光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める   作:ズブ左衛門

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第五八話

 そうして詰め所二階での戦闘が終わりを告げた頃には『ドレッドスウォーム』と自警団の混成部隊も敵増援を散々に蹴散らしており、69番街に侵入した鬼爆組の勢力は急速に駆逐されつつあった。詰め所内では幸か不幸か防火シャッターに閉じ込められたことで生き延びた数名が絶望的な抵抗を続けていたが、程なくして彼らが銃か命のいずれかを手放すことで戦いは終わっている。

 メインストリートへと襲来したスカヴィードッグスもほぼ掃討され、怒り狂う自警団や武装住民の追撃から何とか逃げおおせた僅かな残党以外は例外なく討ち取られていた。彼らは最低限人間としてまともな会話が可能な鬼爆組の組員とは違い、凶暴な野生動物に近い存在であるため降伏する選択肢などハナから頭の中になく、殆どの者が文字通り死ぬまで抵抗してきたからだ。

 

 そんな最終盤の残敵掃討には参加できなかった拓郎は応急処置をされてからすぐに誠の診療所へと運び込まれた。その時の診療所には未だ多数の診察待ちがいたのだが、ヒトの形をしたケダモノを多数討ち取ったばかりか火事場泥棒気味に侵攻してきた──事実や裏の事情はどうあれ結果的にはそう見えるのだ──敵の親玉を打ち倒した勇者の帰還とあっては、一刻を争う重篤な症状の者を除いた殆どが順番を譲っている。

 そうした迅速かつ丁寧な治療の甲斐あって体内も体外もほぼ完治した彼であったが、念のためもう一日だけ様子を見るべく今夜まで病室暮らしであった。彼の外傷だけであったため食事制限はなくとも、消灯時間などある程度の制約は受けてしまう。

 

 

「……ファンか。ごめん、ミキモト共々慰霊祭のあれこれを全部押し付ける形になったのに、ろくなお礼一つもできないで」

 

「いや、拳銃弾をしこたま浴びてぶっ倒れた病人を引っ張り出すわけにはいかんし構わないさ。まあ百人に満たない小規模な場で、あれくらいの口上を述べるのは何回かやったことあるからな。で、調子はどうよ拓郎。まあそんなピンピンしてるのを見りゃ大体わかるけど、一応本人の口からどうなのか聞きたいわけでな」

 

 今はそんな狂乱に満ちた一夜から三日も経っており、彼の肉体的な損傷はほぼ回復していて、あとは一晩だけ様子を見て翌朝の検査で問題なければ退院の予定である。その証拠に夕方の問診以降彼のもとを誠は訪れておらず、助手のショウコ共々もっと治療が必要な人に寄り添っていた。

 

「これでようやく完治ってとこだ。今日は念のためサイバネ機器が誤作動を起こしてないかチェックするって言われてベッドにいたけど、慰霊祭に参加できないのはかなり痛かったな」

 

「それは気にすんな……とはまあ、ちょっと言いにくいけど、そんなつまらんことでケチつけてる大バカ野郎なんぞ一人もおらんかったぞ」

 

 凄まじい豪雨であった三日前とは違い、星々と月が中心街の明るさに負けず満天の夜空を彩る様を窓から眺められるプレハブの病室には拓郎とファンだけがおり、二人の話す時以外は静寂が漂っている。そんな彼とアリサはついさっき終了した慰霊祭に『チーム拓郎』として参加していて、サイバネ機器の点検のため動けなかった拓郎に代わって他の人々に挨拶をしたりチーム名義で弔辞を読み上げたりしていた。

 先日の襲撃で69番街が負った傷は未だ癒えていないが、住人たちは己が故郷の復興と更なる発展に向けて精力的に動き出している。確かに大切な人を失った悲しみは三日程度では癒えないが、いつまでも悲嘆に暮れることなく多少無理やりにでも前を向いて歩き始めていたのだ。

 地球どころか太陽系内縁部の支配者となった人類とて、昔々のご先祖様と同じくきちんと食べて寝なければ生きていけぬ。そんな当たり前を維持するためには何よりも働かなくてはならず、いつまでもくよくよしていられない。生きている限り働いていてもいなくても、等しく腹は減るのだから。

 

