「難しいですね、人の家の事情って」
隣りの部屋の様子が気になるけど、電気は消えているみたいだ。今日は配信休むと言っていたし、二人とも静かに寝ているんだと思う。酒寄さんにとっては不本意かもしれないけど、久しぶりの休みなんだからしっかり身体を休めて欲しい。
『自分のことじゃないからね~』
「そうなんですよね。自分のことじゃないからこそ、難しくって。俺は自分が愛されて育ったんだなぁ、恵まれてるなぁとか、そんなことを思っちゃいました」
『……』
酒寄さんのことは話していない。アレはきっと、ヤチヨにも話していない事のはずだから。それを勝手に言うのは違う。でも、抱えたものを少しくらい吐き出したかった。
「俺ならどっかで折れてたかもしれませんし。やっぱり、尊敬せざるを得ないですよ」
『カエデも頑張ってるとヤチヨは思います』
「それは、ありがとうございます。でも俺なんかまだまだ。勉強も適当ですし、出来ることはそんなに多くないし。ヤチヨがいて、ツクヨミがあって、恵まれてる方ですから」
『他の人が頑張ってることは、カエデの頑張りを相対的に低く見て良い理由にはならないんじゃないかな~』
「ヤチヨは、優しいですね」
『ッ……』
俺のあんまり上手に笑えていない顔に対して、ヤチヨは何かが奥歯の底に詰まった時みたいな顔をしている。
「俺、泣けなかったんですよ」
『いつ?』
「両親の葬式でも、それから今までずっと。泣いたら、自分の中にあった大事な思い出とか全部、一緒に流れ落ちて行っちゃいそうで。だから何だって話なんですけど、そんなことを思い出しました。漠然と生きてるだけで、ツクヨミだけが最後の生命線っていうか、生きてる理由で。でも最近は、ちょっと前に進めた気がします」
かぐやちゃんのおかげだ。あの子が空から降ってきて、そこから俺の平凡だった日常は変わり始めた。あの子がドンドンと突き進んでいくのに引きずられて、いつしかツクヨミだけだった俺の日々にかぐやちゃんがドカンと座り込んだ。そして、酒寄さんの存在も入って来た。それだけでも、今までの俺とは大違いだ。
『いい出会いがあったんだね』
「はい。無茶苦茶な出会いでしたけど。でも、一番最初にはやっぱりヤチヨがいます。俺に手を差し伸べてくれたので」
『嬉しい言葉だね、ヤチヨは果報者です』
たとえこれからどういう人生を歩んでも、ヤチヨの存在に感謝しない日は無いだろう。彼女がいるから俺は、健全な道を歩いてこれた。彼女に手を引かれて、色んなことを教わって、いつの間にかツクヨミの管理人室で過ごすようになって。今の俺があるのは、彼女のおかげなのだから。
彼女はAIだ。でも、そんなのどうでも良いと最近思っている。AIだろうと何だろうと、俺の恩人であることに変わりはない。
守りたいものが増えたってコトなのかな。今まではツクヨミとヤチヨを守れれば良かったけど、今はかぐやちゃんや酒寄さんのことも、俺の出来る範囲なら守りたいと思っている。家族が出来ると、守るべきものが出来ると強くなるっていう言葉を聞いたことがある。そういえば、前よりもパフォーマンスが上がったかも?
