超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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18 防衛

月です

 

 告げられたAIの音声に、俺は一瞬呆然とした。かぐや姫は、月に、帰る。そんな、誰もが知っているおとぎ話。でもあれはフィクションだ。かぐやちゃんは確かに月から来たかもしれないけど……待て。

 

 かぐやちゃんはなんて言ってた? 確か、仕事が嫌になって逃げて来た、と。つまり福利厚生という概念の無いブラック企業である月は、人材を取り返しに来たのか。非現実的すぎる、という言葉は呑み込んだ。だってそれを言ったら、かぐやちゃんそのものが非現実的だ。

 

テキスト並びに画像データ処理不能処理不能。膨大すぎます。現有処理領域では対処不能。

「使用率十パーセント以下の領域を一時的に停止!」

了解

 

 月の連中が犯人なのか、その確証はない。それにはデータが足りなすぎる。というより、何を送り付けてるんだ。画面上にそれを映し出す。月の画像と2030年9月12日という日付を書いたテキストデータ。これが信じられないくらい膨大な量で送られてきている。この狭い地域にこんなに送ったら、パンクするのも無理はない。通信不良はこれが原因か?

 

 少なくとも、現状ツクヨミのモニターなどは一切無事だ。アクセスしようとしてる連中はまだ入れて――

 

警告! 警告! ツクヨミ内に変質アバターを確認。モニターに表示します

 

 映し出されたのは、灯篭のような頭に白い手足をしたアバター。あんなものは作成していない。あれが、敵の正体なのか。

 

「どこから出て来た。侵入は……されてない」

 

 現在俺は侵入者を押しとどめている。捜索は補助AIに頼るしかない。

 

侵入経路不明。仮説提唱承認を

「承認!」

仮説提唱、当該存在は、通常ユーザーの回線を奪い取ったモノと考えられます

 

 どうやってやったのかは不明だけど、通常ユーザーのスマコンなどを乗っ取った。あり得る仮説かも。ここに直接データを送り込んでるような連中なら、その方法をとってもおかしくない。奴らめ、ダイレクトアタックでは時間がかかると悟ったのかな。これだと全ユーザーをログアウトさせない限り、どこからでも入れてしまう。

 

「基幹システムだけは維持しないと……」

 

 奴ら、手を変え品を変えてやって来る。だが所詮素人。どうにも攻勢力に欠けて――まさか。

 

「変質アバターはどこに向かってる!?」

進行方向、合同ライブ会場

「しまった、こっちは囮か!」

 

 慌てて別のウインドウを出す。こうなったら仕方ない。同時並行だ。今なお続くこのアタックを跳ねのけ続けつつ、変質アバターを排除するしかない。会場で、直接。間に合うかは賭けだけど、やらないよりずっといいはず。

 

「人の大事な家族の晴れ舞台邪魔しやがって。土足で人の庭に入ったらどうなるか、きっちり教えてやる」

 

 アバターごと会場にジャンプした。疑似分身は負担が大きい。なにせ、右側の目で分身の視点、左側の目で管理室の中にいる視点なのだから。足はずっと仮想キーボードで撃退作業中。なので、浮遊モードにしながら抜刀しつつかぐやちゃんを守るように立った。

 

「これ、なに!?」 

「分からない。現在特定中!」

 

 今まで一度も使ったことのない腰の刀を振りかぶり、思いっきり切りつけた。蒼い血が流れ落ちている。あり得ないはずだ。なにせ、このツクヨミでは流血表現が出来ないようになってる。それはヤチヨの願いのはず。

 

「しまっ!」

 

 ゲーム慣れしていないのが露骨に出た。かぐやちゃんの腕が一瞬だけ掴まれる。その瞬間、かぐやちゃんが崩れ落ちる。まるで、大量の情報によりシャットダウンさせられたみたいに。呆然としているかぐやちゃんを守るように酒寄さんが縦横無尽に切りつけた。

 

 そして、酒寄さんが戦ってくれたおかげで奴らの残骸が多数残っている。これだけあれば、こいつらの使っているコードが分かる。どんな存在であるにしろ、この地球で生み出したシステムに委託してここにいる。であれば、特定できない道理はない。超文明がなんだ、こっちは偽物の翼で月に行った人類だ。俺だって、同じことをしてみせる!