「……思ったよりみんな心が強いんだな。傭兵になる前の俺だったら絶対に何ヶ月も引きずるし、今でも何日かはウジウジすると思う」

 

「ま、こういう色街の住人ってのは、だいたい見た目よりも遥かに逞しいもんでな……銃撃戦や不自然な人死にすら日常の一部になったアシハラだと特にそうだろうよ」

 

 拓郎はベッドから身を起こし、眼下に広がるレインボー通りを見た。よく見れば通りの所々に三日間では修繕しきれていない弾痕が幾つも残っており、ここを訪れる客もその生々しい戦いの痕跡に気付いている者が殆どだが、誰も特段触れようともしない。時おり人目を憚りつつそっと視線を遣る者こそいれど、わざわざ何だかんだと騒ぎ立てる者は皆無であった。

 その事実はアシハラにおいてこういったことがあまり珍しくないことの証左であり、本当ならばこの状態のほうが不自然であると言えるだろう。事実として拓郎の生まれた日本では一部スラムの深奥部を除き銃撃戦が起こる場所などなく、メガコーポの末端下請けとして安賃金で長時間労働を強いられるとしても、最低限の生活と自分から首を突っ込みにいかない限り飢え死にすることなく酷い犯罪に巻き込まれない程度の安全は保証されているのだ。

 だが、彼はそんな日本とは何もかもがかけ離れた光景に不思議とヒトという生命の力強さを感じ取っていた。何度嵐に吹かれ踏みつけられようとも気がつくと元通りに生えている野草のように、彼らはまた立ち上がり日常を始めようとしている。そんな逞しさは彼に幾ばくかの希望と救いを与えている。

 

「おっと忘れるとこだった、さっき預かったマダム・スミスからの伝言だ。『アナタ達の功績を鑑みて、通常の報酬に加えてチーム専用の貸切居住スペースを最優先で用意するわ』だそうだ……やったぜ、宿代が浮くのは地味にデカいぞ!」

 

 マダム・スミスによって与えられる追加報酬も嬉しいことには変わりないのだが、それよりもあの十数人の死者と倍以上の負傷者を出した恐ろしい戦場がきちんと終わり、後片付けまで済んだことに驚いていた。ここ三日のうちに病室の窓から見える光景は殆ど全てが戦災からの復興であり、住人や自警団員、そして依頼を受諾した傭兵たちが道路や壁の清掃や死体の処理、看板や装飾の修復といった休むことなく続いていたのだから。

 

「それと、退院したらミキモトのとこに顔出してやれ。アイツ拓郎のことすっごく心配してたからな、何だぁお前さん、この間はエリヤちゃんに今度はミキモト……モテモテかぁー?」

 

「いや、何言ってんだ。二人ともそんな関係じゃないぞ。それにファンだってカジノ併設の嬢に首ったけじゃないか」

 

「それは話が別だぜ拓郎、俺はただただこのクソッタレな世界で送る人生を少しでも楽しくて悔いのないものにしたいだけだ。まあ、せっかく阿漕な商売から足を洗ったのに別の因果な商売をしてるってんだから、いつくたばってもおかしかないがな」

 

 爽やかでな面影なはずなのにどこか下卑た感情が透けて見えるような笑みを浮かべたファンに苦笑しつつも、心配をかけたことは事実であるためきちんと礼を言おうとは考えている。少々俗っぽいこの男は二ヵ月近い付き合いの中で様々な場面で頼りになる存在であると分かっており、同時に不用意なことを発さない慎重さも持ち合わせているのだ。

 

「で、その紙袋は? 差し入れなのか?」

 

「ああほら、ヨンさんのとこから貰ってきたんだ。仕方がないっても病院食は割と味気ないだろ? 拓郎は特に食事制限とかかけられてないし、一応ドクター・カノの許可は貰ってきてる。ファストフードを食わせていいかってな」

 

 ファンから渡された紙袋に入っていたのは、サンドイッチとフライドポテト。69番街の住人御用達であるあのダイナーでは定番のメニューだが、微かな隙間から漂う嗅ぎ慣れた香りが数日ほどお休みしていた食欲を刺激し、思わずベッドテーブルに袋を引き寄せて開いてしまった。

 

