光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
第六話
赤間拓郎は無職である。毎日を生きる糧を得るために日雇い労働に勤しみ、そんな人生を送っていた。つい先日は一攫千金を目論んでギャンブルにのめり込み、男娼奴隷として人体改造をされるというアクシデントを起こすも、偶然の重なり合いが味方して何とか脱出に成功して地上へと戻っている。
そんな彼とて、お金が無ければ食べていけないため再び日雇い労働に勤しんでいた。借金取りのアジトから失敬してきた保存食は幾つかあったが、珍妙な経緯で仲間になった元借金取りことファンにも食料が必要であるし、何より味も食感も酷いため命の危機でもなければ口にしたいものではない。散々扱き下ろしてきた安物の不味い合成食品であったとしても、これよりは遥かにマシ。そんな流言の信憑性を身を以て確かめた彼はせっせと働く。
それに傭兵稼業を始めるにあたって先立つもの──つまり、武器弾薬や各種ガジェットが必要である。いかに切り札となるニューロンブースターを装備していても体内にあるため分かりづらく、目立つ武器や仕事道具を持っていないと相手にされないというのだ。
「金がなきゃ生きることも傭兵稼業も始められないなんて、本当に世知辛い世の中だ……」
「んなこと当たり前だろ、クソッタレのメガコーポどもなんか無かった旧世紀だってカネがなきゃ生きられなかったんだから」
そんな彼らが隠れ住むのは、かつて賑わっていたであろう地下モール。ニューヨシハラ地区の大通りの下を中心にして放射状に広がるそれは地区全体の衰退を受けて殆どのテナントが撤退しておりゴーストタウンさながらだが、夜逃げ同然の閉店をした店舗も少なからずあるため意外と家具や小物は残っている。
おまけに区画によっては電気や水道が通ったままになっているため、ただ生活するだけなら何とかなってしまう。流石に食料までは出てこないため稼いで食べる必要があったが、一時的な隠れ家としては満点に近い。ただこんな浮浪者じみた生活をいつまでも続けるつもりはないが。
『……
「あっ、これ俺たちが巻き込まれた事件だ。あの時は大変だったな本当に、借金取りから逃げ出そうと思ったらもっと危険な連中に襲われたんだから」
「俺にとっちゃ、クソッタレの野良犬どもに寝床は壊されるわ会社は物理的に潰れるわのサイアクな日だったがな。まあ、お前みたいな面白いヤツに出会えて心機一転した日だと思うようにしてるよ」
そんな彼らは廃材で作られた隙間だらけのあばら家がが組まれたテナントの一つで、日雇い労働から帰ってきた拓郎は捨てられていた古新聞を拾って読んでいた。本当ならネット回線に繋がる個人用情報端末を持っていたのだが捕らえられた際に押収され、脱出時に紛失してしまったためアナログな媒体でしか情報を入手できないのだ。
それに端末も決して安いものではないため、当面はこの不便な前時代的生活を強いられることになるのは確定している。こんなことになるなら端末を回収しておけばよかったと後悔するも、後の祭りでしかない。
そんなことを思いつつ記事を読み込んでいくうちに、今回の作戦の主体であるアシハラ市警と特殊部隊の名前は何度も強調されているが、一八人をコンマ数秒で物言わぬ屍に変えてしまった男の名前が一切出てこないことに気付いている。
「……タチバナさんの名前がない。合計で三〇人以上討伐したなら一番の功労者じゃないのか?」
「当たり前だ、誰が馬鹿正直に我々ACPDはインディゴ級傭兵タチバナ氏の助力を受けて〜なんて書くか。傭兵ってのは基本的に裏社会の日陰者なんだぞ」
あの人だって功労者だろうに、何故警察は隠蔽するのだろうか。二人の命を救った恩人であるタチバナの名前がないことを訝しむ拓郎あったが、傭兵とは本来そういうものだというファンの指摘を受けて気付いている。
「俺も元傭兵の同僚から聞いた話でしかないんだが、
当たり前の話だが、傭兵は様々な媒体で表現されるフィクションのようなダーク寄りのヒーローなんかではない。曲がりなりにも現代の文明社会、その粋たる大都市を主たる活動領域とする都合上、時に何でも屋や探偵じみた依頼を引き受けることもあるのだが、基本的にはギャングやチンピラといった裏社会側の人間である。
その存在意義は人類に文明が生まれた頃より変わらず、金銭や物品、その他特権などの供給を対価として雇い主に武力を提供することであり、暴力に特化したチンピラみたいなものでしかない。
つい一週間前まではフィクションでしか傭兵を知らなかった彼からしてみれば夢を壊される話であり、理解はしていたが少し傷付いた気分になってしまった。なまじタチバナという外れ値の存在を見てしまった分、余計にダメージを負っている。
