光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「おい、これはどうなってる!? ワシらが勝っとるとちゃうんか!」
「て、敵襲です! 敵の規模は不明ですが、既に建物内に侵入されています!」
いきなり階下から響く複数の銃火と味方の絶叫。それは自らが優勢であると錯覚しているハマダの度肝を抜いていた。流石にこういったドンパチに慣れているためパニックこそ起こさなかったが、自らが劣勢に陥っているという現実は少なからぬ動揺を引き起こしている。
「ヤバい、防火シャッターが勝手に降りた! これじゃ階段が使えんぞ!」
「クソが、奴らどれだけの規模で攻めてきやがったんだ!?」
廊下や階下からは銃声や破壊音に混じって防衛にあたっていた組員たちの悲鳴や悪罵が微かに聞こえ、代わって敵の傭兵チームと思しき哄笑や足音、そして防火シャッターの開閉音が徐々に大きくなっていた。それらは全て味方の不利を示すもので、敵を倒しただの撃退しただのといった景気のいい報告は全く聞こえてこない。
「タナカ、ちょいと様子見てきてくれや」
「うっす」
とはいえ大将自らが好き勝手動き回ることのリスクを理解しているハマダは、室内にいた組員に廊下の様子を見てくるように命じて、自分は防戦の準備を始めている。机やビリヤード台を倒してバリケードとし、迎撃体制を整え始めていた。いずれも木製のためそう長くは保たないだろうが、それでも無いよりはマシであった。
刹那、廊下の様子を見に行ったタナカが何者かの銃撃を受けて血と脳漿、そして脳みその破片を周辺にまき散らしながら倒れる様が見えてしまった。
「おい、そっちは廊下で窓しか無いはずだぞ!? まさか今の今まで仮眠室に潜んでやがったのか!」
「何だァ、オレたちの見回りが甘かった言うんかこのアホダラ!?」
「ああそう言っとるんじゃトンマ野郎! 大事な時にヘマしやがって、これが終わったらぶっ殺してやるからな!」
「つまらんこと言い合っとる暇有うたら、さっさと物陰に隠れんかいドアホ共ぉ!! もう敵が来るで!」
行き止まりである廊下側から撃たれた。余りに想定外の事態に瀕して室内に籠城する組員たちは、責任の所在で仲間割れすら始めそうな空気になったもののハマダが一喝したことでひとまずは落ち着いたが、敵がすぐそばまで迫っているため気が休まることはない。
「とにかくボブの留守居組が来るまで耐えるんや。ワシらも苦しいけど敵はもっと苦しいはず、向こうには後詰めがおらんからな」
「「押忍ッ!」」
敵味方の境界線である娯楽室の扉を挟んで、複数の銃弾が双方から飛んでいく。両者は殺意に満ち満ちたそれらを扉や壁といった遮蔽で凌ぎながら、少しでも相手にダメージを与えられるよう質より量の精神で撃ち込んでいく。
しかし拓郎はこれまでとは打って変わって一向に動かない戦局に少し苛立っていた。こんな時に、手榴弾なりグレネードランチャーがあれば綺麗さっぱり片付くだろうに。そんな危険なことを考えた拓郎は一緒に銃撃している味方へと尋ねるが、普通は自勢力の拠点内で爆発物を使うことはあまりない。
仮にそんな事など気にしていられないほどの劣勢か後に放棄する予定の場所ならば話は別なのだが、後から使う施設──それも詰め所の本部という重要拠点の中でわざわざ無駄な破壊を行うのは褒められた行為ではないからだ。
「完全に立て籠もってるな……誰か手榴弾を持ってないか? ここで一気に押し切りたいんだが」
「やっぱアカマの兄貴は色々やべぇぜ、味方の拠点でもマジ容赦が無さすぎる……」
「いやいや、そもそも持ってないぞ。それに手榴弾なんか使ったら室内が滅茶苦茶になるだろうに」
「ああいや、そうだった……忘れてほしい、ごめん」
