「ホントに会わないとダメ……?」
「ごめんけど、お願い」
「……」
これから本当のハッピーエンドを目指すと決めた翌日。俺は久々に学校に登校した。先生からはえらい心配されたけど、取り敢えずなんとか誤魔化せた……のかな。まぁそれは全然良いんだけど、問題はそっからだった。彩葉さんはお母さんと先生を説得するらしい。法学部志望だったのがいきなりの理系転向だから無理もないと思う。
頑張ってくれ~、なんて楽観視していたら、そのプレゼンに強制出席を求められた。マジかよと思ったけど、お願いされたら断れない。なんか、かぐやちゃんの図々しさが乗り移って来たのかな。まぁでも、そっちの方が断然いいかもしれない。
そんなこんなで日は流れ、冬休みのちょっと前くらいに同席することになった。
「……どうも」
「誰なん? この子」
「私の共同研究者。あと、同居人で……婚約者かな」
「???」
彩葉さんのお母さん、バリバリ働いてそうな人だった。俺のお母さんとは大違い。まぁ専業主婦だったウチの母親と現役弁護士なら当然かもしれないけど。そんなお母さんもいきなりの彩葉さんの言葉に困惑を隠せていなかった。まぁ、そうなるよねぇって感じではある。そこはちょっと申し訳ない。
俺でもいきなりかぐやちゃんがこんな感じの男を連れてきた日にはちょーっと携帯情報を覗かせてもらうかもしれない。いや、大したことはしないよ。大したことはね。ハハ。
「まぁ、はい。そんな感じです。彩葉さんの計画に必要なので呼ばれました」
「てことで、今から説明をします。まず、私の最終的な目標は、義体を作ること。今ある義手とか義足のもっと拡大版、完全な人工の身体です。また、その中には当然五感は搭載されていることが前提であり――」
面白そうだと思っている先生と、終始口を半開きにしているお母さん。今まで彩葉さんにどういう言葉をかけているのか知っている人間としては、ちょっとあんまり優しい対応は出来ないけど。挨拶するだけ礼儀があると思って欲しい。この人の子育ては反面教師にしたい。したからかぐやちゃんは良い子に育ったんだけどさ。
「ということです。もっといけば、人間の記憶や意識を電脳化して、それをこの義体に投入することで、先天的な病気で苦しむ人の希望になる事も出来ます。或いは、魂が摩耗するまで人生を送ることが出来るかもしれません」
「……そんな夢物語みたいな」
「これを可能にするために、私は東大に進学して、在学中から研究を始めます。システム工学、電子工学、ロボティクス、神経科学、脳科学はそこで学べます。電子世界の話やプログラムは楓が担当してくれます」
「はい、そういう予定です」
お母さんがぎろりとこちらを見てくる。怖い。
「じゃあ、そちらも東大に一緒に行くん?」
「いえ、俺は別に行きません。というか、行く必要ないっていうか、行っても学べることはそんなにないっていうか」
「はぁ、よほど自信があるんやね」
「一応、ツクヨミの統括管理人をしていますので」
統括管理権限がヤチヨから俺に移譲された。依然細かいところはヤチヨが担当しているし、相変わらずツクヨミの顔は彼女だけど、実際の運営に携わっているのは俺になった。上司と部下の関係から、同僚になったみたいな感じ。でもツクヨミの代表は彼女だし、やっぱり俺は部下のままかな。娘にこき使われている。それはそれで楽しいんだけど。
お母さんがツクヨミを使うのかは知らないけど、当然名前は知っているはずだ。この子が? というような疑いの視線を向けてくる。一応名刺も用意しておいた。
「五感をツクヨミに実装するためのプログラムは既に完成しています。この前超早期審査制度を用いて特許権も取得しました。現在、スマコンの開発企業相手に特許権買取の競売中です。このシステムを基幹としつつ、人工電子脳髄の開発に着手しつつあります。まぁ、あと五年くらいあれば出来るでしょう。魂という表現を便宜上用いましたが、記憶と感情が正しく転写できれば理論上は人類すべての電脳化も可能のはずです。技術上は不可能ではないと、俺自身の予測でもAIによる予測でも出ています」
