この小説も結構展開悩んだんですけど、「うるせぇそんなことより描き切れェ! お前創作やってんだろうが!!」とアクセル踏む勇気をくれました。
遅筆ですが頑張ってブッ千切りますわよ~~~~~!!!!
人生、理不尽な事の10や20はあるもんだと思う。それが自分の中でどんな風に突き刺さるかは、まあ置いておくとして。
もしかしたら100あっても全部跳ね除けることが出来てしまうかもしれないし、1つ2つしかなくても深く突き刺さってしまって人生を捻じ曲げてしまうことだってあるだろう。
そして、その二つで考えるのなら僕は多分後者の側なんだと思う。最初の1回があまりにも痛くて辛過ぎて、未だに傷口が塞がり切らない。
つまり何が言いたいかというと、今この瞬間こそが僕の人生の中で最大級の地獄であろうということで。
「それで、連れてきちゃったの?」
「う、うん……つい」
「ひぃ…………」
向けられる視線、視線、視線。それだけで心は完膚なきまでに圧し折れる。
トレセン学園はウマ娘のための学園。であれば、合宿のトレーニング場所である此処に居る過半数は女子な訳だ。
見事にトラウマを直撃してしまい逃げ出すことすら出来なくなった憐れな男は、手近な男性の背に縋り付く無様を晒していた。
◇
例の女の子――――ドーベルと呼んでいいと言われた――――に連れられ、トレセン学園の合宿場所へと引き摺られてしまってから暫し。ようやく視線にも慣れてギリギリ正気で会話ができる程度になったのを見計らってドーベルのトレーナー、そして彼の先生だというお婆さんと三者面談の形でとりあえず話し合いが始まった。
「じゃあ、まずはお名前から聞きましょうか」
「あぇ……か、カズサ。草場カズサです……」
「カズサ君。良い名前ね……それにしても、草場、ね」
とても優しい、けれど決して曲がらない一つの芯があるようなその声と視線。まるで違うのに、僕が
お婆さんが僅かに考えるそぶりを見せてから再び口を開く。
「貴方のお婆さん。もしかして、草場ヤエコって名前じゃない?」
「あ、そうです」
「そう……今も気難しくてつっけんどんで、そのくせ背はピンと伸びててるんでしょうね、
「ひぇ……?」
まるで想像だにしていなかった言い方で祖母を呼ばれてたじろぐ。祖母ちゃん、メジロといい一体何の因縁抱えてるんですか。
一瞬真っ赤な炎が背後に見えたかと思うとそれはすぐに鎮火し、お婆さんは話を続けた。
「ごめんなさいね、怖がらせちゃったかしら。貴方のお婆さんとは……少し因縁が、ね?」
「はあ……まあ、ああいう性格ですし、その、昔は敵も多かったのかな、なんて……へへ」
「多かったと言えば多かったかしらね。その分味方もそれなりに居たけれど」
「明らかに少しって言えるような
「あら、レディのヒミツを探るのは禁物よ?」
「あっはいすいません」
ドーベルのトレーナーが一撃で黙らされる。でも気持ちは分かる。すごく朗らかな笑みでそこに居るのに、声の奥底とでも言うべき部分が全然笑ってない。なんかすっごい怒ってる。
ただ、振りまかれる怒りの割に敵意のようなものは感じられない。普通に考えれば矛盾していそうなその独特の感情は、長い年月がそうさせたのか、地層とでも表現するべき形でそこに存在していた。
圧に押されながらも、今度はドーベルのトレーナーが率先して口を開く。
「まずは謝らせて欲しい。昨日は君の家に押し掛けるようなことをして済まなかった」
「い、いえ、得体のしれない男の家に行くんですから、そっちが正しかったと、思います……というかこっちこそ、祖母ちゃんが追い払ってしまって、すいません……」
「さっきの様子からして、女子か見知らぬ他人のどちらかにトラウマがあるんだろう? だったら君のお婆さんの方が正しいよ。圧を掛けるような真似をしたのは間違いない」
「え、えと……それじゃあ、謝罪、受け取って、おきます……」
此方が謝罪を受け取ると、ドーベルのトレーナーは引き締まった顔を緩めて人懐っこそうな笑みを浮かべる。真面目な時はとことん真面目だけど、どちらかというとこちらの顔の方が素なのだろうか。
トレーナーの手にはさっき僕がドーベルに渡したスケッチブックがあった。
この面談が始まる前、お婆さんと彼は真剣な表情で絵を一枚一枚見ていて、そして最後の一枚で目を見開いた。つまりはドーベルと全く同じ挙動で、それが何だか可笑しくて笑いそうになるのを必死に堪えたりもした。
「おおよそ何が起きたのかはドーベルから聞いてたけど、確かに凄いよ、これは。数回見たシルエットだけで体格とおおよその走り方を見切るなんてそうそう出来る事じゃない。君の努力が凄いのは確かにあるけれど、それに加えて元々の観察眼が鋭いんだろうね」