逆に引き連れてきた傭兵と自警団員、二者からの指摘を受けて自分もこの街の流儀に染まりつつあると拓郎は感じたが、今は戦いの最中であるためそんな感情には蓋をしている。今はこの場を生きて潜り抜けることが最優先であり、他事を気にする余裕などないのだから。
そんな感情を忘れたい気持ちは心なしか早めの射撃テンポという形で噴出し、少しばかり敵を萎縮させている。結果的に当たらなかったとはいえ、当たれば傷付いたり案が悪ければ死ぬ物体が自分たち目掛けて何発も飛んできている中を全く物怖じせず撃ち返せる生粋の戦士は希少な存在なのだ。
「やれ、いてもうたれ! ボブ達が来るまでの辛抱や!!」
「撃て撃て、ここで一気に押し切るんだ!」
ハマダと拓郎が飛ばした激をきっかけに扉を挟んだ激しくも停滞した戦局が徐々に動き始め、痺れを切らし始めた両者の焦りもあって、先程の倍以上である秒間二〇発近い弾丸が飛び交うようになる。確かに人数の面では拓郎たちが有利なのだが、地理的にはビリヤード台や机を即席のバリケードどして身を隠すハマダたちの方が有利であり、膠着状態に陥っていた。
当然拓郎にはそんな千日手を打破する手段としてニューロンブースターがあるが、それでも敵が多数いる閉所に飛び込むのは中々リスキーな行動であるため慎重になっている。
それに敵の親玉が発したボブ達という言葉が彼の頭の中で引っかかっており、恐らく敵の増援部隊であろうそれらに対処するため必要になるのではという考えから安易に使用できなかった。確かにニューロンブースターは強力なサイバネ機器であるが、それを過信し依存しすぎると先日戦った傭兵のような末路を辿る事になるだろうと理解しているからだ。
切り札とは、適切な時に切ってこそ最も輝く。超高速での近接攻撃の一点張りしか技がなかった最初の頃とは違い、幾度もの仕事を通じて個人としての技量と見識を高めつつある彼は意図的に抑えることができるほどには経験を積んでいたのだ。
焦らずじっくりと、しかし確実に敵を押し潰してやりたいが、あまり時間をかけるとボブとやらの増援が来て戦況を引っくり返される可能性がある。相反する二つの思考の板挟みになっており、判断が鈍っていた。
『こちら『ドレッドスウォーム』入口に敵の新手が来やがった、現在は入口の土嚢陣地で交戦中だ。数は一〇と少し、武装は旧式らしきアサルトライフルが数挺の他は
しかし拓郎の懸念はカルロスからの通信によって不幸にも的中してしまったことが判明し、端末越しに聞こえる多数の銃声が状況の危うさを物語っていた。
「自警団二人は正面入口へ合流してくれ。ここの部屋は俺たち傭兵だけで突破してみせる」
『すまねえ、恩に着る。だが合流時に撃たれねえよう気をつけろ!』
「「了解!!」」
増援要請を受けて自警団二人が『ドレッドスウォーム』へ合流すべく離脱したことで六対六、同数同士の撃ち合いとなり数の優位による勢いが弱まってしまい、それはすぐさま悪影響を及ぼしていた。
「ぐおっ!?」
一番先に脱落したのは拓郎についてきていた傭兵であり、危険を冒して半身を乗り出しマシンピストルを一マガジン分乱射したことで一時的に制圧しかけたのだが、そのお返しとばかりに放たれた一斉射撃で二発が腕と腿に当たり、もんどり打って床に倒れてしまった。
「オーウェン大丈……あがっ!」
被弾に動揺したもう一人も焦って敵を排除しようとするあまり身を乗り出しすぎ、脇腹に銃弾を食らってよろよろと物陰に隠れている。僅か十数秒で二人続けて戦闘不能になってしまい、戦力比は一気に敵側有利となったのだ。
「よし、捉えた!」
「ガアァッ」
そこでようやく拓郎の一撃が一人の組員の眉間を撃ち抜き永遠に黙らせたが戦力比は未だ四対五、アリサは大事を取って銃撃戦を離脱していることから事実上三対五となるため、拓郎側が不利なことに変わりはない。おまけに二人の負傷者を抱えているため撤退すら容易ではなく、このまま戦い続ける選択肢しかなかった。