ヤチヨに教わった方法で月に脅迫メッセージを送った。一週間以内にかぐやちゃんの基礎構造を送れと。無視されるかと思ったけど、一時間後に返信が来たので、多分月はマジでこっちとの戦争を避けようとしてるんだと思う。ホントは仲良く出来ればいいんだけど、多分価値観が合わないだろうからやめた。
ようするに俺がやるべきなのは、記憶データなどを機械に落とし込めるようにすること、それを人類に拡大すること、ツクヨミに五感システムを実装すること、それを電脳生命体であるヤチヨでも使用できるようにすること、あとは彩葉さんが作ろうとしている義体関連の計算、プログラム面からのアドバイスなどだ。電脳生命体は謎が多い。まだまだブラックボックスになっている部分も、月からの技術供与という名の和平用人質で解決に向かうはず。
やること多いな、こうやって列挙すると。でも、学校行かなくていいんだし、多分十年もかからないと思う。毎日を作業に使えるなら、今よりよっぽど進められる。
「取り敢えず俺からは以上です。まとめると、彩葉さんのやろうとしていることは技術的には可能なもの、現在は作成されていなくても現在存在している技術ツリーの延長線上に存在していることであるってことですね。以上、技術面からの意見でした」
「はぁ……」
お母さんは大きくため息を吐いた。理系じゃないので実際に合っているのかの判断は出来ないと思う。ただ、無茶苦茶な事を言っているように聞こえるのは仕方ない。取り敢えず面談は終わった。先生は好きにやってみればいいと言っていた。結構無責任かもしれないけど、今まで優等生すぎた彩葉さんと何を目的に生きてるのか分からない感じだった俺が同じ夢を抱いて歩き始めたのを喜んでくれるように見える。そのうち、娘を見せますからね。八千歳だけど。
冬空の下、お母さんと彩葉さんと俺っていう奇妙な面子で外に出た。お母さんはもう一度大きくため息を吐いてから口を開く。
「もう好きにしぃ。別にやりたいならやればええ。ただ、最後まで向いてたかどうかなんてわからんし、上手く行くとも限らんし、最悪誰もおらんとこで一人で死ぬことになる」
「大丈夫ですよ、それは。万が一にもあり得ないにしろ、仮に失敗しても俺がいますから。一人で死ぬってことはありません」
「あんたが先に逝ってしまうかもしれへんのに?」
「死にそうになったら、自分を電脳化してでも最期まで寄り添いますよ。そんな覚悟もないのに、こんな途方もない話に手を貸しませんので。彩葉さんの夢が俺の夢で、俺の夢が彩葉さんの夢です」
この人はずっと、彩葉さんを守りたかったんだろうね、多分。いや、全然違う可能性もあるけど、俺はそう解釈してた。守りたいけど、どうすればいいのか分からなくて、それであんな風な言い方しかできなかったんだ。それを擁護するつもりは全くない。どっかで彩葉さんが帰らぬ人になっていた可能性も全然あった。正しかったなんて言わない。でも、俺と出会わせてくれたのにだけは感謝してる。
だから、その役目は俺が引き継ぐ。あなたが不器用にしか出来なかったそれは、今度は俺が担っていけばいい。ヤチヨもいるし、他のみんなもいるし、帝さんもいる。あなたの役割は終わりにして、今後は「放っておく」っていうをして欲しいんだ。
「……マッドサイエンティストは怖いわぁ」
「守るべき妻と娘がいますんで」
「娘? 娘ってどういうことや。あんた、連れ子がいるのに彩葉と」
「はいはい、ちょっとその話は追々」
「あんたまさか、隠れて出産したんか」
「そういうんじゃない!」
彩葉さんはデカい声で叫んでいる。
「ちょっと楓も笑ってないで手伝って!」
彩葉さんが呼んでいる。ここからお母さんにいい感じの事情説明をするのに苦労した。この人ずっと攻撃、というか口撃してくる。やたらめったら疲れた。家に帰ると毎日これが待ってると考えれば、彩葉さんがよく人格歪まないで育った。俺だったら二日でおかしくなってる。彩葉さんに比べれば甘やかされて育ったので。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
