超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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23  You are our daughter.

 彩葉さんが曲を作っている間、俺は俺でツクヨミにまた行かないといけない。数日間ダウンしていた間の仕事や後始末。好き勝手やった分の尻ぬぐいは全部ヤチヨに任せきりにしてしまった。一応メールは送ったんだけど、全然返信が来ない。見てるのか見ていないのか、取り敢えず潜らないことにはどうにもならないかな。

 

 彩葉さんはお母さんと話し合うと言っていた。彩葉さんの声で自動回答するAIでも設計しようか、と提案したけど笑って断られてしまった。ちゃんと、ケジメは付けるらしい。ケジメっていう言葉、俺の知っている親子関係とは違うんだけどな。なんか、アウトレイジみたい。

 

 というか、勢い余って求婚したけど、この後どこかのタイミングで俺はお母さんに挨拶しないといけないの? マジか、うわぁマジか。それだけどうにかなったらもう全部どうにでもなりそうなのに。これならまだ月を相手にしてる方が楽かもしれない。娘にあんなことを言う母親よりは、月人の方がマシな気がする。どっちもどっちだけど。

 

 ともかく、ツクヨミだ。あそこが俺の主戦場。でも、管理室の中にヤチヨの姿は無かった。

 

「ヤチヨ?」

 

 呼びかけてみてもどこにもいない。あのAI、どこに行ったんだろう。いつもは呼びかけたら応えてくれるのに。防衛システムは全部正常に作動していた。

 

「防衛システム、現在の管理状況はどうなってる?」

現在、全防衛システムは当方に委ねられています。統括AIは現在ここにはおりません。統括補佐が帰還し次第、権限を当方より補佐に移管するように命令されております

「分かった。受諾する」

 

 ヤチヨがいない。これは異常事態だ。俺がいないなら、その間分身にしろ本体にしろ、何かしらの形で統括AIがここの管理室にいるはずなんだから。配信でもしているのかと思ったけど、配信は全部過去の映像になっている。質問箱とかにも返信をしていない。現在、ツクヨミ内の全システムに彼女はいなかった。本体も分身も、全部いなくなってる。

 

「なんでだ……?」

 

 思えば、あのAIには謎が多い。本当はここから先には行けないことになってると、決戦の前に言っていた。アレの意味は何なのか。正体も、開発者も、声優も、何もかも謎。そんなAIは今までに存在すらしていなかった。ある種の特異点。人類史の転換点になった存在。それがどうして生まれたのか。俺は今までスルーしていた。当たり前のものと思って受け入れていた。調べようとすら、しなかった。

 

 もしかしたら、そこに何か答えがあるのかもしれない。ヤチヨを作ったような存在とコンタクトを取れれば、月との交信であったり、再度の戦闘を仕掛けられる可能性を見出せるかもしれない。でもこれまで多くの人が探って、誰もたどり着けなかった。国の機関とかも調査してるはず。それでも出てこなかった。なんでだろう。

 

 しばらく考えて分かった。そうか、外からじゃダメなんだ。このツクヨミは月見ヤチヨが生み出した場所であり、月見ヤチヨそのものになりつつあった。ここの内側からしか、彼女の正体には迫れない。そりゃ、誰もたどり着けないわけだ。必要な情報を得ようにも、手掛かりは中にしかないんだから。

 

「統括管理AI月見ヤチヨのアカウントにアクセス。過去ログの閲覧を行いたい」

当該データへのアクセスには、パスワードが必要です

 

 まぁ、そうなるよね。解除しようとすると、凄い数の防壁が出て来た。でも、この月人にぶつけたモノに比べればまだまだ優しい方かもしれない。AIとは言え、プライバシーを覗こうとしている。やるかどうかは躊躇した。でも、何度メッセージを送っても応答しない。そっちが無視するならこっちにも考えがある。無理やり押し込むしかない。押してダメなら押してみろって、あなたが教えてくれた言葉だったからね。

 

「お姫様の居場所を教えてくださいね……」

 