それでも立て続けに撃ち倒されれば士気も下がるというもので、拓郎含めてどこか及び腰のまま無為に弾丸だけを消費していく。
「おいどうすんだ拓郎、ちょっとずつ押し負けてるぞ! このままだとジリ貧だ!!」
自らの放ったライフル弾がまたしてもビリヤード台のポケットにめり込んで防がれたことでファンが珍しく大声を出すも、拓郎は動ぜず敵の予想位置へと一二ミリ弾を送り込んでいく。チームが三人になってからの依頼に楽なものなど一つもなかったが、いつもなら各々の得意分野を活かして対抗している。敵の得意分野で真っ向勝負を挑まず、こちら側の得意を押し付ける戦法で格上相手でも勝利と生還をもぎ取ってきたのだ。
「どうするも何も、このまま敵を減らすしかない!」
「俺たちは傭兵だから先順位をごっちゃにするな、いざとなりゃこの二人は見捨てるしかないだろ! こいつらだって傭兵やってるんだから、それくらいは分かってるはずだ」
しかし『チーム拓郎』にとって悪いことに、ここで繰り広げられているのは純粋な銃撃戦であり、これまで何度も彼らを助けてくれたハッキングも今は出番すらなく、室内の敵を一掃するのに最適な爆発物は誰一人として持っていない。そうなれば多少銃器の性能が劣っていようとも頭数が多い方が有利となり、拓郎たちは少しずつ押されていたのだ。
このままでは押し負けてしまう。確かにカルロスたちが戻ってこれば勝利は固いが、それまで自分たちが無事であるかどうかはまた別の話であった。
「……だから、やってやるんだ」
「おい、まさか!!」
だから拓郎は決死の覚悟を決めてニューロンブースターを起動した。モノクロームに染まる景色と大幅に減速していく周囲の動きを確認し、一瞬たりとも無駄にしないよう娯楽室へと足を踏み入れた。
「残りは三、四、五……人、か。位置も確認したし、やるぞ!」
即座に室内に立て籠もる敵の残り人数と位置を把握した彼は、灰色の空間を幼子の投げたボールのような速度で飛ぶ彼我の弾丸を避けつつ、長ドスを抜き放ち最も手近にいた人物へと飛びかかる。普段なら撃った後の銃弾のことなど命中したか否かを除いて気にすることなどないが、こうも多数だと否応なく意識せざるを得ない。
「まずは一人!」
弾丸を避けるために余計な動きをさせられるのは癪であったが、ニューロンブースターは無敵化するのではなく単に自らの動きを十数倍速くする機能しか持たないため、当たり方によっては寧ろ自らが有する運動エネルギーが増しているため重症を負いかねないからだ。
いつものように最短距離で押し通り斬り伏せられないことに歯噛みしつつも、一人目の喉元に刃を突き立てて脳と体を接続する様々な配管を乱暴に断ち切っていく。スローモーションで鮮血が噴き出す様には目もくれずに離脱。位置関係の都合でついさっき避けたはずの弾丸が再び障害となって立ちはだかるのには閉口したが、今はそれでもやるしかないため意識を次のターゲットに集中させた。
「二人目!」
そんな貴重な発動時間を浪費する無駄な動作をもどかしく感じつつも、今まさに新たな発砲をしようとしている組員の後頭部から首元までを縦に斬りつける。皮膚下装甲がインストールされていると防がれがちな攻撃だが、今回はしっかりと小脳から延髄を真っ二つに切り裂いている。
「これで三人目……」
最初期ならばここで時間切れとなり加速が解除されていてもおかしくないが、現実にはまだ視界はモノクロームに包まれたままで周りの動きは遅い。加速下での行動時間を増やすというリフレックスブースターの効果は本当だったと確信した拓郎は更に踏み込むとファン目掛けて銃撃していた組員の脇腹を心臓めがけてねじり込んだ。
「四人、目っ……!」
その様は平安時代末期の源平合戦で活躍した悲劇の名将、源義経が見せた八艘飛びの故事を思い起こさせる機動であったが、生憎それをきちんと見ることのできる者はこの場にいない。それでも長ドスで急所を突かれたり斬られたりすれば人は死ぬため、単なる格好つけとは言えなかった。