「だからこそ、簡単に嫁にはやれませんね」
『うんうん、でも私のアクセス権限を奪い取って求婚者をアク禁にしないでね?』
「しませんしません」
『怖いなー。でもこれなら……運命を変えられるのかな』
「はい?」
『こっちの話、こっちの話』
なんの運命かは分からない。でも、なにか不幸な運命がこの後に待っていて、それが俺の手の届く範囲でどうにかなる事なら、全力で何とかしたいとは思っていた。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
翌日の朝。ゴミ出しに行った俺は、かぐやちゃんと出会った。昨日の夜は配信をお休みして、酒寄さんの様子を見ていたらしい。いろPが風邪ひいちゃったから休むね、で逆に登録者が増えてる。箱推しというか、カプ推しが多いみたいだ。いい傾向だとは思う。酒寄さんあってのかぐやちゃんだし、逆もそうだろうから。
「どう? 酒寄さん、治った?」
「熱は治ったみたい。ちょっと声が変だけど、すぐ戻るって」
「良かった……」
努力の果てに倒れて帰らぬ人に……じゃ何の意味もない。でも、かぐやちゃんと出会う前の酒寄さんには、いつかそうなってしまうんじゃないかっていう怖さがあった。
「かぐやちゃんのおかげだね」
「ううん、楓がちゃんと病院行け~って言ったからだよ」
「そうかな」
「そうそう。だからもっと自信を持つのだ~」
かぐやちゃんはニコニコと笑っている。かと思うと、ゴミステーションに溜まっているカラスを追い出していた。
「かぐやちゃんは月にいたんだよね。でも、どうやって地球のことを知ったの?」
「え~っとねぇ、なんか意識したのは結構最近だった気がする。なんか、ロケット? みたいなのが月の周りをグルグルしててさ」
「へぇ、そうなんだ。もしかして……これ?」
俺が携帯で出したのは、何年か前の探査船だった。名前は確か、アルテミス。月の女神の名前だ。
「あ、そうそう! こんな感じのヤツ」
「そっかぁ」
ちゃんと、人類の翼は月のお姫様のところに届いてた。アポロ11号からもう半世紀は過ぎている。打ち上げていたのは知っていたけど、あの時なんとなくニュースで見ていたロケットがかぐやちゃんと出会う遠いきっかけになっているとは思いもしなかったな。人生、何が作用するかなんてよく分からないものなのかもしれない。
「そういえば彩葉がねぇ、昨日の夜かぐやに抱き着いてきたんだ~。ちょっと暑苦しかったぁ」
「でも、離さなかったんでしょ?」
「うん。彩葉大好きだから」
「かぐやちゃんは優しいねぇ、偉い偉い」
「偉いっしょ~。だからぁ、パンケーキ食べたいなぁ」
「いいよ、今度買ってあげる」
「やったぁ。それと、彩葉のバイト先も行かない?」
「えぇ……?」
酒寄さんのバイト先は隠れ家的なカフェ。でも話を聞く限りなんか繁忙期は凄い混んでるらしいし、それって隠れ家なのかな。隠れ家ってもっとのんびりしてるんじゃ……とは思った。
でも、そういうお店って大体女性客が多いし、そもそも酒寄さんはかぐやちゃんがお店に来ることを嫌がるんじゃないかと思う。嫌がるか嫌がらないかで言えば、絶対嫌がる。でも、かぐやちゃんが目をパチパチすると落ちる。最近彼女の攻略方法が分かって来た。
「ちょーっと俺とは客層が合わないんじゃないかなぁ。諌山さんとかと行けば?」
「うーん、まみまみとも行きたいけど……。じゃあ、一緒に行けば良いじゃん」
「ぬぇっ!?」
「嫌なの……?」
「む、むむむ」
俺の恥かかぐやちゃんの願いか。どっちを優先すべきか、天の神様にゆだねる。まぁ委ねたって結果は分かり切ってるんだけど。
「分かった、今度行こうか。あんまりお店が混んでない日にね。酒寄さんの機嫌も、繁忙期よりは良いだろうから」
「わーいわーい。何食べよっかなぁ」
アパートの階段をカツカツと昇りながら、かぐやちゃんは食べたいものを考えている。こんな朝っぱらから元気でよろしい。俺にもその元気な胃袋をちょっと分けて欲しいくらいだ。
「かぐやぁ、ゴミ出しは~?」
「行って来た!」
「ありがと……」