「でもフォームが綺麗すぎて違和感があるわね。さすがにそこは模倣しきれなかったかしら?」
「ご、ごめんなさい……結局は、頭の中で動かした、想像……というより、妄想、ですから。それに――――」
「謝らなくていいの。それと、その先は止めておきなさい」
「は、はい」
いつもの癖で扱き下ろしそうになったのを、お婆さんが止めてくる。そんなに表情に出やすかっただろうかと思う反面、祖母も僕のネガティブな感情には鋭敏だったと思い出す。きっと言おうとした言葉も似ているんだろうなという、不思議な確信があった。
話はドーベルが僕をここまで連れてきてしまった理由に触れた。
自分の走りを実際に見たらどんな風に描くんだろうと気になった、と彼女は言っていた。そんなに気になるものなのだろうか、たかが妄想と現実の差じゃないのかと言葉を濁しながら訪ねると、お婆さんは朗らかに、トレーナーは困ったように眉を傾けながら、それぞれが笑っていた。
「ベルちゃんもウマ娘だもの。自分の走る姿には敏感になってしまったんでしょうね」
「こう言うとあれだけど……想像上と現実を写し取ったもので差を見比べたくなる気持ちは分かるよ。俺でも実際に見てみたいかって誘ったと思う」
「そ、そういうものですか……」
過大評価を受けている気がして、どうにも上手く受け取れない。他人事みたいに感じてしまう。
こういう形で話して初めて気が付いたけれど、僕の絵を見て引かなかったという条件だけで僕は結構ガードが緩くなるタチらしい。今までだったら絶対に嫌だって思ったものが、まあいいかなと許せそうになってしまっている。
これも、褒められたかったっていう
少し間を置いて、トレーナーは僕に真剣な顔で問い掛けてくる。
「カズサ君。知らない誰かに見つめられ続けるだろう此処は、君にとってきっと凄く辛い場所だと思う。まだ怖いんじゃないかな」
「う……そ、そうです」
「今ドーベルの担当をしているのは俺だ。だから、ドーベルの責任は俺の責任でもある。その上で、君に問いたい。君は、彼女の走りを見てみたい?」
その言葉に、しばらく黙り込んでしまう。
きっと、ここで「そうでもない」とでも言えば、この人は僕を帰してくれるだろう。どうしてこんなに親身になってくれるのかはまるで分らないけれど、どうしなくちゃいけないかじゃなくて
色んな感情が過る。きっと迷惑だ、とか。常識的に考えるなら断れ、とか。余計な事になる前に帰った方が良い、とか。
視線だけで心の折れた僕に一体何が出来るのかと、冷徹に投げ掛ける自分が居る。
「み、見てみたい、です」
「理由を聞いてもいいかい?」
けれど、それでも。
僕を褒めてくれた人の期待に、応えたい。たとえそれでもう一度、もう二度と立ち上がれないほどに砕かれてしまうとしても。
これが今生最後の機会になったとしても、それでいいから。
「ど、ドーベルは……僕の絵を、凄いって、言ってくれました。物珍しさだと、思います。で、でも……今まで、同年代で、そういう風に言ってくれた人……いなかったので。一度くらい、向き合いたいんです……誰かが、認めてくれた、僕と」
「うん、分かった」
告げられた答えは、短くも真っ直ぐで。ここにいる限りは自分が守ると視線が雄弁に告げている。
いいですよね、とトレーナーがお婆さんに問うと、お婆さんもまた真剣な目のまま微笑みながら頷いていた。
「お互いの立場を考えるのなら、ドーベルの一時の気の迷いということにして貴方を帰すべきなのでしょうね」
「ぼ、僕も、そう思います」
「でもね。そういう風に立ち上がりたいと、駆け出したいと願う若人を応援したくなるのがトレーナーっていう生き物なの」
だから認めます、と。短い言葉に重すぎるほどの信頼を載せながら、お婆さんは僕の背を押してくれていた。
「それに、あのヤエコのお孫さんだもの。きっと悪い子ではないわ」
「先生、なんかちょっと私怨入ってませんか……?」
「あらあら、おほほほほ」
「「ひぇ……」」
祖母ちゃん。この人に一体何したんですか。
◇
お婆さんが自分の肩書を使って僕の一時的な入構を認めさせてから暫し。予想通り渋られていたのが祖母ちゃんの名前を電話口で出した瞬間あっという間に話が進んだりしたけれど、僕はそこにはもう触れない方針でいこうと決めた。なんか怖いので。
僕自身も祖母ちゃんに経緯を電話で話した。良いかと聞こうとする前に「行ってきな」といつもの調子で言われて、電話する用事が出来たと言葉少なに切られた。
思い返せば、僕は祖母ちゃんの過去を殆ど知らない。肉親の来歴なんて知ろうと思わなければそんなものなのかもしれないけれど、母さんが中央にいたことといい、祖母ちゃんが中央のベテラントレーナーと知己らしきことといい、僕の家は思っていたより