「ラス一……はだめか、間に合わなかった!」
そして最後のターゲットである鬼爆組親分のハマダを視界に捉えて狙いをつけたまではよかったのだが、数歩踏み込んだところで時間切れとなり加速が終了してしまう。視界に色が戻り、周りが急加速していくかのような視覚情報はそれを端的に示している。
「うわッ、ホンマにニューロンブースター持っとるんかい……厄介なこったなお前さん!」
ハマダはいきなり自らが身を隠すエンドテーブルの反対側に一人の男が現れたことに少なからず驚いてしまったが、彼とて伊達に一組織を率いる立場にいるわけではない。元々は凶暴無比で知られたストリートの愚連隊であった時期から暴れ回り、鬼哭衆傘下となった後も磨いてきた実戦経験を有する荒くれ者の頭目である。
比較的無傷に近かった大きめのエンドテーブルを挟んで互いに拳銃を突き付け合い、大きく傾いた天秤を何とか繋ぎ止めた。それでも残り一人であることに変わりはなく、ファンは銃撃を一旦止めて事の成り行きを慎重に見守っていた。
「……ほぅ、お前さんが『69番街の英雄』かいな! もうちょいなよなよした奴ちゃと思うとったさかい、えらい偉丈夫が出てきてびっくりしたわ」
「そうだ。そしてお前が鬼爆組の組長、サンキチロウ・ハマダだな」
それにハマダ自身もある程度サイバネ機器で強化されており、失った左腕の代わりに入れ墨様の塗装が施されたミドルグレードのサイバネ義手がLEDランプに照らされている。片目だけ型落ちの仰々しい見た目をしたサイバーアイに置き換えた様は中々の威圧感を有していて、
無知な幼子や大衆からすればテンプレート的な悪役を彷彿とさせると共に、目の前に現れれば震え上がるだろうだろうと思っている。
「せや、ワシの名前を知ってもろてて嬉しいなあ。流石、七大ギャング傘下の団体と抗争しても、泣く子も黙る鬼爆組の親玉を前にしてもケロッとしとるだけはあるわい」
「社会の底辺にいた俺を救ってくれたこの地域を守るためなら、鬼哭衆本部とかならともかくお前みたいな三下野郎なんて全く怖くないぞ」
互いに銃口を向けたまま笑顔で言葉を交わす様は、アシハラの路地裏や大衆には見えない裏側の世界では決して珍しくない。当然ながら互いに己の目的を達するためには目の前の相手を排除しなければならないことは分かっているため、敵意と憎悪を募らせている。
「……だがそれも今夜で終いや、さっさと死に晒せェこのクソムシがぁ!」
「死ぬのはお前の方だ、この町を荒らす薄汚い外道め!」
そしてほぼ同時に発せられた両者の罵声と共に何度も引き金が引かれ、敵意と殺意を乗せた何発もの銃弾が音よりも速く銃口から飛び出していく。
既に大勢は決しているもののそれでも己の野望を何度も阻んだ仇敵に一矢報いんとするハマダと、新たな故郷となったこの地域を幾度も襲う不埒者の親玉を絶対に許さない拓郎。二者の強い情念が乗り移ったかの如く弾丸は敵対者へと命中し、体を抉り削り取っていく。
「ぐ、うぅっ……! でもここでコイツだけは絶対に倒さなきゃいけない……!!」
「思ったよりやるなクソが、せやけどまだ倒れたらへんで……!」
いかにエンドテーブルを挟んでいるとはいえ、そんな至近距離からまともに撃ち合えば嫌でも命中率は高まり、すぐさま双方に複数の命中弾が出る。いかに皮膚下装甲で脆弱な臓器や血管を保護していたとしても、被弾の衝撃や表皮からの出血を防ぐことはできない。
だがそれでも二人は増え続ける傷から血を流しても立ち続け、相手よりも先に倒れてなるものかとばかりに残弾の限り拳銃の引き金を引き続けていた。傍から見れば何と稚拙で愚かしい戦いかと眉を顰めてしまうような光景だが、これは敵対する陣営による意地の張り合いでありお互いに逃げることも倒れることも許さなかった。