「……ちょっと散歩でもしてくる」
「おう、さっさと帰ってこいよ。地区が寂れ始めてから夜の治安は悪くなる一方だ、一本裏通りに入ったらカスみたいなチンピラ共がウロチョロしてる。五年前まではこんなことなかったんだがな」
こうなったら、気晴らしに散歩でもしよう。留守をファンに任せ、お小言を背中で受けつつ隠れ家を出た彼は
仄暗い通路を足早に通り過ぎると地上へと出た。夏前の梅雨の時期でもひんやりとした空気が漂う地下通路とは違い、湿気を多分に含んだ外気がべたりと貼り付くような感触は決して愉快なものではないが、事前に聞いていたこの地区のことを思い出しながらほぼ新月の夜を歩く。
「本当に寂れてるんだな、この地区……ちょっと裏通りに入ると人気がなくなってる」
ニューヨシハラ。アシハラが独立した都市国家ではなく単なる人工島であった時代から歓楽街として存在するこの歴史ある地区は、中心街から南西に約一キロと少しという好立地をしておりナイトライフだけならずこの街で遊びたいならここは決して外せないと言われるほどに隆盛を極めていた。
しかし五年前にペニンシュラ・オブ・プレジャーという新たな統合リゾート地区が市の北端に誕生したことで、娯楽産業に従事するヒトや投資されるべきカネがこぞってそちらに向かった結果、急速という言葉すら生ぬるい衰退に苛まれている。
大手や老舗の店舗が残る大通りこそある程度の人が往来しているが、裏通りに入ればそこには昔日の活気を失い殆どの店に落書きまみれのシャッターが降りた惨状が広がっていて、学生時代にどこかで聞いた盛者必衰の理という言葉をつい思い出している。
「……距離にしたら全然離れてないのに、真逆の結果になるなんて」
ほんの数十メートル離れた大通りでは大電力を惜しみなく使った看板や立体広告が煌めく店に何十人もの客が吸い込まれるように入っていくのに、しきりに明滅する古びた街灯の頼りない明かりしかないこの路地には営業している店どころか通行人すらもいない。そんな世の無常さを感じながらある細い十字路に差し掛かったその時だった。
「や、やめてくださいっ……」
「ねぇねぇ姉ちゃんめっちゃ可愛いねぇ〜、俺たちと遊ばない? 一晩遊んでくれたら一〇〇〇クレジットくらい出しちゃうよ」
「オトナの玩具もアガるクスリもいっぱいあるぜぇ、多分君デリの嬢みたいだし、金もらって気持ちよくなるの好きっしょ?」
何やら不穏な声がする方向を見れば、人気のない路地裏で三人のチンピラによって強引に連れ込まれそうになる少女の姿を見てしまった。無論、チンピラも少女も拓郎の存在に気付いておらず進行方向にもいないため、そのまま我関せずで素通りすれば無事に通れるだろう。脅威となる存在は目の前の欲望を貪ることに必死であり、周りが全く見えていないのだから。
弱者が強者にいいようにされる。これはアシハラだけならずこの世界の真理であり、こんな光景は特段珍しい話ではない。出張中のデリバリー性風俗の従業員が運悪くチンピラに捕まり、筆舌に尽くしがたい悲惨な末路を辿る。月に一度は起きるありふれた悲劇であり、殆どの通行人なら例え撃退できる力があっても見て見ぬふりをしただろう。そんな『些事』にいちいち構っていてはキリがないし身が保たないからだ。
だが拓郎は違った。何の力も持たないならともかく、戦える力があるにも関わらず目の前で踏みにじられている人を見て、これが世の習いだと無感情で見過ごせるほど人間性が摩耗しきっていなかったのだ。
「おい、お前たち何やってんだよ!」
目の前で起こる悪事を前に半年以上に渡るこの街での生活でなくなりかけていた正義感に再び火が灯り、彼は主人公じみたヒロイックな叫びと共にチンピラの前へ躍り出た。当然ながらそんな目立つ登場をすれば大いに注目を浴びてしまうが、少女を助けたい彼としては寧ろ望むところである。
「ああん、誰だお前……って、ホントに見覚えのないヤツが来ちまった。いやマジで誰だよオメェ」
「見た感じここらのヤツじゃなさそうだけど、テメーどこの地区出だよ!?」
「別に誰だっていいだろ、それよりさっさとボコってお楽しみしようぜ!」
卑劣な悪事の下手人たる赤、黒、青のジャージを着た三人の男は、全く見覚えのない乱入者を見るなり少し驚いた表情を見せたが、すぐに自分たちの楽しみを邪魔する存在であることを悟って臨戦態勢に入っている。オーソドックスなメリケンサックに有刺鉄線と釘で禍々しくなったバット、サタデーナイトスペシャルと呼ばれる見るからに粗悪な拳銃。いかにもそこらのチンピラですといった具合の武装を見せびらかして彼を威嚇した。
三人とも哀れな通行人に因縁をつけて殴るのは好きであったが、今はお楽しみを邪魔してきた不埒者を追い払うのが優先事項であり、目の前で粋がる男が怯えて逃げ出せばそれでよかったのだから。
