光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
富と繁栄を物語るショーケースであり、同時に人類社会の現状である企業による支配の象徴でもある水上都市アシハラ。最も暗い新月の夜ですら煌々と照らす数多のホロ広告やビル街の灯りは静止軌道上のステーションからでも判別できるほどに輝いているが、行き交う人々が当たり前のように踏みしめるアスファルトの下に放棄された地下空間が網目のように張り巡らされていることは殆ど知られていない。
そんな忘れ去られた空間には訳あって地上にはいられない人々が集まり、いくつもの勢力を作っては地上と規模以外変わらない活動をしている。時に協力し時に相争うが、それでも地下に定住している人口は数万程度のため規模は知れたものだ。
しかしこの日、旧下水道管理事務所の近くにある淡水化施設跡地では大規模な戦いが勃発していた。街そのものの敵、スカヴィードッグスの巣窟と化していたそこにアシハラ市警が誇る精鋭武装警官と新設された特殊部隊、そして業務を外部委託された傭兵たちによる混成部隊が突入し、銃火と絶叫が不協和音を奏でる戦場と化していたのだ。
「遅い、遅過ぎる」
「お、オレの体がぁっ……!!」
「それでよく捕食者などと名乗れたもんだ、腐臭に集る害獣風情が」
「ごべらっ!」
黒を基調とした出で立ちのタチバナが身の丈近い直剣を片手で振るう度に哀れな犠牲者が両断されて無惨な最期を迎え、右手に持つ最新型レーザーピストルは機械制御のような精密さで、遠くから雑多な小火器を用い破滅の運命に抗う痴れ者を無慈悲に焼き焦がしていく。ごくたまにそんな銃弾が命中するも、最新のナノ縫製複合繊維製の外套や服を着ている彼には傷一つつかないし、それ故に彼も意に介さない。
そんな絶望的な抵抗すら無意味であると理解してしまった者は身に付けていた何もかもを放り出し、悲鳴とも奇声ともつかぬ叫びをあげながら逃走を試みるのだが、彼相手ではそれすらも許されなかった。
「仲間を置いて逃げようとは随分と偉いご身分のようで……仲間なら冥土への旅も一緒に行くんだぞ」
たった一人の傭兵によって総崩れした戦場で、いの一番に逃げ出そうとした三人はレーザーピストルによる三回の精密射撃で脳を焼き焦がされて死に、隙ありとばかりに背後から斬り掛かった勇者にして愚者は、クルリと振り向いたついでの一撃で胴体が上下に分かたれている。
既に戦場は単なる屠殺場と化しており、二〇を超えるスカヴィードッグスの死体が転がっているが、無慈悲な殺戮者であるタチバナは敵がいる限り止まることはない。唯一の例外は彼の生命が尽きた時だが、士気も装備も紛争地の民兵にすら劣る雑多な寄せ集め如きにそんなことが出来るはずもなかった。
「もはやニューロンブースターを使うまでもないか。さっきのは民間人保護が急務だっただけだしな」
それでも僅かな隙をついて一人だけが何とか逃げることに成功したが、その先は抜け道すらない単なる行き止まりだと知っているためすぐには追わない。虚しい抵抗を続ける者たちに迅速な、しかし苦痛に満ちた死を贈ってから追いつけばいいと考え、まずは目の前にいる達を永遠に黙らせることに集中している。
こんなに広い場所が多いなら、ライフル系の武器も持ってくればよかった。地下施設なのに広いため意外と距離のある戦闘が多く、想定よりも時間がかかっていることにタチバナは少し後悔したが、それは強者の余裕でしかない。殺されるスカヴィードッグスの構成員からすれば、斬られるにせよ撃たれるにせよ最終的な結果は変わらないのだから。
「これで終わり……じゃねえな。あと一人いるか」
そうして広間の敵を全滅させたタチバナは刀身に付着した返り血を煩わしそうに払うと、レーザーピストルの動力源であるパワーパックを取り換えてから逃げた男を追って暗く狭い通路へと踏み入っている。そこは真っ暗だが、最新型のサイバーアイには可視外光線による暗視機能や熱感知機能もついているため何ら問題はない。