「その、ごめん。考え無しすぎた。いきなりこんなことになって……迷惑でしょ」
「い、いいよ。というか、元を辿れば、僕があんなとこに居たのが、悪いんだし……へへ」
三者面談が終わってドーベルが合流し、僕の立ち位置について共有するという建前の元で座談会が始まった。開口一番お互いにペコペコ謝り合う僕とドーベルを見ながら、お婆さんは嬉しそうに話し始める。
「それにしても……あのベルちゃんが、男の子を好奇心で引っ張ってくるなんて、ねぇ?」
「うっ」
「
お婆さんの笑みとは対照的に顔が引きつるドーベル。今までになく追い詰められたような顔でどうにか話題を逸らそうと言葉が右往左往している。
彼女に代わって何かを言おうとしたトレーナーを大声で遮って、ドーベルは取り調べの自白じみた空気で自分の事を話し始めた。
「その、アタシさ、家が家だから、男の人に慣れてなくて。トレーナーと話すのだって、最初の内は結構苦労してたんだ」
来歴ゆえの未知への恐怖という形で発露した男性への忌避感、そして過去に遭った自身の才覚への認識。周囲の声が自分を苛むように聞こえて、実力を発揮できない時期が続いたという独白。
その言葉は切実で、そして「だからこそ」という響きを滲ませている。自分の在り方がそうだったからこそ、僕の事を放っておけなくなったと声は続く。
「……そっか」
「でも、やり方は……もうちょっと考えるべきだった。ごめん」
「い、いいよ……その、ありがとう。い、今まで、こんなに親身になってくれた人、ほとんど……いなかったし」
優しいんだね、という言葉を飲み込んだ。今ここで言うのは何だか皮肉っぽい感じがしたから。
何となくそう言うのが憚られて、それよりも感謝を伝えなきゃいけないと思った。けれど、続いた言葉にドーベルはきょとんとした顔で首を傾げていて。
「そうなの?」
「だ、だって、気持ち悪いでしょ」
「どこが?」
「ど、どこが、って……」
骨と肉で描いた世界。それは僕にとっては美しいものだけど、他の人にとっては気持ち悪いものだ。
けれど、それをどれだけ説明してもやっぱりドーベルは不思議そうにするばかりで。
「別に……」
「えぇ……?」
何でこんなに忌避感が無いのだろうか。彼女が僕と同じ趣味をしているとは到底思えないから、余計に困惑してしまう。
混乱してこっちまで首をかしげていると、ドーベルのトレーナーが何かを思いついたように手を叩いた。
「絵画というか、芸術作品を見る機会の差じゃないかな。結構グロテスクというか、明け透けに描いたり不安感をあおるような構図をわざと使うものも多いと思うし」
「そう……なの、かな」
「少なくとも私はそうねぇ。風景や物体を人体のパーツで置換するって、技法としては独特かもしれないけど……露悪的なものを感じないから、ある意味安心して見ていられるわよ」
「ど、どの部位を使えば、表現できるかは……け、結構、考えます」
ドーベルは思い当たる節があるのか僅かに納得したような素振りを見せる傍ら、僕はお婆さんの言葉に頷く。
下手に何か意味を付け加えようとすれば僕の目から見ても気味の悪いものになってしまう。特に顔のパーツや内臓といったものは置き方に気を付けないと元の構図とはまるで違う意味を含ませてしまうからかなり気を遣っている。
「け、血管とか、骨とか、手足や筋繊維は……分かりやすく、機能美とか、外観の綺麗さのイメージとして、使えますけど……目や耳鼻があると、「お前を見ている」みたいになりますし。内臓は、もっと直接的に……その、
「……すごい」
「はぇ!?」
ぽつりと零れたドーベルの言葉に、思わず大げさな反応をしてしまった。
初めて会った時もそうだったけれど、万の言葉よりもただ一言の方が響くので心臓にとても悪い。中学の時のように詰られた訳でもないのに変な汗が出て、動悸がおかしくなる。
「あの時流れ作業みたいに描いてたけど、ものすごく色んなこと考えて描いてるんだなって……凄いじゃん、カズサ」
「そんなこと……そう、なのかな」
謙遜しそうになって、また言葉を引っ込めた。意識して言葉を選ばないとすぐに自分を貶しそうになる。
受け入れ切れてなんか全然いないし、きっと気持ち悪いはずだって思ってる。けれど、それで見た人の感想まで否定するのは、何かが違う気がする。
そうやってどうにか彼女の言葉を咀嚼して飲み込もうと四苦八苦していると、ドーベルは澄んだ瞳でこっちを見つめならが笑う。
紫水晶みたいに輝く綺麗な色が、それだけで言葉に出来ない力強さを秘めていた。
「アタシも、見栄えするよう頑張るからさ。綺麗に描いてよ」
「ど、努力します……」