かぐやちゃんのソロライブは大成功。いろPこと酒寄さんの名演奏も相まって、大喝采の中終了となった。歌配信で実力があるのは知れていたけど、それでもこうやってしっかりしたステージで歌唱するとよりウケがいい。
SNSにはかぐやちゃんへの言及が増えて来たし、グッズを付けている写真も沢山ある。ぬいの売り上げも順調なようだ。この前、ぬいの会社から増産提案が来たらしい。竹取物語聖地巡礼とかやってる人いてびっくりした。なんかこう、凄まじい熱意を感じる。でも、この熱意がツクヨミをここまで大きくしたモノの正体なんだろう。
俺の机の上にも、パソコンの横にかぐやちゃんのアクスタがデカデカと鎮座してる。売上には貢献しないとね。とりあえず、展示用と保存用と保存用その二を買っておいた。将来的にかぐやちゃんの記念館が出来る事は確定的に明らかだという計算が俺の中で出ているので、それに寄贈する用でもある。
「いやぁ、これはホントに優勝あるかもなぁ」
そう呟いて立ち上がる。水でも飲もうと思ったら、ずるっとコケた。足元にはデカいぬいぐるみ。酒寄さんの部屋には収まりきらなくなったかぐやちゃんの買った色んなモノが散乱している。これはちょっと、片付けないといけない。その当人は今、酒寄さんと買い物に行っていた。
「いたた……」
ぶつけた腰をさすりつつ立ちあがった瞬間に携帯が鳴り響いた。着信音はかぐやちゃんからのもの。あの子の歌を着メロにしておいた。
「はいはい、どうしたの?」
「どうしよう~~! 彩葉が死んじゃう~~!!」
死んじゃうとは穏やかじゃない。酒寄さんに何があったのか。財布だけポケットに入れて、靴を履く。電話を繋ぎながら、速攻で家を飛び出した。
「今どこにいるの!?」
「モノレールの駅前のとこ!」
「酒寄さんは!?」
「なんか身体がアツアツなの! 呼んでもあんまり返事しない!」
「すぐ行く。かぐやちゃんは、酒寄さんを日陰に運んで」
「わ、分かった!」
分かりやすい言葉で的確に指示を。焦っている時はこうするべきだっていう風に誰かが言っていた。熱中症になった可能性もあるし、単純に体調不良だった可能性もある。目まぐるしい日々の中で、勉強やバイトも欠かさなかった。食生活はかぐやちゃんのおかげで改善してたけど、それでも体力的にきついかったんだろう。
信号の待ち時間に水を買って、全力で走った。なんかこんな展開、前にもあった気がする。この夏はよく走る夏だ。必死に腕と足を動かして、なんとか駅前に着いた。かぐやちゃんと酒寄さんはすぐに見つかる。日陰に運んでくれたらしい。
「楓! 彩葉、死んじゃう!」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。人間はそんな簡単に死なないよ」
嘘だ。人間は簡単に死んじゃう。俺の、母親みたいに。それでもパニックになりかけているかぐやちゃんを落ち着かせるために嘘を吐いた。救急車を呼ぶべきか、取り敢えず家に連れて帰るべきか。一瞬だけ迷う。
「水、飲める?」
酒寄さんの口に水を運ぶ。寝てはいるけど、一応息はしている。ちょっと荒いけど、熱だけなら純粋に風邪かもしれない。でも意識が無いのか寝てるだけなのか、判断が出来ない。
「かぐやちゃん、そこのスーパーで魚用の氷を貰ってきて。首とか足とかを冷やす」
「わ、分かった。楓は?」
「取り敢えず家に運ぶ。40℃は無いみたいだし、熱中症じゃないと信じつつ、念のために」
「OK、任せた!」
「任された」
酒寄さんを背負って、俺はまた家まで急ぎ足で戻った。念のため羽織るものを持ってきて正解だった。これで直射日光から守れる。家に帰れば俺の風邪薬とか、解熱剤とか、冷えピタとか、氷枕がある。こいつらを使えばちょっとは楽になると信じたい。
揺らさないように気を付けつつ、酒寄さんを担いで家まで戻った。彼女の家の鍵はかぐやちゃんから拝借している。気を付けて布団に寝かせつつ、冷房をフルパワーにした。ちょっと蒸し暑かった部屋がみるみるうちに涼しくなっていく。あとで制服から寝間着に着替えさせないといけないけど、それはかぐやちゃんにしてもらわないといけない。