 そして、そこからが長かった。なにせ、あの天下の大AIである月見ヤチヨが作り出したパスワード。そう簡単に解かせてはくれない。

 

 彩葉さんの曲がほぼ完成しそうになるこの一週間弱の格闘の末に、なんとかパスワードの特定に成功する。そもそもこのパスワードを入力するためにはツクヨミの中枢システムに入らないといけなくて、その中枢システムは俺の作った防壁で守られている。そりゃ誰も特定できないわけだ。ある意味、一番安全な場所とも言える。

 

 その文字列は「20300711.IROHA-20300715.KAEDE」だった。

 

「なんだ、これ」

 

 思わず声が出る。その数字の意味するところは間違いなく日付。今年の7月11日、彩葉さんがかぐやちゃんを拾った日だ。そしてその数日後の15日は俺がかぐやちゃんと料理して、犬DOGEのためのプログラミングを教えて、外を走り回った日。俺たちの生活が始まった初期の頃の思い出深い日付。

 

「なんで、この日付が」

 

 IROHAは彩葉さん。KAEDEは俺のことだろう。なんで、俺たちの名前と日付が、ここに使われてるんだ。動悸がする。何か、核心に近付いているという感覚が強くあった。

 

 ヤチヨのアカウントに入り、全部のログを確認していく。なるべく古い物を中心に。俺と出会ったのは六年ほど前。その辺の日付の……あった。メール発信履歴復元、あて先は……当時の俺のメアド。確かにそこには俺をツクヨミのテスターに誘うメッセージが記載されていた。でも、他にはない。

 

「は? そんなはずは」

 

 ヤチヨは言っていた。テストに合格した人を雇っているって。でも、結局システムに関わっている人間は俺だけだった。ここには明確に矛盾がある。だって、当時の俺の技術力は今の俺より当然劣ってる。その俺より出来る人なんて、世界中に幾らでもいたはずだ。にもかかわらず、俺を雇ったのはなぜか。

 

 その答えを示すかのように、テスター募集のメールは()()()()送られていた。他の誰にも発信していない。つまり、最初から俺が応募してくることを目的としたメールだったんだ。テストは受けた覚えがある。でもその後も懇切丁寧に教えてくれた。あのテストがどんな結果でも、ヤチヨは俺を雇うつもりだった?

 

「もっと、過去の履歴を……」

 

 探った時、一つの写真ファイルがあった。解凍すると、中には俺の写真。確かこれは……小学生のプログラミングコンテストで優勝したときの記事。東京都立川市在住で高野楓くんは俺だけだったんだろう。ヤチヨはこの記事で俺を見つけた。そして、雇った。このツクヨミを、一緒に作り上げるために。

 

「ありえない、そんなはずは……解析AI起動! 月見ヤチヨを構成するプログラムと、月人の構成プログラムの一致率を調べろ!」

解析を、開始。……統括AI月見ヤチヨの構成プログラムと、指定プログラムの一致率、85パーセント

 

 月の人はプログラムみたいな存在。高度に発展したAIのようなもの。かぐやちゃんも大きい括りではそうなんだろう。でも、彼女だけは少し違った。異常値なのか、或いは上位個体的な存在なのかは分からない。とにかく、かぐやちゃんも月の世界ではプログラムとして存在している。そして、月見ヤチヨは月から来た可能性が高い。恐らくその正体は――

 

「そう考えれば全部の辻褄が合う」

 

 これまでのヤチヨの表情が思い出される。会話が思い出される。もしヤチヨがあの子なら。教師の腕が良いと言った時、にやっと笑った理由。俺がいる意味があると言った時の、あの真剣な表情。かぐやちゃんは優しいねと言った俺の声と、ヤチヨは優しいですねと言った時の声が重なる。あの時ヤチヨはなんであんなに苦しそうだったのか。もし想像通りなら、彼女がそれを言われたのは――。

 

 だからヤチヨは俺や彩葉さんと戦う道を選んだ。俺が何をしようとしていたのか、一週目では知らなかったから。

 