当然ながら追い詰められる側からすれば彼の足音は迫り来る死神のそれに等しく、一歩また一歩とコンクリートの床を踏みしめる音が閉所に反響する度に最期の瞬間が近付いていることを認識させられる。
「い、嫌だぁ……殺さないでくれぇ……! 生きるために食べる、食べるために殺したり奪ったりすることの何が悪いんだよ……!」
そうして袋小路に追い詰められ、逃走も抵抗も不可能になった最後の生き残りは生命の危機という強烈な刺激によって、薬物やアルコールによる多重酩酊から一時的に醒めたことで必死に開き直りながら命乞いをするも、返ってきたのはサイバーアイ、機械仕掛けの眼球越しですら伝わる並々ならぬ憎悪と敵意のみであった。
「そう言って命乞いしてきた連中を笑いながら殺し、奪い、嬲り、用が済めば打ち捨ててきた社会のゴミが図々しくもそれを口にするのか? ジョークならもう少し笑える内容のを勉強したほうがいいな」
傭兵であるタチバナにとって、スカヴィードッグスは敵対的な存在であるが直接関係はない。しかしその所業を許せない理由があるため見つけ次第殲滅しているし、とある用事と被らない限り掃討依頼は積極的に受けている。こんな連中に生きている価値などないと本気で思っている彼にとって、これは本質的に害虫駆除と変わりないのだ。
「お、お前たちだって金のためには人殺しも平気でするクズだろぉ……オレとお前で何が違うって言うんだ!」
「俺たちは無差別に殺さないし、戦利品の獲得にもちゃんとした不文律がある。お前たちのような知性のない獣とは違う……それで、遺言はこれで終わりか? まあどうせ聞かせる相手なんていないだろうが」
「そんな、嫌だ、助け……うぅぁぁッ!」
どうせ死ぬならばと冷静に返されてしまい、その直後に命乞いの姿勢のまま直剣で唐竹割りされてしまった男は瞳に恐怖と絶望を浮かべたまま息絶え、そのまま左右に泣き別れしてしまった。望まずして生命体から肉塊へと変わってしまったそれは広がりつつある血の海へと力なく沈んでいき、悪党の末路に相応しい無残で無様なモニュメントになってしまった。
「これでまた社会のゴミが減った……どうせ数週間もすればまた元の数に戻るんだろうが」
そんな一般人が見れば悲鳴をあげて逃げ出すような恐ろしい光景を、タチバナはそんなスプラッタを鼻で笑いながら見ている。
「ほんと、悪趣味な奴らだ……いつも通りだが本当に酷い。ヒトの所業とは思えん」
最後の一人を追い詰めたそこは捕らえた者を収容する牢獄であり、その中身の『用途』は幾つかあるのだが、大抵の場合最後は同じである。違うのは劣悪な環境と情け容赦ない暴力によって死ぬか、飢えた連中の胃の中に収まることになるかくらいだ。
檻の中には五人の男女が裸のまま閉じ込められていたが、いずれも息絶えている。無事な者はおらず、いずれも酷い暴行の跡が明確に残っていた。アシハラでは決して珍しいとは言えない最期であり、何年か傭兵業をやっている彼も幾度となく見たことのある光景なのだが、最も手前に転がっている息絶えて間もないであろう少女の酷く損傷した亡骸が彼のトラウマを刺激した。
「……っ!」
不意に六年前に迎えた人生最悪の瞬間がフラッシュバックする。警察署の地下にある遺体安置所で望まぬ再会をした、幼馴染にして婚約者、六花の変わり果てた姿。手足があらぬ方向に曲がり、至る所に痣や傷が残り、笑った表情が素敵であった顔は絶望に染まり滅茶苦茶にされた様は余りに痛ましく、当時の脆弱な精神では直視することすら不可能であった。
幸せの最中にいたはずが一夜にしてそれを奪われどん底に突き落とされている。しかもその下手人はアシハラの名士と呼ばれるような人々であり、運悪く彼女は連中が主催する悪趣味な『宴』のメインディッシュとして攫われ、散々嬲り物にされた挙げ句、土砂降りの冷たい路地裏に打ち捨てられたままこの世を去ったのだ。
その光景は今でも時おり魘されるほどの悪夢となって彼を苛み、その度にすっかり凍て付いた心に灯るどす黒い炎に憎悪という最上級の燃料がなみなみと注ぎ込まれ、今を生きるための不健全な活力と目的を与える。
この一件を境にかつて気弱で心優しかった青年は、例えいかなる艱難辛苦が立ち塞がろうとも最愛の人を殺し汚した全員を例外なく凄惨な死へ誘う復讐の鬼へと成り果てたのだ。
