を要請してきたんだが……どうやら杞憂だったらしい。それと僅かばかりだし市販品だが医薬品を持ってきた……それに避難してきたきた客の中で医療従事者がいたので連れてきたぞ。きっと役に立つだろう」

 

 そこにクリスまで姿を現しており、医薬品を渡して有志を連れてくるとすぐに『ウキヨエ』へと戻っていってしまったが、それでもこの増援は銃後という別の戦場においてとても有り難いものであった。極限の状況において有用な人手も物資はいくらあっても困らないのだ。

 

「割と被害が出たけどもう押し返してるし、これならそう時間もかからずに平和になりそうだ」

 

「だといいがな……せっかく希望が見えてきたと思ったら、思いがけないことで絶望の底に突き落とされることなんて、この街じゃ別段珍しくもないぜ」

 

「まーまー、流石にそれはないっしょ。あのばばっちい奴らったって自分の身は大事だろうしさ」

 

 そんな経験を以て希望的観測を語る拓郎に対してファンは疑念を呈するが、負傷した住人たちや警戒にあたる戦闘要員からしてみればスカヴィードッグスという大きな脅威が打ち払われた以上、少し前に襲撃を仕掛けてきたチンピラや愚連隊も当面の間は大人しくなるだろうと楽観視している。

 だが住人たちにとって不幸なことにファンの懸念は的中しており、69番街に迫り来る災難はまだ終わっていなかった。飢えと渇きを癒やすためだけに襲い来るヒトの形をしただけの獣を追い払ったと思ったら、次は悪意と敵意に満ちたヒトの集団が忍び寄っていたのだ。

 

『……こちらCP緊急事態だ、詰め所が敵の襲撃を受けている、直ちに援軍を求む!! 敵は鬼爆組! 繰り返す、敵はスカヴィードッグスじゃなくて鬼爆組だ! 留守居組と軽傷者が応戦中だがそう長くは保たない、至急増援を!!』

 

 事態は収まり平穏を取り戻しつつあると思われた矢先に響き渡る、詰め所からの悲鳴のような通信。それは過去の戦いに基づく怨讐が引き起こした望まぬ第二ラウンドの始まりを無慈悲にも告げていた。

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