「うわっ、相変わらず美味そう……というより、いつもより何だかいい匂いがするような気が」 

 

「おお、よく気付いたな拓郎。まあ聞いて驚け、このポテトは北海道産のフルオーガニック馬鈴薯が一五パーセントも含まれてる高級品だ。塩も伝統的な天日干し製法で得られた食塩、ケチャップはシチリア島の天然トマトから職人が手作りした最高級品で、味も食感も普通のヤツとは全く違う。一度食ったら病みつきになるぜこれは……」

 

「そこまで言われると何か気になってくるな……うっわ、めちゃめちゃ美味い……! こんなのを食べてたらもう二度と合成栄養食なんて喉を通らなくなりそうだ」

 

「だろ? 俺だってあんなゲロマズのゴミカスペーストなんぞ二度と食いたくないって思うくらいだからな。あんなのを水で流し込みながら逃げる債務者を追っかけ回してたのも遠い過去だぜ」

 

 塩で味付けされたシンプルなフライドポテトを咀嚼し、飲み込む。それはなんてことはない日常の一コマのはずなのだが、その瞬間戦場を今回も生き延び、また愛すべき日常へと帰ってきたのだという実感がひしひしと湧き上がってきた。

 硝煙、銃弾、剣戟、悲鳴、怒号、絶叫、そして断末魔。肉体だけでなく人の心を容赦なく揺さぶり脆弱な魂を打ち砕く要素に満ちた戦場は魔物であり、拓郎も最後の最後で軽くない手傷を負ってしまっている。それでも七大ギャング傘下の組による侵攻を防いだ上に敵を半壊させ、親玉たるサンキチロウ・ハマダを捕縛する成果を挙げた『チーム拓郎』はまさしく救世主であった。

 しかし彼らは神や超人ではなく人間であり、何度も戦えば程度の差こそあれど心身が傷付き疲弊する。ともすればそのまま壊れてしまい、二度と表舞台に立つことすらままならなくなることだってありうるのだ。

 だからこそ、殺し殺されを生業とする傭兵であっても帰るべき日常が大切になってくる。それが例えいつ終わるとも知れぬ戦いの日々からすれば束の間でしかない休息であったとしても、彼らの精神を満たしてくれるのだから。

 

「こっちは定番のBLTサンドっぽいけど、まさか……」

 

「ああ。こっちもパンから全ての具材がフルオーガニック食品を一部使用した特注品さ。他は遺伝子組換え式のやつだが、それでも他の自由都市じゃそうお目にかかれない。日本以外で汚染が皆無な土地なんて、支配者階級の集まるリゾート地かガチで何の価値もない小島くらいだからな……」

 

「となると、これだけでも結構なお値段がしなかったか……? 飯は飯でもちゃんとした食材、しかもフルオーガニックのものばっかり使ってるんだし」

 

「あ、代金は気にすんな。ヨンさんが『町を救った英雄に差し入れの一つすらしないのは沽券に関わる』って言って、押し付けるようにくれたからな」

 

 最底辺からどうにか成り上がってきた傭兵の習性故か、ついついベッドテーブルに置かれたそれらの値段を聞いてしまう拓郎であったが、その心配はないと伝えられると遠慮なくかぶりついた。恐ろしくまずい合成栄養食と水だけで飢えを凌いだ脱走直後の日々を思えば一口食べることすら考えられないような高級品であり、舌に触れた瞬間から生まれてこのかたロクに使われていなかった味蕾がフル稼働する感覚を味わっている。

 高名な美食家でなくとも、味覚を大幅に強化する舌状のサイバネ機器をインストールしておらずとも分かる、味の違い。この街では一般的な合成食品とは一線どころか二線も三線も画し、必要十分な栄養素を摂取するだけの合成栄養食が口にすることも憚られる生ゴミにしか思えなくなるほどの衝撃を彼に与えたのだ。

 

「……これも日本産のフルオーガニック食品なのか。あ、味が違いすぎる……!!」

 

「当ったり前だろうが、食料品ならやっぱりメイド・イン・ジャパンだ。武器防具とかガジェットは個人個人で好みとかでどの企業製を使うか分かれるけどな、マトモな飯を食いたいなら日本産一択になる。夏は毎日熱中症で何人も人死にが出る地獄と化すって言われてるのに、ヒマな金持ちや企業(コーポ)の重役どもがこぞって日本に別荘を持ったり長期旅行をするわけよ」

