「あの叫んでた子、ライバーになるみたいですよ。張り切って準備してました」
『そっかぁ。やっぱり、そういう運命になるんだねぇ』
「? まぁ、確かに運命的な出会いかもしれないですね」
かぐやちゃんは色々張り切って考えてる頃かな。どんな奇天烈なアイデアが出てくるか分からないけど、でもそれもまた面白いかもしれない。
「ライブも大成功でお疲れさまでした」
『毎回ヒリヒリなんだよね、あの瞬間は』
「慣れたもんじゃないんですか?」
『回数的にはね。でも、届くかどうかは分からないから』
誰に届けたいんだろう。ファンのみんなか、ツクヨミ全てか。もしかして、特定の誰か? ……は流石にないか。
「届いてるんじゃないですか、多分。だって、ツクヨミにいるのは大なり小なりヤチヨのファンのはずですし」
『だと良いんだけど。それより、あの子とカエデはどういう関係なのかなぁ~?』
「どういうって……難しいですね。親子、なのか兄妹なのか。まぁそういう感じの関係性です」
『大事な子、なんだね』
「そうですね、そうだと思います。俺にとっては、新しい時間をくれた子なので。次に何をするのか分からないですけど、それもまた面白いっていうか。ここ以外にも、生き甲斐的なものが見つかったというか」
『……そっか』
ヤチヨは不思議な顔でそう言った。口元は笑っているのに目は泣きそうな、そんな顔。どうして、ヤチヨがそんな顔になるんだろう。
「いや、ホントに色々筋が良いですよ。特にプログラミングなんて教えた瞬間に吸収していくから、教えてる方がむしろ楽しいまであります。あの調子なら、あっという間に俺を追い越しちゃいそうですね」
『どうかなぁ。それには結構、時間がかかるかもよ? 八千年くらい』
「そんなにかかんないですって。しかもそれ、ヤチヨの設定じゃないですか」
彼女の設定年齢は八千歳。でもかぐやちゃんが本気でやり始めたら、そんなにかからないと思う。多分一年くらいで俺を追い抜いていくんじゃないかなぁ。
「てか、なんでヤチヨカップのあのイラスト狐耳だったんですか? 紅いアイシャドウも指定で」
『そういう気分だったから、かな』
「まぁそういう日もありますか」
『そういうこと~』
ヤチヨカップは開催宣言のその時からカウントされている。早速すでにランキング上位の面々がネットに取り上げられていた。スタートダッシュが好調なのは、やっぱり黒鬼。その後ろを何人かが追走している。
朝っぱらから俺は発生したバグの対応に追われている。ツクヨミはデカいからか、定期的にこういう事が起こるんだ。しかも、結構な大きさで。
まだまだ拡張を続けている一方で、古い部分に地雷が潜んでたり、燻っていたりする。俺だったら絶対こんな組み方はしないねっていう感じで設計されていた。ヤチヨもAIらしく学習していくはずなので、学習途中に出力されたものなのかもしれない。
「お、かぐやちゃん投稿したんだ。どれどれ……」
管理室で該当動画を開いた。なんか再生数回ってる。これはビックリだ。普通、初回投稿でこんなに伸びることは無い。それこそ、芸能人のアカウントとかじゃないとこんなことにはならない。やっぱり才能あるねぇと背中を押した自分が誇らしい。さて、どういうメカニズムなのかなと、再生ボタンを押した。
『かぐやっほー! 月からやって来たかぐやだよー。今日はやること思いつかないから、これで終わり! じゃあねー…………ん? これで切れてるのかな?』
「Oh……」
思いっきりインカメになっている。そのせいで、酒寄さんの自室を背景に、かぐやちゃんの顔が思いっきり映し出されていた。自分らしい挨拶の用意、設定の開示、ジングルを用意、立ち絵の設定、動画のアップ方法、ハッシュタグの付け方。俺が教えたこの辺は全部守ってる。なんかこう、それが絶妙に全部不協和音を起こしてるだけで。
多分、一番の原因は音楽かな。この不安になるBGMが全部の元凶だと思う。でも再生数は回っている。かぐやちゃんのリアルフェイスに惹かれた人が多いんだろう。そういうコメントがある。ライブでの宣戦布告とこの顔出しハプニング。これは売れる要素しかない。
この後売れるほど、初回のこの配信は伝説になる。その前に、この幼稚園児が書いたみたいな絵をどうにかしないとだけど。でもこれってかぐやちゃんが描いたのかな。そう考えると途端に味が出てきた。酒寄さんや俺の殺風景な部屋に飾ってもいいかもしれない。
「この辺修正したらちょっと一回抜けます」
『はーい。夏の間はどうする?』
「かぐやちゃんの配信の様子を見ながらですけど、基本はこっちかなと」
『りょうかーい』
ちゃちゃっと自己ノルマを片付けて、問題修正。そんなに時間のかからないタイプでよかった。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
かぐやちゃんの配信が流石にアレだと今後に繋がらないので、ちょっと技術面だけでもサポートすることにした。それくらいは良いよねと思ってヤチヨに聞いたら、OKという軽い返事だった。いいんかい!