「楓! 貰って来た!」
「よし、じゃあ、首筋と足の付け根と脇に置いて。あと、出来れば腕も」
「うん!」
体温計を探そうにも、酒寄さんの部屋のどこにあるのかも分からない。取り敢えず俺のを使用したら、38度7分だった。これなら解熱剤を使った方が良いかもしれない。今の時間が午後二時だから、次は六時間後の午後八時。寝る前にもう一回飲める。長引く熱だったら、調整して夜を寝られるようにしたい。
母親は身体が弱い人だった。だから、看病とかはそれなりに経験がある。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけど。
「楓、彩葉はどうなっちゃうの?」
「さっき薬を飲んでもらったからね。風邪薬と、解熱剤。あとは部屋を涼しくして、毛布をしっかり被って寝ててもらう。これでちょっとは良くなると良いんだけど」
喉を守るためにマスクも付けてもらった。ちょっと寝苦しいかもしれないけど、我慢して欲しい。
「なんでこんなに身体アツアツなの……?」
「身体の中に悪いウイルスが入ってて、それを倒そうと戦ってるからなんだ。でも熱すぎると逆に苦しくなって元気が無くなっちゃうから、解熱剤でちょっと下げるの」
「そうなんだ……」
心配そうな顔で、かぐやちゃんは寝ている酒寄さんを覗き込んでいる。その景色が、寝込んでいる母親の顔を覗き込んでいた過去の自分と重なった。
「心配なのはわかるけど、今は静かにしておこう。かぐやちゃんにも、出来る事はあるからね」
「出来る事?」
「そう。まずは服を脱がせて、寝間着に換えよう。あと、身体も拭いてあげて。そうしたら、美味しいご飯を作る。消化に良いものだから、おかゆとかお吸い物かな。すりおろしたリンゴもいいかも。俺はちょっと材料買ってくるから、かぐやちゃんは服を換えてあげてくれるかな」
こくり、とかぐやちゃんは静かに頷いた。
「バイトは休まないとだよね」
「もちろん」
「じゃあ、その連絡もしておく!」
「そうだね、それがいいかな。じゃあちょっと出かけてくるけど、ヤバそうならすぐに連絡して」
後のことをかぐやちゃんに託して、俺はまた街中へと駆け出していく。ゼリーとかプリンもいるだろうか。もうこの際だ、何でもいいから買ってしまおう。病気で辛い人を見ていると、こっちまで苦しくなってくる。もしヤバそうなら病院に連れて行くしかない。
一人暮らしの時、こういうのが不便だ。誰も助けてくれないし、誰も面倒を見てくれない。苦しくなって泣きたくなっても、どうしようもない。両親が死んだあと風邪を引いて、それを痛いほど理解した。
あの苦しみを酒寄さんが味わわずに済みそうなのだけが、せめてもの救いかもしれない。
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「ん……ううん……」
夕暮れの光が差し込む部屋の中、酒寄さんがうめき声を出した。彼女の椅子に座って回復を待っていたけど、いつの間にか寝てしまったみたい。俺が寝てどうするんだよ、と過去の自分を叱り飛ばしつつ、凄まじい反応速度で駆け寄ったかぐやちゃんと共に上から覗き込んだ。
「ヤバい! バイト!」
跳ね起きて駆けだそうとした酒寄さんだけど、すぐ眩暈がしたのか倒れこみそうになる。咄嗟のところで支えて、ちょっと無理やりだけど布団に戻した。
「彩葉、しんどい? バイト休む連絡入れといたから。彩葉、もう休んで」
「……え、かぐやが?」
「あと、いっぱいふかふか置いといたから、いっぱいふかふかしてね」
寝ている酒寄さんの周りには、たくさんのぬいぐるみがある。これが風邪対策に意味があるとは思わないけど、かぐやちゃんの気持ちを重んじて好きにさせてみた。アルバイトを休む連絡を勝手に入れたことに酒寄さんが怒ったら俺が庇おうと思っていたけど、その心配は無さそう。
「……ありがと」