 

「よし! 基礎システムの解析完了! プロテクトしてやる、これでも喰らえ!!」

 

 奴らに大量の矢型のコードを叩き込む。ガガガ、と古いテレビの画面が揺らぐように、やつらの存在が揺らぎ始めた。

 

『おいたはダメだよー』

 

 統括管理の実力と呼ぶべきか、揺らぎ始めたやつらをヤチヨが弾き飛ばしている。随分と遅いお出ましだったけど、いないよりずっといい。

 

『モウシワケゴザイマセン』

 

 片言の謝罪をしながら、奴らはフェードアウトしていった。まだかぐやちゃんは動けないまま。瞼は開いているけれど、視線は何も捉えていない。過負荷がかかりすぎてる。

 

「システム管理者権限を以て、アカウントかぐやを強制ログアウト! スマコンも同時停止!」

 

 万が一脳に過負荷がかかりそうな場合、強制ログアウトさせるシステムが存在している。同時にスマコンも停止させられる。これがユーザーの健康を守るためのシステムだ。どうにも、さっき腕を掴まれたときに何かされたらしい。本来作動するはずの機能が不全を起こしていた。

 

『今のは、一体!? 何が起こってしまうんだ? 続報を待て!』

 

 混乱を収束させるために無理やり終わらせた。演出だったことにして幕引きを図るしかない。しかし、このトラブルは確実に長引く。明日辺り、お役所に呼び出されないと良いんだけど。

 

『みんな、今日は本当にありがとう~~☆』

 

 ヤチヨが言い終わった瞬間に幕を下ろす。緊急回線で俺が客席とステージを分離した。

 

「ヤチヨ、今のって……」

 

 酒寄さんが不安そうな面持ちで尋ねる。

 

『うーん、バグじゃなさそうだし、やんちゃっ子の悪戯かにゃ~、調べとくよ☆』

 

 今はかぐやちゃんの介抱をしないといけない。酒寄さんにはそのために抜けてもらう必要がある。そういうふうに、今のヤチヨの嘘を好意的解釈することにした。情報はすぐに閲覧できるはずだし、AIの速度で処理できないわけがない。

 

「後は任せて。こっからは俺の仕事だから。あと、悪いんだけどお風呂のお湯抜いちゃっていいよ。俺は今日、多分徹夜だから。かぐやちゃんをお願い」

「分かった、後で全部聞かせてね」

「守秘義務の範囲なら、幾らでも」

 

 泣きそうな顔で酒寄さんは笑うと、ログアウトしていった。

 

「さて……お仕事の時間です」

『そうだね……』

 

 ヤチヨは上空を見上げている。そこには、俺たちの管理室、月を模したそれが煌々と光っていた。

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

「現在分かっている情報は憶測が多く、まともに取り合えるものではありません。これまでの経緯は既に確認してもらった通りです。荒唐無稽な仮説にはなりますが、奴らはここに直接ダイレクトアタックし、侵入を試みているのかと。地球上に存在するいずれの国家や組織にも該当しない存在と考えるしかありません」

『……』

 

 ヤチヨは沈痛そうな面持ちでこれまでのログを眺めている。対応は最善を尽くした。しかしこの奇襲、後手に回ったのは事実。腹立たしいけれど、今回は向こうに目的を達成されてしまった。

 

「しかし、希望はあります」

『って、言うと?』

「これを見てください。基幹システムへの防壁は一切手を付けられていない。向こうもこのメイン回線で叩けると思ったんでしょうね。でも、こっちで侵入を阻止しました。だから奴らは予定を変更し、通常回線のユーザーを乗っ取って内部に侵入した。そして目的は中枢システムじゃなかった。これが俺の仮説です。その結果、中枢システムの自動防衛システム、俺たちの持つ最強の盾は今のところ奴らには手の内が割れていません。次回はこれを叩きつけます」