 だとしたら、俺はとんだ大馬鹿野郎だ。命を賭けて守りたかった娘がずっとすぐそばにいたのに、気付かなかったなんて。でもどうやって、二人の存在が同時にいるなんておかしい……タイムスリップか。月の文明が高度ならあり得る。ドラえもんに出来ることは大体月にも出来るんだろう。だとすれば、タイムスリップして過去に飛んだ。でも設定がすべて正しいなら、ヤチヨは八千年前に降り立ってしまったかぐやちゃんという事になる。その理由は、本人に聞かないと分からない。

 

 でもだとしたら、月人との交渉は出来ない。だって、そうやってかぐやちゃんを取り戻したら、ヤチヨの存在に矛盾が生じる。この世界は円環になっているんだ。かぐやちゃんが月から何らかの方法で再度帰還を試みて時を超えるまでの間、この世界はグルグル回っている。ここから抜けるには、かぐやちゃんがタイムスリップをした後の時間軸にならないといけない。それはきっと相当未来だ。

 

 とにかく、一刻も早くこの情報を共有しないといけない。俺は急いで管理室から飛び出した。

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

 部屋を飛び出そうと扉を開けたら、俺の部屋に入ろうとしていた彩葉さんと鉢合わせをした。その顔は見開かれていて、その瞳は動揺に揺れている。

 

「歌、出来たんだけど、歌ったんだけど! そこで気付いたの」

「俺も、気付いたことがある。ツクヨミの奥深くにあるヤチヨの根幹部分を探った。そこで見つけたデータを照合すると、同じ結論になると思う」

「「かぐや(ちゃん)が、ヤチヨだった」」

 

 二人は全く別々の方法で、まったく同じ結論にたどり着いたってことになる。

 

「ヤチヨのデビュー曲、しってるでしょ?」

「『Remember』だよね?」

「そう。で、そのメロディーと私がお父さんと作った曲のメロディーが同じだった。最初は盗作しちゃったのかとも思ったけど……」

「それだとおかしいよね。彩葉さんとお父さんの曲はパソコン内に保存されてて、外部に公開してない。そして、ヤチヨより先に作られていた」

「そう。だから偶然だと思ってたんだけど……今、全部が繋がった気がする。なんであんなにもあの歌に心が惹かれたのか。なんでやめた音楽をもう一回好きになったのか。なんであんなにも、未来を知っているみたいだったのか」

 

 Remember、思い出して。あの子はこの歌詞に、どんな思いを込めたんだ。どんな気持ちで歌っていたんだ。届けたい人に届いているのか、いつも不安だと言っていた。そうか、俺の存在はコンテストがあるから分かったけど、彩葉さんがいつどうやってログインするのかは分からないのか。だからずっと待ち続けた。俺と一緒にツクヨミを作り続けながら、ずっと。いつかこの世界に、俺と彼女が守る場所に、彩葉さんが来るのを。

 

 かぐやちゃんの初めて聞いた曲。そうか、だから忘れなかったんだ。どれだけ時間が経とうとも、覚えた歌がかぐやちゃんの中で流れ続けていた。どおりで電子戦に強いわけだよ。だって、俺が教えたんじゃないか。筋が良いねなんて言って、叩き込んで。そしてオリオン・システムに詰め込んだ。俺の持ってる技術を全部。それをちゃんと覚えたんだ。

 

「こっちもヤチヨの過去ログを調べた。そうしたら、俺へのメールが出て来たよ。最初に送られてきたテスターのメール。俺にしか、送られてなかった」

「って、ことは」

「最初から、俺だけが目的だったってことになる。それに、ヤチヨを構成しているプログラムは月で使用されているものにかなり近かった。極めつけにさ、その過去ログへのアクセスキーは「20300711.IROHA-20300715.KAEDE」だった」

「確証は、得られたね」

「ただ、分かったのはそこまで」

「ヤチヨの本体がどこにいるのかは分からないの?」

「どうにもこうにも難しい。アクセス権は位置情報がキーだってことは分かった。ヤチヨの本体があるのと同じ位置座標からツクヨミにログインすれば、ヤチヨのいる総本山に行ける……はず」

