光輝の都の頂へ〜元社畜、欲望渦巻く魔都にて傭兵生活を始める 作:ズブ左衛門
「二人とも、マダムの御成りだ」
そんな感想を抱いている時に、コツコツとハイヒールの音を響かせながら質素ながらよくまとまった部屋の中に現れたのは、二人ともが予想だにしなかった人物であった。約一九〇センチ近い恵体を持つ拓郎よりもなお二〇センチ近く高い背丈と鍛え抜かれた筋骨が力強い浅黒い肌の男性であり、顔面や体表に埋め込まれたり装着された多数のサイバネ機器もあって歴戦の軍人か傭兵かと思ってしまうが、注目すべきはその格好である。
真紅を基調とした女性もののパーティードレスにハート状の縁をしたサングラス、数十の真珠が連なる金のネックレス、そして白銀に輝くハイヒール。一見するとミスマッチかと思ってしまう破天荒そうな服装をした人物こそが、『ウキヨエ』の経営者にして看板娘ならぬ看板ドラァグクイーン、そして嘘かハッタリかと間違う実績を幾つも持つ伝説のフィクサー、マダム・スミス本人のお出ましであった。
「ハァイ、ビジター。ようこそニューヨシハラの片隅にある69番街、そしてアタシの城『ウキヨエ』へ」
綺麗なバリトンボイスで放たれる気さくな挨拶に思わずたじろいでしまう二人だが、自分たちは今この区画の顔役とも言うべき人物を目の前にしていることを改めて理解している。その気になれば指一本で自分たちを破滅させることができる大人物に対して間違っても失礼があってはいけない。予想外の装いに驚いていても二人は
「赤間拓郎です、この度はお時間を作っていただき誠にありがとうございます!」
「ファン・マクダニエルです……まさか伝説のフィクサーにお会いできるとは……!」
「いいのよそんな改まった態度をとらなくて。やれ地域の顔役だのニューヨシハラを牛耳る闇のフィクサーとか好き勝手言われちゃうけど、アタシはちょっとお節介なだけのオカマ。それがマダム・スミスの本性よ」
そんな緊張した雰囲気を感じ取ったスミスは場を和ませるべく、軽い自虐と共に対面のソファーへと座ったちょっとした雑談のとっかかりとして二人に飲み物を勧めている。重要な話し合いの時こそ、ちょっとした間の取り方が大切であることを知っているのだ。
時に張り詰めた空気を緩める清涼剤として、時に無慈悲な先制攻撃を行う前のジャブ代わりとして。フィクサーとして大小様々な勢力や個人を相手に丁々発止のやりとりを星の数ほどこなしてきた猛者は、ちょっとした所作や言葉で自らのコントロール可能な空間を作り出す術に長けている。
「クリス、ビジターに飲み物を出してあげて。二人とも何がいいかしら? よっぽど高いとか変わったモノじゃなきゃ大抵あるわよ」
「俺はコーヒーでお願いします」
「紅茶でお願いします」
「何か砂糖とかクリームはいらないの? ホラ、遠慮しないで」
「……砂糖とクリームを少しずつ入れていただけますでしょうか」
「い、いえ、そこまでしていただくわけには……ストレートをお願いします」
「だそうよ。アタシはいつものブレンドでお願いね」
クリスと呼ばれた二人を案内してきた偉丈夫は、スミスに向かって恭しく一礼すると素早く応接室から出ていき、階段がある方とは反対の廊下に消えていく。恐らくあっちに従業員用の給湯室なりキッチンがあるのだろうと場違いにも拓郎は考えてしまったが、すぐに思考を目の前へと戻した。
「まあ、そうかしこまらずに。それで、アタシに何のご用かしら……という話をする前に少しお話しましょ。せっかく知り合ったのにビジネスの話ばっかりじゃアタシ寂しいわ」
それを見送ったスミスは立ったままの二人に着席を促し、飲み物が来るまで雑談をしようと先手を取って話題を振っている。元より人と出会うことは好きであったし、お喋り好きなキャラクターを演じるのは慣れっこであったが、何よりこの善良だが冷徹な顔役は既に二人が何を目的にここまで来たのかをショウコ経由で知っていた。