 

 奴らの狙いが俺の推測通りなら、ツクヨミの基幹システムには興味がないはずだ。一番分厚い守りはそこにある。これを転用できれば……勝てるかもしれない。

 

「そしてもう一つ。奴らはド素人です。こんなに痕跡を駄々洩れにしてくれる敵は初めて見ました。おかげさまで、解析も簡単です。どうも特徴的なシステムを使っているようで、それが特定できれば完全な排除も出来るかと。さっきやったのはその場しのぎにすぎませんから。微妙に効力が足りなかったみたいなので」

『被害状況の方は?』

「回線を乗っ取られたユーザーは全員無事のようです。一時的な回線不良という事にしておきました。世間的にはこのアタックを認識していません。ただの通信不良と思っているようですので、そのまま乗っかっておこうかと。ただし、各部に異常があるかもしれません。今日はその辺含めて、総洗いです」

『これは寝られないなぁ』

「仕方ないですね」

 

 一度ある事は二度ある。二度目の侵入を許さないようにと、再度調整をしないといけない。しかし、2030年9月12日。この日は何の日だ。宇宙の日、違う。秋のメープルもみじの日、なんだこれ。検索していると、次の満月と書いてあった。

 

 

 

 ――――かぐや姫は、満月の日に、月からの迎えが来る。

 

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

 

「……朝か」 

 

 スマコンを外した時、既に時間は朝だった。なんなら、もう昼に近かった。結局あれから徹夜で作業を続け、なんとか各部の点検が完了。取り敢えず現時点では異常がない。それが分かっただけでも、ツクヨミの運営的には問題ないというしかない。

 

 確たる証拠はない。でもあの連中が月からのお迎えだとするのなら、随分回りくどいと思う。かぐや姫の絵本では、直接現世に来ていた。でも21世紀では仮想空間に来るのか。どういう原理でそうなったのかは分からないけど、これならやりようはある。

 

 やつらはこっちのシステムの上で動いている。コードとプログラムと二進数の世界の中でしか行動できない。そして、それはこっちの土俵だ。他の場所ならいざ知らず、ツクヨミは俺とヤチヨのフィールド。地の利は圧倒的にこっちにある。だからこそ、それを最大限活かすしかない。

 

 俺はもう、家族を喪いたくない。

 

「シャワーでも、浴びるか」

 

 一度作業を中断する。その瞬間、どっと眠気が襲って来た。でもどうせ寝るならすっきりしてからにしたい。今日は8月31日。八月の最終日。明日の日曜日で夏休みは終わりだ。そして敵対勢力との接敵まで、あと12日。

 

 リビングには誰もいない。キッチンでかぐやちゃんが鯛と格闘していた。魚をさばけるまでになったんだ。しかもあんなデカいのを。

 

「あ、おはよー」

「おはよう……って言っても寝てないけど。酒寄さんは?」

「夏期こーしゅー」

「あぁ、そんなのもあったっけ」

 

 テーブルの上には、書き置きがある。ちゃんと寝てください、と書いてあった。自分が今まで全然寝てなかったくせに、と小さく笑ってしまう。人の睡眠の心配を出来るくらいには、酒寄さんも寝られるようになったのかな。

 

「ちょっと、シャワーだけ浴びたら寝ちゃうね。夜ごはんでも起きてこなかったら、起こしてくれる?」

「わかったー」

 

 かぐやちゃんはいつも通りに見える。いつも通り、本当に?

 

「昨日のことなんだけどさ」

「……うん」

「アレは、かぐやちゃんを狙って来たんだね?」

「そう、みたいだね……」

「そっか。残された時間はあと二週間弱、か」

 

 かぐやちゃんは何も言わない。透明な膜が身体を覆っているみたいだった。

 

「それは、酒寄さんには?」

「まだ言ってない」

「俺の口から、言おうか」

 

 俺の言葉に、かぐやちゃんは首を横に振った。

 

「自分で言うよ」

「なら、そうしてあげて」

 