「じゃあ、探さないとね」

「探すったって、どこを?」

「全世界、くまなく」

「確かに、それしかないか」

 

 彩葉さんは出発の準備をしようとしている。本気で探し出すつもりなんだろう。それには俺も賛同するし、付き合うけれど、何か見落としている気がする。俺たちの仮説である月見ヤチヨ=かぐやちゃん説が正しいとして、あのFUSHIはどこから来たのか。あんな存在、かぐやちゃんの傍には――

 

「あ、犬DOGE」

「犬DOGE?」

「かぐやちゃんについて行ったんだ。そうか、FUSHIの正体があの子なら、別の個体になってるはず。FUSHIの位置情報から、ヤチヨの位置を特定しよう」

「出来るの?」

「出来る。現在の統括権限は俺が持ってるからね」

 

 統括権限だけはツクヨミに潜らなくてもスマコンを付けるだけで使用できるようになってる。当然、光彩認証などを経ているので、俺以外が付けても入れないけど。

 

「……いた。現在は、ヤチヨと分離して活動してる。座標は……ここか」

「じゃあ、行こう。教えてもらわないと。ヤチヨのいる場所を」

 

 俺たちは二人でツクヨミに潜った。路地裏の影に、FUSHIはいる。俺たちの視線を見つけると、黙ってこっちを見つめ返していた。

 

「どこにいるの?」

 

 彩葉さんの声が響く。FUSHIは答えない。

 

「答えないならそれでもいい。二人で探すから」

「ばかたれ。どこを探すって?」

 

 FUSHIが険しい声で応えた。

 

「教えてくれないなら、世界中」

「どんな手段を使ってでも、探し出してみせる」

 

 俺たちの言葉にしばらく沈黙した後、FUSHIは言った。

 

「目を開けてみろ」

 

 瞼を開けば、現実世界にFUSHIがいる。スマコンに搭載されているARモード。現実世界に仮想世界を重ねるモードだ。普段は書類仕事に使う人が多い。FUSHIは勝手に前に進んでいく。俺たちはその背中を追いかけた。幾つもの角を曲がり、坂を上り、電車に乗り、とあるマンションにたどり着いた。

 

 マンションの名前はごく普通の一般的なマンション。借主の名義は……アメリカ国籍だ。経歴を調べると、ヒットする。職業は……CIA? なんだってアメリカの諜報機関の人間が日本のマンションを借りているのか。それとヤチヨがどういう関係なのか。疑問は尽きない。ただ、分かったことがある。

 

「ここが、キーになる位置情報だったのか」

「そういう事だ」

 

 FUSHIがぶっきらぼうに答えた。鍵の空いている部屋に案内される。ゆっくりと扉を開くと、中からはじっとりとした熱が漏れ出してきた。俺はこの熱を知っている。これは、機械が駆動している時の熱だ。部屋の中にはデカいPC、ストレージ機器、ネットワーク機器。ツクヨミの中枢を担う月見ヤチヨの基礎が多分、これなんだろう。このマンション全体がツクヨミの巨大な基地なんだ。その中央に、ヤチヨの構成機械が存在する。配列も機材も、全部何かわかった。俺がヤチヨに教わったものだ。

 

 そして何より目を引くのは、水槽と謎の液体。その中にはタケノコが入っていた。ただ、タケノコみたいだけどどうにも植物には見えない。多分あれはタケノコのデザインなだけで金属だろう。

 

「ここから入れ」

 

 FUSHIが指示をする。統括管理AI月見ヤチヨの中枢システムアクセス権限を承認。そんなアナウンスが聞こえてくる。位置座標という名のキーを解除したから入れるようになったんだ。二人で顔を見合わせた後、せーのでツクヨミに潜る。潜っている時、いつものような感覚ではない。その代わりに、膨大な量のデータが流れてきた。その全部の意味が今では分かる。この前の月との戦いで解析しないと分からなかったモノだ。これが、月見ヤチヨ。そして電子生命体になってしまったかぐやちゃんの、データだ。