「ざ……ざ、けん……なやぁ……! こんな、所でワシが……終わるなんて、認められへん……!!」
時間にすれば僅か十数秒でしかない壮絶な銃撃戦の末、先に崩れ落ちたのはハマダ。そこまでサイバネ化されていない人間である彼にとって一二ミリパーセム弾の威力は相当なダメージを与えており、拓郎と同じクラスⅡの皮膚下装甲を一部食い破って内臓や筋骨をひどく損傷させている。
本来は合金とプラスチックの集合体であるサイバネ義肢に有効打を与えるための弾であり、人体なら周辺組織を破壊しながら悠々と貫通することができ、皮膚下装甲がインストールされていたとしても低グレードのものなら持ち前の弾頭重量と高初速のコンビネーションで撃ち破れるのだ。
「か、くう……何とか、勝った、みたいだ……!」
無論、ゼロ距離での撃ち合いを制した代償として拓郎にも七発もの九ミリ弾が命中していたが、その大半は皮膚下装甲が何とか受け止めていたことで大事には至らず、頭部狙いの弾はリフレックスブースターで強化された反射神経もあって全て遮蔽で受け止めていた。とはいえ痛覚までは弄っていないため、傷口から発せられる焼けるような痛みはじわじわと体と精神を蝕んでいる。
素人目に見れば胴体の各部から出血した重傷者であり、実際のところ適切な処置さえ怠らなければ死に至ることはまずないとしても、血だらけで何とか立っているさまは痛ましいのだ。
「……拓郎っ!!」
「拓郎さん!?」
目の前で血の海の中に横たわるハマダとその配下たちを見て、とりあえず一段落ついたことを一気に力が抜けて床に崩れ落ちた。危地を脱したことで副腎からアドレナリンの分泌が止まり、それによって興奮作用が消えたため一時的に忘れられていた痛みや疲労が一気に襲いかかってきたため、それに耐えられなかったのだ。
「とりあえず今は止血と鎮痛……いや、強壮剤か? ああクソ、医療知識はシロウトだから全然わからん! とにかく止血だけしとく、なるべく早くドクター・カノの診療所に連れてくからそれまで耐えろ!」
「あぁ、ぅん……」
意識はあるが、全く動けない。そんな状態で二人に介抱されるのは中々に気恥ずかしいことであったが、緊張から解放されたこともあって体は全く言うことを聞かずされるがままになっていた。
「ったく、とんでもない奴だよお前は。……」
しかしそんな中でも半死半生のハマダは未だ戦意を手放していなかった。このままでは致死量の失血と被弾による臓器の損壊によって遠からず死が訪れることは本人も理解していたが、それでも己の野望を打ち砕いた仇敵に対して一矢報いずには居られなかったのだ。
狙うは拓郎と呼ばれた男のみ。仮に奇襲が成功しても怒り狂った仲間たちによって殺されてしまうことは確実であったが、それでも大親分の期待を裏切った上に見返し出し抜くと決めた者たちによって失敗者という烙印を押され、これ以上の恥辱に耐えて生きるなど想像もしたくなかったのだ。
「……おっとっと、まだ生きてやがったのか……しかし最底辺の三次団体とはいえ、鬼哭衆の親分衆をマジでやっちまったかぁ」
しかしそんな試みは上手くいかず、目ざといファンによって発見され一矢報いるどころか拳銃を持っていた腕を蹴り飛ばされてしまっている。
「ぐお!」
カランという音と共に残弾一発の九ミリ拳銃は鮮血が溜まった床を勢いよく滑っていき、壁にぶつかって止まる。それがハマダによる最後の抵抗が完全に潰え、戦いが完全に終わったことを示す音となった。
「若頭の忠告がなけりゃ、こんな手間のかかることなんかしないでそのままお陀仏にしてやるところだったんだ。無事に帰れたら精々靴なりケツなり舐めて感謝するんだな」
あと少し気付くのが遅れていたら拓郎が死んでいた。苦渋と敵意に満ちた表情を隠そうともしない顔面を蹴り飛ばし意識を刈り取ってから、拓郎を救うべく彼が持っていた応急用品を手に取ると可能な限りのことを始めた。