「酒寄さん、今ちょっとかぐやちゃんを……」
そう言いながらドアを叩こうとしたとき、扉の向こうから綺麗なメロディーが流れてくる。電子オルガンかな、音楽には詳しくないから分かんないけど、それでもキレイなメロディーだった。かぐやちゃんが弾けるとは思えないし、弾けたらあんなジングル作らないだろうし、と考えると酒寄さんかな。
確かに、酒寄さんは音楽の時間でもピアノを弾きこなしてた。やっぱり多才だ。曲が終わったタイミングで思わず拍手をしてしまう。
「聞いてたんだ」
「かぐやちゃんの配信見てさ。ちょっと技術面でサポートでもと思ったら、偶然」
「楓おはよ~! ねぇねぇ聞いてたでしょ~、彩葉凄いねぇ~!」
「そうだねぇ」
かぐやちゃんはすっかり酒寄さんの演奏に夢中だった。色んなことに夢中になれるのはあの子の良いところ。それに、月はつまらないところだったと言う。反対に地球は音楽であふれていた。きっと、かぐやちゃんにとっては楽しい環境でしかないと思う。
「ラ……ララ……」
酒寄さんの演奏に合わせて、かぐやちゃんが歌っている。声もいいとは、何でもできる。これなら歌配信とかも人気が出そうだ。歌は再生回数が回りやすく、固定ファンがつきやすい。流行れば他の人もカバーし始め、ダンス動画とかも出回る。そうやって元の歌い手にもファンが増える。そういう循環が出来るようになるのが歌。
かぐやちゃんの手札の多さは武器だ。これはホントに、黒鬼撃破も夢ではない……かも?
「お見事~」
演奏が終わる。俺の拍手が響く室内で、酒寄さんは随分と楽しそうだった。本当に心の底から楽しそうなその表情。興奮して、肩が揺れている。きっと、酒寄さんは音楽が好きなんだろう。でも普段の音楽の授業では全然楽しそうには見えなかった。ってことはやっぱり、こうやって自分の演奏したいものを演奏するのが好きなのかな。
「やっばーいよねぇー。これ、彩葉が作ったの? すごすぎ! そう思わない!?」
「思う思う。俺は音楽できないし。音楽を自動で作るAIなら作れるかもしれないけど、人力なんてとてもとても。演奏出来るだけで偉大だよ」
「彩葉、プロデューサーになって!」
「は? プロデューサー? なんで?」
「だってだって! ヤチヨカップ優勝したいもん。このボロアパートから伝説が始まる~」
「ボロアパート言うな。無理です」
「え~~! 絶対楽しいのにぃぃ~! 彩葉の曲を私が歌えば、大バズ確定なのに~~!」
無理無理と言いながら壁に貼ってある予定表を指さす酒寄さん。そこを見たら、凄いなんかぎっちりした予定が入っていた。これは人間が送るスケジュールなの? 大学受験って大変なんだなぁ。俺には縁のない世界だけど。……っていうか、就活しないとダメなのか、もしかして。……ちょっと気にしないことにした。
「楓~、彩葉を説得してぇ?」
「うーん、作曲とかは息抜きになる……かもしれないよ」
「高野はいっつもかぐやの味方ばっかりしてー」
「そんな事ないって。実際、酒寄さんの曲も演奏も良いと思ったし。俺はただの素人だけどさ」
「うっ」
「あと、ここでかぐやちゃんがドカンと稼いでくれれば、作曲者にも印税とか入るよ。そうなると……受験期にバイトしなくても生活費を維持できるかも?」
「うぐっ!」
「いいよ、いいよ楓! 彩葉を落とそう!」
「むぐぐぐぐ」
酒寄さんが万力で歪められたみたいな顔をしている。そこにかぐやちゃんが渾身の一撃をお見舞いした。
「お願い、彩葉。このまま終わりたくない……ハッピーエンドにしたい、な?」