 

 多分彩葉さんにはこれを見せていない。ここまでたどり着いた教え子であり最初の師匠でもある俺への、はなむけみたいなものじゃないかと解釈した。

 

 入った後の部屋は、初めて見る場所。いや、俺はここを知っている。ツクヨミの管理人室は輝くミラーボールの中。それに一番近い、サーバールームという事になっていた場所。俺の管轄じゃないから立ち寄らなかったけど、ここはツクヨミの一番高い場所だ。管理人室の次に全ツクヨミを見渡すことが出来る。無数の灯篭が風に揺れた。

 

「……かぐや」

 

 長い髪を広げた少女は、かぐやちゃんに見える。でも、振り返ったのはヤチヨだった。だけど、俺たちは理解している。その二人は同じ存在だって。

 

「ヤチヨが、かぐやなんだよね?」

 

 彩葉さんの言葉に、ヤチヨは目を丸くした。そして俺の方を困ったように見る。

 

「私の過去ログ、覗いたな~?」

「そうでもしないと、何も教えてくれないから。まぁ、気付いた理由は他にもあるけど」

 

 ヤチヨは小さく笑って、立ち上がる。そして、語り始めた。

 

「――今は昔。月に帰ってバリバリ社畜をしてた、えらえらかぐや姫のところに歌が届きました。それはかぐや姫のために作られたかぐや姫だけの歌。かぐや姫は大喜び。ちょうど地球最強の電子戦王者のせいでボロボロのカスカス、復旧にあと何十年もかかると頭を抱えて苦しんでいる月の人々に、私を返さないと地球からアイツが殴り込んでくるぞと脅しました。月の人々は大慌て。こっちに来られたら、今度こそ月が崩壊してしまいます。そこでかぐや姫に引継ぎの許可を出し、全力で送り出したのでした」

 

 俺のせいでなんか月が大変なことになっていたらしい。

 

「ただ、それでも地球の時間では大遅刻。楓はもっと後の時代でも楽しんでと思っていたみたいですが、かぐや姫は我慢できません。でも安心。月の超テクノロジーは時間も越えられます。時を超えて、地球に向かうかぐや姫。でも、もう少しのところで、でっか~~い石に当たっちゃったの」

 

 そこからの話を、俺は絶句しながら聞くしか出来なかった。八千年前の地球にたどり着いてしまったかぐやちゃん。一緒にいた犬DOGEだけが奇跡的に身体を得て、ウミウシの姿で顕現した。かぐやちゃんはウミウシを通してだけ、世界と関われた。時間が経ち、見えないものが形となり、電子の世界が生まれた。月の世界とよく似たそこで、かぐやちゃんは初めて電子の世界でなら自分の魂が人と関われる可能性を掴む。

 

 インターネットの中で生き続け、世界に衝撃を与えた歌を聞き、電子の歌姫を目指す。その過程で、俺の存在にたどり着いた。俺がツクヨミに関わっているのは知っていたかぐやちゃんは、なんとか俺を探し出す。その過程で、自分がヤチヨになるんだと気付いたらしい。そして俺をリクルートし、基幹部分だけ出来ていたツクヨミを作成していった。その先に、彩葉さんに出会えると信じ、そして運命は巡りだす。つまり仮説は正しかった。ヤチヨは、かぐやちゃんだった。俺たちが全力で守ろうとして果たせなかった、大事な大事な愛すべき存在だったんだ。

 

 その事実が確定してから思い返すと、ヤチヨとの記憶の意味が全部塗り替わる。あの行動が、あの言動が、どういう意味だったのかこんなところに来て気が付く。大事な存在は、ずっとそばにいたんだ。俺がダメになりそうな時も、ずっと。そして生き甲斐を、生きる意味を与えてくれていた。俺があげたモノよりずっと大きなものを、俺にくれていた。

 

