快進撃。そういう他に表せないド級の快進撃が始まった。最初は八千位くらいだった順位はメキメキと伸びている。登録者を表すグラフは右肩上がりが止まらない。大上昇中の株価みたいな伸び方をしていた。
やりたいことを好きなだけやる。そんな無軌道な方針は、意外と食いつきが良い。型破りなスタイルは結構ウケるみたいだ。こっちは管理室から見ているだけだけど、あちらこちらで姿を見るようになっている。頑張ってるなぁと、優しく見守っていた。
「ダンス、食レポ、メイク、歌、お悩み配信、ゲーム……片っ端からやってるなぁ、これは」
存在しているジャンルをすべてやるんじゃないかってくらいの勢いで投稿してる。かぐやちゃんは基本的に暇なので、日中、それどころか深夜まで使った凄まじい投稿ペースを維持していた。配信が中心なのは、編集の手間を減らすために提案したけど、そのまま実行してる。
色んな配信者の伸びるパターンを統計化して、いい感じの手法をピックアップしたんだけど、ちゃんと正解だったみたいだ。データもまだまだ捨てたもんじゃない。かぐやちゃんにはあんまり有効じゃないけど。
そしてそれに酒寄さんも見事に巻き込まれてた。時には伴奏をして、時にはお料理動画の感想に付き合わされ。バイトと勉学に励んでいる中、かなりの頻度で動画に登場している。キツネの着ぐるみをきたプロデューサーこといろP、破天荒配信者かぐや。このコンビはツクヨミの中で話題沸騰中だ。オタ公さんもちゃんと嗅ぎつけて初期からファンをしている。やっぱりあの人の嗅覚凄いよ。
「やっぱり向いてるね、あの子には。背中押して正解だったかな」
『凄いペースだねぇ、かぐやいろP』
「人気ですよ、あっちゃこっちゃで見ますから。今一番勢いがあるかもしれません。伸び率は黒鬼が一定速度をキープしてますけど、かぐやちゃんの上昇角度はそれを超えてるので」
如何せん初期状態の差が中々埋められないけど、明らかに黎明期の黒鬼よりずっとハイスピードで伸びてる。
『それでぇ? そんな二人の配信を見守るお父さんは二人が遊んでいる間もお仕事かぁ。世知辛いねぇ、よよよ』
「いや、あなたがシステムアップデートしたいからって呼んだんでしょうに。それに良いんですよ。今日は二人だけじゃなくて友達も来るらしいんで。女子四人の空間に俺一人なんて耐えられません」
かぐやちゃんが凄いごねたけど、なんとか宥めすかして送りだした。本当は行きたいんだけどねぇ、という空気を出しつつ、お土産を持って帰って来てねと誤魔化す。酒寄さんは苦笑していたけど、結構ガチで俺が行ったらメンタルが死ぬ。特に綾紬さんとか諌山さん相手に何を話したらいいのか分からない。あのド陽なオーラは俺には毒だ。
ピロンと通知が来たので開くと、カニを両手に捕まえているかぐやちゃんの写真があった。楽しそうに海で遊んでいるみたい。酒寄さんはこれだけ送ってきてるので、こっちの需要というか求めを理解してくれている。酒寄さんたちの写真を貰っても目に毒だ。
「グッズの売り時だって押しておくか……」
『それはそうとだけど』
「はい」
『かぐやちゃん、凄い求婚されてるよ』
「……はい?」
『あ、カエデはコメント欄を見ないタイプだなぁ~?』
「音声だけ聞いていることが多いんで。映像はチラチラ見てますけどね」
『ほら、これ』
ヤチヨがウインドウで示してきたのは、かぐやちゃんの配信。そこには大量の赤スパと、そこに書かれた求婚メッセージ。あの子と結婚するにはそれこそスーパー金持ちじゃないと金銭的にきつそうだけど、大丈夫かな。それと、酒寄さんレベルに優秀じゃないと話にならない。一応、俺も保護者枠なので娘はやらんと言ってみる。いや、ホントに好きな相手と結ばれたいなら応援するけども。
まぁでも信用情報大丈夫か探るくらいはするよね、普通。あとは検索履歴とか、さ。
「ほーーん。ヤチヨ、管理者権限を要請します」
『何に使うのかなぁ?』
「アク禁」
『申請却下します』
「……」
『こらー、突破しようとしない!』
ペチンとヤチヨに頭を叩かれる。
「まぁ冗談ですよ、冗談。ジョークジョーク。ハハ」
『笑い声がいつになく怖いよ? ヤチヨはこれまで初めて見たよ、そんな顔』