だからこそ少し奇抜な形のサングラスの奥では口から飛び出る軽快なトークとは対照的に、一つずつある生身の目とサイバーアイが凄腕のフィクサーとして二人を冷徹に値踏みし始めている。
「……あらまァ、二人ともアシハラ生まれではないのね。それに、ミスター・アカマは日本出身なの!? 三つのメガコーポの本社を抱え、総GDPも一人あたりGDPもぶっちぎりの第一位で汚染とも戦争とも無縁の国なのに?」
「俺は何次下請けかも分からない会社で永遠に続く最低賃金の暗黒労働に耐えられなくなって、それで一旗挙げようとこの街にやってきました」
「……ごめんなさい、それはさぞ辛かったわね。一個人としてアナタの夢がこの街で叶うことを願っているわ」
少女からの報告とリアルタイム検索で得た情報、そして過去に人伝に得た見聞を総合していった結果、この二人は是非にという程ではなくとも可能ならば自陣営に引き入れたいと思わせていた。
情報が極めて少ないのが不確定要素だが、旧式のニューロンブースターを最低限まともに使いこなして武装したチンピラ三人を瞬殺した自称無職の赤間拓郎と、一〇年以上も借金取りとして法制上グレーな実力行使を伴う取り立て業務をこなしてきたファン・マクダニエル。現在の正確な実力こそ手頃な仕事で見極めねばならないが、少なくともストリートや下層民向けの酒場で屯する粗暴で礼節や品性の欠片も感じられない最下層の自称傭兵どもより遥かに使い物になるだろうと結論付けている。
「ミスター・マクダニエルの噂は聞いているわ。市街地の近距離戦にも関わらずライフルを主な得物として戦い、誤射もなく逃げる債務者を殺さず捕らえる……人の命が軽いアンダーグラウンドな界隈でも名前が聞こえてくるのよ」
「父が軍人……コーポどもの保安部隊ではなくカンボジアの国境警備隊で選抜射手(マークスマン)をしていまして、ライフルや弾薬の扱いは子どもの頃から慣れていますので。それに対象を殺してしまえば債権回収がほぼ絶望的になりますので、最後の手段にしています」
「うんうん、謙虚なのもバッチグーよ!」
加えて、現在の69番街を取り巻く情勢を考えると、使える戦力は少しでも多いほうがいいのもまた事実である。ニューヨシハラ地区全体を取り巻く再開発のムーブメントによって莫大な金と同時に複数の勢力が蠢動しており、新たな戦乱を呼ぶきな臭い風が吹き始めているからだ。
メガコーポほどではないがある程度の規模と相応の野心を有する企業や、中心街に程近い一等地における勢力拡大を目論む複数のギャング集団。既に始まっているバトルロイヤルじみた水面下の抗争は段々と規模が大きくなっており、その無慈悲な戦火は争い事に関与したくないこの区域にも迫っているのだ。
フィクサーを引退する前ならば、ひとたびマダム・スミスの名を聞けばそこらのチンピラや愚連隊はおろか、ギャングや企業ですら手出しを止めていたが、半ば朽ちたりとはいえ歓楽街地区全体の利権再編成という巨大な餌の前では、リスクよりも利益が勝るとして誰もが次の覇者になるべく策謀を巡らせている。
「で、ミスター・アカマに戦った経験は?」
「地下通路を探索してる時にスカヴィードッグスと何度か小競り合いしたくらいでしょうか」
「あの狂犬相手に……その言葉がウソか真かは、きっとアナタの仕事っぷりが教えてくれるわね」
だがスミスは絶対に退かないと決めていた。アシハラという伏魔殿において三〇年以上に渡ってフィクサーを担ってきた矜持もあったが、何よりこの地に根を下ろしてからずっと大切にしてきたことを台無しにされたくないという気持ちが強い。
自らの城である『ウキヨエ』やその領地たる69番街は、性的マイノリティを始め社会的立場の弱い者や明日の生活すらままならない困窮した人でも笑顔で生きていけるようなコミュニティの象徴であり、それを傍若無人に踏み躙ろうとする悪辣な輩から守らねばならないという使命を自らに課しているのだ。