周囲を見渡した酒寄さんは、ぬいぐるみを一個抱きしめて言った。若干ボーっとしてるけど、反応は正常だ。耳も目も口もちゃんと動いてる。
「解熱剤飲ませたから、ちょっとは楽になったかな」
「解熱剤……?」
「そうそう。取り敢えず俺の部屋にロキソニンしかなかったから。六時間は空けてね。午後八時くらいに飲めるよ」
「薬、高いのに……」
「病人が余計な事を気にしない」
「そうだよ。あ、あと病院、病院行こうよ。ね、楓」
「だね。病院は行った方が良いかな。診察券は?」
「そんなの無い……」
「そっか。そうだと思って、まだ診察してもらえる場所、見つけてあるから。タクシー呼んで、行こう」
「病院は、お金かかるから……」
「ダメ。病院には行きなさい」
病院を拒否しようとする酒寄さんに、俺は強めの口調で言った。酒寄さんもかぐやちゃんもびっくりしてる。俺だって本当はもっと優しく言いたかった。でも、病院は行くべきだと思う。あそこは少なくとも人類が現時点で持っている医学の知識が詰まっている。市販薬には限界があるし、それに俺たちが思っている病気じゃないかもしれない。気付いた時にはもう、取り返しがつかないこともある。
「やっぱり、無理だよ。全部ギリギリで予定組んでるから。何日も休んだらもう追いつけないよ。そしたら奨学金も、出ないかも……」
多分、悪いことばっかりグルグル頭の中に渦巻いてるんだと思う。普段の冷静な……冷静な? ともかく普通の酒寄さんならリカバリー策をしっかり思いつくはず。どうやって説得するべきか、もう弱ってるんだし、無理にでもタクシーに押し込むか。
「彩葉……なんで彩葉はそんなに一人で頑張らないといけないの?」
弱々しい声で、かぐやちゃんは俺が敢えて踏み込まなかった部分に踏み込んだ。
「うっ、うっ……かぐやのせい? かぐやもめっちゃ無理言っちゃたし……彩葉ぁ、死んじゃったらヤダぁ~~」
「大袈裟な、死にゃしないよ」
「だって人間って映画だとすぐ死ぬじゃん! そんでゾンビになって生まれ変わって転生して宇宙に旅立って~!」
「何個の映画がごちゃ混ぜになってるの」
酒寄さんは呆れたような声でそう言った。その後抵抗を示す酒寄さんを無理やりタクシーに押し込んで、かぐやちゃんを付き添いに病院に放り込んだ。平日だったから結構空いてたみたいで、三十分くらいで戻って来た。早いな。
「ただの風邪だったみたい~」
「良かった。お薬貰えた?」
「うん、買って来た」
「じゃあ、病人に管理させないで、ちゃんとかぐやちゃんが管理してあげてね」
「もち!」
沈みかけている夕陽の中、もう一度酒寄さんを布団に横たわらせた。氷枕は一回取り換えている。念のため二個持っておいて正解だった。俺の部屋の冷えピタの残数がヤバいが、まぁ後で買っておけばいいかな。
「う~ん、う~~~ん……」
かぐやちゃんは何か言いかけては取り消して、ずっと悩んでいる。きっと、酒寄さんにどう踏み込んだらいいのか、言葉を探しているみたいだった。それを見た酒寄さんは、静かに息を吐く。なにかこう、背負っていたものを吐き出すみたいだった。
「俺は、戻ろうか? 聞かれたくない話かもしれないし」
「ううん、いい」
酒寄さんはそう言うと、ポツポツと語り始めた。亡くなったお父さんの話。家を出て行ってしまったお兄さんの話。変わってしまったお母さんの話。そんな積もり積もった十数年分の話を、彼女は話した。時々話は前後したし、脈絡もない話が始まったりもしたけど、言いたいことは伝わる。
「……それで、私が一人で学費も生活費も賄うならって、やっと折り合いついたんだよね」
「えらい簡単に言ってるけど、みんなそんなことしてなくない?」
かぐやちゃんは俺に聞いてくる。俺は静かに頷いた。いや、確かに生活状況は酒寄さんと同じだけど普通の人はそんなことをしていない。普通の高校生は、色々あるかもしれないけど、家は安心できる場所のはずだし、そうあるべきだと思う。でも、酒寄さんにとって家はきっと、安心する場所じゃないんだ。休める場所じゃないんだ。じゃあ、彼女はいつ、どこで休んだらいいの?