魂が抜けそうな目をしながら、酒寄さんは部屋の中で布団の上に座っていた。俺は固辞したけど、かぐやちゃんが強引に引きずり込んだせいでここにいる。
「あぁ、おはよう……」
「おはよう。熱は無い?」
「なかった」
「そっか。でも油断すると午後とか夕方からぶり返すから、今日も安静にね」
「……うん。情けないとこ見せた。ごめん」
「俺も、あんまり冷静じゃなかったから……。気に障る事言っちゃったかも。ごめんなさい」
無理しないでとは言ったけど、でもきっと今日からまた酒寄さんは頑張り始めるんだろう。その頑張りは、見て欲しい相手には届いていないかもしれないけど、せめて近くで誰かが見て、そしてそれに拍手を送るべきだ。それは俺じゃなくてかぐやちゃんとか友達とかの方が良いのかもしれないけど。
「よーし、じゃあご飯にしよう! 彩葉は、かぐや特製のフレンチトーストでーす。柔らかだよぉ」
しみったれた空気を吹き飛ばすみたいにかぐやちゃんがドーンとお皿を突き出す。この子は破天荒だけど、空気が読めないわけじゃない。言わない方が良いことを言わない優しさも、ちゃんとあるんだ。この子の優しさに、俺たちは今助けられてる。
ちょっぴり情けないけど、でも今はそれで良いのかも。最初から完璧な親なんていないんだし。きっと、俺たちもそんな感じなんだろうから。
病院の薬が効いたのか、かぐやちゃんの料理と人肌が効いたのか、酒寄さんは完全回復をしていた。優秀な人は体力もあるのかな。もしくは、だからこそ勉強できるのかも。俺なんて、そんなに長いこと勉強が続かない。好きなことは続くんだけどね。
そしてかぐやちゃんはまた酒寄さんを巻き込みつつ活動を行い――その末に再度求婚された。しかも、あの黒鬼ことブラックオニキスから。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
『注目のイベントが始まります! 王者ブラックオニキスが異例の速度でのし上がった超新星かぐや・いろPに宣戦! そしてまさかの求婚! 運命を懸けたKASSENが今まさに、ここツクヨミ特製スタジアムで始まろうとしています! なお、ブラックオニキスのファンは一時騒然としましたが、まぁ多分なんも考えてないだけでしょう、これは』
21世紀の竹取合戦と称されたこの一大イベントは、黒鬼のリーダーこと帝アキラが申し込んだことで始まった。確かにこのヤチヨカップで大穴であるかぐやちゃんとの勝負は数字になる事間違いない。ここで一気に突き放すつもりなのか。順位だけならかぐやちゃんも一桁まであと少しのところに来た。善戦、名プレイ、はたまた勝利をつかめれば逆転も大いにあり得る。
最初聞いた時は、「結婚だぁ!?」と酒寄さんより俺の方がおかしくなっていた。ツクヨミ内で酒寄さんに取り押さえられて頭を引っぱたかれなかったら、今頃ヤチヨの権限を奪い取りにかかっていたかもしれない。確かにね、黒鬼は結構誠実だよ。実力もあるし、ツクヨミのために色々してくれている。でーもそれとこれとは別のお話。
まぁでも大丈夫。ここで酒寄さんが華麗に勝ってくれればこの話は破談だ。仮に負けちゃっても、まだ俺が残ってる。帝さん、結婚挨拶は両親揃って認めてもらわないといけないんだってことを忘れないでね。かぐやちゃんがやる気じゃなかったら、ぶっ飛ばしてるところだった。
『この特設会場は、娘枠の晴れ舞台のためにツクヨミの大守護神アメツキカエデが嫌々ながら作成したそうですよ。帝は「式場サンキュー」だそうです。これに守護神からは……おっと警告文。これは相当頭に来てそうですねぇ。勝っても負けても帝に未来はあるのか!?』
モニター席でオタ公さんが堂々と叫んでいる。実況は元プロゲーマーの乙事照琴さんで解説は忠犬オタ公さん。いずれもこういうイベントでは引っ張りだこの超有名人だ。この二人が揃って実況解説ということもあり、視聴者数は凄まじい数になっている。会場からパンクしないように修正作業をしていた。どんどんと人が来るので、急ピッチで拡張中なのだ。
『ヤチヨカップの結果発表も残り一時間ですよね』
『この勝負の結果次第ではかぐや・いろPの逆転も!?』