しかし契約相手に対して自らの使命に賛同してもらおうなどとは微塵も思っていない。此方は対価を払い、相手は決められた仕事をする。その契約が誠実に履行される限り、スミスは何かアクションを起こす気はないのだ。
「……さて、場も温まってきたことだし、そろそろビジネスの話をしましょう。傭兵としての第一歩を踏み出すに相応しい仕事を任せたいの」
情報の少なさ故に一度しくじったものの、場もある程度暖まってきたことだしそろそろビジネスの話でもしようかしら。そう決めたスミスは少しだけ表情を変えると、さらっと本題である依頼の話を切り出した。
昨晩ショウコから報告を受けた際に新米向けの簡単な依頼を見繕ってあり、二人の力試しも兼ねて提案している。内容は企業の外部委託課辺りが新人〜下層傭兵を想定してバラまくありふれた警備依頼とさして変わらないものだ。
想定外なのは拓郎一人ではなく仲間がいたことであったが、新米傭兵が一人増えた程度で支払いに困窮するほど金欠ではないし、いざとなったら自らのポケットマネーから補填するため問題はない。フィクサーとして蓄えた、幾つにも分けられ厳重に守られた個人資産の総額は、富裕層と呼んで差し支えないほどに有しているのだから。
「アナタ達に任せたい仕事は、この区画における昼間の警備。稼ぎ時の夜間は自警団がここの治安を守っているのだけど、昼間は自警団メンバー含めて殆どの住人が寝ているからどうしてもカバーできない。だから、アナタ達傭兵に頼みたいのよ」
「警備……ですか。とりあえず不審者を見つけてボコボコにしてから自警団の方に引き渡せばいいんですか?」
「そんな不審者を見つけたら遭遇場所や時間、会話内容、去っていった方向を逐一記録して。あと、向こうから敵対的な行為がない限り自衛のみでお願いするわ」
「何か……探偵や何でも屋みたいな依頼ですね。最初からもっと『迫り来るチンピラ集団を叩きのめせ』とか言われるのかと思ってました」
「現実はそんな華々しいものじゃないのよ、傭兵も企業もね。映画やビデオゲームの主人公みたいに企業や国家の大部隊相手に大立ち回りを演じる機会なんて何年かに一度くらいしかないし、それもインディゴやブルー級みたいな一流どころでようやく資格があるくらい。殆どはこんなジミ〜でダルな依頼ばかりこなして日々を生きてるのよ」
しかし傭兵というと、どうしても命の切った張ったを想像してしまうらしい。確かに敵対勢力を相手取った派手な戦闘は傭兵として栄達を夢見る者にとっての檜舞台である。スミスは明確な否定のため首を横に振ると、依頼をしたあらましを部外者に向けて話していい部分だけ話し始めている。
「アレは十日前に住民から自警団へのタレコミがあったのが始まりね……」
曰く、午前から昼下がりにかけて不審者の目撃情報が相次いでおり、住人や通行人に暴力を振るったり何かを盗むといった目立った被害こそ確認されていないが、通行人に対して『◯◯の場所はどこですか』と尋ね、相手が答えるとその正誤を問わず少額の謝礼を渡して去っていく行為が繰り返されているのだという。
最初は運悪く迷い込んだ観光客かニューヨシハラの複雑な裏路地に疎い他地区の住人だと思われていたが、それが連日かつ複数回続く上に何度も同じ人物が同日に顔を出して似通ったことを聞いていたため、四日目には不審者として認識された。
当初は本物の通貨を渡しているため単なる悪戯の類──アシハラにはカネにモノを言わせ下層民たちに危害こそ加えないが意味不明なイタズラを仕掛ける富裕層が複数いるのだ──だと思われており、住人の大多数も迷惑ではあるがほぼ無害な存在だとしか思っていない。無視したところで何の害もなく、面白半分に答えても安い飲食店の一食分くらいのお金が貰えるのだから当然である。