「ハハハ」
キモコメントしてると、君の氏名性別職業住所年収エロサイトの購入履歴全部特定しちゃうぞ~。あんまりヤバそうなのは削除できるように設定しているし、酒寄さんも削除申請をバンバン出しているんだけど、それにしたって中々だ。
「コラボ予告が来てる。誰だこの子たち……」
美容系インフルエンサー『ROKA』とグルメ系インフルエンサー『まみまみ』。どっちも十万人以上のファンを抱えている。結構人気の子たちみたい。あれ、なんかどっかで見たことある名前。動画を開いてみると、聴いたことある声だった。てかこれ、綾紬さんと諌山さんじゃないか。この二人もやってるんだ、配信業。
世間って結構狭いな。というか、ウチの高校魔境じゃない? 酒寄さんがいて、インフルエンサーが二名いて。立川市はどうなってんだよ、おかしいだろ。
「でもこれは良い傾向」
女子同士でコラボした方が伸びる。かぐやちゃんのファンの男女比は六対四。結構女子も多い方だけど、それでもやっぱり男性登録者の方が多い。とは言え、スパチャ額だとその辺は結構トントンだった。
「さて、仕事仕事……。あ、また来てますよ、FPS作成の依頼」
『うーん、断っておいてくれる?』
「分かりました。でも、頑なですよねヤチヨも。FPSだけは絶対に作らないですし。なんならSENGOKUも血の表現は無しにしてたし」
『ここは開かれた場所だからね。年齢制限はなるべく設けたくないんだ~。それに、私はここをみんなが平和に過ごして、戦争とか無くなる場所にしたかったから』
死のない空間がツクヨミだ。ここでなら、誰も死なないし痛くもない。そういう場所なら、人は人に優しくなれるのだろうか。俺はその答えを持っていない。でも、痛いからこそ優しく出来る部分もある気がする。
いつか、魂を電脳世界に入れて半永久的に生きるみたいなことが出来る日が来るのかもしれない。そうなった時、人は何をするんだろう。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
「おねが~~い!」
「うぅぅ」
海から戻って来たのに日焼けのひの字も無く帰って来たかぐやちゃんは俺の両手をホールドして逃がさないようにしていた。いつも酒寄さんがくらっている上目遣いが、今度は俺に向けられている。
「た、助けて……」
「……」
沈黙しながらにこっと笑った酒寄さんはすぐに視線を参考書に戻す。完全に見捨てられた。普段かぐやちゃんに迫られている自分を宥めすかしたバツだと言わんばかりの態度。今度はもうちょっと酒寄さんを助けようと誓った。
「一緒に配信って、何するの? あと、俺は配信者じゃないしさ。もっとこう、得意な子と一緒にやった方が良いんじゃないかな」
「思い出残すのは大事なんじゃなかったけ?」
酒寄さんが俺を刺してくる。配信を始める時、かぐやちゃんに味方した仕返し。その目にはそう書いてあった。そういえば、かぐやちゃんについて相談されたときにそう言ったのを思い出す。でもあれはかぐやちゃん本人の話で、俺がこんな当事者になるとは全く想定してなかった話で、つまり状況が違うというか何というか。
「かぐやは勉強しました」
「う、うん、偉いね。何について?」
「楓について!」
「俺?」
「そう! これを見て」
「あぁ、例の……」
ヤチヨが不定期で開催している作業配信。俺が無許可で登場していた、と見せかけて実は最初から契約に入っていたことを知ったのは随分前の事のように感じる。実はそんなに日が経ってないのに。かぐやちゃんが来てから、一日のスピードが上がった。やっていることは何倍にも増えて、景色の彩度が高まってる。
「これを見て、かぐやは判断したのでーす。楓を出したら伸びる! 大体色んなことはやって来たから、新しい事をしないとね」
「それで俺を?」
「そう! ドンドン行こうって楓が言ったんじゃーん」
「確かに言ったなぁ」
「ね、おねがーい。犬DOGEの改造とかしよう? あと、プログラミング結構楽しいから、もっと上級編を知りたいなぁ」
「うーん」
「おねがぁい。黒鬼に、勝ちたいなぁ」
「むむむ」
ポンと肩に手が置かれた。酒寄さんが凄いいい顔をしながら俺を見下ろしている。