『五感システム売れたみたいだね~?』
「売れたよ、売れた。バカ売れ」
ツクヨミの管理人室で、俺たちは仕事を続けている。相変わらずツクヨミは平常稼働で、変なちょっかいをかけてくる相手も結構な数いる。これを蹴っ飛ばし続けるのも、俺の今後続くだろう任務だ。ツクヨミがある限り、俺の魂はずっとここにあるだろう。この常夜の城だった街には、最近アップデートが入った。昼も夜だったツクヨミに、昼の時間が来るようになっている。
ヤチヨの今後の目標は、この空間をもっと大きく拡大すること。世界中のサーバーと繋いで、より大きな空間にしていく事らしい。現実と変わらない体験を、この世界の中で。やがて世界はもっと小さくなって、いつか分かり合えるようになれたら。そんな願いを彼女は持ってる。自分の娘の壮大な夢だけど、俺はそれで良いと思っていた。夢はでっかくないとつまんないって、歌にも歌われてる。
彩葉さんの計画とヤチヨの夢。それには莫大な資金がかかる。その資金調達も俺の課題だった。ため込んだ知的財産を売り払う時が来ている。なんか宙ぶらりんだったツクヨミの経営権まで渡されそうになったので流石にそれは断った。ただ、現状の人間の代表は俺になってる。おかげで、色々やることが多い。
「とんでもない値段で売れた」
なにせ、五感を実装するのに避けては通れない多数の技術を俺が全部まとめて競売に出したのだから。これが無いとスマコンに五感システムを実装できない。まぁ実装するには厚生労働省とか色んなところと話し合いをしないといけないらしいけど、その交渉を行う事を条件に売り払った。億円単位で払う契約にしてくれたので、当座の資金はどうにかなる。ただ、まだ足りない。日本の企業より、アメリカの方がこういう電子系は売れるのかな。英語喋れないけど……そこはヤチヨに頼ればいいか。娘に英語を通訳してもらう親父。情けない。
『大金持ちですなぁ』
「おかげさまで。まぁまだまだ後発ネタはあるから」
『私はライブの準備でてんやわんやだよ~』
「良いじゃないの、久しぶりにライブなんだから。彩葉さんも楽しみにしてたよ」
季節はすっかり移ろって、もう春が近くなっていた。東京大学の入試に彩葉さんが見事合格。とんでもない集中力で追い込みをしていたので、その努力が報われてよかった。俺の調整したAIがこれまでの入試問題や模試の問題を大量学習して吐き出した無数の模擬問題を解きまくったからかも。なんか、共通テストに同じ問題が出て来たらしい。やるじゃないか、俺のAI。受験にしか使えないし、営利化するつもりはないけど。
『彩葉の卒業式の写真も感謝感激なのです。お父様には感謝感激雨アラモード』
「はいはい」
調子の良いところはずっと変わってない。ヤチヨと呼ぶべきか、かぐやちゃんと呼ぶべきか、俺はずっと迷っていた。でもどっちも同じ存在なのは事実なので、この見た目ならヤチヨと呼ぶべきだと思った。八千年の時を過ごしてきたことへの敬意も込めて。
『カエデは死んだ顔だったねぇ』
「あの前に男子たちに校舎裏に呼び出されたんだよ。彩葉さんとどういう関係って」
『なんて答えたの?』
「人生のパートナー」
『オーバーキル……』
ヤチヨが可哀想な物を見る顔で、どこかの誰かに向かって合掌している。散々言われてちょっと傷ついた。確かに俺はイケメンじゃないし、運動も芸術も勉学も彩葉さんよりは出来ないし、世間的に見れば大した男じゃないかもしれないけども。こうやって自分で言ってると、自信が無くなって来るな。
「あとさ」
『なにかな~?』
「あんまり掲示板で暴れないようにね。もうやってないかもだけど」
『ギクッ!』
「yachi8000」
『ぐはっ!』
ヤチヨが血反吐を吐いて倒れる……フリをした。
『親バレ、ダメージ深い……』
「じゃあやらないように。インターネットリテラシーが大事って、自分でずっと前に言ってたくせに。どういう気持ちで小学生の俺に言ってたの?」