だが、スミスはそう思わなかった。長年地元の顔役をを務めた直感が、きな臭い情勢の中で行われたその不可解としか言いようのない奇行を『非友好的勢力による何かよからぬ企みの下準備』だと判断し、自由に動かせる兵力など皆無に等しい状態で何とか対処をしようと考えたのだ。
「……そうそう。さっきはああ言ったけど、もし向こうから喧嘩おっ始めてきたなら全力でボコしちゃって構わないわよ。生きてたら後はこっちで根掘り葉掘り『インタビュー』するし、運悪く死んじゃったら……その時はその時。アナタ達もアタシ達にも罪はないわ」
最後に笑顔でさらっと物騒なことを言ってのけたスミスに、二人は自分たちが相対しているのはそこらの自称顔役などではなく伝説のフィクサーであることを改めて認識させられている。明言しなくとも伝わる、裏社会を長年渡り歩いて生き残ってきた自負と流儀。そんな膨大な経験の中ではよくあることと言わんばかりの態度は、拓郎を
「……あら、少し話が逸れてしまったわね。それで、アナタ達はこの依頼受けてくれるかしら?」
そう続けられた言葉と共に、スミスの眼窩にある生身の目とサイバーアイが二人を見る。アナタ達ならきっと受けてくれるはずという期待と、契約したならば裏切りを決して許さないという警告の両方を込めた視線が二人を容赦なく射抜いてすくみ上がらせた。この値踏みと威圧の合わさった鋭い視線を受けてなお平然としてられるのは企業の熟練渉外担当官か、長年に渡り幾度もの修羅場を潜り抜けた古株のギャング幹部だけだろう。
「……受けます。俺はそのためにここに来たんです、この街で金持ちになりたい、ビッグになる夢を叶えたい。だから傭兵稼業の第一歩としてまずはその依頼をきっちりこなします」
そんな眼光に捉えられた拓郎は、一瞬だけ何もかもかなぐり捨てて逃げ出したい衝動に駆られたが、そんな心の弱さを抑えて意地と根性で踏ん張った。大物になりたいという拓郎の意志は固く、ゴミ拾いや最低賃金の単純労働で残りの寿命を終えるのではなく傭兵として成り上がり、いつの日か中心街に聳え立つ超高層ビルの最上階で極上のフルコースを楽しみながら、この美しくも残酷な街をしたり顔で見下ろしてやると決意したのだから。
そして地味なこの依頼は比類なき栄光へと続く道の入口であり、誰からも恐れられるアシハラの伝説となる第一歩でもある。だからこそ、決して名も残らぬ依頼でも好スタートを決めてやりたいと思っていた。
仮に道半ばにして斃れることになったとしても、夢も希望もないその日暮らしを何十年と続けた先で後悔や絶望を抱きながら静かに朽ちていくより遥かにマシな生き方であると信じているのだ。
「ふぅン、イイ面構えと根性してるじゃないの、最近は成り上がり志望でもそういうハングリー精神のある子は中々いないのよね」
そんな夜郎自大と言われてもおかしくない夢を臆せず語る拓郎の姿に感心したスミスは本心から賞賛している。糊口を凌ぐため、病身の家族の治療費を稼ぐため、はたまた復讐のため。傭兵という刹那的な業界に飛び込む理由は人によって様々であったが、メガコーポによる人類の支配体制も盤石となったこのご時世に『成り上がりたい』などという恐ろしく青臭い目標に邁進しようとする姿は、世の裏側を見すぎてすっかりスレてしまった身にはひどく眩しく映ったのだ。
「ならどんどん実績を積み上げなさい、そうすればもっといい仕事を回してあげられる。その聞いていて愉快なビッグマウスに見合うだけの実力を期待してるわよ、タクロウ・アカマ」
その言葉と共に拓郎とスミスは立ち上がると、自然に固い握手を交わす。それは彼が傭兵としてひとまず69番街に受け入られた証であり、同時に血や硝煙、金と名声に彩られた刹那的な傭兵の世界へと足を踏み入れた証でもあった。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ評価や感想、ここすきや誤字報告などいただけると幸いです。