 

 素材を考慮から外せば地球のどこでも食べられるポピュラーなファストフードのはずなのに、こんなにも美味しいなんて。ただ腹を満たすために食べていたそれとは別物としか言いようのない味に感激していた。

 ファストフードですらこうなのだから、きっと中心街にそびえ立つ超高層ホテルのレストランで提供されるフルコースメニューはさぞかし美味しいに違いない。

 だからこそ、現状で満足せず更に成り上がってみせる。いつの日かアシハラの中心で光り輝くビル群のてっぺんへと至り、この光と闇が入り混じった魔都を見下ろして思い切り高笑いしてやるのだという決意を改めて持った。

 最初にそれを志した時には荒唐無稽としか言いようがなく、傭兵としての基盤を築きつつある今でもまだ無謀だと言われても仕方ない気宇壮大な夢であるのだが、それこそが拓郎の生きる活力となっている。生まれてこのかた何も成せず、ただ流されるままに最底辺の暮らしに甘んじていた彼が人生で初めて心の底から望んだ夢であり、それを叶えるためなら命すら擲つ覚悟を持っていた。

 

「まあこんなけテクノロジーが普及すると、差がつくのは目立つところだと飯だからな……それに美味いとなりゃこぞって欲しがるんだ」

 

「普段は安い合成の飯で済ませてるフニャックのヤツがこれを食ったら、引っくり返ってそのまま昇天しそう……そういえばヴィジラント13は? あんまり姿を見せないけど、やっぱり具合が悪かったりするんだろうか」

 

 しかし、幸せな気持ちに浸る拓郎の心にふと一つの疑問が浮き上がった。襲撃の直前までギャンブルを行なっていた二人の仲間のうち、ヴィジラント13がどうなったのか。二人のうち傭兵のフニャックは負傷したものの無事が確認されており、縫合した箇所に包帯を巻いたまま復興作業に精を出している姿を彼自身が見ているため確実なのだが、彼については何の情報もなかった。

 

「ヴィジラント13か……アイツは最期まで立派だった。近くにいた家族連れをスカヴィードッグスから逃がすため、一人で六人を相手取って致命傷を負ってまで撃退して、あの日が終わって少ししたら糸が切れたみたいにぽっくりと逝きやがった……」

 

 無論、拓郎の中では十分に想定されていたことだった。三日経っても何の音沙汰もなければ可能性としては彼も考えていたが、別棟にある集中治療室(ICU)にて面会謝絶状態で収容されているかもしれないという希望的観測に縋っていた。誠は起きている間は常に忙しく動き回っており、そんな時にわざわざ呼び止めてまで絶対安静の患者の様態を聞こうとは思えなかったからだ。

 だが現実は恐ろしく非情である。あの時貸しを忘れるなよと笑いながら別れた男は、69番街を外敵から守るという自らの職責を全うした代償として致命的な手傷を負い、そして戦いが勝利に終わったことを確認してから静かにこの世を去ったのだ。

 

「……最期を看取ったドクター・カノいわく、『賭けの続きができなくてすまん』って俺たちに向けて言ってたそうだ。そんな些細なこと気にする暇があったら、せめて自分の家族とか大切な人にメッセージを残せってんだ……」

 

「ひょっとしたら、俺たち以外にいなかったのかも……いや、そんなことはないか」

 

「まぁ、あり得ん話じゃなさそうだ……貧民街や色街の住人だと、家族や友人なんて元からいないか疎遠になってるなんて決して珍しくもない。拓郎、お前だってそうだろう?」

 

「言われてみれば、高校を卒業してから殆どマトモに連絡取ってないな……まあ今さら取ったところで金の無心と思われそうだし取る気もないけど」

 

 それを聞いた瞬間、この世界は何て残酷なんだと拓郎は天を仰いだが、戦闘に従事する者が死傷するのは当たり前のことである。両陣営が完全にロボットやドローンといった自動機械だけで兵力を構成した戦争でもない限り、戦えばどうしても人は死ぬし傷付く。それは有史以来変わらぬ原則であり、旧世紀から夢想されていた『クリーンな』戦争は二一世紀もあと一〇年と少しで終わりそうなご時世になっても一向に実現していない。