「……今はあの時の俺とは違う。降り掛かる理不尽にただ泣き叫ぶだけだった無力な存在じゃない、今度は俺が奴らを理不尽に踏み躙る番だ……!!」
そう、仇敵たる奴らを全員殺せ。人でなしの異常者どもを一人残らず焼け。力の限りこの街を浄化するのだ。そして目の前で転がっている人型の獣は『奴ら』と同類であり、一片の慈悲すらもかける必要り、一片の慈悲すらもかける必要はない。むしろ、早く終わらせてやることが最上の手向けだ。
故に心の奥底で際限なく煮えたぎる憤怒と憎悪の咆哮を抑え、本来の名も立場も捨ててタチバナという冷徹非情なる傭兵の仮面を被り、アシハラという輝きに満ちた街の暗がりに身を潜め、街の中でも一〇指に入る実力を手に入れた。全ては愛する人を奪った者たち全員に罪を血で償わせるためであり、それを邪魔立てする者を許すことは決してないだろう。
「……六花、お前の仇は俺が取る。あと五人、あと五人なんだ……どうか見ていてくれ」
「ああぁぁ、やめ……! おぐっ」
「……当然の報いだ、塵芥どもめ。お前たちは楽に死ねるんだから俺に感謝しろ」
それを成し遂げるため、次のターゲットに近付くためには、まずこの街に巣食うネズミ未満の害獣をしっかりと駆除せねばならない。そんな決意を胸に、不運にも生き延びてしまい逃げる機会を窺っていた者の頭を容赦なく踏み砕くと、一瞥することすらせずそのまま歩き去っていく。
「こちらタチバナ、作戦を完了した。人サイズの動体は自身を除いて皆無だ」
『HQ了解、他に伝達事項はありそうか?』
「……ああそれと、連中の拠点の最奥部に死体が五つあった。ひょっとすると行方不明になっていた民間人かもしれない。座標と経路を送信するので調査と回収を願いたい」
『分かった、捜査員の派遣時に鑑識を同伴させるように言っておく。無事に帰還してくれ、課長がウキウキ顔で貴官の帰りを待っているからな』
「タチバナ了解……頼む、必ずな」
そうして自らの担当区域にスカヴィードッグスがいないことを確認したタチバナは無線の届く浅深度まで戻ると作戦司令部へと連絡して作戦終了の報告を簡潔に行うと、背後に転がる多数の罪深き骸には目もくれずに去っていった。
「いやぁ、助かったよタチバナ君! こんなこと人前で言えないけど、署長肝いりの特殊部隊は大して役に立たなかったぞ。露払い扱いで申し訳ないが、やっぱり君を雇っておいて良かった!」
「はあ、それなら良いですが……事前に相談させていただいた特別報酬の件、きちんと頂けるんでしょうね」
「もちろんさぁ! 市民の安全を守るため、有能な外部委託員には可能な限り支払いを惜しまないのが我々アシハラ市警だからな!」
犯罪を取り締まり街の治安を守る
そんな警察署の七階を丸々用いる組織犯罪対策部の一部署である第三課、通称対スカヴィードッグス課の課長執務室では部屋の主である課長がヘコヘコと頭を下げ、だらしなく笑いながらタチバナへと感謝を示していた。
うだつの上がらないこの中年は自身の率いる課が中々思うような成果を出すことができずに悶々としていたが、今回の掃討作戦では久々に大戦果を挙げたため──そして、自らをこんな部署に左遷した政敵である副署長が推し進めた新たな特殊部隊の初陣がこれ以上ないほどに大失敗したため手放しで喜んでいる。
「まあ、我々は傭兵ですのできちんと支払いさえして頂ければ問題ありません。またのご用命あらば依頼の方をお願いします、既に予定が埋まっていなければまた次も」
「ああ、会計課に言って迅速に振り込ませておこう! これからもよろしく頼むぞ、タチバナ君。我々組織犯罪対策部第三課のために力を貸してくれたまえ」
そんな極まった派閥政治の腐臭はタチバナも感じ取っていたが、今のところ自分にとって無害であるため無視している。偽善者ぶって首を突っ込んだところで百害あって一利なしであり、殆どの場合において無駄に敵を増やすだけだからだ。
それが自らの目的に合致するならともかく、一銭どころか一クレジットにもならないのであれば余計なことはしないし見なかったことにする。それがアシハラだけならず裏社会で長く生きていくための基本事項だ。