 なんで、そんなに平気そうなんだろう。お別れは悲しくないのか、それとも平気なフリをしているのか。どっちにしても、これを聞いた酒寄さんは悲しむだろうし、苦しむだろう。かぐやちゃんが本当はどう思っているのか分からない。でももし、月に帰りたくないと思っているのなら。

 

 それは、その意思を絶対に守らないといけない。もし帰りたくないら、かぐやちゃんは今苦しいはず。酒寄さんも不安でいっぱいだろう。ここで俺が動揺したらダメだ。ちゃんとどっしり構えていないと。俺の苦しさは、俺が呑み込めばいい。そのうえで、俺に出来る事を考えるんだ。

 

 面白いことも、楽しいことも与えなかった月なんかに、負けてたまるか。まずは、かぐやちゃんが酒寄さんにちゃんと話をする場を作らないといけない。だから、無理やり登録させられた連絡先にメッセージを送った。

 

 

 

「彩葉とかぐやちゃんを二人きりにしたい?」

 

 ツクヨミ内の一角で、俺はこっちからは滅多に連絡しない人たちを呼び出していた。俺の前には綾紬さんと諌山さんが座っている。傍から見ると、俺が呼び出されて怒られてるみたいに見えるのかも。

 

「どうしてまた?」

「ちょっと、色々あって」

「色々って言ってもねぇ」

 

 綾紬さんが難しそうな顔をする。

 

「ごめん、急にこんなことを頼んで」

「いや、それは別にいいんだけどね。ちょっとビックリしたけど」

「そうそう、急に話したいことがあるーって言うから。てっきり正式に付き合ったっていう報告なのかと」

「誰が?」

「高野君が」

「誰と」

「彩葉と」

「いや、別にそういうんじゃないんだけどな……」

 

 付き合う、っていうのには恋愛感情が必要だと思う。でも、俺は別に酒寄さんに恋愛感情を持っているわけじゃない。別にキスとかしたいとは思わないし。ただ、いてくれればいいかなって感じで。かぐやちゃんもそれと似たような感じだ。まぁかぐやちゃんに関しては守らないと、っていう意識の方が強い気もするけど。

 

「じゃあ、彩葉が良く分かんない男の人と付き合うってなっても良いの? 同じ家にいるのに?」 

「それは……」

 

 綾紬さんは強い口調で俺に問いかけた。その目には悲しさと慈しみと、そんな色んなものが混ざってる気がする。もしかして、綾紬さんは、いやでもそう考えるとこれまでの色んな言動や行動に納得がいくっていうか。

 

「私は、高野君でいいと思う。彩葉はヤチヨとコラボできるツクヨミ最強コンビの片方。で、高野君はそのツクヨミの管理者。どこの馬の骨かも分かんないようなチャラチャラしたのよりはずっといい」

「それは相対的にでしょ?」

「恋愛は相対だよ」

 

 綾紬さんがバッサリ切って来る。さすが美容系インフルエンサー、恋の悩みもよく相談されるのかも。

 

「あの彩葉が一緒にいたいって思ったってのは相当だからね~」

「そういうこと」

 

 諌山さんの言葉に、綾紬さんが深く頷いた。俺はそれにどう返事をしたらいいのか分からない。酒寄さんのことは好きだ。でも、それは人間的に好きなのであって、恋愛的に好きという感じじゃない気がする。かぐやちゃんを見守って、一緒に過ごして、でもこれって家族的なものだから、でも家族関係になる前には恋愛感情がある? ちょっと分からなくなってきた。バグなら簡単に解けるのに。

 

「ま、取り敢えずお願いはOK。花火大会があるから、それを勧めておく」

「あ、あぁありがとう」

「この後どうするのかは、ちゃんと考えなよ。妥協の末に、認めてあげたんだから」

「頑張ってね~」

「精進します……」

 

 二人は静かにログアウトしていった。女子のコイバナってずっとこんな感じなのかな。男子でよかったのかもしれない。

 

 二人と話して、なんかいきなり恋愛の話をされて、眠気がどっかに行ってしまった。ちょっと作業の続きをしよう。月からの防衛も考えないといけないんだし。

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