酒寄さんがもしそのままお母さんのところにいたら、いつか心が壊れてしまったんじゃないか。そんな風に思って苦しくなる。それ以上に、風邪を引いても病院に行く事を拒否するくらい、辛くても勉強したりバイトに行こうとするくらい彼女を追い詰めた人のことが許せなかった。
「お母さんはそれくらいの事平気でやってたし、私も譲らなかったし。体調管理はすべての基本で、それで躓くやつはどんな阿呆より下、だってさ」
「……」
トン、と俺が酒寄さんの机に突いた指の音は、随分と大きかった。
「俺の母さんは流行り病で死んだよ。そっか、阿呆か……」
チッと舌打ちした。かぐやちゃんがビクッと肩を震わせる。酒寄さんも目を丸くしていた。
「ごめん、話の腰を折っちゃった」
「……高野も、そんな顔するんだ」
「するよ。俺だって、人間だから」
「そうだよね。……かぐやに滅茶苦茶されても怒らないし、最初にかぐやがいなくなっちゃったときも、怒らなかったから」
「だってどうにかなったし。心配する気持ちの方がずっと強かったから。悪意があってやったわけじゃないしね。結果的にかぐやちゃんも無事だったし……。それと同じことじゃない?」
「何が?」
「お母さんの言葉も。結果論でしょ、結果論。確かに酒寄さんのお母さんは体調を崩さなかったのかもしれないけど、それは運が良かっただけ。コロナとかでぶっ倒れてた可能性もゼロじゃない。どれだけ予防しても、そうなる人はいるよ。そういう人にも、同じ風に言うのなら俺は……酒寄さんにはそんな言葉を信じて欲しくない」
ツクヨミにも色んな人がいる。仮想世界だからこそ、現実では動かせない身体を動かしている子供とかもいるんだ。前に、ツクヨミの運営宛に来た手紙を読んだことがある。病棟から出られない子が、ここでなら自由に動けて色んなものが見れた。白くて狭い部屋じゃなくて、あの豪華絢爛な世界の中で逝けたのはきっと幸せだったと思うと、親御さんからの手紙には書いてあった。
失ったものは還らない。残された者の時間だけは、どんなに苦しくても過ぎていく。痛みは消えないけど、誤魔化しながら生きていくしかないんだ。歪でも、苦しくても、笑いながら。
「親が風邪を引いた子供にかける言葉なんて「あなたが心配だ」の一言で良いんだ。体調不良の説教をしてもいいけど、それは病気の最中の子にかけるべき言葉じゃない。それを間違いって言えないなら、世界に正解は何一つ無いよ」
カチッと時計の針が鳴った。俺は静かに椅子から立ち上がる。
「ごめん、人の親に。事情も分からない俺に色々言われたくはないよね。ゆっくり休んで、また元気になったら頑張ろう。その方がきっと、効率的だろうし。でも、忘れないで欲しい。酒寄さんは酒寄さんで、お母さんじゃないんだよ。酒寄さんはお母さんみたいになれないのかもしれないけど、お母さんはかぐやちゃんと一緒に演奏したり出来ないでしょ」
あなたらしく成長してねって、そう言えないのか。なんで、言ってあげられないのか。彼女はあんなに、頑張ってるのに。頑張れる人なのに。そんなの、俺よりきっと知っているはずなのに。二人から見えないように、拳を握りしめた。例え旦那さんが亡くなっていても、あなたにはまだ二人も支え合う事の出来る家族がいるのに。
俺にはもう、誰もいない。
「じゃあ、お休み。ちゃんと薬飲んでね」
無理やりに笑顔を作って、酒寄さんの部屋を出た。俺の部屋に戻って、床にあるぬいぐるみをどかし、椅子に座る。冷蔵庫から取り出したままだったぬるい水を飲んだ。どうしようもないくらい、不味かった。