 百年前から見ればすわ魔法かと見紛う先進的なテクノロジーの数々を有しているにも関わらず、かつて中東と呼ばれた石油と死に満ちた砂漠地帯で、レアメタルを豊富に含む中部太平洋にある海底鉱脈の付近で、そして地球を飛び出し静止軌道上や月面、開拓が始まったばかりの火星でさえ前線には必ず人間がいて、仕える企業の利益のために必死で戦い命を散らしている。

 そこに善人と悪人の区別はなく、ただ確率論的に人の生死が決まる。弾丸や爆発がその身を引き裂くか否かは運次第。誰が生き残るのかなど何人たりとも分からないのだ。

 それがこの世界の当たり前であり決して変わらない現実だとは分かっていても、つい数日前まで馬鹿話や賭け事に興じて笑い合っていた仲間がいつの間にか物言わぬ屍として消えてしまったことに喪失感を覚えるのは当然のことであった。

 

「それで、ヴィジラント13のお墓は……? いや待ってヴィジラント、本名……そうだ、あいつの本名も知らなかったんだ俺は……」

 

「スペースの都合上個別の墓はないが、知っての通りハーモニー通りの端に今回の慰霊碑が出来た。そこに彼の本名が刻まれてるから、明日退院したら墓参りだと思って行ってやってくれ。もしも本当に霊魂が存在してるんなら、きっと喜んでくれるだろうよ」

 

 それにあれだけ親しげに話してきた人間の本名すらしらなかった。自警団として働いている時はともかく、ギャンブルをしている時でさえヴィジラントというコードネームで呼び合うことに何の違和感も覚えなかったことに嫌気が差していた。

 自分の中で彼は所詮その程度の存在なのだと、頂点を目指す旅路の最中に路肩のちょっと気になる店舗程度でしかなかったという現実をまざまざと見せつけられたような気分である。今まで意識してこなかった、あまり関わりのない他人に対する無関心さを自身が持っていたことに失ったことで今更気付き驚いていた。

 

「あれだけ接してたのに、いくら貢献しても傭兵だし所詮は金で動くだけのよそ様って思われてたのかも知れない……」

 

「傷心中にこんな事言うのは酷だろうが、あんまり気に病むな。俺たちゃ傭兵でヴィジラント13は正規の自警団員だ。殉職したことは悲しむべきことだが、職務に忠実に当たった結果だからとしか言えん。それにこうして五体満足で生きて死者を偲ぶことができる、それだけでも俺たちとっては勝利なんだ」

 

 しかしファンの言う通り、それでも彼は生きている。69番街に襲来した二つの敵を蹴散らし、その身に一〇発近い弾丸を受けてもなお死なず、何か後遺症を受けることなくこうして五体満足で病室を出られるという幸運を享受した上で。他人を救うべく命を投げ出した彼とは違って、まだ夢を諦める必要などないのだ。

 それにそんなことを引きずったまま次の依頼に臨めば自分が死傷するだけでなくファンやアリサにまで迷惑をかけてしまう。それだけは何とかして避けたかった。

 

「……まあ、嫌なことを忘れるのには寝るのが一番だ。忘れられがちだが、人間の三大欲求の一つだから満足もデカい」

 

「それもそうだ……じゃあ、また明日。今日は早めに寝かせてもらうよ」

 

「おう、しっかり寝ろ寝ろ。明日の最終検査で不調が見つかって入院が長引きました、はゴメンだぜ。また依頼をこなさなきゃなんねえからな」

 

 だから自分もしばしの休息を終えたのならば、かつて見果てぬ夢に向かって全力で邁進しよう。そう決めた拓郎はファンが病室から出ていくのを見送り、サンドイッチとフライドポテトが入っていた紙袋にゴミを入れてまとめるとベッド脇のゴミ箱へと捨てる。

 そして寝る支度をする前に日常である賑わいが戻り始めたレインボー通りへと目をやり、自分たちや他の傭兵、そしてヴィジラント13含む自警団はじめ69番街の皆が守り抜いたものをしっかりとその目に焼き付けることにした。

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