「年貢の納め時」
「いや、そこをなんとか」
「うん?」
「……はい」
がっくりと首を落とした。俺は二人には逆らえない弱い男なのだ。今後を憂いながら、ヤチヨに連絡をする準備をした。
という事で、あんまり気は進まないけどかぐやちゃんの配信に出る羽目になった。自分で蒔いた種なので、まぁ仕方ないかなと思う。出ること自体が嫌だというよりも、かぐやちゃんの今後に悪影響を及ぼす方が心配だった。一応俺は男だし。あんまり男とつるんでいることを良しと思わないファンも多いだろうから。
「みんなー、元気? 今日は何と、スペシャルゲストが来てくれました!」
「はい、お邪魔します。こうして誰かの配信に顔を出して話すのは初めてですね。仮想空間ツクヨミの統括管理人補佐、アメツキカエデです。配信は不慣れなのですが、どうぞよろしくお願い致します」
配信する側から見るとコメントってこう見えてるんだ。人生で一生縁のないと思っていた景色を見ることになった。俺が登場した瞬間からコメント数が爆増している。これ、やっぱり炎上してないかなぁ。一応チラチラとコメントを追っていく。
『マジで!?』
『公式大会以外で顔出すんだ』
『どういう繋がり!?』
『かぐやちゃんの人脈すごーい』
『守護神呼びつけるの、大物すぎる! 黒鬼もまだコラボしてないのに!』
炎上はしてない、かな? なら良いんだけど。
「カエデはねぇ、かぐやの隣に住んでるの」
「あ、ちょ、こら」
「ほんでもって、いろPと学校の同級生で」
「かぐやちゃん、余計なこと言わない」
「そうだった。ごめんね~忘れて~」
酒寄さんから怒りマークのスタンプが大量に送られてくる。俺に言われても困っちゃう。この子、ぽろっと個人情報を漏らす危険性があった。
『いろP学生かぁ』
『高校生なのかなぁ』
『つまり合法……?』
『↑お巡りさんコイツです』
『おじいちゃん、女子高生は合法じゃないよ。もっと言えば今の結婚年齢は十八からだよ』
『てか、守護神学生なの……!?』
『マジで言ってる? 絶対どっかの天才プログラマーかなんかを引き抜いてきたのかと思ってた』
『仮に高三だとして、中坊か小坊の時からやってるってコト?』
『ファーーー』
『あ、俺の知り合いのシステムエンジニアが泡吹いてる』
コメント欄が凄い勢いで流れていく。これを拾うのは大変だなぁとか、そんなことを考えていた。
「かぐやに色々教えてくれたんだ~、料理とかも。あと、この犬DOGE。みんなも知ってると思うけど、この子はかぐやがカエデに教わって作りました~」
「まぁ、かぐやちゃんの筋が良いからね。すぐに覚えちゃって、ビックリした。多分数年で俺も追い抜かしちゃうね」
「えへへ~」
『何を言うかこの野郎』
『お前を追い抜かせるならそれはバケモン定期』
『ホントに人間なの? ヤチヨと同じAIじゃないの?』
人外扱いを受けている。酷いなぁ。
「俺は人間ですよ。手も足もあるので」
「そうだよ~、カエデはちゃんと人間だからね。それで、今日は犬DOGEをアップデートしたくって、教えて欲しいなーって頼んだの」
「まぁはい、そういうことです」
「じゃあ早速やっていこー! てことで、ここなんだけど、もっと動き滑らかにしたいなーって」
「あぁ、うん。じゃあ、教えてみるからやってみようか」
そんな感じで犬DOGEのアップデートから始まり、その後も色々と教えていった。やっぱり呑み込みが早い。色んなことに興味があるから分散しているけど、もし何か一つを突き詰めたらすごい成果を出すんじゃないかな。配信業も大きく見れば一つかもしれないし。
「そうそう、いい感じだね。やっぱり上手だよ」
「よっしゃー! 出来た出来た」
「うんうん、よくできました」
「うぇーい」
かぐやちゃんは褒めるとにんまり笑って嬉しそうな表情をしてくれる。その顔を見ていると優しい気持ちになってくる自分がいた。
『お父さんみたい』
『子供の成長を見守るパパかな?』
『お義父さん、かぐやちゃんを俺にください!』
「条件を突破出来たらいいですよ」
『マジで』
『よっしゃかかってこいや~』
『なんでもやります!』