だが、チンピラ三人組にとっての不幸は彼がお節介が過ぎる一般人ではなく、ニューロンブースターを装備した上に実戦経験を有した戦士であったこと。おまけに周囲に他の敵対的な存在がいない以上、遠慮なく切り札を用いて戦えることだ。
「へっ、一般ピープルがカッコつけてんじゃねーぞ!!」
「雑魚は雑魚らしく見なかったフリしてりゃ痛い目に遭わなかったのにな!」
「まあ、可愛いのと楽しむ前にコイツをボコる楽しみが増えたってことだぜぇ!」
そんなリーダー格と思しき赤ジャージの嘲りと共に残る二人も拓郎をコケにしながら臨戦態勢に入り、近接武器を構え銃口を向ける。確かに一般人なら泣いて許しを請う場面だが、彼はもはや理不尽な暴力に怯えるだけの一般人ではない。
「ボコられるのは、お前たちの方だ!」
既に戦いも殺しも経験している拓郎は落ち着いてニューロンブースターを起動。色褪せて減速していく周りには目もくれず、近くにいた赤ジャージのチンピラの顔面を六発殴り付け、黒ジャージを同じように最後に青ジャージの顎と脇腹を二回ずつ蹴り飛ばす。地下での戦いで大まかな発動時間は体が覚えており、あの時から無駄は確実に少なくなっていた。
「おら、吹っ飛べ!」
それでも余った時間で三人を思い切り殴り飛ばしたところで作動時間が終了し、拓郎の視界に時間と色彩が戻ってくる。それと同時に拓郎から見て止まっていた三人には経験したことのない試練が訪れた。
「「「ぐぎゃわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
ほぼ時間が止まっているところに与えられた痛みで揃いも揃って気の抜けるような悲鳴をあげ、一メートルほど吹っ飛んで倒れ込むと悶絶したままうごめいている。来ると分かっていればある程度耐えられるのだが、何の予兆もなく来られると大抵のヒトは為す術なく苦しむことになる。特殊な訓練を積んだ一部の軍人や企業の保安隊員ならともかく、裏路地でクダを巻き、一般人の中でも弱い者にしか絡めない無名のチンピラにそんな芸当などできやしない。
それでも予期せぬ激しい痛みに苛まれながらも何とか起き上がろうとするため、確実を期するべくトドメの一撃を食らわせている。
「っ、大人しく寝てな!」
「ぶ!」
「べ!」
「ば!」
そのまま三人は股間を蹴られた順に泡を吹いて路上でピクピクと力無く震えるだけの哀れな生き物と化し、人気のない裏路地に立っているのは拓郎と少女だけとなる。路上に転がった三つの粗末な武器を取り上げたことで妙に得意げな彼は、ちゃっかり戦利品を確保しつつも人助けという正義を為したことで大満足だ。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん。君を襲っていたチンピラはホラ、この通りおねんね中さ」
何が起きたのか分からず怯えた様子の相手に対して、見栄っ張りの部分が出てしまい思わず少し気取った声で無事を確認してしまう彼であった。大抵の男は可愛らしい少女の前でカッコつけていたいものであり、彼もその呪縛からは逃れられなかったのだ。
「あ、ありがとうございます……こんな私なんかを助けていただいて。三人の悪党を一瞬で叩きのめしてしまうなんて、凄い人なんですね」
「いいってことさ。あのまま見逃してたら絶対に寝覚めが悪かっただろうし」
ひょっとしたらこの子とお近付きになれるかもしれない。そんな微かな下心を義侠心や見栄というオブラートに包んだまま綺麗事を言い放つ様は中々に滑稽なものだが、拓郎とて男であり美少女と仲良くなりたい欲望は存在している。
連絡先の交換くらいならいけるかと皮算用を始めていた彼であったが今更端末を持っていないことに気付き、同時に今の自分はほぼ一文無しの根無し草で、企業連中の搾取対象である底辺労働者よりも悲惨な身の上であることを改めて認識させられていた。
こんなんじゃナンパも糞もあったもんじゃない。例えうまくいっても根無し草とバレたら惨めに振られるのがオチだ。そう悟った拓郎はナンパ計画を取り止め、ただ紳士的に振る舞う通りすがりになることにした。
とはいえ正直なところ最初は悪事を止めたかっただけの拓郎にとっては、目の前の相手が誰で普段どこで何をしてるかなんてさほど興味もなかったのだが、瞳を潤ませる美少女の次の一言で彼の表情は一変する。
「こんな酷い世界で助けてくださる心優しいお方……不躾ではありますがどうかお願いします、私の居場所である69番街を助けてくださいませんか」
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。