『ルールはSENGOKU! 三本勝負になります』
待機場所ではかぐやちゃんがまだ来ない黒鬼を不満げに待っている。酒寄さんは呆然と立ち尽くしているし、三人目のメンバーになった諌山さんは帝さんの大ファンらしく、ずっとあわあわしてる。これ、試合になるのかな。
『来ました! 黒鬼です!』
会場の画面を見ながら、手はシアターを大拡張する作業に追われている。なんか、こっちの想定をはるかに上回る人が詰めかけている。数百万は入れるようにしてたつもりだったんだけどな。ちょっと想定が甘かったかもしれない。それだけかぐやちゃんが人気になってくれたってコトで、嬉しい悲鳴だった。
砕け散った岩山から、虎のバイクに乗って三人がやって来る。相変わらずド派手な演出。これがブラックオニキスの真骨頂だった。ドカドカ花火も打ちあがっているし、なんかもう魅せ方がこなれている。リング前のパフォーマンスに、会場は大盛り上がりだった。
『黒鬼! ご来臨――――!』
ヤチヨも興味深そうに画面を見ている。なんならさっきからくぎ付けだ。そのせいでずっと俺だけ作業してる。ホントにワンオペ状態。まぁでもあと少しで終わりそうだ。かぐやちゃんはなんかずっとメンチ切ってる。
「どーも、対戦受けてもらってありがと」
「あの、私っ、ふぁふぁふぁファンでっっ」
諌山さんが話しかけてる。もう限界そう。呆れた顔で見ている酒寄さんだけど、あなたもヤチヨを前にすると大体こんな感じだ。彼女がこれって、諌山さんの彼氏はいいのかな。いいんだろうな。懐の深い男だ。俺の中で勝手に諌山さんの彼氏の株が上がっていく。買い時は今かもしれない。
「まみ、悪いけど今日は手加減できない」
ユーザーネームから本名を特定するの、あまりにもホストすぎる。まぁ、諌山さんの名前が分かりやすいのも原因かもしれないけど。で、問題はその諌山さんがぶっ倒れたことだ。気絶してる。ツクヨミに気絶機能なんて無いので、現実の彼女が気絶したんだろう。推しに名前を呼ばれて気絶する人初めて見た。怖いなぁ。
酒寄さんは諌山さんの上に色んなグルメの写真を流している。なんというか、尊厳破壊を見た気分だった。
「ねぇどうする~?」
かぐやちゃんが諌山さんの装束からおにぎりとかメロンパンをむしりながら訪ねてる。
『ねぇ、カエデ』
「はい」
あ、なんか嫌な予感。
『ここ、お願いしてもいい?』
「……どうしても行くんですか?」
『うん』
「そうですかぁ。分かりました。ここと審判役はお任せください」
『やっぱりカエデは頼れるね』
そう言うと、ヤチヨは玉手箱に入って下に落下していった。
「じゃっじゃーん! 呼ばれて飛び出てヤチヨだよ~」
「えええええええええ!?」
酒寄さんが奇声を上げている。会場も大盛り上がりだ。まさかの乱入者兼ピンチヒッターがみんなのアイドルヤチヨだったのだから、無理もないと思う。
「えへへっ、絶対勝とうね」
「え~ヤチヨちゃんがそっち入るの?」
「この前は帝様に味方しましてよ~」
あぁいう風には言っているけど、ヤチヨの参加を拒むつもりはないみたいだ。そういうところがファンを集めている理由なんだろう。
「じゃあカエデ~、ゴングをよろしく~!」
「了解」
会場でそう宣言するヤチヨに小さく応え、会場上空に飛んだ。
『おぉぉ、ここで守護神登場! 今回の見届け人のようです!』
「お義父さーん、娘さんは俺にくださーい」
にっこり笑って、俺は雷を帝さんのすぐ横に落とした。あちゃー、という顔になっている帝さん。もちろんパフォーマンスだ。パフォーマンスだよ、パフォーマンスなんだから。あ、にやっと笑ってる。残機ゼロにしようかな。と思いつつ、思うだけでやりはしない。俺はヤチヨからここを任されている。公平性はなにより大事だ。
『これは大分お冠のようだ! パフォーマンスもそこそこに、中央に向かう! さぁ、間もなく試合開始です!!』
「統括管理者たる月見ヤチヨに代わり、この勝負の公平なることを担保します。両名相対し、持てる力を出し尽くして戦うこと。それでは! いざ尋常に! 勝負!」
俺の合図で、法螺貝が鳴り響いた。