『面目ないです……』
なんでこの子が古のネットミーム使ってるのか分かった。あの八千年の記憶は、俺のスマコンを通して外部に保存されている。歴史学者に渡せば多分凄い価値を持つんだろうな。毎日空を眺めていたので、八千年前から七千年前までの星の動きとか分かるし、知り合いに有名人も沢山いたし。
この子が歩んだ記憶を、どこかに残しておきたかった。子供の幼稚園の作品を捨てられない親みたいな感じかもしれない。
「ともかく、彩葉さんはこっからが本番だからねぇ。大学で学問に邁進して、ツクヨミでいろPとして邁進して。遊びに学びに全力疾走しないといけないんだから」
『そしてカエデは帰る家と生活費を支えると』
「そういう事です」
彩葉さんはバイトを続けると主張し続けたけど、資金を手に入れるなら俺の方が早い。月の連中が渡してきた技術を応用すれば、自動防衛システムや各種解析AIなどをもっと進化させられる。株とか為替が出来るAIも作ろうと思えばできるはずだ。多分。まぁ不可能はない。なにせ、ここには八千年の記憶を持つ電子生命体である自慢の
という事で、凄い喧々諤々の話し合いの末に決着はついた。やっぱり彩葉さん、あのお母さんの娘だよ。本人に言うと凄い嫌がるだろうけど。口の強さとかそっくりだ。俺は多分、あと数十年尻に敷かれ続けるんだろう。いつも怒られている自分が容易に目に浮かぶ。まぁ一緒にいてくれるなら別にそれでも構わないんだけど。愛想を尽かされないよう頑張らないとな。
『結局、二人はどうするの?』
「あぁ、それね。俺たちの夢が叶うまではお預け。まぁ籍だけなら入れちゃうかもしれないけど、式だけは絶対にしないって決めた。するなら、身体の出来た娘にも参列して欲しいし」
『そっか……』
ヤチヨはそう言ってフワフワと俺に背を向けて別のウインドウを見ている。その手で目元を拭っているので、何をしているのかは分かりやすかった。でも、何も言わない。あんまり構いすぎると思春期の子には嫌われると、彩葉さんに言われてしまったから。
ヤチヨって思春期なの? という疑問を挟む余地なく。なんか、自分の娘兼推しと俺がずっとべたべたしてるのが気に食わないだけの気もする。受験中もヤチヨと仕事をしてたのを悔しがっていたし。
「さぁて、もうちょっと頑張ってみましょうかね。研究研究……」
『ライブの演出もお願いね~』
「人使い!」
『お願~い』
「雑だなぁ。でもいいけど」
たとえ八千歳になろうとも、俺はかぐやちゃんに弱いらしい。上目遣いでお願いされてしまうと、どんなお願いでも聞いてしまいそうだ。そう言うと彩葉さんは文句を言うけど、彼女もあんまり変わらないので自分にいつもブーメランが刺さってる気がする。
「そういえばさ」
『うん』
「俺、冬休みから一月にかけて、免許取ったよ」
合宿免許の予約をしていたのを土壇場で思い出して、慌てて参加した。なんか雪道の運転もさせられたけど、なんとか無事に帰ってきて、ちゃんと取得しました。微妙に普段と違う俺の証明写真を見て、彩葉さんもヤチヨも笑いを我慢していたのが未だに納得できない。
「車もさ、今度買いに行こうって話してる。ヤチヨも時間、空けておいてね」
『ヤチヨも行っていいの?』
「何言ってんの、三人で出かけるための車なんだから」
ヤチヨはこっちを見ながら目を丸くしていた。
「今はまだ画面の向こうからだけど、そのうち身体もセットで行くんだし」
『じゃあ、でっかいのがいいなぁ。ROKAとかまみまみも乗れるように』
「若葉マークには荷が重いなぁ」
『頑張って!』
「了解しましたよ」
これは大変だぞぉ、家の近くはそんなに道が凄い広いわけでもないし、交通量も多いし。なんか、彩葉さんにすぐ運転技術を抜かされそうだ。ちゃんと練習しないと。いつか三人で、もしかしたらもっと多くの家族で出かけるために。
俺たちは未来に向けて進んでいる。その道のりはまだまだ長いかもしれないけど、決して歩みを止めたりはしない。あの空に輝く、
次回(本編は)最終回