「ってぇー、これじゃあ手放しでめでたしめでたしとはならないか~~。やっぱ♪」

 

 ヤチヨのその顔は、作り笑いだった。

 

「……」

「私たちといた、かぐやは?」

「今もまた、同じ輪廻を巡ってる。私たちはその輪から外れることは出来ない」

 

 ヤチヨはミラーボールの月を見上げた。俺たちの仕事場。何時間も共に過ごした場所。ヤチヨはどんな気持ちで月を管理人室に選んだんだ。どんな、想いで……。

 

「全然、分かんないよ」

「ただのおとぎ話、あんま深く考えないで~~。今はとにかく、再会をお祝いしましょう☆」

 

 冗談めかしてヤチヨは笑った。ここに来てから彼女が笑う度、俺の中に何かがずきりと刺さり続けている。そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、ヤチヨは俺たちを欄干に連れ出した。

 

「ここからの眺めがヤチヨは本当に大好きなの。上から眺めるこのツクヨミが。彩葉が楽しそうに過ごしていて、楓と一緒に作り上げて守って来た、ここが」

 

 胸が苦しい。何千年もの時を、この子はずっと一人で過ごしてきたのか。俺たちに、会うためだけに。今すぐ八千年前に行って、抱きしめたい。きっと彩葉さんも同じ気持ちだろう。三人でなら、苦しい八千年でもきっと一瞬で終わるはずだから。だけどそれは、叶わない夢で。

 

「どうして……?」

「ん?」

「どうして、ヤチヨはずっと笑っている?」

「それがヤチヨだから」

 

 作り笑いだった。また胸が締め付けられた。

 

「でもね……」

 

 欄干を持つ彼女の手が震える。

 

「ハッピーエンドに連れて行くって約束したのに。彩葉の歌を聞いて戻って来たのに。楓に、お帰りって迎えてもらおうと思ったのに」

 

 その肩が震える。

 

「ごめん、ドジっちゃった。キラキラのかぐや姫は、もうおばあちゃんです」

 

 笑っていた。その瞬間に、俺の胸を締め付ける何かの答えが分かった気がした。衝動的に、俺は前に出る。ぺしっとその頭を軽く小突いた。

 

「バカだなぁ」

「楓……?」

「どんなに年を取ったって、どんな姿になったって、俺たちの大事な娘だってことに変わりはない! かぐやちゃんだろうとヤチヨだろうと関係ない。何年経ったって、俺と彩葉さんの娘だ。彩葉さんが電柱から拾い上げて、俺が一緒に育てるって決めてからずっと、今日までずっと! そうでしょ!?」

 

 俺の問いかけに、彩葉さんは大きく頷く。そして、ヤチヨの身体を静かに抱きしめた。

 

「彩葉、楓……」

「作り笑いばっかり、上手くなって……。そんなの、もっと大人になってからで良かったのに。泣きたいなら泣いていいのに……。いや、俺たちにそんな事を言う資格はないかもしれない。ずっと気付けなくて、ごめん。ずっと、俺たちの傍にいてくれたのに。ダメな両親だけど、もし許してくれるなら、これだけは言わせてほしい。――――お帰り。よく、頑張ったね」

「もう一回会えて嬉しいよ。私たちの、大切なかぐや(ヤチヨ)!」

 

 ヤチヨの目からは、大きな涙が零れ落ちていた。もしかしたら、八千年の旅の中で初めて、ヤチヨが泣けた瞬間なのかもしれない。泣きながら抱き合う二人を見ながら、そんな事を思う。俺の目からも落ちるものが止まらなかった。

 

「聞かせてよ」 

「え?」

 

 彩葉さんが囁くように言う。

 

「八千年の間にあったこと、全部聞かせて」

「ええ?」

「私も楓も寝ないから。いいよね!?」

「もちろん」

「ということで、両親への報告会です。これまであったことを発表してください。夏休みの絵日記拡大版みたいな感じで」

「……無茶言うねぇ」

 

 ヤチヨのその声は、涙交じりだった。

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