涙を浮かべながら縋りつくようにして酒寄さんを見上げている。あ、万力の締め付けが一段階厳しくなったみたい。おねだり技も進化してる。ポケモンみたいだ。酒寄さんが決壊するまであと少し。そして、彼女の堤防はかくして呆気なく崩れた。
「それ、ズルくない?」
「やったーー!」
はしゃぎまわっているかぐやちゃん。でもやっぱり邪魔にならない程度にしないといけない。
「はい、ちょっと来ようね」
「うん!」
「今かぐやちゃんはメッチャ良い状態にいます」
「なんでー? まだ八千位とかだよ?」
「この第一回、どう考えても事故なんだけど、バズってるよね? これがチャンスだよ。ちょっとの間でも注目されたら、それを逃しちゃいけない。チャンスが来たらどうするんだっけ?」
「連投!」
「大正解! ということで、ここから畳みかけてみよう。勢いが大事だよ、勢いが」
「でもアバターがなんか他と違う……」
「これはこれで味があるけど、ツクヨミのアバターをそのまま使いたいよね。だとすればちょっと借りるよ……」
スマコンと酒寄さんのパソコンを連結設定して、あとはちょいちょいと弄ればほら完成。
「これでいい感じになったかな。どう? かぐやちゃん的にこれで問題なさそう?」
「メッチャ良い感じ!」
「よかった。じゃあ、これを使っていこう。やり方は覚えてるみたいだし、これで綺麗な絵で配信できるはず」
かぐやちゃんの立ち絵を修正して、背景画像もいい感じに入れ替えておく。かぐや姫がモチーフっていう設定なんだから、竹とかにしておいた。
「いやいやいや、今なにした!?」
「何って、かぐやちゃんのアバターを立ち絵に転用したんだけど」
「え、今の一瞬で?」
「一瞬って言ってもそんなに難しくないから。やり方分かればちゃちゃっと出来るよ、ねぇ?」
「出来る出来るー!」
かぐやちゃんとまとめて宇宙人を見る目で見られた。流石に宇宙人扱いは心外。基本的なカメラの使い方とかも教えておいたので、これでいい具合に撮影できるはず。あとは好奇心の走るままに撮影していけば、彼女の魅力は伝わっていくに違いない。なにせ、かぐやちゃんだし。行ける行ける。
「じゃあ、企画案を考えないとね。今日中にあと二三本出そう」
「はーい」
考えている間は静かになる。撮影場所は俺の部屋を使えばいいし、もし狭いならスタジオを借りるっていうのも手だ。歌配信はお風呂を使うとよく響く。
「楓は~かぐやのマネージャーかなぁ?」
「なれるならなりたいんだけどねぇ、俺はもうヤチヨの部下っていう仕事があるから。お手伝いできるのはこの辺まで。教えを胸に、頑張ってくれたまえ。自分で頑張るのも、時には大事だよ。部屋なら好きに使っていいから」
マネージャーか。それも悪くないかもしれない。酒寄さんがプロデューサーで、俺がマネージャー。益々アイドルみたいだ。酒寄Pだと堅いから、彩葉P、いろPとか? 俺はなんだ、楓マネージャーなのかな。楓の英語ってメープルだし、MMでメープル・マネージャーとか。センスが無いのが露呈するので考えるのをやめた。
「ていうか、あの良く分からないグッズの山はなに?」
「買ったんだって、配信用に百均で」
「あぁ、そうなんだ。あのトーテムポールは何に使うんだろう」
はぁ、とため息を吐きながら、酒寄さんは壁に寄りかかってかぐやちゃんを見ていた。ため息をこそ吐いているけど、その瞳は優しい。本気で嫌なら、もっと厳しい目をするはずだから。
「酒寄さんがピアノ弾けるのは知ってたけど、作曲も出来るんだ。誰かに教わったの?」
「お父さんに、昔ね」
「へぇ、お父さんも作曲してたんだ」
「作曲家だったから」