調子のいいコメント達が流れていく。何をさせるつもりなのか、ワクワクした目でかぐやちゃんが俺を見ていた。君の結婚を阻止するための方法なんだけどね。というか、酒寄さんにボコボコにされた人もいるは気合が入りすぎな気がする。確かに俺はゲームとかは全然やらないけども。
でも、それは俺の戦場じゃない。申し訳ないけど、こっちの土俵で戦わせてもらおう。それくらいの覚悟のない人に、ウチのかぐやちゃんはあげられません。
「うん、じゃあまず、ツクヨミの基幹システムに攻撃を仕掛けて、十五個ある壁を突破した後、中枢システムの警告アラートを止められたら許可します」
『はい解散』
『無理無理無理』
『竹取物語かな?』
『五つの宝物探した方がまだ可能性あるやろ、こんなん』
『現代の竹取物語は両親の方が無理難題を出していくのか……』
「そんなに難しいの~?」
かぐやちゃんが小首をかしげながら聞いている。難しいというか、難しくないと困る。ツクヨミの基幹システムは空間を保持するための装置が詰まっていた。ただ、そこにアクセスしても個人情報とかウォレット情報はまた別の防壁の中にある。あくまでもあの空間の設計図が入っているだけ。
だから情報が欲しい人にとっては肩透かしだと思うな。でも基幹システムを掌握しないとその後のシステムの防壁にチャレンジできないようにしてある。そして、その基幹システムの自動防衛システムは未だかつて無敗だ。スパコンをぶん回しても数百年かかるような防壁が一層目にあるんだから、当たり前なんだけど。
それくらい厳重に、俺とヤチヨはあの空間を守っていた。
『難しいなんてもんじゃない』
『どっかの国がサイバー攻撃して、自動システムの一層目も突破できずに敗走したって聞いた』
『それ、事実だよ。まだツクヨミ出来て二年目くらいだったけど、その時俺いたし』
『自動システム打破しても、その後守護神とサイバー戦争しないといけないの嫌すぎる』
「それくらい出来ないとうちの子は差し上げられませんなぁ」
これ以降、結婚したいというメッセージは露骨に数を減らした。その反面、俺の言動がネットニュースになってるのが辛すぎる。
それから、この件以来コラボ依頼がちょくちょく来るようになった。前まではヤチヨ以上にコラボが難しい存在だと思われてたらしい。モノづくり系とかプログラミング系とかゲームクリエイト系の配信者からの誘いが特に多かった。前までだったら絶対断ってたけど、かぐやちゃんのお願いを受けた以上、贔屓は出来ない。時間が合い次第、そういう場所にも顔を出すようにしていた。
あくまでも管理人としての立ち絵のままなので、俺の顔とか素性は割れてない……はず。綾紬さんと諌山さんにはあっさりバレたけど。あの二人がかぐやちゃんの配信を見てたので、そこで自動的に酒寄さんの部屋の隣=俺って図式が出来てしまったみたい。問い詰められた俺に黙秘権はありませんでした。なんかデジャブだなぁ……。
そのせい(?)で、情報系に進みたいと思ってるらしい諌山さんの彼氏と会う羽目になった。あの時引き攣った顔をしてなかったか、ちょっと心配。てか、諌山さん彼氏いたんだ。知らなかった。結構みんな知ってたよと酒寄さんに言われて、クラスの人間関係をちゃんと把握できてないのを突き付けられた気分。なんで夏休みなのに学校の件でダメージを負ったんだろう。
ともあれ、かぐやいろPチャンネルはその後も順調に伸び続けている。順位の伸びは上位層に突入してから鈍化したけど、登録者の伸びは下火になる気配が無い。当然、俺も登録済みだ。
「楓~ソロライブしたいんだけど、場所ってどうすればいいの~?」
「はいはいただいま」
引きずられるようにソロライブ会場の申請の出し方を教える。許可するの俺とヤチヨだから、半分マッチポンプみたいなもんだけど。
楽しいなぁ。こんなに楽しい事ばっかりなのって、いつ以来だろう。まだ両親が生きていた頃は毎日こんな感じだった。忘れていた遠い記憶。あの時俺を見つめて笑っていた両親の気持ちが、今のかぐやちゃんの顔を見て、ちょっとだけ分かった。
小説or映画履修済みの方は、それぞれの場面でヤチヨがどういう気持ちで話しているのかを想像すると味がするかもしれません。