「……それに、君が求めた『追加報酬』はここにある。一応これも一課の連中が持ってる現役の捜査資料なんで、持ち出したり大っぴらにコピーするとかは法に触れるからやめてほしいが、目で『見る』分には何の問題もないよ」
「感謝します、課長。持つべきものは話の分かる友人であると言われ続ける理由が分かります」
「『疾雷』の異名を持つ君に言われるとやはりこそばゆい。薄汚れた野良犬狩りに君を持ち出すのは鶏を割くのに牛刀を用いるようなものだが、その圧倒的な戦力こそ奴らを狩り立てるに相応しい」
それに相手が自らにとって有益ならば尚更であり、互いの醜いところはしっかり記憶しておきながら見て見ぬふりをする。それが日の当たらない場所におけり人付き合いだ。
生身の目と殆ど見分けのつかないそれは課長のデスクに広げられた紙の資料やパソコンの画面上に表示されているデータをサイバーアイで光学的にスキャンしていき、それをデータバンクに叩き込んでいく。端から見ればそれはただ資料を『見ている』だけであり、形式上咎めることはできないのだ。
「しかし『アンダー』の資料を欲しがるなんて君も物好きだねぇ、もしかして異種格闘技とか好きなのかい? 技量も装備も一流の傭兵となると、日々の鍛錬も欠かさないというわけだ」
「……まあ、そんなところですね。何でもありの近接格闘というのは軍隊や警察式の近接格闘術とはまた違った知見や発想を得られますから。課長ならご存知かと思われますが、傭兵の戦闘距離というのは約六割が十数メートル以内で、うち四割が数メートルの近接室内戦なんです。敵を打ち倒す術は多いに越したことはありません」
そんな作業中にも上機嫌な課長は無遠慮にタチバナへと話しかけているが、そんな有益な厄介者の扱いもすっかり慣れたもので彼は虚実交えた言葉で上手くあしらいながら必要な情報を集めている。無論、妙に鋭い勘を発揮する時があるため様々な意味で鬱陶しいことに変わりはないが。
「そりゃあ凡百の自称傭兵とは格が違うわけだ。こういう職業柄傭兵ってのは余り好きになれない連中だが、君は別だよ。指示に忠実で規律を理解した上で守れる、それに強くて確実に任務を遂行してくれるとなれば文句なしさ。もしよかったら
「……傭兵業で飯の食い上げになったら是非ともよろしくお願いしますかね。まあこの賑やかな街だとそんなけったいなことは起こらないと思いたいですが」
そんな意味のないやりとりを一時間近く続ける頃には資料のほぼ全てを光学データ化して体内のストレージに送っており、一部では暇なコプロセッサーを用いて分析作業が始まっている。そうなればこの場所にいる理由はなく、自らの用事が済んだことを伝えた。
「これは冗談じゃないからね。第三課はいつでも君の就職を待っているよ」
そう言いながら少しだけ名残惜しそうに手を振る課長に一礼して警察署から出て、そのままアジトとして使っている中心街の高級アパートメントの一室に戻ってきたタチバナは喜色を隠せなかった。帰路の間に情報を吟味していた彼であったが、得た情報の中に最も防備が緩くなる時期を見つけたのだ。
「……これで全てのピースが揃った。決行はこの日……七月六日の午後一一時。機材メンテナンスを兼ねた休業の日、ここなら邪魔が入る可能性は低いだろう。アズラエル・フォン・ユージン、これでお前も終わりだ……! 地下闘技場の支配者を気取ったクソ野郎め、お前もついに六花を滅茶苦茶にした代償を支払う時が来たぞ」
八度目の天誅を下す時が来たと確信したタチバナは、アズラエルという旧世紀の天使にあやかった名前からは想像もつかないほど強欲で下卑た笑みを隠そうともしない男の写真を手持ち無沙汰にライターで炙る。
その怖いものなどないと言わんばかりの笑みが恐怖と絶望、そして苦痛に歪み無様に泣き喚きながら命乞いをする瞬間を見せてくれ。その断末魔の絶叫こそが今の俺の生きがいなのだから。そんな暗く濁った感情を解き放ったまま、彼は着々と準備を進めていく。灰となった写真の人物に与える惨たらしい最期を考え、その成就を心の底から待ち望みながら。