だった。その言葉が過去形なのは、文系科目が出来ない俺でも理解できた。やめた、っていう感じの口調じゃなかった。もしかしたら、酒寄さんのお父さんは亡くなっているのかもしれない。
「ピアノの大会とかも出てさ。まぁ、銀賞だったけど」
「銀賞って、何人も貰えるの?」
「一人だけだけど」
「じゃあ、凄いじゃん。全部で何人いるのか分かんないけど、何人もいてその中の二番目なら十分凄いと思うけどな。酒寄さん、志高いから一番が欲しかったかもだけど。俺みたいな普通の人からしたら、銀でも十分大拍手だよ」
俺の家なんて、苦手な漢字テストで三回連続90点を取ったから寿司! っていう感じだったし。出来ないことを頑張って結果が出たらすごい。出来る事でも頑張って結果が出たらすごい。出なくても頑張ったのはえらい! 受験はともかく、それ以外ならそんな感じで良いんじゃないかな。
「でも、お母さんはそうは思わないから」
「……」
きっと、ここだ。酒寄さんの抱えている大きなものは、お母さんとの関係性なんだろう。さっきの感じを聞く限り、お父さんとの関係性は良好(だった?)みたいだし。
「俺はさ」
「……うん」
「偉そうなことは言えないけど……子供の努力を褒められないのはダメだと思うよ。どんな理由があったにしても。一番ならよくやったでいいし、二番目とかでも次頑張ればいいじゃん」
酒寄さんは答えなかった。俺もそれ以上は言わなかった。人の良いところを探しなさい。両親は俺にそう言った。羨んでもいいし妬んでもいいけど、良い部分は良いと認めなさいって。だからかは分からないけど、俺は良いところを見ているつもりだ。
かぐやちゃんだって、ダメなところを探せばたくさんある。でも、良いところも沢山あるんだ。寝ている俺に毛布をかけてくれたり、酒寄さんを喜ばせようと料理を頑張ったり。そういう純粋な優しい心を持ってる。出来るようになった事も沢山あった。だからそのたびに俺はちゃんと褒めるようにしていた。俺が、そうしてもらったから。
俺は酒寄さんと違って凡人かもだけど、かぐやちゃんを褒めることだけは出来るつもりだった。
「高野は、誰の味方なの? 私、それともかぐや?」
「うーん、どっちもかな。どっちもそれぞれ頑張ってるし、毎日ちゃんとしてるから。俺は応援したいよ、そういう人をさ。だからツクヨミの仕事続けてるっていう側面もあるわけだし」
なんとなく続けていた。漠然と生きている理由が見つからなくて、でも死ぬのは怖くて。明日を生きるために始めた仕事。それがずっと今になって続いている。かぐやちゃんと出会って、色々自分を見つめなおした。
俺がツクヨミに居続ける理由は、きっとあそこが好きだからなんだろう。あそこにいるみんなが楽しそうにしている。ヤチヨが綺麗な声で歌を届け続けている。それが、俺はきっと好きだったんだ。だから、守りたいと思った。好きだから。そんな単純な理由で良いとかぐやちゃんは教えてくれている。好きを突っ走る、その姿で。
子供は鏡っていう言葉をどっかで見たけど、そうなのかもしれない。いや、かぐやちゃんは俺の子供じゃないけど。どっちかと言えば酒寄さんの子供だけど。
「ふーん」
「だから、あんまり無理しない方が良いよ。偉そうだけど。かぐやちゃんも心配するし、俺も心配になるし。具体的にはこのスケジュールとか」
「まぁ……善処する」
「それはしない人の言葉なんだよなぁ」
二人とも手伝って~とかぐやちゃんが叫んでいる。少しだけ酒寄さんと顔を見合わせる。そして彼女は頭を抱えながら、俺は苦笑いをしながらジタバタしているかぐやちゃんに近付いた。